シナリオ詳細
<Je te veux>二首狩りの痛告塔
オープニング
●耐えるか、滅ぶか
世界各地で滅びのアークによって凶暴化した魔物が出現している。
終焉獣。或いは、星界獣。不毀の軍勢、変容する獣。
そして各地に現れたバグ・ホール。
その情報が入って来て早半月。世界は落ち着いていよう筈も無く、依然として混沌を激進させている。
むしろ、始まったばかりとも取れようか。
そして、脅威は新たな脅威を生む種ともなる。
「魔物が巣食ってから何日経つ……?」
幻想国の南。村の中は、消沈した様に静まり返っていた。
「さぁ……五日は経ったと思うけど」
「もう痺れを切らしてもおかしくないわよ!」
そして村の前には一本の道。
それを辿った先に、一匹の魔物が鎮座していた。
普段は山道への案内に、この先での出没、遭遇を忠告する為の魔物の像。
標識看板代わりのそれが、魂を持ったかのように動き出したのだ。
だが、すぐ様に襲われているという訳では無かった。
むしろ村人達が構えても一向に来る気配が無い。
ここを戦場とするなら睨み合いの膠着状態。
助けを呼ぶ暇も無く襲われるだろう、と半ば絶望の状態に在った村人達は、ローレットへ助けを求めていなかった。
それが、どうだ。
一日、二日と待てども奴らの姿は見えやしない。
何故この村が襲われそうになっているのか。そもそも、奴らは襲いに来ているのか。
それすらも判らず、村民たちは只々精神を擦り減らしていた。
数刻も掛からず出会う脅威。
そうなってから七日と経っていないが、元々が絶望から入っていた村民たちが摩耗するには充分な時間であった。
長い絶望は狂気を生む。
そして、狂気は伝染する。
「このまま殺されるくらいなら……」
「そう……そうね」
誰かが一時的に騒ぎ立てればまだマシだった。
その魔物達は、村人達が弱り果てたところを定めるかのように、圧だけで支配していたのだ。
「行こう……! アイツらを俺達でやろう!」
「逃げない……の……?」
男の子供が、恐る恐るといった様子で口を開く。
「逃げようよ……」
予想通り、返答の声はその倍の音量で返って来た。
「今から逃げて何になるの! もうすぐそこまで来てるのよ!」
母親は前から怒ると怖かった。
それが今では、一層険しい顔になっている。
とても子供には反論出来ない剣幕で。
それでも、強く拳を握って男の子は言い返した。
「だって、まだ絶対間に合うよ! 強いお兄ちゃんとお姉ちゃん、居るもん!」
「あれを!!」
途端に返って来た怒鳴り声に、子供の身体が跳ね上がった。
「見なさい! あれを! もうすぐそこに来てるのよ!! どうして間に合うって言えるの!?」
大きな声は村中に響いている。
それを止める人間は居ない。半分泣いた目で周りを見ても、大人達は皆あの二つの山だけを見ていた。
ただ一人だけ、同じように泣いていた隣家の女の子と手を繋いで。
「行くんだったら勝手に行きなさい! その代わり行ったら戻って来るんじゃないわよ!」
男の子は、その村に背中を向けた。
●
「……どうした? 坊主」
中年のイレギュラーズの男性が声を掛けたのは、その二人が道のど真ん中で泣きじゃくっていたからだ。
「お嬢ちゃんも。転んだのか?」
「村に……!」
絆創膏残ってたか、と懐を漁っていた男は、その出だしの言葉に何かを察した。
察したのだが。
「『村に来るな』ぁ……! お母ざん怒るがらぁ……!!」
「……あぁん?」
行くも何もまだ何も聞いちゃいない。
涙混じりの子供の声がしわがれていて、何か遭ったんだろうなと予想は着くが。
母親を助けに来て欲しい。
でも言いつけを破って嫌われたくない。
どうしよう。どうして良いかわからない。
そんな気持ちから来るチグハグな男の子の言動を前に。
男は困った。
何が困ったって、子供がそんなに得意では無いのだ。
「あー……あぁ……とりあえずだな」
ローレットへ連れて行ってみるしかないか。
周囲から変な視線を浴びていた男は、頭を掻きながら手を引く。
まぁ、少なくとも自分よりかは話せる奴が居る筈だ。
多分。
●
「……判ったのは幻想王国の南部ってだけだ」
溜息を吐きながら、男は切り出した。
「村民多数、中にはあのガキ共の親も居る。だが行き方が判らん。そりゃ俺だって聞こうとしたし、他の奴も南部で探ってくれてはいるさ、だがよ……」
男は八の字に曲げた眉で部屋の奥に振り向いた。
子供の鳴き声が聞こえる。
男の子と女の子。
自分の村よりは平和そうなここへ来て、落差の安堵と不安が一気に押し寄せたのだろう、今も尚泣き止む様子は無い。
「ずっとあの調子だ。誰が代わってくれねぇもんかね」
それでも、ただ手をこまねいている訳でも無い。
聞き出せそうな事は聞いた、と男は皆へ向き直る。
「これでも値切んのは得意でね……じゃねぇ、あぁ、村の前に山が在るらしい。二つだ。村からY字の先に繋がってて、どっちもそう距離は変わらない」
そして、その分岐する部分に一匹の銅像。
銅像と言うのに匹というのもおかしいが、男には心当たりが有る。
「ガーゴイル、だろうな。世界の現状を見るに、恐らく普通の奴じゃねぇ。終焉獣、或いはもしかしたら……」
もっと、何か別の存在か?
そう男が感じたのは、子供が持っていたものが気になったからだ。
「こいつをちょっと見てくれ」
男がテーブルに置いたそれは、固い音を鳴らして揺れた。
掌に収まる小さな楕円。先に紐が取り付けられている。
ペンダント、だろうか。
「全く、何処でどう手に入れたのか……」
溜め息混じりに言った男の様子からして、普通の物ではなさそうだ。
「パンドラ収集機だよ。ペンダント型のな」
判ったのは、男の子がイレギュラーズだったからではない。
母親がそう言っていたのを覚えていた、それだけであった。
突如村が窮地に立たされた理由。
村人達が逃げもせずに取り乱していたその訳を、男はこれに見出した。
「これ自体にって訳じゃなくてな……聞いたか? 今、パンドラ収集機が狙われてやがんのを」
もしかしたら。
もしかしたらだが、その村を襲う中に、その狙う存在が紛れているのでは、と睨んだのだ。
その理由の方は、男の子の母親も似た形のペンダントを所持しているから、らしい。
故に今も尚、村は狙われているのだと。
「俺も訊いちゃいるんだぜ? だが村の場所だけ意地でも教えちゃくれねぇ。まぁ、俺なりに説得してはみるけどよ……」
村を襲う魔物の正体。
撃退するのは前提として、パンドラ収集機のペンダントも回収する必要が有るだろう。
何せ物が物だ。碌な事にならないのが目に見えている。
「こっちの一個はお前らに預けとく。どうするかは任せるが、依頼が終わったら一緒に回収するからな」
男は、いつもの癖で持ち上げた武器を壁に立て掛けた。
代わりに、飴玉を一掴み。
奥の扉へと消えて行った。
- <Je te veux>二首狩りの痛告塔完了
- GM名夜影 鈴
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年02月18日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
入って来たものが真正面ではなく、足元に存在している事に気付くのに、男のイレギュラーズは二、三度瞬きした。
(……猫?)
訝し気に見る視線の先に、フワフワした小さなぬいぐるみ。
何かのマスコットキャラクターだろうか。模された本人もマスコット並みの可愛さが有るのは確かだが、これが何処かの狼の少女を想像して作られたなどとは男の知るところではない。
人形、通称『ゴラぐるみ』は座っていた男の子の膝元に飛び乗ると、じっと子供の顔を見上げて数センチの腕を掲げた。
「抱っこ、してみたらどうかな」
扉が開かれる。そこから姿を見せた『灰雪に舞う翼』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)は、ゴラ色のオッドアイにも負けない円らな瞳で子供達に語り掛けた。
「ほら、この子も二人を心配してるよ」
「んぐっ……お、お人形ざん……」
泣いて震える声の女の子の方が、それをひょいと掴み上げて目の前に持って来る。
少し、ゴラぐるみがなけなしの手足を動かせば、その度にラベンダーの落ち着いた香りが漂った。
気が付けば、子供の腰辺りからもゴラぐるみが顔を出している。
天井から落ちて来るゴラ、肩に乗っかって来るゴラ、そしてイレギュラーズ男の頭に陣取っているゴラ。
取り払うように手を出した男は、それらが幻影だと知ると扉の外に居た『君よ強くあれ』安藤 優(p3p011313)を見遣った。
優はそのまま部屋に入ると、アクセルと同じくして子供達の目線まで屈んで実物のゴラぐるみ越しに口を開く。
「落ち着いたかな?」
髪で目が隠れているが、口元は穏やかだ。
「この子がね、きみたちの住んでる村に行きたいって」
それでも、まだ子供達は言い淀む。
そこに何とも甘い香りが鼻孔を擽った。
「取り敢えず、食事でもどうですか?」
二皿の上にはとても大きなパンケーキ。バターに蜂蜜もたっぷり掛かっている。
それを持って扉を開いた美少女姿の『観測中』多次元世界 観測端末(p3p010858)は、その二皿を子供達の目の前の机へ差し出した。
観測端末の開けた扉から、一緒に子猫もスルリと部屋の中に入って来る。
「作ったのは陰房さんですが」
優の視線に応えながら、観測端末はパンケーキを促すでもなく、小さなフォークとナイフを紙ナプキンの上に添えた。
「本人は?」
人懐っこく子供達に身体を擦り付ける子猫を見ながらアクセルが問う。
「『見た目が見た目だからな』……と、先に現地の方へ。当端末もすぐに先行します」
観測端末の返答を受けて、アクセルと優の二人はパンケーキに猫とゴラぐるみを挟んで対面する『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)の姿を思い浮かべてみた。
意外と、子供に懐かれそうな気もする。
優はそれを一旦横に置いて子供達へ話し掛けた。
「もし大切な人から嫌われてしまったら、って思うと怖いよね」
母親の真意は不確かだ。矛盾の狭間に今、子供達は立たされている。
「でも、きみたちはお母さんたちを助けたくてここまで来たんだろう?」
断念してしまえばその真意すら解らなくなるのだ。
「……お母さん、怒らない?」
「大丈夫だよ」
優しく説いた優にアクセルが続く。
「言っても大丈夫。お母さんはそんなことで君を嫌ったりはしないし、今は悪いやつに操られてるだけだから」
二人の子供の顔を、二人は交互に見上げた。
「大切な人を助けたいと願う心は、絶対に悪いことなんかじゃない。ぼくが保証する」
引き出したい情報は大まかに二つ。三人は一度顔を見合わせて、改めて子供達に向かって問うた。
「家の場所と、きみたちのお母さんのお名前……教えてくれるかな」
彼らの手は震えている。
安心しきった途端、脳裏に過ぎったのは薄暗くなったあの村の光景。
「さあ、勇気を出して」
優の言葉に、子供の手が形を作る。
「きみたちの勇気こそが、大切な人を救うから」
震えこそ止まっていなかったが、その手の先は真っ直ぐ来た方向を指差していた。
「お母さん、たちは……」
●
「このまま街道沿い、ではあるようです」
幻想王国、南部道中。
『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)は、馬車の仲間へそう報告して、前進を亜竜に指示した。
「その方角に村は?」
『灯したい、火を』柊木 涼花(p3p010038)が馬車の中から顔を覗かせる。
「幾つか在ります。王都で複数から得た情報ですから確かかと」
ルーキスが得た情報の相手は子供ではなくその手の大人、だ。
練達や豊穣ほどではなくとも、大人の現物交換で探ってみれば村が南東に実在する事は割と早く確定出来た。
ただ、やはり問題は道程。
たった今、一嘉と共に『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)が馬車の中から見送った行商も「街道に沿えば幾つか分岐道が在る」とは言っていたものの、それらしい道は広域を俯瞰しても見えて来ない。
「途中に道祖神が置いてある……という事ですが」
手元に携帯水のような筒を持って『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)の向こうに去って行く者を見て、涼花は「何処の人だろう……?」と少し首を傾げた。多分、深くは追及しない方が良いのだろう。
珠緒の手元には件のペンダント。
イレギュラーズの男の言葉を蛍は思い返していた。
収集機が狙われている。
もしそれが本当なら、ペンダントだけではなくこちらの収集機も狙われる可能性は大いに有る。
もし最悪の事態に傾いていたとしたなら。
この思い出の品も、囮に使う必要が有るかもしれない。
蛍は最愛の人との一品にそう決意し、雫のネックレスを掌に乗せてその中に包んで握った。
このペンダントにもそんな希望の光は宿っていただろうか。
子供達は泣いてこそいたが、特に傷や汚れもなくローレット近くまで辿り着いている。
恐らく『そう出来る距離』の中に在る筈なのだ。
上空を中心に捜索していた珠緒からの情報も有り、広い幻想内の地形だがこれに絞る事で特定も大きく進んだ。
「けど、道祖神って言っても……」
蛍の目にもそれらしい物は映らない。
珠緒も再び空からの捜索に赴こうとした、その時。
桜色が薄くなった髪先がほんの少し、揺れた。
『じゃあ……どーそじん、っていうのは……』
アクセルの声だ。
子猫の耳を通して伝わる声に、珠緒は今暫し意識を向ける。
『いっぱい草が絡まった、おっきな石!』
状況をそのまま伝えると、一嘉の目にある物が止まる。
「あれ、か……?」
草の背に隠れた台座のような、一見自然物にしか見えない四角形の石。
外へは余程使われていなかったのか、言われなければこの傍が道だとも、この先に人の営みが有るとも思えない。
村の名前はアズクエム。住民以外は滅多に訪れる者も居ない。
地図によっては載ってすらいない、とても小さな村である。
●
「お待ち下さい」
村人達の後ろから、透き通った声が張られた。
狂気に駆られた村人達も一応耳という機能は残されていたようで、二股に続く道の途中、銅像が見える少し手前の位置で彼らは女性の声に振り返った。
「ローレットより参りました。小さくとも助けを求める声に、応えるべく」
声に続いて馬車からイレギュラーズ達が姿を現す。
呼び掛けた女性の手元には、小さな楕円のペンダントが掲げられていた。
「どうか子供たちを置き去りにしないで下さい。悲痛な声は須らく皆様の命を心配しておりました、懸命な心は我らローレットに届けられました」
「あぁ……っ!」
村人の中に、それを見て狼狽えた女性を見つけ、珠緒はペンダントを持った手に力を込める。
子供の名前はアトレ。召喚獣越しに聞いた母親の名は。
「リンベルさん、貴女の息子さんによって」
零れ落ちた。膝から崩れた女性のその様は、まさに狂気の隙間からスルリと抜け出たように。
「今更、ここまで来て引き返せと……!?」
それでも、十人全てがその声を受け入れられてはいない。
道も心も狭間に在り、狂気は只の恐怖との間を行き来する。
「……見つけました」
その彼らの上空に、文字通り少女の姿が浮かんでいた。
子供の情報を元に、他の皆より一足早くローレットを出た観測端末。
眼下に対峙している二組を空からの視点と超人的な視力によって見つけ出すと、その場へ急行する。
念じられたその手から、淡く穏やかに光る円が村人達を足元から包み込んだ。
「さぁ、早くこちらへ」
促すルーキスは、しかし村人達と一緒にその向こうにも視線を向け、刀に手を添えた。
「村へは戻れますか? このまま、真っ直ぐ……振り返らずに」
「あ、あぁ……?」
見ると、ルーキスだけではない。
珠緒、蛍、一嘉、涼花、上空からは観測端末も舞い降りて、臨戦態勢を取っている。
突如として緊迫した彼らの雰囲気に、村人の一人は思わず首を後ろに回した。
そして見た。
道の先、分岐点の『それ』が、ぎこちなく両翼を広げる様を。
「うわぁっ!?」
狂気が薄れていく村人達は、その恐怖を今更ながらに肌で感じ取ってしまった。
「村へ戻れば、仲間のイレギュラーズと合流出来ます」
背を向けたままの状態で、観測端末が告げる。
「だから、安心して村に戻って」
蛍は手元に異端となった教科書を顕現させ、更に戦闘用の武装へと変形するそれらを纏いながら村人達に声を掛ける。
続く言葉にはその村人達も、仲間へも込められていたのだろう。
「全員、ボクが守るから」
その場から銅像の影が宙へ浮く。
分岐道までの直線上、分岐点に近い場所で飛来しようとしたガーゴイルへ風を切る速度で詰め、妨害の一太刀を抜いたのは珠緒。
同時、その後ろで桜の幻影を纏う蛍が瞳を閉じて宙へ浮かび上がる。
いける、いける。
この桜が舞うならば。
「余裕、ね」
己を鼓舞する蛍の傍ら、一嘉もまた瞳を閉じ、念じ捧げるように漆黒の大剣を己の前に掲げた。
「ディスペアーよ。絶望の大剣の力、人々の希望を切り拓く為、使わせて貰うぞ」
切っ先から出でる鉛の掃射がガーゴイルへと襲撃、翼を穿つ鉛の礫がその動きに更なる鈍さを与える。
ガーゴイルは未だ仲間を呼ぶ気配は無い。
仮に一体で向かって来るにせよ、だ。
二対の刀と不動の構えで道の中央に塞がるルーキス。あの二振りの刃を突破するのは到底無理だろう。
突破出来ないとなれば早々に呼んで来る筈。
空中には既に蛍。
ならば、と観測端末は福音による補助援護を開始する。対象は最も接敵している珠緒。
合わせ、涼花の振った指揮杖から心地良い旋律が魔力を帯びて流れ出す。
その音が珠緒を包み込めば、再びの活力が彼女の身に舞い戻った。
「何で、突然動き出したんでしょう……?」
涼花が一つの懸念を口にした。
そこまで近付いてはいなかった筈だ。
「もしかすると、だ」
一嘉が己のそれを指して言う。
もしかすると、一斉に固まって現れたこれが。
溜められたパンドラの量に惹かれて狙われているのだとしたら。
(ペンダントを含めたパンドラの総量……!)
では、その収集機は誰が一番所持している。
今、珠緒の目の前で。
獰猛な呼び声が、銅像の喉から鳴り響いた。
●
最初に見えたのはガルーダ。
そして西の山からも足音が道を振動させている。
飛来するガルーダの鉤爪が、珠緒の身体に狙いを定める。
筈、だった。
突如としてその向きを変えた、自己治癒の傍らで守護の業炎を解き放つ蛍の存在が居たからである。
爪と突進する巨体が吸い込まれるように蛍へと連続する。
「そこまでにしてもらうよ!」
最後の一体を爪を蛍が弾くと同時に、漆黒の泥がガルーダ達へと覆い被さった。
割り込むようにアクセルがガルーダとの間に飛来する。
引き連れて来た馬車の中でも、ぶつぶつと何者かの声が聞こえて来た。
「恐れるな、ぼく……!」
子供達に言った言葉をそのまま自分にも言い聞かせるようで。
「勇気を出して飛び込むんだ!」
振り絞った声と一緒に、馬車の中から優が飛び出す。
「守ってみせる、ぼくだって!」
影が、彼の頭上を覆った。
頭上近くで鉤爪を屈んで躱し、優はそのまま前列へと躍り出る。
「子供達は?」
観測端末の問いにアクセルが答える。
「村に居るよ!」
「なるほど、それじゃ……」
蛍の言葉は、西から来る終焉獣にも向けられた。
「より、抜かせられなくなりましたね」
無の境地、から二刀を攻撃の向きに変え、ルーキスが詰め寄る。
珠緒は自身に重力の力場を付与させ、範囲から逸れるガルーダに回り込んで三種の敵全てが蛍の元に収まるように峰で飛ばす。
敵が態勢を立て直す。だが、既に結界の準備も整っている。
範囲に入った直後に咲いたのは満開の桜。
淡紅の桜吹雪がガーゴイル、ガルーダ、そしてまだ交戦していない小型のベヒーモスの周囲を舞った。
一度宙で旋回し、後方からアクセルの泥が再び終焉獣達を黒へと塗り替える。
そう、但し、今度は蛍の元に群がるその全てにだ。
ルーキスが放つ鉛の掃射、一嘉の大剣から放たれる乱撃が小型のベヒーモスを中心に狙い穿つ。
振り払った勢いをそのままに身体を捩る。半回転から振り下ろすルーキスの二刀から、再度の掃射が追撃する。
その終焉獣達の足元を突如として黒の領域が支配した。
妨害、少なくともこの、優の暗黒世界への道行は誰もが体験などしたくはないだろう。
黒だと思っていた、影だと思っていた領域が、生きたように終焉獣達へ手を伸ばした。
闇へ。裏側へ。
引きずり込まれた獣が悉く、恐々とした様子で身じろいでいる。
ともすれば、癒しの旋律を奏でる涼花、合わせ陽光を降らせる観測端末は天使にすら見えた筈だ。
珠緒の力の起点、左薬指に力が収束されていくのを感じ、蛍は自分の直線にガルーダが来るように位置取り、桜も散る三閃を与えた後に離脱。
「並びましたね」
直後、逆側から途方も無い魔力の奔流が、ガルーダ達を包み込んだ。
一体何が起こったのか、当のガルーダ達でさえ解らなかっただろう。
そう思う時間も無く、空を駆る怪鳥は何とも呆気無く空の塵と化したのだ。
攻勢の手は止まない。
というより、小型ベヒーモス自体の動きもおかしい。
散々に浴びせられたアクセルの混沌の泥、そして優の不定形な泥沼の侵略者が奴らを逆に侵し始めている。
もし、これがもっと大きな存在だったなら、効果の程も変わったかもしれない。
だが少なくともこの小型の終焉獣には、不運の暴力に晒された後の術を持ってはいなかったのだ。
まともに動けすらしない中、小型ベヒーモスにルーキスからの鉛が放たれる。
そこに、機は有った。
蛍と優の周囲に集まった小型ベヒーモス達を一纏めにするのは容易であり、自滅すらしている奴らの懐でその大剣を払うのはもっと容易であった。
たった一閃。
しかして一嘉の大剣は、彼の周りの黒き獣達を地に伏せさせるには充分な一振りだったのだ。
振り終えた跡に小型ベヒーモス達の身体が石化していく。
風に吹かれた後、石の跡には一輪の花が四つ……ただそれだけ、残されていた。
「援護します!」
「合わせましょう」
憎悪と憤怒の混じる旋律の波動をガーゴイルへ放つ涼花が続けて回復の姿勢を取る。隣、観測端末は先んじて対象となる相手に福音を授けるべく見極めた。
傷を癒し、鼓舞し、活力を与えること。
涼花の目に映るのは。
ガーゴイルへ一撃、桜のオーラが纏った剣が振り下ろされる。
二撃目は頭上を飛び越し背後から、続け様、回転してガーゴイルを斬り抜ける。
三閃終えた先に、刀剣を構える珠緒。
先程の奔流は自分の内に。全てはこの一閃を加速させる為に。
抜刀。
同時、納刀の音も鳴った。
イレギュラーズでなければ目に収める事も敵わない神速の超突進技。
威力も、音もその場に置き去り、直線上に桜が駆けたその後に、ガーゴイルの身体に罅が入る。
これでも、か。尚動こうとするとは意外に堅い。
いや、既に。『踏み込んでいる』。
右手に白を、左手に黒の刀を携えて。
交差させた構えで、ルーキスはガーゴイルの懐深くで力強く震脚した。
背には音色の息吹がまだ残っている。
傷を癒し、鼓舞し、活力を与えること。
誰も倒れさせないよう、全力で戦えるように。
「それが、私の役目……!」
涼花の言葉を背に、ルーキスの両腕に鬼が宿る。
繰り出されるのは破砕の二対。
同時に振り抜かれた二刀を前に、ガーゴイルの身体が斬られるのではなく、砕かれる。
元々銅像だったガーゴイルの身体が更に硬化していく。
動きは鈍りに鈍り、やがて身体の機能はその役目を終えたかのように。
石となり、崩れ去った。
残ったのは、一輪の花。
小型のベヒーモスも咲かせた、たった一輪の。
まるで生命の生まれ変わりのように、そこで風に揺られていた花に、私達は何を想えば良いのだろう。
遠くで子供の泣き声が聞こえる。
多分、村での悲劇も収まったのだろうと、蛍は刀剣を元の形へと戻した。
彼らの持つパンドラ収集機がどのような謂れを持つ品かは判らないが。
(ボクのこれと同じように大事な思いや絆が込められた物だとしたら……)
一先ずは、守り切れた事に一息吐いても良いだろう。
そうそう簡単に渡したりなどしてたまるものか。
敵の狙いが何だったにせよ、だ。
私達のこれを、大切な物を、何人たりとも奪わせたりしない。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
大変お待たせ致しました!
依頼完了です、お疲れ様でした!
今回、少し攻略要素が多かったので戦闘苦しいかな……? と思いましたが、いけましたね。イレギュラーズの火力を舐めてました。全然問題無かったです。
ベヒーモスと遭った事のある方いらっしゃいます?
最近始められた方は「何だこいつ……?」と思われたかもしれませんね。
えぇ、私も「何こいつ……?」と思いました。世界は広いです。まぁ小型ですから愛嬌が有る……のかな? 巷でも『ちっさくん』と呼ばれてるみたいですし。
シナリオの雰囲気に合わせて今回は小型ベヒーモスとさせて頂きました。
愛称だけなら一家に一匹欲しいかも?
では、ご参加有り難う御座いました!
またの機会にお会い致しましょう!
GMコメント
●目標
・村民達が全滅するまでに終焉獣、及びベヒーモスの欠片を排除する。
●敵情報(計9体)
・ガーゴイル(アポロトス)×1
化け物を模した彫刻の魔物の通称。
分かれ道の部分に鎮座している。
本依頼のガーゴイルは右と左を向く二つの狼の頭を持った銅像となっている。
背中に羽根も生えており飛行状態にはなれるが、大して高くは飛べない。
滅びのアークが人間の感情エネルギーを帯びて顕現した存在であり、狂気状態を生み出す力を有している。
どうやら村人達は、これに当てられたようだ。
撃破時には石となり、華を一輪咲かせて崩れ落ちていく。
攻撃方法は噛みつき、飛行からの体当たり、そして【狂気】を与える鳴き声。
鳴き声は西と東の終焉獣達に呼び掛ける機能も持つ。
銅像は常に貴方達を監視している。
誰かが近付かない限りは正体を明かそうとせず、村を確実に滅ぼす為の司令塔となっている。
この銅像の鳴き声によって、東西に潜む山の魔物達は攻め時を決めているようだ。
・ベヒーモスの欠片(小型ベヒーモス)×4
南部砂漠コンシレラに鎮座する終焉獣、その背中から剥がれ落ちたもの。
西の山に位置している。
姿形はおおまかに四足歩行の黒い獣であるが、獣というには些か珍妙な形ではある。
小型と言えども大型犬よりかは一回りも大きく、踏み付け、突進の攻撃は侮れない。
その上、身体から放つ滅びの波動は【災厄】の効果を含んでいる。
そしてこの小型のベヒーモス達は、パンドラ収集機を狙っている。
倒した時には体が石化していき、花を一輪咲かせて崩れ落ちる。
・ガルーダ×4
赤い頭部と背中に腹部は白。
羽根には緑の線が入った飛行種の終焉獣。
東の山に位置している。
攻撃は飛行により突進と、鷲掴みにして高所から叩き落とす二つがある。
●ロケーション
幻想王国、南部。
到着する頃には昼、もしくは昼過ぎになるでしょう。
イレギュラーズが早くに村に到着する事が出来れば、ほぼ同時に山へと向かう十人の村人達を見る事が出来る。
村人達の目的地は二つの山。
どちらを目指しているかは判らず、また、目指しているとしても手前のガーゴイルで足を止められる可能性は高い。
戦えばまず全滅すると思われます。
村人達は、自分から逃げようとはしません。
村と山の間はY字の道で繋がっている。
どちらから先に倒しても構わないし、両方一度に相手取るなら少し策が必要だろう。
戦闘位置は何処でも開始出来るが、ポイントとして上げるなら、村、道の分岐点、西の山、東の山の四箇所になる。
道の分岐点で戦う場合、ガーゴイルが戦闘に加わる事になる。
もしイレギュラーズ達が村から真っ直ぐ進む場合は、最初に出会うのはガーゴイルの一体だ。
出会えば戦闘となり、残る山の終焉獣達も攻めてくる可能性が有る。
●村人達について
狂気状態に陥っており、まともな会話は出来ない。
止めるなら余程説得に自信の有る者か、または力づくになるだろう。
村達は十人。常に固まって行動している。
ローレットに来た男の子の母親がペンダントを所持しており、それはパンドラ収集機となっている。
●リプレイ開幕時について
今回、イレギュラーズの皆さんは村までの道行を知らない状態から始まります。
オープニングのNPCイレギュラーズの元まで辿り着いた子供達なら知っているでしょうが、NPCはそれを聞き出せておりません。
これが何に関係してくるかというと、依頼出発時に村民側も魔物の元へ向かって動き出します。
情報を取得しないままであれば現場到着時が遅れる形となり、遅れれば遅れる程、依頼目標も遠ざかる形となります。
村に辿り着けないという事はなく、飽くまでそこに要する時間の差異が発生し、一人も戦いに向かわせないのであれば情報は必須でしょう。
子供との対話にもなりそうですが、自信が無い、性格的に子供はちょっと……な方は周りで使える手を探してみるのも良いかもしれません。
出発前に皆さんが持っている場所の情報は『幻想王国の南部である』というものだけです。
●ペンダントについて
シナリオ出発時、男からあるペンダントを一つ託されます。
どなたが所持しても構いません。
このペンダントはパンドラ収集機となっているようで、村に居る母親も同じ形のペンダントを持っています。
何かの役に立つかは判りませんが……。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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