シナリオ詳細
補陀落渡海の成れの果て。或いは、歌に誘われて…。
オープニング
●歌が聞こえる
補陀落渡海というものがある。
所謂、捨身行の1つであり、今ではすっかり廃れてしまった文化の1つだ。
用意するのは小舟が1つと、行者が1人。
やり方は簡単だ。行者を乗せた船を沖に流すだけ。場合によっては行者の身体に重りをつけて生還を阻んだとも言うが、真偽のほどは定かではない。
「行者たちは何を思って、食料も水も無いままに、果ての無い海に漕ぎ出したんだろうね」
エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)の目は、海の方へ向いている。豊穣の海は穏やかだ。
時刻は夕暮れ。
西日で赤く染まった海をぼんやりと眺め、エントマは小さな溜め息を零した。
「歌が聴こえたんだよね」
海をじぃっと眺めたまま、エントマが言う。その視線が、海から逸らされることは無い。
「最初は何を歌っているか分からなかった。だけど、不思議と耳に残る歌でさ、気になって歌の出所を探して……私はここにやって来たんだよね」
“ここ”というのは海岸である。
周囲をぐるりと見まわしたところ、人の影など見当たらないし、歌なんてちっとも聞こえない。
「歌はね、海から聴こえてたんだよ。ほら、あっちの方」
海から視線を逸らさぬままに、エントマは手を上げ遥かな海の向こうを指さす。
夕焼けの中、何かの影が海に浮かんで見えていた。海を漂う黒い何か……船影らしきそれが、ゆっくり、ゆっくり、港の方へ、エントマのいる場所へ向かって近づいてきている。
この分であれば、日が暮れて辺りが暗くなる頃に船は海岸に着くだろうか。
「私、あれに乗るんだぁ。もうね、乗らなきゃ駄目なんだよ。そうじゃなきゃ、どうしようもないんだよね」
エントマは海から目を逸らさない。
目を逸らさないと言うか、目を逸らせないのだ。
港から移動することも出来ないのだ。ゆっくり近づいて来る船を、見ていることしか出来ないのだ。
「歌が聴こえるって言ったじゃん? あれさ……お経だったんだよね」
夜闇の中に小舟が見えた。
船の上に、木製の箱を乗せたような奇妙な船だ。
空間が歪んで見える。その船の周辺は、すっかり“異界”と化している。人なんて数人程度しか乗れないような小さな船だが、聴こえてくるお経は1人分ではない。
10や20や、それ以上の数のお経が聴こえている。
耳が痛い。脳が痺れる。背筋が粟立ち、体温が数度ほども急激に下がった。それを自覚していながらも、エントマは船に乗り込んだ。
エントマは、そうするしか無かった。
「じゃあ、お先に」
なんて、言って。
エントマは船に乗り込んだ。
- 補陀落渡海の成れの果て。或いは、歌に誘われて…。完了
- GM名病み月
- 種別 通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年11月02日 22時05分
- 参加人数5/6人
- 相談0日
- 参加費100RC
参加者 : 5 人
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参加者一覧(5人)
リプレイ
●補陀落渡海の成れ果て
暗い海である。
空に太陽は無い。だが、遠くまで見通せる。
光源が無ければ辺りは真っ暗闇に包まれるはずなのに、不思議と視界は通るのだ。
「……刀尋東至若無量劫」
『悪縁斬り』観音打 至東(p3p008495)が口の中で言葉を転がす。
至東は船の縁に立ち、暗い海を凝視した。
波が立っている風に見える。だが、風は吹かず、波の音もしない。船が揺れている感じも無ければ、水飛沫が顔を濡らすことも無い。
ただ、そこに“波”の幻影を映し出しただけのようにも思える。
「補陀落渡海……なるほど、害があるのか無害であるのか」
ポツリと零したその言葉さえ、あっという間にどこかに溶けて消えてしまった。
「ココドコー……?」
知らぬうちに小船に乗り込んだのだろう。『多言数窮の積雪』ユイユ・アペティート(p3p009040)は不気味な場所を彷徨っている。
ユイユがいるのは小舟の上だ。歩いて回っても、ほんの数十秒でぐるりと一周できる程度に小さな船である。だが、ユイユは小舟の周囲を散策することに、体感で1時間ほどの時間を必要とした。
目に見える景色と、空間の広さがまったく一致していないのである。
「はぁ……随分変わった所だなぁ」
小舟から身を乗り出して波打つ海に手を触れた。
手が濡れることは無いし、波も感じられないが、確かにそこに“海”がある。だが、不思議なことに“海”ではあるが“水”では無いのだ。
試しに足を踏み出せば、ユイユは海に立つことが出来る。
もっとも、海に立てるからと言って小舟から遠く離れる気にはなれなかった。なにしろこの不気味で暗い海ときたら、まったく終わりなんてどこにも無いかのように果て無く続いているからだ。
補陀落渡海。
捨身行の1つであり、今ではすっかり廃れてしまった文化の1つだ。
「なるほどこちら、辿り着くことなきポータラカへの道行き。紀行文の一節というわけですね」
『リスの王』カナデ・ラディオドンタ(p3p011240)はアノマロカリスの海種である。それゆえに海を泳ぐことなど、彼女にとっては容易に過ぎる。
だが、海のような“海でない場所”となれば話は別である。
目に見える景色こそ海そのものであるが、海面より下に潜ることは出来ないのだ。
だが、決して地面が存在するわけではない。
例えば、空の上を歩けるとしたら、きっとこんな風であろうと思われた。
足元をぺたぺたと触りながら、カナデはここに至る経緯を思い出す。豊穣のとある御山を降りて、自身の配下たるリスたちのために“海にある栗”を採りに来たところ、いつの間にやらここに居たのだ。
思えば、最初に誰かの唱える経を耳にした気がする。
なるほど、あれこそが異界への入り口であったのだろう。
エントマ・ヴィーヴィーは苦悩していた。
「もう、ここに住むしか無いのかな」
補陀落渡海に取り込まれ、もう数日が経過していた。
暗い海以外には何も見えないし、小舟が進んでいる風でも無い。風も無い、音も無い、そんな異常な空間に……異界に取り込まれたエントマが、どうにか正気を保っているのは同行者たちの存在が大きい。
「なんだか、ここはよくないところなのです……諦めないで、エントマ様。一緒に帰りましょう」
同行者……『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)が、エントマの肩を揺さぶった。
一瞬、遠くへ飛びかけていたエントマの意識が、ニルの声で引き戻される。虚ろであった両の瞳に、ほんの僅かに生気が灯る。
「戻って来ました」
安堵の吐息をニルは零した。
ニルが……話し相手がいなければ、とっくの昔にエントマは正気を失っていただろう。
ともすると、生きる気力さえ喪失し、自害を選んでいたかもしれない。
ここ暫く、ニルはずっとエントマに話しかけながら、正気の崩壊を防ぐ役目を果たし続けているのである。
「まったく……怪異に好かれすぎだろ」
「その節はどうも……今回もお手間をおかけしまして」
ぐったりと項垂れたエントマが、らしくない言葉を口にした。異界での漂流……或いは、遭難と呼ぶべきか……が長く続いたせいだろうが、すっかり気力に欠けている。
『斬竜刀』不動 狂歌(p3p008820)はため息を零して、頭を掻いた。
数日……あくまで体感時間だが……の調査の末に、狂歌は1つの事実について理解しつつあった。
「原因は信仰か妖か、はたまた捨身行の成れの果てか、まぁ邪魔するなら切るだけだな」
異界から逃れる術があるとするなら、それは“原因”を突き止めて、どうにかするしか無いということである。
少なくとも、今のように異界を彷徨い歩いていても、事態は一向に解決しない。
「経か……気色が悪い」
「でも、少し悲しそうな感じがします」
静かな海に、時折、響く声がある。
唱えられる経は、果たして何を意味するのか。
そもそも、誰が経を唱えているのだろうか。
数日の間、過ごしてみても疑問は一切、解消されない。
●異界を歩こう
じゅう、と肉の焼ける音。
携帯コンロに火を灯し、持参していた干し肉を炙る。
味はやたらと塩辛く、おまけに硬い。食事と考えるのなら、それはもう進んで食べたいとは思えない程度のものだが、異界に取り込まれた現状においては贅沢も言っていられない。
「うぅん……?」
肉の焼き具合を確認しつつ、ユイユは果てと首を傾げた。
遭難するのは初めてではない。
わざわざ、携帯コンロと干し肉を持ち歩いているのは、過去の経験によるものだ。おかげでユイユは、不慣れな異界での生活にもあまり不便はしていなかった。
「眠っている間も、変な歌が聴こえてるんだよね……あまりいい気分はしないな」
ユイユの傍らには寝袋が転がっていた。
こちらも、万が一の事態に備えて日頃から持ち歩いているものだ。
干し肉を食べ終えたユイユは、寝袋を畳んでリュックサックへ放り込む。数日もの間、異界で暮らしているせいで、当初に比べてリュックも少し軽くなっていた。
「さて! それじゃあ、今日も元気に行こうか」
異界から脱出する方法は分からない。
だが、じっとしていても始まらない。
今日と明日との境さえ分からぬ異界ではあるが、入ることが出来たのならば、出ることもきっと出来るはずだ。少なくともユイユはそう確信している。
前も後ろも分からぬ海へ跳び下りて、何処かへ向かって歩き始めた。
今日もユイユの冒険が始まる。
心を静かに、口の中で言葉を転がす。
「刀尋東至若無量劫」
意味するところは「刀は東(あずま)を尋ね、無量劫の若(ごと)きに至る――」。
至東が元居た世界より持ち込んだ名号である。
名号には、邪気や禍いを祓うような力は無い。
名号とはつまり、御仏の称号のことだ。名をもって号(さけ)ぶという意味を持つ。
名前を呼ぶことで得られるのは、決して魔術的な効果ではない。だが、至東にとっては意味のある行為だ。名号の反復による心理的な効果が、至東の心を“空”とした。
少しずつ、身体と空間の境が曖昧になる感覚。
それに伴い、鼓膜を震わせ、脳の髄に染み入る不気味な読経が遠くなっていく。
「……ふぅ」
目を開く。
瞬間、至東の視界が揺れた。
ざぁ、と風と波の音。暗い空の向こう側に、蒼く波打つ水面が見える。
しかし、それも一瞬のこと。
一瞬のうちに、その光景は掻き消えた。
「ふむ……重なっている」
例えば至東が南米日本から混沌たる世界へと渡ったように。
異界と現世はまったく別の場所にあり、行ったきり帰ることは不可能である、と言うわけではないようだった。
もう一体、どれだけの間、異界にいるのか。
時間の感覚さえも次第に定かでなくなっていくような曖昧模糊とした不安と焦燥、それから思考の鈍麻を感じながらもカナデは1つの予想に辿り着く。
「なるほど。何も起こらないし、何も変わらないというわけですか」
補陀落渡海の異界においては、何の変化も異常事態も起こらない。
実際のところ、それ自体が“異常”ではあるが、つまりはそれが答えであった。
「御仏の慈愛は王道と同じく簡単には見えぬもの」
この異界が補陀落渡海だと言うのなら、その元凶はおそらく妖と化した行者であろう。
身動きも取れず、小舟に乗せられ、死ぬまで終わらぬ航海へと出た行者の無念か、後悔か、或いは恨みや恐怖の念か……そう言った負の感情が妖と化して今なお残っているのがこの異界であろう。
「じわじわと迫る死に、心安らかに生を手放せる人間が一体どれほどいたのやら」
箱のような小屋に閉じ込められたまま、行者はきっと暗闇の中で長い時を過ごしたのだろう。
飢えて渇いて、朦朧とする意識の中で波と風の音だけを聞いて、荒れ狂う海を想像して、最後には息絶えたのだろう。
きっと、もう波と風の音など聞きたくないとさえ思ったはずだ。
だから、異界では波の音も、風の音もしない。
実際に目にしたわけでも、触れたわけでも無いから、波も海も全てが幻影なのである。
そして、どこにもたどり着けなかったから、異界は決して終わらない。
「……となると、おや?」
そう言えば、甲板の上には箱のような物が乗っているではないか。
どうしてこれまで、それに気が付かなかったのだろう。気にすることが出来なかったのだろう。
よいしょ、と海から船の上に乗り込んで、カナデは一路、箱の方へと向かって行った。
どこからともなく、経を唱える声がする。
掠れた声だ。
暗い空か、海の虚像か、それとも別の何処からか、滲むように声が響いているのである。
「音が聞こえる方を目指してみます、か?」
「まぁ、じっとしていても埒が開かないからな」
いつまでも異界を彷徨うばかりではいられない。そもそもの話、ニルと狂歌は異界に取り込まれたエントマを救助するために、自分たちも異界へ足を踏み入れたのだ。
現時点では、異界脱出の手段は無い。
手段が無いのなら、見つければいい。
要するに、いつも通りの仕事である。
「でも、闇雲に動き回っても体力を……ん?」
エントマの言葉を遮って、その足首を1匹の猫が手で叩く。
ニルの連れていた猫だ。
確か名前はココアと言っただろうか。
「なんだ? 虚空を眺めているように見えるが」
ココアの視線を追いかけて、狂歌が首を傾げた。
ココアは甲板をとてとてと進むと、次に壁を前肢で叩く。
「にゃ」
壁……甲板の中央に乗せられた、1辺1,5メートルほどの箱である。材質はどうやら木材のようで、よくよく見れば木箱の表面には墨で経が書かれている。
残念ながら、波に洗われたせいか経はすっかり掠れて読めなくなっているけれど。
「そう言えば、何だろうね、この箱。最初からあったのに、全然、気にならなかったや」
箱はずっとそこにあった。
だが、エントマを始めとした一行は、誰1人としてこれまで1度も、箱を調べようと言う気にならなかったのである。
まったく意識のうちから、箱の存在が消え去っていた。
「怪しい、よな。明らかに……どうする?」
刀を抜いて、狂歌が問うた。
エントマの承認が得られれば、即座に箱を斬って開くつもりである。見たところ箱の材質は朽ちかけた木だ。狂歌の技量があれば、大した労も無く一刀のもとに切断できるはずである。
「う、うぅん……?」
エントマは腕を組んで思案した。
万が一の可能性を考えているのだ。箱を斬り開いた瞬間に、何らかの異常事態が発生する可能性を考慮すれば、迂闊な行動には出られない。
「わるいひとがいるなら、えい! ってします」
胸の前で拳を握り、ニルが鼻息を荒くする。
「そうは言うけどね、こっちの戦力も足りないわけでさ……あまり迂闊な行動には」
出られない。
そう言いかけたエントマの視界に何かが映った。
甲板を疾走する人影。頭の上に、櫂を掲げたユイユであった。
「これ怪しくない?」
「え、ユイユさん……っ!? ちょ、何する気なの!」
「壊しとこー!」
エントマに気が付かなかったのだろう。
思い切りよく櫂をスイング。
バキ、と乾いた音がして、ユイユが木箱を叩き壊した。
●朽ちた行者
朽ちた壁の向こうから、溢れ出したのは絶叫。
否、絶叫にも似た経を唱える声である。
地獄の底から響く、この世全ての憎悪と怒りをない混ぜにした大音声が空間を激しく震わせた。
「きゅぅ……!」
至近距離で絶叫を聞いたユイユが、意識を失い、パタンとその場に倒れ伏す。
それはもう、見事なまでの意識喪失であった。
受け身も取らずに倒れるユイユを、慌ててエントマが抱き留める。しかし、瞬間にエントマの足元がふらついた。
「うっ、るさぁ!」
エントマとて、大音声には自信がある。
だが、箱の内から響く絶叫はエントマのそれを遥かに超える。爆音の波を全身に叩きつけられて、あっさりと意識を手放しそうになる。
「あ、やば……ん?」
トン、と。
よろけたエントマの背中を、誰かが支える。
「刀尋東至若無量劫……刀尋東至若無量劫……繰り返してください」
至東だ。
「え、なに? 刀尋東至若無量劫? なに?」
その言葉の意味は知れない。
しかし、不思議と唱えて見れば経が少しだけ遠くなったような気がした。
気休め程度だが、無意味ではない。
少なくとも、至東の伝えた名号を唱えているうちは、幾らか経の影響を軽くできるようだ。
「よく分かりませんが、守護の祝詞のようなものですね」
「なるほど。刀尋東至若無量劫……っと」
絶叫を聞きつけたカナデ。
そして、大太刀を構えた狂歌もまた、口の中で8字の名号を繰り返す。
それから、至東とカナデ、狂歌の3人はユイユの開けた穴を潜って、箱の中へと飛び込んだ。
絶叫に目を回すエントマとユイユを、ニルが引き摺って行く。
「こっちに、避難してください」
ニルの細い腕で、エントマとユイユの2人を引き摺るのは重労働だ。だが、その場に……未だ絶経の途絶えぬ箱の傍に2人を放置しておくわけにもいかない。
「うぅ、助かるよ、ほんと」
「……きゅう」
目を回しているエントマとユイユを引き摺りながら、ニルは箱の方を見た。
箱の中に広がっているのは、どこまでも続くかのような真っ暗闇。
その奥に、枯れ木のように痩せて細った人影が見えた。
「あれ、なんでしょう」
人影が、ニルの方を向いた気がする。
目と目が合ったような気がする。
瞬間、ニルの背筋に冷や汗が伝う。
「なんて悲しい目なんでしょうか」
その目は。
見えないはずの人影の目は、確かにニルに助けを求めているように思えた。
1辺約1,5メートル。
少なくとも、外観だけなら箱の大きさはその程度である。
だが、実際は少し違った。
足を踏み入れた3人が、直立してなお、天井に頭が当たらない。腕を横に伸ばしても、壁らしきものに触れることは無い。
どこまでも闇の広がる空間だった。
「こんな場所にずっと……死にたくても死ねないままに、けれどいずれは必ず死ぬ定めと知りながら」
カナデは呟く。
つまりは、このどこまでも広がる終わりなき闇が、行者の最後に見た光景というわけだ。
そして、死後もずっと、今のいままで行者は闇の中にいる。
補陀落渡海は、今もずっと続いている。
「終わりのない終わりの時と言うわけですね。で、あれば……終わらせればよろしい」
至東が腰から刀を抜く。
「刀尋東至若無量劫」
名号を唱えて、正眼の位置に刀を構えた。
「あぁ、そうか。こいつを閉じ込めておく壁も、その身を縛る荒縄も、全部絶ち斬っちまえばいいのか」
至東の行動を即座に理解し、狂歌は腰の位置に大太刀を構える。
強く1歩を踏み出した。
限界まで腰を捻って、大太刀を背後へ振りかぶる。
地面を踏み締めた衝撃が、足の裏から背筋へ、そして肩へと伝う。
衝撃を、つまりは地面を踏み込む力の全てを余さず大太刀へと乗せた。捻った腰を解き放つ。蓄積された力が一気に解放されて、狂歌の細く、けれど強靭な肉体を軋ませた。
一閃。
身体を支点に放つ渾身の斬撃が、見えない何かを斬り裂いた。
闇を……その向こうにある壁を切断したのである。
どこまでも続く暗闇……そんなものは存在しない。そこに壁があるのだと、そう信じれば“壁”は確かに現れる。
否、最初からそこにあったのだ。
異界の主が、そうと認識していなかっただけなのだ。
そして、至東と狂歌の剣技を目にすれば、壁などあっさり切断されると、異界の主はそう思った。理解した。
だから、暗闇は斬れた。
あっさり。
そんなものは、最初からどこにも無かったかのように。
「うぅん? 明るい? 朝かな?」
「……いえ、どうやら異界を抜けたみたいですね」
白い光に目を瞬かせてユイユが起きた。
目元を手で覆ったまま、ニルも光に気が付いた。
波の音がする。
風を感じる。
水飛沫が頬を濡らす。
「あの人も連れて帰ってあげましょう」
甲板の上をぐるりと見まわし、ニルは呟く。
その目には、痩せて枯れた行者の遺体が……胸の前で手を合わせ、座したまま死した誰かの遺体が映っている。
長い、長い。
永遠とも思えるほどに長く続いた補陀落渡海は、こうして終わりを迎えたのである。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
と、いうわけで、以上のような経緯をもって、補陀落渡海は終わりを迎えた模様です。
この度はご参加いただき、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
補陀落渡海の原因を取り除こう
●エネミー(?)
・補陀落渡海
外観は箱型の船室を乗せた小舟のように見える。
周辺の空間が歪んで見えており、どうやら船の周辺は“異界”と化しているようだ。
数十人分のお経が聴こえる(……場合もあるし、聴こえない場合もある)。エントマはお経を聞いて、補陀落渡海に取り込まれた模様。
妖の類らしく、発生している原因が存在する。原因を突き止め、取り除くことが成功条件となる。
●フィールド
補陀落渡海の作った異界。
船に乗り込む、近づくことで取り込まれる疑似的な別世界。
船の上なのに船じゃない。
海が見えるのに潜れない。
波があるのに、風は吹かない。
見える景色と、感じる事象にズレが生じる不気味な空間。
詳細は入ってからのお楽しみ。
※特定の条件により「お経」が聴こえる場合があります。
動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。
【1】エントマを助けに来た
エントマが小舟に乗り込むところを見て、救助のために追いかけて来ました。
【2】補陀落渡海を調査していた
豊穣の港に流れ着いた妖の噂を耳にして、調査に訪れました。
【3】異界に迷い込んだ
いつの間にか補陀落渡海に乗り込んでいました。自分が今、どこにいるのか理解していません。ココドコー……。
夜を乗り越えろ
主な行動方針です。
【1】脱出を目指す
エントマの保護および脱出を目指します。脱出に必要な場合は、補陀落渡海の原因を発見、排除します。
【2】異界を楽しむ
補陀落渡海の造り出した異界を満喫します。肝試しみたいなものです。
【3】単独行動を試みる
単独での脱出や原因の排除を試みます。エントマのことは他の人に任せましょう。
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