シナリオ詳細
奇妙な種の正体を探ろう。或いは、食べられるとは言うものの…。
オープニング
●眠り過ぎたワルタハンガ
気温が高くなったから。
地面の底で目を覚ました。すっかり硬くなった土を掘り返し、やっとのことで彼女は地上に顔を覗かす。
空気が美味しい。
太陽がまぶしい。
「……あぁ、良く寝たぁ」
くぁぁ、と小さな欠伸を零した土だらけの女……その縦に割れた瞳孔に、驚いた顔の女性が映った。
「なんだ? なんだ、お前は? 今、土から出て来たな?」
目を丸くした女の頭部には、捩じれた2本の角がある。女性にしては背が高く、身体つきも筋肉質だ。
きっと強い戦士なのだろう。
「……なんだ、と言われればワルタハンガだぁ。年末ぐらいからここで寝ていたぁ」
「そうか。私はヘイズルと言う。年末ぐらいからここで暮らしているが、お前などいたかな?」
戦士……ヘイズルは、ワルタハンガの身体を上から下まで眺めた。
緑色の長い髪。爬虫類の瞳、身体のあちこちに生えた翡翠色をした鱗。しかし、全身がすっかり土に塗れている。
「もしかしたら、数年前の年末から寝て居かも知れないなぁ」
「数年も寝ていたのか? お前、その……大丈夫なのか?」
困った顔でヘイズルは問うた。
ワルタハンガと名乗った彼女が、何かの特異体質なのでは無いかと思ったからである。或いは、彼女の体調を心配しているのかもしれない。
「うぅん? うん」
「大丈夫なのか? 本当に、何の問題も、不調も無いのだな?」
「うん。というかアレだなァ。記憶が無いなぁ。思えば、眠る前から既に無かった気がする」
どこかぼんやりとしたワルタハンガの顔を見て、ヘイズルは驚愕に目を剥いた。
記憶が無いまま、ラサの辺境に1人。
地面に穴を掘って、おそらく冬眠していたワルタハンガに、果たして帰る場所はあるのか。
「お前、これからどうすんだ?」
「……どうしたものかなぁ。あ」
今しがた、出て来たばかりの地面の穴へ視線を落とした。
ワルタハンガが、じぃと穴を観察している。
もう1度、穴に潜って眠るのもいいかな、とかそんなことを考えているのだろう。
「数年ぶりに起きて来たのにか? お前、ワルタハンガ……お前、行く宛てが無いのなら、私の“バロメッツ”に加わるか?」
「バロ……?」
「バロメッツ。こっちの方では集落と呼ぶ」
どうだ、と。
そう言ってヘイズルは、両腕を広げた。
ヘイズルの周囲には、幾つかの小型天幕に、背の低い木柵。それから、ごく小規模な畑らしきものがある。
集落というより、キャンプ場のようであった。
「ここに住んでいるのか? 住みづらくは無いか?」
「地面の中で寝ていた奴に言われたくはないが」
あまりにも畑がみすぼらしい。
ヘイズルのバロメッツを散策したワルタハンガが、真っ先に抱いた感想がそれだった。
真っ先にそんな感想を抱くあたり、ともすると記憶を失う前のワルタハンガは農業でもして生計を立てていたのかもしれない。
「じゃがいもか。乾燥地帯でも育ちはするのだろうがなぁ……あ」
そう言えば、とワルタハンガが何かを思い出した風な顔をする。
それから彼女は、地面を這うようにして“少し前まで居た”穴の中へ潜って行った。
暫くして、穴の底から出て来たワルタハンガの手には土に塗れた小さな袋が握られている。
「それはなんだ?」
ヘイズルが問うた。
「種だなぁ」
ワルタハンガが即答する。
「なんの種だ?」
「…………」
今度は即答しなかった。
難しい顔をして、袋の中身を手に取りだした。
直径2センチほどの小さな黒い種である。種の表面には、まるで目や口のようにも見える不気味な模様があった。
「何の種かは知らないなぁ。だが、きっと“食べられる”ものだったと思う。植えていいか?」
「育て方も分からないのにか?」
得体の知れない種を畑に撒くことに、ヘイズルは懐疑的だった。だが、同時に“まぁ、なるようになるだろう”という楽観もあった。
ギリギリのところで種を植えずに踏みとどまったのは、ラサの地で出会った友人たちから“慎重に判断すること”の大切さを学んでいたからだ。
「育て方なぁ。あぁ、もしかしたら……その辺に、私の私物も埋まっているのかもしれないなぁ」
「説明書きもあるかもしれない、ということか。ならば、ちょうど明日にでも私の友人たちが訪ねて来ることになっている」
探すのを手伝ってもらおう。
そう言ってヘイズルは、ワルタハンガの手から袋を取り上げた。
袋の中で「ンァァァァァ」と何かが鳴いた気がした。
- 奇妙な種の正体を探ろう。或いは、食べられるとは言うものの…。完了
- GM名病み月
- 種別 通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年02月29日 22時05分
- 参加人数5/8人
- 相談0日
- 参加費100RC
参加者 : 5 人
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参加者一覧(5人)
リプレイ
●穴を掘っている
ざくざくと、乾いた地面を掘る音がした。
一心不乱に、ざくざくと。
ざくざくと、穴を掘っている。
穴の大きさは、直径で3メートルを超えていた。大きな穴だ。
掘り返された土が、穴の傍に小さな山を作っている。
「もう一度穴を掘ればいいんだね、任せて!」
もふもふとした手を土で汚して『無尽虎爪』ソア(p3p007025)が言う。穴なら以前にも掘った。硬い地面も、ソアの爪にかかれば豆腐と大差はないのだ。
だから穴を掘っている。
鼻歌混じりに、せっせと穴を掘っている。
「こうして一心不乱に穴を掘っていると、まさに開拓しているという感じがするな」
呵々と笑うヘイズルも、ソアの真似をして素手で穴を掘っていた。ヘイズルには、ソアのような爪は無いので、どうにも効率が悪い。
「穴かぁ。穴……穴……せっかく穴から這い出して来たのに、また穴を掘って地中に沈んでいくんだなァ」
一方、穴を掘る原因となった彼女……ワルタハンガは、どこか表情が暗かった。穴を掘ることに何の意味があるのかと、そう言いたそうな顔をしている。
「まぁ、ヘイズルさんが地中に忘れて来たというメモ帳だか手帳だかを探すためだ。穴を掘らなきゃ始まらないさ」
額に滲んだ汗を拭って『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)はため息を零す。穴を掘り始めてから、既に幾らかの時間が経過しているが、肝心の手帳などはどこにも見当たらない。
「私物が見つからないと、ワルタハンガさんも不便でしょうしね。それらしい物が見つかればいいのですけど」
スコップを地面に突き差して、『その毒は守るために』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)が少し困った顔をした。
穴の中……地面の中には、きっとワルタハンガの私物が埋もれたままになっているはずだ。だが、肝心の私物が今のところ見つかっていない。
発掘されたものと言えば、枯れた植物の根や小石、それから動物の骨ばかりである。
「不便かぁ。不便かなぁ。何も覚えていない以上、便利も不便もないけどなぁ」
「それに数年もの間、地中に埋もれっぱなしだからな。ダメになっていなければいいがな」
掘り起こされたばかりの骨をまじまじと観察しながら、ワルタハンガとヘイズルは言う。
骨なんて、この乾燥地帯にはいくらでも転がっているのに……何が気になるというのだろうか。ジョシュアは首を傾げるのだった。
ワルタハンガ。
ヘイズルの暮らす乾燥地帯の地面から、少し前に這い出して来たのが彼女である。
何でも、地中で数年、眠っていたらしい。
きっと冬眠とかそう言うやつだ。
そして穴から這い出して来たというワルタハンガだが、聞けば記憶を失っているらしい。
「不思議なスポットだ」
数年も地中にいたというなら、とっくに死んでいそうなものだが。
ラサの砂漠にしては珍しい乾燥地帯というのも気になる。どこもかしこも砂漠ばかりのラサにあって、この地域だけが気候や土壌の質が幾分か浮いている……と、少なくとも『竜剣』シラス(p3p004421)はそう思う。
「加えて……その種だが」
チラ、と視線を向けた先には地面にしゃがみ込む『不死呪』アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)の姿がある。
アオゾラがその血色の悪い手で弄んでいるのは、小さな黒い種だった。ワルタハンガが所持していたものだが、何の種かは不明である。
「よくはわからないデスガ、お手伝いすればご飯をご馳走してくれるとのことなので頑張って植えるデス」
「……まぁ」
植えることに否は無い。
何故か「ンァァァァァ」と鳴いている気がするし、目や口に似た模様もある。控えめに言って不気味な種だ。
「それにしても変な模様デスネ、見てない間に動き出しそうデス」
『ンァァァァ』
アオゾラの言葉に同意を示すかのように種が鳴いた。
そんな気がした。
「植えてみようぜ。何か不味いものだったら俺とソアで退治してやるからさ」
植えて見なければ、何が育つか分からない。
で、あればとりあえず“植えて”みれば良いのだと、シラスはそう判断したようである。
●乾燥地帯の発展
「そう言えば、アンタは何でこんなところにやって来たんだ?」
畑の隅に穴を掘っているアオゾラへ向けて、シラスはそう問いかける。
アオゾラは少し首を傾げて、視線を左右へ泳がせる。
「……んー? 道に迷って……」
アオゾラが思い出すのは、今から半日ほど前の出来事である。
最初はラサの砂漠にいた。
見渡す限り、白い砂の海だった。人の姿は無く、野生の動物も見当たらず、遺跡やオアシスさえも見えない、そんな砂漠だ。
人を拒絶する過酷な自然そのものといった景色であった。ラサではそう珍しくも無い光景であるし、アオゾラにとっても見慣れた景色である。
海千山千を迷い続けたアオゾラが、今さら砂漠で数日かそこら放浪した程度で何を嘆くことがあろうか。
「砂嵐に飲み込まれて……気づいたら、その辺りに落ちていまシタ」
「……そうか。苦労したんだな」
よく生きていたな、と感心するやら呆れるやら。
幸運なのか、不運なのか……さて、アオゾラの場合はどちらか。そんな風に益体も無いことを考えながら、シラスは地面に置かれていた袋を拾い上げる。
『ンァァァ』
袋の中で何かが鳴いた。
種だろう。何の植物が育つのかは不明だが、やはり見れば見るほど奇妙だ。
「そういうシラス様はなぜここに?」
穴を掘り終えたアオゾラが、シラスの手から小袋を受け取る。
袋の中身を摘み出す。
『ンァァッ!』
太陽光が眩しかったのか。種が嫌がるような鳴き声を零す。
やはりこの種、明らかに意思かそれに近い何かが存在するらしい。
「俺は……通りかかりだよ。好奇心を擽られて首を突っ込んじまった」
奇妙な種を興味深げに凝視しながら、シラスはそう呟いた。
地面の中は少しだけ空気が冷たかった。
「そう言えば、さっき種を見ていただろう?」
穴を掘る手を休めると、モカはジョシュアへそう尋ねる。穴を掘る作業を始める少しだけ前のことである。
ジョシュアは、ワルタハンガが持っていたという奇妙な種をじぃっと観察していたはずだ。
「あれは何の種だ? ヘイズルは作物の仕入先の1人だからな。新たな作物が増えるのであればありがたい話なんだが」
少なくとも、モカの記憶には無い種だった。
ジョシュアは何か、種についての情報を掴んだだろうか。それが気になっての質問だ。
だが、ジョシュアは眉間に眉を寄せると、顎に指を当て首を傾げる。指先が泥で汚れていたせいだろう。ジョシュアの顎には土が付着していた。
本人は、顎の土汚れなど全く気にしていなさそうだが。
「あの種ですか。いえ……残念ながら何の種かは。模様が目みたいに見えて不気味でしたが」
それから、ジョシュアの聞き間違いで無いのなら種は確かに鳴いていた。
聞き間違いであれば良いが……まぁ、きっと聞き間違いではないのだろう。
「でも“強い生命力”を感じました」
「……まぁ、だろうな」
鳴いていたものな。
今やすっかり遠くなった地上を見上げ、モカは囁くように言う。
爪も、手も、身体も顔も土塗れ。
しかし、ソアは楽しそうにせっせと穴を掘っていた。
「また手を貸してもらって悪いな。今、少し慌ただしいのだろう」
ヘイズルの言う通り、今の混沌世界は各地で大きな騒動が多発している。例えばそれは、この世界の行く末にさえ影響を及ぼしかねないほどの大事変である。
そんな忙しい時期に、こんな辺鄙な場所へ来ていて大丈夫なのか? ヘイズルはそう訊いたのだ。
ソアは穴を掘る手を止めず、面白そうに笑っていた。
「ヘイズルさんのバロメッツが今どうなっているのか気になったからね。世界中があちこち滅茶苦茶だもの」
「そうか。そうだな……例えば、もし」
ヘイズルにしては珍しく、次に紡ぐ言葉に迷ったようだった。
その様子が気になって、ソアは作業の手を止めた。
ソアの視線を受けたヘイズルは、少し難しい顔をしていた。何かに悩んでいるような、或いは恐れているような。
負の感情がないまぜになったかのような、そんな奇妙な表情だ。
「もし、世界が滅茶苦茶になって……もうどうしようも無くなったのなら」
悩んだ末に、ヘイズルはやっと言葉を紡ぐ。
「その時は、ここに来るといい。歓迎するよ」
その言葉を告げることが、ソアに対する侮辱に当たるのではないか。
ヘイズルはその可能性を懸念したのだ。
何故ならそれは、ソアたちの敗北を前提とした提案だから。
けれど、言わずにはいられなかった。
「行き場のない者を、もうどこにも行けない者を、私のバロメッツ(集落)は拒まない」
これまでたくさん世話になったのだから。
最後ぐらいは、恩を返したいでは無いか。
そんなヘイズルの提案に、ソアはくすりと微笑んだ。
それっきり言葉は無く。
ただ、穴を掘る音だけが聞こえていた。
種を植えてから数時間。
「もう目が出ているなぁ。この辺りの土地は栄養が豊富なのかなぁ?」
ひょっこりと地面から顔を覗かす幾つかの新芽。
それを見下ろし、ワルタハンガはそう呟いた。
「ラサだぞ? 本気か?」
本気で“この辺りの土地は栄養が豊富”だと思っているのか。
シラスは驚愕した。この下草しか生えない乾燥した土地を見て、本当にそう思ったのか、と。記憶が無いとはいえ、あんまりにもあんまりでは無いか、と。
もしも本気でそう思っているのだとしたら……あぁ、きっと彼女は、想像できないほどに過酷な土地に暮らしていたのでは無いか。
「大変だったんデスネ」
無表情のままだが、きっと同情しているのだろう。
ワルタハンガの肩に手を置き、アオゾラは深く頷いている。
「……アンタも大概だと思うけどな」
地中で数年、眠っているのと、頻繁に各地で迷っているのは、果たしてどちらが“大変”だろうか。
シラスにはそれが分からない。
西の空に、太陽が沈む頃である。
「あれ? これ……“そう”じゃないですか!」
ジョシュアが土の中から引き摺り出したのは、すっかり土に塗れた大きな“何か”であった。
土塗れで分かりづらいが、どうやらそれは布の袋であるらしい。
「背嚢……か?」
モカが“何か”を持ち上げてみる。
土に塗れていることを加味してもそれなりに重たい。袋の中では、ガチャガチャと硬質な何かがぶつかる音がしていた。
「“当たり”だろうな。だが、こう暗くては中身の確認も出来ない」
「ですね。そろそろ陽も暮れますし、作業を中断して地上に戻りましょうか」
“当たり”であれば、それで良し。
もしもそうでないのなら、明日にでも続きを掘ればいいのだ。
「どうだ? 覚えはあるか?」
モカに問われたワルタハンガが「うぅん」と腕を組んで唸った。
「覚えているような、無いような……こんなに土塗れだったかなぁ?」
「土塗れは仕方ないと思うが……例えば、これはどうだ?」
背嚢の口に手を突っ込んで、モカが引き摺り出したのは刃渡り50センチにも及ぶ大振りなナイフだ。
よく使い込まれているのか、鞘は色褪せ、無数の傷が散見された。
「あー……あぁ、うん。覚えは無いけど、手には馴染むなぁ」
ナイフを受け取ったワルタハンガが、うんうんと何度か頷いた。
(……手慣れていますね)
その様子を観察しながら、ジョシュアは内心で舌を巻く。ナイフを扱うワルタハンガの手つきに、一切の危うさが無かったからだ。
刃渡りが50センチを超えれば、取り扱いにもそれなりに工夫や慣れが必要だ。例えばジョシュア自身が初めてナイフを手にした時などは、鞘から抜くだけでも気を使ったものである。
だが、ワルタハンガにそれは無い。
大振りなナイフを、まるで自分の手の延長であるかのように取りまわしている。
「私のナイフっぽいなぁ。じゃあ、きっとこれ全部、私のだろうなぁ」
「そうですか。でも……」
「あぁ、手帳やメモ帳の類は無いんだ」
バラバラと背嚢の中身を地面に広げ、ジョシュアとモカは顔を見合わす。ナイフにコンパス、保存食と酒の瓶、それから釘や数枚の硬貨……出て来たのはそんなものばかり。
ワルタハンガが記憶していた手帳やメモの類など、どこにも影も形も無かった。
モカやジョシュア、ワルタハンガが背嚢の中身を漁っているのと同時刻。
最初に異変に気が付いたのはアオゾラだった。
「……あれ?」
畑の方へ視線を向けたアオゾラは、そこに青々とした大振りな葉っぱを確認した。さっきまで、謎の種の新芽があった辺りである。
「急に大きくなっていますネ? もしかして……月明かりで育つ植物なのでしょうカ?」
その割には葉の色は鮮やかな緑である。
光合成をするものと思っていたのだが、もしかすると違うのかもしれない。
なんて、思案するアオゾラの目の前で……。
『ンァァ! ンァァ!』
赤子の泣き声にも似た声が、土の中から木霊した。
●乾燥地帯の名産品
それは、あまりにも速かった。
速く、元気で、軽かった。
「……ンン?」
腹部に衝撃を感じ、アオゾラが数歩、後退る。
シュタッ、と軽い音を立ててアオゾラの眼前には幾つもの小さな影が立つ。月の光にも似た白い身体、頂点から伸びた青々とした大きな葉っぱ……まるで大根のようにも見える。
だが、大根ではない。
『ンン……ンンァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
絶叫。
空気を震わす大音声が、アオゾラの脳を激しく揺らす。
「ンゥ……うるさいデス」
絶叫を真正面から受けたアオゾラが、ほんの一瞬だけ意識を手放す。よろけた隙に、その奇怪な植物は四方へ散開していった。
その数は全部で5体……ちょうど、土に埋めた種と同じ数である。
「あ、これだなぁ」
思い出した、と。
そう言ってワルタハンガは、ナイフの柄を指で叩いた。丁度、柄尻の部分が蓋になっていたのだ。
柄の中は空洞であるらしい。柄の空洞に指を突っ込み、引き摺り出したのは色褪せた古い紙である。
「随分と古い紙だな」
「紙質も……最近の製法で作られたものではなさそうです」
植物の繊維をなめして作った古い紙だ。最近、市場に出回っている紙に比べて繊維が荒い。
確か“パピルス”と、そんな名前で呼ばれる紙がちょうどこんな風だったと、ジョシュアは思う。
「お前、寝ていたのは本当に“数年”か?」
ワルタハンガの手から紙を受け取って、モカは思わずそう問うた。
紙の隅に書かれているのは、今から数百年前の日付。
そして、紙に書かれた内容はと言えば……。
「“マンドラゴラ”の育て方……?」
ジョシュアが文字を読み上げる。
どうやら件の謎の種……マンドラゴラの種らしい。
「そっちに行ったぞ!」
ヘイズルの声が木霊した。
夜闇の中を疾駆する5体の根野菜……もとい、マンドラゴラを追いかけているのはヘイズルとシラス、そしてソアの3人だった。
月明かりを浴びて、マンドラゴラは元気いっぱい。
『ンァァァァァ!』
耳障りな絶叫を放ちながら、そこら中を駆け回っている。
走るのが速い。
動きは俊敏で、不規則だ。
まるで“台所にいる黒い悪魔”を想起させた。
けれど、しかし……。
「ま、こんなことになると思ってたけどよ」
シラスが左右に手を伸ばす。
目にも留まらぬ手刀である。ごく僅かな衝撃の音が2度。
ゴキ、と奇妙な音を立ててマンドラゴラの首……もとい根の部分がへし折れた。葉と本体を分割されたことにより、さっきまで元気いっぱいだったマンドラゴラが活動を停止した。
植物にこの言葉を使うのが正しいかはともかくとして……マンドラゴラは、シラスの一撃により、あっさと絶命したのである。
にぃ、と浮かべた意地の悪い笑みである。
その薄い唇からは、鋭い牙が覗いていた。
「んふふー? もうおしまい? 逃げないの?」
その問いさえも意地が悪い。鋭い爪を伸ばした両手で、ソアが地面に押さえつけているのは2体のマンドラゴラだった。
ソアの背後には、3分割されたマンドラゴラが転がっている。
目の前で同輩を殺められ、自分らの命も風前の灯火……あぁ、マンドラゴラたちの絶望はいかほどのものか。
絶望に身を震わせるマンドラゴラを見下ろして、ソアは一層、笑みを深くした。
「美味しかったら、名産品にしてあげるねっ」
さくり。
奇妙なひと時であった。
だが、得るものは多かった。
少なくとも、ヘイズルと、彼女のバロメッツにとっては……。
「新たな仲間に、名産品……うん、我がバロメッツの未来は明るいな」
後は彼らが、無事に世界の騒乱を納めてくれれば万事幸いである。
帰還していくイレギュラーズを、ヘイズルはいつまでも見送っていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
ヘイズルさんが1人ぼっちなのは寂しそうだと思い、今回のシナリオを作成しました。
結果は見事、成功です。
皆さんのおかげで、ヘイズルさんの集落が少し賑やかになりました。
世界が平和になったら、また遊びに行ってあげてください。
その頃にはきっと、マンドラゴラも大量に増えていることと思います。
GMコメント
●ミッション
謎の種の正体を探ろう
●目的
ワルタハンガが持っていた「目や口らしき模様のある奇妙な種」を畑に植えたい。
だが、種の正体や、育て方が分からない。
ヘイズル曰く“食べられる”らしい。
ワルタハンガ曰く、地面の下には彼女の私物が他にも埋まっているかもしれない。私物の中に、種の育て方をメモした手帳などが紛れ込んでいる可能性がある……とのこと。
最悪の場合は、とりあえず1回、畑に種を植えることを予定している。
●同行者
・ヘイズル・アマルティア
灰を被ったようなウルフカットの髪型と、その両脇から伸びた捻れた角が目を引く女丈夫。
砂漠の奥深く、砂塵を超えた先にある未開地よりやって来た。
身体能力は高いが、常識に欠ける。
また「気に入ったものがあれば持ち帰る」主義。
・ワルタハンガ
地面の中で数年ほど眠っていたらしい記憶喪失の女性。
緑の髪に、翡翠色の鱗、その瞳の形状から爬虫類の獣種であることが分かる。
のんびりとした性格をしている。
記憶を失う前は農業に従事していた可能性がある。
●フィールド
ラサの砂漠、南部にある乾燥した土地。
最寄りの街から丸1日ほど離れた場所にあるヘイズルのバロメッツ(集落)。
交易路から外れているため、人の出入りはほとんどない。せいぜい、世捨て人的な旅人が時々、迷い込む程度である。
痩せた樹々や、下草が疎らに生えている他、集落から少し離れた場所に泉が湧いている。
集落にはいくつかの天幕と、小さな畑がある。周囲は木柵で囲まれている。
木柵の外には、猫化の動物や、牛、鹿に似た動物たちがうろついている。
動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。
【1】ヘイズルの様子を見に来た
ヘイズルの様子を見に、ラサの辺境へ足を運びました。
【2】旅の途中で立ち寄った
旅の途中で、乾燥地帯の集落に立ち寄りました。
【3】道に迷っていた
道に迷っているうちに、ヘイズルの集落に辿り着きました。
正体を探ろう
奇妙な種の正体を探るために行うアクションです。
不測の事態が起きる可能性もあります。
【1】穴を掘る
ワルタハンガの私物を探して、地面をせっせと掘り返します。
種の詳細や育て方などが記載されたメモ、手帳などが発見される可能性があります。
【2】種を植えてみる
とりあえず畑に種を植えてみます。
幸いなことに、近くには泉も湧いているので水に困ることもないでしょう。
適切なスキルを所有している場合、急速に種が成長する可能性もあります。
【3】ワルタハンガを警戒する
記憶喪失のまま、数年間も地面の下で眠っていたという彼女のことが気にかかります。
ワルタハンガやヘイズルの手伝いをしながら、様子を観察します。
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