PandoraPartyProject

シナリオ詳細

灰暗メランコリー

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 冬の夕刻。曖昧な曇り空が隠す夕日に代わって、ギルドローレットの室内には暖炉が暖かい光を投げかけている。

「やあ、パトリック・マルゴーだ。以後見知りおきたのむよ、諸君」
 男はイレギュラーズ達を値踏みするように、ぎらついた青灰色の瞳で睨め付けると言葉を続けた。
「今日依頼したいのは、『ネズミ』の退治なんだがね」

 依頼主パトリックは、マルゴー商会という商家を営む四十過ぎほどの脂ぎった男である。
 話によると下水道から屋敷に入り込み、食料等を漁る泥棒『ネズミ』にほとほと困っていると言う。
 しかしちまちまとネズミ狩りというのも、それはそれで骨は折れそうだ。何の準備もなく適当に踏み込んで、簡単に見つけられるものだろうか。
 第一、あまり冒険者の仕事として相応しいものとは思えないのだが。

 訝しむイレギュラーズに、パトリックが答える。
「なに、そんなに難しいことじゃあない。むしろ未来の英雄殿方に頼むのは申し訳ないような話なんだがね」
 依頼の内容そのものは実に簡単だ。
 屋敷につながる下水道に巣くう『ネズミ』を、一網打尽にしてほしいという話に過ぎない。
「もちろん。証拠の死体なんかはいらないよ」
 パトリックは顔をしかめた。
「君達からの報告と、静かになってくれたら、それで仕事は達成されたと判断しよう」
 なるほど。しかし証拠はあくまで向こうの判断となると。簡単なようでいて、面倒でもある。
 わずかに悩んだイレギュラーズに助け船を出したのは、パトリックだった。
「まあ。多少取り逃したからどうのと、そんな甲斐性じゃあないつもりだよ。無論、明々白々なのは困るがね」
 確かに下水道にネズミが居るとして、そんなものを残らず片づけるというのは難しい。逃げ道を用意してくれるのはありがたいのだが。
 なんとも胡散臭い依頼である。何か裏でもあるのだろうか。
 イレギュラーズは言葉を選ぶように返してやった。
「しかし、ネズミねえ。見たのかい?」
「そう『ネズミ』だ」
 しかしパトリックは断言した。

 疑問は残る。
 より大きな危険や厄介事。例えばモンスターや盗賊等の仕業でないと言い切れるのだろうか。
 要は情報精度への懸念。安全性の問題だ。
 それを察したパトリックが言葉を返す。
「そんなに危険は話はないさ」
 いつも通りにやればいいと、パトリックは告げる。
「多少荒っぽいことにはなるかもしれないが、君たちは冒険屋だと伺っている。当然きちんと武装はしているんだろう?」
 イレギュラーズの「それはそうだが」という答えに、パトリックは「もちろん、今回もそうしてほしい」と述べ、一度言葉を切る。

「ただし。いいかね。そこに居るのはくれぐれも」
 僅かな間をおいて、彼はもう一度繰り返す。
「くれぐれも。万に一つも違わず『ネズミ』だという事なんだ」

 ――ネズミ、ね。

「大事なのはね、そういう所なんだよ」
 言い含めるような口調が気に入らないが。
 きっと『ネズミ』であるのだろう。
「とにかく。可能な限り、あと腐れないように頼むよ」

 ――――あと腐れ、ね。

●Un topo
 ティモール・ブルーの夜空に輝く星々の光さえ届かない、灰色の地下通路を『ネズミ』がひたひたと這っていた。
 うごめくそれは、暗闇に紛れて通路を進んでいく。

 梯子を伝い、ごそごそと運び出すのは大きなチーズか。

 重そうに麻袋をひきずる足が、もつれた。
「痛っ」
「大丈夫か? アギー」
 麻袋を置き、駆け寄る。血が滲んでいるようだが、大した怪我ではなさそうだ。
 とはいえ、こんな傷が原因で命を落とすというのは、よくある話でもあるのだが。
「う、うん、大丈夫」
 けれど気丈に笑う少女に、少年は安堵した。
 何をすれば、どうなるのか。などという因果関係は、ここに住む子供等の頭にはない。
 探し、盗み、食べる。ただそれだけだ。
「今日は、こんなもんでいいだろ。みんな喜ぶさ」
 くすくすと笑いあう二人であったが、成果を喜ぶ顔が俄に曇った。
「母さん、よくなってくれるよな」
「うん」

 さて。
 そんな話声など、聞こえるものだろうか。

 いやまさか。人の言葉を話す『ネズミ』なんて、居るはずがないのだから。

GMコメント

 もみじです。ネズミ狩りです。

●情報確度
 Bです。
 言いにくいことがあったのでしょうか、依頼人は真相を打ち明けていません。

 しかし仕事に関わる場所、仕事の難易度、達成すべき目標等については、可能な限り誠実なデータを提供しようという意思は見えます。
 察してあげて下さい。

●目的
 成功の条件は『ネズミ』の壊滅です。
 厳密な生死は問いませんが、依頼主の意向は汲み取りたいものです。

●ロケーション
 真っ暗な地下通路。
 幅6メートル程の広さはありますが、中央2メートルには汚水が流れています。
 明かりは無い『はず』です。
 通路を進んで行くと、左右に分かれ道があり、右側の袋小路に、かなり大きな石造りの部屋があります。
 遺跡の名残か何かなのでしょう。部屋の広さは十分です。
 そこに『ネズミ』達が居ます。

●敵
 住所不定無職。窃盗を繰り返す『犯罪者』達です。
 簡素な武装をしており、命がけです。

○剣男(リチャード)
 元兵士の男です。錆びた剣を持っています。

○短剣男(ジェームズ)
 足の悪い元傭兵の男です。ナイフを持っています。

○銃男(チャーリー)
 片腕の元兵士の男です。どこで手に入れたのかピストルを持っています。

○棍棒男(アーマン)
 ガリガリの男です。棍棒を持っています。

○長棒女(ヘザー)
 中年の女性です。長い棒を持っています。

○短剣女(キャリー)
 老いた女性です。戦意は高くありません。錆びたナイフを持っています。

○老人(ビル)
 座ったままの老人です。弱そうです。

○寝ている女(ライラ)
 若い女性です。衰弱しています。

○子供1(ロン)
 子供です。荷物を持っています。

○子供2(アギー)
 子供です。荷物を持っています。

○子供3(チャック)
 子供です。老人に硬いパンを砕いてぶどう酒で湿らせたものを食べさせています。

●ポイント
 たいへん悪そうな仕事ですが、この依頼はいわゆる『悪人依頼』では『ありません』。
 敵は犯罪者であり、事件の解決手段として、たとえ相手を殺害したとしても合法的であるが故です。

 具体的な解決手段について依頼人が言葉を濁している以上、どっちともとれてしまいます。
 そうなれば仲間同士で方針がぶつかり合うこともあるかもしれません。
 やりたいことが対立することもあり得るかもしれません。
 しかしローレットの冒険者である以上『ハイ・ルール』は絶対です。

 ならばそんな状況で、自分自身には一体何が出来るのでしょうか。
 そんなことを考えてみると、ちょっと面白いかもしれません。

 こんな時、みなさんならどうしますか?

  • 灰暗メランコリー完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年02月04日 21時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

Lumilia=Sherwood(p3p000381)
渡鈴鳥
シルヴィア・エルフォート(p3p002184)
空を舞う正義の御剣
セシリア・アーデット(p3p002242)
治癒士
ヘレンローザ(p3p002372)
野良犬
ヴィクター・ランバート(p3p002402)
殲機
バリツ=エドガワ(p3p004098)
死んだら犯人
ヴィエラ・オルスタンツ(p3p004222)
特異運命座標
エルメス・クロロティカ・エレフセリア(p3p004255)
幸せの提案者

リプレイ


 真冬の朝。
 澄み切った空気というものを深く吸い込むと、不思議と胸に刺さるものだ。

 そんな朝市の露店へと足を踏み入れたのは『空を舞う正義の御剣』シルヴィア・エルフォート(p3p002184)だった。
 辺りが明るくなってくれば、マーケットは徐々に活気を帯びてくる。
 何をしているかと言えば、気楽な買い物や仕入れ等ではない。
 冒険者の仕事であった。

 下水に住み着き、窃盗という罪を犯し、迷惑を掛ける存在である『彼ら』をどうにかする――という依頼であるのだが。
 その為に彼女は自らの足で街中を駆け回っている。
 杓子定規に考えるのであれば衛視や冒険者によって誅され、あるいは法によって裁かれるべき存在なのかもしれない。
 だが貧困に喘いでいた彼等の生は、本当に悪なのか――
 法とは即ち人々の規律を正し、より多くの繁栄を願う寄る辺ではないのか。
 故にシルヴィアは願い、こうしているのである。

「そんなモン、何処の馬の骨とも分からない連中を雇えるモンかい。帰んな、帰んな」
 荒々しくドアを閉めた酒場の女将。シルヴィアは落胆の瞳で飴色の石畳を見つめていた。しかし直ぐさま視線を上げて走り出す。
 この一帯全ての店舗を回る算段で赴いているのだ。一つ断られた所で挫ける訳にはいかない。
 また一軒。
「景気が悪くてなあ、こちとらじわじわと真綿で首絞められてんだ」
 更にもう一軒。
「職に困っている方々が居まして、こちらで雇って頂けないでしょうか」
「ええ? 人を雇うったって、うちは間に合ってるからなあ。ごめんよ、お嬢ちゃん」
 何軒目かの若くて気さくな店主でさえ従業員を入れるとなると慎重になるらしい。姿勢良く頭を下げたシルヴィアは隣の店舗へ歩を進める。

「そうですねぇ。こちらも子供達を養うのに手いっぱいでして、これ以上増やすのは……」
 街の小さな教会を尋ねたシルヴィアが貰った返事は芳しくないものだった。
 かれこれ数十以上回っているが、一向に彼らの行き先を決める手立ては見つかっていない。
 エメラルドの瞳に少しばかりの焦りが見え出した頃、その教会の裏手で『白き旅人』Lumilia=Sherwood(p3p000381)は子供達に囲まれて微笑んでいた。
 ふと視線が合い、二人は頷き合う。ほほえましい光景に見えるかもしれないが、遊んでいる訳ではない。目的は皆同じ。真剣なのだ。
「うたってよー!」
 Lumiliaに歌をせがむのはロンだ。少年のリクエストに答えるように頷いたLumiliaはリュートを手に取り、歌い始める。他の子供達に混ざって楽しげな表情を浮かべるロンは彼女の歌声を聴いていた。
「おねえちゃん、いいにおい。ぎゅって、してい?」
 微かな花の香りを気に入ったのだろう。頬を赤く染めて小さな少女――アギーがLumiliaの袖を引く。
 優しく抱きしめられたアギーを羨ましく思った子供達が彼女を取り囲んだ。
「ぼくも!」
「あたしも!」
「わ、わっ!?」
 羊か将又ペンギンの群れの如く子供たちに抱きつかれるLumiliaは支えきれずその場に座り込む。
「ほーら、危ないですよ」
 くすくすと笑いながら子供達を撫でる少女は正しくホワイト・リリーを纏った天使であったが――
 ここに至るまでに大きな苦労があったのである。

 子供達と天使の戯れを上空から見ているのは黒い梟の瞳。
 一瞬の暗転。瞬きをしたのは梟かそれを操る術者か。『頽廃世界より』エルメス・クロロティカ・エレフセリア(p3p004255)は召喚した従者と五感を共有し、空から『彼ら』の住処を捜索していた。
 憎しみや恨みばかりが溢れる世の中で、落ちぶれてしまった人々の末路。
 事情はあれど、罪を犯している事に変わりはない。それでも、彼らは生きて行かねばならない。だったら、薄暗い下水の中ではない陽の光の下で笑顔であったほうがいいのだ。そうでなければ世界が枯れてしまう。
「ふふ……」
 だから、エルメスは歩き出す。『ネズミ』の家族が変身する物語を綴る為に。

 そんな頃『野良犬』ヘレンローザ(p3p002372)は前足が罠に掛かり藻掻いている鹿を冷めた、けれど鋭い瞳で見つめていた。
 否、掛った得物が想定より小さいモノだったからか、小さく舌打ちをして振り返る――
「ネズミねぇ……」
 見る人から見れば『ネズミ』も『野良犬』も大した違いではないだろうと、何処か他人事のように揶揄するヘレンローザ。
 彼はこれから鹿肉を胡椒とニンニクのソミュールにつけこみ、燻さなければならない。オークのチップであれば分かりやすく、老若男女問わずに食べられるであろう。

 なぜ己が為、平素習慣のように行っている作業を、いまここでやる必要があったのであろうか。


 語る前に、そも。なぜそこへと至ったのかを説明せねばならない。
 だから話は数日前へと遡る。

「ネズミ退治ですが、時間がかかりそうです」
 アラゴン・オレンジの陽が差し込む室内で『死んだら犯人』バリツ=エドガワ(p3p004098)が肩を竦めてみせる。この商館の主であるパトリック・マルゴーはそんなバリツを見遣って視線で理由を問うた。
「何せ多様でして」
 彼等は再度、こうして依頼人への接触を試みていた。
「……まあ、何でも良い。とっとと『ネズミ』を何処かへやってくれ。それぐらいは容易い事だろう? えいゆう(特異運命座標)殿?」
 マルゴーの表情はバリツを値踏みするように高慢で挑戦的である。視線を真っ向から受ける様にバリツは腕を組み、レスラーマスクに覆われた顔を上げた。沈黙が部屋を支配する。
 ただの空白ではない。そこにはマルゴーとバリツの腹の探り合いが成されていた。
「それは勿論」
 たっぷりの時間を掛けて口を開いたバリツは、先程のマルゴーの言葉から道筋を見出す。
 ちょこまかと目の前を駆けて回る『ネズミ』は目障りだが、何処へ行きさえすればそれ自体に感心や感情は無いということだ。
 つまり、ネズミ退治の裏にはイレギュラーズがどう動くのかを試す意味合いもあるのだろう。
 それを推察したバリツは次のカードを切る。
「話は変わりますが……」

 ――――

 ――

 こうして。話は更に、その数刻前へと遡る。

(何処までやれるかは解らないけれど……)
 サルビア・ブルーの瞳は一抹の不安を写すが、直ぐに輝きに満ちた視線へと変わる。
 自分の家のクローゼットから男物の古着を手に取った『特異運命座標』ヴィエラ・オルスタンツ(p3p004222)は、見覚えのあるクロースに目を細めた。いつの頃かこれを着ていた父の姿を覚えている。
 思い出の服もそうでない物も一緒に掴み上げた。自身の父親もまた迷いなくそうしたはずだから。

『あらあら……大きなネズミさんねぇ』
 イレギュラーズを先行して行くのは使い魔の鼠と五感を共有していたエルメスだった。
 視点の低い位置から見上げれば、大人から子供、果ては老人まで揃っている。
 それを仲間に伝えれば『治癒士』セシリア・アーデット(p3p002242)が驚いた顔で声を上げた。
「……あぁ! やられた、そういう事か……!」
 依頼人の含む様な言い回しが気にかかっていたセシリアは「むぅ」と膨れっ面になる。依頼を受けた以上はたとえそれが結果的に自分の意に反するものだったとしても、仲間と協力をし遂行するのが特異運命座標に課せられた義務である。
「死体はいらない、ネズミか……」
 害獣の死体等見たくもないからかと思ったのだが、依頼主の意図はそうでは無かったらしい。セシリアはため息を吐いた。けれど、これ以上盗みを続けさせるのは危険である。被害が拡大すれば次は容赦の無い制裁が下水に住まう人々に及んでしまうかもしれない。
「うん」
 セシリアはヒアシンス・ブルーの瞳を上げる。自分に今出来る事をする為に。

 エルメスの使い魔に加え、シルヴィアの救いを求める声を聞く能力を頼りに進んでいくイレギュラーズ。
 汚水の匂いとカビ臭さが鼻につく。通路を迷わず進み右の袋小路の奥へ。
 扉の隙間から漏れる光と『人』の気配。
「ん? 誰か居るの?」
 イレギュラーズの足音に気がついたのだろう。子供の声が中から聞こえて来た。
 重い扉がギィと音を立てて開かれた瞬間に流れ込む幽霊の幻影。部屋の天上にまで届く幻に驚いた子供はその場に尻もちを付いて悲壮な顔で震えている。
「ひぃ!」
「……な、何だ!? う、わああ!?」
 子供の声に扉の方向を向いた男が叫び声を上げ、咄嗟に剣を抜く。こいつがリチャードだろうか。
 剣を振り回しながら前進し、子供を掴み上げ後ろに投げた所ですっと幽霊の姿が消え、代わりに見知らぬ連中がぞろぞろと部屋の中に押し入って来た。イレギュラーズである。
「お前ら何者だ?」
 剣先はイレギュラーズを向いたまま、剣を持っていない反対の手で後ろの仲間へ合図を送るのが見えた。ちらりと背後を気にする様子も伺える。敵に隙を見せる脇の甘さをヘレンローザはしっかりと見ていた。
「こっち来んなよ!」
 Lumiliaに突き刺さる子供達からの猜疑の視線。
 子供や老人が隠れる様に隅の方へ移動して行く所でバリツが一歩前に出る。
「私たちはネズミ退治を依頼された者だ」
 イレギュラーズから見て彼らは人であるが、依頼人から見るとそうではないのだと。バリツの言葉に下水道からの退去を依頼されたのだとセシリアが重ねる。
「た、退治って事は殺すって事だよな?」
 いかにもな哀れっぽい声音だ。
「なあ、俺達ちょっとばかし金持ちからおまんまを貰ってるだけだぜ? 子供も老人も居るんだよ。見逃してくれよ。な?」
 畳み掛けるような言葉の後ろで、突如チャーリーが立ち上がった。
 その銃口は一番華奢なセシリアへと向けられる。
 引き金を引くその瞬間――見計らったように『殲機』ヴィクター・ランバート(p3p002402)が飛び出した。
「ギ、アッ!」
 ヴィクターは床におちた拳銃を即座に蹴りつける。
 くるくると回る金属が擦れるような音を立て、壁の傍で止まった。

 一瞬の制圧劇――チャーリーにしてみれば瞬きをする間に突如ヴィクターが現れたようなものだ。
 最小限の動作で敵の片方しか無い腕を捻り上げ床へ倒す。
「痛っ!」
「少なくとも、攻撃をする、という事は『命を賭ける事』であると覚えろ」
 圧倒的な技量差を前に『ネズミ』達の顔色は一気に青ざめていった。
 年貢の納め時が来たのだ。
 否、それどころの話ではない。目の前の男は――きっと死神に違いないと。

「戦いに来た訳じゃないの、お願いだから話を聞いて」

 ヴィエラの澄んだ声が緊張と絶望が入り交じる空間に一石を投じる。
「だったら、チャーリーを離せ」
 ヴィエラはヴィクターに目配せをして頷いた。ヴィクターはチャーリーの腕を解放しその場に座らせる。
「ありがとう、ヴィクターさん」
 仲間の元へ帰還する彼にヴィエラは礼を言った。セシリアの前に立っていたヴィエラには銃男の向けた銃口が僅かに右へずれていた事が分かっていた。威嚇の為の攻撃。それに対してヴィクターが動いたのはこの場を素早く解決する為の最適解だ。
 非常に危険な役割ではあるのだが、だからこその率直な感謝であった。

「目の前の」
 遺跡を利用した倉庫の中に低い声が響いた。それはヴィクターが放つ警告の声色である。
 目の前の数人の貧困を救ったとしても、全てが解決するわけではなく、この行いはあくまでこの場に集ったイレギュラーズの自己満足であると静かに話す。
「それは、分かっているな?」
 全員に覚悟を問いただす。『ネズミ』としてこの場で殲滅した方がこれからの貧困の苦しみに晒されないのでは無いのかと。
 そんな手を引き、生きる道を選ばせる覚悟とはいかなるものであるのか。他者の生涯を左右する責任と義務は、時に命のやり取りよりも重い。
 だからこそヴィクターはまずイレギュラーズに問うた。

 仲間の意志は――是。

「うん。なんとかしてあげたい。ううん、なんとかするよ」
 大きく頷いたセシリアがぎゅっと拳を握った。

 ヴィエラが大切な愛剣を放り、甲高い音が響いた。彼女は丸腰のまま一歩前に踏み出す。
 彼女に向けられた刃の切っ先は、未だ微かに震えている。

「アンタら、まだ人を殺しちゃいないだろ。獲物みりゃ分かる」
 一部始終を観察していたヘレンローザが口を開く。
 彼らは生きるために盗みはしても人を殺めるまでには至っていない。他者の全てまでもは奪おうとしていない。
 本当に、生きる事のみに執着するのであれば、非道に染まることも辞さない筈である。
 それは『野良犬』が知る現実からすれば、甘く温きに過ぎるだろう。
 だが『ネズミ』達が、未だ非常な道を選ぼうとしないのは、そこへ至れば己が『人ではなくなる』と考えているからなのではないか。
 彼等がそんな風に『人』でありたいのであれば、『人として生きたい』と願うのならば。

 それなら。
「今ここで、手を差し伸べるバカの話ぐらいは、聞いてやれよ」

 ヘレンローザの言葉に、『ネズミ』は震える刃を床に落とす。
 戦いはこれで終わりだ。

 ――

 ――――

「こっちは、痛いかな?」
「あぁ、すまんのう。お嬢さん」
「いいんだよぉ、任せて!」
 覚悟を決めた以上、為すべきことは多い。セシリアはさっそく傷病者に献身的に治療を施し始めた。
「俺もやろう……」
「ありがとうっ」
 ネズミと呼ばれた男達は、どこかバツが悪そうに、手伝いを始めた。

「終わったら一休みしましょう」
 エルメスが差し出したのはごく普通の酒瓶――人間の飲み物だ。
 男達が苦い顔を向ける。
「だって……明るく、前を向いていないと先には進めないでしょう?」
 エルメスは柔らかく微笑み、男達に酒が配られる。

「どうして、そこまでするんだ」
「弱者に打つバリツはないからな」
 それだけを答えた。

「お前等が噂のローレットのイレギュラーズか」
 誰かがそう述べ、それからぽつり、ぽつりと話されるのは幾ばくかの身の上だった。
 おおよそごく普通の生活から、瞬く間の内に転げた者が多い。
 それから数年くすぶり、最近ここへと流れ着いたようだ。

 愚痴と、恨み節と――かつてやりたかった事と。
 これからの現実と。

 こうして時は、はじまりへと至るのである。


 ヴィクターは彼らの『なんとかしたい』という思いを受け止め手を貸す。
「不良品でも、誰しも挽回の機会は与えられるべきだ」
 言いながら当面の住まう場所として自分が用意してあった仮拠点を貸し与えた。勿論無料では無い事は彼らも分かっているだろう。それでも「自立したらさっさと出て行け」というヴィクターの優しさに深く頭を下げた。幾ばくの猶予を手にし、残りのイレギュラーズ達は動き出す。


「無茶なお願いだとは承知しています、それでも……」
 かつてヴィエラの父親の元で働いていた人々の所へ行き、どうか。と頭を下げるヴィエラ。
 突然訪ねて来た元雇い主の娘に困った顔をする女将。
 ヴィエラの父は良く言えばお人好しであった。金の無心で頭を下げる知人に嫌な顔をせず大金を渡し、結局返って来なかったのだ。その為に被った苦労の最中、父を恨みもした。
 けれど、今は――
「そうねぇ……分かったわ。貴女の言う母親を連れてきて頂戴」
「では! 雇って頂けるのですか!?」
 ヴィエラが瞳を輝かせ勢い良く顔を上げる。子供を育てるのは大変だからという女将に再度頭を下げて。
「ありがとうございます!」

 ようやく、ようやく、繋げることが出来た。
 縁は父親のものかもしれない。しかして、それを勝ち得たのはヴィエラ自身。
 彼女の姿勢に女将は胸を打たれたのだから。

 小ぶりな鹿を見て舌打ちしたヘレンローザはジェームズ、アーマンへと端的に指示を出す。
「アーマンは気絶させろ。教えたようにやれば蹴られない。ジェームズは頸動脈を切れ……」
 言われた通り頸動脈を切る為、首に刃を当てる男をヘレンローザが止めた。
「違う。そこじゃない。そこはスジと血管が邪魔だ。切るならこの窪みから」
 目の方へと指さす。
 一連の血抜き作業は、まだ心臓が動いている内に行わなければならない。この作業には片腕が使えないチャーリーは不向きであろう。彼は事前に仕掛ける事が出来る罠を担当していた。罠も鹿が歩く道、それも平らで土がある場所を選ぶのだ。
 革は首周りを一周切り、腹の方に切り込みを入れ綺麗に剥いで行く。そうすれば売り物になるだろう。
 もちろん自分で鞣しても良いが、いささか手間が掛かるだろうか。
 そういった罠猟の技術、動物の捌き方を丁寧に教え込む。

 スモークではチャックあたりも呼ぼう。老人に食事をさせていたのだから、料理あたりに目覚めるかもしれない。

 丁度その時、シルヴィアとエルメス、それから子供達を引き連れたLumiliaが戻ってきた。
「住居と、市場では仕事がいくらか見つかりました」
 首尾は上々らしい。駆け回った甲斐があったということだろう。
「うおー! めっちゃうまそー!」
 子供達が肉の香りがする方へ駆けてゆく。

 ――

 ――――

「話は変わりますが、イレギュラーズに技能を叩き込まれた集団など雇う気はございませんかな?」
 そんなバリツの提案にマルゴーは窓から下を一瞥した。
「面白いことをするものだな、君等は」
 依頼主は、酸っぱいものを口に含んだような顔をしている。

 そこに見えたものは。
 狩猟、調理の訓練に励む者。
 バリツの修練に励む者。

「だが、いい動きだ」
 そう続けた。


 嗄れた老人の捲る本から風に遊ばれて足元に落ちた栞。エルメスが贈った綺麗な紫色の押し花。
「あら、綺麗な花。何ていうの?」
 様子を見に来た誰かが問うて。

「カキツバタじゃよ。花言葉は――」


 幸せは必ず来る。


成否

成功

MVP

ヘレンローザ(p3p002372)
野良犬

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。如何だったでしょうか。

今回はすごいボリュームだったので、泣く泣く『色』から削って行くことに。
的確なアプローチで彼らを導いたヘレンローザさんにMVPを送ります。

ご参加ありがとうございました。もみじでした。

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