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シナリオ詳細

走れ、リシャール。或いは、アルテロンド領の静かなる騒乱…。

完了

参加者 : 5 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●花嫁誘拐事件
 幻想。
 アルテロンド領の境界付近に1台の質素な、けれど上品な馬車が停車していた。
 馬車の側面に描かれているのは、その地を治める幻想貴族“アルテロンド家”の家紋である。
「……彼女はまだ着かないか? そろそろ到着してもおかしく無い時間だろう? なぁ?」
「また同じ話を……そろそろ到着するのですから、大人しく待っていればいいのです」
「だが、なぁ……迎えに行くのがいいんじゃないか? 道中で何かあったのやもしれん」
 腕を組んだまま落ち着かない様子を見せている彼の名はリシャール・リオネル・アルテロンド。シフォリィ・シリア・アルテロンド (p3p000174)の兄にして、アルテロンド家の現当主である。
 2人は数人の従者と共に、1人の女性を待っていた。
 女性の名は平幕 ちえり。
 リシャールの婚約者であり、数日後にはその妻となるはずの女性である。
「何かあったのなら、私の仲間がすぐに教えてくれる手はずになっています」
「む。そうか。そうだったな……だが、その、遅くないか?」
 額に手を当て、シフォリィは重い溜め息を零した。
 普段は立派な当主然としているリシャールだが、今日はどうにも様子がおかしい。
 確かにちえりの居たシレンツィオ・リゾートから、アルテロンド領まで距離はあるが、無事に幻想国に入ったと連絡は受けている。
「えぇ、そうですとも。そうですが……」
 さて、それにしても確かにリシャールの言う通り、少し到着が遅い気がする。
 雨や雪で道が悪くなっているという連絡も受けていないし、空模様も雲ひとつない快晴そのもの。
 馬車が遅れる理由など、何も無いように思われた。

 ちえりが何者かに誘拐された。
 そんな報告が、2人の元に届いたのはしばらく後のことだった。
「本当にごめんなさい。連中、馬車ごと攫って行ったようで、見つけるのに時間がかかってしまったの」
 息を荒げるアルテミア・フィルティス (p3p001981)から報告を受け、リシャールは顔色を悪くした。
 その手は強く握りしめられ、ぶるぶると震えている。
「1つ前の町で誘拐されたのは確かなようです。偽装工作の上手い連中だったようで、てっきりまだ宿で眠っているものと」
「私ちゃんたちが宿に踏み込んだ頃にはすっかりもぬけの殻で。停められていた馬車は偽物でしたわ」
 アルテミアと同じく、彼者誰 (p3p004449)とルエル・ベスティオ (p3p010888)も疲れた顔で肩を落としている。
 馬車ごと盗んで行ったのは、馬車の側面に描かれた“アルテロンド家”の家紋が必要だったからだろう。小さな領とは言え幻想貴族……付近の町で、アルテロンドの家紋を付けた馬車を呼び止めるような者はいない。
「となると、向かった先は……」
「リリーベルさんが追っているけれど……おそらく、ここ。アルテロンド領の外れ、グラスディル銀山に間違いないわ」
 アルテミアがそう告げた。

「っ……こうしてはいられない」
 リシャールは、銀山へ向け駆け出していく。
 それなりに距離があるというのに、迷うことなく自分の脚で。
 ずっと、待っていたのだ。
 ずっと、ずっと、ちえりの到着を待っていたのだ。
 これ以上、待つことは出来ない。
 自分がちえりを迎えに行くのだ。
 リシャールの頭は、それだけでもう一杯だった。

 グラスディル銀山。
 アルテロンド領の中心部から遠く離れた場所にある、広大な鉱山である。
「見つけた。あの馬車がそうに違いないわね」
 リリーベル・リボングラッセ (p3p010887)が見つめる先には、山と積まれた岩の影に隠れるように放置されている1台の馬車。
 ちえりが乗っていたものだ。
「見たところ、ちえりさんも、御者や護衛の姿も見えない。どこかに移動させられたのね」
 周囲を見回し、首を傾げた。
 鉱山と言うのは横穴が多い。隠れる場所と言うのなら、それこそ数限りないほどに存在している。
「わざわざ攫って来たということは、すぐに殺されたりはしないはずだけど」
 万が一ということもある。
 物事に“絶対”は存在しない。
 救出は不可能だとしても、せめて居場所ぐらいは把握したいのだ。
 そう考えたリリーベルは、1人、鉱山の調査を開始するのであった。

●行動開始
「……つい先ほど、我が家に1通の手紙が送られてきました」
 アルテロンド家の屋敷の1室。
 シフォリィと、帰還したリリーベルを含めた4人のイレギュラーズがそこにいた。
 土で汚れた1通の手紙。
 殴り書きの文字は汚い。
 だが、内容を判読できないほどでは無かった。
「要約すると“婚約者は預かった。リシャール・リオネル・アルテロンド1人で銀山まで来い”と……そのような内容が綴られています」
 そう言ってシフォリィは、カーテンの閉じられた窓の方へと目を向ける。
「きっと今も、誘拐犯の仲間が屋敷を見張っていることでしょう」
 ふぅ、と小さな吐息を零した。
 少しだけ頭が冷えて、冷静になる。
 時刻は夕暮れ。
 ちえりが誘拐されたのが今朝だとすると、既に半日ほどの時間が経過したことになる。
「犯人は“アルドラ”と名乗る男とその部下たちね。たぶん10人ぐらいかな」
 知ってる? 
 リリーベルの問いを受け、シフォリィは浅く頷いた。
「銀山で働いていた方……ですね。横領がバレて仕事を失いました。そのことで兄を恨んでいたのでしょう」
「自業自得ですが……まぁ、悪人のほとんどは自業自得の成れの果てですからね」
 仕方が無い、と彼者誰は言う。
 だが、その顔色は暗かった。
 おそらくアルドラを含めた10人前後の誘拐犯は、全員が銀山の元・炭鉱夫に間違いない。
 そんな連中が、銀山を拠点に誘拐を企てたのだ。
 地の利は圧倒的に向こうにあると言っていいだろう。
「私ちゃんはあまり銀山に詳しく無いのですが、何か問題でもありますの?」
 彼者誰の顔色が悪いことに気付いたのだろう。
 ルエルは顎に指を当てて首を傾げた。
「銀山に限らず、鉱山と言う場所は横穴が多いんです。それも複雑な造りの横穴……加えて、岸壁を爆破するための爆薬も備蓄されていまして」
 おそらく、元・炭鉱夫のアルドラたちは既に十分な量の爆薬を確保していることだろう。
 【炎獄】【飛】【ブレイク】……アルテロンド家の領地で扱う爆薬だ。質の悪い、例えば誤爆の危険があるような適当な物は入荷していない。
 それが仇となったわけだが。
「そして何よりの問題が……お兄様が既に鉱山へ向かっているということです」

GMコメント

●ミッション
銀山に誘拐されている平幕 ちえりを救助する

●ターゲット
・平幕 ちえり
喫茶『あるてろんど』シレンツィオ・リゾート支店長
リシャール・リオネル・アルテロンドの婚約者。結婚式のため、アルテロンド領へ向かっている途中、話を聞きつけたアルドラ一味に誘拐された。
https://rev1.reversion.jp/guild/1/thread/4058?id=1621468

●先行している人
・リシャール・リオネル・アルテロンド
アルテロンド家の現当主。シフォリィの兄。
ちえりが誘拐されたことを知り、1人で鉱山に向かった。
剣を1本、所持している。
剣を1本のみしか所持していない。
https://rev1.reversion.jp/guild/1/thread/4058?id=917896

●エネミー
・アルドラ一味×10人前後
元・炭鉱夫の男たち。
横領がバレて炭鉱での仕事を失った。仕事を失う原因となったリシャールに恨みを抱いており、復讐のためにちえりを誘拐した模様。
アルドラ一味とはいうものの、誰がリーダーというわけでもない模様。

広範囲にダメージと【炎獄】【飛】【ブレイク】を与える爆薬を所有しているものと思われる。

●フィールド
グラスディル銀山。
アルテロンド領の中心部から遠く離れた場所にある広大な鉱山。
リリーベルの調査により、およその潜伏場所は把握できている。
鉱道は複雑な造りをしており、まるで迷路のようになっている。炭鉱夫たちは、何らかの手段により迷わず移動が可能のようだ。
死角が多く、不意打ちなどに注意が必要。
また、場所によっては地盤が緩くなっており、爆薬や戦闘の余波により被害状況が拡大する可能性もある。要するに生き埋めのリスクがあるということだ。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 走れ、リシャール。或いは、アルテロンド領の静かなる騒乱…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2024年02月09日 22時05分
  • 参加人数5/5人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 5 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(5人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
※参加確定済み※
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
※参加確定済み※
彼者誰(p3p004449)
決別せし過去
※参加確定済み※
リリーベル・リボングラッセ(p3p010887)
おくすり
※参加確定済み※
ルエル・ベスティオ(p3p010888)
虚飾の徒花
※参加確定済み※

リプレイ

●リシャールを追って
 斜面を岩が転がっていた。
 大きさも、形状も様々な無数の岩が地響きを立てて鉱山の斜面を転がっていた。
 濛々と舞い上がる砂埃。
 地面が揺れる。
「お前らに恨みはねぇんだ。怪我はさせたくない! さっさと引き返してくれ!」
 斜面の上で男が叫んだ。
 泥に塗れた衣服を纏う、筋骨隆々とした男である。おそらく、グラスディル銀山の一角を占拠したというアルドラ一味の者で間違いないだろう。
「お兄様……普段ならばもっと冷静に動いている方でしょうが、まさか単身向かっていくなんて……」
 転がって来る岩に向かって『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)が駆ける。姿勢を低くし、片手に剣を構えた疾走。
 その後ろには『銀焔の乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)も続く。
「普段は冷静沈着なのに……ちえるさんが大切だからすぐにでも助けたいという気持ちは分かるけれど」
「えぇ、それほどまでに彼女はお兄様にとって大事な人なのです。ですがそれで危険になっては元も子もありません」
 岩が転がって来れば、逃げるだろうと炭鉱夫は考えていた。だが、そうはならなかった。
「なぇっ!? 死ぬ気か! おい、避けろ!」
 炭鉱夫の男が叫ぶ。
 その声は、シフォリィとアルテミアの耳にたしかに届いた。
 声は確かに届いたが、2人が足を止めることは無い。
「2人のこれからの幸せの為にも、必ず無事に救出するわよ!」
「新郎新婦2人の姿を待っているんですから、必ず無事に救い出します!」
 剣を一閃。
 切断された大岩が、荒れた地面に転がった。

「幸せの象徴である結婚式を邪魔するのですから馬に蹴られる準備は良いのですよね?」 炭鉱夫を見下ろして、『決別せし過去』彼者誰(p3p004449)はそう問うた。
 脂汗を流す炭鉱夫の男は何も答えない。
 答えられないのだ。
 生殺与奪の権は、既に彼者誰が握っている。加えてシフォリィやアルテミアは、おそらく貴族かそれに類する者だろう。
 自分は炭鉱夫。それも“元”である。今となっては、貴族の花嫁を誘拐した犯罪者。となれば、容赦なく首を落とされても仕方が無い。
 死を前にした絶望感。
「……攫った花嫁はどこにいらっしゃいますか?」
 彼者誰がさらに問いを重ねた。
 恐怖と絶望に苛まれた炭鉱夫は、その問いに正直に答える道はない。なぜならそれが、なによりも“生存確率”の高い、最も冴えた方法だから。
「執事を生業とする者として、スマートに。エレガントに。全て片付けて参りましょう」

 アルドラ一味が根城にしているのは、既に破棄された古い坑道の1つであった。
 入口は木製のバリケードで封鎖されており、近くにはすっかりボロボロになった小屋がある。だが、ほんの少しだが人の気配は確かにあった。
 地面にも、幾つかの足跡が残っているのが分かる。
「ほほほ、随分とまぁ、心躍るお話ですこと♡ 恋に溺れ、盲目になってしまっているのでしたら、足りないものを補うのもまた一興ですわね!」
「えぇ。わたしは愛の物語が大好きよ」
 行動を眺めながら『虚飾の徒花』ルエル・ベスティオ(p3p010888)と『おくすり』リリーベル・リボングラッセ(p3p010887)が言葉を交わす。
「お姫様のピンチにはいつだって王子様が現れて、2人はいつまでも幸せに暮らすの。だから、わたしたちは王子様が駆け抜けていく道を作らなくちゃね? これでも天使だもの」
 既にリシャールは、坑道へと向かっただろうか。
 だとすると、一行に遺された時間はあまりない。アルドラ一味の目的は、リシャール・リオネル・アルテロンドへの復讐だ。
 1対1でリシャールが炭鉱夫に敗れることは無いだろう。だが、炭鉱夫は10人ほどと数が多い。
 もしも、アルドラ一味の復讐が果たされてしまえば……。
「さぁ、行きますわよリリ! 花嫁奪還ですわ~!」
 誘拐されたちえりは……リシャールを誘き出す餌は、もはや用済みということになる。

●アルテロンド奮闘記
 坑道と言うのは、ひどく複雑な構造をしている。
 山の中に穴を掘り、鉱物を探して右へ左へと掘り進む。鉱物を掘り尽くしたなら、次の穴を掘る。まるで蟻の巣にも似た構造……迷路と言っても過言ではない。
 坑道を正しく歩くには、地図を持つか、道を覚える必要がある。地図無しで坑道を進める者など、炭鉱夫以外にいないだろう。
「参ったな。坑道がこれほどに複雑な造りをしているとは思わなかった」
 右手に剣を、左手にランプを。
 真っ暗闇の中を、リシャール・リオネル・アルテロンドは手探りで歩き回っていた。しばらく坑道を彷徨ううちに頭も冷えた。
 先に地図を手に入れるべきだったと悔やむが、もはや手遅れ。
「こうなれば虱つぶしだ」
幸い、風の吹き込んでくる方向は分かる。
 いざとなれば、出口にまで引き返すことは可能だろう。
「体力が尽きる前に、ちえりを救いだせればいいんだ。簡単な話だ。あぁ……待っていてくれ、ちえり!」
 リシャールの孤独な進軍は続く。
 
 坑道に、甲高い音が響いている。
 愛用の盾を、リリーベルが叩いているのだ。
 もちろん、ただ遊んでいるわけでは無い。音の反響を利用して、順路や人の気配を探っているのである。
「近くに人はいないみたい。きっともっと奥の方よ」
「えぇ、じゃあこのまま進んでしまいましょう」
 リシャールが道に迷っている頃、シフォリィたちは目的地へ向けまっすぐに坑道を進行していた。
「鉱山を根城にしているような穴掘り土竜さまの濃い臭いがこちらから……ううん、あまり気持ちが良いものではありませんわね」
 先頭を進んでいるのはルエル。
 形の良い鼻をひくひくとさせて、にぃと口角を吊りあげる。
「私ちゃん、もっと美味しい香りの方が好きですが……ふふ、狼の狩りの力、見せてさしあげますわ~♡」
 坑道には汗や土、黴、火薬の匂いが充満している。だが、ルエルの優れた嗅覚があれば、それらの雑多な匂いの中から“新しいもの”だけを選りすぐることが可能であった。

 平幕 ちえりは思案する。
 縄で縛られ、目隠しをされたちえりが転がされているのは湿った地面の上だった。
 匂いや雰囲気から察するに、おそらく坑道や洞窟の中で間違いないだろう。漏れ聞こえて来る男の声……人数は10人前後だろうか。
 喫茶『あるてろんど』の給仕で鍛えたちえりの耳は、ごく僅かな声であっても拾ってしまえる。会話の内容から察するに、自分が誘拐されたのは“リシャールを誘き寄せるため”で間違いないはずだ。
 だとすれば、リシャールは……それに、義妹やその仲間たちが今頃は自分の救出に向けて坑道を開始しているはずだ。
 ここが、誘拐犯たちのアジトだとすれば、リシャールやシフォリィの身に危険が及ぶ。自分が攫われることさえなければ、愛しき彼が危険な目に逢うことも無かったのだろうが……まぁ、その辺りは今さら悔いても意味が無いし、悔いるのは全てが終わった後でもいいだろう。
 ならば、今の自分に出来ることは何か……と、そんな問いが脳裏を巡る。
 暫しの間、思案してちえりは「ふぅ」と誰にも聞こえぬように小さな吐息を零した。
 出来ることは無い。
 リシャールたちが助けに来るのを、信じて待っていればいい。
 慌てず、騒がす、冷静に……それが今のちえりに出来る、たった1つの冴えたやり方。

 コォン、と甲高い音がした。
「ん? なんだ?」
 見張りに立っていた男が、音を聞いて首を傾げた。
 カンテラを頭の上に高く掲げて、暗い通路を照らしてみれば……果たしてそこには、1匹の獣の姿があった。
「狼……いや、人かっ!?」
「みぃつけた」
 地面を蹴って、白狼が疾駆する。
 あっという間に距離を詰められた男は、咄嗟に顔を腕で覆った。直後、男の腕に激痛が走る。刀の峰を使った殴打が、腕の骨をへし折ったのだ。
「まずは露払いですわ~!」
「ふざっ……リシャールの仲間かっ!? おい! おい、誰か……がっ!?」
 叫ぶ男の喉元に、刀の柄が叩き込まれた。
 気管を潰され、脳への酸素の供給が途切れる。意識を失い、男が地面に倒れ伏すのと、通路の奥から数人の男が駆け寄って来るのは全く同じタイミングであった。
「もう! 叫ばせちゃ駄目って言ったじゃない!」
「ほほ、私ちゃんは過去を振り返らない女♡」
 新たにやって来た4人の男を一瞥し、リリーベルが声を荒げた。
 身体の前面に掲げた盾で男たちを牽制しながら、リリーベルは素早く周囲を見回した。坑道内に設けられらた小部屋と、狭い横穴が幾つか見える。
 そのうちのどれかに、ちえりが捕らわれているのだろう。
「気が付いたら壁とアルドラ一味に挟まれる……なんて事態は避けたいわね」
 そう呟いて、リリーベルは盾の裏側を数度叩いた。
 コォン、と甲高い音が暗い坑道内に木霊す。
「ちえりちゃん、怪我をしていたりしていないかしら?」
「もし怪我をしていたら、ぜ~~んぶリリに回復をお任せしますわ♡ よろしくですわ~♡」
 駆け寄って来る炭鉱夫たちの手には、ツルハシやスコップが握られている。どれも使い古された古い道具ばかりだが、未だに現役な辺りよほど頑丈な造りをしているのだろう。
 炭鉱夫たちの筋力で、あんなものを叩きつけられたのなら……なるほど、人の1人や2人は抗う間も無く行動不能に陥るだろうか。
「っ! わたしはそう簡単にはやられませんがっ」
 振り下ろされたツルハシを真正面から盾で受け止め、リリーベルはそう言った。

 リリーベルの合図と同時に、シフォリィとアルテミア、彼者誰の3人は横穴から飛び出した。2人が炭鉱夫たちを引き付けている間に、ちえりの救助へ向かうためである。
「この部屋ね!」
 坑道内に設けられた木造の小屋……休憩所か、坑道の管理人室だろうか……を発見したアルテミアが走る速度を一段上げた。
 粗末な木造の扉が見える。
 3人と、ちえりを隔てる扉だ。
 丁寧に、ノブを回して開くことさえもどかしい。
 だから、斬った。
 強く1歩を踏み込むと同時に剣を一閃。
 虚空に蒼い軌跡を描き、アルテミアの剣が扉を裂いた。
「来やがったか、リシャー……あ“?」
 部屋の入口には、鋼材をかかえた巨躯の男が立っている。アルテミアが扉を斬り倒すと同時に、男はそれを大上段から振り下ろした。
 鋼材が、アルテミアの頭部を打つ。
 その寸前……アルテミアと男の間に、彼者誰が割り込んだ。
「……誰だ、てめぇら?」
「どうも、新郎に良く似た他人の執事です。なんて!」
 その腕で鋼材を受け止めながら、彼者誰はそう告げた。

 部屋の中にいる炭鉱夫は全部で5人。
 ちえりの姿は見当たらないが、5人の背後に資材置き場の入り口がある。
「お義姉様は、あそこですね」
 シフォリィは素早く周囲に視線を走らせ、そう言った。ちえりの居場所に検討は付いたが……さて、もう1人が……兄の姿が見当たらない。
「お義姉様ぁ?」
「あ、思い出した! こいつ、リシャールの妹だ!」
「あぁ? んじゃ、こいつも人質にしちまうか!」
 炭鉱夫たちが声を荒げる。
 その口ぶりから察するに、リシャールはまだこの場に付いていないらしい。

 原因がどうあれ。
 人格がどうあれ。
 職を失い、日々の糧に困窮し、貴族を相手に復讐を企てた炭鉱夫たちの怒りは本物だ。
「おぉらっ!」
 日々の採掘業務で鍛えた膂力をいかんなく発揮して、渾身の力でツルハシを振るう。
 技術は無い。
 だが、パワーがあった。
「っ……狭い場所だと、少し戦い辛いわね」
 ツルハシを剣で受け流し、アルテミアが歯を噛み締めた。ツルハシが地面を叩き、砕けた岩盤の欠片が飛び散る。
 長く銀山で採掘作業に勤しんでいただけあって、炭鉱夫たちは狭い場所でツルハシを振り回すことに慣れていた。
「冷静に対処してくださいねっ! 万が一にも、ちえりさんに危険が及んでは困ります!」
「えぇ、分かっている……わっ!」
 シフォリィの警告に言葉を返し、アルテミアが地面を転がった。
 先にちえりを救出したいが、場所がどうにも悪すぎた。炭鉱夫が邪魔で、奥の部屋へ向かえないのだ。
「まぁ、予定通りよね。一人ずつ確実に仕留めていくわ」
「あぁ? 坑道で炭鉱夫に勝てると思ってんのか!?」
「うるさい人ね。横領の罪だけでなく、貴族に――私の親友の家族に手を出したあなた達のその罪は重い」
 剣を構え直したアルテミアが、数歩、後ろへと下がる。
 十分な距離を取ったところで、アルテミアは姿勢を低くした。鋭い剣の切っ先が、炭鉱夫の喉へ向いている。
「あなた達には法による然るべき裁きを受けてもらうわ」
 
 シフォリィと彼者誰は3人がかりで足止めを受けていた。
 絶え間なく降り注ぐツルハシやスコップによる殴打の雨が、少しずつ、けれど着実に2人の体力を削る。
「……アルドラの姿が見えませんが?」
「っ!? まさか、ちえりさんのところへ!?」
 スコップを払い除けながら、シフォリィは視線を奥の部屋の方へと向ける。
 その、瞬間だ……。 

「ちえりっ! 無事か! 待っていろ、すぐに助けてやるからな!」

 部屋へと飛び込んで来たのはリシャールだ。
 抜き身の剣を携えたリシャールは、脇目も振らず奥の部屋へと駆けていく。
「お兄様!?」
 それを見ていたシフォリィが、悲鳴に近い声をあげた。
 
「おっと、動くなよ」
 資材置き場に飛び込んだリシャールの前には、鋼材を抱えたアルドラがいた。
 右手に鋼材。そして、左腕はちえりの首に回されていた。
「ちえりっ! ……貴様、ちえりに何をした!」
「何もしちゃいねぇよ。今のところはな……お前ら始末した後は、まぁ、好きにさせてもらうが」
 頬に汗を滲ませながらアルドラは、リシャールを煽る。
 剣を握るリシャールの手が、怒りと恐怖に……ちえりを傷つけられるかもしれないという恐怖に震えていた。
「あ? なんだ? 剣を捨てろよ」
「…………」
 リシャールの手から剣が零れた。
 ちえりを引き摺るようにしながら、リシャールの眼前にアルドラが迫る。

 鋼材がリシャールの肩を叩いた。
 次に腹部を。その次は顔を。
 何度も何度も殴打する。恨みを晴らしているつもりだろうか。その気になれば、一撃で頭を潰せるというのに甚振るように弱い力で殴り続けた。
 リシャールが、地面を引っ掻いた。
 数センチ、その身体が前へと進む。ちえりの方へと這い進む。
「泣いて命ごいをするかと思ったが。悲鳴もあげねぇとは、面白くねぇ」
 つまらなそうに吐き捨てて、アルドラは鋼材を振り上げる。

「お任せしても?」
「もちろん。勇猛果敢は結構ですが、執事たる私がいて新郎をこれ以上襤褸にするわけにはいきません」
 スコップを頭で。
 2本のツルハシを、両腕で。
 彼者誰が受け止めた。

 シフォリィの身体が地面を滑る。
 まっすぐに伸ばした手は、リシャールの方へ向いている。
 刹那、リシャールの身に降り注ぐ淡い燐光。
「あ? なんだ?」
 シフォリィが何をしているのか、アルドラには理解出来ないようだ。
「お兄様!!」
 シフォリィが叫ぶ。
「お兄様はこういう時剣を取るような人では無いでしょう、貴方はその手で掴み取る人間です!」
「シフォ……リィ」
 リシャールの目が開く。
 シフォリィは愛剣……サクレ・デ・リュミエールを投げた。
 からからと地面を剣が滑った。
「お兄様の手は、『お義姉様』の手を取るために開けておかなくちゃ行けないんです!」

「だが、時には……大切な人を守るためには、剣を取ることも必要だろう」
 リシャールの手が剣を取る。
 刹那、血飛沫が散った。
 一閃。
 ただ、無造作に剣を上方へ振り抜いただけのようにも見えた。
 けれど、しかし……。
「あ? あ……ぁあ!?」
 最初の声は困惑であった。
 直後、困惑が悲鳴へと変わる。
 アルドラの左腕が、だらんと力を失ったのだ。
 リシャールの剣により、肩の筋肉を切断されたのである。
「ちえりは返してもらう」
 転倒しかけたちえりを抱き留め、リシャールは血塗れの顔でアルドラを睨む。
 そして、拳を振り上げた。
 
 ちえりの前に曝すには、リシャールはあまりにボロボロだった。
 それゆえ、ルエルとリリーベルの手でちえりだけが先に外へと連れ出されている。
「えっと……彼は無事、なんですよね?」
「それはもう、無事ですよー」
 リリーベルはそう言うが、まぁ、嘘である。
 今頃はきっと、彼者誰の手で治療と簡単な身繕いをしているはずだ。
「ふふ、これから夫となる方が目の前にいらっしゃいますのに、埃を被っているのはよろしくないですものね? ご安心くださいませ、私ちゃん、割と器用な方ですもの」
「えぇ、えぇ。汚れた姿で王子様と会うなんてあんまりだわ」
 誘拐されて、救出されて。
 そして今は、何故か化粧を施されている。
 どうにも慌ただしい1日だ、なんて。
 ちえりはそんなことを思った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
無事にちえりさんは救出され、炭鉱夫たちは捕縛されました。
依頼は成功となります。

この度はシナリオをリクエストいただき、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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