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シナリオ詳細

<Je te veux>外伝:分たれた道/交差する道

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●<Je te veux>
 ベヒーモス(あるいはでっかくんと呼ばれる超・巨大終焉獣)による『パンドラ蒐集器』への攻撃。
 それは、多くのイレギュラーズたちにより防がれ続けていた。
 終焉を名乗る勢力との戦いも、いよいよ決戦を見るか、そういった時期――。
 『あなた』たちイレギュラーズは、幻想中央教会からの依頼を受け、ある程度回収された持ち主がすでに死去、あるいは不明となっている『パンドラ蒐集器』を大量に満載した馬車を背に、街道を歩いていた。
「もう間もなく、目的地になります」
 そういうのは、馬車の上に座った女性、『クロリス・クロウ』である。顔色は良いが、いささか体力を消耗している様子のある彼女に、フローラ・フローライト(p3p009875)は心配げな表情と声をかけるのであった。
「クロリス、無茶はしないで」
「ふふ、無茶ではございませんよ。こう、元気ですから!」
 そう言って笑って見せるクロリスだが、しかし万全の状態とは言えまい。というのも、彼女はついさきごろまでは重傷を負って生死の境を文字通りにさまよっており、こうしてまともに動けるようになったのも、つい先日のことになるのだ。
「……それに、このような状況です。少しでも、お嬢様のお力になりたいのです。
 私のことを、お嬢様が想ってくださったように。
 ですから、こうして、お仕事のお手伝いを……といっても、馬車を御する程度のことしかできませんが」
「いや、実際助かってる」
 と、アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は言った。
「まぁ、ある程度信頼できる奴が同道してくれた方が助かるってものだ。いざって時のためにな。
 何せ……運んでいるのは、パンドラ蒐集器だ。
 終焉獣による攻撃が起きても不思議じゃない。
 だから、身内が手伝ってくれるってのはありがたいもんなんだよ。意志の疎通もしやすいからな」
 そういうのへ、チェレンチィ(p3p008318)もうなづいた。パンドラ蒐集器への攻撃はいささか数を減らしたようであり、その隙をついての蒐集器の移動任務ではあったが、しかし攻撃されない、などという保証はない。相変わらず一級の危険な仕事であり、となれば、可能な限りリスクは抑えておきたい。
「クロリスさんでしたら、多少乱暴に逃げることになっても、馬を御することができるでしょうからね。
 ……もちろん、それが起こらないに越したことはないのですが」
「……そうですね。終焉勢力の攻撃は激しさを増していますから。
 クロリス、でも、くれぐれも無理は……」
「分かっていますよ、お嬢様。
 ……ああ、でも、お嬢様が、以前より一回りも二回りも成長してくださったのを感じます。
 メイド、冥利に尽きると申しますか。
 ほんと、あのまま逝っても悔いはなし、といいますか……」
「もう、冗談でもやめて!」
 ほほを膨らませるフローラに、クロリスは笑った。緊張感を失ったわけではなかったが、それでも、どこか落ち着いた雰囲気が、その胸の内に浮かんでいた。だから、これはこのまま、取り越し苦労の平和な任務で終わるはずだ、と、なにかそのような楽観的な思いが浮かんでいたのも事実だ。まぁ、もし普段であったならば、これはそのように『何事もない任務』として終わるはずだっただろう。

●少しだけ前の話
 魔種――ルナリア=ド=ラフスはいささか退屈していた。というのも、愛しの『息子』へと接触するタイミングを、どうにも見いだせなかったからだ。
「全剣王は、どうにも臆病な質のようですわね」
 ルナリアはそう、毛先を指先でいじりながらいった。
「私たちが全剣王の塔を守る戦力であることは事実。
 でも、飼い殺しをされるために協力に応じたわけではありませんのに」
「心配だ」
 と、魔種――ガルボイ・ルイバローフはうっそりとうなづく。
「チェレンチィ――いや、シーニー。彼女は今どうしているのだ。
 愚かにも……終焉にあらがおうなどとしているのか?
 いや、その精神性は好ましい。とても。好く育ってくれたものだ。
 だが……ああ、俺は心配だ。
 いつぞ、どこぞの愚かな魔種の毒牙に、彼女がかかるようなことがあったならば。
 いや、シーニーはとても聡明で強い子だ。きっとどんな困難にも打ち勝てるだろう。
 それでも……ああ、俺は今度こそ、彼女を幸せにしてあげたい……」
「お気持ち、わかるわ」
 ルナリアは、やけど跡をなでながらうっすらと笑った。
「うちのアルヴィも……少しだけ、お仕置きをしないといけないけれど。
 それでも……ええ、家族というのは、一緒にいるべきだわ」
 そう見下ろす足元には、無数の闘士たちの屍が横たわっている。
 全剣王の塔の内、一つ階層。守護の魔たちは、ここでこうして、多くの『敵』を屠っていた。
「ねぇ、知っている? ガルボイ。近々全剣王は、塔のリソースを別のことに展開すると」
「聞いている」
「ねぇ、その間って、すごく、いいタイミングだと思うの」
「何に?」
「親子の逢瀬に」
 そう、泥のように笑った。慈母の笑みは、しかし狂った汚泥の笑みである。

●そして今
 ――異変に気付いたのは、『あなた』をはじめとする、ローレット・イレギュラーズたち全員である。やや遅れて、ひりついた空気に、戦士ならぬクロリスすら気づいた。それが、頭を殴られるような魔の気配なのだと自覚した時に、クロリスはすでに『あなた』たちへと視線を移していた。
「クロリス、いつでも飛び出せるようにしておいてください」
 フローラが油断なくそう告げるのを頼もしく思いながら、クロリスはうなづく。一方で、アルヴァとチェレンチィは、ほぼ同時に『顔をしかめた』。
「くそ、この腐った泥みてぇな感覚は……!」
「ボスと、あの女ですね……!」
 その言葉通り――一瞬、視界がぐらりとゆがんだかと思えば、次の瞬間には、そこに二人の魔が立っていた。
 ルナリア=ド=ラフス。そして、ガルボイ・ルイバローフ。二人の、魔。
「こんにちは、アルヴィ! 会いたくて来ちゃった」
 そう、甘く笑うルナリアに、アルヴァは舌打ち一つ。
「こっちはてめぇのことなんか知らねぇって言ってんだろ。
 ……クロリス、飛び出すのはナシだ。絶対に守る。馬を御して、動くな」
 そう、つばを飲み込みながらアルヴァは言った。この二人は、はっきりといって強い。それこそ、この場のメンバー全員で戦い、勝てるかどうか――。
「シーニー。訓練と行こう」
 と、ガルボイが言う。
「俺たちは、その馬車を襲う。パンドラ蒐集器とやらには興味がないが、あればそれだけ、世界の滅びに近づくんだろう。つまり、俺たちにとっては、あればそれだけ、勝ちに近づくものだ。
 シーニー、だが、お前たちはそれを止めようとするのだろうな。
 だから、そうして見せろ。
 シンプルな、訓練だ。馬車を守れれば、お前たちの勝ち。そうでなければ、俺たちの勝ちだ」
「戦利品は、アルヴィと、チェレンチィ。二人でいいわよね?」
 甘く笑うルナリアに、フローラの体がわずかに振るえる。あまりにも恐ろしく、狂気に満ちたそれは、かつて相対したクローリスのそれにも匹敵する、悍ましき魔であったからだ。
「クロリス、私たちを信じてください。
 必ず、守りますから」
 そういうのへ、クロリスはうなづいた。
 果たして――ここに、魔との遭遇戦が開かれようとしていた。

●幕間
 ――張っていたが、正解だったか。
 そう、レヴィ=ド=ラフスは胸中で独り言ちた。
 幻想から出発したイレギュラーズたち一行を張ったまま、しばしの時間。
 潜伏し続けた男は、ついに目標を――ルナリアを、見つけた。
「……今度こそ、お別れだ。ルナリア」
 レヴィがそういい、ゆっくりと刃を構えた。
 ……別たれた者たち。そして再び交差する者たち。
 出会いと別れの衝突が、ここに起ころうとしている。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 二人の魔を抑え、状況を突破してください。

●成功条件
 パンドラ蒐集器を積載した馬車が戦闘エリアから離脱する

●特殊失敗条件
 パンドラ蒐集器を積載した馬車が完全行動不能になる。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

●状況
 パンドラ蒐集器を集め、幻想中央教会の保有する保管庫に送るべく、馬車とともに旅を続けていた皆さん。
 もう間もなく目的地へ……といったところで、突如として二人の魔種に襲撃を受けます。
 一人は、ルナリア=ド=ラフス。もう一人は、ガルボイ・ルイバローフ。
 全剣王に協力していたらしい二人の魔は、自由時間が訪れたタイミングで、ローレット・イレギュラーズたちへ……特に、アルヴァさんとチェレンチィさんを狙い、攻撃を仕掛けてきました。
 彼らはまるでゲームか、子供を教育するように、こう持ち掛けます。
「自分たちは馬車を狙う。守り切ればそちらの勝ち。そうでなければ、こちらの勝ち」
 シンプルなゲームに、しかしイレギュラーズたちは可能性を守り切らなければなりません。
 作戦決行エリアは、街道地域。
 特に戦闘ペナルティなどは発生しないものとします。

●エネミーデータ
 ルナリア=ド=ラフス ×1
  甘ったるい泥のような雰囲気を持つ、狂気の慈母。
  アルヴァさんの関係者になります。
  性質としては、遠・中アタッカー。炎を用いた苛烈な攻撃は、シンプルに強力です。
  ただ、強烈な攻撃には『渾身』を持ったものが多く、疲弊すればそのまま弱体化するはずです。
  攻撃を集中し、速やかに弱体化を狙ったほうがいいかもしれません。

 ガルボイ・ルイバローフ ×1
  質実剛健とした男。狂気の慈父。
  チェレンチィさんの関係者になります。
  剣を使った近接アタッカー。主に『素早さ』方面に秀でており、反応や回避、命中などに優れます。
  こちらの持ち味を殺してやれば、多少は戦いやすくなるはずです。攻撃を集中し、確実に本命の一撃を加えてやりましょう。

●味方データ
 クロリス・クロウ&馬車
  フローラさんの関係者。今回は、パンドラ蒐集器を積載した馬車の御者を務めてくれています。
  基本的に、このユニットの体力はそのまま馬車の耐久値、になります。
  クロリスさんは馬車が撃破されても死にませんし、少しケガをする程度なのでそこは安全なのですが、馬車が破壊されては元も子もないので、守りながら戦場から離脱させる必要があります。
  馬車自体はさほど機動力が高くないので(ゲームバランスの都合のため)、ある程度耐久戦が必要になるでしょう。

 レヴィ=ド=ラフス
 アルヴァさんの関係者。何やら戦場に潜伏し、乱入を狙っているようですが……。
 多少衰えたとはいえ、そこは歴戦の戦士としてそこそこの能力を持っています。
 放っておいても死にはしないですが、指示をすればよりよく働くでしょう。アルヴァさんの言うことは聞いてくれると思います。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <Je te veux>外伝:分たれた道/交差する道完了
  • 別たれたもの。再び出会うもの。
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年03月16日 23時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
フローラ・フローライト(p3p009875)
輝いてくださいませ、私のお嬢様
柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)
狙われた想い
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

リプレイ


 頭痛がする。
 いや、もっと違うところの痛みだろうか。
 心とか。精神とか。
 そういう、幻肢痛にも似た痛み。
 心が痛いとか、胸が痛いとか。言葉にすれば陳腐だ。
 でも、それ以外に、どう言葉にできる?
 言葉は無力だ。文字も。学があるとか、そうでないとか、そういう問題ではなく、本当にまったく、体の内に起きた『何か』を、誰かに伝わるように、克明に記すことなんてできやしないのだ。
 だから……。
 この胸の内に抱かれた痛みは、我だけの痛み。
 『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は、ゆっくりと息を吸い込んだ。
 目の前にいるの女のにおいに、くらくらとする何かを感じる。
 誘惑とか。婀娜とか。艶麗とか。そういうものではない。
 確かに目の前の女は艶やかで美しいが、そういうものを感じているわけではない。
「アルヴァ」
 ルリア=オリーヴェ――いや、ルリア=ド=ラフスはそういう。彼女もまた、パンドラ蒐集器を積載した馬車に、警護として参加していた人物だった。そして、その名の通り、彼女もまた、アルヴァの血縁にあたる。
「あの人は……」
「知らねぇ」
 アルヴァが、吐き出すように言った。
「知らねぇ、奴だ」
 認めたくはない。でも、うすうす気づいている。あの、くらくらとするような何か。
「ルリア、馬車に戻れ。
 あいつは手練れだ。守り切れる自信はねぇ」
 弱気な発言は、摩耗した心故か。しかし、それを理解していたからこそ、ルリアはゆっくりとうなづいた。
「アルヴァをお願い……」
 どこかすがるようにそういうルリアへ、『ガイアネモネ』紅花 牡丹(p3p010983)はうなづいた。
「ああ。航空猟兵(うち)の隊長だ。オレが世話を焼いてやるさ」
 牡丹が、にぃ、と笑ってから、
「それに、チェレンチィ、アンタもだ」
 『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)が、静かにうなづいた。
「……あれに心当たりは?」
「かつて所属していたチームの……ボスでした。それだけの、間柄です。
 ボクはただの下っ端で……それだけの……」
「誤解だ、シーニー」
 ガルボイが、哀しげに言った。
「否……そう思うように、俺は……お前から逃げたんだ。今ならわかる。俺は、臆病だった……」
 記憶に残るガルボイ、それはまるで巨大な大木のような男であった。寡黙であり、口数の少ない彼は、まさにルイバローフという一団を支える、一本の物言わぬ柱のようであった。
 それが、今、何を、おどおどとしているのだろうか。男から感じるものは、悔恨であった。自分の選択が、まったく、過ちに満ちていたことを理解し、そのやり直しにすがろうとしていることが感じられぬほど、チェレンチィは鈍感ではない。
「ボクはシーニーではない……チェレンチィです、ボス」
「いいや、シーニー。
 今度こそお前を、幸せにしてみせる。これはそのための、踏みだした一歩目だ」
「よくわからないが」
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が、警戒しながら言う。
「貴方達は、二人に拒絶されている。
 手を引いてほしいものだけれど」
「あら、家族の間柄に、他人が入るものではないわよ?」
 にこり、と笑うその女=ルナリア。
「それ自体が否定されている、ということに気づいたほうがいい。
 貴方達が本当に家族であろうともね。
 子供には子どもの人生があるんだろう。子離れができてないんじゃないか?」
「あら、親とともに暮らすことの、それ以上の幸福が子にあるとでも?」
 ルナリアが、濁ったような眼で言う。何度も見た、魔に堕ちた狂気の眼。彼女が魔種であることに間違いはないのだろう。それは、これまで幾度となく魔種と戦ってきた仲間たちには、よくよくわかっていることであった。
「……話は通じない、というやつだぞ」
「まぁ、そうでスよね」
 『無職』佐藤 美咲(p3p009818)が厄介そうにうなづいた。
「ただ暴れるだけの魔種ならば、まだ強いだけ、であるぶんマシ。
 あっちはイカれていようとも、何らかの意思を、目的をもってこちらに接しているわけでスから。
 対応は面倒っス」
 美咲の言う通り――何らかの明確な目的を持って行動する相手の対応は厄介だ。なぜなら、ただ暴れるだけの能無しならば、それだけを目的として完結する。こういうやつを相手にするときは、敵の目的を理解し、それを守らなければならない。つまり、狂人の思考を読まなければならないのだ。スパイ、でもあった美咲ですら、それは非常に『疲れる』仕事に間違いない。
「目的は、アルヴァさんとチェレンチィさんなのでしょう?」
 『灯したい、火を』柊木 涼花(p3p010038)が、静かに言った。
「……パンドラ蒐集器の攻撃なんてものは、多分もののついでで。
 いいわけですらないのかもしれません。
 ……あの二人の視線は、明確に、アルヴァさんとチェレンチィさんに向けられているのですから」
 涼花の言葉通りに――そして、敵の魔種二人の言動を鑑みるならば、それは間違いのない事実と言えよう。あの二人の目的は、アルヴァとチェレンチィだ。とはいえ、と涼花は言う。
「では、パンドラ蒐集器への攻撃に手を抜いてくれるかといえば、それはない、と思います」
「同感ですね」
 『ともに最期まで』水天宮 妙見子(p3p010644)が言う。
「あの人たちは……良くも悪くも、私たちは眼中になどないでしょう。
 それ故に、彼女たちは私たちに対して容赦がない。
 憎しみがあるのならば、その憎しみを晴らすために注力する。
 愛があるのならば、その愛のために注力する。
 いずれにしても、己と向き合わせる必要があるのです。そこに隙ができる。
 無関心は――」
「どうでもいいからこそ、全力を以て目の前から消すことができる」
 『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)がそういった。
「無論、そこに隙を見出すことも可能だけれどね。
 まぁ、痛しかゆしだ。ただなんにしても、私たちに興味がないからと言って、あの二人が優しくしてくれるとは思わないほうがいい」
「それに、どうせなら、二人の因縁も何とかしてあげたいものだからねぇ」
 『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)が、ゆっくりとうなづいた。
「もう、ほんと、あるばちゃんは素直に色々言わないし、ちぃちゃんはちぃちゃんのボスって人と会うので緊張してるし。
 だめよぉ、こんな、始まる前から最悪を考えるなんて、愚かしい行為だわ」
 そういって、メリーノはアルヴァとチェレンチィにゆっくりと近づいて、そのほっぺたをやさしくつねってやった。
「目を覚まして、前を見て。
 ちゃんと手伝うから、自棄にはならないで。
 ……みんなで最善をつかみ取りましょう」
「……ああ、悪ぃな」
 アルヴァがうなづき、
「ええ、かならず」
 チェレンチィもまた頷く。
「……お嬢様がた、私はどうしましょうか?」
 御者台のクロリスが言う。
「ルリア様と一緒なら、ある程度はもたせることは可能だと思います。
 いっそ、皆様の邪魔にならぬように、最大速度で突破を……?」
「いいえ、クロリス。それは駄目」
 ゆっくりと、魔を見据えながら、『華奢なる原石』フローラ・フローライト(p3p009875)が言葉を紡ぐ。
「もし突出すれば、あの二人は私達を無視して、貴方を……馬車を、狙う。
 私なら、そうします」
 ゆっくりと、頭の中で考えながら、そういう。これまでの戦いの経験が、フローラを、少しだけ大人にしていた。
「だから、馬車の全速力は出せないでしょう。
 私のスキルで、クロリスをサポートしますが……。
 どうか、私たちを信じて、指示に従ってください」
 強く、そういうフローラに。クロリスは、確かな成長を感じていた。
「……もう。もしかしたら、私よりしっかりしているのかもしれませんね、お嬢様は」
「えっ、と?」
「いいえ、何も。
 お嬢様を……皆様を、信じます。
 今度無茶をしてしまっては、本当に、お嬢様に口をきいてもらえなくなってしまいそうですからね。
 ルリア様、お力添えを」
「任せて!
 アルヴァ……無理しないでよね。あの人、なんだか……すごい怖い」
「……ああ。お前も無理はするな」
「作戦会議は終わったか」
 ガルボイが言う。
「待ってくれた、というわけか?」
 イズマが言うのへ、ガルボイがうなづいた。
「訓練といった。考える時間くらいはくれてやる」
「チェレンチィに対して以外は、ずいぶんと冷たいものだ」
 挑発目的に言って見せるイズマに、ガルボイは冷たい目を返した。
「ルールを確認しよう。どこまで守りきれば俺達の勝ちだ?
 あと、そっちにだけ戦利品があるのは不公平じゃないか?
 俺達にも戦利品をくれよ。例えば魔種陣営の情報とかさ!」
 つづけるイズマに、ガルボイはうなづく。
「俺たちは、そうだな、この街道付近の外までは追わない。すぐに街があるから、追いつく前に逃げ込まれることは解っている。
 無論、街ごと消してしまってもいいが。そうなれば、ほかのイレギュラーズも出てくるだろう。攻撃は得策ではない。
 故に、このエリアから馬車を脱出させる。これがまず一つ目の答えだ。簡単だろう?」
「……馬車の速度なら、ある程度慎重を期しても、脱出まで数分もかからないと思います」
 涼花が言う。
「勝負は一瞬……それまでに、相手は此方を攻め切れる自信があるのでしょうね」
「そうね。おままごとに大人が手を出すのだもの」
 ルナリアが笑う。
「二つ目の答え。魔種陣営の情報? そうね、全剣王の恥ずかしい秘密とかならば、教えてあげてもいいけれど?」
「全剣王の配下か……」
 牡丹が言う。
「あのいかれた自称王様の部下かよ。そりゃ大変だな。
 つうかな、戦利品だ?
 テメェらが誰だか知らねぇが、アルヴァとチェレンチィをモノ扱いしてるんじゃねえよ、ばあか!
 ほんとに家族なんだかは知らねぇけどな、ほんとにそうなんだってなら、モンスターペアレントっつうんだよ、てめえらみてえのはよ!」
「ま、毒親ってのはどこにでもいるもんスね」
 美咲が笑う。
「ああ、どうせ全剣王の秘密を暴露してくれるなら、中学生のころに書いたポエムとかお願いしまスよ。
 ネットにばらまいてミームにしてやりまス」
「あら、楽しそうね? でも、その楽しみも、訓練を達成できたらね」
 刹那――。
 業!
 巻き起こる熱風が、イレギュラーズたちの頬をたたいた! ルナリアが笑いながら巻き上げる炎は、まさに魔の炎である!
「……クローリスのそれと似た、でも、まるで違う雰囲気の……!」
 フローラが言う。かつて相対したウランガラスの女も、また炎を得手とした魔であった。だが、あの魔の炎が、すべてを嘗め尽くす強欲の炎であったのだとしたら、この女の炎は、すべてを包み込んで飲み込まんとする、悍ましき偏愛の炎であるといえた。
「……それに。なにか、責め立てるような気配すら感じるね」
 モカが言うのへ、アルヴァがうめいた。やけどの跡が、ひどく、ひどく。
「……厭な炎ですね。
 彼のとは大違い」
 妙見子がそう言いつつ、身構えた。
「涼花様、サポートを。
 ええ、ええ、今日はソロリサイタルです。
 喉がかれるまで、お願いします」
「ふふ、腕がなります」
 緊張しつつ、涼花は手にしたギターの弦を震わせた。
「もとよりわたしにできるのはそれくらいですけれど。
 皆さんが全力を尽くせるよう、ありったけの癒しをこの音色に込めましょう。
 ですから――全力で暴れてきてください!」
「お願いね、涼花ちゃん」
 メリーノが笑う。
「やるわ。突破しましょう。
 そして、報告書にはこう書いてやるのよ。
 予定通り、穏やかなものでした、ってね」
 その言葉に、仲間たちはうなづいた。
 果たして――。
 衝突は、今まさに、この時に。


 始まってしまったか、と、男は思う。
 街道沿いの木々の合間に潜伏した彼――レヴィ=ド=ラフスは、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「これも、俺の罰なのか……アルヴィ、ルナリア。二人が殺しあうさまなどを……」
 見せられるのは。家族の、崩壊を、まざまざと見せられるのは――。
 レヴィは、ルナリアの夫。そしてアルヴァとルリアの父にあたる。ルリアは、ルナリアとは違う女との間にできた不義の子ではあり、レヴィはルリアが生まれたことすら知らないわけであるが、さておき。
 レヴィは諸事情により、死亡したこととして行方をくらませていたわけであるが、昨今の状況、とりわけルナリアの反転を知り、再び表舞台に姿を現した。その目的は、ルナリアを、魔に堕ちた妻を滅することである。が――。
「俺は……」
 ふるえる手に、刃を握る。衰えた体は全盛期のそれとはかけ離れていたが、経験が彼を未だ戦士の位置に押しとどめていてくれていた。それ以上に、しかし心が悲鳴を上げている。家族。家。妻。子。壊れていく。とどめを刺さなければならない。己の手で。
「……すまない、すまない……アルヴィ……」
 ゆっくりとつぶやき、彼は戦場へと躍り出るべく、立ち上がった。


「どうか、どうか、この曲が、友の力にならんことを!」
 かき鳴らす勇壮なるギターの音色も、悍ましき炎の内に消えてしまうのか。それでも果敢に歌い、謳い、詠う涼花のミュージックが、清廉なる光を伴いて、仲間たちを踏みとどませる添え木となる。
 敵は強い――言うまでもないが。おぞましく飲み込む偏愛の炎に、暗闇より迫る冷徹なる狂愛の刃とでもいおうか。どちらも『何かを求めるがごとく飢えた』それは、イレギュラーズたちの体力を確実に、強烈に、そぎ落としていった。
「お嬢様……!」
 遠く離れた場所から、クロリスはたまらず声を上げる。自らの体を焼く炎に耐えながらも、フローラは叫び返した。
「大丈夫です! 信じて、どうか、どうか!」
 傍にはいられない。それは私の役目ではないから。だからせめて、ここで、ここで、役目を果たすことが、愛しき家族(クロリス)に捧げる想いではなかろうか。
 フローラが回復術式を編み上げながら、昏き目の男に対峙する。涼花の歌が響くのを感じながら、その旋律に乗せるように、己の術式を解き放った。歌と、光が、光を増幅させて仲間たちに振りそそぐ。いっそここが本当にライブ会場であったならば、ただ涼花の歌をフローラの光で彩るだけの場所だったならば、どれほどよかっただろうか。この美しくもはかなき光と歌は、しかし悍ましき闇に立ち向かうためのささやかなかがり火にすぎないのだ。
「仲間には恵まれたようだな、シーニー」
 うっそりという男は、しかしその声の重さとは違い、あまりにも『軽やか』であった。戦場をかけるそれは、まさに黒の影が。抑えきれない――歴戦のイレギュラーズが、これほどあってなお!
「好きにできると思うなよ!」
 それでも、ああ、それでも、とイズマは声を張り上げた。絶望するには早すぎる。血反吐を吐いて地を這うことなど数えきれないほどあった。それでも! 這ったままではいられない。イレギュラーズの心が、それを拒絶する!
 イズマが手にした魔導器を振り払った。銀の細剣。暗き闇を切り裂く、星空の光。それが、闇を――ガルボイを、とらえる。
「いい太刀筋だ。だが、首筋には届かない」
 さん、と音もなくふりぬかれたナイフが、イズマのそれを受け止めていた。
「お褒めをどうも! でも、俺の剣は首筋を狙うだけじゃあないんだ……!」
 もう一度ふるい、ガルボイを打つ。ガルボイが横っ飛びに飛び込んだ間髪を入れず、
「足を止めてしまえばッ!」
 妙見子が一気に踏み込む! 鉄扇を力強く叩き込んだ。刻まれた、赤き竜の意匠が、無限の力をくれるような気がした。
「馬車には近づけませんよね……ッ!」
 凄絶に睨みつけながら、妙見子は雄たけぶ。全力で踏み込んだ、叩き落した鉄扇は、しかしガルボイには児戯のように受け止められている。一対一では、当然のごとく、勝ち得ない。ならば……。
「あなたたちは、私たちのことなど目に入らないのかもしれませんが。
 こちらはチームですのでね!」
「ええ、そうですよ、ボス」
 チェレンチィが踏み込む。降りぬかれた刃を、ガルボイは身をそらして回避した。間髪入れず、イズマが踏み込み、細剣を振るう。押す。押す。押す! ひたすらに、圧し続ける! 敵の足を止めろ! こちらは足を止めるな! 進め進め進め! 気を抜いた瞬間に、此方は瓦解すると知れ!
「立って、走って、諦めないで、進んで!」
 のどがかれるほどに、血を吐くほどに、涼花が歌う。奏でる。伝える。
「私たちの可能性を……みんなの可能性を! こんなところで消滅させたりはしません……!」
 フローラもまた、己の心を燃料に、穏やかな蛍石の癒しを仲間たちに届け続ける――。
「……ボス。ボクは、ただの、ただの下っ端で。
 貴方とは何の縁もなかったはずだ……!」
 チェレンチィが叫ぶ。
「……迎えに来ただの、戦利品だの、ボスは……何故そこまでボクに拘るんです?
 ルイバローフでは一番の下っ端だった、別に特別何か強い訳でもないボクに!
 貴方は、あなたは……!」
「シーニー……!」
「ボクはチェレンチィだ……ッ!!」
 斬撃が、ガルボイを狙う。まるで受け止めるように、ガルボイはその一撃を見逃した。刃が、わずかにガルボイの頬をなぞる。鮮血がほとばしる。
「見えるか、シーニー。
 お前と同じ、お前の体に流れるものと同じ、血だ」
「何を……!?」
「家族なんだ。俺たちは。
 俺が、お前の、父だ。
 お前は、シーニー。俺の、娘だ」
「は……っ」
 チェレンチィが息を吐く。
「何を……何を……!」
 それはあまりにも突然の告白であった。
 それでも、それを一蹴できないのは、何らかの……何か、確信めいた何かを、感じられたからかもしれない。
「家族だと……!?」
 牡丹が叫ぶ。
「ふざけるなよ! だったら、どの面下げて今更出てきやがったんだ! 魔種になんてなって……そうでなくたって、チェレンチィに……これまで、なにをしてきやがって!!」
「貴様が、家族の間に入ってくるな」
 静かに……しかし怒りとともに、ガルボイが吠える。牡丹は、あっけにとられたチェレンチィの代わりを務めるように、その怒りとともに武器をたたきつけた。
「家族ってのはなぁ、その時の気分でよりそったり離れたりするもんじゃねぇだろうが……!
 オレは家族なんてのはわからねぇがな! あんたがふざけてやがることくらいは充分にわかる……ッ!」
「ほざけ!」
 ふるう刃が、牡丹をたたきと落とした。大地にたたきつけられた激痛に、牡丹がせき込む。
「オレの家族はかーさんだけだ。大きい愛で包んでくれる人だ。それが家族だ。
 お前は違う……チェレンチィ、惑わされるな」
「分かってます……わかって……」
 チェレンチィが、奥歯をかみしめた。
 頭の中で、なにかが鳴り響いているのが、わかる。
 呼び声ではない、なにかが、彼の言っていることが事実なのだと、告げているような気がした。
 さらに戦局が動いたのは、次の十秒。
 偏愛の炎魔、ルナリアとの戦いに従事していたイレギュラーズたちの前に、一人の男が乱入したタイミング――。
「……化け物め」
 静かにつぶやく美咲、腕を力強く振るえば、その体のやけどの痛みも消えるような気がした。苛烈に振るう渾身の炎は、未だ潰えず。一匹の炎獣のごとく振る舞う怪物は、これほどの手練れを相手に、一歩も退かぬ、いや、むしろ踏み込み続けて見せる。
「悪い子がお友達になったのね、アルヴィ。
 ダメよ、職業のない子と一緒になるのは」
「履歴書に空白ができちゃったのは確かにあれスけどね。
 でもほら、まだまだギリギリ夢を追いかけられる年齢なんでスよね――!」
 一気に踏み込む、同時に地面を蹴っ飛ばして、石と砂を巻き上げた。簡易な目つぶし。それが効いていることを前提として、美咲は懐からシャーペンを取り出して、敵の目ん玉をつきつぶす勢いでつきだした。が、ルナリアはその左手で、シャーペンをつかむ。
「手癖の悪い子ね。子供のころからこういう感じだったの?」
「中学生で、不良、って呼ばれてたんスよ」
 適当なことをいいつつ。シャーペンを手放して今度は左手でボディを狙った。とにかく、自分の体全てを利用して、相手をたたく、CQBによる近接戦闘を披露しながら、美咲はとにかく、ルナリアの『体力』を削るべく奮闘している。敵の全力をそぐためには、とにかく真っ先に彼女を消耗させる必要があったが、しかし目の前の怪物は、無限の体力でも備えているかの如く、悠々と立ち続けた。背後から聞こえる涼花の歌とフローラの光がなければ、おそらくもう一回くらいは意識を吹っ飛ばされている。その様な苛烈な炎にさらされながらも、美咲は泥臭くも戦い続けていた。
 そう、その男が乱入したのは、まさに、そのような激戦のタイミングであった。
「いたか……ルナリア!」
 叫びとともに、刃を以って乱入する、蒼の男。その髪色は、蒼穹のそれを思い起こさせた。
「……まぁ、レヴィ(あなた)」
「親、父、か」
 ルナリアが/アルヴァが、その男を呼ぶ。
 父と。夫と。
 家族と。
「……すまない。
 俺の無様が、このような結果を招くとは……」
「ほんとだぜ」
 あえぐように、アルヴァはいった。
「何を……何を! してたんだ!
 アンタは! こんなことになるまで! こんな時まで!
 どこで……!
 死んだんじゃなかったのか! ずっとそう聞かされてた!
 もうわけわかんねぇんだよ! こっちだってマジで限界なんだぞ!」
「わかってる、アルヴィ」
「分かってねぇだろうがよ! てめぇに俺の何がわかんだよ! 俺にだってわかんねぇんだぞ!!! いってみろクソ親父!」
 混乱する。失ったものと、思い出したもの。それが急激に、混然となって、アルヴァの頭を駆け巡った。思い出す。思い出したくないもの。思い出さねばならないもの。駆け巡る。駆け巡る。記憶。
 家族の。
「なにを……ああ、くそっ、くそっ! 吐きそうだ……う、ぐ……くそが、くそ、くそ……!」
 涙が浮かぶような気持だった。誰かにすがって、誰かに抱かれて、眠ってしまいたいような気持だった。
 もうぐちゃぐちゃだった。いや、ずっとずっと、もうずっと、そうだったのに違いないのだ……。
「えーと、お父様?」 
 メリーノが、にっこりと笑った。それから、その笑顔のままで、思いっきり、力強く、そのほほをひっぱたいた。
「は?」
 レヴィが、驚いたような表情を浮かべる。
「あるばちゃん、ごめんねぇ。先に一発殴っちゃった」
 けらけらとメリーノが笑う。
「ええとね、あるばちゃん。まずは協力。そのあとで、一発殴っておいて。
 それでいい?」
 にこりと笑うメリーノへ、アルヴァがうなづく。
「クソ親父、協力しろ。
 あいつは俺たちを舐めてる。ちっとたたけば、やる気をなくすはずだ」
「……ああ」
「全力で奴の体力をそぐ。それで、少しは火勢もおさまるだろうぜ。そうしたら、てめぇはルリアを守りながら、馬車を守って撤退だ」
「ルリアというのは――」
「俺の妹だよ! てめぇの隠し子だ! ぶち殺すぞ!」
「……あ、ああ」
「その後だ、言いたいことは山ほどある。それから殴らせろ。事情も説明してもらう。あと殴らせろ。それから殴らせろ。そんで殴らせろ! わかったな!」
「ああ、すまないな、アルヴィ」
「悲しいわね」
 ルナリアが、す、と目を細めた。
「夫に不貞を働かれた事実はどうでもいいのだけれど。レヴィ(あなた)って優柔不断だったし。
 それよりも、二人に刃を向けられているのがね」
「俺だって、嫌だぜ……母さんと、父さんが殺しあう、なんて、嫌だ」
 アルヴァが、あえぐように言った。
「でも……どうすればいいってんだ……こうなって……知ってしまって俺は……どうすれば……」
「アルヴィ、辛いなら――」
「黙って戦え、ぶっ飛ばすぞ」
「ああ」
「モカちゃん、未だ耐えられそぉ?」
 メリーノが訊ねるのへ、モカがうなづく。
「ああ。倒れるまで、馬車には攻撃をさせないとも」
「ごめんね。ぎりぎりまでお願い。
 イズマちゃんと美咲ちゃん、たみちゃんは解ってるわよね?」
 そういうのへ、イズマ、美咲、妙見子はうなづいた。
 その意図は――。
 最悪の想定。
 撤退の判断である。
 結論から言おう。イレギュラーズたちは、現在圧されている。
 二人の魔は、想像以上に手ごわい。馬車へのダメージは甚大であり、モカ、そして牡丹が耐えていたものの、おそらくそう長くは馬車も持つまい。
 では、この場合の『最悪』は何であろうか? そう、『抵抗できぬほどに痛めつけられて全滅する』である。
 もしこうなってしまった場合、敵の魔種はアルヴァ、チェレンチィに『何をするかわかるまい』。それは避けるべき最悪の事態であった。
 一方、前述したとおりに、アルヴァとチェレンチィ以外に、本質的にルナリアとガルボイは『興味がない』。これはメリットもデメリットもある。敵は、此方の死に躊躇しない。ということは、此方の生にも興味がないということだ。実際、馬車へのダメージはさておき、同乗しているクロリスとルリアは傷一つ負ってはいない。仮に馬車が破壊されたとしても、二人は無傷で離脱が可能であるだろう。
 さて、負けが見えている――というのは、メリーノ、そしてイズマ、美咲、妙見子、全員の共通の認識である。だからこそ、メリーノは三人に問いかけた。わかってるよね、と。
 この状況で、『勝ち』を拾うには、どうすればいいか。
 この場合の勝ち、とは、少なくとも『全員が命を拾う』こと。
 つまり、余力を残した状態での撤退、である。
「アルヴァさんとチェレンチィさんの精神的なダメージは大きいはずだ。だから、二人は無理にでも連れて撤退する。妙見子さん、牡丹さんと二人を抑えて撤退。
 美咲さんは、ごめん、足止めを」
「はいはい。そういうのは慣れてるんスよ」
 に、と美咲が笑う。
「ええ、解っております。
 涼花様、フローラ様。
 もうしばらく、もうしばらくだけ、お付き合いください」
「はい……!」
 ここまで戦線を支え続けてきた涼花も限界である。フローラも、また。だが。
「ええ。クロリスに、まだまだですね、って言われたくないですから!」
 にっこりと笑う。笑ってやる。私たちは絶望していないぞ。最後まで、ベターを勝ち取ってやる。
「ったく……ぶん殴れねぇのが気に入らねぇが……わかった!」
 牡丹がうなづいた。
「あら、逃げる気よ、ガルボイ」
 ルナリアが言うのへ、ガルボイがうっそりとうなづいた。
「ルール違反だな、シーニー」
「もともと、此方はゲームだのに付き合う気はないのでね」
 モカが、激戦に耐えた体の痛みを抑えながら、そういう。
「ま……それでも、負けは負けだ。
 戦利品に、私の下着の色でも知って帰りたまえよ。
 今日は赤だ!」
 叫ぶと同時に、モカがガルボイにけりかかる。ガルボイが、その足を受け止めて、たたきつけるように放り投げた。モカが空中で反転し、地面に着地する。激痛が、モカの意識を刈り取った。ち、と舌打ちしつつ、無理やりに立ち上がる。
「じゃあ、貴方達の可能性くらいはもらっていくわね」
 ルナリアが、その腕を振るい、炎をたたきつける。
「クロリス! ルリアさん! 飛び出て!」
 フローラが叫んだ。同時に、クロリスとルリアが馬車から飛び降りる。強烈な音を立てて、馬車が爆散した。その嘗め尽くすような炎が、無数の可能性を焼いていくのを、一行は自覚していた。
「クソ……」
「アルヴィ、逃げるぞ!」
 レヴィが叫ぶのへ、アルヴァは舌打ちした。
「分かってる! チェレンチィ!」
「はい……はい……!」
 どこか呆然としながらも、チェレンチィは走り出した。
「……みんなは生きている。それだけでも……!」
 涼花が叫び、少しだけ悔し気に唇をかみしめた。でも、生きている。皆。それだけで、充分だった。

 可能性を潰えさせた煙が空に伸びていく。
 二人の魔は、しかし静かに、撤退するイレギュラーズたちを追おうとはしなかった。
「世界は終わる。シーニー」
 ガルボイは言った。
「もう、誰も……逃げられないというのに……」
 彼の言葉通りに……。
 破滅は、もうすぐ、迫りくる。

成否

失敗

MVP

柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 作戦としては失敗になりますが、あの二体の魔種を相手に、全員が命を拾って戻れたことは充分な結果でしょう。

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