シナリオ詳細
隘路アイロニー
オープニング
●その先には何があるの。
信じられるものなんて、何処にもないくせに。
人はどうして愛だの恋だの口にするのだろうか。
彼はわたしに愛してると言ってくれた。
親愛でも、恋愛でもいい。
けれど、それは聞こえない唇の形だけ。空音。
わたしは聞こえないから、その形に縋りたかった。
目に見えないものに縋りたいと願うのは、人のエゴと呼ぶべきか。
●
ねえ、とくい、とTシャツの裾を引っ張った。
そのシャツをそう呼ぶべきなのかは知らなかったけれど、彼がそう言っていたから。
「今日も出掛けるの?」
秋雨のしとしと降る頃だ。夜には急激に冷え込んで、何所も彼処も早いうちに店仕舞いするだろう。
この白の都じゃよくある事だ。凡そ神託で『雨の日は早く眠る様に』とでも言われたのか。
「早めに帰って?」
そう言えば彼は曖昧に笑った。
知っていた筈なのに。
見なかった振りをしてたから。
わたしが異教徒だと迫害されなければよかったのに。
わたしが、彼をそうしたのか。
きっと、そうだ。
わたしが、狂わせたのだ。
●
ざぶざぶと音を立てて雨が降る。
空より堕ちる雫はカーテンのようで綺麗だ。
聖女とは名ばかりで、嘘に塗れていた。
ざぶざぶ。
この雨よ、わたしを、わたしを隠してください。
「君はひとりなんだね」
彼は言う。
「僕もなんだ。なんだって? ほら、見た目でわかるだろう。僕は異界から来たから」
彼は言う。
「君、名前は?」
彼は言う。
「君、名前すらないんだね。じゃあ僕がつけてあげる」
わたしは彼に言った。
「 」
彼は、笑ったのだ。
「エルピス」
●
その日は急激に冷え込んだ日だった。
『サブカルチャー』山田・雪風(p3n000024)は長袖の裾で指先を隠して何時もより少し、肩を竦める。
「俺は、あんまり愛だの恋だの、世界の命運とか、分からなくて」
それは俺が普通だからなのかも知れないスけど、と幼い少年の顔をして雪風は言う。
「天義の片田舎。一人の『聖女だったもの』と一人の『殺人鬼』がいます。
今回の依頼は殺人鬼の抹殺。聖女だったものに対しての対処はこちらに委ねると」
お国柄上、神託は全だ。
神様の言葉を口にしよう。『無為なる殺人を辞めさせろ』。真っ当だ。
「聖女だったもの――は、幼い頃に神の聲を聞き崇め奉られた存在。
けれど、聞こえなくなったらしい。声が」
それは、何の声も。
聖女だったものは神の聲も聞こえない。ならば骸と呼ぶに相応しいというのが教会の判断だ。
「神の聲を聞こえなくなった聖女は神に嫌われたと同義。
なら、異教徒であると迫害されるのも理解……は、まあ、できるよね」
雪風は言う。
彼女は異教徒として迫害され、白の都を追い立てられるように逃げ出したと。
聖女と呼ばれた彼女には『呼ばれるべき名前』がなかった。
一人きり、粗末な小屋で過ごしていた彼女に対して一人の殺人鬼が手を差し伸べたのだという。
「手を差し伸べた殺人鬼は旅人。迫害された彼女にとっての神様――なのかもしれない。
一人きりで、親兄弟も誰も助けてくれず粗末な小屋で死ぬだけだった彼女を救った殺人鬼の旅人。
そんな彼女を不憫に思って、彼女を救うために、彼は『天義で人殺しを働いた』」
彼は殺すことしか知らなかったから。
最初に彼女を迫害したのは国だと、彼はそう言ったのだろう。
「俺は何があっても命を奪うということは、いけない事だと知ってる……つもり。
倫理観? 生死観? そういうもので形作ればいいのかもしれないけど、それに対してこの世界にはいろんな人がいるのを知ってるから、『断定するようには言わない』」
殺すことが、感情表現だという世界の人がいてもおかしくないからと雪風は言った。
「だから、俺はあえて言います。
今回の依頼は『殺人鬼』が殺人を犯す前に『断罪してくれ』というもの。それは天義の依頼主の、真っ当な、依頼。
たった一人の殺人鬼しか寄り辺のない聖女だったものに対しては、皆さんにお任せします」
- 隘路アイロニー完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年11月06日 22時30分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
彼の命も、あなたのことも背負っていく。
誰でもない、わたしが、それを望むから。
――ひかりを、望む事は、いけないことじゃない。
●
雨は心を昏くする。月の見えない夜は全てが宵に隠されてしまうから。
頼り甲斐のない街灯に伸ばされた影を追い掛けて『ずれた感性』陰陽 の 朱鷺(p3p001808)は荒む雨の中を静寂と共に進んだ。
「天義は今日も相変わらずですね」
昨日も、今日も。それに、明日だって。この国の模様は何も変わらない。崩れる事無く正されたパズルのピースは欠けることもなく。
雨の気配に身を震わせながら、『自称カオスシード』シグルーン(p3p000945)は頬に張り付く陽の色の髪を掻き上げた。
迫害される事を知っている。
生きることの辛さを知っている。己が誰であるかを否定するようにシグルーンは雨の気配から逃れる様に術式ドレスのスカートをゆるりと握りしめた。
真白のドレスに泥が跳ねる。
ぱしゃ、ぱしゃと遊ぶように歩みながら『暴食の剣』リペア・グラディウス(p3p006650)はからからと笑った。
「アハハ! 神の聲を聞けなくなった元聖女と彼女を愛する殺人鬼……歪で共依存な素敵な関係ですね」
まるで、昔の自分のような。そう言えど、リペアの感情は何も感ぜられない。
あるはずの凪ぐ心は全て、鍵をかけて誰にも悟られぬ様に。『殺人鬼』として、聖女の傍にいた経験のある彼女はくすくす笑う。
腹が鳴るのは食事の為、其処にあるはずの倫理観も同情心もないのだとリペアの瞳は不思議そうにきょろりと動く。
「食べるのですか」
問う朱鷺の声音にリペアは首を傾げた。
「私はただ、この飢えを満たしたいだけですから」
白の都の静寂は何時だってその身を覆い隠してしまいそうだから。
雨霞に紛れる様に歩む『銀凛の騎士』アマリリス(p3p004731)は竦むように立っていた青年を見遣り目を伏せる。
「あなたが」
鈴鳴らす様に、静かにアマリリスは声を発する。凛としたその声音を聞きながら薄いTシャツを纏っていた青年は水溜りを踏み締めた。
「あなたが、この都を騒がす殺人鬼――ですか?」
「殺人鬼と呼べば美しいが、ただの、自分勝手なおとこだよ」
その言葉に、胸を締め付けられるような気がして『傷だらけのコンダクター』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)は息を飲んだ。
宗教国家。国の成り立ち。世界の在り方。
天義にとっての悪として断罪されるべき男、人を殺すという意味でローレットにとっての悪として認められた男。
彼が言う『自分勝手』が誰かを守るためだとしても。
「……結局の所、人間次第なんスよね、神も悪魔も……」
「彼女が迫害されたことも、彼女が聖女であったことも、全て人間次第だ」
じっとりと濡れたシャツで拭う様な仕草を見せてから男の腕は鈍色に変わっていく。
この世界の住民でない彼――この国の在り方にはそぐわない彼。
それでも。
この国で、人を愛してしまった彼。
「出会うべくして、出会った訳でもあるまい。普通は相容れぬ存在であろう」
『三面六臂』九鬼 我那覇(p3p001256)は「これは依頼である」と冷徹に告げた。
秋雨が殺人鬼の背景や事情、その他すべてを洗い流していくようにこの国での活動は心を殺す他にない。
この場所で要らぬ感傷を抱いては『断罪』の名のもとにその刃は振り下ろせない。
「戦う前に、一つ、聞いても良い……?」
『夜鷹』エーリカ・マルトリッツ(p3p000117)は闇を纏う。昏き、全てを覆い隠す様な闇を。
尖った耳と、躰。夜鷹と呼ばれる乙女は本来ならば生誕を赦されない存在だったから。
「命を奪ってしまったあなたを、通せない。だから……あなたを、彼を止めに来たの」
――わたしの聲が、きこえる?
ぱしゃ、と音を立てる。物陰で息を潜めるおんなはゆるりと顔を出して、唇を揺れ動かした。
「あなたが『エルピス』」
『朱鬼』鬼桜 雪之丞(p3p002312)は薄汚れた白いワンピースに身を纏い顔を下げた女の姿を両眼に映す。
彼女と、彼女が見る殺人鬼。雪之丞の脳裏に過る陰陽師、きらいなひと。
それは未練と呼べばいいのか――あれは、何を考えていたのか。
「殺人鬼……ではなく、利己的で我儘なあなた。名前は、ありますか?」
「今から、殺す相手に聞くのか」
背を向けた殺人鬼の唇の動きは、きっとエルピスと呼ばれる聖女だったものにはわからない。
雪之丞の問い掛けにどう答えたのかと気にする素振りを見せて、目を伏せる。
「……名前は、ないんだ。この世界に来てからは」
我儘なおとこは、それだけ言って、ゆっくりと歩を進めた。
●
きん、と。ぶつかり合う音がする。
殺人鬼の周りからぼこぼこと音を立てて産み出された泥人形は雨のにおいをさせていた。
暴食を司る魔剣を手にしたリペアはきゅう、と鳴った腹をごまかす様に走り出す。
「美味しいのでしょうか、貴方は」
「……どうだろう」
ぼんやりと呟いた殺人鬼の周囲に現れた人形はどれも生気のない顔をしていて。エーリカにはそれが『エルピスと同じ』ように写った。
土の匂いに交じり込んだ雨は何処か涙の匂いをさせていて。
「わたしはヒトとして生を受けなかった。
『主は其れを望まれる』と牧師さまが言ったから、女子供はわたしに石を投げた、男たちはわたしを夜鷹と呼んだ」
エーリカのことばに、ゆるゆるとエルピスが顔を上げる。ただ、殺人鬼はエーリカがエルピスに声掛けをするのを聞いていた。
「……他人事だと思えなかった」
目を伏せて、エルピスは長い睫を震わせた。ふるり、と。
乙女が恋に悩む様に静かな仕草で。
泥人形と殺人鬼を見遣りシグルーンはひらりと舞い踊る。逃げ癖は何時だってそこにある、癖になるって知っている――けれど、逃げるしかできないから。
(逃げなきゃ、辛いんだ)
死ぬしかない。死んで逃げるしかない。この人生の隘路を抜けるには、救いしかないのだとシグルーンは知っていた。
穏やかな刻さえそこにはなく、重ねる封印の向こう、音たてる殺人鬼の一撃に我那覇は泥人形の中でもがく。
非才なる身であると己を知っていた。多少の足掻きと知れど、己に続けと号令を掛けて、前線へと歩み続ける。
追い求める朱鷺の手元から放たれる怨嗟の聲は悍ましく背筋を伝う。下手な同情はなく、忠実に『オーダー』を熟すまでと彼女はよく知っていた。
泥の中、我那覇がもがくその中で、朱鷺の癒しがひらりと舞い踊る。惚れ惚れとするほどの技量を見せて、鋭い動きで確立されたそれ。
泥人形が倒れる中で、巨大な券を振り仰いだアマリリスはぼんやりと戦闘を見詰めている女を茫と見遣った。
「エルピスさま」
名を呼べば、殺人鬼の視線がアマリリスへと向く。ほら、彼は『後ろにいる筈のないもの』に気を取られている。
「殺人鬼。ひとつ問う。貴方の愛は、相手を殺して愛するものでは、ありませんよね?」
「なら、『エルピスを殺している』だろ?」
その言葉にアマリリスはゆるりと頷いた。もしも、エルピスが飛び出して来たら彼女を守ると淡き瞳を持つ聖女は決めていた。
何故――生きて欲しいから、と願うのはいけない事か。
「初めまして。聖女エルピス。『希望』の神の名を持つ者よ。
私達はローレット……天義の依頼にて貴女の拠り所……殺人鬼の彼を殺しに来た死神ですよ」
言葉を直に伝えるハイテレパス。意思の疎通を行う事が出来るリペアの直接的な言葉にエルピスはひゅ、と息を飲んだ。
泥人形にその膝を折られた我那覇を伺う様に見ていた聖女だったものはその言葉に肩を震わせる。
「ですが、貴女の殺害は受けてません。なので提案です。貴女には二つの道がある」
「――ふたつ、ですか」
エルピスの、聖女だったものの静かな声が雨だれの様に聞こえた。
泥にでも溶けてしまいそうなほどの、小さな、小さな声音だっとリペアは感じる。
その声を聴いて、アマリリスの胸はぎゅ、と締め付けられるかのような感覚を覚えた。
その身体が引き裂かれる様な痛みを感じるから、アマリリスは声を震わせる。
「エルピスさま。殺人鬼は認められない。貴方はそれを知っていて、それでも縋ってしまったのですね」
「しっています、ひとをころすのは、わるいことだと」
でも、とエルピスは声を震わせる。彼は、名を持たぬ彼は。
私が、狂わせたのでしょう、と。
(聖女であったなきがら。国に追い詰められている……ならば、天義の騎士たる私が手を伸ばすわ)
アマリリスは歯を食い縛る。雨に濡れた刃が滑らぬ様にしかと、その手で握りしめて。
「一つ目は我々と敵対し殺人鬼の彼と一緒に殺されるか」
その言葉に、シグルーンが目を伏せる。知っている。
哀れなおんなだと呼ばれて生きていく辛さを。
優しくされると、差し伸べられた手に縋りたくなるその思いを。その歓びを。
そして――その掌を失った時の哀しみさえ、シグルーンは知っている。
「二つ目は殺人鬼の彼と決別し我々の保護下に入って新しい人生を進むか」
殺人鬼の振るった刃を受け止めて、重たく音たてた蛟。鬼の存在を知ら締める様に響く鈴の音の如く。
雪之丞の赤い瞳が殺人鬼を見遣る。
聖女と呼ばれたおんなは、きっと自分の事を『聖女』として認識しているのだ。
エルピス、彼にとっての希望。殺人鬼が守りたいと願った一人のおんな。
「個人的には一つ目がお勧めですが……二つ目を選ぶのなら我々は全力で貴女を保護しましょう。さてどうします?」
冷たくも、囁くリペアの直接的な声にエルピスは虚ろな瞳でゆらりと特異運命座標を見ていた。
光で集積された斧を振り上げて、クローネは彼女の様子を見遣る。
知識の上で、彼女はかなり衰弱しているという事が見受けられた。もしも、生きたいと願うならば彼女を救う手立てを考え、その逆ならば楽に死ねる方法を。
(楽だろうが、苦だろうが土に還るのは変わらないッスけど……)
彼女が殺人鬼と共に在るのを望むならば、クローネはそれ以上に何も言えなかった。
ひら、と揺れるファミリアー。その奥からクローネは毒を生じて殺人鬼へと放つ。
不安げな金の瞳と克ち合った、殺人鬼の瞳の奥は――嗚呼、笑っている。
「……笑って、」
「エルピスは、君達と喋っているんだろう」
自分しか、喋ることのできなかった彼女の人生の隘路。
殺人鬼の青年にとってこの上ない、喜びだという様に彼は降り止みそうな雨を受け止めて両手を広げる。
「―――――――!」
雨の音に掻き消される女の悲鳴が、只、そこには響いていた。
「わたしは逃げたの。それは、あなたも
……ねえ、それは生きたかったからでは、ない?」
エーリカの聲に、エルピスの掌が泥を掻く。もがく様に、戦う力が欲しいと乞う様に乙女は息を飲む。
「あなたたちも、皆のことも、わたしは憎むことはできなかった。
縋らなければ保てないことを、知っているから」
エルピス。希望の名を持つものよ。
土塊の中でもがく様に動く聖女だったものよ。骸と呼ばれた憐れなかたまりよ。
シグルーンは知っている。縋る相手がいなくなった時の喪失感を。
己が特異運命座標として力を得たときの幸福を――けれど、目の前で愛する人を殺されるその瞬間は、どれ程に耐えがたいのか。
エルピス、と振り仰ぐ。逃げ癖が着いた自分が、逃げる道を知っている自分が、そのおんなを両眼に映し込む。
「貴方は、エルピスの幸福を望みますか?」
見下ろす雪之丞の瞳は、どこか冷たく。その瞳の色を受けて、殺人鬼は笑っていた。
「 」
●
五文字だけ。
残されたのは、ただ、それだけだった。余りに質素で、余りに簡素で、あまりに――あんまりな言葉で。
「……知ってました」
アマリリスは声を震わせる。胸が、張り裂けてしまいそうな痛みを感じる。
雪之丞はクローネに視線を送り、リペアは食事はごちそうさまでした、と食事の終わりを告げた。
「……聖女という名を捨てて、ただのエルピスとして生きるなら、情報屋も、ひとつの道でしょう。
神の声が聞こえない。など。では天義の民は、神の声も聞けぬ骸しかおらぬのでしょう」
ばしゃり、と音を立てエルピスは立ち上がる。震える脚に力を込めて、特異運命座標の許へと歩みより、雪之丞と視線を交わす。
「かれは、なんと」
「 」
告げた言葉に、エルピスの眸は大きく見開かれた。幼い子供の様に泣きじゃくりそうになりながら彼女はひく、と息を飲む。
「音が聞こえない。その程度の個性。貴方は今、読唇術という才を持っているのに、何が不服でしょうか。
拙は、彼が何を望んでいたか知りません。……拙は、未だ理解が及びませんが」
雪之丞の着物を握りしめるエルピスの指先に力が籠る。
アマリリスは知っていた。聖女とは望まれ、誰かの願いで生まれるものだ。与えるだけで、与えられるものはない。
孤独の中で、欲しかった希望はとうにその名前に示されていたのに。
「自由に生きてください」
「いいの、ですか」
エルピスは小さく告げる。何も、悪い事なんてそこにはない。
ゆっくりと、エーリカは告げる。弱まった雨脚の向こう、差してくる月明りは彼の言葉を表すようで。
「ひかりを、のぞむのはわるいことじゃない」
「わたしは、この光の下に居てもよいのですか」
女の名前は希望。それに対して何を思う訳でもなく、目を伏せてリペアは小さく息を付く。
蔑まれることも、哀れまれることも、彼女の境遇ならばあっただろう。
シグルーンにとって、それはどこまでも難しい命題だった。
息の仕方は、難しくて。呼吸さえ止まってしまいそうだと知っていたから。
「世界と、出会いを、貴女に差し上げたい。信仰と神託が全てじゃない世界を知って欲しい」
「しれますか」
たどたどしく、口を開いたおんなはゆるりとアマリリスを見上げた。聖女だったものと、聖女だったもの。
同じ形をしていた筈なのに、エルピスにとって彼女は別のいきもののように見える。
「知れます。貴女は異教徒でもなければ殺人鬼を狂わせた訳でもないわ。
この国で、貴女は望まれないものかもしれない。けれど、天義(ここ)でない別の場所ならば」
「わたしは、生きていけるのですか」
「お手伝い、させてください。
彼の命も、あなたのことも背負っていく。誰でもない、わたしが、それを望むから」
エーリカはゆっくりとエルピスの傍に膝をついた。泥濘が闇色を汚す。頬に触れれば、嗚呼、冷たいではないか。
アマリリスは差し伸べた手でエルピスの白い指先を握り込んだ。
「また、ここから始めるの」
聖女だったものの後ろに、月が見える。気付いたら上がってしまった雨の、雲の合間から。
朧げな、輪郭さえ整っていない不細工な月が。
遠のいていく雨の気配に泥だらけの白いワンピースじゃ彼が笑うだろうか。
その日、一人の男が死んだ。
同時に、この国の聖女が死んだ――希望の名の女が生まれただけの日となって。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
エルピスはその言葉、身振り手振りで聞いたそれを信じて、縋る道を選びました。
それが茨の道だとしても、皆様と共に在りたいと。
MVPは美しいあなたのプレイングに。
どうか、その言葉が生きる希望になりますように。
称号を、ひとつ。貴方を見て、そう思いました。
GMコメント
菖蒲です。少し切なく生き延びて。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●聖女だったもの
エルピスと殺人鬼は呼びました。
難聴を患い、神の聲のみを聞くことのできた『聖女だったもの』。今はその殻。
少女のなり。粗末な小屋で一人暮らし。
秋雨が全てを隠してくれる日のみ、殺人鬼の青年の後ろをゆっくりと付いて回ります。
何故って――『わたしが彼を狂わせた』からです。
彼女に関しての処遇はおまかせします。ローレットで保護するも、そのまま捨ておくも。
●殺人鬼
旅人。そのかたちは人と変わらなく見えますが、変幻する刃の腕を持っています。
人を殺すことに何の罪の意識もなく。
聖女だったものへの迫害より天義に存在する人々を抹殺すべきと考えています。
ひとりきりの彼女に対して? どう思っていたのでしょう。
ただ、ひとりきり。一人ですが強力です。
●汚泥
八体の泥の形をした人形。殺人鬼が雨の日になると使用する魔法道具と称するに相応しいのかもしれません。
それをどこで手に入れたのか、天義の役人を殺した際に拾ったのだそうです。
まるで秋雨が降っていると殺人鬼と汚泥の区別がつかない気さえしてしまいます。
●秋雨の降る街
天義のとある片田舎。聖堂では礼拝が行われています。
ざぶざぶと音たてる雨が煩わしい日です。
人々は外の物音はきっと聞こえないでしょう。聖堂前の開けた広場で特異運命座標の皆さんは彼らと出会う事が出来ます。
どうぞ、よろしくおねがいします。
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