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シナリオ詳細

神有坂の伝説。或いは、かくも愚かな人の性…。

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●神を待つ坂
 豊穣のある山間部に、細く長い坂がある。
 坂の左右には小高い丘。鬱蒼と茂った樹々が、昼でもなお辺りに暗い影を落としていた。
 名を“神有坂”。
 遥か昔に、人々を災いより救った“神”とやらが降りたと言われる伝説の地だ。
 
 神有坂では、過去に何度も大きな争いが起きている。
 坂の近くにある2つの村が、神有坂の所有権を奪い合った結果として起きた争いだ。最初はほんの小競り合い。次に、村長同士のいがみ合い。そして最後には、血気盛んな村の若者たちによる壮絶な殺し合いにまで発展したと言う。
「果てに神有坂は血で染まり、倒れ伏した遺体の山が築かれたとか。前に進もうと思ったら、誰かの死体を踏み越えなきゃならないような有様だったって噂だよ」
 エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)はかく語る。
 時刻は早朝。
 神有坂から、少し離れた空き地であった。空き地の片隅には、古ぼけた石碑が立てられていた。曰く、神有坂で亡くなった若者たちの鎮魂碑であるらしい。
「人ってのは、どうも争いが好きみたいだ」
 肩を竦めてエントマは言った。
 その直後、遠くの方から大勢の怒鳴り声が聞こえる。
「驚いたことに神有坂での諍いは、今も続いているんだってさ。ここ数年は、坂の麓に2つの社が築かれて、誰も坂を登らないよう睨み合っているんだって」
 かつては村同士の諍い。
 今では、宗教対立のような有様へと至っているという。その発端は神有坂の伝説という嘘か誠かも知れぬ昔話だと言うのだから、なるほどもしも“神”とやらが本当に存在するとしたなら、きっとそれは邪神の類に違いない。
 呆れたように溜め息を零して、エントマは傍に浮いている浮遊式カメラに手をかける。
「これじゃ、撮影も出来やしない。せっかくこんなところにまで足を運んだのに、無駄骨になっちゃう。さて……じゃあ、どうして君たちが呼ばれたんでしょーか!」
 カメラから手を離したエントマは、眼前に並ぶ数名に指を差し向けた。
「それは、私の労力を一切合切の無駄骨にしないためです! 皆さんには、私を神有坂の頂にまで送り届けてもらいます!!」
 エントマがそう言い放った直後、再び、怒鳴り声が響いた。
 次いで、刃物か何かをカチャカチャと鳴らす音がする。
 この空気を、この音を、イレギュラーズは知っていた。争いごとが、戦が始まる直前特有の肌を刺すようなピリピリとした空気である。
「対立しているのは2つの村。その代表を名乗る、何だかよく分かんない宗教!」
 1つは西の村の宗教“神降教”。
 そしてもう1つは東の村の宗教“拝神教”。
 宗教とは言うものの、その実態は“神有坂”の所有権を主張し設立された村の戦闘集団である。構成員も、若者から年寄りまでと年齢層にばらつきがある。
「わざわざ宗教にまでしちゃってさ。そんなん作ったら、後はもう争うしかないっつーの」
 一体、どこの阿保が「宗教を作ろう」などと言い出したのだろう。
 顔も名も知らぬ代表者のことを思うと、頭が痛くなる気がした。
「タイミングの悪いことにね、今日、これから、2つの宗教は数ヵ月ぶりに大きな戦をやるみたい。戦に紛れて、私たちは坂を登っちゃおうって寸法だね」
 護衛をよろしく頼んだよ。
 そう言ってエントマは、うんざりとした顔をする。
 坂を登りたいだけだと言うのに、なんでこんなに苦労せねばならないのか。そんなことを考えているのだろう。
 もっとも、最初からイレギュラーズを呼んでくる辺り、どうやらエントマは自分の“不運”を自覚しているようだった。

GMコメント

●ミッション
エントマを“神有坂”の頂にまで送り届ける

●エネミー
・神降教教徒×数十名
神有坂の所有権を主張する西の村で生まれた宗教。
神有坂の麓に社を立てて、立ち入る者を排除している。
教徒たちは農具や竹槍で武装しているようだ。
教義に「神の降りる時まで坂を守る」と定めている。

・拝神教教徒×数十名
神有坂の所有権を主張する東の村で生まれた宗教。
神有坂の麓に社を立てて、立ち入る者を排除している。
教徒たちは農具や竹槍で武装しているようだ。
教義に「いずれ来る日まで髪を拝し奉る」と定めている。

●護衛対象
・エントマ・ヴィーヴィー
ローレットとは協力関係にある錬達出身の動画配信者。
彼女の配信する動画“エントマChannel”のネタを求めて、神有坂を訪れた。
声が大きく、足が速い。
最近、トラブル続きのためか自分の不運に気付き始めた節がある。

●フィールド
時刻は早朝。
豊穣。とある山間部にある長い坂。付近の村では神有坂と呼ばれている。
古くには、坂の頂に神が降り立ち人々を災いから救ったとされているが真偽は不明。
長さにしておよそ数百メートルほど。
近くには西の村と東の村が存在し、神有坂の所有権を巡って長年対立を続けている。
ここ数年は神有坂の麓に両村が社を築き、警戒網を敷いているため、誰も神有坂の頂にまで登れないでいる。
本日、2つの村は数ヵ月ぶりに大規模な戦を行う予定である。


動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。

【1】エントマに雇われた
エントマに雇われて、神有坂を訪れました。

【2】旅の途中で立ち寄った
“神有坂の伝説”を知ってか知らずか、旅の途中で立ち寄りました。

【3】用心棒として雇われた
「西の村」または「東の村」から、用心棒として雇われています。


諍いの行く末
神有坂を舞台とした村同士の戦が始まりました。
上手いこと立ち回りましょう。

【1】神有坂の登頂を目指す
個人またはエントマと一緒に、神有坂の登頂を目指して行動します。

【2】道を切り開く
眼前を塞ぐ邪魔者の排除を担当します。
坂の登頂にはさほど興味がありません。

【3】喧嘩だ、祭りだ!
とにかく暴れられるのなら何だっていいのです。暴れましょう。

  • 神有坂の伝説。或いは、かくも愚かな人の性…。完了
  • GM名病み月
  • 種別 通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月30日 22時25分
  • 参加人数4/7人
  • 相談0日
  • 参加費100RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(4人)

ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)
極夜
不動 狂歌(p3p008820)
斬竜刀
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

リプレイ

●神を巡る対立
 その地には、かつて“神”が降りたという。
 神は人々を苦しめる災いを鎮め、その地に安寧をもたらした。
 以来、神の降りたその場所は“神有坂”と呼ばれている。
 それが、豊穣のとある長い坂にまつわる伝説であった。
 それが、坂の近くにある2つの村が争い続ける理由であった。

「なんだその争い理由は。いるかいないか分からない存在相手にくっだらな……」
 話を全部聞き終えて、『極夜』ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)はそう吐き捨てた。最後まで聞いたのが時間の無駄であったのだと、ペッカートの目がそう言っている。
 口ほどに物を言うペッカートの視線を真正面から受け止めて、エントマ・ヴィーヴィーは肩を竦めた。
「いや、私に言われてもね。実際、それで争ってんだから、どーしよーも無いでしょ?」
 ところは豊穣。
 神有坂から、数十メートルほど離れた場所にある林の中だ。
 エントマと、4人のイレギュラーズが茂み越しに神有坂へ視線を向ける。
「で、あれか? それで殺し合いをするなんて馬鹿だな」
 『斬竜刀』不動 狂歌(p3p008820)の言う“あれ”とは、神有坂の真下で対立している2つの集団だった。
 件の争う村の衆である。
 ただしくは、2つの村にある宗教団体同士の対立である。
 神有坂の所有権をめぐる争いは、長い年月を経てついには宗教戦争の体を成していた。災いを収めた神もこれでは報われないと言うものだ。
「神を否定はしないが……なぁ」
 豊穣の地には四神様や黄龍様が存在している。それは決して人々の願いが生んだ空想の産物などではなく、確かに上位の存在として豊穣の地に存在している。
 そのような豊穣の土地である。狂歌の知らぬ神の1柱や2柱はいてもおかしくないだろう。一説によれば神の数は“八百万”とも言われているのだ。
 例え、神有坂に降りた存在が、何処の馬の骨かも知らない神であったとしても、信仰するのは個々の自由であるべきだ。
「何もこんな日に、神有坂への登頂を企画しなくったっていいだろうによ」
 2つの宗教集団は、一定の距離を開けて睨み合い、怒声や罵倒を飛ばし合っているでは無いか。きっともう長い間を空けないうちに、宗教戦争が勃発するに違いない。
 戦争。
 血で血を洗う人間同士の争いである。
「不運な我が身が恨めしいよ。よよよよ~」
 わざとらしく泣き真似をするエントマを、ペッカートは冷ややかな目で見つめていた。
 そもそも、こうしてペッカートたちイレギュラーズを最初から呼んでいる辺り、エントマは面倒ごとを予感していたに違いないのだ。
「えっ不運? 自分から余計なことに首を突っ込むから、だけじゃなかったのか!」
「……イズマさん、けっこう私に慣れて来たね」
「お互い、よく今まで無事でいられるものだと思うよ」
 海へ、砂漠へ、雪山へ。
 興味本位で各地を巡るエントマが、“安全”に事を終えた試しがあっただろうか。
 と、それはともかく。
「はぁ、馬鹿ばっかりか? 本人たちはマジなのが余計にアホらしいぜ」
 『ガイアネモネ』紅花 牡丹(p3p010983)が耳を塞いで、実に“うんざり”とした顔をする。口汚く罵り合う声も、いい加減に聞き飽きた。
「宗教は自然発生するから仕方ないよ」
 牡丹の台詞に相槌を打って、イズマはその場で数度、屈伸。
 そろそろ戦が始まるだろう。
 戦が始まれば、自分たちの出番である。
「ま、どうでもいいっちゃどうでもいいよね。宗教も個人の自由だし。ただ私は、神有坂の頂とやらを見てみたいだけだしさ」
 今回の目的は、2つの村の宗教的な対立をどうこうすることではないのだ。
 エントマを神有坂の頂にまで送り届けることがイズマら、イレギュラーズの仕事なのである。

●坂を駆けあがれ
 人間が争っている。
 農具や竹槍、果ては石まで武器にして人間同士が争っている。
 まぁ、人間なんていつの時代、どこにいたって争っているものなのだが。
 牡丹は争う人の姿を、実に胡乱な目で見やる。
「一度両方の面子をぶっ潰してやったほうが現状打破のきっかけになるか?」
「それで落ち着くならいいが。エントマちょっと預かれ」
 エントマの手に得物の大太刀を押し付けて、狂歌が歩き始める。
 肩を回して、拳を鳴らして、瞳に熱い闘志を燃やして、殴り合い、傷つけあう人々の元へ……つまりは戦場へと向かう。
「あいつらなんか拳で十分だ」
 
 怒号が飛んだ。
「神降教がなんぼのもんじゃ!」
 振り上げた拳が、中年男性の頬を打つ。
 殴られた男性は鼻血を流して、顔の下半分を真っ赤に染めていた。だが、彼は1歩も退かなかった。
「拝神教の阿保共が、神有坂を奪おうなんざ100年はえぇよ!」
 叫び返して、殴り返した。
 殴って、殴られて、また殴って、また殴られて。
 あぁ、愚かな人の性。
 やられたらやり返すのが自然の摂理だ。けれど、それでは争いは決して終わらないのだ。
 そして、争いは同レベルの者同士の間でしか発生しないのである。
 つまりは泥沼。
 いつまでも終わらぬ、暴力と憎悪の応酬である。
 で、あれば。
 果たして、何が争いを終わらせ得るのかと言えば。
「どっちもいい加減にしやがれっ!」
 2人の男の鳩尾を、狂歌の拳が殴打した。
 男たちは反吐を散らして、白目を剥いて地面に伏した。
 これこそが争いを終わらせるための、最も冴えた一手である。
 たった1つのやり方である。
 暴力の応酬に終止符を打つのは、いつだってより純粋かつ圧倒的な暴力であると決まっているのだ。
「……なんだ、お前?」
「村のもんじゃねぇ。余所者が何しに来たんだ」
「神有坂に上るつもりか? そんな不敬が許されると思っているのか?」
 無数の視線が狂歌に刺さる。
 敵意が、憎悪が、狂信に染まった危うい視線が狂歌に突き刺さる。
 肌がピリつくほどの憎悪と怒りを浴びて、狂歌は笑みを浮かべた。
 硬く握った拳を胸の前で合わせて、彼女は言った。
「かかって来いよ。俺がその妄想ぶっ壊してやるからよ!」
 後はもう、混沌とした乱戦である。

 “暴力”としか言いようがない光景だった。
「……えぇ」
 信仰が絡むと人はこうも荒々しくなるのかと、エントマはちょっと引いていた。
 思わず狂歌から預かった太刀を胸に抱きしめるほどである。
 だが、臆してばかりもいられない。何しろこれは、エントマの持ち込んだ依頼であり、エントマが達成すべき企画なのである。
 これからその“暴力”の坩堝へと突貫せねばならないとなれば、覚悟を決める他に無い。
「乗れ、エントマ!」
 迎えも来た。
 鞍を背負ったドレイクである。
 その背に乗った牡丹がエントマへ手を指し伸ばす。
「オレとドレイクの機動力で坂の上まで連れてってやるぜ!」
 ちょっともう「やっぱり中止で」とか言える雰囲気では無いし、ここまで来て企画倒れとなるような結果はエントマだって望んでいない。
「らぁ! 行くよ! 行くっきゃないでしょ! 女上げるのは今だうらー!」
 やけっぱちである。

 赤い髪を躍らせながら、牡丹が気勢を発して吠えた。
 その手には手綱。
 駆るは猛るドレイクである。
 もちろんドレイクは調教済であるため、むやみやたらに人を襲う心配はない。人を襲う心配はないが、その走力は馬より高い。
 つまり、轢かれれば人の身体などあっさりと地面を転がるのである。
「神有坂に近寄らせるな!」
「余所者め、坂は登らせんぞ!」
 だと言うのに、怪我も恐れずドレイクの前に踊り出す輩の多いこと。
「どうかしてんのか、こいつら!」
 手綱を引いてドレイクを急制止させながら、牡丹は苛立たし気に叫んだ。
「どうかしてなきゃ、坂なんぞの所有権を巡って争い続けやしないよね」
 牡丹の腰にしがみ付いたままエントマが呟く。
 牡丹やエントマには理解しがたいことではあるが、2つの村の住人にとって神有坂という場所は、それほどまでに尊く偉大なところなのだ。
「じゃあエントマが山頂で神に成り代わってこの争いを止めるってことで」
 ドレイクに群がる村人たちへ、ペッカートが跳びかかる。
 跳びかかるというか、ドロップキックを浴びせかけた。
 靴底を1人の顔面へと叩き込み、その後ろにいた数人ごとまとめて地面に転がした。仲間をやられた仕返しとばかりに何人かの村人がペッカートに殴りかかるが、展開された魔力障壁に阻まれて、その拳は届かない。
「神なんかにはなりたくないね。絶対つまんないでしょ」
「じゃあ悪魔はどうだ?」
「それもお断りかな」
 軽口を交わしながらも、ペッカートは着実に道を塞ぐ村人の数を減らしていった。邪魔者が減れば、ドレイクも動けるようになる。
「飛ばすぞ。振り落とされんなよっ!」
 牡丹がドレイクの脇を靴の踵で蹴った。
 咆哮をあげたドレイクが、再び疾走を開始する。
「人間より熊に気を付けろよ。マジやばいからあいつら」
 背中に届くペッカートの声。
「これだけ多いと熊も裸足で逃げ出しそうだが」
 ドレイクの背中を守るように立ったイズマが、ペッカートへ何かを渡す。
「あん?」
「そっち、引っ張ってくれ」
 イズマからペッカートに手渡されたのは1本のロープだ。
 ロープの片側を手にしたイズマが、少しの笑みを浮かべて言った。
「坂に縄を張って左右に切り分けてやろう」

 村人たちの争いごとに関わる理由も、止める義理も、権利も何もイズマには無い。
 何を信仰するのも自由だし、何のために戦うのかも個々の勝手だ。
 イズマとて、例えるのなら“音楽の徒”とも言える性質をしているわけで、とてもじゃないが他人のことをあれこれと言える立場じゃないのだ。
「それはそれとして、少し頭に血が上り過ぎだ」
 鋼の右手で縄を掴んで、戦場と化した坂の真ん中を駆けあがる。
 村人たちが坂を巡って争うのは自由だが、だからと言って目の前で怪我をしたり、酷い時には死ぬかもしれないような目に逢う者がいるなら、黙って見過ごすわけにもいかない。
 ピン、と張られた縄にぶつかり数人の村人が地面に転んだ。
 イズマの張った縄を境に、集団が2つに分かたれた形だ。
 殴り合いの勢いが弱まる。
 間に張られた縄を見て、否応なしに境界線を意識させられ、一部の暴徒が幾らかの冷静さを取り戻したのだろう。
 人というのは不思議なもので、近くによれば何かの拍子に争い始めてしまうのである。
 ならば、強制的に距離を取らせればいい。
 1本の縄で隔たれた、手は届かぬが、声だけは届くこの距離感が、彼らにとっての“適切距離”であるのだろう。
「こんなものか」
「いいのか? 狂歌の奴、まだ暴れてるぞ?」
「……止めて来るか? ペッカートさんが」
「やなこった。怪我はしたくねぇんでな」
 冷静さを取り戻したのはごく一部の人間だけだ。
 イズマの張った縄から離れた場所では今も、人と人とが争っている。狂歌もちょうどその辺りで暴れていた。
「それより、聞かせてもらおうか。争いを指示したのは誰だ?」
 腰の剣に手をかけながらイズマは問うた。
 いくら坂が大事だとは言え。
 いくら長年、争い合っているとは言え。
 神とやらの存在が確認されていない以上、神有坂は単なる“坂”に過ぎないはずだ。
 だと言うのに、何が彼らを狂奔に駆り立てたのか。
 何者が、彼らに血を流せと指示したのか。
 イズマはそれが知りたかった。

●神有坂
 殴って倒した人で山が出来ていた。
 狂歌はひたすらに暴れていたのだ。坂の所有権を巡って殺し合いをするような連中が、命を粗末にするような輩が、どうにも許せなかったのだ。
「……てんで弱っちいな。その割に随分と好戦的で……まるで狂戦士か何かみたいだ」
 村人たちの誰1人として、狂歌に痛撃を与えることは出来なかった。
 だが、誰1人として狂歌から逃げる者はいなかった。
 “神降教”も“拝神教”も、どちらの教徒も気絶するまで狂歌に挑みかかって来たのだ。
 狂歌は彼らの瞳の中に、ほんの一かけらの狂気を見た。
「なぁ、ところで何だが……アンタたちの指揮官は誰だ?」
 地面に倒れた1人を引き摺り起こしながら、狂歌はそう問うた。

「そういや、最初から指導者なんて見当たらなかったよな」
 イズマの言葉を耳にして、ふとペッカートの脳裏に1つの疑問がよぎった。
 通常、集団には指導者が存在するはずだ。
 さもなければ、集団は統率されないのだ。
 そして、統率されない集団はほとんど暴徒と同じである。
「争いを煽って奴もいねぇ」
 周囲をぐるりと見まわして、ペッカートは首を傾げる。
 そこかしこで争いは起きている。
 だが、どこにも争いを指揮する者はいない。
「全員が、まるで何かに操られでもしたみたいに、敵対している連中に対して敵意を向けてる。イズマよ、これ、少しおかしくねぇか?」
「あぁ、俺もそう思うよ。どっちの村にも“勝つ”要素が欠けている」
 指揮官がいるのなら、それを討てば戦線は崩壊するものだ。
 だが、もしも戦場に指揮官がいないのなら。
 争いを止める者が誰もいないのなら。
 後はもう、最後の1人が倒れるまで争いは続くに決まっているのだ。
「宗教なら、教祖がいるはずだ。なのに、どうしてこの場にそいつはいないんだ?」
 神有坂の所有権を巡った争いは、狂歌やイズマ、ペッカートの活躍でもうじき終わりを迎えるだろう。
 これは、本来、意図されていない終戦である。
 彼らにとって重要な意味を持つ“神有坂”……その所有権を巡る争いは、例えるのならある種の“聖戦”と言えるだろうが。
 そこに教祖が居合わせないのは、どうにも不審ではないか。

「おぉ? 珍しいな。人が来るなんてなぁ」
 そう言ったのは、頭から着物を被った頭の大きな男であった。
 常人の数倍はあるゴツゴツとした巨大な頭。ぎょろりとした目に、牙の生えた大きな口。
 にやけた顔で、牡丹とエントマを見やると肩を竦めた。
 神有坂の頂にある社に腰かけ、笑うそれは妖だ。それも、おそらくはきっと善良な者ではない。その顔が、笑みが、何より纏う陰の気配が悪妖のそれなのである。
「神……って風じゃねぇな」
 ドレイクから降りて、牡丹は言った。
「神なんざいねぇよ。ずっと昔から住んでる俺が言うんだから間違いねぇ」
 ケタケタと笑って、妖は社の後ろへ降りた。
 社を盾にするようにして、牡丹から少し距離を取る。
「俺を討ち取りに来たのか?」
「そうじゃないけど……何なの、あんた」
 牡丹の後ろに身を隠しながらエントマが問うた。
 巨頭の妖は呵々と笑って、社を叩く。
「俺ぁ“がごぜ”と言うもんだ。お前ら、戦場を抜けて来たんだろ? どうだ、楽しかったか?」
「……あぁ?」
「おぉ、おっかねぇ。なんだ、気づいてないのか?」
 牡丹に向けて嘲るような言葉を吐いて、がごぜと名乗った妖はさらに数歩、後ろへ下がった。
「下の連中に争わせてたのは俺よ。陰の気は美味いし、腹に溜まるんでな。坊主を操って、怒りを焚きつけて、あいつらを争わせてたのよ」
 とん、とん、とん。
 上機嫌に跳ねながら、がごぜはさらに後ろに下がった。
 後ろに下がって、下がって、下がって。
 そして、林の中へと逃げた。
「神を拝みに来たのか? いねぇよ、そんなの。俺しかいねぇ。でもなぁ、俺がやったのは“きっかけ”を与えることだけだ。いがみ合って、殺し合ったのは村の連中の意思だぜ?」
 それだけを言い残し、がごぜの気配は消え失せた。
 気づけば、坂の下から聴こえていた怒号も収まっている。
 戦争は終わったのだろう。
「とりあえず、今は……だけど」
 つまらない結末だ。
 エントマは唇を噛んだ。
 神有坂の伝説が、嘘っぱちならそれでよかった。
 だが、彼女が知った現実は、もっとつまらないものだった。
 妖に騙され、いがみ合い、争い合う人間。
 愚かで、哀れな人の性。
「知らなきゃよかったってことも、世の中にはあるよな」
 がごぜの消えた林を睨み、牡丹はそう呟いた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
神有坂の頂に到達し、その真実を知ることが出来ました。
依頼は成功となります。

この度はご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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