PandoraPartyProject

シナリオ詳細

再現性東京202X:薄色黙思の訪ね人

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●影の者より君達へ
 深く。深く。
「誰か……」
 溺れる。溺れる。
「誰、か……」
 果てしない海のように。
 何者をも拒む泥のように。
「誰……」
 影が、人を飲み込んでいく。
 誰も通らなくなった道。
 古びた広告用の看板。
 飾りだけの街灯をぶら下げた柱。
 私達が何気無く通り、そして眼を向けないような場所。
 そこに、奴らは潜んでいる。
 じっと餌を待つ、海底の生き物のように。
 擬態した虫のように。
 通らなければ誰も襲われない。
 しかし一度通れば帰る者もまたいない。
 そこで奴らは待っている。
 誰をと訊くなら、それは――。


「この人を、探しているんです」
 その言葉と共に一枚の紙を差し出したのは、金城美弥子と名乗る女性だった。
 落ち着いた無地のネイビー色のワンピースは、カフェでもある再現性東京のローレットには妙に似つかわしくなく、美弥子自身の静かな雰囲気も相まって『普通の来店ではなく依頼に来たのだ』と察するのにそう時間は掛からなかった。
 年齢は三十代だろうか。色素の薄い髪と目尻のクマがどうにも印象的で、逆に言えばそこ以外は印象に残らない。
 座席に着いて机の上に差し出されたA4サイズの紙には、これまた薄い筆圧で精巧な似顔絵が描かれている。
 似顔絵と言っても誰にも紙の上の顔に見覚えはない。男か、女か。見る人によって判断が分かれそうな、中性的な顔つき。
 精巧だと思えたのは、その絵が傍目に見ても美しい線を辿っていたからだ。
「男、です」
 絵に集中する視線を掻い潜るように、美弥子はポツリと言葉を落とした。
 男の名前は弥奈月鏡也。絵柄からは十代か二十代、どれだけ高く見ても二十代後半と見える。比べてみれば、美弥子がより年上に思えた。
「此処を」
 彼女が薄っすらとした笑みを常に浮かべているのは、こちらを信頼している証なのか。それとも、依頼人としての印象を良く保ちたいからだろうか。
 美弥子は、再現性東京の地図上に指を添える。
 細長くて白い指。示したのは、大通りでも住宅街でもない一つの細長い線。
「調べて欲しいのです。この街の、何でもない路地裏。そして彼の行方が途絶えた場所。どうか、探して貰えませんか?」
 必要な言葉だけを、必要なだけ。
 美弥子は飽くまで依頼以外の言葉を口にする事は無い。
 ただ、淡々と。
 朧げな彼女の口からは、慣れ合いや歩み寄りなどを拒む一面すら伺える。
「準備が整いました日に、現場でお会いしましょう。一体『何処へ消えたのか』。私も探したく思いますし、ね。」
 美弥子は席を立つと、カフェ・ローレットの扉を音も無く開いた。
 机の上には紙上でこちらを見つめる男の顔。そして手が付けられなかった珈琲カップだけが残されている。


「怪しくない?」
 美弥子が立ち去って早々に、綾敷なじみの代わりに対応していた女性のイレギュラーズは口を開いた。
 雰囲気は余りにも謎に包まれている。結局、美弥子の素性なども一切聞けぬまま話は終わってしまった。
「でも、弥奈月鏡也って人が行方不明になってるのは本当みたい。それに、金城さんが言ってたここ」
 女性のイレギュラーズが地図上の一点に丸印を付ける。先程、美弥子が示した場所だ。
「最近、近辺で学生の人達が行方を眩ませてる場所だね。確か通行止めになってたハズだけど……」
 その理由は付近の建物が廃れ、使われなくなった道が劣化しているからだ。
 補装の為に一時通行止めになっていたようだが、そのまま手が付けられずに今でもそのまま捨て置かれているらしい。
 街灯も当の昔に切れ、わざわざ暗い道を選ぶような人も居ない。
 だが、この一本道を挟んで向かい側が学校になっている為、急いでいる学生がたまに通ったりしているようだ。
 弥奈月鏡也がその学生の一人なのかは判らない。美弥子は、それすらも言わずに去ってしまった。
「他の場所と比べても、行方不明の場所として一番怪しいのはここ……かぁ。噂じゃ『影に襲われる』なーんて話も有るみたいだし」
 影、と聞いて幾人かのイレギュラーズは反応を見せたかもしれない。
 数か月前の話にはなるが、天義にもそんな特徴を持つ敵が現れたからだ。
 だが、恐らく今回の件には無関係であろう、という前提で女性は話を進めた。出現するにしても、何故今更という話でもある。
「これまでここで体験してきた経験上、噂ってのも馬鹿には出来ないしね。もしこの噂が広まったら、他の場所でも発生するかもしれないし」
 女性のイレギュラーズは何か悩みながらも視線をこちらに向けた。
 どうやら、彼女には別の用件が有るようだ。この依頼を処理するなら、改めて人数を集う必要があるだろう。
「……取り敢えず、調査、してみる?」
 皆に言葉を投げた後、女性は「勿体無い」と飲まれなかった珈琲に口を付けた。

GMコメント

●成功条件
金城美弥子が示した路地裏を調査し『影よりのもの』を討伐する。

※オープニング中では弥奈月鏡也の捜索とも取れますが、シナリオ自体の成功条件は出現した敵を全滅して頂ければ達成です。
弥奈月鏡也については発見、未発見に関わらず、どちらかを報告するだけでも大丈夫です。
(報告しなくても失敗にはなりません)

●敵情報
・影よりのもの×8
(『影』などと略称して頂いて大丈夫です)

現場の路地裏で影の中に潜む夜妖。
例え暗闇の中でも、周囲から漏れる僅かな光源から出来た影の中に潜んでいる。
影の中から姿を現す時は流動体で、実体を持っているので物理的に干渉可能。
形としては人間の親指のようなフォルム。ただし、間接などが有る訳ではない。
不定形な姿であり、攻撃方法は影を鉤爪のように変えて犠牲者を裂いてくる。
また、影自体が相手に纏わりつく事で『窒息』させてくる事もあるかもしれない。
特性として近いのはスライムだろう。
流動体という事もあり、物理的な攻撃は少し効きづらいかもしれない。

影達は、こうして相手に纏わり続ける事で犠牲者を自分の影として取り込んでいく。
取り込まれた犠牲者は新たな『影よりのもの』として生まれ変わるのだ。
新たな影に生前の面影は残らず、他の影と姿形が同様になる。

●ロケーション・現場
再現性東京・夜。
昼間に訪れても大して変わったところは見受けられなかった事から、調査は夜に行われる事になります。
また、現場に到着した時ですが、金城美弥子は『来ません』。
皆様にはそのまま路地裏を調査して頂く事になります。金城美弥子が来ないまま調査を始める事は、オープニング中の女性イレギュラーズから「取り敢えずそのまま調査して大丈夫」といった感じで伝えられますので、ここを特に気にして頂く必要は御座いません。

到着後、路地裏を進む事で『影よりのもの』が貴方達を襲う事になります。
普段は影の中に潜んでいる為、強襲には注意しましょう。

また、現場で弥奈月鏡也の痕跡を探す際には、戦闘以外の行動によっても何かを発見出来る可能性があります。

●依頼解決後について
もしこの依頼を首尾良く解決した場合の話ですが、その報告を受ける相手は代理の男がやって来ます。金城美弥子は姿を現しません。
この男は「彼女に頼まれただけで何も知らない」と言うでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

----用語説明----

●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

  • 再現性東京202X:薄色黙思の訪ね人完了
  • GM名夜影 鈴
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年12月24日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール
瀬能・詩織(p3p010861)
死澱
レイテ・コロン(p3p011010)
武蔵を護る盾
安藤 優(p3p011313)
君よ強くあれ

リプレイ


 明かりの落とされた部屋の中、彼女は瞳を閉じて机と向き合う。
 机上には五十の筮竹と一つの筒。
「子の刻……」
 白の袖口が、その中から一本を抜き取り筒の中へ。
「南南西より……」
 更に四十九の筮竹を左右に分け、徐に八本が選別される。
 残された最後の筮竹を目で数え、その女性の口からは疑問が零れ出た。
「北へ……?」
 結果を呑み込むように、八人が集ったのは再現性東京の夜。
 時刻、午前零時八分。
「北へ、ですか……」
 『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)はそう言うと、現地の路地裏奥を見通した。
「ええ、向かうべき時刻と方角、占ったのはそれですが」
 言葉に応える『死澱』瀬能・詩織(p3p010861)は同じく路地を見遣った。
 行方不明者は通常なら他の人間の案件だ。特にこの練達では。
 しかし情報を聞くに原因は通常では無い。
 それはこの路地に到着した詩織が見た陰鬱さからも察せられるだろう。
「……成程。『神隠し』の類であれば、概ねは夜妖、私達の領分ですね」
『影に襲われる』
 言葉だけ聞くと色々と解釈出来そうだ、と『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)は小さな鳥を召喚しながら感じていた。
「影は当然自身に付随するもので、それに襲われるというのは自己対話の比喩であったり、何者かによる成り代わりであったりしますが……」
 珠緒は続く言葉を脳内で今一度巡らせる。
 成り代わりであるというなら、誰かの前に現れても良い筈だ。行方不明という部分が少々引っ掛かる。
 端的に言うと、怪異としては半端な印象だ。
「……嫌な空気ですね」
 やけに暗く見えるこの場所に何かを感じてか、『探索者』安藤 優(p3p011313)は一言添えた。
 と言っても、見ただけで何かが変わっている訳では無い。寂れてはいるが、何なら二つ手前の路地の方が荒れていた。
 本当に、この場所で?
「影に襲われるねぇ?」
 既に路地に足を踏み入れている『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)。考えるよりまず行動。
「とりあえず行ってから考えりゃいいのよ、あっはっはー!」
 と強風に出された風車のように笑っている様子からも、行ってみれば何とかなる! 感が溢れ出ている。
 実際、戦う事に関してやればどうとでもして来たのだろう。実に彼女らしい。
 依頼人が何を言っているのかは実のところよく解っていない。
「露骨に怪しいですよね?」
 そう誰にともなく訊ねる『新たな可能性』レイテ・コロン(p3p011010)。
 先入観は良くないが、と自分に言い聞かせはするものの、彼の言う対象は紛う事なく金城美弥子の事だ。
 謎の連続失踪事件、それに付随するように現れた今回現れた依頼人。
 不帰の路地裏、まさに絵に描いたようなホラーだ。
 それに、とレイテが視線を向けるのは詩織。
「……何か?」
「いえ! なんでも!」
 レイテは慌てて視線を前に戻す。
(そして瀬能さんが居ると更にホラー度上がるとか、口が裂けても言えないけど……)
 大丈夫だ、貴方の代わりにバッチリ書き残しておいた。
 ともかく、謎なのは依頼人。
 ハッキリ言ってしまうと『美弥子の目的すら定かではない』と瑠璃は感じている。
 探し人が目的なのか、それとも。
「……生贄を求めてか」
「考えてもって部分はボクも同意」
 ポツリと、瑠璃の落とした言葉を継ぐように黒髪を揺らし、京と並んで意気込むのは『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)。
「怪しいからこそ、ボク達イレギュラーズの出番ってものよね」
 何が待っていようと跳ね除け、原因を突き止める。
 自らに光源を付与した蛍の横で『無尽虎爪』ソア(p3p007025)は瞳孔を細めて路地を注視した。
 虎の精霊として得意とする暗闇にも適応した視界、そしてイレギュラーズとしての透き通す瞳力で集中する。
 途端、身体の表面に妙な滑りのような質感を得て、ソアは前に屈めた姿勢を戻した。
「ここに『何か』いるのは間違いなさそうね」
 それは、言葉では言い表せないものだった。
 不条理で、不適合。
 不浄で不快。
 一体、どの言葉を当て嵌めるのが適切なのだろうか。
 優は静かに頷いてみせた。
「分かります。『ここには、なにかがいる』って」
 目線を路地から地面に落とし、優は小さく続けた。
「あの時も、そうでしたから……」
「あの時ぃ?」
 振り返った京の明瞭な声に、優は思わず身体を少し跳ねさせた。
「い、いえ! ハハ、一体僕は何を言って……あ、いえ、それよりそんなこと考えてる場合ではありません」
 自分でも気付かぬ内に口走ってしまったのだろう。
 優は気を取り直すと一歩を踏み出す。
「弥奈月さんを探さなけれ……」
「あの、ちょっと良いかしら」
「……ば……」
 その時だ。不意に皆が後ろから声を掛けられたのは。
「依頼人が来てないって聞いたけど……アナタ達が担当の人達?」
 ロングの黒髪、タイトスカートの下にスパッツ。切れ長の目はやや不機嫌そうで、腰には細身の剣を装備しているのが見える。
 二人だけではなく、皆の思うところを言えば『誰だ?』だろう。
 それに答えるように、女性は憂鬱そうに口を開いた。
「情報屋の代わりに依頼を一緒に聞いた女の子、居たでしょ? その子が来られなくなったから、アタシが連絡係」
 と述べると同時、一枚の小さな手紙を突き出した。
 内容は、短く纏めるとこうだ。
『取り敢えずそのまま捜査を進めて! 影にはくれぐれも気を付けてね!』
「わざわざ、手紙を?」
 珠緒が訝し気に問うと、女性は頷く。
「いきなり関係無い人間が来たら疑っちゃうでしょ? だから直筆の手紙を頼んだの! はい、じゃあちゃんと渡したし、伝えたからね!」
 颯爽と踵を返し、その女性は去って行く。
「影、ねぇ」
 ソアが呟いた横で、瑠璃は眼鏡の鼻あて部分を軽く指の背で押し上げた。
「依頼人の目的が何であれ」
 忍者刀、霞斬を抜き、足を向けるは暗がりの一本道。
「この場所での人探しを頼まれた以上は、やり遂げるのみです」
 その過程で降りかかる火の粉なら、燃え広がることの無いよう徹底的に叩き消すまで。
 例え、何が待ち構えていようとも。


 午前、零時二十一分。
 路地裏に人の光が差し込む。
 手段は三つ。
 一つは先述した蛍の光纏い。そしてこれは、優も同じく。
 位置としては二人の案を考慮すれば必然的に最後尾になろう。
 二つ目に瑠璃が等間隔に点けている松明の火だ。
 勿論、周囲は自身の結界によって保護されている。二次被害にはならないだろう。
 三つ目に、京のギフト、超人肯定(炎)。
 生命力を炎熱へと変換する元来よりの能力。繊細な制御を求められる為に火力としては小規模だが、灯火として扱うには充分だ。
 京達の光源には視界確保以外にも意味が有る。
 影の中に潜むという夜妖。即ち、光源で影の出来る部分を減らし、出現場所を予測する。不意打ち対策だ。
 複数の光源に照らされ、その中で瑠璃とソアは眉根を潜めた。
 何も、無い。
 確実に何かが居る。だが何も、感情による情報が得られない。
 恐れや敵意を持ち合わせていないのか?
 珠緒とレイテが前後に音波の波を当てるも、返ってくるのは無機質に乱雑する看板や壁の位置のみ。
「……場所、合ってますよね?」
 と瑠璃が思わず問いたくなる程の静寂。
 同じく俯瞰視点で探る優は、ふと視線を横にずらした。
「そっちに何か有った?」
 問うたソアに、優は首を横に振る。
「もしや、探されているのは依頼人……ですか?」
 詩織が更に問い掛ける。
 優は決まりきった様子でそれに答えた。
「だだ、だって、どう考えても怪しいですよ。ぼく達のことをどこかで観察してるかも」
 彼女と影。関係しているとしたら、何なのだろうか。
 半端な印象だと感じていた珠緒は、この一見単純そうな依頼に一層顔を引き締めた。
「得てして、半端者ほど加減も効かないものですし……覚悟の上、調査しましょう」
「でも、全然出ないね。文字通り、影も形も」
 蛍の言葉に京が続く。
「ガセ掴まされたって訳じゃないわよね?」
 瑠璃の配置した松明と合わせて、照らされた分だけまた影が向こうへ伸びていく。
 気付いたのは、鳥の視点から全体を見下ろしていた珠緒だった。
「みなさん! その影……!」
 愛する者からの喚起。蛍は迷わず身構えた。
 些細な違い。だが、蛍と京、瑠璃と優、四人の光源で起こった違い。
「『自分で光から逃げて』ます!」
 京の目の前に伸びた柱の影、そこだけ他の影より動くタイミングが早い。
 珠緒が気付いたと同時、影が波のように膨れ上がる。
 瞬時に反応したのは珠緒、連鎖して蛍。そして闇に眼を凝らしていたソア。
 京に向けて闇から具現する鉤爪、その周囲を珠緒の動きに合わせて舞う桜の花弁。
 結界の中に舞い散る幻想が、影に対して蛍への強制的な注視を行わせる。
 獣と遜色ない爪の打撃。蛍はそれを防ぎつつ、眼鏡越しに京に視線を向けた。
 ソアの雷撃が影に降り注ぐ中、限界突破のコードプログラム、そしてそれを最大適用する為の最適化を施し、京はその横に並び立つ。
 大丈夫だ、彼女に損傷は見当たらない。
「ナニモノだか知らないけど……」
 代わりに。
「アタシに喧嘩売ってんのは分かったわ」
 少々、火を点けてしまったようだが。


 影がそこかしこから湧き上がってくる。
 蛍の結界が発動したのを見てその最も奥に居る影まで駆け、珠緒が抜刀。その刃先から放たれる呪いの光波が影達を蛍の元へ、彼女の展開する結界の範囲内へと吹き飛ばす。
 影はずっとここに潜んでいたのか。その風貌は余りにも形容し難い。
 粘土のような質感をしておきながら、影は透明な容器に出入りしているかのように自在に伸縮を繰り返している。
 敢えて例えるなら人間の親指。その腹には二つの丸い光が宿っており、その下が時折開閉している事から目と口に当たる部位が有るのかと推察する事が出来た。
「……生き物?」
 数秒先の被弾位置を予測したレイテが、その爪を躱しつつ影達に言葉を投げる。
「で、あれば話は早いのですが」
 固まった影達に瑠璃が送るのは鉛の一斉掃射。
 その真後ろで何かが砕ける音。燃え滾る京の足元が窪んだ、刹那。
 誰かが音に反応する前に、彼女の足は既に影へ跳んでいた。
「出てきた奴を片っ端からぶちのめすわ! どいつもこいつも相手してやるから掛かってらっしゃい、蹴り飛ばしてあげる!」
「影より湧き出す夜妖ですか……」
 死穢を纏わせた髪による障壁、それを展開させてれば伸縮自在の斬糸となって影達へと絡みつく。
「では安直では御座いますけれど、夜影と仮称致しますね」
 死の淵へ導く黒髪が、影らを斬り裂き乱れ遊ぶ。
 何処かで誰かの心臓が人知れず跳ね上がった気がするが、決して貴方がたではないだろう。
 その戦闘状況を冷静に分析して。
「きょおきょきょ距離よよよぉし、しゃ、射線上もよし!」
 冷静には程遠い言葉と共に、優は不可侵の刃で影を斬りつける。
 影と言っても、主な攻撃手段は形を鉤爪に変形させての斬り裂きだ。
「まだまだ、いける!」
 自身を鼓舞し、珠緒の剣閃と共に四体を相手取る蛍も、それに耐えきれるかと言われればこれまで多くの修羅場を潜ったイレギュラーズ。耐えれるだろう。
 だが、その攻撃方法は一つでは無かった。
「う、わっ!?」
 蛍と分けて二分割で敵を請け負ったレイテ。二匹目を躱したところで、突如頭上から影そのものが降り掛かる。
 まるで上空で水中に溺れたかのような感覚。
 すぐに解かれたのは。
「びりびりどーん!」
 放たれた、ソアの雷撃が影だけ焼き切ったからだ。
「……ぷは!」
「平気?」
「……お陰様で! ですが……」
 更に飛び掛かる影を、二人は二手に横跳びで躱す。
「アレは気を付けるべきかと!」
「おーけー!」
 流動体のように形を変え、誰かを飲み込まんとする。
 その身体に物理的なものは中々効いている様子が無い。
「物理の効きが悪いなら、もっと強い物理で蹴り抜けば良いのよー!!」
 それをもって尚、京は火力を沸騰させた後に更なる蹴り技を影に叩き付ける。
 百が駄目なら二百で殴れば良い。
「パワーよパワー、世の中は大体押して押して押しまくれば何とかなるのよ、あっはっはー!」
 言葉通りの単純な火力の暴力。して、それを繰り出しながら京の顔は何故か曇り出した。
「あー、恋もコレくらい簡単にいかないかなー! いかないかなー!!」
 最中に脳内を横切る誰かの顔。
「何よー! アタシに魅力が足りないなんて言わせないんだからねー、アタシ知ってんだからねー、アタシの胸とかお尻とか脚とかチラッチラ見てんの知ってんだからねー!」
 心なしか、彼女を纏う炎が一層強くなった気がする。
「あー、なんだよテメェらまじイライラしてる時に現れやがって死ねクサレ影ども!」
 まぁ、何かが京の逆鱗に触れたのは間違いないだろう。
「八つ当たりだぁ? 知らねーよ馬鹿野郎!!」
 それはこちらも本当に知らない。
 影達が真っ直ぐな暴力に晒される一方で、敵が纏まっているのを見た優はそこへ急接近、放つのは黒い人魂を模した魔力弾。
「あアア当たれえぇぇ!!」
 自身の命中率を補うように零距離から放たれたそれが、容易く影を吹き飛ばす。
 攻撃を免れた影を襲うのは、詩織の残穢である。
「重ねに重ね、光も通さぬ程にこの穢れの髪で包み込みましたなら」
 奴らとて簡単に影の中には逃げ込めない筈。
 霊魂喰らいの栄養素とすべくか、詩織は少しの笑みを漏らす。
「……残穢 『死切髪』」
 包まれた影の身体が弾けるように崩れていく。
 どうか食べ甲斐の有る霊魂を。
「逃して一体なりとも『食べ損ねる』のは、勿体ないですものね?」
 中身は何も入っていない。
 それは、敵の内部を音波で探った珠緒にも理解出来た事だろう。
 黒、黒、黒。外も中も果てしない黒に染まった影。
 飲み込まれるといっても、我々の食事とは違うものなのか。
「がお!」
 蛍へ仕掛ける影の前に突如、金色の髪が立ち塞がる。
 既に本能は解放済み。なれば与えるは必殺の一撃。
「逃がさないよ」
 動いた影に襲う虎の一撃、その横では最大効率の回転で味方を援護する蛍。
 それは技だけに留まらず。彼女が発する光源は敵の移動範囲まで限定している。
 瑠璃の掃射が影に突き刺さり、蛍が右へずれる。
 影も合わせてそちらへ……いや、これは。
「参ります」
 手を添える構えを取る珠緒。そこに形成される血刀、藤桜剣・契。
 目の前の直線上には二体の影が並ぶ。
 誘導か。
 気付く前に、珠緒は刀を抜き払う。
 閃く一振り。そこから発した剣閃は、まさに、砲撃そのものであった。
「……一気に吹き飛ばしましたね」
 周囲に他の影が出現しない事を確認し、瑠璃は戦闘終了の合図の代わりに言葉を送る。
 思ったより手応えが無かった。というのが正直な感想かもしれない。
 しかし、目的はもう一つ有る。
 それを思い出し、優は再び広域を見渡す目に切り替えた。
「……ん?」
 何か、何だ?
「どうかされましたか?」
 小首を傾げる瑠璃に優は答える。
「いや、何だろうこれ……財布? ちち、近くです」
 それは、柱の側に落ちていた。
 中身には多数の身分証明書。それに、小銭が幾らか。
「ねぇ、ちょっと……それ」
 京が一枚のカードに反応する。
 そこに書かれていたのは『弥奈月鏡也』の名前。
 だが。
「これは……」
 レイテが訝しむ横で、詩織はその中の小銭を六枚ほど地面に並べた。
 易占。
 弥奈月鏡也に示された結果は。
「……火風鼎、ですか」


「金城さん来なかったねー……?」
 結局、あの財布以外に持ち主を特定出来そうな物は落ちていなかった。
 合わせて当人不在を訝しみ、ソアは一つ息を吐く。
「……どうも」
 カフェ・ローレットに男が入店したのは、その時だった。
 すかさずソアは詰め寄る。依頼後の報告に立ち寄った八人の視線を集め、男はすぐにたじろいだ。
「金城さん、どうして来ないの?」
「し、知らない! 俺だって、ここで結果だけ聞いてくれって頼まれただけなんだ!」
「あなたはだあれ?」
「ちっ、近くの商店街の店主だよ! ミヤちゃん、これ聞いて来るだけでお礼しますからって……それで……」
 ふむ、と眉を上げたソアは、更に一つ質問を追加する。
「あなた達は弥奈月さんとどいういう関係?」
 途端、男の顔は疑問に満ちた。
 そこにあったのは純粋な困惑。
「……し、知らない。誰だ、弥奈月って」
 瑠璃が感情を探知したなら、そう判断出来るだろう。
 その瑠璃の読み通り、この男性は似顔絵の顔とは全く一致していなかった。
 いや、それどころか、問題はその似顔絵に有ったのだ。
「……この絵、ですが」
 珠緒が机の上の似顔絵を手で寄せる。
 その横に、蛍は先程の身分証明のカードを添えた。
「結局、金城さんは影達の『餌の与え手』だったのか、それとも事件解決への影の支援者なのか」
 レイテはその二つを見比べながら顎に手を添える。
 蛍もそれに倣うと、美弥子に対して疑念を募らせただろう。
「身分証明の顔と似顔絵……全然違うよね」
 何故、美弥子は全くの別人を探させようとしたのか。
 そもそも、こうなるとこの似顔絵の男は存在するのか?
 代理の男が出て行った扉を振り返り、レイテは静かに眉を寄せる。
「うん……また関わる事になりそうかな」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

大変お待たせ致しました。
依頼完了、調査も含めてお疲れ様でした!
あの、最初にちょっと宜しいですか!
私プレイングを頂くまで全く気づきませんでしたし、オープニングや詳細もまっっっっったく意図してなかったんですが、『夜に現れる影』で「確かにそうだね!」と一人で爆笑してました。
攻撃される度に何か心臓とかが痛かったです。

イレギュラーズとしての依頼への対応、そしてイレギュラーズならではの探索方法、有り難う御座います。
何かたまには純粋な戦闘以外もやってみたいな、と思って依頼させて頂きました当シナリオ、如何でしたでしょうか。
結果、彼は見つかりませんでしたが……さて、依頼人は一体何者だったのでしょうか。
真相は影の中。これはこれで混沌世界の不思議としての幕引きになるかもしれません。

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