シナリオ詳細
グランドピアノと熱狂する音楽家たち。或いは、ウィルインの静かで長いある冬の日…。
オープニング
●夜侯爵のグランドピアノ
「やっと届いたか。待ちわびたぞ」
海洋のとある港町。
船で運ばれて来た荷物を前に、イズマ・トーティス(p3p009471)は感激していた。
大きな木箱だ。
その中に納められているのは、1台のグランドピアノである。
“シュタインウェイ&サンライズ”。
古いものであれば、屋敷付きの土地さえ買えると言われるほどの高級品で、現存している数も少ない。音楽家の家系に生まれ、世界各地を旅してまわるイズマとて、過去に数回、触れたことがある程度の稀少品である。
「壊れないよう荷運び出し、搬入手続きを済ませ、盗賊や魔物から護衛して……やっとのことで、ここにまで持ってくることができた」
木箱を運び出す船員たちに睨みを利かせながら、イズマは今日までの苦難の日々を思い出す。大変だった。そもそもからして、“シュタインウェイ&サンライズ”があった屋敷の状態が酷い。
もう何十年だか、何百年だかも人が出入りしていない廃墟然とした侯爵屋敷の一室に、このピアノは置かれていたのだ。
幸い、湿気などに蝕まれてはいなかった。だが、経年による劣化は酷く、見つけた時にはすっかり埃塗れであった。鍵盤を弾けば、ボォン、と錆び付いた調律狂いの音を鳴らした。
そのような有様でさえ、音に深みがあると感じるのだから、なるほどやはり“シュタインウェイ&サンライズ”の職人たち……とりわけ、創成期の職人たちは非常に高度な技術と音に対する飽くなき執念を持っていたに違いない。
「まぁ、あちこち修理をして、調律を直して……弾けるようになるのはまだ先のことだろうが」
とにかく、現物の少ない名品をあのまま廃墟で朽ちさせるのが惜しかった。
そこでイズマは、裏に表に手を回しピアノを回収したわけだ。
港から遠く離れた丘の上に、白い屋敷が見えている。
この地を訪れる貴族や旅行客向けの別荘であり、現在は一時的に……と言っても、数カ月単位でだが……イズマが借り上げていた。
“シュタインウェイ&サンライズ”のグランドピアノ……壊れかけているとはいえ、適当な場所においては置けない。
楽器は演奏者を選ばないし、楽器は演奏される場所も、保管される場所も気にしない。
ただ、演奏者の操るままに音を鳴らすだけだ。
それでも、やはり“シュタインウェイ&サンライズ”のグランドピアノともなれば、相応の扱いをしたいと思うのが音楽家の心意気というものだ。
「……まぁ、問題はここから何だが」
グランドピアノを船から降ろして一時間。
イズマは非常に困っていた。
ピアノを別荘まで運ぶためにレンタルしていた大型馬車と人員が、不慮の事故により来られなくなってしまったからだ。
つまり、イズマは自力で港から10キロ近く離れた丘の上までグランドピアノを運んでいかなければいけない。
「加えて、この街の様子……どこかから情報が漏れたか」
思わず、腰の細剣に手を伸ばす。
暫く前からずっと視線を感じていたのだ。それも、敵意や殺意のある視線ではない。だが、明らかにイズマを……否、イズマが守る木箱を狙った視線である。
実のところ、イズマは視線の正体に気付いていた。
音楽家だ。
数日前から、港町には音楽家の姿が多かった。
ヴァイオリン、ハープ、ドラムにハーモニカ、オカリナ、ギター……果てはヴォイスパーカッションや吟遊詩人に至るまで、あらゆる演奏家たちが街のそこかしこで研鑽を積み、さらに高みを目指す己の技を披露していたのである。
「さすがは音楽の街“ウィルイン”と言ったところか……情熱的なことだな」
街中に響いていた演奏が……音楽が、今はすっかり止んでいた。
街全体が、静まり返ってしまったみたいに。
何のことは無い、つまり演奏家たちの目的はイズマが港に運び込む“シュタインウェイ&サンライズ”のグランドピアノであったのだ。
「この状態で人を近づけたくは無いし、万が一にも破損しては困る。盗まれるなどは言語道断……誰か、知り合いが通りかかるのを待つしか無いか?」
姿の見えぬ演奏家たちを警戒しながら、イズマは誰か、知り合いが通りかかるのを待った。
- グランドピアノと熱狂する音楽家たち。或いは、ウィルインの静かで長いある冬の日…。完了
- GM名病み月
- 種別 通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年12月17日 22時05分
- 参加人数7/7人
- 相談0日
- 参加費100RC
参加者 : 7 人
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参加者一覧(7人)
リプレイ
●海の音が聴こえる
“シュタインウェイ&サンライズ”のグランドピアノ。
古いものであれば、屋敷付きの土地さえ買えると言われるほどの高級品だ。『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が、海洋の港町“ウィルイン”へと運び込んだのがこれである。
イズマが運び込んだグランドピアノは、長く廃墟に遺されていたせいで壊れかけているのだが、それでも高級品であることに違いはない。ましてや、現存している個数が絶対的に少ないのだ。音楽の道を歩む者であれば、半壊したものでもひと目見たい、触れてみたいと考えるのは自然であった。
「つーわけだ。俺のダチの……名前なんつったっけ? まぁ、こいつがその……あー、なんだ? 何とかのピアノ? を弾きたいってんだ。ちょっとその箱、開けてくれよ」
「悪いことは言わない。同じ音楽家同士……争い合うのは無益だろう。この……何だったか? オラン? さん?? は腕が立つぞ」
「オラン……オランであってるか? オランさんは、あれだ。“シャーマナイト”? だかの戦士である」
『覇竜相撲闘士』オラン・ジェット(p3p009057)が、数人の音楽家とともに港に姿を現した。
なお“シャーマイト”はホストクラブだ。
「どれだけ互いのことを知らないんだ。そのくせ、不思議と目的だけは共有できているとは奇怪な」
イズマは呆れるやら、旋律するやら。
潮風に乗って、わずかに酒の匂いもした。
おそらくオランと音楽家たちは、酒の席で意気投合し、酔った勢いでグランドピアノを盗りに来たのだろう。
「グランドピアノが潮風で傷む。悪いが、箱を開けることは出来ない」
オランと音楽家たちを捲いて、イズマをはじめとした3人がウィルインの街を疾走している。台車に載せたグランドピアノを運んでいるのだ。
「すまない2人とも。だが、まだまだ音楽家たちの襲撃は予想される。油断はできないぞ」
「了解だよ」
『冬結』寒櫻院・史之(p3p002233)が腰の刀に手をかけた。
「俺もすこしはイズマさんの役に立ちたいからね。それに、荒事は得意な方だしさ」
台車を押す手を離した史之が、背後へ向かって刀を振り抜く。
空気を斬り裂く鋭い音。
次いで、金属同士のぶつかる激しい音が響いた。
火花が飛び散る。
「お……っと!? やっぱ不意打ちは通用しないか!」
いかにも楽しそうな様子でそう言ったのは、顔に派手なメイクを施した大道芸人だ。
不意打ちを防がれた『不死身のやられ役』ケドウィン(p3p006698)が地面に転がる。
近くで陽気な音楽を奏でていた音楽家たちが、イズマたちの進路を塞いだ。
「貴方まで敵に回るのか」
地面を転がるケドウィンへと、イズマが問うた。
「演奏家たちと仲良くなってな。それに、とんでもなく高いお宝のピアノにも興味があった」
ケドウィンの手元で、耳障りな音が響く。腕に装着したドリルが猛回転をはじめたのだ。
「ピアノはこっちで守っておく。想定外の破損なら少しでも防げるようにはしているが」
『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)が、通りの先へと視線を向ける。道を塞いだ音楽家たちの他にも、物陰や宿の窓から通りの様子を窺っている者がいる。
「って、オイオイ。面倒そうなやつらが来たゾ」
通りを見ていた大地が顔色を悪くした。
「フハハハ! 怪盗ブラックバード参上ぉ!」
「ピアノに興味はねぇが、面白そうだったからな!」
現れたのは『アネモネの花束』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)と『竜拳』郷田 貴道(p3p000401)であった。
どうやら彼らも、ピアノを狙って来たらしい。
●ピアノを巡る抗争
ベルナルドは酔っていた。
超絶にアルコールに弱い体質なのだが、何かの手違いで酒を飲んでしまったらしい。普段通りの衣服。顔には、そこらで拾った仮面に自分で色を塗り重ねたものを装着している。
酔っていても、流石はベルナルドと言うか……仮面に描かれているのは、極限にまで象徴化されたクロウタドリの絵では無いだろうか。
「それが件の……隠しても無駄だ。俺にはピアノの声が聞こえるぞ!」
一見すれば不審者のようにしか見えず、言葉を発すれば不審者度合はより上がる。
「お宝はいただいていく!」
クロウタドリの翼を模しているつもりか。外套を風に靡かせながら、ベルナルドが疾走を開始した。イズマや大地の目には、怪盗ブラックバードの正体がベルナルドであることは明らかだ。
徒手空拳ではあるが、イレギュラーズの身体能力は高い。酔っ払いとは言え、そこらの音楽家を退けるのに比べれば、あしらうのにも手間がかかる。
「ミーのことも忘れないでくれよ!」
加えて、今回は貴道も敵の側にいた。
「どうするべきだ? 貴道さんの腕力だと、台車なんてあっさり止められるぞ」
「後ろからオランさんも来る! 俺1人じゃ、4人も抑えきれないよ!」
「だったらいい考えがあるゼ。台車に乗レっ!」
困惑しているイズマと史之を促して、大地は台車に跳び乗った。
「どうするつもりだ?」
「幸いここは下り坂ダ! 貴道でも、加速のついた台車を止めるのは難しいだロ!」
そう言って大地は地面を蹴った。
下り坂ということもあり、台車はあっという間に一人でに走り始める。次第に加速していく台車から、グランドピアノが落ちないようにイズマと史之が左右から支えた。
納まる木箱は、ずれないようにしっかり縄で固定している。
多少、加速がついた程度で木箱が落ちることは無いだろうが……。
「考えたじゃないか! だが……っ!」
悲鳴をあげて逃げ出していく音楽家たちを横目に見ながら、貴道は下り坂の中央に立った。両の脚で地面を踏み締め、上着を豪快に脱ぎ捨てた。
寒い季節だというのに、貴道の肌は汗ばんでいる。ここまで走って来たからだろう。つまり、ウォーミングアップは済んでいるということだ。
両の腕が倍ほどにまで膨らんだ。
少なくとも、イズマの目にはそう見えた。
「どうするんだ、大地さん! 彼、受け止める気だぞ!」
「構わねェ! 轢ケ!」
台車に轢かれた程度で怪我する貴道じゃない。
大地はそう確信している。共に幾つもの戦場を超えた仲である。
つまり、これは信頼の現れであった。
「ぬ……おぉ!」
グランドピアノの重量、およそ250キロ。
さらに、イズマと大地、史之の体重を加えた合計約400キロの重量を貴道は真正面から受け止めた。
筋肉と骨が軋む。
地面に踏ん張る脚がズリズリと後ろへ下がる。顔を真っ赤に染めながら、限界を超えた膂力を発揮する貴道を見て、イズマは思わず感心していた。
「……凄まじいな。台車が減速しているぞ」
「感心してる場合じゃないでしょ。後ろからも追って来てる」
グランドピアノの襲撃者は貴道1人だけでは無いのだ。
背後から追って来るベルナルドとオランを始めとした数人の音楽家たちを一瞥し、史之は腰から鞘ごと刀を引き抜いた。
「失礼」
鞘に納まったままの刀を一閃。
強かに貴道の脛を打ち据えた。
「うぉっ!」
脛というのは、人体の急所の1つである。貴道がいかに鍛え抜かれた強靭な身体を持っていようと、脛への痛打がまったく効かないはずはない。
反射的に貴道は片足を地面から離し……結果として、台車の重さを支えることが出来なくなった。
「抜けた!」
「まだダ! ベルナルドが、台車のケツに掴まってル!」
道の脇に転がる貴道を追い越して、台車が坂を下っていく。
いよいよ加速も最大に達した。もはや無理矢理に台車を停止させることは、誰にだって不可能だろう。
だが、停止させる必要が無いとなれば話は変わる。
ベルナルドは、台車の後ろに片手をかけて、付いて来ていた。
「ついて来ているというか……引き摺られてるんだけど」
呆気に取られたという顔で、史之がベルナルドを凝視していた。
その目はまるで、理解の及ばぬ“何か異常なもの”を見るかのようだった。
仕方あるまい。引き摺られ、時には地面の上を跳ねながらも、ベルナルドは笑っていたからだ。酒に酔った蕩けた笑みを浮かべながら、土埃に塗れていたからだ。
「ど、どうすればいいんだ?」
「構わない。引き摺って行こう」
助けるべきか、落とすべきか。
判断に悩むイズマに対し、大地は酷くドライな言葉を返すのだった。
「ふははは! これしきのことで、ブラックバードは止められんっ!」
「……本人もあぁ言っているからな」
これだから、酔っ払いは性質が悪いのだ。
大地が零した溜め息は、誰の耳にも届かない。
下り坂というのは、いつまでも続くものではないのだ。
そして、下ったのなら、次は登るのが世の常であった。
坂道の終わりで、イズマたち3人は地面に降りた。全員が後ろに回り、台車を押す作業に移る。腕や脚にかかる負担が大きい。台車が進む速度が遅い。
下り坂や平坦道路と上り坂の大きな違いがこれだ。
運ぶ荷物が重たいほど、重力が動作の妨げとなるのだ。
「全力で守り、無事に別荘館まで運ぶぞ!」
イズマの掛け声に、大地と史之が呼応する。
なお、引き摺られて来たベルナルドは地面に倒れて眠っていた。気絶したのではなく、寝落ちしたのだ。きっと酔いが限界にまで達していたのだろう。
「グランドピアノってそれか? なぁ、ひと目でいいんだ。見せてくれよ」
「ついでと言っちゃなんだが、触ってみていいかな?」
「よければ弾かせてほしいんだが……駄目か?」
台車を押す3人の周囲に、ぞろぞろと人が集まって来た。
言わずもがな、そこら辺にいた音楽家たちである。いきなり襲撃して来ないのは助かるが、ただでさえ大変な思いをしているところに投げかけられる、遠慮も何も無い言葉。
イズマもいい加減、うんざりしていた。
いっそのこと、無理矢理に手を出してくれれば、容赦なく叩きのめせるのだが……まぁ、話しかけて来ただけの同業者を相手に、そんな無体も働けない。
「ピアノが直れば弾かせても良いが、今はまだ無理だ」
「まぁ、こんな状態じゃ仕方ないよな」
「上り坂だしな。あ、俺も押すの手伝うよ」
「あぁ、そうだな。変な連中に横から掻っ攫われてもアレだしな」
集まって来た音楽家たちの一部が、台車を押す作業に加わった。
どうやら彼らは、比較的、冷静な部類の音楽家であったらしい。もっとも、全員の狙いは共通してグランドピアノである点には何ら変わりがないため、油断は出来ないが。
少なくとも、上り坂は無事に超えられそうである。
「イズマさん。前方に音楽家たちが集まってる。どうやら別荘手前で防衛ラインを敷いているみたいだ」
空の高い位置から史之が言う。
ウィルインの街を抜け、別荘地まであと少しと言う地点でのことだ。
「何の防衛ラインだ。このグランドピアノは、俺が正式な手続きを踏み、万全の準備を整えたうえで運び込んだものだぞ」
「イズマもそうだが……音楽家たちも何か様子がおかしくないか? そのグランドピアノ、曰く付きでは無いだろうな?」
イズマをはじめ、音楽家たちはなぜこうもグランドピアノに執心するのか。
高価で貴重なものであるのは確かだとしても、些か過剰に過ぎないか? そんな疑問を大地は抱くが、考えても答えは出ない。
そもそも、考えている余裕が無いのだ。
「おうおう、ダチの頼みだ。そのピアノ、ここで開かせてくれよ!」
「先ほどは後れを取ったが、今度はそうはいかん」
立ちはだかったのは、オランとケドウィン。そして、10人前後の音楽家たちである。
「オランの奴、チンピラムーブがこなれてるな」
大地が零した呟きに、イズマと史之も同意であった。
「演奏家ならさ……自分の楽器に手を出されたらどう思うよ?」
道を塞ぐ10人の音楽家たちへ向け、イズマは静かにそう告げた。
その声には、確かな怒気が滲んでいる。
「俺は許せる自信が無いよ」
腰の細剣へ手をかける。いざとなれば、同業者相手でも容赦しない心算である。
「確かに、楽器とは命の次に大切なものだ。手を出されては許しておけない」
厳かな声で言葉を返し、前へ出たのはタキシード姿の男性である。
大きな身体に、低く良く通るバリトンヴォイス。きっと、声楽隊の出身だろう。
その外見、そして大きな声には、確かな威圧感がある。
「だが、聞けばそのグランドピアノは、とある廃墟から持ち出したものであると聞く。君の名も、トーティスの名も知っている。なるほど、確かに君はグランドピアノの持ち主に相応しいのだろう」
演技でもしているかのように。
男は大仰な仕草で両手を左右へ広げた。
「だが、我々とて長年探していたのだ。求めていたのだ。我々の行いは悪であろう……しかし、譲れぬ想いがあるのだということを、どうか理解してほしい」
男の目はぐるぐるしていた。
きっと、その言葉の通り、長い間 “シュタインウェイ&サンライズ”のグランドピアノを求めて来たのだろう。
その実物を前にして、きっと冷静さを欠いているのだろう。
「それにしても盗人猛々しいけどナ」
大地は呆れた。
それと同時に感心した。
あまりに堂々と、あまりにも良い声で宣う暴論には、不思議と「なるほど、そういう説もある」と納得させかねない説得力があった。
まぁ、気のせいなのだが。
●グランドピアノの行方
「調律とかそういうのは、プロがやるんだろ?」
「いつかイズマさんの演奏を聞かせてくれよ」
張り詰めた緊張の糸を断ち切り、前へ出たのは史之と大地だ。
2人の前進に、音楽家たちが騒めいた。
「2人とも……何を」
史之と大地は、イズマとグランドピアノを庇う位置に立っている。そして、その手は各々の得物にかけられていた。
戦うつもりだ。
オランとケドウィンを含めた10数人を相手に、2人だけで挑むつもりだ。
2人の考えを察し、イズマは困惑の声をあげた。
そんなイズマに、2人は言った。
「「ここは任せて、先に行け」」
男の覚悟を無碍には出来ない。
同時刻、貴道は道に転がったブラックバード……もとい、ベルナルドを回収していた。
「ヘイ。生きてるか?」
「……ん? あぁ、貴道か。なんだ? なぜ俺は道の真ん中で寝てるんだ?」
「覚えてないか?」
「覚えて? 何を? あぁ……そう言えば、星のきらめきを見た気がするが」
「案だけ引きずり回されりゃ、瞼の裏にスターの1つも散るだろうよ」
ぐったりしているベルナルドを引き摺って、貴道は酒場へと向かう。
一仕事を終えた後の酒が格別に美味いことを、貴道はよく知っていた。
空が青い。
冷たい風が心地いい。
地面に倒れたケドウィンは、程よい疲労感を楽しんでいた。盛大に地面に転がされ、身体の節々が少し痛いのが難点である。
「よぉ、アンタは何でピアノを盗りに来たんだよ?」
倒れたケドウィンに手を差し伸べつつ、オランが問うた。
その手を握り返したケドウィンは、いたって真面目な顔で答えた。
「なに、仲良くなった音楽家たちの頼みでな。そちらは?」
「似たようなもんだ。まぁ、失敗に終わったが……これから、憂さ晴らしに酒場に行こうって話してたんだが、アンタもどうだ?」
道のあちこちに転がっていた音楽家たちも、既に全員が復帰している。誰も重傷を負っていないし、彼らの楽器は少しだって壊れていない。
史之や大地が、上手くあしらった証拠だろう。
「……あぁ、自慢の大道芸を見せてやろう。それから、俺は歌も歌えるんだ」
その夜。
ウィルインの街では、一晩中、音楽が鳴り響いていたという。
後の世にまで語られる“ウィルインの眠らない楽しい夜”事件は、このようにして幕を開けたのであった。
長い、長い旅であった。
数多の困難を乗り越え、幾人もの音楽家たちと言葉を交わし、想いを交わし、ついでに名刺を押し付けられた珍道中も終わりが近い。
台車を押して、辿り着いたのは丘の上の白い洋館。イズマが借り受けている屋敷である。
「やっと、やっと安全な場所に運び込めた」
思えば、グランドピアノを見つけてから今日まで、気の休まる暇が無かった。
だが、それも今日で終わる。
今日で全てが報われるのだ。
「待っていろよ……すぐに俺が、また奇麗な音を出せるようにしてやるからな」
木箱の中のピアノに向かって、イズマは優しく語り掛ける。
まるで、子猫にそうするように、優しく、慈しみを込めて。
この日からしばらく、ウィルインの街の郊外で、まるでグールか何かのようにピアノを求めて徘徊している演奏家たちが散見されるようになるのだが……。
それはまた、別の話。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
無事にグランドピアノは別荘館に運び込まれました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただき、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
“シュタインウェイ&サンライズ”のグランドピアノを、丘の上の別荘まで運び込む
●ターゲット
・“シュタインウェイ&サンライズ”のグランドピアノ
とある依頼でイズマが発見した稀少な高級グランドピアノ。
現存する台数も少なく、古いものであれば、屋敷付きの土地さえ買えると言われている。
長く廃墟に放置されていたこともあり、演奏するには修理が必要となる。そのため、取り扱いには繊細さが要求される。
当然、乱暴に運ぶことなどもってのほかである。
●エネミー
・熱狂的な演奏家たち×多数
街中に潜伏している演奏家。
どこかから“シュタインウェイ&サンライズ”のグランドピアノが運び込まれることを聞きつけ、港町に終結していた。
彼らの獲物は“シュタインウェイ&サンライズ”であることに間違いない。
しかし、「ひと目見たいだけ」、「グランドピアノを弾きたい、触れたい」、「グランドピアノを奪いたい」など、各々で目的は異なっている。
そのため、現時点では端から全員を疑ってかかるのが良いだろう。
※演奏家、音楽家の性だろうか。ほとんどのものは、自前の楽器を持ち歩いている。
●フィールド
海洋。とある港町。
音楽の街“ウィルイン”。
スタート地点は港の片隅。
港近くの“演奏者たちの広場”と呼ばれる場所を抜け、大通りを直進。
楽器屋通り、宿野街、レストラン通りを抜け郊外へ出る。
その後、長い野道を抜けると、丘が見えて来る。
丘の上にある屋敷が目的地であり、総移動距離はおよそ10キロほどと長い。
※演奏家たちは、道中のどこにでも現れる。
※別荘屋敷のセキュリティは高く、運び込んでしまえばグランドピアノが奪われる心配はない。
動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。
【1】イズマに頼まれた
何らかの目的or偶然、ウィルインを訪れました。
港で困っているイズマさんを発見しました。
【2】グランドピアノの噂を聞いた
“シュタインウェイ&サンライズ”の古いグランドピアノという珍しい楽器の噂を聞いて、ウィルインを訪れました。
【3】休暇を満喫していた
休暇でウィルインに来ていました。音楽でも聴きながらのんびりしようと思っていましたが、何やら今日は静かです。
グランドピアノを巡る騒動
グランドピアノを丘の上の屋敷に運ぶに際して、皆さんが主に行う行動となります。
【1】グランドピアノを護送する
馬車は人力により、グランドピアノを運びます。当然、熱狂した演奏家たちが襲撃してきますので、上手く迎撃しましょう。
【2】演奏家たちの注意を引き付ける
熱狂する演奏家たちの注意を引き付けます。死人や重傷者が出ず、街や楽器を破壊しなければ何をしても構いません。
【3】演奏家たちと仲良くなる
演奏家たちと仲良くなりました。一緒に飲みに行ったり、演奏を聴かせてもらったり、グランドピアノを襲撃したりします。
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