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シナリオ詳細

<ラケシスの紡ぎ糸>恥辱に濡れた愚の渇求

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●理想は遠く
 自惚れていた。
 そう自分を戒める事で、何とか正気を保てている気がした。
「……状況は?」
 身を屈めた青年が最小限の口の動きで訊ねる。
「良くはねぇ。悪いと言い切った方が良いか?」
 答えたのは、大柄な背丈にそれと変わらない全長の斧を担いだ男。
 青年は、後ろを振り返ると小声で答えた。
 視線の先には疲弊した少女が座り込んでいる。服は汚れているが、二人の男に比べればマシではあった。
「……止めとこう。不安がらせる場合じゃ」
「聞こえてるってば」
 突然、少女の声に遮られて、青年は慌てて取り繕った。
 三人が居るのは、ラサは南部砂漠コンシレラ。何かの遺跡の陰である。
 遺跡と言ってもそう見えるだけで、ここに在るのは崩れ去った瓦礫が数個と斜めに突き刺さっている柱だけ。
 彼らは現在地より更に南方に位置する街で傭兵として仕事をしていたのだが、つい先日そこが謎の軍勢に襲われた。
 街はたちまち防衛戦となり、青年も大柄な男のウォルド、偵察を務める少女パルメ、このいつものスリーマンセルで参戦する事になった。
 青年は傭兵としてはそれなりに経験はこなしている。戦闘の経験も有ったし、何よりこのメンバーならどの依頼でもこなせるという誇りも有った。
 彼らには、戦闘に赴く際に必ず思い浮かべる姿が有る。
 イレギュラーズ。
 勇敢、慈愛。どんな時でも余裕に、という事はないが、自信と気品にも満ちたその姿。
 彼らの戦う姿を遠目に見る事も有ったし、伝聞でその雄姿を聞く事も有る。
 それを聞けば聞く程に、自分自身も強い勇気と興奮を持った。率直に言えば憧れだ。
 だから今回の防衛戦も負けるつもりで挑んではいなかった。ローレットに助力を請う前に片をつけてやろうと意気込みもした。
 勿論、彼らが防衛を離れてここに居るという事は、その気持ちが崩れ去ったという事である。
 自惚れていた。
 きっと、彼らのように戦えるだろうと期待していた自分は、戦場の何処にも存在しなかった。
 徐々に削られる防衛戦力、下がり続ける士気。
 旗色が悪くなり、請け負ったのはローレットへの依頼任務。
 悔しさを感じながら防衛点から突破の糸口を見つけた三人は、ローレットを目指す事になった……のだが。
「まさか、罠だったとはな」
「罠というより、あんなの狩りね、狩り……あぁ、じゃあ罠で合ってるか」
 街を出たすぐ後に、彼らに追撃部隊が繰り出されたのだ。
 脱出する場所、敵戦力の把握に間違いは無かった。にも関わらず、狙ったかのようなタイミングで追撃が出された。誘われたのだ。
「追撃部隊はどのくらい居た?」
「六だな」
「十二よ。手数だけで言えばね」
 ウォルドが数を誤ったのも無理は無い。
 追撃してきたのは騎馬の六体。通常であればそれで間違いは無い。
 だが、騎乗者とは別に馬も攻撃手段を持っている。パルメはそれを言っているのだ。
 加えて、砂漠地帯だというのに馬の機動力が落ちていない。
 それは馬の足元に渦巻く魔力が足元の砂を飛ばしているせいだろう、という結論に至ったのはつい先程の事。
 おかげで、こうして途中途中にかろうじて点在する物陰に身を隠しながら進むしかなかった。
「面倒なのは斥候隊が居る事ね」
 パルメが溜息を吐く。
「アイツらが居なけりゃまとめて罠にでも掛けられるのに」
「この砂漠で? まともな道具も無いのに罠なんて仕掛けられンのか?」
 ウォルドの質問に、パルメはまた一つ息を吐く。
「言ってみただけ……今、まともに動けるのは?」
「俺……だな。どうする、殿なら務めるぞ」
「いや……それよりも」
 ウォルドの目がじっとこちらを見てくる。嫌な予感。鼓動が早くなる。
「お前は先にローレットへ向かえ、シュレン」
「……何?」
 仲間を置いて行けというのか? この砂漠に。
「本来なら私が行きたいところだけど」
 パルメは右足を伸ばす。見えたのは、応急手当がなされた包帯だった。
「……この足じゃね」
「お前らはどうするつもりだ」
 何を今更、とウォルドは笑う。彼の顔に諦めは無い。
「勿論、ここで足止めだ。なぁに、正面からやりあうつもりはねぇ。心配すんな」
「だが……」
「言い合ってる時間、無さそうよ」
 物陰から見えたのは、二つの黒い鎧の騎馬。
 見紛う筈も無い。散々追われたのだから。
「パルメは足を負傷、俺は重装備でお前程動けん……まぁ、捨てりゃ良いっつー話だが、それだと今度は食い止める奴がいねぇ。下手すりゃ逃げた先までアイツらを引っ張ってきちまう」
 お前が適任だ。
 そう言われて、彼はずっと背中を見せたままになった。
 そして今、シュレンは中継地点にあった無人のオアシスに突っ立っている。
 ウォルド程ではないが、傷を負った身体から血が滲む。
 オアシスの水面に映った自分の顔を見れば、何とも無様にしか思えなかった。
 何度も戻るかどうかを自問もした。
 その度に、今戻って何が出来るかと思い直し、シュレンは再び足を進める。
 数日を掛けて辿り着いた目的地。
 シュレンは、疲労よりも後悔でその場に崩れ落ちた。
「……依頼がある」
 地面に落とされた彼の視線。後悔と言えども涙は出ず、代わりに食いしばった唇から血が垂れる。
「街が襲われ……そこから脱出して来た。依頼は……」
 言い掛けて、言葉に詰まる。
 思い出すのは、去り際にウォルドが残した言葉。
『おい! 一応言っておくが、俺達の目的は防衛の援護依頼だ! 間違えんなよ!!』
 あぁ、そうだな。と開いたシュレンの口。
「……一つ……! 無茶を承知で、頼まれてくれないだろうか……!」

●それでも彼は願った
「おおよそだけど、状況は把握したよ」
 淡々とした雰囲気をもって、『光彩の精霊』イヴ・ファルベ(p3n000206)はイレギュラーズの前に姿を現した。
「彼……シュレンは奥で眠ってる。見た目よりも痛手を負ってたみたいだね。あの状態でよくここまで来れたと思う」
 イヴは一枚の紙を取り出した。
 シュレンが眠りに入る前に、出来る限りの情報を聞き出したのだろう。
 紙には、箇条書きで簡素な文字が羅列されている。
「依頼は彼と共に脱出した仲間二人の救援。元々はラサの街への援護だと聞いたけど、状況を鑑みて仲間の救護が早急だと判断した」
 イヴは纏めた情報を淡々と読み上げた。
 まずは二人の現在地点。
 場所は南部砂漠コンシレラ。
 彼らが来た街とイヴ達の居るこことはおおよそ直線状の道程であり、途中に二か所のポイントが在る。
 一つは小さな遺跡の残骸。こちらは彼らの街の方角に近い。
 もう一つは無人のオアシス。こちらがイレギュラーズ達のこの場所に近く、付近に他の地点は見当たらない。
 仲間達とは遺跡地点で別れたそうだが、シュレンがここに数日を掛けて来ている事から、仲間達も場所を移動している可能性は有る。
 負傷しているのであれば街の方に移動した可能性は低い。
 足止めとは言っていたが、移動を余儀なくされた場合は恐らくオアシスまで後退しているだろう。
 オアシスにはボロ小屋が一つ在るだけだが、休息地点としてはここくらいなものだ。
「追撃してる敵は騎馬、だね。騎馬兵は全部で六体だけど、その内二体は斥候に近い動きをしてる……つまり、偵察部隊だ」
 これに見つかれば、笛の音で敵の仲間に知らされる。
 砂漠でも落ちぬ機動力であっという間に囲まれてしまう、との事だ。
 その姿は全身黒鎧に黒の鉄兜。
 更に隊長格と思われる一体は燃えるような形の鉄兜を装着している。
 人型とは言えど、遭遇すれば一目で敵と判断出来るだろう。
「不毀の軍勢……だね。ただ、それにしては馬にも違和感を覚える。二本の角に蒼白い身体。変容する獣……かもしれない」
 終焉獣の一種、変容する獣。
 そうだとすると、それ自体が攻撃手段を持っているのにも頷ける。
 二本の角先から放たれる電撃。知性らしい知性は今のところ感じないが、単独でも脅威と成り得る点には注意したい。
「最後に確認しよう。今回の目標は彼の仲間……ウォルドとパルメの救出。騎馬隊とは交戦になるだろうけど、救助が優先。街の事も一旦考えなくて良い。うん、見捨てる訳じゃないから安心して。そっちにも手を打っておく」
 イヴは改めて皆の顔を見渡した。
「救出が成功したら速やかに戻るように。そのまま街の援護に向かわないでね。いくらなんでも、情報不足のところに貴方達を連戦に向かわせられない。向かうにしても、彼が目覚めて情報を整理してからだ」
 つまり、まずはこの依頼の達成が最優先。
 目標を履き違えないように、くれぐれも注意したい。

GMコメント

●目標
ウォルド、パルメ、二人の救出。

●副目標
黒騎馬隊の撃退、もしくは討伐
※全滅させても問題有りません。

●敵情報(全十二体)
・不毀の軍勢×6
黒い鎧に身を包んだ騎兵。
馬に似た姿を持つ変容する獣に騎乗しており、機動力に優れます。
全員が騎馬状態にあります。

内訳は
槍兵×1
剣兵×2
弓兵×2
大剣持ちの騎兵×1

斥候をしている二体が弓を装備しており、この二体が部隊の前後に配置され周囲を警戒しています。
見つかれば笛で仲間を呼ばれるでしょう。
また、全員黒の鉄兜を被っていますが、大剣持ちの騎兵は燃えるような形の兜を被っており、恐らく隊長であると思われます。

隊列のように陣形を組んで進行しています。

・変容する獣×6
透き通った蒼白い体躯をした馬のような獣。
頭に二本の角が生えており、騎乗している者とは別に電撃を放ってきます。

●ロケーション
南部砂漠コンシレラ、昼。
砂漠地帯で戦闘するのであれば、障害物等は有りません。

●向かうに当たって
街側となる遺跡側、イレギュラーズ達の居るオアシス側
どちらの方向からでも、また障害物の無い砂漠地点の為、違う方向からでも向かう事が可能です。

●ウォルドとパルメについて
オープニングの状況から動いている可能性が有ります。
これはイレギュラーズが彼らを発見するまで掛かった時間によって更に変動するかもしれません。
何処かに陣取って足止めをするつもりならば、遺跡付近、またはオアシス付近に留まっている可能性が高いと思われます。

●NPC

・ウォルド
基本的に豪快な性格。
今回は敵に突っ込むような真似をせず、パルメを庇いながら敵の足止めをしていると思われる。

・パルメ
表面では冷静に物事を見る少女。
応急手当は可能だが、まともに戦闘が出来る様子は無い

・シュレン
悔しさを胸に床に伏せている。
事前に彼と会話する事は困難だろう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <ラケシスの紡ぎ糸>恥辱に濡れた愚の渇求完了
  • GM名夜影 鈴
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月19日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標
多次元世界 観測端末(p3p010858)
観測中
レイテ・コロン(p3p011010)
武蔵を護る盾

リプレイ

●叫べ渇望、駆けよ砂漠
「イヴ、例の二人を救出してくる間に街の方の情報収集を頼む」
 『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)は慣れた日差しの下、青髪の少女にそう告げた。
「うん……ごめん。人を探すなら、私も行って人手を増やしたいところだけど……」
 伏し目がちに返って来た言葉に、ラダは一旦瞼を閉じ。
「……相変わらず、水臭いな」
 優しい口元で、彼女に答える。
「良いんだよ。先日も似た事を言ったが、お前の本分は情報屋なんだろう? 無暗に敵地へ突っ込むべきじゃない。そういうのは……」
 私達の本分だ。
 そう語るように背を向け、ラダは颯爽と駆ける。
「怪我して帰ってくりゃ、どやされそうだな」
 掛けられた声に顔を横に向ければ足音は八つ。軽口を交えて並走する『駆ける黒影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)の大柄な姿。
「先に向かったかと思ったよ」
「二人を見つけるまでは固まって、だろ」
 突出した機動力。加えて止まる事を知らぬ四肢。いや、獅子と言い直した方が良いか。
「……お前さん、武器は?」
 戦場に行くには身軽に思えるラダを見て、ルナが問う。
 ラダはそれに応えるように、白布に包んだライフルと空の荷を示して見せた。
「商隊風か。悪かねぇ」
 先行しようと思えば彼だけ先駆けする事も可能な筈だ。そのルナは日除けの白外套の襟を掴むと、ぐいと口元まで押し上げた。
 ルナの後ろに見えるのは彼に続いて走るチャリオッツ。牽引する馬車の中に見えるのは『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)の姿。
 広い視野の捜索は召喚した空の鳥から。俯瞰した熱砂からは未だ情報は得られないが、地上と空からなら発見出来る確率も上がるだろう。
 軽鎧に身を包み、小さな痕跡も見逃すまいと、エーレンは深々とそこへ集中する。
 と、エーレンの黒い鳥と共に、一羽の青っぽい鳥が同じく空を舞う。
 『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)が従える鳥もまた、可能な限り索敵と捜索範囲を広げる役目を帯びて羽ばたいている。
「……方角は間違ってない」
 砂地に足を取られないよう、魔術によって浮遊するヨゾラが呟く。直感だ。
 直感だが、一欠片の情報が救出対象の二人を左右する。
 出立前に見聞きしたシュレンの状態。彼はどれ程の後悔と屈辱を味わって依頼をしたのだろう。
 だが、だからこそ助けられる命が有る。
(絶対に助け出すよ……!)
 ヨゾラは広がる砂漠を鋭く見遣る。
 シュレンに対して気掛かりなのは『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)も同じであろう。というのも、彼の傷の具合だ。
 戦闘を途中離脱したシュレンでさえあの様子。数日で辿り着けた事自体が見事。
「数日、か……」
 シュレンであれ程なら、ウォルドとパルメは一体……。
「後ろ向きに考える事はねぇ」
 その呟きに、軍馬に跨り前方を行く『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)がハッキリとした声を向けた。
「例え、だ」
 そう前置いて、義弘は手綱を強く握る。
「それが一番いい方法だと分かっていても、自分を盾にするなんてそうそうできるもんじゃねえ」
 二人は助けが来る事を知らないだろう。それでも盾を止める事は無い。時間は出来るだけ、己の力が続く限り継続しなければならない。
 補給の無い砂漠、満身創痍の中でそれは地獄にも近い筈だ。そんな事を実行している胆力。
「……信じてやろうじゃねぇか」
「そう……ですね」
 不安は有る。二人が上手く凌いでいてくれればそれで良い。
 そう思いながら、舞花は敵影の姿を砂漠に求める。不安が多少和らいだのは、義弘の言葉と共に自身が死の臭いを嗅ぎとっていないからというのも有るだろう。
 その上空、鳥達を挟むようにして影が二つ、砂漠に落とされる。
 一人は少女、いや、少女の姿をした『観測中』多次元世界 観測端末(p3p010858)のもの。
 もう一つは黒い蝙蝠の翼を広げる『新たな可能性』レイテ・コロン(p3p011010)のものだ。
 人型に生まれ落ちた者からすれば異形に見える観測端末、実態は深海の奥底に潜む蛇と海洋生物を合わせたような名状し難い姿である。
 観測端末を語るには恐らく、この世界の裏側か、もしくは観測端末の世界における宇宙的異質な神秘に触れなければいけないのかもしれない。
 今回の依頼に当たってギフトにより少女の姿を取っているのは、救出対象の二人に誤って敵と認識されない為でもあろう。
 状況が状況だ。敵の討伐だけならまだしも、ウォルドとパルメが優先される今回、捜索開始時点で形に沿った適応をしたのは良い判断だと言える。
 まず第一に救助、時点で討伐。
(……うーん。情報不足もあるけれど)
 捜索と共にそう考えながら、レイテは他の皆より少し後方で音の反響により範囲をカバーする。
 真下の皆と辺りを舞う砂粒に混じるものは聞こえない。
 この中で追撃する不毀の軍勢。その強さは如何程のものか。
 そんなレイテは怠っていたという訳ではないのだが。
「……すみません、砂漠舐めてました……」
 数刻後、激しく損耗していた。
 酷暑。
 捜索しているだけで、まるで戦闘中のような疲労感が襲う。
「無事デスカ?」
 観測端末に声を掛けられ、満面……とはいかないだろうが、出来るだけの笑みで答えた。
「えぇ、何とか。それより、一刻も早く二人を見つけないと……」
 この暑さでは、戦い以前に二人が干乾びてしまう可能性も有り得る。
 シュレンが来たという街の方も気になるが、こちらも時間との勝負。
 迷っている暇も無く、一行はラダを先導にしオアシスへ急ぐ。
 と、チャリオッツから声を投げたのは、鳥からの俯瞰視点を得ていたエーレン。
「見えたぞ」
「どっちだ? 二人か? 敵か?」
 ルナが彼の声に振り返る。
 エーレンは両方を否定した。
「……オアシスだ」


「……これは、一体」
 超人的な視力で『それ』を見つけたヨゾラと義弘、観測端末は、真っ直ぐにそれへと向かった。
 ヨゾラが撫でる。『それ』はオアシスに生えている木だ。
「こっちもだ」
 屈んだ義弘の目線の先。『それ』は木に付けられた……。
「戦闘痕……?」
 舞花が傷つけられた木を見て眉を少し寄せる。
「居マセンネ」
 一度地上へと降りた少女は、明かりの灯っていない小屋の中を観測した。
「皆、これを」
 ヨゾラが木の陰に何かを発見する。
 チャリオッツを離れたエーレンは、少ない草の上に落ちたそれを見ると顎下に手を添えた。
「……鳴子、というやつだな」
 張り巡らせて紐に引っ掛かれば音が鳴る。想像するような本来の形とは程遠い、その場の間に合わせのような物だ。
 レイテは、誰にともなく問う。
「一度、ここまで到達した……という事でしょうか」
「だろうな。僅かだが、血痕も在る」
 義弘は素材の一つと手に取って裏側を見るとそう言った。
 ヨゾラの捜索力で周囲を見てみれば、小屋の所々が小さく損傷している。恐らく、それも素材として使われたのだろう。
 気になるのはそれよりも大きく付けられた戦闘痕。
「……すれ違いはしなかった筈だが」
 ラダは元来た道を振り返った。
 それは間違いない。今回の捜索は皆が出来得る限りの力を使っている。
「もしかして……二人側から打って出た?」
「おい、怪我人だぞ?」
 ルナは舞花の疑問に懸念で返す。義弘が頷いたのは舞花に対して。
「だが、ここに居ない以上は妥当な考えだろうよ」
 しかし、街に戻ったという可能性も低い。歩兵と騎兵。突破出来るとはどうしても考え難い。
 そこから考えられるのは。
「……待って。皆さん、あちらを」
 飛翔した観測端末がそれに続いた。
「方角、九時デス」
 遠目に舞花と観測端末が捉えたのは黒い影。同時に、ルナのセンサーが反応する。
「ラダぁ!」
「あぁ、見えた! 交戦中だ! 援護に入るよ!」
 既に襲撃され、止む無くここを離脱するしかなかったとしたら。
 二人が居るのはオアシスと遺跡の中間地点、そして限りなくオアシスに近い位置。そこだ。
 付近に接近する為、再び皆は地上と空へ。
「そいつらも、悪運がいいな。ほらよッ」
 こちらまで囲まれる前に、ルナはチャリオッツに乗るエーレンの腰を掴むと前へと放り投げた。
「シュレンは想いを抱えて砂漠を超えた」
 足場に着地したエーレンが見据えたその先。
「今度は俺達がそれに報いる番だな」
 街を守る。人も守る。イレギュラーズは両方出来るところを見せてやろう。
「あぁ」
 と義弘も馬上で同意する。
 必死になって、歯を食い縛って走り、そして頼み込んだあの男の為にも。
「……必ず二人は助けなきゃいけねえよ」
 幸いだったのはオアシス側から捜索を始めた事。齟齬が有ってもそれに合わせられた事。
 幸いだったのは。
「クソッ……囲まれた」
「あの時と同じ、罠に嵌められた……か。流石に、折れそうね」
 装備もボロボロな二人の人間、それを囲うように塞がる弓を持った黒鎧、その背。
 その三人に突如黒い影が降り注ぐ。黒鎧はその影に気付くも武器を構える時間は与えられず。
 奇襲。
 そう、幸いだったのは図らずも敵の背後から接近出来た事。
「そこまでにして貰うよ!」
 太陽を背にするレイテの影が、その身が、自由落下によって得た衝撃が弓鎧に衝突する。
 一歩、二歩、後退する黒鎧に向かい、義弘が軍馬と共に真正面から突撃、激しくぶつかり合う。
 突然の事態に動揺の色を見せる黒鎧を、義弘は眼光鋭く睨め付けた。
 笛など吹かせる猶予は無く、黒鎧達が気付く頃には彼らは一気に接近する。
 弓持ちの黒鎧が真下に気付いた時には、既にその影は攻撃圏内に踏み込んでいる。
 一閃、エーレンが鞘を走らせ斬り上げた。その横を抜けるのはラダの弾丸、そして足元からはヨゾラの混沌の泥。
「呑み込め、泥よ……敵の全てを飲み干せ!」
 泥に塗られた一体の黒鎧はそのまま穿つ弾丸の先に、白布から顔を覗かせる銃身とそれを持つ凛としたラダの姿を見た。
「よう、物好き共」
 即刻、騎乗の一体が砂漠へ仰向きに倒れる。舞い上がる砂より深い色の尾花栗毛が、奴らに塞がるようにその言葉を発した。
「この砂漠で鎧姿とは恐れ入る。鉄帝は鉄板焼きになるのが趣味だったかい?」


 エーレンの斬撃は続け様に、陣形を再構築する前に援護に入り掛けた黒鎧達を襲う。
 右、左、動く眼光は敵の穴を即座に見抜き、そこへ斬り込んでいく。
 ウォルドとパルメを襲っていた黒鎧達は陣形でいうところの『方円』を用いていた。
 中心にウォルドとパルメ、そしてこの陣形の特徴は中心に頭を置いている事。つまり。
「そちらが大将ね」
 士気を取る者を判別するのは容易い。
 舞う、流れる、舞花の太刀。流麗玲瓏な脚の動きは先の言葉をその場に残して大将鎧を斬りつける。
 その間に、奇襲と共に二人と大将の中間に割り込んだレイテの元へルナは駆ける。
「……チッ」
 軽く舌打ちをし、ルナは目の前に塞がる黒鎧から一旦離れた。
 砂漠であっても走り負けるつもりは毛頭無い。が、目の前を抜けるなら少し話が変わってくる。
 せめて、一騎。獣も含めて後一騎崩す事が出来れば、二人の居る中央に辿り着けるのだが。
 レイテはそちらに攻撃が向かないようにその場で防御を固め、気分を高揚させたラダは、更に敵の注意を自分へと向けるように銃を乱射する。
 その銃弾、この場においてまさに熱砂の嵐の如く。
 レイテの挑発もラダの範囲的な銃弾も、円環の陣形をしている相手には限定的な効果だ。
 だがそれで良い。目的は二人の救出、敵全員を構ってやる事はない。この時点でこちらも半分は達成したとも言って良いのだ。
 では残りの半分は。勿論、対象を含めて無事に帰還する事。
 それにはまず、注目を集めているラダとレイテ、そのレイテの後ろで構える義弘に向かう反撃を何とかしなければならない。
 現在の損耗度は軽微。
 広域を観測していた端末は冷静に戦況を分析する。最も被害を受けているのは誰か。ラダ、義弘、レイテ。ラダ、レイテ。
「マズハ此方、デスネ」
 そして観測端末が静かに手を掲げた先に居るのは、雷撃と槍の刺突が向けられているレイテ。
 続き、観測端末はすぐにその場から視線を外す。理由は勿論ウォルドとパルメだ。
「おい」
 前線で野太い一声が剣の黒鎧に掛けられる。
 振り向き様、義弘の指が鉄兜の隙間に入り引っ掴まれる。その腹部に叩き込まれる鬼神の如き拳。
 ただの拳骨ではないだろう。叩き込んだ直後、義弘の上着が激しく風に乱れる。練り込まれた拳からの闘気が相手の鎧を伝って内部に到達する。
 エーレンが次の動作に移る直後、彼は空に手を翳した。
 夜空には遠い空に、ヨゾラの祝福が輝く。
「全員で生きて帰るんだ、誰も倒れさせないよ……!」


 夢幻の刃が渇いた宙に冷たく光る。
「なるほど……これが不毀の軍勢か。手強い兵の集団とは聞いていたけれど、なかなか。面白い」
 振り下ろされる傲慢な大剣、しかしそこには舞花の姿は蜃気楼のように消え去り。
 代わりに見えたのは上空よりの影。空中で一閃、着地と同時に二閃。
 その背後で冷気に混じるのは雷撃の一閃。エーレンの太刀。
 それにしても、この大将鎧。生半可な攻撃では退きもしない。
 先の斥候弓は奇襲の賜物か。それとも個体としての差か。
 ラダの連射により後方の弓も落ちたところを見ると、恐らく後者が近いのだろう。
 レイテが耐え、義弘が追撃を重ねたところに。
「ようやく、かい」
 開いた、陣形の穴。
 ルナが悠然と駆け出す。向けられる獣の雷撃を物ともせず。
「おい、こっちだ」
 エーレンを放ったその腕力で短い嗚咽を漏らしたウォルドの大柄を掴み上げ、同じく短い悲鳴を上げたパルメは自身の背に。
 加えてその多大な機動力。離脱に走るルナへ黒鎧の剣が迫る。それを拒否したのはヨゾラの零距離魔術。
「これでも食らえ、星の破撃ーーー!!」
 止まり掛けたルナの足が再び動き出す。首を鳴らせば口角を上げ。
「やるじゃねぇか。ま、こんだけ馬車馬よろしく働かせてんだ。戦闘くれぇ頼むぜ」
 そう、軽口混じりにヨゾラを抜けたルナは、離脱前の敵の挙動からすれ違う彼女へ伝言する。
「ラダ。あいつら、あの数で陣を組み直すぞ」
「よし……久住!」
 ルナの言葉に、ラダは銃弾を獣に向けて集中させる。獣が崩れ落ちたと同時に、ラダは一人へ呼び掛けた。
 それを合図にして義弘が馬車に続く。救出対象に治療を行使していた観測端末、ヨゾラ、舞花、エーレンが一斉に馬車へと後退し、見届けたレイテは一気に上空へ飛翔。
 最後に残ったラダは、獣から落ちた黒鎧を見ては一息。足を失ったその身では追走もままならない。
「砂に足を取られる砂漠で、そんな重装備をするからだ……舐め過ぎたな、不毀の軍勢」
 そうして振り返ると、横に並ぶ対象へ向かってラダは横目に睨んだ。
「騎士よ。不満があるならあの街の前で待っていろ」
 駆ける。影は八から十に増え。
「追撃ハ?」
「来てないね」
 と答えるのは周囲を警戒しているヨゾラ。
 それを確認し合い、二人はウォルド、パルメの回復に専念する。
「……お前達、もしかして」
 その一人、ウォルドは疲労した口を開いた。
「イレギュラーズ、鳴神抜刀流の霧江詠蓮だ」
 応えたのはエーレン。
「て事は……アイツ」
 呆然と、パルメは事実を確認する。エーレンは彼女に向かっても頷いた。
「街の防衛も動いている、彼は役目を果たしたぞ」
 安堵の息が二人から漏れ出した。きっと依頼達成とは別のものも混じっている。
「それにしても……たった二人で数日凌ぐとは本当にお見事。誇れる内容だと思いますよ」
 舞花の言葉に、パルメは苦笑しながら応じた。
「諦めてたわ。アタシ達だけだったら……ね」
 続けて、ウォルドは晴れたように笑顔を作った。
「命掛けてる奴を信じる。お前達だってそうだろう? ……だが、諦めかけてたのはぶっちゃけそうだ。救援、感謝する」
 そうして見えるローレット。
 その前に、彼は立っていた。
「アマリ、激シク動カナイヨウニ」
 ヨゾラと観測端末に支えられ、ウォルドとパルメは馬車から彼の前に降り立つ。
「……死に損なった」
 最初にウォルドが発したのは、その言葉だった。
「まさか、また……」
 彼は、脇腹を押さえながら歩み寄る。
「……本当に、お前らのツラを拝めるとは」
 一時の無言、そしてシュレンは両拳を、ウォルドは右へ、パルメは左へ拳をぶつけ合う。
(三人全員生還、本当に良かった……仲間が欠けるの、つらいからね)
 揃った三人を見て、ヨゾラは安堵する。それと同時に、ウォルドも口にする事を考える。
「だが、ここから、だな」
 本番は終わっていない。
 それを成す為にも、三人が揃った今が反撃の狼煙を上げる時だろう。
「待ってよ。その前にさ」
 パルメがウォルドの小腹を突く。痛がりながらも彼は「そうだった」と二人と一緒にイレギュラーズ達へ振り返った。
 一歩、シュレンが前に出て口を開く。
「遅くなったが……二人の分も含め、改めて礼を言わせて欲しい。それと……」
 シュレンは一度目を伏せ、再び八人をそれぞれ見渡した。
「やっぱり、別格だな。俺はシュレン、ラサの街から防衛依頼に来た。どうか、もう一度依頼を聞いて欲しい!」
 今は養生の時だ。それを終えた時、彼らはまた始まるのだろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

依頼完了、お疲れ様でした!
今回は前半途中までを探索パート、後半を戦闘救助部分としております。
捜索に対する皆の能力使用、どう表現しようかメチャクチャ悩みましたしがメチャクチャ楽しかったです!
ただその分いつもより執筆が遅くなってしまい、大変申し訳御座いません!
読み応えのあるリプレイに仕上がっていれば、大変嬉しく思う次第で御座います。

彼らの次の依頼は養生次第となるでしょう。
三人共生還、誠に素晴らしい結果です。
では、また次の機会にお会い致しましょう!

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