PandoraPartyProject

シナリオ詳細

オラん家で採れた大根だべ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●カフカに躓いて
 呑み過ぎた。
 赤ら顔、揺れる視界、千鳥足。凡そ、何処に出しても恥ずかしい酩酊状態である。
 さような中でも驚くべきことに、頭の中だけは極めて冷静に働いていた。少なくとも、自分が牛飲をしたのだと自覚出来ているくらいには。
 仕方が無い。仕方が無いのだ。不条理な失態、長上に過ぎる叱責、引き伸ばされた業務。色々と重なりに重なって、呑まずには居られなかったのだ。
 大都会ならいざ知らず、田舎町では灯の数などそう多くはない。酒場や娼館から漏れ出る明かりと、何よりこの星空が帰路を照らす案内人を務めてくれている。
 嗚呼それにしても、今晩の夜空はなんと美しいのだろう。
 赤紫と黄緑が、ミルクを淹れたばかりの珈琲の様に不定形で不確かなままうずまいている。
 白銀の鯨が宙を泳ぎ、歌う妖精どもを喰らっては、その背から血の様な赤い色だけで出来た虹を噴いていた。
 赤い虹は小石の多い大地を忽ちグロテスクな朱色に染め上げたが、それを掌で掬っても自分の手が同じ色になることはなかった。落胆はないと言えば嘘になるが、やはり虹とは触れないものだ。
 前を歩いていた男もまた、自分と同じ様に空を見上げている。
 惚けるのも仕方が無い。それ程に、筆舌に尽くし難い程に、いいや、『名状し難い』程にこの空は美しい。
 不意に、ぽかんと開かれていた男の口が横に大きく裂けた。暗く深い穴から這い上がって来たかの様に、そこからひとりの女が現れたのだ。
 裸体の女だ。人間を引き裂いて中から出てきたというのに、肌には作り物めいた白色をしていたが、首筋にだけは刃物傷による文字で、『Mercurius』と刻まれていた。
 女はひどく美しかったが、身ごもっているかのように、不自然に腹がでている。それを、我が子を愛する様にではなく、膨れ上がった胃を労わるようにさすっていたので、嗚呼、男は中身を食われたのだなと納得出来た。
 女は足下で皮だけのべろべろになった男を掴み、投げ捨てる。夜風に吹かれて舞い上がり、それを鯨が丸呑みにしていったので、ああいった末路なら羨ましいとさえ感じた。
 視線を戻すと、女がどこからか小瓶を取り出していた。中には砂糖菓子、大粒の金平糖がぎっしりと詰まっている。女はそれの蓋を開けると、頭の上でそれを逆さまにし、9.8に逆らわず流れ落ちる金平糖の滝を、大口を開いて噛みもせずにごりごりと飲み込んでみせた。
 小瓶が殻になると、女は艶やかに微笑んだ。その口もまた、先程皮だけになった男と同じ様に横に大きく裂けた。
 中からまた、今度はふたり。
 出てきたのは先程の女よりも若い、幼さの残る少女達だった。首にはそれぞれ、『Venus』、『Terra』と刻まれている。あの女に早めの娘がいればこのくらいだろうか。少女らは双子のように瓜二つだった。ように、は失礼か。同じ女から一度に生まれたのだ。似ているのは当然と言える。
 少女らはくきゅりと可愛らしく腹を鳴らすと、揃ってこちらの方を見た。
 期待に胸が高鳴る。
 嗚呼、私もまた皮だけになるまで食われ、後にはあの鯨の中に収めてもらえるのだろうか。
 胸がドキドキする。これは恋にも似ていた。いいや、恋そのものだ。私は彼女を、その娘らを、あの鯨を愛している。
 少女の手が私の肩を掴んだ。もうひとりは腰を抱いた。
 柔らかい手がぎゅうと私を締め付けると、私の体はあっけなく三散し、千切れ飛んだ。
 暗転。

●ロダンの隣にて
「これ、どう思う?」
 それを一通り読み終えると、ギルオス・ホリス(p3n000016)は手にしていた調査資料を隣席で同じように務めている『可愛い狂信者』青雀(p3n000014)へと差し出した。
 彼女はそれを黙って受け取ると、目を通し始める。内容は最近、田舎町を中心に起きている集団殺害事件。凄惨な内容で、情報ソースのそれを信じるならば、これは間違いなく『食っている』。
 その摂取量は一般的な人間とほぼ同等であり、食いきれなかったのであろう残りは隠しもせず道端に捨てられていた。そんな事件が、相次いで起こっている。
 調査を進めるに連れて、女が三人、浮かび上がってきた。だが、内一人はもう既に死んでいるという。目撃者曰く、信じがたいことだが、一人の女の口の中から、残り二人の女が出てきたと言うのだ。
 そうして出てきた二人の女が、食人事件を繰り返しているという。早急にイレギュラーズを派遣すべき案件だが、目的が読めない以上、危険性が高かった。不可解な行動の意味を、少しでも掴まなければ。
「…………シズィギー」
 資料を読み終えた青雀が、聞き慣れない単語を口にした。意味は、何だったか。
「ごちゃまぜ感が凄いッスけど、これ全部ひっくるめて大掛かりな儀式ッスね」
「儀式? 食事活動ではなく?」
「それも含めてッスね。ある程度食べたらまた増えるんじゃないッスか? たぶん、この金平糖が種ッスね」
「何故自分達を苗床にするような真似をするんだ? 最初の一体は無関係な男から出てきたのに」
「禁忌、に意味を持たせてエネルギーにする行為ッス。親殺しは大罪ッスから」
 なるほど、禁忌。ヒト型であるのも、共食いのシンボル化を狙ってのものか。
「同じ種族が短期間で生まれては死ぬを繰り返すのも、生物流転を儀式に組み込んでエネルギーにしてるッスね」
 行動の意図が掴めてきた。あと気になると言えば首の文字か。『Mercurius』、『Venus』、『Terra』。星の名前だった筈だ。彼女はさっきなんと言った? 儀式。そういえば、シズィギーの意味は――――
「朔望、か」
「当たりッス。放置すると、多分9か10まで増えるッス」
 朔望。わかりやすく言えば、惑星直列。確かに儀式的・魔術的な意味合いが大きい。
「だが、首に文字だけで意味があるのかい?」
「擬人化・象徴化は儀式行為の常套手段ッスよ。もちろん、本物ほど効力はないッスけど。この場合、目的は召喚、かな?」
「何を呼ぼうとしてるんだい?」
「そこまではまだ絞れないッスよ。でも、早く止めた方が良いッスね。まあ、碌なものじゃないッス」
 それは嫌でもわかる。
 ギルオスは、イレギュラーズを手配すべく席を立った。

GMコメント

皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。

ヒト型のモンスターが出現し、殺人を繰り返しています。
これまで潜伏していましたが、次に出現するであろう位置を特定しました。
この地点に赴き、モンスターを討伐してください。

【エネミーデータ】
□朔望スピカ
・首に星の名前が刻まれた、少女の見た目をした何か。
・力が強くてすばしっこく、非常に生命力が高い。
・現時点で2体。特定行動を数度取ることで『生物流転』を行う。生物流転に必要な特定行動の回数は戦闘開始までの時間経過により変動する。

●生物流転
・『朔望スピカ』が2体出現する。
・生物流転を行った『朔望スピカ』は消滅する。

【フィールドデータ】
□とある田舎町の大通り
・酒場街近くの大通り。
・避難勧告は行っていますが、伝達機能が不十分で、住民が残っている可能性あり。
・住民はエネミーに対して無抵抗に等しく、物理的な手段以外で移動させることはできません。
・夜間。
・エネミー探索の必要はありません。

  • オラん家で採れた大根だべ完了
  • GM名yakigote
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年11月07日 21時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
サングィス・スペルヴィア(p3p001291)
宿主
ルチアーノ・グレコ(p3p004260)
Calm Bringer
美音部 絵里(p3p004291)
たーのしー
不動・醒鳴(p3p005513)
特異運命座標
葛城 リゲル(p3p005729)
竜爪黒狼
白薊 小夜(p3p006668)
永夜

リプレイ

●キャロルを取り巻いて
 王よ王よ、偉大なる僕らの王よ。この首を捧げても、この誇りを泥で塗り固めても、この魂を奈落に落し込めても、貴方への供物にはまるで足りやしない。

 それは、冗談のような光景だった。
 赤紫と黄緑が不定形に入り混じった空は、灯りのひとつも必要がない程、ともすれば太陽すらも不要なのではと錯覚するほどに明るく輝いている。
 その空を白銀の鯨が悠然と泳ぎ、大地を赤く赤く染めていた。
 嗚呼、流れ星だ。そう思うときには次の流れ星が落ちている。夏先のスコールみたく一粒一粒が何の有り難みもなく、まるで元からそうであったかのように無数の星が降り注いでいた。
 ふと、あの光は妖精なのだと結論づけたところで、頭を抑えた。どうしてそのようなロジカルを組み立てたのか。この場所はおかしい。もしくは、ここに居る自分がおかしい。おかしい。おかしい。
「知らない星の名だ」
 情報屋はその単語を星だと断定したが、少なくとも『尾花栗毛』ラダ・ジグリ(p3p000271)の知識にはない名前であった。儀式の一種であるならば、その名前にも意味はある筈だ。知っていれば、複雑に絡み合う多重儀式の紐解きも可能であったのだろうか。
「或いは知らない事こそが幸福、の類か」
 神か悪魔か知らないが、自分の知る情報屋が、その信仰を引き当てぬようにとは願う。それこそ、誰にかなんて分かりはしないが。
「星辰が揃う時、旧支配者どもは復活する。大根の如く量産される彼等は『存在』への生け贄で在り、九つか十は異次元を晒す。素晴らしい。我等『物語』を想起させる在り方だ。我等『闇黒神話大系』を想起させる怪物だ」
 果たして、『Storyteller』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)の想定するそれらは、件のともがらと同じものであるだろうか。時にはお話として、時には真実として、美しくも悍ましい彼らと。
「誰がこれを作ったのかしらね?」
『皮を回収した鯨の先にいるかもしれないな』
『宿主』サングィス・スペルヴィア(p3p001291)の両名は、この光景の本因に推測を立てている。ここはまるで、異なる惑星の法則で動いているかのように異常な環境だ。人を殺して回っている怪物がいる。その主題がまるでオマケに思えてくるほどに、この輝く空は、この染まった大地は異質なのである。鯨が泳ぐ。一瞬、その背にいる錯覚を感じた。
「人々の命を背負うかのような任務だ」
 重くは在るが、やらねばならぬと『メルティビター』ルチアーノ・グレコ(p3p004260)。感情的な動機のない殺人は非常に厄介だ。止まりどころも、次の犯行の予測も極めて難しい。人と見た目の変わらぬ凶獣が生活圏に紛れ込んだに等しいのだ。誰もが、いつまでも、食い荒らされる可能性がある。それは極めて早急に対処せねばならない。大通りすら怯え、背を丸めて歩く町並みなど、あってはならないのだ。
「絶対に失敗できないよ」
「今回の依頼のお相手は人食いなのです?」
 どういった定義でかにはよるが、『トリッパー』美音部 絵里(p3p004291)の認識で間違いはない。どのような目的であれ、それが栄養を目的とした摂取であるなしに関わらず、人を口に含めば人食いであるのだ。まして、カテゴライズできるだけの実例があるわけでも普遍的でもない。
「大丈夫、何であろうと私達のお友達なのです。皆みーんな、です。すぐに一緒になれますからねー。ふふー」
 奇妙な色の空を直視できたものではないとばかりに、『特異運命座標』不動・醒鳴(p3p005513)はゴーグルで視界を覆った。今も白銀の鯨は手の届かぬ距離で雄大に空を泳ぎ、どこからか集まってきた妖精たちを食い荒らしている。まるで提灯鮟鱇のようだ。理解の届きにくい化物。朔望の少女にしても。まあいい。まあいい。理解できなければそれでもいい。生きているならば同じこと。
「とりあえず死ぬまで殴れば死ぬだろ」
「スピカ……お袋の元いた世界にあった星の名前、俺の名前の由来と同じときた」
『一所懸命』葛城 リゲル(p3p005729)が見上げれば、今も奇妙な空では無数の流れ星が落ちている。これは脳が見せている幻覚なのか、それとも本当にこれだけの星が死んでいるのか。ともすればロマンチックな光景である筈が、今は只々不気味なだけだ。
「こういうシチュエーションはどうせなら普通の女性とがよかったなぁ。こんな化物とじゃなくてよ……」
「私は魔術についてよくわからないけれど、儀式を行った犯人がいるということよね?」
 儀式を、目的を持って執り行っている何かが居る。白薊 小夜(p3p006668)の考えは比較的自然なものだ。まさか、この大掛かりな仕掛けそのものが降って湧くはずなどありえない。ならば人為的であるはずだ。それを突き止めなければ、これだけを解決しても同じ事態は今後も起きることになる。
「戦いが終わったら是非調べてみたいわ」
 どろりと。
 空気が垂れるソースみたいに重く、鈍いものになった。
 痛みや、良心や、真っ当さや、社会性や、善意や、生命といったものから、酷く鈍い。
 胃が荒れたように干上がった感触で満たされ、今にも内臓がひっくり返って口から溢れそうな。
 そういう嫌気を過分に混ぜ込んだ空気だった。

●ニーチェで事足りて
 製氷技術を持たないまま、生魚を口にしてもらうにはどのような手段を取るべきか。

 不可思議な光景だった。
 大通りの真ん中で彼女らはテーブルを広げ、帽子屋宜しく茶会を開いていたのだ。
 テーブルクロスを汚さぬよう、スプーンでそっと、ピンクのそれを掬って口に運ぶ。
 グラスに注がれた赤い飲み物をくいと飲み干し、肉の残ったレッグを手に取り、かぶりついていた。
 悪臭が立ち込める。
 彼女らは、ナプキンの裾で赤く汚れた口元を拭うと、ゆうくりと振り向いた。
 姿形が同じでも、もう人間には見えなかった。

●シェイクスピアは塗り固めて
 思いつく限りの贈り物をしよう。手を広げ、目を回し、これまで培ってきた全てと、これから培われる筈だった全てを包もう。

「そのまま静かに隠れていろ」
 悪臭と惨景からくる猛烈な吐き気を押さえ込みながら、ラダはそっと、抱えていた住民を大通りの外側へそっと下ろしていた。
 口元を覆って呼吸を整える。食っていた、食っていた。調理をして、血と肉をとりわけ、綺麗に彩り、皿に盛りたて、さも美味そうでなく義務的に食っていた。
 禁忌とは、ああも無感動に犯せるものなのか。口元を拭い、喉のひりつきを抑えるのを諦めた。どうしても、鼻をつく異臭から逃れられない。
 得物を構える。指先に震えはない。引き金を、体が覚えている。
 頭部、心臓、太もも、腹部。思いつく限りの人体急所を思いつく順に撃ち抜いていく。その肌に弾が当たると肉が膨れ上がり、その先端についた無数の眼球がこちらを睨んだ。そのまま萎み、元の女の姿へと戻っていく。
 そういう風に傷つく生き物なのか。それとも自分の眼球が正常な働きをボイコットしているのか。
 自分は正常を保てているのだろうか。それでも、引き絞る指の感触だけを信じている。

「しかし、救助対象を探すことになるなんてね」
『まぁ、技能に貴賤はないということだな?』
 ふらふらと迷い込んだ住民を、スペルヴィアが抱えて避難させている。
 見知らぬ相手に抱えられたというのに、抵抗する素振りはない。それにつけ、虚ろな瞳と、声をかけても反応の薄い酩酊状態が気がかりだった。
 巻き込まぬ程度には遠ざけると、また戦いに戻る。
 近づくほどに増す異臭は、戻ることを本能的に拒否させたが、理性で足を動かした。ここで止めなければ、あとどれだけがあの晩餐に成り果てぬとも限らないのだ。
 走る。走る。悪臭に構わずに、目に映る桃色が何かを想像せずに、密着し、流転した命に、細胞に、手中で編み終えた逆回転を叩き込んだ。
 その傷口が、花開く。
 ぱああと、真っ白なハイビスカス。その真中にぼってりとした唇が生え、ぎりぎりぎりぎりと苛立たしい歯軋りを続けている。
 ハイビスカスが首を伸ばし、噛み付いてきた。

「Y'lloig azoth ng’n’ghft.Y'bthnk yog ng’ lw’nafh.Y'Kadath’nyth,uim Azathoth hlirgh―――」
 スピカのひとりを、オラボナが受け止めた。
 伸ばされた腕を、組み合って止める。そのまま、スピカの腕がひしゃげた。
 組み合って、絡めあって、止めようとしても、関係なくそのまま進んでくる。とうに白い腕はありえぬ方向に曲がり、骨は折れ、皮膚を突き破り、傷口から喉が生まれ、歌っている。
 それでも、構わずこの異形は進んでくる。力が強いとはこういうことだったろうか。膂力が在るとはこういうものだったろうか。だが結果は同じだ。朔望スピカはオラボナの停止を意にも介さず、力任せに突き進んでいる。
 そうして、口を大きくあけ、裂けて、下顎と上顎が分離し、浮いた顔半分でオラボナに噛み付いた。
 髪の毛を掴んで引き剥がし、投げ捨てる。見やれば、スピカの頭部には既に同じものが生え変わっていた。
「存在的には我等『物語』以上に名状し難いな」

「ねえ食べて? 君と一つになりたいな」
 ルチアーノの言葉が、朔望スピカに届いたのかはわからない。
 価値観が違う。違い過ぎる。
 嫌でも目に入る地獄のような茶会のテーブル。よくよく見れば、燭台も、皿も、ナイフとフォークも、ナプキンに至るまで全て人間で出来ているものではなかろうか。確かめる時間はなく、確かめたくもなかったが、一度思いついてしまえば、その悍ましい事実は脳の片隅にこびりついて離れなかった。
 これを見て、欠片ですら分かり合えるだなんて思わない。
 だからこそ、言葉だけではなく、自分の指を血が出るほど強く噛み、食う対象だと印象付けさせた。
 それですら、意味があるとの確証はなかったが、視線に曝されたことで少なくとも注目は浴びたのだと確信する。
 一瞬の視線移動。スピカがこちらへと体重を向ける。住民の居ない方へと走り出す。スピカがこちらを追いかけてくる。脳が警鐘を鳴らしている。ガンガンに打ち鳴らしている。

「お邪魔しますスピカさん。今日はよろしくなのです。お友達になれたら、ずっと仲良くしましょうね?」
 スピカの一体を刺し貫いたまま、絵里は笑顔を向けてそう言った。
 刺した箇所は大きく膨れ上がり、先端に生えた唇がけたけたと笑っている。ダメージを与えられた際の挙動が、一般的な生物とまるで違う。先程から攻撃を受けてはぶくぶくと膨れ上がり、また戻っていく。その様は充満した臭いもあって、胃から込み上げるものを感じるほどであるが、絵里はまるで意になど介していないかのように笑っている。
 それでも、怪我は怪我であるらしい。膨れ上がった傷口から、自身に流れ込んでくる生命力を、絵里は確かに感じ取っていた。
「お友達の力を貰って元気になれる。一人じゃないって素晴らしいのです」
 傷口のけたたましさと相まり、どちらが狂人ともしれぬ光景。目を覆い、耳を塞ぎたいが、現状がそれを許してくれない。本当に、果たしてこの場において誰が正気であるというのか。

「さぁ、寝ぼけてないで目を覚ませ! ――cock-a-doodle-doo!!」
 醒鳴がそれをあげるのももう何度目か。
 戦場に迷い込んだ住民に、徒労と感じながらも、それを続けていた。続けざるを得なかった。
 本当に、どこを見ているのか、何を見えているのかと問いたい程に何の危機感もなく、彼らは血と肉がぶつかり合うこの場に紛れてくるのだ。
 いいや、見えているものなら分かっている。この異臭、この極景。生き死にの場に馴染んだ筈の自分でさえ、耳を塞ぎ、目を瞑り、正気を手放したくなる程ここは狂気が充満している。
 奥歯が痛むくらいに噛み締めながら、大剣を思い切り横薙ぎに振るう。ここにきてようやっと、らしい感触。スピカの首をひとつ、切り飛ばしていた。
 と。
 首のない体が震えだす。よもや中から現れるのではないかと警戒したが、その逆、倒れたスピカは傷口に吸い込まれるように折り畳まれ、何もなかったかのように虚空へと消えていった。

「全裸の美少女って聞いた時にゃ、男としては直視しずれぇし殴りずれぇだろうなぁとか考えてたが余計な心配だったな。コイツは間違いなく化物だわ……おっかねぇ」
 一匹が倒れるだけで、消え去っただけで、随分と空気が軽くなった気がする。相変わらず空では鯨が泳いでいたが、肌に受ける粘土のような質感は消え去っていた。リゲルも、ようやく何かを口に出す余裕が出てきたところだ。
 不利を感じ取ったのか、他の意図があったのか、残った一体が踵を返す。だが、その向いた先には既にリゲルが立ち塞がっている。この怪物を、逃がすわけにはいかなかった。
「おいおい何処に行こうってんだ化物野郎? もう夜も遅いからお家に帰らないとってか?」
 斬りつけた傷口がそれらしく開いたところを見るに、こちらも限界が近いらしい。
 だが。
 じゃらりと。
 どこに持っていたのか。どうやって取り出したのか。大事そうに掲げる、両掌いっぱいの金平糖。
 朔望スピカは、それを迷わず切り開かれた自分の腹部に詰め込んだ。
 また、泥土のような空気が伸し掛かる。

 小夜がスピカの傷口に思い切り刀を突き刺したのは、本能のなせるものだったのかもしれない。
 少女のような見た目の、腹部に出来た大きな傷。そこに追い打ちをかけるように突き刺された剛刀は、しかし抜き取るに当たり違和感を生じた。
 誰かが握っている。傷口から女の子のような腕が見えている。その腕の奥に、さらに少女の顔が見えた。ふたつ、見えた。
 にたありと、笑っている。それらはようやっと人間らしい表情を見せたというのに、これまでの何倍も気味が悪かった。
 にちゃりと同時に口を開く。その中に金平糖が詰まっている。腹の中の彼女らは喉を鳴らしてそれを飲み込むと、また口を開いた。その奥に、また四本ずつ、腕が見えた。
 彼女ららは口を開くとそのその中中にまた―――その先は、少し曖昧だ。
 誰もが狂乱したかのように声を上げていた。誰もが得物を振りかぶり、スピカの体を所構わず裂いて、裂いて、裂いていた。
 それを出してはならぬと、誰もが感じ取っていた。
 気づいたときには、少女も鯨も奇妙な夜空も、何も残っちゃいなかった。

●Don't arouse the idiot king that is counting three.
 それでも足りやしない。絶対に足りやしない。千を捧げても、万を貪っても、億を繋げても、あの微睡みに届きやしない。それでも止まらない。生命が生きるために生きているのだというのなら、彼女らはその微睡みを晴らすために生きている『のよ』。

 星が見えている。といっても、先程までのような荒れ狂う流れ星ではない。通常の、きらめく秋の星々だ。
 戻ってきた、と感じていた。どこに行ったわけでもなく、ずうっとここで戦っていたのだが、それでもどこか手の届かない遠くへ行っていたという錯覚が拭えなかった。
 正気を失っていた住民たちも、頭を振って帰路についていく。まだ寝ぼけているようなのは、適当に肩を貸してやらねば風邪をひくだろう。
 ふと、テーブルが見えた。
 気持ちの悪い食卓であったはずが、今は白いテーブルクロスの見えるばかりだ。
 何気なしに触る。つぷりと、水面にそうしたかのように腕が沈み込む。
 慌てて引き抜いた。動機を抑えて視線を上げると、テーブルの上からクロスが消えている。その後は、何度触ってもただのテーブルでしかなかった。

 了。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

仲間はずれの星。

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