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シナリオ詳細

ミセス・ロウの奇妙な晩餐

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 その時間は唐突に訪れるのだ。
 壁時計の長針が短針の背を突き、秒針に追い立てられたころ、薔薇の花弁をも思わせる豪奢なシャンデリアの下でちりりんとベルが音を立てた。
 独りにはあまりに広すぎるフロアの大理石に照り返された室内灯がワイングラスに影を落とさせ、猫の背のように伸びあがらせる。
 伸びた影を踏んだ男には個性がなかった。男の目には感情が無かった。ベルの持ち主に静かに頭を下げ、声も、仕草の衣擦れの音も隠し、静かに言葉を待った。
「おなか! すいた!」
 典雅な寝間着に身を包み、豊満な肢体をしどけなく晒した淑女は、しかしその姿に見合わぬ声でそう告げた。

●『善意』の食事を晩餐までに
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は、今しがた見送ったかくしゃくとした老人から受け取った封筒を首を傾げて見ていた。
 封蝋の形は唇の形。王都の貴族、ミセス・ロウからの依頼であることは明らかだ。見た目は淑女ながらも少女のような無垢さを残し、しかし貴族としての立場を損なわぬ多くの振る舞いを称する逸話の数々は、年齢不詳という身の上もあいまって一部の少女達の羨望の的ですらあるという。
 同時に徹底した秘密主義。家に他人を招く事は滅多にないそうだ。
 ユリーカの様子を見て、すわ依頼かと集まってきたイレギュラーズ。彼らに向き直ると、ユリーカはぺこりと頭を下げて封蝋を切った。
「王都貴族のミセス・ロウからのご依頼なのです。えっと……貨物馬車の輸送隊の護衛? だそうなのですよ」
 手紙に目を走らせながらユリーカは続ける。
 ミセス・ロウが懇意にしている精肉業者がおり、彼の出張先に輸送団が向かう手筈となっているそうだ。だが、精肉業者は商売敵から恨みを買っており、妨害の可能性が大であるという。妨害は傭兵によるものの可能性が高く、油断ならぬ敵である、と記載されている。
 輸送団を編成して向かわせるので、帰路の襲撃者からの護衛をお願いしたいということらしい。
「精肉業者さんは家畜の肉を譲ってもらうために小さな村に行っている、ということなのです。肉の運搬は業者がするので、その間の妨害工作にも気を付けてほしい、と書いてありますです」
 おにくは美味しいですから奪い合いになるのでしょうか、とユリーカは首を傾げたが、果たしてそう言う事なのだろうか。
 イレギュラーズは釈然とせぬ感情を抱えつつ、ひとまず輸送団と共に精肉業者の下へ向かうこととなった。

GMコメント

 夏あかねGMに脅されて書いたんです。嘘じゃありません。三白累です。

●依頼達成条件
 輸送団の護衛。輸送団が引く馬車を欠けることなくミセス・ロウの屋敷に届けること。輸送団構成員の犠牲は問わないものとし、亡骸は可能な限り埋葬の為輸送されたし。

●情報確度
 B。依頼内容に嘘はありませんし、敵勢力も事前調査あっての有用な物です。『依頼達成に際し』必要な情報は揃っていますが、襲撃者からの証言が嘘であるという保証はありません。

●精肉業者
 ベッケルと名乗る男です。挨拶だけしたら輸送団と合流し指示を飛ばす立場にあるので接触機会は少ないでしょう。
 村の入り口にいます。

●輸送団
 馬車3台、御者6名(交代要員含む)、搬送員6名構成。馬車そのものは大きいため、イレギュラーズを載せても荷物は運べるでしょう。

●襲撃者
 傭兵集団。農民あがりの傭兵も何人か混じっており、それらの練度は一段劣ります。
 剣や盾で武装した近接戦闘要員4、弓矢などの遠距離攻撃要員2、術師2の構成。
 リーダーは近接攻撃要員として参加、やや装備が立派なためすぐに判ります。彼は多少手強いですが、イレギュラーズなら極端に苦戦する可能性は低いでしょう。

●ミセス・ロウ
 依頼人です。特に何も無ければ登場しません。

 情報は以上です。健闘をお祈りします。

  • ミセス・ロウの奇妙な晩餐完了
  • GM名三白累
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年02月10日 20時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
背負う者
ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)
大悪食
リチャード・ハルトマン(p3p000851)
再会の鐘
幽邏(p3p001188)
揺蕩う魂
ミア・レイフィールド(p3p001321)
しまっちゃう猫ちゃん
サイード=ベルクト(p3p001622)
果てなき償い
九条 侠(p3p001935)
無道の剣
リナ・ヘルキャット(p3p003396)
ツンデレモドキ

リプレイ

●ゴウト・ハント
 森閑とした村の入り口から、男たちが忙しなく出入りする。依頼人が雇い入れた馬車とともに訪れた運搬要員である彼等の動きは機敏で、淀みない動きで『荷物』を運んでいる。作業が終わるまでの間、イレギュラーズはその様子を眺めるしか出来ない。
「随分と多いんだな。こんだけ入用なくらいなら……味覚があったら美味く感じるんだろうか」」
 『双刃剣士・黒羽の死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は精肉業者・ベッケルと荷物とを交互に見ながら、忌々しげに表情を歪めた。麻袋に詰められた『肉』は油紙に包まれているのか血の一滴も滴らせず、多少乱雑な扱いにも耐えうる構造の様子。
(……村から運び出すにしては『村の中の』動きが見えないっすね。荷物は包み方といい、匂いをよく隠してるっすけど隠しきれてないのもまた)
 『双色の血玉髄』ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)は荷物から僅かに漏れる匂いを嗅ぎ取り、懸念が確信に変わったのを理解する。嗅覚に優れていることをベッケルに伝えてはいない。虎の尾を踏むつもりはないからだ。
「配達は信頼第一……君子危うきに近づかず…深くは聞かない……の」
 『しまっちゃう猫ちゃん』ミア・レイフィールド(p3p001321)は運搬員の緊張感や村の雰囲気から、仲間と同様の結論に達していた。ともすれば口から溢れ出そうになる憶測を吐き出すことをこらえ、馬車の周囲を警戒する。反射神経に優れた彼女を出し抜くことは敵うまいが、知らず包囲されていては目も当てられない。
「今日は私の晴れ舞台……この素晴らしき日を飾るに相応しい任務よね、みんな!?」
 『ツンデレモドキ』リナ・ヘルキャット(p3p003396)はことさらに明るく振舞い、仲間達に同意を促す。ミアなどはこくこくと頷いているが、男性陣は一様に曖昧な笑みを浮かべるのみだ。リナ自身、どこか事情をわかっていてムードを作るべく振る舞っているのかもしれない。
「ベッケル、ミセス・ロウにお目通り願いたい。適うだろうか」
 『無道の剣』九条 侠(p3p001935)が運搬を見守るベッケルに声をかける。ベッケルは珍しいものを見る目で侠を見ると、くしゃりと顔を歪めて書簡を差し出す。不器用な笑みだ、と見た者は思ったことだろう。
「それなら、ミセスにこれを渡して欲しい。駄目なら執事長に。納品書だ。開封厳禁で頼むぞ」
 ダメ元での質問が案外すんなりと通ったことに、侠は一瞬あっけにとられ、それから慌てて書簡を受け取って懐にしまう。彼はここに残るのだろうか……何のために?
「気を張りすぎちゃ駄目だ、折角だからキャンディは如何かね。ほら、あんたらも」
 どこか緊張感の増した雰囲気に割って入り、『Ring a bell』リチャード・ハルトマン(p3p000851)はその場にいた人々にキャンディをくばっていた。人見知り(自称)なりの処世術であり、キャンディも彼のギフトなのか生じたものである。だが、果たしてどこまでが彼の本心なのであろうか。興味深げに麻袋を見やる視線に、真実味は欠片も含まれていないように思えた。
「……あたしは……いらない。早く……任務を……終わらせるだけ……」
 『揺蕩う魂』幽邏(p3p001188)はリチャードの申し出をすげなく断ると、周囲に油断なく視線を向けた。尋常ならざる視力を持つ彼女にかかれば、遠方で見張る影があればすぐに露見していただろう。影も形もないということは、今はまだ時期ではないということだ。
「今のところ、馬車に何か仕込まれたり、来た道で仕掛けらしいものは見なかったな……本当に馬鹿正直に襲ってくる気か?」
 『果てなき償い』サイード=ベルクト(p3p001622)は全ての馬車の車輪や幌に何の細工も施されていないことを確認し、怪訝そうに呟く。搦め手で襲ってこないことはむしろ好都合なのだが、真正直に襲撃して事を成せると思われているのなら、それはそれで癪であるような気がした。尤も、傭兵たちはイレギュラーズの存在を計算に入れていないのかもしれないが……。
「荷物は積み終えた。3台に分けたから欠けずに運んでくれ。そうでないと、ミセスの機嫌を損ねるのでね。俺も貴族のへそを曲げるのはごめんだ」
「任せとけ。誰だろうと戦えない奴なら護る。『リベリスタ』の常識だからな」
 ベッケルが肩を竦めると、侠は胸に手を当て自信に満ちた表情で返した。彼の名乗り、その意味を知る者は居ない。されど、ベッケルも仲間も、気に留める事は無かった。そこには思想の違いこそあれ、誰かの誇りを笑う者など居ないのだから。

●罪は滑り落ちて
「……退屈、にゃ……」
 村を出てから数十分後、小規模な森の中。最後尾の馬車の後ろをついていくミアは、退屈そうに声を上げた。本当なら荷台に乗り、楽な行軍と行きたかったのだが流石にそれは状況が許さず、歩きになった。そんな経緯も彼女の不満を強める要因なのかもしれない。荒地を行く馬車で尻を痛めるのとどちらが幸いかは、測りかねるが。
 それにしても。さきの集落からミセス・ロウの屋敷までの距離は馬車で移動するなら2時間すこし。往路とそう速度を変えていないと仮定して、じきにメフ・メフィートも視野に入る距離にあるのだが……ここまで手を出してこないのは想定外だった。
「あー、でも。いつまでものんびり歩いてられるのもそろそろ終わりみたいっすね。火薬の匂い、っすか」
 ヴェノムが鼻をひくつかせ、匂いの発生源に視線を向ける。木々の間から狙いすまされた一射は、しかし狙いが拙かったかクロバの足元に突き刺さり、先端の火を踏み潰された。
「ようやくお出ましか、遅かったな」
「……上手く隠れたつもりだろうけど、無駄……囲まれても……」
 武器を構えたクロバの頭上を、幽邏の銃弾が駆けていく。先んじて低空飛行していたゆえに、馬車を挟んでいたとて相手の位置を掴めていたようだ。樹の削れる音と小さな苦鳴が森に反響するよりも早く、左右から相次いで術式の光が馬車めがけて降り注ぐ。馬車に命中こそしないまでも、周囲で起きた混乱は馬を暴れさせ、御者に必死の制御を余儀なくさせた。
「離れた距離からちまちまと……姑息じゃないの!」
 リナは巡る血の流れが加速するのを感じつつ、術式の発生源へと自らも術式を打ち放つ。威力の差は明らかで、彼女が放ったそれは術師の腕を強く打ちすえたようだった。
「――カカレェェッ!」
 遠間での打ち合いは結果論としてイレギュラーズに分があったが、興奮した馬を背に戦うのは楽ではない。それを知ってか放たれた号令は、ならず者のものとは思えぬ強い意思を思わせた。
「漸くお出ましか。待ってたぜ、ずっと待つのも精神衛生上良くねぇからな。リベリスタ、九条 侠だ」
「名乗って戦うなんて、お前さんは恵まれた人生に居たんだな」
 侠の正面に現れた小男の装備は薄汚い簡素なレザースーツと細鞭。野卑た笑いと皮肉な憎まれ口を放つ彼の初手に飛び込みつつ、侠は捨て身の一撃を叩き込む。一撃の威力のために精度も命すらも捨てた一撃は、十分ではないにせよ小男を打ちすえ、僅かに踏鞴を踏ませた。初手としては上々の感触に、彼は興奮の度合いを隠し切れない。
「馬に手を出して混乱させる……手慣れてる……にゃ」
 ミアは馬車の先頭へと駆けてくる男を視界に収めると、自らの鞄から銃を引き抜き、即座に撃つ。ギフトにより銃を隠し持つ事で油断を誘う狡猾さは、狙った相手にはさして効果は無かったらしい。首を傾げてかわした男は、そのままヴェノムの間合いに飛び込み、長剣を振り上げる。飛び退き、切っ先を受けたヴェノムはそのまま肉薄戦を仕掛けるが、相手もさるもの。手ごたえは浅い。
「積み荷を明け渡してくれれば我々は君達に興味はない。手を引く気は?」
「ないっすね。僕らも仕事なんで信用を落としたいわけじゃないっすから」
 長剣の男――あからさまなリーダー格の言葉に、ヴェノムは素っ気なく拒否を示した。傭兵とは思えぬ気力と気迫、整った防具はその実力の高さを想起させ、一挙一動に感じる気品は貴族かそれに近しい者のものだが……今は何もかもがどうでもいい。彼は、邪魔者である。
「事情に詳しそうだな、アンタは。是非とも詳しく……おっと」
 やり取りに敏感に反応したのはリチャード。貴族の近縁者に問うよりも敵方に聞いた方があとくされないと踏んだのか、声にはいささかばかりの興奮の気配が感じられた。もっとも、彼は先に正面の敵を排除せねば身動きがとれぬのだが。
「数うちゃ当たるとは言うが、ここまで容赦なく狙ってこられると話が違ってくるぞ」
 サイードは焦りを含んだ声で、次々と飛んでくる術式や矢を見やる。革製の幌に刺さった程度で中の人間が死ぬとは思えないし、精度も高いとは言い難いが、馬の足元やその胴、御者についてはその限りではない。御者に隠れられれば、暴れだした馬を御する手段を失う。正確性を増した遠距離術式が中央の馬の頭部に飛び込んだ時、サイードはその身を咄嗟に術式の前に晒していた。
「ちょっと、大丈夫!? いい音しちゃってたわよ?」
 リナは眼前で起きた状況に短い悲鳴を上げ、即座に治癒術式を展開する。音ほどに深い傷ではなかったが、馬の頭部ならその限りではなかっただろう。暴れ方が制御できないほどになれば、落ち着いて戦闘など出来はしない。畢竟、馬車に近付いてきた戦闘員はリーダー含め、狙いを悟らせぬ為の囮である可能性すら浮かび上がる。
 勝敗を左右するのではなく、成否を重視する。うっすらと襲撃者達に差した光明は、彼らの判断をほんのわずかに鈍らせた。より確実に、より正確に混乱を呼び込む為に。襲撃者達は数歩、包囲を狭めたのだ。
「チマチマとセコい戦い方してねえで、死にたいヤツからかかってこい!」
 イレギュラーズ達の脳裏によぎった不安を断ち切ったのは、クロバ。状況を察した彼による堂々たる名乗りは、術師や弓士の耳朶を叩き、クロバをこそ真っ先に倒すべき敵であると認識させたのだ。
「いい啖呵ですねェ。おたくもお仲間も、戦いに飢えてるとみえる」
「『戦いに』? 勘違いするな」
 小男の挑発に、侠は明確に否定する。彼の名乗りになんの意味があるのかをこの小男は知らない。無論、彼以外の仲間も深く知る者はおるまい。
「力なき者の為に剣を振るい、今までの生き方が無駄じゃないと証明する。その機会に飢えているだけだ。……だからお前で試させてもらうぞ」
 命懸けの剣戟、捨て身の一撃。異なる名と異なる体系で呼びならわされるそれを、彼は元の世界の名と構えを借りて放った。曰く、『デッドオアアライブ』。身を裂く反動を無視して振り下ろした左右からの斬撃に、小男は逃げずに鞭で彼の手首を狙いに行く。
 血を吐きながら膝をついた男は、目を細めて侠に語り掛けた。
「気付いてるんでしょう、おたくら? 『村一つ分』はやりすぎだった、って」

●贖罪は沈黙を以て為す
「……何を……言ってるのか……意味不明。依頼には……関係ない……」
 幽邏は耳に届いた会話を思考から切り離し、銃を構え直す。ヴェノムとリーダーの男を狙うには近すぎる。有効射程を取れば馬車から距離を取る事になろう。即座に狙いを術師に切り替えると、精密な一撃で杖を持つ手に一射、叩き込む。衝撃にたじろぐ術師だが、それでも狙いはクロバに向けられていた。
「結構、傷は深いはずなのに……逃げない、にゃ?」
 ミアは数歩退いてからリーダー格の男を狙い撃ち、合間に他の敵に視線を巡らせる。敵の攻撃を引き受けつつ、間合いに踏み込んだ相手は容赦なく打ち倒すクロバの雄姿、コンビネーション攻撃を仕掛け、隙を逃さず押し勝ったリチャードの手練手管は前衛として現れた傭兵達の布陣が壊滅しつつあることを否応なしに理解させ得る。
「随分と匂いが混じってると思ってたんすよね。『近い』匂いも幾つか。……弓を持たせた人の中にいるんすね? 村の生存者が」
「だとしたら彼らも連れていくのか? 私も?」
 互角以上に斬り合い、敵リーダーを追い詰めたヴェノムが問いを投げかける。触腕が鼻先をかすめたのも気に留めず、相手は問いを投げ返す。正否を答えるまでもない、という意思表示に他なるまい。ヴェノムは剣を押し返すと、「決めるのは僕じゃないっすよ」と目を細めた。
「術師と弓の連中は全員動けなくなったみたいだな。もう馬車を狙うのは無理だと思うが、まだやるのか?」
 サイードは森の中に視線を向け、それから若干離れた位置に居る敵リーダーに問いかけた。銃器の類を持たぬ彼に遠間の敵を撃つ術はなく、近付く敵を蹴散らし、或いは先のように身を挺して庇うことが主たる役割であった。故に、射撃を用いる相手と術師とが倒れれば、差し当たって彼にとっての脅威は消えたも同然だ。
 馬車に取りつこうとした連中もまた、そのすべてが辛うじて命を繋いでいる程度。大なり小なり傷を負ったが、イレギュラーズは全員が壮健である。勝敗はすでに決していたのだ。

「ククク、貴様達にとっておきの絶望を与えてやろう……死よりも深い闇の腐海にてアンデットとして生きながら朽ち果ててゆくのだ……それが嫌なら……分かるな?」
「ああ、それはそれで魅力的な提案だな。囚われて『誰か』の胃袋に収まるよりは魅力的だ」
 暫くして、縛り上げられた傭兵集団に対して脅しをかけたリナだったが、リーダーがあまりにあっさりと脅しを受け入れたため、驚きと不安で目を泳がせる羽目になった。
「馬車は無事だし運搬員も死んでねえし、オレは特に意見はないな」
「それじゃ、本人達の希望通りと行くっすか。アンデッドにはしないっすが、連れてく余裕もないんで放置で。運が良ければ生きられるんじゃないっすか?」
 依頼が滞りないのならば問題ない、とサイード含め多くのメンバーが傭兵達の処遇について興味が薄かったのは事実である。殺さずに情報を聞き出し、あとは放置が概ねの意見だったが……聞く前に全て吐いてしまったのだから意味がない。
「……早く……屋敷に……依頼を終わらせればそれで……いい……」
 幽邏の急かす声と、離れた位置でやきもきしながら見ている御者達を見て、一同はこの場に放置することを決定した。リーダーの男は戦意を折られ、他の面々も死にはしないが動けもしない。『運が良ければ』、というのは冗談ではないのだ。
「ミア達を味方にしたいならローレットに依頼を出すの……ミセス・ロウより報酬を多めで……」
「幻想貴族と金の積みあいをしろと? ローレットは面白い冗談を君達に吹き込んでいるんだな」
 ミアは、リーダーを縛った縄に紙きれをはさんで提案するが、返答は素っ気ないものだった。彼が現実主義者であるこの上ない証左でもあるが、果たしてどこまで本気ととらえているのやら。
 遠ざかる馬車を見る傭兵達の目には、悔しさと憎しみとほんの少しの幸運を喜ぶ気持ちがないまぜになっているが、視線を気遣う者はいなかった。

「私は帰るわ! 報酬はローレットで貰えばいいのよね?! 帰るったら帰るー!」
 ミセス・ロウの屋敷に到着した頃には、すっかり陽も落ち、夜も半ばとなっていた。執事長と名乗った老人が出迎えると、真っ先にリナは踵を返した。執事長も、彼女を追うことをしなかった。
「善き取引が出来たとミセスもお喜びです。生憎、お目通り差し上げられないのが残念ですが」
「わかった。ベッケルからこれを預かったんだ、今後ともご贔屓に頼む」
「なあ、運んだ肉は何の肉なんだ? 貴族の料理がどういうものなのか、興味があるんだ」
 リチャードの問いが、その足を止めた。傭兵達との話が生々しく記憶に残る仲間達は一様に表情を硬くするが、執事長はしかし、屈託の無い笑みを彼に向けて見せた。
「『羊肉』ですよ。仔羊もトウの立った個体も、ミセスは非常によく愛でられます」
 そう言って立ち去った執事長を見るリチャードの頬から、冷汗が流れ落ちる。互いに本音を隠した者同士。執事長の言葉がどれほど『重い』ものかを理解した彼は、静かに戦慄を覚えた。
 彼らに渡された報酬に些かの上乗せが見られたのも、ある種の雄弁な『言葉』だったのかもしれないが……。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 ミセス・ロウは大変満足されたようで、皆様にわずかばかりのお気持ちをお渡ししたようです。
 今後ともお仕事、頑張ってくださいねということでしょう。素敵!

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