シナリオ詳細
君の為の晩餐会
オープニング
●
其れは、最初は形のないもの。
次に、鱗を持ち泳ぎ回るもの。
次に、翼を広げ飛び回るもの。
そして遂には、知能を持ち二本の脚で立つもの。
神がこの混沌にいたとして、果たしてどのような目的をもってこの生き物を生み出したのだろうか。
世界を滅ぼす為?
何故世界を滅ぼす?
其の次には一体何が生まれる?
答えを知るものはいない。
誰一人としていない。
ただ、終焉を受け入れる者と終焉に抗う者の2種しかない。
災いが雨のように降り注ぎ、誰かが濡れ悲しんでいる。
そう、今日のこの場所、ラサの野営地のように。
「…………」
唸り声が響き渡っている。
獣のような足音が物陰をうろついている。此処は野営地からほどない洞窟の中だ。
獣のような――いや、彼らは獣だ。『終焉』の名を冠された獣、終焉獣。狼のような形をしているのだろう終焉獣は、洞窟の中に入るか入るまいか迷っているようだった。
耐えている。
刻見・隼人は泣き叫びそうな子どもの口を塞いで、恐怖に叫び出したい己の唇を噛んで、只管に物陰で耐えている。
子どもたちも『いま声を上げれば死ぬ』と判っているのだろう。必死で声を殺し、瞳からぽろぽろと涙を流している。母に縋る子もいれば、縋るものがおらず抱き合う子どもたちもいた。
――其れは余りにも突然だった。
狼型の終焉獣は群れを成してラサの野営地を襲った。夜の支度をする、無防備な時間帯だった。
野営地にはとある流浪の民族がおり、彼らは成すすべなく其の爪牙によって赤く染められて行った。或いは武装していたとしても、なだれ込むような終焉からは逃れられなかったのかもしれない。
隼人がいたのは全くの偶然だった。弟を捜そうとあちこちを転々としていた隼人は幻想で日々を過ごしていたが、其処にふと、滅びの気配を感じたのである。
こういう時の勘は頼るに限る。旅に出ようとしている民族たちに頼んで、一緒に比較的安全なラサへと逃れた……つもりだったのだ。
だがこの混沌に安全な場所などなかった。女子ども、戦えない男たちは真っ先に逃がされ、客人である隼人は其れを護るように言われた。渡された剣は重く、隼人には扱えるか判らなかったが、兎に角隼人は其れを受け取り、女子どもを連れて洞窟の奥へと逃げ込んだのだ。
「…………」
ふーっ。ふーっ。
己の吐息が反響して、外の終焉獣に聴こえるかのようにすら感じる。
ひた、ひた、ひた。
狼の脚が大地をうろつく音がする。
まるで永遠にも思えた時間の後、ふと声がした。
『ああお前、戻っておいで』
隼人は女とも男とも思えぬ声を聴いた。そして其れに応えるかのように、滅びの気配が遠ざかっていくのを感じた。
隼人はまだ静かにと皆に指示をしながら少し歩き、物陰から外を伺う。其処には誰もいない。
人語を喋る獣?
獣たちの飼い主?
……あれは、なんだ?
●
「やあやあやあ! 雲雀くんはいるかな!?」
グレモリー・グレモリー(p3n000074)は其の時、確かに嫌な予感がした。
金髪に緋色の瞳、中性的な振舞い。明らかにイレギュラーズではなく、誰かを探しているようだった。
「え……俺?」
刻見・雲雀(p3p010272)は己を指差した。丁度グレモリーの傍で何か所員とやりとりしていたらしい。何事か、と出てきた彼に、金髪の人物はすわ、と抱き着いた。
「うわっ!? な、何!?」
「会いたかった! 会いたかった、会いたかったよ雲雀くん! ああ、といってもきみからすればわたしは初対面かな? わたしはマキナ。きみのお師匠様だよ」
「……は?」
師匠など、当然いたことはない。
雲雀は目の前の人物に、思い切り不審な視線を投げた。其の視線すら楽しむように、ふふ、とマキナは笑う。
そうして謳うように、全ての『どうして』を無視して話を始めた。
「もうすぐ一年が終わるだろう? もうちょっとでシャイネンナハトだろう? やっぱりシャイネンナハトの時に伝えるのがいいかなと思ったんだけど、ちょっと向こうが早まってしまってねえ。プレゼントにはならなかったんだ、許してくれ」
「――だから、何を」
「わたしからきみ達への“サプライズ”さ! ああ、其処の事務員くん! これを読んでくれるかい!」
言うと、グレモリーへ一枚の巻かれた羊皮紙を投げる『マキナ』。
グレモリーは無表情のまま其れを受け取り、開いて……黙々と其の内容に目を通すと、雲雀へと視線を向けた。
「雲雀、だったかな」
「え? あ、はい」
「君のお兄さんがラサで終焉獣に襲われている」
「……は?」
雲雀は目を点にした。
確かに雲雀には兄がいる。名を隼人という。
だが――何処で何をしているのかどころか、混沌に来ている事すら雲雀は知らなかった。
其れが、混沌に来ていて? ラサにいて? そうして終焉獣に襲われている?
何故?
どうして?
「ああ、雲雀くん!」
ミュージカルさながらに声を上げたのはマキナだった。
「君は前の世界からそうだった。大好きな兄の為ならどんな苦難にだって飛び込んできた。今回だってきっとそうだろう!? なんていじらしく愛らしい……成長したいんだね。もっと強くなって、わたしの後を継ぎたいんだよね! だからわたしは“用意した”よ! ちょっとわたしにとってのサプライズ要素もあったけれども、それでも、さあ! きみは行くんだ、兄を助けに!」
「……お前、何者だ……?」
まだ数々の驚きから逃れられていないが、雲雀の本能が告げていた。
こいつは敵だと。
こいつは己を脅かす敵だ、と。
「ふふ、わたしのことはどうでも良いじゃないか。今はそれよりお兄さんを助けるのが先だろう? さあ事務員くん! 人を集めてくれ!」
「……ええと、マキナ、だっけ」
「うん、なんだろう」
「君が言わなくても、其の大声で結構集まっているから大丈夫だよ」
「ふふ! 其れならば僥倖! ……じゃあ雲雀くん、君の頑張りに期待しているよ。ああ、兄弟の美しくも悲しい再会……! 楽しみだなあ!」
ぶわっ、と花弁が舞い散る。
冬に似合わぬ其の花々の旋風に雲雀が目を閉じた一瞬で、マキナは影も形もなく消え失せていた。
――……まるで嵐のようだった。だが兎に角、今はこの情報の真偽を確かめなければ。
- 君の為の晩餐会完了
- サプライズを、パーティーを始めよう!
- GM名奇古譚
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2024年01月08日 22時05分
- 参加人数6/6人
- 相談8日
- 参加費250RC
参加者 : 6 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(6人)
リプレイ
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「しかし、聞けば聞くほどに胡散臭い依頼人だな。……依頼人かどうかも怪しいが」
『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)が、保護した民間人を載せるための竜車を引きながら言う。
「まるでマッチポンプでもしているかのような気すらしてくる」
「うん、……俺も半分はそう思ってる」
『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)が答える。彼にとって双子の兄の存在は唯一無二だ。けれども、其れでもこの目を曇らせては、耳を塞いではいけないと雲雀は思っている。隼人を想うからこそ、必要なものを選び取り、何が正しくて何が間違っているのかをしっかりと定めなければならない。
其の様子を見て、『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は僅かに安堵の息を吐く。少なくとも、大切なもののために無茶をするような事はなさそうだ。
「いずれにせよ……救える命を、すくうために。急ぎましょう。誰かの『大切』を失うことは、とても、とても、……つらい、ですから」
『星に想いを』ネーヴェ(p3p007199)が小さくぽつりと零す。
そう、いま隠れ耐え忍んでいるのは、血の海に沈む男達が守りたかった『大切』。女性、子ども、戦えない者たち。彼らが傷付けられる事はあってはならないと。
「そうだな。たとえこの依頼がマキナさんの罠だったとしても、雲雀さんは行かねば後悔するだろう。俺も協力する、絶対に成功させよう」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)がうん、と頷く。彼は今回、ネーヴェと共に敵群を引き付ける危険な役割にある。其れでも、とイズマは己を奮い立たせるのだ。
「ま、ああいうのは『お気に入りにご飯あげて喜ぶ』タイプだからな」
雲雀に言い聞かせるように、『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)が言う。
――血の香りがする。現場まであと少しだ。
「あんまり気が急くと、本当に大事なもんを見失う。気を付けろよ、“お弟子さん”」
「……判ってますよ」
少しだけ拗ねたように雲雀は言うけれども、其処にはきちんと承諾の色も篭っている。
そうして夜の砂原を六人は行く。徐々に血の香りは濃くなり、そして――
●
……惨状だった。
爪に引き裂かれ、牙に噛み千切られ振り回された遺体があちこちに転がっている。噎せ返るような血の香り、なのにどこか甘美に思えて、ネーヴェは思わず口元を押さえた。悲惨だと思った以上に、“後遺症”から抜け出せない己を浅ましく思えたからだ。
「……酷いな」
歩き回っている狼たちが、うおん、と吼える。遠吠えは連鎖して、敵が来た事を互いに教え合っているようだった。
「……」
――洞窟は、あちら。
――敵の数は事前の情報通り。いや、遠吠えの数が一つ少ないか?
イズマが素早く周囲を見回し、目線で仲間に洞窟の場所を教える。
そうして見上げれば、タイニーワイバーンに騎乗した雲雀が夜空を飛んでいた。
『イズマさん、ネーヴェさん、戦闘場所はそこで大丈夫だ。ヨゾラさん、師匠は彼らが敵を引き付けたら洞窟へ回り込んでくれ。南西に壊れたテントがある。隠れながらいけるはずだ』
「あいよ」
「わかった」
ハイテレパスで指示を受けたそれぞれが頷く。
ラダが周囲を見回し、声に出して雲雀に問う。
「漏れなく全て此処にいるな?」
『ああ』
「なら始めよう、こいつらを倒せばひとまずの安全確保だ!」
『ああ、お前』
其処に割り込む声がある。
六対の視線が一斉にそちらへ向いた。其処には奇妙な獣がいた。
いや……獣というにも少し奇妙かも知れない。四肢が人のもので出来た、透き通った体をした“なにか”がいた。
『どうして邪魔をするのですか』
●
「……トーティス様」
「ああ!」
考えるより先に動いたのは、ネーヴェとイズマだった。
正確には雲雀の行動に牽引される形ではあるが。
「俺はイズマ。お前は……何だ?」
静かな口上が闇を裂き、獣たちの怒りを買う。其の隣にいる白うさぎにも、獣の視線が注がれる。
か弱いものがいる。か弱いものから仕留めよう。
獣たちは唸り、前脚で血に汚れた砂を掻く。
其処に雲雀が一撃を落とした。死兆の星が強く輝いて、獣に叩き付けるような衝撃が走る。
『お前、何故ここに気付いたのですか』
「……資料にあった“サプライズ”はお前の事か。お前は一体なんだ」
『私は獣です。獣以外の何かに見えますか?』
「お前が獣に見えるなら、此処にいる全員が獣と同じだ」
ラダがサイバーゴーグルで透明な獣を目視しながら問答する。こいつには怒りが効いていない。洞窟から引き離す事を考えながら、ラダは“彼”との会話に専念する事にした。
「さあ、さあ……か弱い兎と思わない、ことです。あなた方の獲物は、存外強かです、よ!」
たらたっ。
漆黒の獣が闇夜を奔る。だがネーヴェには見えている。私はもう、宵闇に惑わされるか弱い兎ではない。血の味を知ってしまった、闇夜の心地良さを知ってしまった、毛皮ばかりが白い兎。
イズマと視線を交わすと、たん、と一気に加速して獣の内の一体に痛烈な蹴りをお見舞いする。そうしてネーヴェが飛びのくと、続けてイズマが己を中心に“停滞”をばらまく。獣の脚が目に見えて遅くなり、更に上を確認してイズマがネーヴェの所まで飛びのくと、其処に雲雀が上空から幻の軍勢を召喚し、獣を蹂躙する。
『どうして我らを狙うのですか』
「どうして?」
ラダの黒い銃身は変わらず、透明な獣を捉えたままだ。
「なら此方からも問おう。どうして此処にいた人たちを襲った」
『滅びだからですか』
「……滅び?」
『我々は滅びだから、滅ぼさねばならないのですか』
「――成る程、其れが終焉獣の役割という訳か」
『何故滅びに抗うのですか』
「黙って滅びを待てるほど、我々は満足した生を送っていないからさ」
●
ネーヴェとイズマ、そしてラダと雲雀。彼らが敵の気を引いているうちに、ヨゾラとカイトは素早く洞窟の中へ入った。
「ひっ――」
突如の侵入者に悲鳴を上げかけた女を、カイトはそっと唇の前に人差し指を当てて押さえる。
そうして素早く長く白い紐を手の内で生成すると、其の両端を地面に置いた。
「……悪いね。これは境界線だ、此処から前には不用意に出ないように」
「あ、あの、貴方がたは」
「イレギュラーズだよ。きみ達を助けに来たんだ。いま外が騒がしいのは、味方が戦っている音だから大丈夫」
ヨゾラがそう言いながら、保護結界を洞窟周囲に張る。そうして一羽の青い鳥を召喚すると洞窟の外へ飛ばし、外の状況を観察する“眼”にした。
「……イレギュラーズ。……でも、誰がこの状況を知らせに?」
冷静な青年の声がする。ヨゾラとカイトが視線を向けると、其処には雲雀そっくりの顔をした青年がいた。
――彼が“そう”か。
二人は瞬時にそう確信したが、無暗に騒ぎ立てる事はしない。余計な混乱や疑念を避ける為だ。
カイトは肩を竦め、
「“親切な人”が俺達に此処で起きている事を教えてくれてね。慌てて来たって訳だ」
「親切な人……?」
持ち慣れなさそうな剣を持ち、考え込む隼人。
其の様子を見るに、マキナの存在を彼は知らないように二人には思えた。
「ま、助けられる命があってよかったよ。だから辛いだろうが、――」
たらたっ。
カイトは素早く言葉を切ると、ヨゾラと目配せし合う。
ヨゾラは頷いて、二人で外に出た。漆黒の獣が何を嗅ぎ付けたか、見付けたとばかりに其の牙をヨゾラ達に向ける。
「カイトさん」
「ああ」
まだ一匹であるうちに仕留めなければ。
カイトが素早く前に出て獣を押さえ、ヨゾラがまるで星空を捏ねて練ったような泥に終焉獣を巻き込む。
――だが。
至近で戦闘が起きた事にパニックを起こしたのだろう。“境界線”を越えて女が駆け出そうとしていた。
其れを咄嗟に抑えたのはヨゾラだ。女は暴れ、押さえるヨゾラの腕に思い切り噛み付く。
「……ッ……!」
痛い。でも、話す訳にはいかない。
此処は安全地帯だから。此処に居れば安心だと、己は教えなければいけないから。
だからヨゾラは服の袖に血が滲んでも、女を決して離さなかった。
「だい、じょうぶ。大丈夫、だから」
ゆっくり其の背を撫でる。
怖ろしかっただろう。家族が殺されたのかもしれない。男はみな死んで、洞窟の外には訳の分からない獣がいる。其の恐ろしさは、ヨゾラが想像するよりずっとずっと強かった筈だ。
だからヨゾラは其れを吹き飛ばすために、女の背を撫でる。……徐々に女は大人しくなり、涙も涸れ果てた眼で夜空を見上げると――意識を失った。
「わっ、と、と」
「おっと」
完全に意識を失った人間の身体は予想外に重い。ふらついたヨゾラの身体を女ごとカイトが支えて、よくやったとヨゾラの頭をぽんぽんと撫でた。
「……あの」
「ん?」
「子どもじゃないんですけど」
そう言うヨゾラの顔は子どものように拗ねていて。
緊張が僅かに解けたのか、カイトはふは、と少し笑ってしまった。
●
「っ!!」
ネーヴェが雷撃を獣に向かって放つ。獣を穿った雷撃は肉を、神経を、生命を焼き尽くし、終焉獣は最初からいなかったかのように塵に帰っていく。
「ネーヴェさん、大丈夫か」
其の合図は“回復要請”だ。イズマは其の意を汲み取って、直ぐ傍のネーヴェに回復を施す。雷撃の名残か、光が生まれてネーヴェの傷をよりよく回復していく。
「ええ、……なん、とか。これくらい、大丈夫、です」
「……信じても良いんだな?」
「勿論」
彼女を見た目だけで判断してはいけない。そうイズマは思うけれども、其れでも彼女はまるで身を差し出すかのように敵の前に己を放り出して見せるから。だから再度問う。するとネーヴェは顔を上げて、笑みをイズマに向けた。
「此処で、お荷物になる訳には……いきません、もの」
「……ああ、其の意気だ。あと少しだ、人語を話す獣はラダさんが食い止めてくれている。頑張ろう」
そうして二人は立ち、残りの獣へと相対する。
『大丈夫か?』
「雲雀さん。ああ、俺もネーヴェさんも大丈夫だ。だが――」
『判ってる。ラダさんが食い留めてる獣、……まだ対話で済んでいる。今のうちに獣を掃除しよう』
福音が空から落ちて来る。
其れはイズマの傷を癒し、牙を剥いた獣を貫く、まさしく天罰とも呼べる光景だった。
「……」
ラダは銃を構えている。
銃身に震えはない。撃とうと思えばいつだって、相手の頭を、胸を狙って銃弾を放つ事が出来る。
だが、目の前の透き通った獣は未知数に過ぎる。己一人で立ち向かってよいものか、其の逡巡がラダの中で繰り返されていた。
『なぜ撃たないのですか』
まるで其れを見透かしたかのように、獣が言う。
「問いに問いを返すようで悪いが、ではお前も何故攻撃してこないんだ?」
『学んでいるからです』
「学んでいる?」
『そう。此処に生きるものを学んでいる。滅ぶものではあるけれど、我々は其のカタチをしなければ存在し得ない』
「……皮肉だな。滅ぼすものの姿を真似なければ存在すら出来ないのか」
『滅びは存在に依存するものだから』
其の言葉と同時。
透き通った獣の四肢がぼこぼこと鳴動した。
ラダの判断は早かった。素早く銃身を相手の四肢に向けると、弾丸を放つ。其の弾丸はうねうねと蠢く四肢に突き刺さったが、相手が動じる様子はない。寧ろ、まるで取り込まれるかのように銃弾は肉の奥へ奥へと仕舞われていく。
『ワタシと話をしてくれてありがとう。お陰でアナタたちの“敵意”と“戦い”を学習できた』
獣の身体。鹿のような細い獣の四肢。其処からゆっくりと肉が盛り上がり、ヒトの腰から上を形成する。其れはまるで、……まるでラダのような、半人半獣の姿。
長い髪が硝子細工のようにふわりと揺れて、『無貌のケンタウロス』は顕現する。
「――! ジグリ様!」
気付いたネーヴェが声を上げるが、獣が腕に噛み付いて彼女の動きを阻害する。
「大丈夫だ! 相手に攻撃の意思はない!」
咄嗟にラダはそう返したけれど、そうだろうかと僅かに不安がよぎる。
其の不安を拭ったのは、意外にも『無貌のケンタウロス』自身だった。
『そう、ワタシに攻撃の意思はない。今は。学んだことを噛み砕き、理解する時間が必要だ』
「……逃げられると思うのか?」
『アナタの弾丸を学習した。其の銃ではワタシを傷付けられない』
本当かどうか聞く前に、ラダは発砲していた。『無貌のケンタウロス』のみを狙ったにもかかわらず周囲制圧の如く範囲を蹂躙する攻撃は、しかし『彼』を僅かに傷付けるのみとなった。
『……まだ学習しきれていないようだ。矢張り学習の時間がいる。此処にいる仲間は捨てていこう、彼らにはもう可能性はない』
「――待て!」
『滅びとは身勝手なものだ。だからワタシは待たない』
其の鹿のような足は跳ねるように凄まじい速さで大地を書け、――ラダのサイバーゴーグルには、高速で遠ざかっていく影だけがセンサーに映っていた。
「……クソッ」
対話が出来るからと対話で引き付けたのが裏目に出たか。
其れとも最初から総力で潰しにかかっていれば状況は変わったのか?
いや、或いは彼が変化するものが変わるだけで、結果としては何も変わらなかったのかもしれない。考えるだけ無駄だ、もう『彼』は此処にいないのだから。
だからラダは怒りの矛先を向けるように、ネーヴェとイズマが引き付けた残りの獣へと銃を向けた。
●
――隼人。
全てが終わった後、戦況報告もそこそこに雲雀はタイニーワイバーンから降りると洞窟へと駆け出していた。
一つしか頭になかった。隼人。隼人。其の名前だけを必死に呼んでいた。
もう大丈夫だと、ヨゾラがネーヴェたちに回復を施している。
ラダが悔し気に、イズマとこれからの事を話し合っている。
そうして雲雀はカイトと一緒に誰かが作った境界線を越えて、避難民の所へ駆けつけた。
もう大丈夫だ、とカイトが言うと、――喜びだろうか。其れとも愛した者を失ったと確信した悲しみからか、誰かが泣き出して……雨のように其のすすり泣きは広がり、慟哭へと変わった。
其の中で一人だけ、泣きも笑いもしない青年を見て、雲雀の心臓はわし掴まれるような心地がした。
毎朝鏡で見る己と同じ顔。不似合いな剣をお守りのように抱き締めている其の姿は、
「――隼人!」
駆け出していた。
会いたかった。
声が聴きたかった。
触れたかった、触れて欲しかった!
話したい事が沢山ある、聞きたい事だって山ほどある、なのに声は名前を呼んだきり出てくれなくて。
人々をかき分けて、其の温もりを確かめるように彼を抱き締めて、雲雀はやっと己が泣いている事に気付いた。
「……雲雀」
隼人の声は穏やかだった。
或いは双子の間にしかない何かで、彼は気付いていたのかもしれない。此処に雲雀が来ていると。
「う」と「あ」しか出て来ない雲雀をゆっくりと抱き締め返して、隼人は其の背を宥めるように撫でる。
「――やっと会えた」
雲雀は其の言葉に、頷いた。
何度も何度も頷いた。
己独りだと思っていた。片割れはきっと別の場所にいるのだと諦めかけていた。
でも、やっと会えた。
双子の再会を見守りながら、カイトは洞窟入り口に背を預けて空を見上げていた。
「(アンタはこれを見て、笑っているのか。なあ、『依頼人』)」
今は少し大人しくしててくれ、とカイトはあの派手な依頼人を思う。
そして出来れば“サプライズ”とやらの始末も付けて欲しいと思う。ラダの報告を聞くに、其れは進化して去っていってしまったらしい。
滅びの足音は確実に世界に近付いている。カイトは今だけは其れに聞こえないふりをして、風が砂を転がす音を聞いていた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
マキナの真の邪悪さは、滅びの進化を『サプライズ』で済ませてしまう事にあるのでしょう。
滅びまでの僅かな間、兄弟水入らずでお過ごし下さい。
ご注文ありがとうございました!
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
リクエストありがとうございます!
●目標
終焉獣を撃破し、民間人を救出せよ
●立地
ラサにある野営地、夜です。
混沌の旅人や、家を持たない者のために作られた広い空間でした。
今は狼型終焉獣によってブラッドバスになっています。生きている者はいません。
生き残りの十数名(刻見・隼人さん含む女子ども、或いは戦えない男たち)は傍にある洞窟に隠れています。
なんとかして敵群をイレギュラーズに引き付けながら戦うと良いかもしれません。
●エネミー
終焉獣x15
???x1
狼型の真っ黒い終焉獣です。突如野営地を襲いました。
攻撃は爪と牙と単純ではありますが、1体の敵を群れで狙う各個撃破戦術を用います。この辺りは狼の生態とほぼ一緒です。
また、隼人さんが聞いたように『獣に語り掛ける知能を持った終焉獣』が少なくとも1体はいます。マキナのいう『マキナ自身へのサプライズ』は恐らくこの事でしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●マキナについて
リプレイには登場しませんが、恐らくこの戦場を見ている事でしょう。
●
此処まで読んで下さりありがとうございました。
アドリブが多くなる傾向にあります。
NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
では、いってらっしゃい。
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