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シナリオ詳細

<ラケシスの紡ぎ糸>少女は籠に微睡んで

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●揺られ、眠り、目覚め
「塔……」
 それは、突如にして現れた。
 鉄帝、帝都近辺。
 全剣王なる者からの宣戦布告。それと同時に開始された侵略。
 普通ならなすがままに蹂躙されるだけだったかもしれない。何せ中から出て来たのはそこらの獣とは違う。
 それでも、流石は闘技場が盛んな鉄帝の民か。
 敷かれた防衛線に戦士が集い、やがては塔の入り口付近までの制圧に至った。
 目の前に鎮座するは、天を衝く程の巨大な塔。
「……だった、よな」
 中に入ると、階層を攻略する為の小隊はその常識を覆された。
 そも、この混沌世界において常識とはいつでも役に立たなくなる可能性を孕めていたのだろう。
 彼らが入った先もまたその内の一つ。
 そこは、広大なドーム状の空間であった。
 石造りの床と壁は人工的な滑らかさを持っており、半球状の部屋の頭頂部からは、どこからか木漏れ日にも似た淡い光が降っている。
 まるでステージのスポットライトだ、などと見惚れる暇もなく、差し込んだ淡い光の真下に見えるのは。
「眠ってる……のか?」
 一人の少女、のようだった。
 木の枝と草で編まれ、どうやってか天井から吊るされた揺り籠の中で丸まって眠る少女。
 見ようによってはこの空間に囚われていると思えなくもない。
 ただ、それにしては不可思議な点が有る。
 一つに、囚われているにしてはその少女が何の緊張感もなく揺り籠に揺られている事。
 もう一つは、その少女を護るように位置している三体の巨大な土人形。
 静寂なこの空間には相応しくない物々しい姿形に雰囲気。
 ゴーレム。魔術に精通している者が居れば、一目でその類だと気付くだろう。
 三体それぞれの胸元には宝石のような白く丸い玉が埋め込まれている。
 三体は起動する気配が無く、それもあってこの場はいやに厳かなものにも思える。
「おい……」
 小隊長、バラッドは警戒しながら部屋の中心に、揺り籠の中の少女に近付いた。
 緑の髪、白いワンピース。
 声を掛けられれば柔らかな雰囲気で少女は虚ろに瞼を開ける。青い瞳が、バラッドの金髪無精髭の顔を捉えた。
「ん……」
 人に見えるが、恐らくそうではない。
 彼女と目が合ったバラッドは、直感的にそう感じた。
「……敵?」
「何……?」
 そして、起こしてしまった事を後悔した。
 一秒にも満たない会話。それと同時に彼女の身体から湧き上がる魔力。
 バラッドの周囲が、爆発と土煙に覆われた。


「……隊長!!」
「無事だ! それにしても……!」
 土煙の中からバラッドが飛び出す。
 無事とは言いつつ、彼の防具は既に破損している。
 至近距離での攻撃というのもあっただろうが、あの一瞬で大打撃を負ったのは確実だ。
「……何だ、ありゃ……!」
 バラッドは、土煙の中に立つ影を見据えた。
「私は……全剣王に付き従う者……」
 揺り籠の上で浮くように少女が立っている。
 最初の柔らかな面影は何処にもなく、青い瞳は小隊を睨むように座っている。少し、不機嫌そうだった。
「私は……最強のぉ……!」
「来るぞッ!」
 再び少女の周りに魔力が渦巻く。隊の全員が身構えた。
 が、警戒虚しく、少女は急に揺り籠の上にポテっと倒れ込む。
 まるで電池が切れたかのように動かなくなり、代わりに聞こえて来たのは。
「ね……」
「眠っ……た……?」
 微かな寝息であった。
「……良く解らんが、チャンスは今だな!」
 バラッドが再び見据えたのは三体のゴーレム、その胸元に在る宝玉。
 部屋を見渡せば奥には大きな石の扉が見え、おあつらえ向きに宝玉と同じ大きさの穴が三つ空いている。
 つまり、ゴーレムからあの宝玉を奪取し、あの扉に埋め込む。
 それがこの階層の突破条件になるのだろう。
 ただ、それにも一つ問題が有った。
「隊長、このゴーレム……やたら堅いですね!」
「ゴーレムってなそういうモンだ! 攻撃の手を止めるな! 手数で行け!」
「う……」
「回復します! 全員一度集まって下さい!」
「相手は動きが緩慢だ、一か所に固めて吹っ飛ばすぞ!!」
「うるさ……!」
「詠唱、入ります! 援護を!」
「……ん? 隊長、ちょっと待って、あの女の子……」
「うるさーい!!」
 突然飛び起きた少女、その魔力の奔流。
 ゴーレムのみに集中していた隊はそれに反応する事が出来ずに。
「うおぉ!?」
 まるで赤子の癇癪のようなそれに、再び巻き込まれた。

●妖あやして
「……状況を」
 砂煙の中に、仰向けの隊員が寝転んでいる。
「……気分はお父さんだ」
 バラッドもまた、仰向けに寝転んで答えた。
「冗談言う元気が有るなら回復しませんよ。余力が勿体無い」
「いや済まん。だが、まぁ……」
 互いに顔は大真面目。
 決して和んでいる訳ではないのだが。
「私はぁ……最強の軍勢ぇ……んん……リアムぅ……」
「……判った事が幾つかある」
 バラッドは、上体を起こしながら目の前で眠る少女を見て続けた。
 あれから何回の攻防を続け、隊はほぼ壊滅。
 代わりに得られた情報。この階層を突破する条件と言い換えても良い。
「一つ、ここを突破するのに必要なのはあのゴーレムどもの宝玉だ」
 これの解決方法は至極単純。倒せば良い。
 そして、その宝玉を部屋の扉へと埋め込む。それで道は開かれる。
「二つ、ゴーレムを操ってるのは恐らくあの娘だが、必ず倒す必要は無さそうだ」
 ゴーレムの撃破さえ出来ればあの少女は放置しても良さそうだ。
 ただ、放置出来るかはこちら側次第にはなりそうだが。
「三つ、あの娘の攻撃は強力だが、攻撃を行った後は睡眠に入る」
 もっと具体的に言えば、基本は睡眠状態である。
 彼女を起こさない為には絶えず彼女を眠らせる何かが必要となってくる。
 何か、とは。
 何でも良いらしい。
 というのは、隊員が試した結果である。
 子守歌。朗読。催眠術。
 ありとあらゆる方法を試した。
 結果、判ったのは方法よりも『彼女を眠らせる意思』というのが大事らしい。
 ただ、先述したように絶えず行う必要があるし、わざと起こすような行為をしたりとそれを怠うと少女は目覚める。
 目覚めた彼女の魔力は非常に絶大だ。眠った分の時間が蓄積されたと仮定出来る。
 放った後、彼女はまた睡眠に入る。
 少女は眠らせておけば戦闘音にも反応せず、戦闘に加わる事も無い。
 果敢にも少女に攻撃を仕掛けた隊員は遠くに転がっている。息は有りそうだが、戦闘は不可能だろう。
 また、これは重要な点かもしれないのだが『同じ人物が連続して眠らせる行為を行うと、その効果は薄まる』ようだ。
 バラッドの導き出した結論はこうだ。
『少女を眠らせたままにゴーレムを倒し、宝玉を扉に埋め込む』
 そして、彼は言った。
「……お前の嫁さん、こういうの得意か?」
「馬鹿言ってないで、一時撤退しますよ。ほら、負傷者全員集めるの手伝って下さい」
 かくして、この階層の……いや彼女の攻略依頼が、ローレットへ回って来る事となるのであった。

GMコメント

●目標
守護ゴーレム三体の撃破
及びその体内の宝玉を取り出し、扉へ埋める。

●敵情報

・守護ゴーレム×3

少女、リアムの周囲を護っているゴーレム。約3メートル。
動きは緩慢だが、耐久力と守備、一撃の破壊力には注意が必要。
胸元に丸い宝玉が埋め込まれている。

武器は所持しておらず、土人形だが鉄のように固い手足を使って殴りや踏み付けを行う。

・『不毀の軍勢』リアム

部屋の中心に有る揺り籠の中で眠る、少女のような姿をした『不毀の軍勢』。
緑の髪、青い目、白いワンピースを着用している。
基本的に眠っているが、起きた時の癇癪による魔力攻撃は目を見張るものがある。
侵入者、イレギュラーズ達が中に入る際は気付いて起きるだろうが、すぐに眠りに落ちる為最初から戦闘に加わる事はないだろう。

彼女は1ターンに一度、目が覚める可能性が有る。
それを防ぐ手段も有り、その手段が彼女に対して『眠らせる行為を取る』事。
手段は子供を寝かしつけるような子守唄から催眠術まで何でも良く、イレギュラーズがリアムを眠らせるという意思さえあれば良い。
ただし、注意点も有る。

・何でも良いとは言っても、あからさまにリアムを起こすような行動、例えば彼女に対して攻撃を仕掛けたりすれば、目覚める可能性が有る。

・連続したターン、連続した人物が彼女に対して眠らせる行為は、効き目が薄くなる。

以上の二点だ。
リアムを放置して攻略する事も構わないが、リアムは放置されていた分、徐々に目覚める確率が上がってくる。
目が覚めた時の魔力の一撃は、それまで寝ていた時間に比例するだろう、とバラッドは読んでいる。

攻撃方法は単純な魔力の放出。
加えて蓄積された魔力を身体に宿し殴る、蹴る。である。

リアムはシナリオ目標を達成すると撤退します。

⚫︎ロケーション
鉄帝『コロッセウム=ドムス・アウレア』内部。浅い階層。
中はドーム状の薄暗い場所となっており、リアムの居る中心に淡い光が差し込んでいる。
薄暗いといえど、特別、暗所に対する対策は必要なさそうだ。

⚫︎NPC

・バラッド
鉄帝の軍人。
塔攻略部隊、小隊長。得意武器は両手剣。
リアムとの戦闘で負傷している為、戦闘に加わる事は出来なさそうだが、もしそれ以外の人手が要るなら協力してくれる。

※バラッドはプレイングに指示を指定下さる場合、協力者として登場します。
記載の無かった場合は登場しません。
尚、オープニングで出た彼の隊員達は全員戦闘不能となっています。戦場には連れていけないでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <ラケシスの紡ぎ糸>少女は籠に微睡んで完了
  • GM名夜影 鈴
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月24日 22時05分
  • 参加人数7/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす
ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)
メカモスカ

リプレイ

●眠ろうか、起きようか
 最初に感じたのは、静寂であった。
「……あれだ」
 その中に置いて更に緩やかな時間が流れているように、その緑髪の少女は静かに寝息を立てている。
 同行者、バラッドがそれを指し示すと、イレギュラーズ達は極めて落ち着いた様子で展開しながらその中心を見据えた。
「この敵、余裕ぶっこいてる……ってわけではないのね」
 半ば呆れ顔な『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)の瞳に映るリアムの姿。
 事象、現象……これは事象に近い、と彼女の瞳は判断する。
 眠る事でその力を溜める、或いは高める。魔術の使用にそんな技法が有るのかは定かでは無い。だが、目の前の少女は実際にそれを可能としている。
 どちらにせよ、ここまで振り切っているのは初めてだ、と美咲は感じた。
「……恐らく」
 これから自分達が相手取る者から視線を外す事なく答えたのは、『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)。
 引き抜かれる両手持ちの大剣に兜が映り込む。構える姿勢には一点の油断も見当たらない。
 かつて、未来有る子供達の為にその剣を振るった事も有る。本人は否定するだろうが。
 その子供達とそう歳も変わらないだろう少女が目の前に眠る。
 鈍りはしない。敵は敵だ。そして自分の相手はあの少女ではない。
 オリーブが見据えるのは奥のゴーレム。
 と、彼の長剣にもう一つ、白い顔、いや仮面が映り込んだ。
「不毀の軍勢とやらは、このような少女も受け入れているのだな?」
 仮面の中から『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)の視線が少女に刺さる。
 ペストマスクを思わせる猛禽類にも似た白鴉の仮面。同じく貴族然とした灰色の長髪に白の外套。
 冷静、不動。そのような雰囲気をルブラットは醸し出す。仮面を除けば戦いに似合わぬ紳士とも言えよう。一体誰がこの男を暗殺者だと見抜けるのか。
 そう、静かに言葉を零すルブラットが自身の戦闘範囲を確保するように位置取る。その後ろに見えた『メカモスカ』ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)もまた、その少女、リアムに思うところのある眼差しを向けた。
(……美しいのじゃ)
 外見が、とかそういう話ではない。
 その在り方についてだ。この戦場においても、眠りを行使出来るというその在り方。
 加えて、ゴーレムさえ撃破出来ればという突破条件もビスコッティには安寧すら感じた。
 それは、まるで自分がこの場に居る事さえ忘れてしまいそうな……。
 やる事はシンプルだ。
 リアムを寝かせておきながら、ゴーレムを叩く。要は、覚醒させなければ良い。
 それを踏まえた上で、戦況把握に召喚した小鳥を上空に飛ばす『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)は頭に過ぎるものがある。
 生物の進化の過程。睡眠と覚醒の関係。
 何処かで聞いた話だ。生物は本来、睡眠状態が基本的なものであり、後に覚醒状態を獲得した、そんな話。
 現状に当て嵌めて良いものかも判らない。ただの余談だ。
 だがもしも、リアムの状態をそこに当て嵌めたとしたら?
 『彼女の能力は未だ胎児未満の状態であり、これから進化する』。そう言い換える事も出来るかもしれない。
 どちらにせよ、やる事は変わらない。
 ここまで接敵しても健やかな寝息を、このまま維持し続けるだけ。
(つまり、リアムの『最強』は『睡眠』……?)
 ふと、そんな考えすら『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の頭には浮かぶ。
 まぁ、それならそれでも良い。そこで張り合おうとも思わない。
 それより、自分達は先の事も見据えなければいけない。即ち、この塔の頂上。
「いけそうですか?」
 バラッドに光輪による回復を施しながら、イズマは問う。
「あぁ……問題無い……と言えば嘘になるか。悪いな、まともに戦えなくて」
「謝罪の必要は皆無です。あれを抑え続けるのも重要な役割」
 応えたのはオリーブ。変わらず敵を注視し続ける彼に、バラッドは頷く。
 不思議な……これから戦闘に入るにはとても不思議な緩やかな時間。
 ――眠りを妨げないなら、どうぞ。
 そんな空気がドーム状のこの階層に流れている。
 それならそれで、と『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)は金色の髪を揺らして歩み寄る。
 緑眼が捉えているのはオリーブと同じく三体のゴーレム。
 雅な立ち姿から全体の位置を再確認。仲間と少し距離を取り、最もゴーレムに近く陣取れば美咲と視線が合わさる。
 左の瞳には未だ灯るものは無いか。それともこれから火が宿るか。
「んぁ……?」
 誰の気配に反応したか、中央の揺り籠で朧気な産声が上げられた。
 微睡む瞳は半開き。緑の髪はいかに彼女が眠っていたかを表すほど跳ねている。上体を起こしてみれば、人間の平均身長で言うと十四、五か。
 真っ白のワンピースは土埃の汚れも知らず。ただ、虚ろな顔付きで。
「だれ……? 敵……?」
 少女、リアムは誰にともなく、か弱く問うた。
「いいや。大丈夫」
 対して、イズマは自らの足音を小雨の柔らかな音色に変えて歩みながら答える。
 言葉に意味は含まれない。土っぽい固い床の上を擦って歩けば唄にも変わる、彼のギフト。響音変転。
「んん……ぅ」
 リアムの乗る木の枝と草で出来た揺り籠が壊れないように結界を張ると、再びその中へ彼女の身体は倒れ込む。
 イレギュラーズ達の準備は整った。
「――猛き愛子よ、今は眠れ」
 開戦の合図が、ビスコッティによって告げられる。


 戦いは静かに始まった。
 一歩、二歩。徐々に詰め寄り駆け出すヒィロより後ろで流れる子守歌。
 ビスコッティは両手を組むと、祈るようにその歌を始めた。
「猛き愛子よ、今は眠れ」
 イズマが自己強化を施す傍らで、ルブラットはゴーレム達に対して掌を翳す。そこから射出されるは幻惑の猛毒針。
 その攻撃を敵意とみなしたか、微動だにしなかったゴーレムが起動を始めた。
「ぬくもりの中でまどろむことが、今はお前のよきことなれば」
 重なる、詠唱にも感じるビスコッティの歌唱の中で、ゴーレムへとヒィロの影が駆ける。
 緩慢な動作から振り上げられる土くれの腕。避けられる。もし避けられなければ大痛手。どちらに転ぶか想えば、それも愉悦。
 まずは、手前の貴方から。
 ヒィロが力強く目の前のゴーレムを見据える。
 同時、彼女へ囚われたゴーレムへ飛び込むのはオリーブ。
 虚空に閃く剣閃から続き、対城から対人の一太刀へ。威力はそのままに、凝縮された剣閃が土の身体に斬り込んでいく。
「美しい愛子よ、甘い夢の中でともに歌おう」
 ビスコッティの歌声に乗るように、美咲は前衛と離れた位置でゴーレムに対する戦闘情報を最適化、更に次の一手を決める為の構えを取る。
「後ろ、来ます!」
 体力だけでなく、精神的な消耗。
 直感でそれを感じ取った涼花の声が、そのままオリーブへと向けられる。
 振り返れば、まだヒィロに寄せられていないゴーレムの太い腕。
(……重い……か)
 単純な一撃。土の拳。まともに当たればただでは済まないだろう。
 鎧を掠めた拳を見てオリーブは冷静に分析する。ヒィロとは挟み込めているが、残り二体をどうするか。
「花と小鳥のさえずる丘で、菓子を食べ、茶を飲み、空を見て眠ろう」
 詠唱にも近い歌声の中で、イズマの持つ細剣もまた旋律の鼓動を放ち始め。
 振るう一閃。細剣の波動が空気に伝わり、ゴーレム達だけに共鳴する強烈な振動が一面を揺さぶっていく。
 その巨体に軽やかに飛び乗ったのはルブラット。
 素早く、しかしそっと添えられる掌はゴーレムの頭部に。瞬間、その手先から無数の闘気の棘がゴーレムへと突き刺さる。
 反撃が来る前にそのゴーレムを足蹴にしたルブラットは、宙に在りながら人型のそれを注視した。
 頭、喉、鳩尾。さて、人間なら話は早いが……。
 結論より前に身体は再びの攻撃に転じる。連続ではない、一呼吸の三段突き。
 ルブラットが着地と同時に後ろへ跳躍、入れ替わりにオリーブの斬撃が咆哮する。
「遅い遅いっ!」
 迫り来る腕にヒィロが軽やかに手を付く。宙転、入れ替わり、二体のゴーレムに挟まれれば跳躍。
 舞う、舞う。薄暗い戦場に映える金色が、星の軌跡のように翻弄する。
「もうちょっと、痩せた方が良いんじゃないかな、っと!」
 言葉は効かずと思えども、その立ち振る舞いはゴーレムが狙いを定めるには充分な注目だ。
「ヒィロ!」
 聞き馴染みの有る声。美咲の呼び掛けに二つの耳が反応すると、ヒィロは相手取る巨体の隙間から彼女を見た。
 注意喚起、じゃない。
 美咲の持つ包丁が宙に定まっている。異質を支配する彼女の瞳が『その先』を捉えた合図。
 合図の返しは無い。ただ、ヒィロは『そうした』。
 腕と足を掻い潜り、位置取るはゴーレムを挟んで美咲との直線状。
 ヒィロに被さるようにゴーレムが立ち憚るその時、美咲の包丁がゴーレムの何かを斬り裂いた。傍から見れば、それは何かとしか言えない傷口。
 持ち手に痛みは有れど彼女の顔は変わらず。更にそのまま目前のゴーレムを『視た』。
 世界が歪む。美咲の瞳に映った空間に罅が入る。
 罅をなぞれば斬撃へ。視界に捉えたゴーレムへ、事象と概念を断ち斬る刃が振り掛かる。
 ゴーレムを形成する仕組みが宝玉から成り立っているなら前者が、魔力を編み込む不定形型なら後者の攻撃が。
 単体破壊か空間もろともが早いかの違いだ。周囲から見れば同じ斬撃でも、それなりの理屈というものが有る。
 美咲の視界が判断したのは概念の断切。
 その美咲へと女神の祝福を与えながら、涼花は小鳥の視点から戦場を確認する。
「リアムさんは……!」
 銀の髪が揺れる。視線は中央、彼女の揺り籠。
 大丈夫、歌声は止んでいない。
 だが、そろそろ、だ。
「夕暮れになれば、ぬくもりの中に帰ろう」
「んぅ……?」
 揺り籠の上でリアムの身体が悶える。
 寝言……いや、機微の変化なれど見逃す訳にもいくまい。
「……交代じゃ! バラッド!」
「よし、了解だ!」
 入れ替わり、少女の前に立つバラッドが大きく息を吸い込むと。
 階層に、低く響き渡る低音が流れた。


 雑音と言えたかもしれない。
 多分、ビスコッティに倣って歌での睡眠を試みている……のだろうが。
「……あの、得意なやり方で大丈夫ですよ……?」
 思わず涼花から一声。
「一音……あ、いや、せめて半音上げて貰えれば」
 イズマからも、もう一言。
 それ程までに、その、何と言うか。
「……音痴!」
 と倒れるゴーレムの向こう側から美咲の声が飛んでくる程度には、バラッドの子守唄なるものは非常に前衛的な音であった。
「しょうがないだろ! 慣れてないんだよこういうの!」
 斬撃の合間で聞こえるただの低音。
 彼の盾となるべくリアムとの間に入るビスコッティが、すぐにでも交代しようか検討すらした時。
「代わろう」
 ふわりと、舞い降りるかのようにルブラットの足音が鳴った。
 言いながら、ルブラットは手際良く取り出した布に自作の薬品を染み込ませると、眠りと覚醒の間を彷徨う少女に目を向ける。
「戦いもそれ以外も薬に頼らせてもらうよ。済まないね?」
 薬学と医学の知識から調合された、即効性の睡眠薬。
 布を持つ手は優しく。目の前に横たわるのはそう、患者だ。
 まるで毛布を掛けるかのように、ルブラットはその布をリアムの口に当てがった。
 途端、離れた位置から響く轟音。
 イズマが喚び起こした何者をも飲み込まんとする大津波。
 それすら斬り裂き到達する、オリーブの絶剣。反転、振り向き様にその長剣から放たれる連閃。
 ゴーレムの巨体に負けぬ強烈な一振り。
 故に輝剣。
 故に無慈悲。
 それを挟んで土の腕に対して身を翻しながら、ヒィロは付かず離れずの位置を保つ。
 これまで身近に居たその身から伺える土くれの脆い部分。
 一見すると胸元の宝玉。足か、腕か。いや。
「美咲さん、頭! 頭に当たった時が一番効いてる!」
 ヒィロに告げられ、ぼんやりと全体を収めていた美咲の視界が一点に絞られる。
「じゃ、人間とそう変わらないって訳ね」
 美咲が再度接近、その合間を縫うように涼花が回復の手を魔力の弾丸へ変えて撃ち出す。
 涼花の今回の位置は支援。攻撃に転じるのは、言ってしまえば涼花の個人的な感情。
 だから攻撃には加わらないなんて。安穏とした場所から見守っていようだなんて。
「守られるばかりなら、戦場に立つ意味なんて……!」
 そんなの、甘えだ。
 心は熱く、頭は冷静に。
 涼花の魔術が着弾、同時に至近距離から概念を断ち切る美咲の刃物がゴーレムを裂く。
 その後ろからはこちらも役目をビスコッティと替わったルブラットが。
 取り囲む形でイズマが逆側へ移動し、オリーブもまた最後の一体へと剣を向けた。
「では」
 静かに、彼はその眼を相手に穿って剣を煌めかせる。
「畳み掛けましょう」


 リアムが寝返る度に、入れ替わり立ち代わりでイレギュラーズ達の影も動く。
 イズマの用意したふかふかの毛布。まるで暖かい泡のような掛け布と枕。
 その中で奏でる、優しい子守唄。
「しかし、この戦闘音の中でも起きないとはね……」
「続きます!」
 瓦礫を跳び越え、攻撃と支援に回っていた涼花がリアムの元へ。
 過去の記憶は無い。けれど、今まで培ってきた音楽の知識なら。
 もし、ここにギターが有ったら『彼女』は何を歌ったのだろう。
 涼花は閉じた瞳をゆっくり開き。
 ――どうか、穏やかに。
 イズマの音階に合わせるように、安らかな子守唄を選曲した。
「両腕、来るよっ!」
 ヒィロの忠告と共に、ゴーレムが両腕を広げる。そして回転。丸太のような腕が辺り一面に旋回する。
 こればかりはいくら引きつけようと、一度後退しなければ負傷は免れない。
「お怪我は」
「余裕!」
 回転の勢いで殴り掛かるゴーレムの拳が迫れば、状態を確認し合ったオリーブと美咲が左右に跳んで躱す。
 そのゴーレムの背後、影の中から迫るのはルブラット。
 集中させるは自身の両の腕。
 美咲のものとは似て非なる、己の肉体から放つ手刀の斬撃で空間を巻き込みゴーレムを斬り裂く。
 ゴーレムの足が、崩れ落ちた。
「愛子よ、我はともにあればこそ――」
 再開されたビスコッティの唄声の最中で、美咲とオリーブの斬撃が重なり合う。
 ゴーレムの身体から駆動音が鳴り響く。まるで、最期のあがきのように。
 そのゴーレムへ向けて、強化を掛け直し復帰したイズマは、渾身の魔力を注いだ魔剣を創造した。
「……寝てる子がいるんだから騒ぐなよ、大人しくしてろ、ってな!」
 魔剣が、ゴーレムを両断する。
 そして、ビスコッティの唄も同時に終曲へと至った。
『眠れ、今はいと安けく、あした窓に訪いくるまで』
 我が母上ともしそうあれたらと願いを込めて。
 ビスコッティは幸せを思い浮かべ、どうか二人だけの秘密になれば良いと、微笑んだ。
 最後の、ゴーレムの身体が崩壊していく。
 あぁ、あぁ、この身は土くれなれど。
 安らかに眠る権利は有るのだろうか。
 崩壊する。塵と化す。そして地面に転がり落ちたのは。
「これが……」
 その胸元に埋め込まれていた宝玉。先に倒した二体も含め、計三つ。
「ふぃ~~……」
 安堵とも疲弊とも取れる溜息が、ビスコッティの口から出た。
「難しい歌だったね。考え疲れたみたいな?」
 歩み寄ったヒィロに、ビスコッティは自分の頭部を押さえながら答えた。
「そりゃそうじゃろ。我、まだそこまで母上にも甘えたこと無いもん!」
 その傍らで、ルブラットがある一点へ視線を向けている。
「全員、注意を」
 見据えたその先に、起き上がったのは。
「あ……」
 大欠伸を見せつけた直後に、目と口を丸くしたリアムの姿だった。
「あーっ!?」
 やられている。三体とも。
 想定もしていなかったのだろう。リアムは不服そうな顔を浮かべながら、地面に手を添えた。
 現れたのは召喚陣。そして、陣の中へリアムの身体が沈んでいく。
 そこへ投擲されたのは美咲の包丁。
 魔力の壁で打ち払い、視線を向ければ強気な美咲の顔。
「事が済んでからとか、なかなか寝坊助よね。かわいそーだから見逃してあげる」
 リアムは、返答はしなかった。
 代わりに、少女は美咲に対して「いっ!」と口と顔を歪ませて威嚇する。
 その台詞はいつか絶対返してやる。そう言わんばかりに。
 リアムのそんな表情は、構えを解かないイレギュラーズ達に警戒される中で、その姿が完全に陣の中に消え去るまでずっと続いていた。
「独特な階層だったな……」
 イズマは、ぽつりと呟く。
「とは言え」
 オリーブが、足元に転がった宝玉を拾い上げて言った。
「これで、この階層は突破です」
「バラッド君、怪我が有れば見せると良い」
 ルブラットが応急処置の為に彼に歩を進める。
 バラッドは苦笑して答えた。
「あぁ……心以外は無事だ」
 そして、イズマもオリーブと共に拾った宝玉を扉に嵌めて、改めて実感する。
 外観と内部が一致しない塔の内部。先が読めない。
「……先に進んで確かめるしかなさそうだ」
 呼応するように嵌められた宝玉が輝き、大扉が開かれる。
 次なる階層は如何なるものか。
 頂上は、果たして。

 誰も居なくなった塔の何処かで、何処からか少女の声がする。
『あーあ。せっかく、何だか良い夢視られてたのになぁ……』

成否

成功

MVP

ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)
メカモスカ

状態異常

なし

あとがき

依頼完了、階層突破です。お疲れ様でした!
驚いたのが皆さんリアムに対して割と優し目な対応でしたね!
はい、なのでバラッドさんも皆さんに続いて歌わせて頂きました!
プレイングが来る前はガラガラとか持って行こうかな、とか思ってた自分が恥ずかしい。
優しくして下さったお礼ではないですが、最後に本来入れようとしていたリアムの台詞を少し変えました。
彼女はまた何処かで眠り続けるでしょう。
もし次に会う機会があれば、その時は……。

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