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シナリオ詳細

<神の王国>誰の為に生きたのか

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ある『魔女』の追憶
「あはっ♪ 本気かしら?」
 暗がりの聖堂、傲慢にも祭壇に腰を掛けてオルタンシアは笑う。
 月明かりに照らされる白髪が揺れている。
 深く何かを見通すかのような瞳が向けた先で、修道女は静かに目を伏せている。
 年の頃は50代も半ば――或いは、60も手前か。
 疲れたようにも見える顔には知識の目が覗く。
「えぇ。最期の願いです。御姉様……貴女を救えなかった不肖の妹が最期に願うのは罪でしょうか?」
「あはっ♪ 内容はともかく、仮にも修道女が願う先が私なんてね」
「それでも、御姉様にしか頼れないのです。あの原石が壊れてしまう前に、どうか、あの子の為に」
「――まぁ、良いわ。貴女も辛かったものね? 私が表の歴史から消えた後、随分と苦労したのでしょう?」
「私の苦労など、どうでもいい事です」
「――ははっ♪」
 目を伏せた『健全なままに死にゆく修道女』は、きっと自分よりも遥かに『聖女』と呼ぶに相応しい子だった。
「ねぇ、■■■■。その願いを聞き届けましょう――もっとも、私(魔種)が聞き届けるのですから、真っ当な方法にはなりえぬこと、分かってるわね?」
「えぇ、もちろんです――あの子は、御姉様に似ている。『全うではない方法程度』の理由で砕けるほど柔ではありませんがね?」
「あはっ♪ それは楽しみにしておくわ? 自分の目が耄碌してないことを祈ってなさいな」
 懐かしい記憶を思い出して、オルタンシアは微笑みを刻む。
 ――あぁ、全く。柄にもないことをしていた。
(……■■■■、貴女の約束は守りました。
 ここから先、フラヴィアがどう思うのかなんて私には興味もないけれど)
 第二の生は、十分に謳歌した。
 世界を渡り歩き、どこまでも自分勝手に生き抜いてやった。

 ざまあみやがれ、私をこんな風にした神(ルスト)様め。
 忠誠(おんぎ)を台無しにしてやるわ。だって、私は傲慢だもの♪
 ――迫る死は、一度経験した。だから、それほど怖くない。
 ここまでは満足のいく人生だった。
 だから――最期まで満足のいく人生で居させてね。

●二人目の『先生』
 聖都『フォン・ルーベング』郊外にある駐屯所にてイレギュラーズは集まっていた。
「すぅ、はぁ……えへへ、少しだけ緊張しますね」
 ぎこちなく、フラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)が笑う。
 集まったのはフラヴィアの持つ魔剣の最終調整のためだった。
 既に日は沈み、辺りには空には星々が、家々からも光が灯り始めていた。
「それじゃあ……やってみますね」
 静かに腰を落として、フラヴィアが剣を構えた。
 光が無ければそのまま夜に溶けてしまいそうな黒剣に、熱が帯びる。
 美しき星々の光が、黒剣を夜空のように明るく照らして、それはフラヴィアの身体をも包み込んだ。
「……ふぅ、ど、どうでした?」
 剣を振るうことまではせず、小さく息を漏らして構えを解いた少女が心配そうにイレギュラーズを見た。
「ええ、大丈夫じゃない?」
 オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)が微笑みと共に言えばフラヴィアは安堵の吐息を漏らして微笑み。
「ふ、フラヴィアちゃん、大丈夫だった? 苦しいとか、痛いとかは……」
「うん、大丈夫。調整をしてもらう前に比べれば、ずっと楽だよ」
 心配そうに寄り添うセシル・アーネット(p3p010940)にフラヴィアは自分の手を握ったり開いたりしながら頷いて見せる。
「ルーナ様の外付けのAURORAが間に合うかどうかは難しいところですね……」
 トール=アシェンプテル(p3p010816)も悩まし気に語る。
「それは……少しでも皆さんのお役に立てるのなら、何だって嬉しいですが、無理をしていただくわけにもいきません」
「ところで、必殺技の名前は決まったでありますか?」
 そこへ話を切り替えるようにムサシ・セルブライト(p3p010126)が声をかける。
「それもそうですね。フラヴィアさん、決まりました?」
「あはは……まだ悩み中です。どういうのがいいのかも分からなくて……」
「…フラヴィア……オルタンシアのこと…どう思ってる……?」
「どう、ですか……?」
 レイン・レイン(p3p010586)はふと問いかけてみる。
「フラヴィアが…何を思って…オルタンシアと戦うのか…思って」
「そう、ですね」
 暫くの沈黙の後、フラヴィアはふと空を見上げた。
「……私、誰かを守るために剣を振りたいんです。
 大切な人を、守るための剣を……でも多分、あの人に限っては違う気がしてて」
 満天の空がそこにはあった。
「……オルタンシアが私を見る目はまるで『心配』と『羨望』と『見守る』ような物でした。
 私、あの人に、私を見てほしいのです。一太刀でもいいから、入れてやりたい。
 これはきっと、師匠を越えたいっていう気持ちなんだと思います。
 大切な人がいるから、死にたくはないけど、少しは無理をしてでも」
 そう言ってイレギュラーズを見た少女の目は満点の夜空にも負けぬくらいに輝いて見えた。

「そうね、いいと思うわ。でも気負いすぎないでね? ここには私達もいる。みんなで勝ちましょう」
 セレナ・夜月(p3p010688)はそう言ってフラヴィアの手を取った。
「念のためもう一度、お呪いをかけておきましょうか」
「……ありがとうございます、セレナさん」
 驚いた様子を見せたフラヴィアの手に、夜の魔女は呪いをかける。
「なら、私達もフラヴィアさんに負けないぐらい輝いてオルタンシアに見せてやりましょう」
 そう応じたトールに、フラヴィアも「負けませんから」と小さく微笑んだ。

●打ち捨てられた聖堂にて
 美しい聖堂の内側で説教台にもたれかかっていた白髪の美女がその口元に笑みを刻む。
「はぁい、元気だったかしら、地の国の英雄さんたち……彼は亡くなったらしいわね」
 その女は――『熾燎の聖女』オルタンシアはイレギュラーズに向けてゆるゆると手を振った。
「残念だけれど、仕方のないことね。きっと、彼自身の思うままに生きたのでしょう」
 オルタンシアは少しばかり目を伏せてそう告げると、その視線をマリエッタ・エーレイン(p3p010534)に向けた。
「貴女は無事に帰ってこれたみたいで良かったわね」
「えぇ、おかげさまで……貴女の命を死血の魔女が送ってあげられる」
「ふふ、それは良かったわ。貴女にしろ、そっちの子たちにしろ、心地いいわ。
 2度目まで誰かに扇動された飾り物の悪意で死ぬのはうんざりだもの」
 そう言うと、オルタンシアは説教台の上に置かれた容器に触れる。
「……オルタンシアさん、それは何ですか?」
「これ? これはね、『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』と呼ばれる代物よ」
 ユーフォニー(p3p010323)の問いかけに、オルタンシアは容器を軽く小突きながら答えた。
 おそらくはとてつもない重要な物品であろうに、軽々に小突いている。
「冠位傲慢との『盟約』の縛りそのものであり、神の国内部で『神霊の淵』を有する者は、遂行者は死なないわ。
 外でも通常の魔種よりも強力な力を使えるようになるし、聖遺物も使えるらしいわね」
 明らかに重要な秘密をさらりと告げる。
「デメリットは冠位傲慢の『言葉に従わなくてはならない』という『盟約』が付くこと。そして、こいつが壊れたら私自身が死ぬこと」
 そう続けてみせれば、まるで気にも留めた様子はない。
「ルストはこれを核にして神の国を降ろせと言ってたわ。
 言葉だものねぇ……でも、彼は『すぐにでも』とは言わなかった。
 それに『護れば生き残るのだから努力しろ』ですって、おかしな話よね」
 のんびりとオルタンシアは笑う。
「――前提として、私は自由に生きてみたかった、ただそれだけ。
 死ぬべき場所で死ねなかっただけ、別に生き残りたいとも思ってないもの。
 それに、ルストの事だもの、いざとなれば私達の力のリソースだって貴女達に向けるでしょう。
 そうなれば、どっちにしろ私達はここで死ねば終わり。傲慢ってそういうことよ」
 悠然と、嫋やかに、そう彼女は笑ってみせる。
「……というか、その子もつれてきたのね。ふふ、まぁいいわ」
 ちらりとオルタンシアがフラヴィアを見た。
「さて――そろそろ始めましょうか英雄さん達」
 そう言うと、オルタンシアはその背に黒い炎を纏う。
「これがわたしに残る最後の魔力。私の守りが英雄さん達を防ぎきるか、そちらが削りきるか。
 最期のデートと行きましょうか」
 オルタンシアは楽しそうに笑って両手を合わせた。

GMコメント

そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】『熾燎の聖女』オルタンシアの撃破

●フィールドデータ
 旧アドラステイア近郊に存在する寂れた聖堂に降りた帳です。
 帳の内側は穏やかな陽射しに満ちた静謐な空気が広がっています。

●エネミーデータ
・『熾燎の聖女』オルタンシア
『遂行者』と呼ばれる者達の1人。傲慢の魔種、爆炎を操る魔術師です。

 神秘アタッカー寄りのハイバランス型。
 様々な射程を持ち、【火炎】系列、【飛】、【乱れ】系列、【足止め】系列のBSを駆使します。
 高い防技、抵抗に加えて【ブレイク可能なHP鎧】【火炎無効】【乱れ緩和】を持ちます。

●友軍データ
・『夜闇の聖騎士』フラヴィア・ペレグリーノ
 元はアドラステイアで『オンネリネンの子供達』の部隊長を務めていた少女。
 紆余曲折を経て遠縁の親戚に預けられ、聖騎士見習いとなりました。
 イレギュラーズとの交流を経て原罪の呼び声に対する強い抵抗力を持つようになりました。

 比較的タンク寄りの物理バランス型。
 後述の星雲極光剣を撃つためにも最前衛でイレギュラーズと共に戦います。

【活性化アクティブスキル】
 アームズ・オブ・レギオン、デア・ヒルデブラント、アムド・インベイジョン、ソリッド・シナジー、ヴァルキリーオファー

●特殊ルール
・星雲極光剣
 イレギュラーズの皆さんはペレグリーノの魔剣を用いた高火力攻撃を行なうタイミングを指定できます。
 オルタンシアはフラヴィアのこの攻撃を全く警戒していません。
 上手く扱えばオルタンシアの守りを剥ぐ隙を作り出すことができるでしょう。
 非常に燃費が悪く、余り連発は出来ないでしょう。

 名前は仮称です。発動時のエフェクトはシナリオTOPな感じになるでしょう。

●参考データ
・『熾燎の聖女』オルタンシア
 かつて天義に存在した『聖女オルタンシア』の生まれ変わりとして育てられ、そうあろうとして生き、
 最期には初代と同じように火刑に処された『魔女』です。
 反転によってそれを生き延び、以後は自分の生きたいように生きてきました。

 天義という国家や教皇には『前を向く前に過去に葬ってきた数多の過去を謝罪するべきでしょう』と憤っています。
 一方、既に最愛の妹は亡くなり、自分も実質的には死んでいるため割とどうでもいいぐらいには諦めてもいます。
 天義の民に対しては『苦難に陥り、それでも前に進もうというのなら好きになさい』と慈しんでいます。

・『巡礼の聖女』フラヴィア
 ペレグリーノ家の家祖であり、『夜闇の聖騎士』フラヴィアから見て遠い先祖にあたる人物、故人。
 海洋の生まれで天義に亡命し、後に『巡礼の旅路』と呼称される偉業を成し遂げました。
 星に祈り、文字通り自らの命を懸けて多くの魔物を封じました。

・ペレグリーノの魔剣
『巡礼者の魔剣』とも呼ばれる巡礼の聖女の愛剣、現在の持ち主は『夜闇の聖騎士』フラヴィアです。
 形状は夜空を思わす青がかった黒く美しい長剣、長さは成人にとっては少し長い片手剣程度。
 現在は巡礼の聖女の子孫でもあるペレグリーノ家の家宝、一応は聖遺物の1つとも言われます。
 その真価は所有者の『可能性を力に変える』ものであり、言い換えるなら『生命力を力に変える』というものでした。

・エリーズ
『夜闇の聖騎士』フラヴィアがアドラステイアにいた頃の所謂『ティーチャー』であった女性。故人。
 オルタンシアが『私を最期まで信じた最愛の妹』と評した彼女の実妹です。
 30年前、オルタンシアが火刑に処された際に故郷を捨てて生き延び、名をエリーズと変えて過ごしました。
 アドラステイア崩壊以前に(恐らくは)病死により亡くなっています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <神の王国>誰の為に生きたのか完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月20日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス
セシル・アーネット(p3p010940)
雪花の星剣

サポートNPC一覧(1人)

フラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)
夜闇の聖騎士

リプレイ

●自由の虜
(誰の為に生きたのか、オルタンシアはおそらくきっと妹のためだったんじゃないかしら。
 もしくはこの結果を見届けるために、生きてたんだわ)
 静かに、太陽の妖精はその場に立ち敵を見る。
「大丈夫、フラヴィアは強いわよ。剣技じゃない、心の在り方。
 後はこんなに可愛くて可憐な妖精がついてるんだもの、負けやしないわ。
 だから胸を張って、ね」
 相対した女を見たフラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)が少しの緊張を見せる。
 それに気づいて、『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)はそっと少女へと声をかけた。
「……胸を張って。うん、わかった――やってみる」
 そっと宗元に手をおいて深呼吸をした少女は、応じるままに背を伸ばしていた。
「フラヴィア、大丈夫よ。わたし達がついてる。
 あなたは努力も重ねてきた。彼女に見せてあげましょう、あなたの剣を」
 直向きにオルタンシアを見据えながら、『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は少女の背を押す。
「……はい、必ず」
 抜き放たれた黒剣にはまだ光はない。
 星明かりはその時まで瞬くことのないように。
 その輝きがあの余裕ぶっている遂行者に対する想定外になるから。
「……道は夜守の魔女が作るわ」
 それが今日ここにいるセレナの役目だった。
「すっかり強くなったねえ……!」
 その姿に『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は改めて思い返す。
 都合2度、初めましてはアドラステイアの聖銃士隊を率いていた。
 次に会った時もそうだった。
 久しぶりは両親の致命者と遭遇して動揺する少女だった。
「頼れる仲間、って感じだね。信頼してるよ。
 ワタシもがんばるからね!」
 少し見ないうちに、随分と強くなった少女にそう声を開けた。
「――はい、お久しぶりです。私も頑張ります」
 そうフラヴィアが頷いて答えた。
「フラヴィアさん。貴女の願いを叶えられるのは貴女だけ。
 だから、貴女の道を行け!」
 重ね、『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)もまたそうフラヴィアへと声をかける。
 そのまま、涼花は視線をオルタンシアへ向ける。
「そうそう、オルタンシアさん。
 眠れないなら、わたしたちで子守唄でも歌って差し上げましょうか?
 ――二度と醒めないほど、心地よく眠れると思いますよ」
「それは素敵ね。でも生憎と、よく眠れているの。
 ふふ、今までで一番ぐらいにぐっすりと眠れて気分が良いくらいよ。
 レクイエムを貰うのはもう少し後にしてほしいわね」
 応じるオルタンシアは涼花の挑発を受け流して微笑みを返してくる。
(ここが…オルタンシアが最期に自分で選んだ場所…)
 静謐ささえも感じる聖堂を見る『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は視線を巡らせてオルタンシアを見る。
「オルタンシア…」
「はぁい、なにかしら?」
 レインの呟きにオルタンシアが反応して笑みをこぼすままに首を傾げる。
「もしかして…キミは…人を育ててみたかったのかな…
 妹が居たのは聞いてるけど…子供が居たとは聞いてない…」
「あはっ♪ どうかしら。まぁでもそうね。私に子供は居ないわ。
 そんなものがあったのなら、私は反転してないでしょうし」
 なんてこともなさそうに笑ってオルタンシアは言う。
(『神霊の淵』は説教台に置かれたまま? それとも持ってます?
 あれが壊れたら終わりなら、わざわざオルタンシアさんと戦い続ける必要もない)
 刹那、『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)は説教台に安置される聖遺物容器めがけて術式を叩きこむ。
 千の彩を纏う光の欠片が砕けた破片のように煌いて炸裂する。
「ふふ、おめでとう。貴女達の勝利ね」
 柔らかくオルタンシアが笑う。
「――なんて、そんなわけはないのだけれど」
 説教台と安置される聖遺物容器は無傷のままにそこにある。
「興冷めなことしてくれるわねぇ――貴女から殺すわよ」
 刹那、反撃の爆炎がユーフォニーを吹き飛ばす。
「――ユーフォニー!」
 飛び出した『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は受け止めた恋人をそっとおろして、視線をあげた。
「……ここで終わりにするぞ、オルタンシア!」
「ふふ、出来るかしら?」
 緩やかに、つやのある笑みがそう返ってくる。
「貴女に私達の力が必要なように、私達にも貴女の力が必要です。
 オルタンシアに目のもの見せてやりましょう! そして勝つんです、一緒に!」
 フラヴィアと共に最前線に駆け抜けたのは『至高のシンデレラ』トール=アシェンプテル(p3p010816)だ。
「……トールさん。ありがとうございます。
 皆さんがそう言ってくれる限り、私は頑張れる気がするんです」
「ふふ、ほんとにできるのかしらねぇ」
 そう言って笑ってみせた魔女へトールは真っすぐに視線を向ける。
「――えぇ大丈夫ですよ。絶対に、届けてみせます」
「それは楽しみねえ」
 くすりと笑うオルタンシアが既に炎を十字架に纏わせ始めていた。
「そうだ。俺達は、今度こそ貴女に届いてみせる。フラヴィアさんと共に貴女に勝つ!」
 ムサシはそれに応じるように言葉にした。
「あはっ、熱いわねぇ」
「因縁も借りも全て返す。フラヴィアさんが乗り越える手助けをする。
 ここで、終わりにするんだ!」
 それは半ば自分を奮い立たせるように、ムサシが言えば、返ってきたのは柔らかな笑い声だった。
「期待してるわ。手抜きなんてされたらどうしようかしらねぇ」
 そう、魔女は首を傾げて笑っている。
「もし、貴方と『アタシ』が出会えていたのなら……きっと何かしらが変わっていたでしょうにね」
 そう語るままに『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は歩みを進める。
「あはっ♪ そうね。何かしらは変わってたかもね」
 目を細め、楽しそうにオルタンシアが笑う。
「けれど……もしという可能性は途絶えていた。
 だから……私は貴方の終わりという願いをかなえる為にここに戻ってきた」
「そうね……残念な話だわ。あの頃に会えていたらどんな関係だったかしらね?
 一応は獲物として狙われたのかしらね……それとも、案外、悪友みたいだったのかしら」
 そう言ってオルタンシアはくすりと微笑んだ。
「……詮無きことでしょう」
「あはっ♪ それもそうね」
 肩を竦めてオルタンシアはそう言った。
「では――改めて始めましょうか、オルタンシア。
 全部、貴方の事を覚えたまま貴方を葬送りましょう。
 それが死血の魔女として貴方にしてあげられる……よき理解者に手向けられる。最期の贈り物です」
「ふふ、それはとても楽しみね?」
 マリエッタが改めて言えば、そう愛らしく首を傾げた。
「初めてオルタンシアさんと会った時、どこか悲しげな瞳が気になったんだ。
 オルタンシアさんの叶えたい願いって何なのかなって。
 彼女は傲慢の魔種で、遂行者で、敵には違いないんだけど、フラヴィアちゃんを見るときは少し優しかった」
 雪輝剣を抜いて、『氷雪剣舞』セシル・アーネット(p3p010940)はフラヴィアの隣に立った。
「……セシル君」
 その言葉に背中を押される気がして、セシルはフラヴィアへと声をかけた。
「今はその気持ちが少し分かるんだ。
 僕もフラヴィアちゃんの傍で見守りたいって思ってるから」
「ありがとう」
 嬉しそうに、頼もしそうに笑ってくれる君がいるから、僕は覚悟を決められる。
「オルタンシアさん! 僕達はあなたを倒す! 絶対に倒すよ!」
「ふふ、それは楽しみね」
 そう言って笑う女に負けたくない。
 あの時みたいに悔しい思いをしたくない。
 ――絶対にフラヴィアちゃんを守り抜くから。
 そんな気持ちで握り締めた手がフラヴィアに握り返された。

●そうして、その刃は
 圧倒的な速度で動くはフラーゴラの姿。
 赤色のドロップを口に含み、そのまま奥歯でかみ砕く。
 鼓動を高鳴らせ、より速く、アドレナリンが駆け巡る。
 いちごの味が淡くくちどけ残して、術式は放たれる。
 花吹雪が如き極小の炎乱は一斉に魔女の周囲へと炸裂する。
「ふふ、良いわね、素敵な炎――でも」
「弱いと思った? これは次に繋がる布石だよ……!」
 笑うオルタンシアの言葉にかぶせるように、フラーゴラは声をあげる。
 心臓の鼓動が、もう一つ拍を打てば、攻勢は繋がっていく。
(……どうしてかしら、フラヴィアに対するオルタンシアの態度に、どこか見守るような……
 そんな気配を感じていたの。気のせい、だったのかしら?)
 箒に跨るセレナは光を纏い戦場を翔ける彗星となる。
 その星は多くの者を魅了する輝きを持つ。
 誰よりも速く、道を作るために夜に輝く一番星が遂行者へと炸裂する。
「あはっ、なるほどね」
 そう笑いながら攻撃を受け止めたオルタンシアの視線と交わった。
「本気の悪意? そんなもの向けてあげるものですか。
 私たちに何かしてくれたわけでもないのに、どうしてあなたの想いを組んであげなきゃいけないんです。
 今井さん、『業務』を早く終わらせましょう」
 ユーフォニーの言葉に合わせ、無言のままに頷いた今井さんが魔力で出来た拳銃をぶちまけた。
「ふふ、笑えるわね。貴女が抱いてる『それ』も心地いいくらいだわ」
 楽しげに、そう笑う女の姿が十字架の向こう側に見えた。
「せっかく傲慢の魔種になったなら、冠位傲慢さえも手駒にし返す傲慢さくらい持つことでしたね」
「そう? 生き延びて以来、私のやってきたことは自分と妹のためだけにあるわ。
 他の連中と比べても結構あいつのこと手玉に取ってる方だと思うけれど。
 あぁ。貴女は私の話なんて聞かないんだったわね」
 真っすぐに見つめるユーフォニーに対して、オルタンシアの言葉は常に淡々としている。
「『私のやってきたことは自分と妹のためだけにある』ね」
 オデットはオルタンシアの眼前へと向かう。
「フラヴィアの成長を促し魔剣に力を取り戻す巡礼の旅。
 魔剣の一撃を見せることができた巡礼の聖女の姿のワールドイーター。
 その後に攫って手荒とはいえ剣の稽古。
 フラヴィアが『巡礼の聖女の再来』になるにはふさわしいぐらい出来すぎてる。
 それこそ、狙ったかのように」
 小さな微笑みのままにこちらを見つめるオルタンシアへオデットは魔力を籠めていく。
「フラヴィアの成長をここにいる中で誰より望んでいたのはあなたよね?
 違うかしら、オルタンシア」
「そうね。それがあの子のお願いだったわ。
 自分の死んだあとに一人で残る教え子に、一人でも生きていけるだけの力をってね」
「貴女が見たいものを見るお膳立ては私達で整えてあげたわよ」
「へぇ――面白いことを言うわね。あの小娘に何ができるのかしら!」
「直ぐにわかるわ――でも、その前に」
 笑ってみせたオデットは祈るように手を合わす。
 それは呼び起こされた四象の権能がオルタンシアに襲い掛かる。
 四方の権能は魔種の身体に重圧を与え、炎への抵抗力さえも奪い去る。
 レインは傘を広げ、改めてオルタンシアがフラヴィアを見る眼差しに意識を向ける。
(オルタンシアがフラヴィアに向ける眼差し…血は繋がってないかもしれないけど…子供に向けるみたいな…)
 それはフラヴィアから言われて意識的に見つめるようになってから感じ始めたこと。
 先入観なのかもしれない――けれど。
(フラヴィアがオルタンシアに伝えたいこと…何だろう…
 それを伝えさせる為に…僕も頑張る…)
 肉薄すると共に傘に魔力を纏い、創生するのは神滅の魔剣。
 白から薄紫、桜色に輝く魔剣はレインを形作るもののようにも思えようか。
「元気いいわねぇ。なら、次はこちらからね」
 ぱちんと指を鳴らした刹那、オルタンシアの掌に浮かび上がったのは小さな黒い太陽。
「黒太陽よ。全てを焼き払いなさい」
 黒太陽が質量を増していく。
 トールが指示を出すのと、フラヴィアが準備を始めるのはどっちが早かっただろうか。
「フラヴィア、『おまじない』を思い出して。
 大丈夫、あなただって、この程度の炎に負けたりしない。
 熱に屈さず、勢いに足を止める事だって無い。
 その剣に見合う実力を、あなたは身に着けている。それはこの場の全員が知ってるわ」
 セレナは剣をとる少女へと、そう声をかける。
「オルタンシア、見なさいよ。彼女は強いんだから!」
「あはっ♪ それが本当かどうか、見てあげるわ」
 全てを黒く塗り替える十字架が酷く緩やかに落ちてくる。
 フラヴィアがその手に握る剣に力を籠めたのを確かに感じ取った。
「星よ、どうか私に力を貸してください。私が外すわけには、行かないんです」
 少女が祈りを捧げ、黒き剣は星雲を抱く。
 オルタンシアが目を瞠る――その刹那をトールは動く。
「驚きましたね? 隙だらけですよ」
 輝く剣はわずかな残滓と軌跡を引いて走る。
 斬撃は無意識下の緩やかな軌跡を描いてゆく。
 呼び寄せたのは大いなる隙。
 オルタンシアの纏う微かな炎、それは陽炎のように彼女の身体を守る鎧。
 穏やかな一閃は緩やかなままにオルタンシアの纏う陽炎を斬り払う。
「っ! まず――」
「させない!」
 黒炎を守りへ転嫁せんとするオルタンシアめがけ、ムサシはその刹那を動いた。
 肉薄するままに打ち込むはストライク・ハート。コンビネーション。
 右ストレートから始まる拳のコンボは命の重みを纏っていた。
 咄嗟の守りはオルタンシアの動きを封じ込める。
「……今だ! フラヴィアさん!
 自分の中にある『理由』を信じて……全力で、その輝きを見せつけてやるんだ!」
「――はいっ! これがたくさんの人に助けられながら振るう私の剣です。
 だから、『先生』、受け止めてください」
 星の輝きが少女の剣に溢れ出す。
「――星雲極光剣!!」
 少女の降りぬいた斬撃にオルタンシアが十字架を盾代わりに構えた。
「――あはっ」
 オルタンシアが声を震わせる。
「やってくれるわ」
 盾代わりに構えた十字架の向こう側、まともに喰らったオルタンシアの身体に血がにじむ。
「おめでとう、フラヴィア。良く届かせたわね――でも、それをそう何度もできないでしょう」
 刹那、オルタンシアがその手に再び黒い炎を纏う。
「オルタンシアさん、僕達は貴女に負けない! フラヴィアちゃんを絶対に守ってみせる!」
 その眼前に立つのはセシルの姿。
「――へぇ、騎士様ってわけね。夢のようね
 炸裂した爆炎がセシルの身体を凄まじい熱量で焼き払う。
 体中が焼ける。痛みに呻き声が溢れそうになる。
 それでも、セシルは熱を薙ぐように剣を振るう。
「あなたはあの理想郷が気に喰わなかったんですね……それはどうしてなんでしょう。
 ――なんて、聞いてあげません。話したければ勝手にどうぞ。興味が向けば聞いてあげます。
 だけど攻撃を緩めるわけが無いし、言葉の途中だろうと容赦なくトドメを刺すだけです。
 よほど興味の向く話なら聞くかもですが、かわいくないあなたにそんなことできますか?」
「あ、そう。なら話す必要はないわね。別にしたいわけでもないし」
 そう告げるユーフォニーに対するオルタンシアの答えは素気の無いものだ。
「そういえば、貴女の騎士とも会ってきました。より貴方を知る為に。
 かつての貴方の事も聞きました。今からは考えられないですね?」
 飛び込んだマリエッタは鎌を振るうままにオルタンシアへと声をかける。
「……」
 対するオルタンシアはと言えば、無言のまま。
「念の為聞きますよ。かの騎士を赦していますか?
 どっちでも構いはしませんけれど……貴方の心を知りたくて」
「……あぁ、誰の事かと思えば、ヴァレールのことね。
 別に、赦すも何もないでしょう。
 聖女(私)を殺すことに決めたのは彼ではなく異端審問官だったわけだし。
 いつまでも赦してほしいって懇願し続けてたから相手にするのも面倒だったけど。
 赦されたいのなら別に赦してあげて良かったけど……赦すも何も、端からどうでもいいわ」
「……えぇ、貴方ならそう言うでしょうね」
 マリエッタがそう応じるのと同時、オルタンシアの掌にある黒い太陽が炸裂した。
(誰も、落とさせない)
 涼花は動き出す戦場の中心に立ちギターを鳴らす。
 この場にいる誰よりも後から、動き出した戦場で零れる一欠けらを無くすために。
 無駄のない支援と粗さの残る攻撃を確実に当てるための最善策を掴むために。
 きっとそれが、相手の思考から余裕を奪うことに繋がると信じている。
 放たれた炎を振り払うように、奏でるのはコーパス・C・キャロル。
 聖体頌歌は優しく柔らかく戦場を包み込む。

●極光と星雲の剣となって輝く
「褒めてあげるわ、貴方たち全員――なんて、最初からそうだけど」
 そう告げるまま、オルタンシアはボロボロの十字架を構えて何かを口走る。
 それが呪文の類であると気づいたときには、十字架から放たれた爆炎が戦場を黒く焼き払っていた。
「何度やられたって、私は歌い続ける」
 涼花は再びギターを鳴らす。光輝なる音色が優しく響き渡る。
 最前線でオルタンシアの抑えを担っていた仲間たちの傷を癒すべく光輪が降りる。
 温かな光はたっぷりの休息を与え、祝福の音色は柔らかく仲間の傷を癒し解かしていく。
(一度受けたのなら、きっとフラヴィアさんの剣も警戒するはず……でも)
 フラーゴラは戦闘の動きを俯瞰的に把握することに務めながらバリスティックシールドを構えた。
 黒いヴァルキリードレスと合わせた黒色の盾がキラキラと輝いて見えた。
 圧倒的な速度は誰にも留められない。
 高まる加速力を術式構築に転換すれば、最速で温かなる風光が降り注ぐ。
 それは猛攻を受ける仲間への信頼。
(アナタなら出来るって信じてるから……!)
 百花の号令は起点であり支点であるフラーゴラは立ち続けるべく楯を掲げる。
「全てを黒く。燃えるように謳いましょう、貴方達の死を。
 祝いましょう、貴方たちの力を――灰燼さえも残さず、消し飛ばしてあげるわ」
 ぞくりとする美しさを魅せる微笑を湛え、オルタンシアがその背に黒い太陽を浮かべた。
 それはやがて黒く燃える十字架へと姿を変えて行く。
 セレナにはフラヴィアへと声をかける必要がもうなかった。
(――夜空の刀身に、眩い金色の光。一瞬見惚れちゃいそうだけど)
 背中を押すべき少女が痛みを振り払い剣をとる姿に、そう眩しさを見た。
「行きましょう、フラヴィア。わたし達は負けないわ」
 断月の魔剣を作り出し、夜守の魔女は戦場を行く。
 フラヴィアの放つ魔剣が作り出した隙を確かに切り開くために。
「オルタンシアさん、貴女の最期を包むのはその身を焦がす業火じゃない。
 フラヴィアさんが見せてくれた光……きっと貴女も羨んでいた純なる輝きだ」
 トールは続くままに剣をとる。何も、心配することはなかった。
(――大丈夫、貴女は強いから。私も安心してその刃に重ねられるのです)
 ハシバミの枝に祈る。
 願いを勝ち取るための力がトールの背中を押してくれる。
「合わせます。フラヴィアさん」
 だからあとは、そう少女の背中を押すだけだった。
「――はい!」
 黒剣が纏う星雲の斬光が再び戦場を照らす。
 オーロラの輝きを最大に。
 飽和するエネルギーが結んだリボンが羽を広げるように大きく広がっていく。
(――ルーナ様、力をお借りします)
 ぎゅっと握り締めたのは小さなオーロラの輝き。
 それは自らの主と仰ぐ彼女から預かっていた一度きりの輝き。
 彼女の持つAURORAエネルギーの全てを注ぎ込んだ小さな切り札。
『私も関わったからには、最後まで手を貸そう』
 そう語ったルーナから手渡してもらっていた一度きりのAURORA機構。
 その全てを、真説『プリンセス・シンデレラ』へと注ぎこむ。
 柄部分に咲く花束の花びらさえも飽和してひらひらと燐光に散っていく。
「――その身で受けろオルタンシア! 輝き交わるこの光こそ、正真正銘の星雲極光剣だ!!」
 満点の夜空が戦場を照らす。
 その星明かりを切り拓くように、オーロラが帳を降ろす。
「――あはっ、それは流石に聞いてないわよ」
 放たれた光の中心、星雲の剣と重ねられた極光の剣を浴びた魔種は、そう言って笑う。
 無事ではない。彼女の持つ十字架のそこかしこに罅が入っているのがその証拠だ。
「星雲極光剣、ふふ。流石に巡礼の聖女も知らない技でしょうね」
「――まだだ!」
 そこに飛び込んだのはムサシだ。
「オルタンシア。フラヴィアさんは貴女を超えたい、そう言っていた。……俺も、同じ気持ちだ」
 そうだ、同じなのだ。
 これまでの戦い、もう少しのところで届かなかった。
 自分たちの全力はこれまで届かなかった。
「だから、今度こそ……必ず勝つ!」
 フラヴィアがそうであるように、ムサシにだって倒れられない理由があるのだから。
 焔と光を持ってブーストしたままに一気に横一線を振りぬいた。
 離された間合いを無理やりに縮め、振り払った光速の一太刀が電光石火の如く斬り払う。
「あは、これ――さてはまぐれじゃないわね」
 連携に次ぐ連携の斬撃の連鎖に、オルタンシアがそう短く呟く声がした。
「――そうだ。届かせると、そう言ったはずだ!」
 振りぬいた斬撃の果てに突き付けた剣先の向かう先で、オルタンシアが笑う。
「良いわねえ。そういうの嫌いじゃないわ」
 そこへ走るのは血の鎌。
「あら、また戻ってきたのね」
「――えぇ、我が儘勝負ですよ、オルタンシア」
 マリエッタは強引にオルタンシアの下へと舞い戻る。
「あはっ、楽しみだわ!」
 オルタンシアの周囲へと展開した無数の血刃を振るうまま、最後の一振りには死血の鎌を。
 神の血さえもその身に浴びるべく、死血の魔女は刃を振り上げた。
 続けるままに、太陽の熱がオルタンシアを焼き払う。
 熱の無い炎は遂行者の運命を翻弄する。
「どれだけ防御が優れてようが失敗したら意味ないじゃない?」
 そう笑ってみせたオデットによる妖精の悪戯。
 太陽の子による隣人の力を借りた攻勢と悪戯は遂行者を致命的な状況に落とし込む。
 重なる猛攻を受け、確かにその身体に傷を増やしながら、それでも楽しそうにオルタンシアが笑っている。
 レインはその姿を見つめ、桜色の傘に魔力を通す。
「…キミが満足するまで…何度でも戻るよ…」
 放たれたるは神も魔も焼き払う炎の概念。
 クラゲの触手のようにゆらゆらと放たれる魔弾は見かけからは想像できぬ高熱を帯びる。
「あはっ、いつになるかしらね、そんな日は!」
 笑うオルタンシアへ、レインは追撃の魔剣を振りぬいた。
(――ここなら)
 涼花は呼吸を整えた。
 小さく鳴らした一音と自分を合わせる。
 自分の声を、熱意を、意志を、刃に変えるために音を合わせる。
「これが貴女へのレクイエムです」
 放たれた音は歌になり、歌は刃になり戦場を駆け抜けていく。

「……もう十分頑張ったんじゃない?」
 最初の魔剣による奇襲は芯に撃ち込まれた。
 2度目の魔剣はシンデレラの輝きを受けて輝きを増した。
 それでもなお、清々しいほど傲慢に、オルタンシアは楽しそうに笑う。
「いけるいける、がんばろっ」
 フラーゴラは自らを奮い立たせるのと同時、もう一度とそう声をかける。
 だって、その姿はどう見たって――空元気だとか、そう言った風に見えたから。
「いっけえゴラぐるみ! ミニペリオン様! これ、喰らったらひとたまりもないよ!」
 フラーゴラは最後を繋ぐためにそれを作り上げる。
 展開されし魔術はさながら悪夢のパレード。
 地を埋め尽くすようなゴラぐるみとミニペリオンの行進がオルタンシアを取り囲み無秩序な悪夢を披露する。

 ――そうだ、もう一度……もう一度、出来るのなら

 もう一歩、セシルは深く呼吸を使って、フラヴィアの隣に立った。
 覚悟は、もう決まっていた。
「フラヴィアちゃん。もし星雲極光剣に力が足りないのなら僕のパンドラを使って!」
「セシル君――でも」
「あは、流石に3発はむりよねぇ」
 フラヴィアの言葉にかぶせるように、オルタンシアが笑う声を聞いた。
「君は僕の大切な人なんだフラヴィアちゃん。だから君を守るのは僕の役目だ」
 笑う声を振り払うようにフラヴィアの手に自分のそれを重ねる。

「フラヴィアちゃんの剣になると誓ったから――お願い、僕にも一緒に剣を震わせてほしい」

 ――大好きな君を守れるのなら、僕は何だってするんだ。

 ――ここで全てを賭けなくて誰が守れるっていうんだ!

「僕はフラヴィアちゃんが大好きです! この命はフラヴィアちゃんのものだから!
 ありったけの願いと祈りを込めて――未来を掴むために僕は可能性(パンドラ)をかける!」
「――本気?」
 引き攣ったオルタンシアの声。
「もちろんです。フラヴィアちゃん。行こう!」
「――うん!」
 キラキラと雪の花が咲き誇る。
 舞い散るように、夜空に溶けるように、淡い色に輝いて戦場を包み込む。
 黒い炎の全てを呑み込んで、白く塗りつぶす。
「輝け! 炎よりも強く! 星の剣よ! 全てを照らせ!」

 奇跡を願う剣は星の雲を纏い、雪花を散らして輝いた。
 文字通りに命を賭す星の剣を掲げ、少年と少女は想いを一つに剣を振り下ろす。
 命を両断する星の輝きが願いに導かれるままに戦場を包みこんだ。
 パンドラの輝きが、星の光が雪の結晶のように降り注ぐ。

 その中を、セシルの身体は崩れ落ちる。

 そのさなかに、大好きな子の声がした気がした。

●『大好き』と『傲慢』
 煌く輝きが戦場に散っていく最中、奇跡が繋いだ刹那をムサシは奔る。
 自分よりもずっと幼い少年が命を賭けた刹那を、無駄にするようではヒーローなど名乗れない。
「――もう一太刀、合わせる!」
 居合の構えより大上段へ伸びた剣身に、炎を纏う。
「焔閃抜刀!!――撃!!」
 大上段からの振り下ろしは焔の加速を得て縦一文字に振り払われた。
 振り下ろしのままに跳ね上げられた斬撃が炎の柱を描いた。
「ねぇ、オルタンシア。
 利用される聖女から、自由に我が儘に自分の為に生きる魔女になって……
 悪意を一身に受けても踊り続けて……満足できましたか?」
 マリエッタも追撃すべく再び肉薄していく。
 刹那に振るうは死血のレイ=レメナー。
 振り上げた斬撃をオルタンシアが受け止める。
 その刹那、仕込みは放たれる。
 影より放たれた無数の血刃がオルタンシアを串刺しに貫いた。
「あは、流石に……これは、無理ねぇ」
 貫いた影を引き抜くまま笑って、オルタンシアは後退していく。
 そのまま説教台へとボロボロになった体をもたれかからせた。
「どう? 満足いくものが見れたかしら」
 オデットはその手に魔力を束ね警戒を緩めずに問うた。
 肉薄と共に、その手に束ねる優しい陽光の輝きがオルタンシアの身体に致命的な風穴を開く。
「ふふ、そりゃあもう、満足いくどころの話じゃないわ。
 こんなにも沢山の物を見れるなんてねぇ」
 瀕死の姿に重ねられた攻撃がオルタンシアの身体をずるずると引きずり下ろす。
「……それで、結局どうです? 満足できましたか?」
 マリエッタは改めて近づいてそう問えば。
「当然。私、こう見えても後悔しないように生きてきたのよ?」
「だとしたら安心です。私の進む道もきっと貴女と同じでしょうから」
「ふぅん……」
 魔女として君臨することで悪意を以って国を、世界の意志をまとめ上げ悪意の向け先となるものを無くすこと。
 それは『マリエッタ・エーレイン』という個人が己の心で抱いた意志。
「最も、私は絶対に死にませんけどね」
「あはっ、言うわね。良いわ。
 それなら精々、死なないように生き続けてみせなさいな、マリエッタ・エーレイン。
 それでもなお誰かが貴女を殺した時、私が地獄で笑ってあげる」
「――そんな日は来ませんよ」
「いいえ、きっと来るわ。だって、私たちは似てるんでしょう?
 ねぇ、マリエッタ・エーレイン――」
 愉快そうに、眩しそうにそう言ってオルタンシアは笑う。
「……では、私の傍で見ていればいい。
 遂行者は血も奪えませんが……代わりに貴方の火を奪って行きます。
 これからの世界を……見せてあげますから」
「そう。それは楽しみね」
 短く呟いたオルタンシアはきっと笑ったのだろう。
 笑みをこぼす余力さえも失い、笑う。
「オルタンシア…フラヴィアのこと…ありがと…君が優しいの…覚えておくよ…」
 レインはオルタンシアの手を取って優しく声をかける。
 その手が前の最期には取って貰えたか分からなかった。
 いや、取ってなど貰えなかったはずだ――磔になって燃え盛る火刑の只中で、誰がその手を取るのだろう。
(だからこれは…同情…というよりは、感謝の気持ち)
 ボロボロに朽ち果てていく彼女の手は酷く軽い。
 その手は火傷を帯びているようにも思えた。
「フラヴィアが母親との時間を取れたのは…君のおかげだから…だから…ありがと…」
 そう告げれば、オルタンシアの顔が少しだけ上がった。
「自由に生きられた時間…1人だった…?
 もし…また生まれてきたら…僕がその時まだ生きてたら…僕のとこに来てね…
 1人じゃ出来なかった好きなこと、しよう…」
「そうね……でも、それはきっと遠い未来でしょうね。
 私には一緒に見る先客もできてしまったから」
 小さく笑って、オルタンシアが言う。
「オルタンシアさんやエリーズさんが今まで導いてくれたのかもしれない。
 でも、これからは僕が傍に居るから」
 フラヴィアの手を引きながらセシルはオルタンシアの前に立つ。
「は、言うわねぇ。その気持ち、忘れないようにね」
 短い別離の言葉に対する答え、その声色はどこか優しかった。
「……『先生』、向こうでもう一人の先生に伝えてください」
 セシルの手を取るフラヴィアが小さく口に出す。
「お世話になりましたって。2人に教えて貰ったことを胸に、私は生きていくから」
 セシルと交えたフラヴィアの手がぎゅっと結ばれる。
「……セシル君」
 短く名前を呼ばれて、セシルは振り返る。
「――ありがとう。あのね」
 少しだけフラヴィアの顔が赤い気がした。
「私も、好きだよ」
「――え」
「……本当は、今回の戦いが終わるまでは言わないでおこうと思ってたの。
 でも……ね。私もセシル君が大好き。だから、今日みたいな無茶は、あんまりしないで。
 大好きな人とは長く一緒にいたいから」
 照れたように、それでも、どこか泣きそうになりながら、フラヴィアがセシルの手を握り締めた。

「ねえ、本当に――何のために魔種になってまで生きたんでしょうね?
 あ、答えなくていいです。聞いてあげる義理も無いので。
 傲慢ってこういうことですよ。
 あなたは捻くれた、かわいくない諦念の塊です。塊をただ粉砕するだけのこと。
 あなたこそ最初からまっすぐ向かってくればよかったですね」
 ユーフォニーは淡々と敵を見据えて言葉にする。
「ふぅん、貴女はこれを諦念と呼ぶのねえ。
 ふふ、だとしたら――きっとお前こそ諦念の塊だわ」
 静かに淡々とオルタンシアは笑っていた。
 自らの死をまるで気にも留めず、その女は笑っている。
「私は自分のするべきことを、したかったことを全てやり終えた。
 だから長い人生、旅路の果てに満足しているだけよ。
 それを諦念とよぶのなら、お前は死ぬ時まできっと諦め続けるでしょうね。
 ――まぁ、お前は私の言うことに聞く耳を持たないらしいから知ったこっちゃないでしょうけど」
 目を細めて、オルタンシアがユーフォニーを見上げた。
「……好きにすればいいけど、似合わないわねえ、ユーフォニー。
 きっとお前は、そういうの似合わないわ。
 貴女はもっと綺麗な物を見ていた方がらしいと思うわ」
「貴女に言われずとも知ってます」
 魔女の向こう側に聖遺物がある。
 朽ち果てる寸前のこの様子では、聖遺物の守り等とうに潰えていよう。
 だからも、後はやるべきことをやるだけだった。
「あ、そう」
 魔女が肩をすくめてみせた。
 放たれた輝きはあっけなく女ごと聖遺物を粉砕する。

●最後に見た夢
 手枷が外され、腕を組まされた。
 脇を、胴を、鎖が回る。足を括られた。
 叫ぶ人たちの顔が、良く見えた。

 私は、多分頑張った。
 きっと頑張ったし、頑張って頑張って頑張った分の成果を上げることができた。
 怪我に苦しむ人を手当てするのは苦ではなかった。
 病に喘ぐ人に薬を与えることも、飢餓に喘ぐ人に食事が回るように指示することも、苦ではなかった。
 胸の内に苦しみを抱いた人の話を聞いて、安堵してくれるのなら聞いた甲斐があった。
 そうやって誰かの為になっているのは嬉しくて、楽しかった。
 痛みを嘆く子、子供の病に焦る親、明日を生きるための食事が欲しい人。
 どんな人のどんな願いだって、それに応えて人の為になるのなら、それが幸福だった。

 その人たちが、今は私を呪い、私に憤る。
 優しい人たちだった。可哀そうな人たちだった。
 なによりも、小さな町の中だけで暮らしている無垢な人達だった。
 そんな無垢な人達が『知識』を持つ者に操られるのはきっと仕方のないことだった。

「――憐れな者達だ。貴様が死ねば自分たちが救われると信じている。
 貴様が死ねば今度は虫螻として焼かれるのは自分達だと気づいていないらしい」
 どこかから聞こえてきたその声に、私はただ静かに「そうね」と答えた。
「それでも、あの人たちにとって『聖女オルタンシアがもういらないもの』であるのなら、私はここで終わるべきよ」
 次いで出た言葉は男の言葉への肯定でしかなかった。
 私は、無垢な人々を恨めなかった――だから多分、逆なのだろう。
 聖女オルタンシアという個を演じていた私は、きっと徹頭徹尾に『私』を持ってなかった。
 恨むほど自分が無く、自分が神であるかの如き視点で人を見ていた。
 人のことを想っているようで、結局は自分の事しか考えてなかった。
 そんな傲慢な人間だったからこそ、私は反転した。
 だからきっと、私は『聖女(まじょ)』なのだろう。

 その後はもう、誰かのために生きることは止めた。
『オルタンシア』の生涯が消し炭になって消えても、別にどうでもよかった。
 自分がしたいことをして、私に滅多に願い事なんてしなかったあの子の最期のお願いに答えて。
 誰かのために生きて、自分の為にも生きた――『私』は私の生涯全てに満足していた。

(は、最悪。こんなの、まんま走馬灯じゃない)
 内心に自分を嘲笑しながら、オルタンシアは綻び消えて行った。

成否

成功

MVP

セシル・アーネット(p3p010940)
雪花の星剣

状態異常

ムサシ・セルブライト(p3p010126)[重傷]
宇宙の保安官
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)[重傷]
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)[重傷]
夜守の魔女
セシル・アーネット(p3p010940)[重傷]
雪花の星剣

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。
MVPは可能性の限りを尽くした貴方へ。
でも、命は捨てないで――と少女は語ります。

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