シナリオ詳細
再現性東京202X:ブラック×ブラック
オープニング
●黒の中の黒
自らの息子が、部屋で首をくくっているのを発見したときの母親の心境はどういったものであろうか?
おそらくは、本当に全く、世界が終わってしまったかのような心地になるに違いない。
白川聡の母、朝香が、一人暮らしであった聡の部屋に訪れたのは、聡と連絡が取れなくなってすぐの事であった。
就職の決まった聡は実家を出て、少しだけにぎやかな街に働きに出た。彼は少ない給料から家に仕送りを送り、時に苦労話などを交えながら、定期的な連絡を欠かさない孝行息子だった。
彼からの連絡が途絶えたのは、彼が就職してから3年ほどたった後のことで、「そろそろ自分の人生をしっかり歩んでいいのだよ」と、父である浩平が聡に伝えたような時期だった。聡は、電話口でぽかんとしたような様子を伝えてから、
「そうかぁ」
と、気が抜けたように答えたという。
「で、自殺かい」
「そうですね。遺書もありますから」
と、刑事と鑑識が言葉を交わしあう。
ビニールシートやらなんやらで区切られた聡の部屋、小さなアパートの一室は、今や生前のそれからは考えられぬほどに大量の人と、好機の視線を向けられている。入り口では、近隣の住人が、ちょっとした『事件』を肴に、ひそひそ話をやっている。
「相当病んでたみたいですよ。クリニックの診察券も」
「ブラック企業って奴か。最近不景気だものな……」
もちろん、『不景気』という再現であろう。ここは再現性東京。かつての『現実』を再現したここは、東京のなつかしさときらびやかさ、そして悲しい面も再現してしまう。いや、再現しようとせずとも、そこに人がすむのならば、こういった悪辣な現象は発生してしまうのかもしれない。
金を稼ぐ、とは、命をすり減らすことに違いはないのだが、どの限度を超えての作業というものを発生させる仕組みもある。俗にブラック企業と呼ばれるそういった仕組みの会社は、おそらくはいくつも存在して、人の命を燃やしながら小さな金を得るのだろう。
「やめるにやめられないんでしょうよ。これはその、遺族にはオフレコでお願いしますが」
刑事の一人が、小声で言った。
「緊張の糸が、切れちゃったんでしょうね……仕送りはしないでいいよ、なんて親なら言って当然なんですが。
まるで、『もういらない』って言われたように、聞こえちゃったんでしょうねぇ」
おそらくは、彼をぎりぎりでとどめていたものが、『親への仕送り』という義務感だったのだろう。それが、ぷつん、と切れてしまった。そうなると、もう自分を繋ぎ留めていたものがなんなのかわからなくなってしまって、いっその自棄になってしまったのだろう、と。
「それ、本当に間違っても遺族の耳に入れんなよ」
刑事がくぎを刺した。
「ただ……わかってるかもしれんけどな。そういうのは、親ってのは敏感に感じちまうもんだ……。
ああ、そう言えば、先方の会社はどうだってんだよ」
「一応過重労働は認めて、見舞金を出したそうですよ。100万ほど」
「……二十ウン歳の若者の命の値段かね、それ」
「相場よりだいぶ値切ったみたいですよ。彼が死んだせいで会社も損害が出たとか言って……」
「いかれてんなぁ……警察は何してんのかねぇ……」
人ごとのように、諦めのように、刑事は呟いた。
夜妖という魔が存在する。
様々な形で存在するそれは、例えば、ゴーストや、怨念、澱み、のような姿をとることもある。
澱んだところに、魔は現れる。穢れや、汚れ、そう言うものだ。
清める、とは、言葉通りに、場を清めることを意味する。塩、酒、の様なものは、そう言った『場を清める』ために使う。これは笑いごとのようでもあるが、『消臭剤が幽霊を除霊する』と語られることもある。ある意味で、場を清めるという消臭剤の使用は、理にかなっているとも言えた。
いずれにしても、この場で言いたいのは、『水は低きに流れる』というか。悪しきは悪しきにつく、というものだ。ブラック企業、という、おおよそ人の怨念のこびりついたようなそこには、必然的に、魔、はこびりつくのである。
「白河の野郎よ」
と、男が言った。デスクに座った男は、鬼のような形相をしていた。田川武。このブラック企業――グレェ商事の管理職の一人である。
「このクソ忙しい時期になんで首くくってんだよ。もっとヒマな時期にやってくれよ」
「暇な時期なんてないでしょうよ」
部下の一人が言う。
「あいつが死んだせいで、俺に仕事がひっかぶってきやがった。クソが、死ねよ。
いや、もう死んでんのか……もう一回死ねよ」
「いや、分かるぜ、その気持ち」
田川が言う。
「なんだろうなぁ。俺らは必死に頑張って、耐えてるわけじゃん?
なんでこう、ああいうくそ弱いのは、すぐにへばるかね。
俺はもっと頑張ったぞ、あいつくらいの時にはね」
「結局、根性が足らないんでしょ」
部下が言った。
「だから、すぐに死んじまうんだ。
で、馬鹿な遺族がさ、会社が悪い、とか訴えてきやがるんだろ?
そう言えば、金払ったんですよね、あいつの遺族に」
「クソうぜぇよな。アイツに払う分、俺達に給料よこせよ」
「言えてますね。あぁ、給料上がらねぇかな……」
水は低きに流れるというか。
あるべき場所に人は収まるというか。
悪しき場所には、やはり、悪しきものが集まるのだろう。そして、そこに、魔はこびりつくのだろう。
彼らはある意味で被害者であるともいえる。彼らの鬱屈して歪んだ思想は、魔に影響され、その体を多少、そちら向きに行くように誘導されていることは間違いないのだ。
同時に、加害者であることは間違いない。魔が与えたのは、あくまで『きっかけ』。彼らが善性であれば、このようなことは起きなかっただろう。
結局。誰が悪いかといえば――結論付けられないのが、世の常である。
さて、ここでローレット・イレギュラーズたちが登場する。ここからが、『あなた』の物語だ。
「復讐かい」
と、極楽院 ことほぎ (p3p002087)が言う。どうでもよさそうな表情で、実際、相手の内情についてはどうでもよかった。
「ブラック企業の、特に息子の同僚や上司を殺してきてほしいと」
仕事である。であるならば、それ以上の感情は特には抱かない。あとは金がもらえれば、それで。
「法的には、この事件には決着がついています。まぁ、会社側は相当無茶なことを押しとおしましたが、それでも」
カフェ・ローレットで、エージェントがそういった。
「だから、これはもう、私刑になるわけです。法治社会において、私刑はあってはならない。でも、それをやります。
これは、まぁ、裏技みたいなものです。件のブラック企業の部署は、『夜妖』に汚染されています。
それを、祓う、わけです。内部の人間の命は保証されませんけれど」
「いわゆる『悪依頼』って奴になるんだろ? ま、別にいいさ。で、報酬は?」
「遺族がもらった見舞金、100万を元手として支払われます。もちろん、外で使える『ゴールド』に換金されて、規定通りのものを」
「汚れ金がそのままこっちに来たか。『悪依頼』って感じだ」
くくっ、とことほぎは笑った。
『あなた』がどのような感情を、今抱いているのか。それはあなたが一番よくわかっているだろう。義憤かもしれないし、ある種合法的に私刑を加えることのくらい喜びを抱いているかもしれない。
なんにしても、『あなた』はこの依頼を受けて、夜妖を祓い――従業員たちを皆殺しにする。それだけは、変わらないわけだ。
「じゃ、やるか」
ことほぎが、そう言った。果たして、深夜の残業現場に、あなたたちは踏み込むこととなった。
- 再現性東京202X:ブラック×ブラック完了
- GM名洗井落雲
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年12月01日 23時00分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●闇に消えゆく
実にスムーズに中に侵入できたのは、希望ヶ浜学園のバックアップがあったのも確かだろうが、『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の『手引き』があったが故だろう。
地元のダチコー……ビルセキュリティの管理者に小金をつかませ、口車で言いくるめた。
曰く……『我々が侵入する瞬間、カードキーや監視カメラ等の防犯システムが偶然にも作動していない状況を作っておいていただけませんか? なぁに、偶発的なシステムエラーが、たまたま起きてしまうだけです。貴方には何の責任も生じませんよ』
果たしてその言葉に乗ったのだろう。おそらく証拠は残ってはいまい。というわけだから、今回の仕事は、闇から闇に葬られる、そういう仕事――。
「で、終わらせませんがね」
うそぶく様に、寛治はつぶやいた。
「おっかないねぇ」
ヒヒヒ、と『闇之雲』武器商人(p3p001107)は笑う。
オフィスビルは、すでにほとんどが消灯していた。これは奇跡的ともいえた。大体、夜遅くまでどこかしこかが残業をしているのだ。とはいえ、これもどこかから手がかかったかもしれない。なんにしても、とにかくターゲットのことだけを考えられればすむというのは楽だ。
「しかし、なんだね。ここの社長というのは我(アタシ)より商才がないらしい」
と、武器商人がうそぶく。
「恐怖で押さえつけたって、ろくな成果も上がらんだろうにねぇ。
まぁ、そこは同調圧力ってやつかい? まともそうなのもそれなりにいたみたいだけれど」
「いくら再現性、って言ったって、そんなところまで再現する必要ないとおもうんスけどねぇ」
『無職』佐藤 美咲(p3p009818)がそういった。
「それとも、再現しようとしなくても、こういうものはできてしまうものなんスかね。
再現性労基署とかもあるにはあるんでしょうし。
ああ、金は人を狂わせるものなり。
仕事なんてある程度手を抜くぐらいでいいってのに。
ま、クビになった人間のいうセリフじゃないとは思いまスけど」
と、職なき己の身に、嘆息する。
「なんか、変だね。ニンゲンって」
『無尽虎爪』ソア(p3p007025)が、むむー、と口をとがらせながら言った。
「こんな、重くて、苦しい空気の場所で、辛い思いをして生きないといけないなんて。
それで、辛かったり、ゲロったりするんでしょ?
森に帰って暮らせばいいのにね」
「森にはないもんもあるからなぁ」
『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)がケタケタと笑う。
「それを人間のなんやかんやだとか小難しいことを言うのはなしだ。
簡単な仕事だぜ? 行ってぶっ殺して洗ってくる。
給料もらって会社の為に死ぬまで働く、とか。オレは御免だが。
それが巡ってオレの飯のタネになるっつーんだから皮肉なモンだぜ」
まったく皮肉か、人を殺して払った金が、人を殺して得る金になる。ぐるぐると回る、金というもの。数字と信用という、実像のないものに裏打ちされた、命より重い価値。
「これだけ豊かに過ごせる国で、こんなことが罷り通っているとは、な。
人間というのは、度し難いもの、だ。一体、何のために働いている、のか」
『薔薇冠のしるし』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が、嘆息した。果たして全く――東京という場所は、恐ろしい場所なのかもしれない。
生きるために働いているのならば、これでは躓いている。
幸せになるために働いているのならば、これでは躓いている。
躓いている。どうにもこうにも、正しいとは言い難い。
「其れでも働かねば、なのか。
わからないな……。
わから、ない」
エクスマリアが、そうつぶやいた。
人間社会の欠陥だのを憂いて嘆くつもりはないが、どうにもやるせないものである。
「さて、そろそろだが」
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)が、そういった。視線の先には、まだ煌々と明かりのついたオフィスがあって、中ではカタカタとキーボードをだのをたたく音が聞こえてきた。
「……最期の時くらい、休んでいればいいのにな。
いや、最期だとは思ってはいないのだろうが」
ふ、とカイトが息を吐いた。
「さて、取り敢えず【保護結界】+【エキスパート】は貼っとくかな。
こうしておけば、『証拠を向こうが隠蔽しようとしたら明確に分かる』からな。
ま、勿論余波でぶっ壊したくないってのも十分にある。
だって――『今から起きることは、無かった事になるんだ』」
ああ、そうなのだ。これから起きることは、何もなかったことになる。
なぜか、夜中にスタッフが全員失踪して。
監視カメラはその時、一時的に壊れていて。
警備員は何も見ず聞かず。
そういう風に、なる。
「……本職とはいえあまり好きな仕事ではないのだけど」
『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)が、そういった。
「人の心もなく化け物に成り果てた連中が対象なら、痛む心もなくて正直気が楽だよ。
こんな奴らに思考を使う時間が勿体ないし、さっさと終わらせよう」
その思いは、ほかの仲間たちにも共通するところだったかもしれない。
なんにしても。
さっさと片付けるべき案件だ。
仕事と同じ――いや、これも仕事であったか。
さて、カイトが保護結界を展開したことに、中の人間は気づかなかった。そうだろう。死に物狂いで働いているのだ。これから本当に死ぬのであるが。いずれにしても、イレギュラーズたちが踏み入った時に、あるいは、もう彼らの運命は決していたのかもしれない。
「キシャにおかれましてはマスマスゴセーリューのことと何だっけ……?」
挨拶を練習してきた、というソアが、しかし途中で噛んで小首をかしげる。なんだったっけ? まあいいや! ソアは即座に即座を切り替えた。
「ああ? なんだこのコスプレ女は?」
田川が叫んだ。
「水商売呼んだバカはどいつだ? ホテルでやれホテルで――」
「えーっと、死んで!」
にっこりと笑って、ソアは手近にいた社員をぶんなぐった。ぐあっ、と体が浮き上がって壁に叩きつけられる。ぐしゃ、という音がしたが、まだ死んではいなかったらしい。
「わ、丈夫だ。こういう人たちって、死にかけでフセッセーなんじゃないの?」
「夜妖にとりつかれてるって言うのはほんとらしいねぇ?」
武器商人が言う。
「な、なんだ!? 頭のおかしい奴らか!?」
この状況に、ようやく仕事中の社員たちも手を止めた。すぐに、近場にあった、カッターだのハサミだのの文房具を持ち、迎撃態勢をとる。
「なんかそれなりに様になってるスね。夜妖の影響かな」
美咲が言う。
「そう言うことなんだろう。さて、こいつらに何か言いたいことがあるか?」
カイトが言うのへ、
「マリアは、特には」
「俺も」
エクスマリア、雲雀が頭を振った。
「んー、『楽したいからさっさと死んでくれ』かねぇ?」
ことほぎがジョークのように言ってみせる。
「さっきからなんなんだガタガタと! テメェら! こいつらをぶっ殺すぞ!」
「まるでヤクザですねぇ」
寛治が肩を竦めた。
「さて、私から言わせてもらうならば――。
『ブラック会社からは逃げればよい』。
それから……『パワーハラスメントは、より大きなパワーによって加害者が被害者に早変わりするのです』、でしょうか。
ま、今回のパワーは『権力』ではなく『暴力』ですがね」
たん、と、雲雀と美咲が踏み出した。その背に、導きの道を広げ、仲間たちを一気に加速させる。
はっきり言って、夜妖の影響があると言えど、美咲と雲雀の反応速度に追いつける敵など、当然のごとく存在はしなかった。なので、ここから始まるのは、まずは一方的な攻撃、ということになる――。
「ま、それでも雑魚は雑魚だ。
我(アタシ)が頭を押さえておくよ。
上からの圧力には慣れてるだろう? 可哀そうに」
武器商人がそう言って、その隠された瞳で、確かに『会社員』たちを見た。すぐさま、それは魅了の魔となって、彼らをその身の内に強く引き付ける。
「今度は何に目がくらんだんだか。キミたちが見た幻に吸い寄せられて死ぬといいさ」
殺到する会社員たちに、しかし武器商人は冷笑を浴びせた。そんなことに、彼らは気づくまい。狂乱のまま彼らが振るった刃は、確かにイレギュラーズたちに傷を負わせたが、「その程度」であることは確かだ。
「『会社に与えた損害』の精算は済んでるんでしたっけ?
んじゃ、その分の損害与えましょうか」
美咲が淡々とそう言い放つと、たん、と壁を蹴った。閉所での戦闘ならば自信がある。とにかく近くにあるあらゆるものを利用して、先に相手を殺せばいい。美咲はシャーペンを手に取ると、それを目の前にいた男の眼球にぶっ刺した。そのまま押し込む感覚が手に残り、確かに頭の中を物理的にかき乱してやったのを自覚してから、『死体』を蹴っ飛ばして次へ。
「おいおい、お前ら、働きすぎだぜ。随分と『肩が凝ってるみたいじゃあないか』」
そうことほぎが言いながら、たん、と煙管でデスクを叩いた。その煙管から噴き出した煙が、不吉の呪となって会社員たちの体にまとわりつく。石化したように固まった体は、まさに肩が凝っているかのよう――で、すむわけがもちろんない。
「ほぐしてやろうか? なぁ、嬢ちゃん」
「はーい! 全身マッサージだね!」
ソアが笑って、手近にいた会社員を『マッサージ』してやる。思いっきり。すぐにそれは脱力して、動かなくなった。
「ほぐれたね!」
「ま、すぐに死後硬直(かたくなる)んだろうけどサ」
ことほぎが笑う。
「畜生! なんなんだよ!」
会社員の一人が叫ぶ。
「俺達が何したってんだよ! 真面目に働いてただけだろうが!」
「本気で、言っているのか」
エクスマリアが嘆息する。
「……夜妖の影響だとしても。度し難い。とても――」
思わず支援の手も止めてしまいそうになるくらいに、酷い気分だった。なんとも……この場所の澱みというものは、もしかしたら、下手な呪場よりもずっとひどいのかもしれない。
「ああ、なんというか、だ」
パチン、とカイトが指を鳴らす。途端、会社員の一人が、小さな領域に囚われた。それは、一つの棺であったのかもしれない。間髪入れずに、その棺の中は極烈の業火に見舞われ、そしてその体中から滂沱のごとく血が噴き出した。
「いてぇ! 死にたくねぇ……いやだ、痛い、ころして! もう嫌だ!」
結界の中が、ばちん、と血にまみれて、声が聞こえなくなった。蛇足だが、この男は白川の同僚で、彼の悪評を無いこと無いこと上司に密告していたらしい。因果応報といえばそんなものか。
「喜劇だって『笑えない冗談(ブラックジョーク)』は要るだろう?
歯車のように働かされる奴が居るならば、そう、歯車が噛み合わないばっかりに、死ねば良い。
ゴミに人様の道理を説いたってなんにもならねぇんだ。だから『そういう風に』扱うぜ?」
因果応報。そういうものなのだ。
すぐにオフィス内は阿鼻叫喚の地獄と化していた。とにかく、イレギュラーズたちは淡々と、慈悲も容赦もなく、会社員たちを抹殺していった。時折反撃がその体を傷つけるが、エクスマリアのサポートがあれば、すぐに立ち直れる程度のものばかりだった。
「なんだよ! 本当になんなんだよ、お前らは!」
狂乱しながら、残る会社員、そして田川たちが襲い掛かる。彼らは魔に魅入られているがゆえに、鍛えた戦士のようではあったが、しかしそれでも、歴戦の戦士たちにはかなうまい。
寛治の放った銃弾が、会社員の胸を撃ち抜いて殺した。そのまま倒れた会社員が、恨みがまし気に天井を見る。
「あー、そいつ。取引先の下請けを苛め抜いてたやつっス。資料で見た」
美咲が言った。
「おや、それでは、相手方の悩みの種が一つ消えたようで」
寛治が肩を竦める。
「化け物どもが」
田川が叫ぶ。
「なんなんだよ! 頭のいかれた……なんだ、くそっ!」
上手いののしり言葉が出てこないらしい。自分が上位の時は、下に見ていた白川に、嫌というほどの罵詈雑言を浴びせていた舌は、今は全く、おびえ竦んでしまって周りはしないようだった。
「人間じゃない? ははっ、どの口が言うんだい?
鏡を見なよ、お前たちも既に人じゃない。俺と同じだよ」
雲雀が、そう言った。
「同族嫌悪もいいところじゃないの?
お前たち如きに……家族の為に文字通り身を粉にして、追い詰められるまで戦い続けた人を嘲笑う資格はない」
「何の話だよ!」
田川が叫んだ。
「知らねぇよ! 俺が何したって……」
あまりにも醜悪で、もはや語る言葉などはなかった。雲雀は無言で、緋血傷器を縄状に編み上げると、そのまま田川の首を絞めつけた。
「……首吊りだったそうだよ、白川さん」
そう言って、雲雀が緋血傷器を操作すると、ちょうど、デスクの上の天井をぶち抜いて、梁に縄を通すような形になった。田川が、首吊りの状態で吊るされる。おそらく、即死ではなかっただろう。しばしじたばたとしていたが、やがて動かなくなった。
「これで、誰の気が晴れるのでもないのだろうけど」
雲雀が、言った。
白川の両親は、このことを知って……気が晴れるのだろうか。
達成感は、あるのかもしれない。
でも、子供を失った喪失は、これでは埋められないのだろう。
復讐を否定する気はないが、しかし、失ったものは戻ってこないのだ。
「誰も、救われないものだね」
雲雀がそういった。
「まぁ、いいんじゃねぇの」
ことほぎが言った。
「オレたちはほら。悪党だしな」
今回は、特に。
慰めとも、諦めとも、苦笑とも皮肉ともとれることほぎの言葉に、雲雀は頷いた。
あとは、わずかに残った会社員たちを、粛々と潰していくだけの仕事が残っていた。
●後始末
「で、死体はまぁ、この後希望ヶ浜のエージェントが何とかするんでしょうけど」
美咲が言う。
「まだ、やりたいことがあるんスよね? 皆さん」
「ええ、そうですね」
寛治が言った。
「むしろ、ここからが本番といいますか。ねぇ、武器商人さん?」
「そうだねぇ」
ヒヒヒ、と武器商人が笑う。
「皆にも手伝ってもらおうかな。幸い、時間はたっぷりとある」
「わ、なになに? 宝さがし?」
ソアが言う。
「マリアも手伝おう」
エクスマリアが頷く。
「何をする?」
「そうですね、私は社長室の方を。武器商人さんは、他の『証拠集め』と行きましょう」
「じゃあ、二手に分かれようか。時間は山ほどあるし、誰が来るわけでもないから、気軽でよいよ?」
武器商人がそう言うのへ、仲間たちはうなづいた。
果たしてイレギュラーズたちが手に入れたものは、無茶な営業や業務、パワハラなどの証拠と、社長印などの実務方面に必要な証書などの類だった。端的に言えば、『この会社の命を握った』とほぼ同義である。
「なんだかな。気分が悪くなる、って言うのはこういうことなんだろうね」
雲雀が言う。白川以外にも、随分と『病めて』しまったものがいるようだった。彼らはどうしているのだろう? いや、考えてもしょうがないことなのかもしれない。
「でも、それも今……役に立てさせてもらおう」
マリアが言った。
「しかし……冬のこの時期に、路頭に迷うのか。可哀そうに。
いや……それも、自業自得か?」
「自業自得だ」
カイトが言った。
「結局は……悪い歯車のままでいたのは、罪だろうさ」
そう、思わなければ。きっと、つらい。
「困ったら森に帰ればいいんじゃない?」
ソアが真顔で言った。
「近くにいい森林公園があったよ?」
「……その森林公園、フリーWi-Fiがつながればワンチャン、っスかね」
美咲が肩を竦める。
「ま、いいさ。給料分くらいは働いたか。帰ろうぜ」
ことほぎの言葉に、仲間たちはうなづいた――。
しばらくして、これは蛇足のようなものかもしれないが――。
ことほぎが、カフェ・ローレットでコーヒーを飲みながら新聞を眺めていると、グレェ商事が『大変なことになっている』ことに気付いた。
なんでも、ネットでは『正義の人』たちが、あらさがしからあること無いことまで探り当て、連日大騒ぎをしているらしい。
優秀で真っ当な社員はさっさとパワハラやコンプライアンス違反の告発にさっさと力を貸して、どこぞへと転職したとか。
加えて、社内の財産・資産の類は、『かなりグレェ商事に不利な条件で』他社に売り払われてしまったらしく、社にはまったく、お金がないという状態のようだ。社長は、『重要証書が盗まれた』と語っていたらしいが、どうもその様な証拠はなかったらしく、社長の狂言だといわれている。
とにかく、会社は破産状態に陥り、諸々の賠償は、社長が私財で支払うことになるのかもしれない。となれば、まぁ、社長もまた素寒貧だろう。
「へぇ、年末の森林公園は賑やかそうだ」
はん、とことほぎは鼻で笑って、新聞をとじた。
「で、墓参りに行くって?」
ことほぎが尋ねるのへ、雲雀は言った。
「もうすぐ、皆来ると思うぜ。たぶん、特に新田あたりが金持って。今日は打ち上げだろ」
「そうだね。でも」
雲雀が頭を振った。ふぅん、と、ことほぎは鼻緒均した。
「ま、いいんじゃねぇの。好きにしな」
そういうと、興味を失ったように、コーヒーを飲み始めた。
雲雀は軽く頭を下げると、カフェ・ローレットを辞した。
外に出てみれば、年末の寒さが、雲雀の頬を叩いた。あちこちに、道を歩く人たちがいる。どのような格好をしていても、どのようなものであっても、彼らも労働をしていることに違いはないのだろう。
なぜ人は働くのだろう。幸せになるため。生きるため。であるならば、もう少し、こう――。
まぁ、いい。考えても、栓の無いことだった。
雲雀はゆっくりと歩きだす。目的地は、白川という男の墓だった。せめて花くらいは手向けてやりたいと。もし、両親に会えたならば……とも、思っていた。
命を削って働いている。
あなたも。
わたしも。
だれかも。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
白川さんの両親も、少しは……立ち直るきっかけになるのかもしれません。
GMコメント
お世話になっております。
洗井落雲です。
世の中、こういうものなのかもしれません。
●成功条件
すべての『敵』の撃破。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●夜妖<ヨル>とは――。
都市伝説やモンスターの総称。
科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
関わりたくないものです。
完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)
●状況
ある会社員が自殺しました。過労。心労。パワハラモラハラ。そういったものが原因です。
彼が所属していたブラック企業は、申し訳程度の見舞金を出し、謝罪すらなく事件を風化させました。
たまらないのが、遺族です。彼の両親は、血反吐を吐く思いで、皆さんに『私刑』を依頼します。
幸いというか、偶然というか。現場は『夜妖』によって汚染されており、これを祓うという大義名分はあります。
よって、『夜を祓うために、現場の人間を皆殺しにする』という依頼を、皆さんは受けたわけです。
まぁ、内部の人間も、夜妖に誘導されたとはいえ、元より悪辣な人間ばかりです。正義があるかはありませんが、殺される理由は充分にあるのでしょう。
作戦決行タイミングは夜。戦闘エリアは、ブラック企業『グレェ商事』のオフィス。
特に戦闘ペナルティなどは発生しないものとします。
●エネミーデータ
夜妖に汚染された会社員 ×14
言葉の通り、夜妖に汚染され、少々非日常に片足を突っ込んでしまった会社員たちです。
データ的に言えば、モンスターの様な存在になってしまっています。
筋肉は、人間のそれとはおもえぬ力を発揮して、手にした文房具などで鋭い攻撃を仕掛けてくるでしょう。
『出血』系列のBSを受けないようにご注意ください。
また、神秘属性の、霊的な遠距離攻撃なども仕掛けてきます。
容赦する必要はないでしょう。油断なされませんよう。
田川武 ×1
超絶パワハラクソ上司。当然のように、夜妖に汚染されています。
見た目通りのクソ野郎ですし、被害者である白川聡にもとてつもないパワハラとモラハラと嫌がらせをぶつけてきました。
強力に夜妖に汚染され融合しているため、それなりに強いです。
『重圧』を付与する攻撃や、『麻痺』系列を付与する攻撃を行ってきます。
パラメータとしては近接ファイター傾向になります。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
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