シナリオ詳細
リスの苦難。或いは、怪猪“赤ヨロイ”…。
オープニング
●訴える者
申し上げます。申し上げます。
王さまにはぜひ、哀れな身の上の我らの話をお聞きいただきたいのです。まったくもって、我らの話を耳にしたなら、きっと王さまも我らに同情してくださることでしょう。我らを可哀そうと思い、きっと力をお貸しくださることでしょう。
本当に酷い。酷い話なのです。古今東西、どこを見たってこれほどに悲しく、惨い話はございません。きっと、きっとそうに決まっております。
あぁ、もう嫌だ。どうしてこんな目に逢うのだ!
……えぇ、落ち着きます。落ち着いて、すべてを最初からお話したいと思います。
我々はただ、餌を集めていただけなのです。地面に落ちた栗を拾って、どんぐりを拾って、まつぼっくりを拾って、それを巣に持ち帰って、巣に納まらない分は地面に埋めて、ただ冬を越すための食糧を集めていただけなのです。それが我らの生き方で、私も、私の父や母も、その前の先祖も、遥か昔からそのようにして生きて来たのです。そのことに何の罪があるでしょうか? 我らが我らとして生きることに、何の罪があるのでしょうか? 確かに我らは体が小さい。寿命も短い。ですが、だからと言って侮られてもいいとはとても思えないのです。一寸の虫にも五分の魂などと言いますが、我らは虫では無いのです。五分どころか、十分な魂がある、誇りあるただ1つの生き物であり、種族なのです。
はい、はい、落ち着いてお話いたします。あぁ、悪い癖だ。私はどうにもせっかちでいけない。王さまにせっかくお時間を割いていただいていると言うのに、無駄に時間を浪費させてしまいました。この通り、伏してお詫び申し上げます。
さて、事の起こりは1週間ほど前のことです。我らの餌場に、ある怪物が現れました。我らの餌場と言いますと、以前に王様とお会いしましたあの実り多き御山にございます。現れた怪物は、見上げるほどの大きな猪の群れでございます。猪というのは、普通は単独で生きる動物であります。その怪物も、単独でございました。燃えるような赤い毛を持つ猪で、右の目には大きな傷が残っております。どうにも聞くところによれば、どこかの山で野犬と戦い負った傷であると言います。その燃えるような毛の色から“赤ヨロイ”と、そのように呼ばれている狂暴な猪でございます。
どこかの山から、我らの御山にやって来て、あっという間に森の動物たちの頂点に立ってしまったのです。あぁ、口惜しい。あの時、赤ヨロイが現れた時に王様が居てくださったなら、このような思いをせずに済んだものを……いえ、いえ、これは私の愚痴でございます。王さまには何の責任もございません。すべては我らが非力であるのがいけないのです。
赤ヨロイは言いました。「お前たちが俺の餌になるか。俺に餌を献上するか。好きな方を選ばせてやる」と。勇気ある動物たちは赤ヨロイに立ち向かいました。結果はわざわざ申し上げる間でも無いでしょう。我らにはもうどうすることもできませんでした。命惜しさに、赤ヨロイに溜め込んだ餌のほとんどを献上いたしました。生き延びるには、こうするほかに術はなかったのであります。けれど、赤ヨロイは大変によく食うのです。我らが冬を越すための食糧まで、全部を寄越せと言うのです。このままでは我らは冬を越せませぬ。子供や年寄など、あっという間に死に絶えるでしょう。このような不条理がまかり通ってよいのでしょうか。否、良いはずがない。王さまもそう思われるでしょう? そう思われるに決まっています。それが人の情というものだと聞き及んでおります。
どうか、どうか。赤ヨロイを追い払ってはいただけないでしょうか? 我らの集めた食糧を、赤ヨロイから奪い返してはいただけないでしょうか? あぁ、ありがとうございます。ありがとうございます。感謝の念に堪えませぬ。
はい、はい、申し遅れました。私の名はリス。リス・レッドフィールドと申します。
●立ち上がれカナデ・ラディオドンタ
カナデ・ラディオドンタ(p3p011240)は激怒した。
必ず、かの暴虐傲慢たる猪を除かねばならぬと決意した。
カナデに野山の常識は分からぬ。なぜなら、カナデはアノマロカリスであるからだ。メイドをやって、サヨナキドリ竜宮支部長として暮らして来た。けれども、リスの窮地には人一倍に敏感であった。なぜならカナデは「リスの王」であるからだ。
「呆れた猪です。許しちゃおけません」
かくして王は、リスの嘆願に応え戦いの地へと赴いた。
- リスの苦難。或いは、怪猪“赤ヨロイ”…。完了
- GM名病み月
- 種別 通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年10月28日 22時05分
- 参加人数5/6人
- 相談0日
- 参加費100RC
参加者 : 5 人
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参加者一覧(5人)
リプレイ
●自然の掟
実り豊かな豊穣の野山。
秋になれば、栗や茸、胡桃に山菜……食べきれないほどの山の幸が人や動物の腹を満たす。豊かな自然、清い水、土壌の養分をたっぷり吸って実った山の幸は、滋味に溢れておりまさに“格別”の一言に過ぎる。
秋になれば、他国からも山の幸を求めて人が訪れる。
そんな噂を聞いていたのに、食べ物なんてどこにもなかった。
「ワタシは激怒したデス。食欲の秋を楽しむ為に山に来たら食べ物が殆ど無いデス」
『不死呪』アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)は激怒した。表情なんてちっとも変わらないけれど、内心では熱い怒りがふつふつと湧き上がっていた。
抑えがたい怒りの発露は、胸の前で硬く握った拳の震えに現れている。
怒り、悲しみ、そして絶望。
負の感情が胸中で渦を巻いている。
森の恵みは果たしてどこに消えたのか。栗を、茸を、胡桃を、山菜を……それらを喰らい尽くした犯人が判明すれば、必ずやその罪を贖わせずにはおかぬとアオゾラは決意した。
痩せ細ったリスたちが、首を垂れてぐったりしている。
「海、野山、自然界は常に弱肉と強食のFatal Battle」
リスの群れが首を垂れる相手の名は『リスの王』カナデ・ラディオドンタ(p3p011240)。言わずと知れた商人ギルド・サヨナキドリ竜宮支部長であり、リスたちを統べる“王”である。
なお、カナデはアノマロカリスの海種だ。
それがなぜ“リスの王”を務めているのか。話が長くなるので割愛するが、まぁ、色々あったのである。
「しかしながら秩序は保たれるべきでしょう。強食一辺倒は山のバランスを崩し己の首を締めるのです」
右手を胸に、左手を空の方へと掲げてカナデは言った。
大衆の前で演説を行う宗教指導者のような姿だ。集まっているリスたちが、その円らな瞳に涙を溜めて、拝むように両手を組んだ。
カナデはすっかりリスたちの信仰を集めていた。
「とはいえ、横暴な手段で食料を溜め込む猪、か」
リスたちを煽るカナデを横目に、『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)が思案する。
「こういう野生の環境は力が物を言う場だろうけど、依頼を受けたとあれば退治しないとね」
リスたちが痩せている原因は明らかだ。
単純に、必要なカロリーを摂取できていないのである。
巨猪・赤ヨロイ。
他所の山より、リスたちの住む山へと渡って来た暴飲暴食の化け物である。暴力を盾にリスたちの集めた山の恵みを横取りし、今もなお、山に住み着いている。
弱肉強食。
力のある生物が生き残り、力の弱い生物が命を落とす。それが自然の法だとは言え、生存さえ許されないとなれば、あまりにもリスたちが哀れに過ぎる。
「知恵を使おう……献上するどんぐりに、毒を仕込むよ」
『玉響』レイン・レイン(p3p010586)の提案は、酷く短絡的かつ効果的なものだった。古今東西、あらゆる時代、国の王たちが毒によって命を落とした。今なお、世界中にいる王たちは、日々、毒殺に怯えながら生きている。
赤ヨロイも、その中の1体に加えてやろうと、そう言うわけだ。
「うぅん……うまくいくといいんだけど」
どんぐりに毒を仕込むレインを見ながら、ヴェルーリアは首を傾げた。
巨猪・赤ヨロイ。
その名の通り燃えるような赤毛を生やした、滅多な見ないほどに巨大な猪である。噂によれば、別の御山で野犬との激しい抗争の末、片目に大きな怪我を負って逃げて来たらしい。
赤ヨロイは非常に賢く、狂暴で、強靭だ。
「ハァ~? にゃーにがリスの王ニャ、赤ヨロイニャ」
そんな赤ヨロイの眼前に、何やら奇妙なほどに丸っこい生き物がいた。
「芳は魔性の猫ちゃんニャぞ!!」
その生き物……強いて言うなら、猫っぽい……の名は『(自称)ぬくもりの精霊種』芳(p3p010860)という。ボールに耳と手足と尻尾が生えたような見た目をしているが、一応は精霊の1種である。
芳はその短い……マンチカンより短い……手から爪を伸ばして、シャカシャカと虚空を引っ掻いた。蹄で地面を引っ掻くことで威嚇の意思を示す赤ヨロイを挑発しているのだ。
サイズ差で言えば、2倍や3倍では利かない。
大人と子供ほどにも違う体格の差をものともせず、シャドーに勤しむ芳の姿が気に障ったのだろう。赤ヨロイは鼻から熱い息を吐き出し、上体を鎮めた。
今、巨猪と猫(のような精霊)の激闘が始まる。
●森の幸を巡る攻防
御山が震えた。
赤ヨロイが吠えたのだ。
次いで、衝撃。地面が砕けたかと思うような、まるで地震でも起きたかのような激しい揺れが、アオゾラを襲う。
「おっト」
姿勢を崩したアオゾラが、生い茂る雑草の上に尻もちをついた。
揺れの発生源が近い。
「……なんデス?」
激しい揺れはほんの一瞬のことだった。
地震かと思ったがそうではない。何か強い力で、地面を打ち付けたかのような揺れだった。
震源地はアオゾラが現在いる位置よりも少し上の方だ。
アオゾラは、栗や茸や胡桃を探して、御山の山頂付近にまでやって来ている。それよりも標高の高い場所となれば、御山の山頂……草木の生えぬ荒地ぐらいのものである。
「……?」
首を傾げる。
山頂を見上げるアオゾラの視界に、小さな影が横切ったのだ。
最初は点のように見えた。
小さな点が、少しずつ大きくなってくる。
降って来たのだ。
ボールのような黒い何かが。
「ニャァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
「……猫?」
降って来たのは芳だった。
砂まみれ、泥まみれ。
艶々の毛並みもすっかり乱れて、汚れてしまって、脱力している芳を膝の上に置き、アオゾラは事の経緯を訪ねた。
芳曰く、赤ヨロイとの緒戦に敗れ、山頂付近の断崖より叩き落されたのだと言う。
「おのれ、猪許すまじ、かくなる上は奴を仕留めてジビエを楽しむとするデス」
話を聞くうちに、アオゾラの胸は怒りの感情でいっぱいになった。アオゾラが求め、そして手に入れられなかった山の幸は、すべて赤ヨロイが食べ尽くしてしまったらしい。
「今度は赤ヨロイは引っ掻くニャ!」
短い手足をじたばたさせて芳が憤っている。
赤ヨロイは酷い猪だ。自分で餌を集めることをせず、暴力で支配したリスたちに餌を集めさせ、そのすべてを横取りすることで糧を得ているのである。
それが野生だ。力の強い生き物がすべてを手に入れるのだ。
「猫は下僕が死なない程度に毟り取るもんニャ見習えニャ~!」
そんなことが許せるか。
何もかもを奪われたまま、黙っていられるか。
芳を抱えて、アオゾラは立ち上がる。
赤ヨロイは苛立っていた。
自分に歯向かう愚か者に逢ったからだ。
小さな丸い猫だった。ぶつかれば、まるでゴム毬か何かのようによく跳ねた。赤ヨロイにとっては、容易に撃退できる程度の相手であった。
もっともこれは、芳が冷静さを失っていたことにも起因するが……ともあれ、赤ヨロイはあっさりと芳を撃退することに成功している。
だが、芳のあの目……赤ヨロイに恐怖することなく、ただ戦意を燃やし続けるかのようなあの強い瞳が気に喰わない。まるで、かつて赤ヨロイの片目を奪った白銀色の野犬のような目をしていた。
グルル、と唸って不機嫌そうに地面を掻いた。
あぁ言う目をした生き物が、赤ヨロイは大嫌いなのだ。
「もし……もし」
巣穴に帰還しようとしていた赤ヨロイの背に、か細い声がかけられる。
背後を振り返れば、リスが居た。
小石ほどに小さなリスの群れと、それからリスの着ぐるみを着たレインであった。
着ぐるみに包まれたモコモコした手で、レインが何かを差し出している。
それは、蔦で編まれた籠一杯に溢れかえったどんぐりだ。
「今日の……分の、献上品」
赤ヨロイの眼前に、レインがそっとどんぐり満載の籠を置く。
レインが毒物を仕込んだどんぐりだ。赤ヨロイは、鼻をどんぐりに近づける。
すぐにどんぐりを齧らないのは、警戒をしているからだろう。
「……予想外」
レインの頬を冷や汗が伝う。
赤ヨロイの性格を読み違えていた。暴力で支配したリスたちからの献上品を、余さずに貪り尽くす暴食の化身。そのように思っていたが、どうにも様子が異なるようだ。
餌に口を付ける前に、慎重にその安全性を確認する。安全性が確認できないうちは、赤ヨロイが他者の用意した食べ物に口を付けることは無いだろう。
そして、もしも餌が危険なものであると判断されれば……。
ガラン。
鼻先で籠を押しやって、地面にどんぐりをばら撒いた。
片方しかない瞳で、じろりとレインを睨みつける。
どんぐりに毒を仕込んでいたことがバレたのだ。全てのどんぐりに毒を仕込んだわけではないが、1つでも毒があれば残りも全部、口にしない。
猪というのは嗅覚がいい。
優れた嗅覚で毒を嗅ぎつけ、危機を脱した。
どんぐりに仕込まれた毒の匂いを、レインからも嗅ぎつけただろう。
蹄で地面を引っ掻いた。
鼻息が荒い。怒っているのだ。毒を喰わせようとしたレインに、強い怒りを向けているのだ。そもそも、こいつは何なんだ。リスにしては大きすぎるし、そもそもリスじゃないではないか。
赤ヨロイが地面を蹴って駆け出した。
「……っ」
一瞬のうちに、レインの眼前にまで距離を詰める。鋭い牙がぎらりと光った。
レインの身体など、あっさりと貫き、抉るだろう鋭い牙が。
レインの腹を貫く。
その寸前……。
「ここから先は私の役割だね」
赤ヨロイの牙を、ヴェルーリアの盾が弾いた。
リスの子を散らすように、リスの群れが逃げ出していく。
彼らはレインの作戦にも付き合った勇敢な怒れるリスたちだ。けれど、赤ヨロイと比べればその強さには大きな差がある。
レインやヴェルーリアならともかく、リスの群れでは怒れる巨猪に及ばない。相対できない。抵抗できない。
「いっ……たぁ!」
ヴェルーリアの足が浮く。
赤ヨロイの牙を受け止めた衝撃が、盾から腕へと突き抜ける。
激痛。骨が痺れる。
それでも、2度か3度は突撃を受け止めた。ヴェルーリアが赤ヨロイを止めている間に、レインはその場を離脱する。
リスの着ぐるみを纏っているせいか、少しもたついているようだ。もこもことしているので動きづらいのだろう。赤ヨロイと相対するにあたって、リスに化けたのが仇となった。
「ごめん! もうちょっと急げないっ!?」
「急いで……る、けど」
足をもつれさせてレインが転んだ。
転んだレインを庇うように、ヴェルーリアが両の足で地面を踏み込み、盾を構える。衝撃、轟音。赤ヨロイが盾にぶつかり、骨の髄まで激痛が走る。
多少のダメージは癒せるが、赤ヨロイを撃退するには手数が足りない。
猪という生き物は、非常に身体が硬いのだ。
猫の手も借りたい、という言葉がある。
とても忙しい。手が足りない。どんな手伝いでも欲しい……そう言った意味の言葉である。
戦況を変えたのは、まさに“猫の手”であった。
「ニ“ァ”ァ“ァ”ァ“~~!?」
弾丸のような猛スピードで突っ込んで来た芳である。
短い手から爪を伸ばして、身体ごとぶつかるように赤ヨロイの眉間を裂いた。鮮血が飛び散り、赤ヨロイが悲鳴を上げる。
ぽてん、ころん、と芳が地面を転がった。
赤ヨロイの目が芳を向く。
「このっ!」
その顔面を、ヴェルーリアが盾で殴った。
「脂肪の蓄えは十分デスカ?」
山の幸の全てを奪った赤ヨロイを、もはやアオゾラは許しておけぬ。
芳を投擲したアオゾラは、流れるような動作で細剣を抜いて疾走を開始。その目は地面に転がるどんぐりに向いている。
欲しくても手に入らなかった山の幸。
それを雑に扱った赤ヨロイを、許すことなど出来る筈はない。上体を前に倒し、地面の上を滑るみたいに赤ヨロイへと急接近。
地面を薙ぎ払うように細剣を振るった。
赤ヨロイは、十数センチほど跳び上がることでアオゾラの斬撃を回避。
「うニャ“ァ”!」
赤ヨロイの側頭部を芳が引っ掻いた。
「ナイスアシストデス」
防御をヴェルーリアに任せ、アオゾラと芳が攻勢に出る。
イレギュラーズの基本戦術にして、数々の難局を打破して来た必勝戦法。孤独な赤ヨロイには真似することのできないチーム戦。
仲間同士の連携に信頼はいらない。
その場の全員が、同じ方向を向いてさえいればいい。
●幸を取り戻せ
リス・レッドフィールドは若く勇敢なリスである。
御山に住まうリスの中では、次期頭目と目されるほどの有望株だ。まだ若く経験が浅いことが難点と言えば難点だが、足りない経験は時間が解決してくれる。
リスたちのために、仲間のために、リス・レッドフィールドは生きなければいけない。生き延びなければいけない。
だが、これでいいのか。
生きるためにと溜め込んだ食糧を全て赤ヨロイに差し出した。
それでも足りぬと、リスの王へ救けを乞うた。
作戦の立案と実行を買って出たレインとヴェル―リアを、赤ヨロイの前に残して自分たちは真っ先に逃げ出した。
全ては生き残るために。
本当に? 生き残るためという言い訳を掲げ、命惜しさに逃げ出しただけなのではないか。
これでいいのか?
そんな疑問が、胸の中で渦を巻く。
後悔が、悔しさが、惨めさが渦を巻く。
足を止めたリス・レッドフィールドが叫んだ。仲間たちを呼び止めた。
プライドは無いのか。
惨めな負けリスのままでいていいのか。
戦う時は、今では無いか。
こんな惨めな姿を晒して、明日喰う飯が美味いのか。
リスたちが足を止める。誰もが本当は理解していたのだ。逃げて、負けて、全てを捧げて生き延びて……そんなことを続けていても未来が無いと、本能では知っていた。
「だったら戦うしかないです」
懊悩するリスたちの前にカナデが現れる。
かつて、リスの軍勢を相手にたった1人で戦い抜いて、そのすべてを支配下に置いた偉大なる武王が現れる。
「負けリスに未来はありません。敗者には生きる資格がありません」
その手には1本の旗が握られている。
「汝らは負けリスですか? 敗者ですか? 生きているのか、死んでいるのかも分からないようなリス生に意味がありますか? 今の姿を、死した先祖に見せられますか?」
カナデが吠えた。
リスたちは拳を握り、踵を返した。
怖ろしい赤ヨロイの咆哮が聞こえる。だが、逃げない。今度は、今度こそは逃げ出さない。
「戦え。リス生を。死んだように生きるなら、御山のために、仲間のために、これから生まれる子孫のために戦って死んだ方がマシと言うものでしょう」
カナデの声に背中を押され、リスは吠えた。
リスたちを追い越し、カナデは旗を高く掲げる。
風になびく旗には、どんぐりとリスの紋章が描かれている。
「黄泉路、駆け抜けますよ。王の背について来なさい」
合戦である。
カナデは知っている。
リスという生き物の弱さを。
リスという生き物の強さを。
御山のリスは、集団によりカナデに重傷を負わせてみせた。
100万のリスの軍勢は、確かにイレギュラーズを圧倒した。
御山が揺れる。
樹々が騒めく。
誰もが足を止めた。目を見張った。
木々の間から、雑草の間から、溢れ出す無数の黒い津波に驚愕した。
リスだ。
リスの群れだ。
その先頭には、誇り高く旗を掲げたカナデの姿。
「強食一辺倒は山のバランスを崩し己の首を締めるのです……全軍、突撃」
覚悟を決めたリスの進軍を、阻む者など存在しない。
赤ヨロイは強い生き物だ。
だが、決して無敵ではない。少なくとも、過去に2度、赤ヨロイは自身と互角の強者に逢ったことがある。
1匹は誇り高く勇敢な野犬。
もう1匹は“王角”とあだ名される勇壮なる牡鹿。
そして、今日……。
3匹目の強者が赤ヨロイの記憶に深く刻み込まれた。
「我が領土より立ち去るがいいです」
赤ヨロイは、リスの王に負けたのだ。
かくして御山に平和が戻る。
失ったものは多い。食いつくされた食糧を補填するのは大変だろう。
だが、誰もが笑っていた。
リスも、レインも、ヴェルーリアも、アオゾラも、芳も。
誰もが笑いながら、どんぐりを拾い集めていた。
そんな様子を、カナデは満足そうに見ていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
赤ヨロイは撃退され、御山には平和が訪れました。
依頼は成功となります。
リスたちからも、感謝の言葉が届いています。
GMコメント
●ミッション
リスの窮地を救う
●ターゲット
・赤ヨロイ
燃えるような赤毛の猪。野犬との抗争の末、片目に大きな怪我を負っている。
非常に賢く、狂暴で、強靭。
豊穣の山をあっという間にその武力で統一した。
リスやその他の動物たちから献上させた餌を自分の巣穴に溜め込んでいる。
●嘆願者
・リス・レッドフィールド
リスの群れを率いる若き指導者。
リスの群れは、カナデの支配下にある。
冬に備え溜め込んだ餌のほとんどを赤ヨロイに奪われた。
このままでは冬を越せないと、カナデに助けを求めたことが今回依頼の発端である。
●フィールド
豊穣。
秋の実りが豊かな森。
赤ヨロイに占拠されており、森の生き物たちは皆、息を潜めて暮らしている。
頂上付近には、荒地や川などが存在する。
荒地の一角に赤ヨロイの巣穴があるようだ。
動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。
【1】リスから相談された
困っているリスの願いを聞き届け、あなたは山を訪れました。
【2】山の幸を取りに来た
秋の山は食の宝庫と聞いて来ました。食べられそうなものは何もありません……。
【3】赤ヨロイを追って来た
怪猪・赤ヨロイを追って旅をしていました。
秋の御山での騒動
リスの窮地を救うために、あなたが取る行動です。
【1】赤ヨロイと対峙する
赤ヨロイを山から排除するために行動します。説得、戦闘、なんでもありです。
【2】食糧を奪取する
赤ヨロイの巣穴に攻め込み、溜め込んだ食糧を奪取します。場合によっては、未発見の森の幸を捜しに行きます。
【3】リスと共に行動する
リスたちと一緒に行動します。遊撃隊として、赤ヨロイの撃退や、餌の奪取など、人手が足りていなさそうな方を手伝います。
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