PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Je te veux>アイを呑む七翼

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●無知の帳は灼け落ちる
「誰、キミ」
 少年は呼びもしていない客人に眉をひそめた。せっかく今日も代官のアホ面で遊んでやろうと思っていたのに。
 不機嫌を隠さずに問うても、見知らぬ客人はにやりと笑むばかり。やけに目立つ赤い孔雀の装飾が本能的に嫌悪感を覚えるのは、少年の本質が『蛇』であるからか。
「君はそろそろ、君の『糸』を繰り始めた方がいい。この土地も例外なく終わるのだから」
「誰かもわからない奴が僕に指図しないでくれる?」
「『君がやらないなら我(ワタシ)が一翼を灼(や)く』、と言っても?」
 ――『一翼』。それはもはや少年の魂となったものの最大の執着であり、決して逃してはならない対象だった。
 少年の器となってこの世界へ飛ばされてからどれほどの時が過ぎようと、それだけは忘れずに意識へ刻み続けたのだから。
「……一翼がどこにいるか知らないけど。勝手に殺すなら、その前に僕がキミを殺すから」
「知らないはずはないだろう。君は誰の土地に住んでいるのだ」
「ここはあのおっさんの領地だろう?」
 警戒を崩さない少年に、赤い孔雀の客人は目を細めた。
「『究極なる完全』の名を持つモノ。その名にとって無知とは罪だ。故に我がその闇を灼こう」
 赤い孔雀の炎が広がる。輝きを失った炎は無知の闇を灼き、少年の眼を真に開く――。

●アイを繋ぐ
 『涙を知る泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)は、少し遅れてついてくる少女を待っていた。
 世界のどこからも『安全』と呼べる場所が失われていくなか、彼女も子供一人を連れて豊穣へ向かう決断をしたのだ。
「幻想も、今は大丈夫だけど……レンも、豊穣の子達のところにいた方がいいのかなって」
 少し前まで車椅子に乗るほど体力を失っていた『蝕日』トキ。今は看病の甲斐あって自分の足で立てるようにはなったが、まだ万全な体調とは言えない。
「疲れるだろう。俺がレンを送っても良かったんだぞ」
「ううん……この子は、『あのサク』が、逃がしてくれた子だから。私が送りたいの。私自身は……皆に会わせる顔がないから、またこっちに戻るつもりだけど」
 遂行者達との戦いで、このレンという子供は炎の獣として利用されたことがあった。彼を取り戻そうとしたイレギュラーズに間接的とはいえ手を貸したのは、元は二人の仲間でもあった遂行者サクだったのだ。
 今となっては消滅し、仲間の元へは戻れない彼。レンを逃がそうとした意思だけは叶えようと、トキは彼女達の付き添いを申し出たマッダラーと共に豊穣を目指したのだ。
「……そうさせたのは、俺か」
「……そうじゃないけど。マッダラーさんはずるいの」
「そうかもな」
 ローレット預かりだった子供を連れ出す報告をしにギルドへ向かった、その時だった。

 彼らがまさに向かおうとしていた豊穣の土地――『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の領地で異変が発生した、という依頼が舞い込んだのは。

●隠れ里の終焉獣
「時間がない、手短に話す」
 アーマデルが話すには、豊穣の彼の領地に突然終焉獣が湧き出した、とのことらしい。今はまだ彼の知り合い達によって持ちこたえているが、全てを倒しきるのは難しいだろう、という見込みだ。
「俺の領地では、オンネリネンの子供達も引き取っていてる。彼らも戦えないわけじゃないが、終焉獣にはとても敵わない。むしろ、戦わなくていいように引き取ったんだ。彼らに害が及ばないように、どうか手を貸してほしい」
「それ、手伝わせて」
 マッダラーと共にギルドで話を聞いたトキが名乗り出る。
「私、終焉獣も怖くないよ。皆みたいな特別な力はないけど、子供達の避難くらいならできると思う。レンは足も速いしね」
 多分、『彼』ならそうするから――彼女の強い望みを、イレギュラーズは受け入れることにした。
「終焉獣は感情から生じ、狂気と共に滅びのアークを広めていくものもいます。難しいですが、子供達に混乱がないようお願い致します」
 『万愛器』チャンドラ・カトリ(p3n000142)からも一言添えると、イレギュラーズは高天京郊外にあるアーマデルの領地へと向かった。

 ――実は、この時に敢えて言わなかったことがある。
 彼の領地を襲っているのは終焉獣だけではなかった。
(カーミル。お前のことは、俺が)
 その少年が、その名を持つことを知っているのは。

●真性とできそこない
『クソッ!』
 使役霊の『冬夜の裔』が大きく後退する。『妄執』の攻撃は大きな手応えを得られなかった。
「できそこないの七翼に用は無いんだ。ここは一翼の土地なんだろう? アーマデルが一翼なんだろう?」
 明らかに彼一人で手に負える相手ではない。『冬夜の裔』が「できそこないの七翼」の血筋なら、彼を追い詰めている少年は血筋どころか真性の「七翼」そのものだ。
 「七翼」とは業を喰らう性質を持つ。霊とは業によって存在しているようなものだ。その業を喰われれば、使役霊と言えど消滅の恐れがある。
(イシュミルには子供らの避難を任せてる。こんなところで七翼に消されるなんざ御免だが……)
「もういいよ。キミを消して、暇潰しに全部喰いながら一翼を待つから。彼のパンドラ集積器さえ回収できればって言われてるけど、そんなの関係ない」
『……消えてたまるかよ。ましてや七翼相手に』
 相性も実力差も悪すぎる、戦況の行方は。

GMコメント

旭吉です。
カーミル、イシュミル、『冬夜の裔』、共にアーマデルさんの関係者となります。
『蝕日』トキは遂行者の『終天』サク(p3n000349)の関係者です。

●目標
 『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)のパンドラ収集器を守る
 領地の子供達の被害を10人以内に収める

●状況
 豊穣、高天京郊外にある地下洞穴から繋がるアーマデルさんの領地での戦闘になります。
 景色だけなら花畑が広がる穏やかな隠れ里ですが、戦闘要員としてぎりぎり耐えている使役霊の『冬夜の裔』は条件が不利すぎてあまりもちません。一刻も早い助力が必要でしょう。
 子供達はトキが到着する前から小さな少女とイシュミルが中心となって終焉獣から逃れようとしていますが、このままではやがて追い付かれます。イシュミルは医療技官であるため、こちらに実質的な戦闘要員はいません。
・パンドラ収集器について
 特にプレイング等でご指定がなければ、ステータスシートのパンドラ欄にあるアイコンの形状をしているものとします。
 (プレイングで形状の指定をしなかったから不利になる、ということはありません)

●敵情報(今回、冒頭の客人は戦闘中には現れません)
・カーミル・アル・アーヒル
 真性の「七翼」に完全に魂を喰われた暗殺者の少年。旅人。
 今までアーマデルの領地で気楽に過ごしてきたものの、奇跡的な確率でアーマデルと直接会うことはなく平和な日々が続いていた。
 何者かに『無知を灼かれ』、アーマデルのパンドラ収集器を狙っている……が、むしろアーマデルに宿る『一翼』そのものを喰らいたい。
 攻撃手段は鎖分銅のような暗器による絡めや拘束と組み合わせた通常攻撃や、攻撃スキルとして対象にかけられた強化の数だけ威力を増す『業喰らい』を使用します。
 特殊抵抗が非常に高い。

・終焉獣×多数
 『アポロトス』が、領地内の不安や子供達の恐怖等を糧に『変容する獣』となって数を増していきます。
 
 青白く半透明な、燃える向日葵を纏ったような二足の人型。
  滅びのアークによる狂気を撒き散らしながら、通る場所を焼き尽くしていきます。【呪殺】【呪い】【炎獄】の範囲攻撃をする。

●味方情報
・イシュミル・アズラッド
 アーマデルの関係者(今回に限り、アーマデルさんが同行させていなくても指示が可能です)
 主に精神面を扱う医療技官。ちょっと胡散臭くもあるが技術は本物。
 戦闘力はありませんが、子供達の不安を煽らないよう最善を尽くします。
 頼まれればイレギュラーズの回復も可能です。

・『冬夜の裔(すえ)』
 アーマデルの関係者(今回に限り、アーマデルさんが同行させていなくても指示が可能です)
 アーマデルの使役霊となる前は彼の師兄であったこともあり、そこそこの戦闘力を持ちます。
 基本攻撃はナックルナイフによる暗殺。スキルとしてアーマデルさんが扱うものと同じ『英霊残響:妄執』(ダメージとBS付与)を扱います。
 ……が、現在進行形でかなり消滅のピンチです。カーミルとの相性が致命的に悪く、あと3ターンが限度です。やる気は恐らく過去イチあるのですが。
 (助力があればその後も共闘は可能です)

・『蝕日』トキ、レン
 レンを子供達のところへ帰らせようとしたら思わぬ危機に。
 子供達を見つかりにくい場所へ隠したり、混乱を収める方向で動きます。終焉獣に対しても大きくは動揺しませんが、対抗できる戦闘力は持ちません。
 シナリオ後はレンのみをこの地に残し、トキは幻想へ戻るつもりでいます。
 (なお、『朔月』サクは老夫婦を置いていけないため今回は同行しませんでした)

●NPC
何かあればプレイングにて
言及がなければ描写はありません
・チャンドラ・カトリ
 主にHP回復やBS回復などでお手伝いできます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <Je te veux>アイを呑む七翼完了
  • 気付いてしまったら、もう
  • GM名旭吉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年03月03日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC2人)参加者一覧(8人)

冬越 弾正(p3p007105)
終音
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
月夜の魔法使い
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

サポートNPC一覧(1人)

チャンドラ・カトリ(p3n000142)
万愛器

リプレイ


 燃える花畑に、雨が降り始めた。
 終焉獣が焼いていったものをいくらかは収めてくれるかも知れないが、それにしても。

 ――雨は嫌だ。
 まず、視界が良くない。聴覚も阻害される。
 霊体には関係のないことだが、生身の肉体からは体温も奪われていく。体温が下がれば体が動かなくなる。
 満足に動けない状態で、危機的状況に置かれれば――『死』は、目に見える距離にまで迫ってくる。
 何より腹が立つのは、『あとは自分が死ぬだけで再現が完成する』この現状だ。死んだ後も解けそうにない『妄執』、その結いの目。死に逝く己をただ見下ろしていた、あの時の――。


「急いで、はやく!」
「足元には気を付けてくださいね」
 花畑から少し離れた場所では、同じ年頃の子供達を急がせる『今は幼き導き手』ミーサと、彼女達の後方を振り返りながら同じく道を急ぐイシュミルの姿があった。
 確実に迫っている終焉獣。恐れる子供達。ミーサとイシュミルも懸命に彼らを宥めるが、本当はミーサ自身も我慢の限界が近かった。人に近い形をした終焉獣達は、どうしても彼女にかつてのトラウマを思い出させる。
 ファルベライズ。ホルスの子供達。名を呼ぶことで襲いかかるかつての仲間達――本当は彼女も守られる側なのにと、彼女を保護している領主にとっては苦い状況ではあった。
 そんな彼らの前方から迫ってくる影がある。終焉獣、ではない。それよりももっと、地響きと勢いがすごいものだ。
「急ぐぞ、てめえら、乗れ!」
 四足の亜竜が牽くドレイク・チャリオッツで駆けつけた『ガイアネモネ』紅花 牡丹(p3p010983)の馬車からは『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)も降りてくる。
「大丈夫だ、こいつは皆を食ったりしない。他にもアンタ達を助けるために仲間が来てる。おじさん達だって何度も世界を救ってきたんだ。これくらい、朝飯前だ」
「えっと……じゃあ、この子達だけ、先に……」
 責任感の強いミーサは自分よりも幼い子供を先に馬車へ促そうとするが、彼女の声の震えを見逃す牡丹ではない。
「まだここにいない子供もいんのか?」
「偶々、一緒にいた子供達だけでって感じだったからねぇ。できるだけ拾ってはきたけど、全員ではないかな」
 代わりに答えるイシュミル。それなら探しにいかねばならない――が、子供達の後方から迫ってくる炎もちらちらと視界に入ってくる。待っている間にあれが迫れば、子供達に芽生える恐怖から更に増えてしまいかねない。
「よし、アンタ達は馬車に乗ってな。お嬢ちゃんもほれ」
「でも」
「お嬢ちゃんがいない方が皆寂しいよな?」
 ヤツェクに促され、先に乗った仲間達から不安げな視線を向けられては、やはり『元リーダー』の責任感からミーサは断れない。
「じゃあ、こっからはセッションパーティといこうか!」
「いいな。敵も子供達も、オレの歌唱力で魅せてやるぜ!」
 ヤツェクが音楽を纏う槍『楽劇』に歌わせ、自身もスピーカーボムで陽気な歌を歌い上げる。『楽劇』が光と共に無限即興曲を奏でれば、一番近くまで迫っていた終焉獣がその足を止めた。
「水くさいぜお前達、セッションなら俺も呼んでくれよ」
 ベースギターを片手に『アネモネの花束』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)が飛び入り参加すると、音楽は更に厚みを得て場を盛り上げた。
「いい『歌』じゃねえか! オレ達も歌いながら行こうぜ、あのおっさん達に負けてらんねえぞ!」
 牡丹は子供達を鼓舞し、来た道を戻る。目指すは領地の大きな湖だ。
 亜竜の雄叫びと地響きはまるで銅鑼かドラムのよう。初めはそちらの音に驚いていた子供達だが、やがて牡丹が歌い出すのに合わせて小さな歌声が響き始めた。


 雨が掻き消す花畑の炎。妄執の火花を散らして抗う命も、また――。
「『冬夜の裔』!!」
 声と共に、その再演を阻む。『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)による『絶叫』の英霊残響だ。
 諦念を砕く一撃と共に、アーマデルは『冬夜の裔』と少年の間に割って入った。
「誰も……諦めないと決めている。イシュミルも子供達も、あんたもだ」
『……そういうことは、この場を生き残ってから言え』
 使役霊の減らず口に安堵すると同時に、アーマデルは目の前の少年からの執着――執念を一身に浴びることとなる。
 まだ少年は一言も発していない。しかしその視線だけで、アーマデルは魂で感じ取っていた。
 彼の魂に刻まれた『一翼』の加護が震えるのだ。
 『業を喰らう者』カーミル・アル・アーヒル――この少年こそが『七翼』。故郷において『免疫』を司っており、『毒』と『病』を司る『一翼』とは神話の時代から相容れなかったもの、そのものであると。
「やっと会えたね『一翼』……姿を見せてくれたってことは、僕のものになるんだよね?」
 握手のように差し伸べられた白い手はしかし、聖弓のラフィング・ピリオドによって肩を射抜かれる。『その毒は守るために』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)だ。
 その一撃は、本来であればカーミルの動きを止められる力を持っていた。しかし。
「……邪魔しないでくれる? 『一翼』以外に用はないんだよ」
 高い『免疫』を持つ少年は『無粋な横槍』に機嫌を損ねただけだった。ここまで『冬夜の裔』に足止めを食らっていただけでも相当に鬱陶しかったのだろう。
「確かに、あなたからすれば僕は部外者でしょう。僕もあなた方の事情を存じません」
 しかし、とジョシュアは次の矢をつがえる。蛇の眼に臆することなく、堂々と彼は告げた。
「この毒は、アーマデル様の味方です。アーマデル様の守りたいものを、僕も守ります」
 ジョシュアはアーマデルを加護する『一翼』の権能を知らない。しかし彼自身が毒の精霊種であるためか、アーマデルから感じられる毒の『気配』のようなものに親近感と安堵を抱いていたのだ。
 彼に対しては、毒は悪ではない。ジョシュアにとって稀有な、得難い人だった。
「愛する人も、彼を信頼して付いてきてくれた領地の人々も、全てを守り抜く。俺の歌も想いも、その為に重ねてきたんだ」
 消耗した『冬夜の裔』を『万愛器』チャンドラ・カトリ(p3n000142)に預け回復させているのは『終音』冬越 弾正(p3p007105)だ。
「俺が何者かって? 旦那様だ!!」
 こちらも堂々たるものである。更にシャイニーランプで物理的に輝きを得て嫌でも視界に入る強調ぶりだ。相棒としてだけでなく、人生の艱難辛苦全てを共にすると誓った弾正にとって恐れるものなどなかった。
 この時点でカーミルは既に数で劣る。しかも相手はイレギュラーズだ。だというのに、少年の表情は不気味なほどに凪いでいた。
「キミ達が誰かなんてどうでもいい。僕は『一翼』の力が欲しい。邪魔するなら君達ごと食べるだけ」
 その余裕が微塵も揺らがないのは、彼の練度の高さゆえだろう。アーマデルも一人では敵わなかった自信がある。
 だが、今は。
「弾正。『冬夜の裔』。ジョシュア殿」
 出会いと衝突と、様々な偶然が撚り合わさった縁がある。
「力を貸してくれ」
 その求めに応えるようなタイミングで、音楽が響いてくる。子供達を避難させている他の仲間達の演奏に後押しされるように、弾正が鼓舞の歌を解放した。


 音楽が木霊する領内では、子供達の避難も続いていた。『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は、集合場所の湖畔に馬車を残し装甲蒸気車両を走らせていた。傍らには妖精の木馬も追従させている。
「ん……さっきのにやられた……?」
「ううん、転んだだけ……」
 迫っていた終焉獣をアンジュ・デシュで退けた後、膝から血を流していた子供を見つけた。大きなものでなくても、怪我はそれだけで気持ちを沈ませる。
「一緒に……歌ってくれる……? 勇気が出る歌……」
 怪我を癒す歌を、既に演奏されている音楽に合わせてレインが歌う。繰り返し歌えば、子供達も歌詞を覚えて一緒に歌ってくれた。
(音楽って……いいね……)
 それも、一人でなく皆で響き合うのがいい。レインの周りでも、『涙を知る泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)の協奏馬達が陽気な曲で息を潜めていた子供達の警戒を解き、皆で歌いながら装甲車へ連れ帰っていた。『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は広範囲の終焉獣達を自分へ引き付けながらステイシスで引き留め、ゴールディ・ロアで数を減らしていく方法を取っていたが、この戦い方にも子供達の不安を煽らず余裕を生ませる工夫があった。
 漏れ聞こえてくる協奏馬達の陽気な音楽を、ギフトでバスを強めにアレンジ。フォルテッシモ・メタルから聞こえるのは金管楽器の音色が中心の冒険活劇を思わせるような楽曲となっており、戦い全体がひとつのステージのような演出となっていたのだ。
「避難したら、俺達を応援して待つんだ。奴等の弱点は皆の勇気だから、信じれば怖くない」
「不安なら歌を歌えば良い。大声を出せば自然と平気になるものだ」
 イズマとマッダラーが直接励ませば、子供達も二人へ応援を返した。
「もっと、隠れながらの避難になると思ってたけど……見つかっちゃいけないって気持ちは、どうしても怖いもんね」
「トキねーちゃんも怖いの?」
 小さな子の手を引くレンが見上げると、『蝕日』トキは小さく首を振った。今はもう、なんにも怖くないよ、と。
 そんな二人を、レインがまとめて抱き締める。
「レイン、さん……?」
 こんな時に、どうしてそんなことをしたくなったのか。様々な事情で助けた時には動けなかった二人が、今は彼女達の意志で力を貸してくれている。その現実に感極まってしまったのもあるが、それだけではなくて。
 なんだか、胸と、目の周りがじわじわするのが、止まらなくて。
「……子供達、たくさんだから……一旦、連れていくね……。すぐ、戻ってくるから……絶対、誰も、取りこぼさない……」
「泣いてる場合じゃないよ。やること、あるんだから、私達は。今も、これからも」
 強く約束した言葉は、逆に彼女から励まされてしまった。その励まされているはずの言葉も、何故か胸へのじわじわが強くなる。
(アイツに……サクに誓ったんだ、子供達が幸せに暮らせる世界を作ってみせると)
 世界を滅ぼすしかなかった『彼』が、信仰ではない心で願った理想をマッダラーは想う。彼はトキ達の言葉を背に聞きながら、助けを求める声がまだないか注意深く確かめた。
「俺はもう少し探してから戻ろう。子供達を頼む」
「私も探してみる。終焉獣、マッダラーさんとイズマさんが引き付けてくれてるから。大丈夫だよ」
 抱き締めていた腕を離すと、レインは子供達を連れて湖畔へ向かった。マッダラーとトキ達も捜索へ戻り、イズマを中心に終焉獣の掃討も進められていった。

「子供達はこれで全部か?」
 牡丹とレインがチャリオッツや車両で湖畔に子供達を送り届けると、ミーサとイシュミルが彼らの人数と顔を確認していた。
「……うん、ちゃんと揃っているね。うっかり子供型の終焉獣を連れてきてしまった、ということも無いみたいだし」
「皆は向日葵をつけてないですよ!」
 イシュミルの笑えない冗談に憤慨するミーサ。
 徹底した終焉獣の引き付けと、音楽で子供達を盛り上げることによる新たな発生の阻止により、無事子供達に犠牲を出すこと無く避難を終えることができたようだ。
「はっはっは、でも大丈夫だっただろう。こういう仕事は、大人の役割だからな」
 ミーサの頭を撫でてやるヤツェク。
「カーミルの方は……片付いてないみてえだな。オレは残りの仲間も拾って向こうに合流するがどうする?」
 牡丹がチャリオッツで共に撤収してきたヤツェクとベルナルドに尋ねると、二人はそれぞれ違う答えを返した。
「おれは残って子供達とセッションを続けるぜ。心の傷だってあるだろうしな」
「俺は一緒に行きたい。アーマデルも弾正も大事な友人だ」
「オーケー、じゃあベルナルドだけ乗ってきな。レイン、あんたは?」
 ベルナルドをチャリオッツへ促しながら、牡丹はレインにも尋ねた。彼はファミリアーの鳥を飛ばしているところだったようだ。
「ん……僕は、こっちに残るつもり……。まだ、イズマ達が終焉獣を引き付けてるから……迎えに行くけど……。もし、行きたい人がいたら……僕が送ろうか……?」
「それがいいな、任せたぜ。オレ達は一足先に奴を殴ってくるからよ!」
 威勢よく片翼を燃やすと、牡丹は地響きと共にチャリオッツを駆る。レインもここまで頑張ってくれた子供達を抱き締めると装甲車両に戻り、残る仲間を迎えに行った。
「皆が帰ってきたら、セッションの二幕目だ。勝利の凱旋セッションができるように、喉の準備しとけよ?」
 人が減った湖畔で、ヤツェクが再び『楽劇』に歌わせる。
 一時たりとも場を冷ましてはいけない――それもまた、この度の戦いであった。


 鎖分銅が甲高い風音と共に大きく円を描く。
「僕は僕が見たいものだけを見る。欲しいものだけ手に入れる! 邪魔、しないで!」
「させてたまるか!!」
 カーミルの注意を引こうと挑発を続けていた弾正だったが、彼がアーマデルから的を逸らす気配はない。おまけに暗殺者の肉体であるためか機動力もあるようだった。それならばと、アーマデルの前に立ち物理的に攻撃を阻む。
 鎖分銅は弾正の体に食い込んで絡まり、肉をも裂いて血を流した。
『なるほど。確かにお前は『暗殺者のカーミル』じゃないらしい。この状況でそんな暗器の使い方は教えないからな』
 弾正に絡まったまま鎖分銅が使えないカーミルへ、『冬夜の裔』が背後から『妄執』の残響を与える。アーマデルも蛇巫女の後悔で加勢するが、常のような手応えは得られない。
「こいつさえ縛れたらいいんだよ。本当に邪魔なんだもの! それに、『七翼』には毒も呪いも効かないんだから。ねえ『一翼』、いい加減僕のものに――」
 笑顔だけは少年の無邪気さで、カーミルの両手が伸びる。そこを襲ったのはジョシュアのシン・クライシスの一射だ。ジョシュアは徹底して弓の射程を保つことで、ここまでカーミルからの反撃を許していない。
(本当に不調が入らないですね……少なくともダメージだけは入っているはずなのですが)
 防御力に優れているわけではないカーミルの体は、確かに傷が増えてはいる。しかし、本人がそれらを全く意に介さないのだ。痛みに対しても抵抗力があるのか、『一翼』に対する執着がそこまで強いのか――確かなのは、「このままでは彼は止まらない」ということだけだ。
「確かに、不調を重ねる俺達の戦い方とお前の『免疫』は相性が悪い。嗤わば嗤え。――だがな」
 アーマデルは自分へ伸ばされたカーミルの腕を掴むと、渾身のデッドリースカイで跳ね上げる。体勢を立て直す隙を与えずL.F.V.Bを撃ち込めば、少年の小さな肉体が地へ叩きつけられた。
「ははっ、随分派手に……あれ?」
 痛みを感じないカーミルはすぐに起き上がるが、片足に力が入らないようだ。
「筋か、骨でも折れたんじゃないか? それなら満足に動けないだろう」
 この『七翼』を、この戦いより先に生き残らせてはいけない。その権能をよく知るだけに、アーマデルは攻めの姿勢を崩さない。
「今のお前は、人間ができないことはできない。混沌肯定の影響もある。加えて、今の俺は一人ではない……『七翼』だからとて、俺達が敵わない理由はない」
 機動力が落ちた今こそ、絶好の機会。その動きを完全に封じるべく、アーマデルが蛇腹鞭を振り抜こうとした時。

「――思い上がらないで。『一翼』」

 蛇の眼が、真っ直ぐにアーマデルの眼を睨む。同時に繰り出されたのは、蛇のように繰り出された無数の鎖。
 そのひとつがアーマデルの心臓、その近くに身に付けられていた錆び付いたナックルナイフを貫こうと――。


 鳥が空で繰り返し輪を描いて飛んでいる。
 レインのファミリアーだろう。子供達が揃った合図のようだ。
「よかった。後はこの終焉獣を片付けたら、俺はカーミルの方へ向かうよ」
「俺は子供達の所へ行こう。トキ、レンも、俺と一緒に子供達の所へ行ってくれるか」
 子供達を逃がす目標が達成されたことに安堵しつつも、イズマとマッダラーは次の目標を定める。マッダラーが呼び掛けた二人も小さく頷いた。
「レン、邪魔にならない場所で待ってようか」
 二人の戦いの妨げにならないよう、トキは少年を伴って距離を取ろうとする。

 気の緩みがなかったと言えば嘘になる。
 共に行動していたイレギュラーズ達の働きは十二分なものだった。
 場には常に楽しい音楽が満ちていて、息を潜める必要なんてなくて。この隠れ里は、温かくて。
(きみだけが、いな――)
「トキねーちゃん!」
「っ!」
 恐らくは、最後の一体。
 大小の向日葵を纏った、人型の獣。イズマかマッダラーか、どちらかに引き寄せられた個体だろう。
 それと、目があって。咄嗟にレンを抱いて蹲って。

 ――その時、白く大きな影が翻って降り立った。
 
「遅くなってごめんね。助けに来たよ。……友達でしょう?」
 『未来への陽を浴びた花』隠岐奈 朝顔(p3p008750)が背中越しに一度微笑んだ後、終焉獣の注意を自分に向ける。朝顔はこの獣が向日葵を纏っている事も気に入らなかった。
「その花は醜い私にも似合いませんが、貴方達みたいな滅びの象徴にも似合いませんよ」
 双刀を抜いて押し返し、二人から遠ざける。
「俺の両手の届く範囲で……誰も傷つけさせてなるものか!」
 マッダラーが瞬時に駆けつけ、まだ蹲っているトキを庇い立ちはだかる。
「これで終わりだ!」
 更にイズマがステイシスでとどめを刺すと、最後の終焉獣は石像のように固まった後大きな向日葵を咲かせて崩れていった。
「ありがとう、朝顔さん。トキさん、レンさんも怪我はないかい」
 イズマがマッダラーに守られていた二人の様子を見ると、蹲って俯いたままのトキをレンが見上げていた。二人に目立った傷は見られない。
「ごめんなさい……私が、ぼんやりしてて……」
「謝らなくていい。お前達を失わずに済んでよかった」
 マッダラーが安堵の溜息を溢すと、トキは大きな朝顔を見上げた。
「一瞬だけ……あなたがサクに見えたの……全然、違う、のに……」
 緊張の解けたトキは、それから間もなくレインが到着してもしばらく涙が止まらなかった。
 

「弾正!!」
 アーマデルのパンドラ収集器を狙った鎖を、上半身を縛られたままの弾正が庇う。鎖は狙いを外しても弾正の体を貫き、地へ叩きつけた。
 すぐさまジョシュアが神鳴神威を撃ち、アーマデルとカーミルの間に割って入る。
「チャンドラ様、弾正様を!」
 地に倒れ、血を吐いても弾正は立ち上がる。チャンドラの幻想福音と自身のアルクル・レトワールの輝きで傷を癒せば、カーミルへ不敵に笑んで見せた。
「見える強化はお前に食われてしまうなら、目に見えない心の強化……即ち、ガッツ、というやつだ」
「つまり根性ってこと? 本当に邪魔だね君」
 意思を持つように、カーミルの鎖達が持ち上がる。
「庇うのをやめないなら、一緒に食べちゃえばいいんだ。ちょっと『不純物』が混じるけど、僕の『免疫』で弾けば問題ない」
「そうはさせるか!!」
 声と共に強化されたミニペリオンの群れが襲いかかる。牡丹のドレイク・チャリオッツで合流したベルナルドだ。
「おうおう! 終焉獣の方は綺麗に片付けてきたぜ、後はあんただけだ!」
 牡丹もチャリオッツから降り、やや遅れてイズマも合流する。ここに、カーミルを封じるイレギュラーズが揃ったのだ。
 既に手負いらしき彼であれば、この場で撃破してしまうことも不可能ではないだろう。

 ――ただ、ひとつだけ。弾正が覚えている違和感がある。

(今まで全くアーマデルの前に現れなかったカーミルが、終焉獣と結託したようなタイミングで現れるなど……作為的な物を感じる)
 その違和感が確信に変わった頃、それは輝きを失った炎と共に姿を現した。

「滅びとなるには些か早かったか」
「キミのことなんて呼んでないよ。邪魔しないで」
 赤い孔雀が特徴的なその人間は、細腕で一人の男を転がす。弾正がアーマデルのパンドラ収集器の危機に備えて潜伏させていた辻峰 道雪は、炎に酷く焼かれたような痕跡があった。
「その『邪魔』な男、ここまで手を回していたというのに」
「道雪殿!」「道雪!」
 弾正とチャンドラが反応すると、赤い孔雀は顔を上げて眼を細める。
「……我(ワタシ)にとっては幸運だったか。『月のカトリ』」
「――ッ!!」
 その金眼が銀眼を射抜くと、チャンドラは眼を覆って蹲ってしまう。
「『七翼』。我と共に来るがいい。その不完全な器、扱いやすくしてやろうではないか」
「キミに借りなんて作らないよ。目の前に『一翼』がいるのに」
「より相応しい機会が巡ってくる。君から『一翼』を奪いはしないとも」
 相手の意思を聞く風でありながら、拒否を許さないように赤い孔雀は自身とカーミルの周囲を炎で囲ってしまう。
「我が名はスーリヤ。いずれ再び会おう、『後輩』殿」
 最後にイレギュラーズ達を見渡して言葉を残すと、現れた時と同じように炎に包まれ二人は姿を消した。

成否

成功

MVP

冬越 弾正(p3p007105)
終音

状態異常

なし

あとがき

お待たせしてしまい申し訳ございません。

子供達に被害はなく、カーミルは赤い孔雀の客人――スーリヤと共に撤退していきました。
少年レンはこの後、この領地で暮らしていくことでしょう。
チャンドラは命は無事ですが、行動不能な状態のようです。

称号は、スーリヤが関心を抱いた貴方と、カーミルの絶対的な執着を得ている貴方へ。
ご参加ありがとうございました。

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