シナリオ詳細
再現性東京202X:辻斬りの翁
オープニング
●安心せい、峰どこじゃ?
「体育館に飾られてる模造刀の話、知ってるか?」
夜中の廃校、机を漁る音をBGMに、男子生徒はふと訊ねた。
「何だよいきなり……模造刀?」
その目の前に、音を奏でるもう一人の男子生徒。別にやましい事はしていない。
ただ、廃校となって日も経たないこの場所の探索に来ただけ。本当にそれだけだ。
深夜の廃校に侵入しているのがやましくないのかと問われれば、それは一度横に置いておくしかない。
暇だったから、と一緒に付いて来た赤髪の友人は机を探る黒髪の男子生徒を見ながら、遠回しにその話題に触れた。
机の中を漁りながら、黒髪の男子生徒は怪訝な顔で答える。ほとんど空っぽだと解ってはいるが、暗い中では探しづらい。
「あぁ……あの金ピカの」
「じゃなくて、その隣のヤツ」
黒髪の生徒は手を動かしながらも体育館の様相を思い浮かべた。先程見て周ったばかりだ。
広々とした室内の隅っこ、普段なら誰も目もくれないような一角に、ショーケースのようになっている壁が在る。
見ようとするならまず目に入るのは中央に飾られている金箔の刀だ。それに、確かにその隣にももう一本何かが置かれていた気がする。
ただ、金箔の刀の存在感が大き過ぎて余計に誰の目にも留まらなくなってしまっているのだが。
あれね。と、黒髪の生徒は脳内で頷き、引き続き手元の捜索に戻った。
「模造刀だろ? 年代物とか誰か言ってた気がするけど」
それにしてはそれだけポツンと放置されているのも、何とも不思議な話ではある。誰かが持ち去って行きそうなものだ。
ニヤリと口角を上げて、赤髪の生徒は後ろの机に腰を落とした。
「それがな、あれ……実は真剣だって話だぜ。警備員の人が斬られた噂、聞いただろ?」
昔、この学校では深夜に巡回中の警備員が何者かに斬殺されるという事件が起こった。
左肩より右の脇腹に掛けてバッサリと袈裟斬り。傷口から、凶器が大型の刃物だという事以外は未だに犯人の目星もついていない。一説には刀の亡霊が夜な夜な徘徊している。
と、いう噂話である。
実際のところは突然廃校になった原因と刀が寂しく残されている理由を、誰かが面白がってホラーテイストに結びつけたのだろう。
「しかも、逆刃刀なんだってよ」
「逆刃刀って……ホントにあんのか? そんなもん」
逆刃。つまり刃と峰が逆になっている刀。黒髪の生徒も刀に詳しい訳ではないが、漫画くらいでしか聞いた事が無い。
「大体、実際に起こったかどうかも判らないんだろ……おっ」
手に何かが当たった。お宝かと引き出してみれば。
「何だそれ」
「……消しゴム」
所詮はこんなものか。そう肩を落とし弾力の残るゴムの塊を机の上に放り投げると、赤髪の男子生徒が廊下に視線を投げているのに気付いた。
「……あの、光ってるの何だ?」
黒髪の生徒も釣られて廊下に身を乗り出す。
確かに、廊下の奥に妙な光が浮かんでいる。
赤、青、緑、黄色。ライトの光では無い。揺らめく火のような何か。例えるなら、そう。
人魂。
そして、その人魂の中心に。
「……な、何だ? 爺さん……?」
スラリと佇む、和服姿の老齢の男性。
二人して顔を見合わせた。言葉の無い逃げる算段が二人の間で交わされる。
「あ、あー……お爺さん? すんません、別に荒らしに来た訳じゃないんで……」
言いながら二人は身体を反転させる。
確かに、男との距離は在った筈であった。
「安心せい」
「えっ……」
真後ろで、皺がれた声が聞こえる。
黒髪の生徒が咄嗟に振り向く、拍子で躓き、転倒してしまった頭の上を。
「峰打ちじゃ」
鋭い風が通り抜けた。
「うっ……」
一瞬遅れて、廊下側に設置された机と窓ガラスの断裂する音。
「おおぉぉおお!?」
二人は一目散に逃げ出す。いつの間にか教室に入っていた事も、机が綺麗に真っ二つになった事も、窓ガラスが割れる事なく一閃された事も全部含めて、彼らの脳内は一瞬で恐怖に浸された。
自分達の聴力が正しければ、峰打ちと言ったのか?
峰打ちであんなに真っ二つに斬れるものなのか?
先程の会話が脳裏に蘇る。
もし、あの男の刀が『峰で斬れる』物だとしたら。
「嘘だろ……マジか……!?」
幸いにして追って来る気配は無い。老人は四つの人魂を浮かべながら、ゆるりと廊下に出て来ただけだ。
「安心せい」
声が、廊下に響いた。
そんな馬鹿なと赤髪の生徒が振り返ると、老人は廊下の奥でじっとしていた。
但し、刀を右の下段に構え、漂っていた四色の人魂の内、緑色の光を身体に纏わせて。
「峰打ちじゃ」
一閃、空を斬った。
老人の振るった刀から、鋭い風が放たれ一直線に空気を斬り裂く。
「どわあぁぁぁあぁぁ!?」
その突風に近い衝撃で床に亀裂が入り、壁が砕け、窓が軋む。
「峰打ちどころじゃねーだろ!!」
という男子生徒達の叫びは、崩壊する廃校の一部と共に飲み込まれていった。
●亡霊剣士は峰で斬る
「深夜の廃校、名も無き老人、無銘の刀……」
深く被ったフードの下で、青い瞳が点灯した。
「まずは集まってくれた事に感謝しよう。今回は希望ヶ浜からの依頼だよ。真夜中の廃校で夜妖<ヨル>が出現した。既に同じ区画の生徒が襲われている」
希望ヶ浜。
練達の一区画に存在する再現性東京。更にその一区画に存在する地域。
平和な現代日本を模して作られたこの希望ヶ浜という街に、件の怪異は現れた。
『黒猫の』ショウ(p3n000005)は黒いパーカーから伸びた尾を揺らすと、右から左にゆっくり時間を掛けてイレギュラーズの皆に目を動かす。
「出現した怪異は初老の男性。刀を持っていて、和服姿をしてる。『夜妖憑き』という言葉を聞いた人も居るだろうけど、今回はそれじゃあない。亡霊剣士の夜妖に刀の夜妖。人斬りの亡霊と妖刀が産んだ奇跡のマッチング、というやつだね」
何だか変な言い回しだな、と首を傾げるイレギュラーズに対して、ショウは説明を続ける。
「怪異は人を襲う時、峰打ちで仕掛けてくるんだ。ただ、その怪異が所持している刀というのが、ね」
ショウは差し出した手の平を裏返す。それが何を意味するのか、次の言葉が出て来るまで二回程の瞬きの時間が過ぎた。
「逆刃刀なんだ」
簡単に言えば、本来の斬るべき部分と刃の付いていない部分が逆になっている刀である。
「つまり、怪異自体は峰打ちのつもりでも普通に斬られる。全く、器用な事をするもんだね。いや、そういう武器こそステータスが上がったりするのかな……」
話が脱線しそうになったのを自分で感じ取ったのか、ショウは咳払いの代わりにパーカーのフードに手を添えると、仕切り直しを図るようにもう一度尾をしならせた。
「亡霊剣士の周囲には人魂が漂ってる。赤、青、緑、黄色……人魂は全部で四色、一色につき二体ずつ存在するから計八体だ。気を付けるべきはここだね。人魂は亡霊に憑依し、その色によって亡霊の攻撃方法が変わる。ただの剣士だと思って対峙すると、痛い目を見るかもしれないよ」
人魂自体が攻撃を仕掛けてくる気配は無いようだ。そして、憑依する人魂は一度につき一色のみ、とも言った。
「深夜の廃校に侵入すれば、亡霊と遭遇するだろう。今はまだ校舎の中だけに留まってるけど、もし街中まで出るようになってしまったら被害が拡大するのは容易に想像出来るね。まだ廃校に居る間にこの亡霊を討伐し、刀を破壊して欲しい」
亡霊は、刀の念と人々の噂話が交わって生まれた怪異だろうと推測される。
元を断つなら刀の方だ。
ショウはそう言って、イレギュラーズへの説明を終えた。
- 再現性東京202X:辻斬りの翁完了
- GM名夜影 鈴
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年11月05日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●夜の学舎に剣士は参る
風が吹き抜ける。
誰かが扇いだ訳でも無し。只の生暖かい風が、これから廃れていくだけの廊下を抜けていく。
「深夜の学校……噂では聞いたことがありますが、来るのは初めてです……」
もう光源の外された校舎の中に、『願い護る小さな盾』ノルン・アレスト(p3p008817)の懐中電灯が一筋の光を伸ばした。
「大きい建物ですけど、夜なのもあり暗くて通路も狭いんですね」
充分に注意しなくては、と気を引き締めれば、ノルンの手は自然と左手首に巻かれた形見のスカーフを握り締める。
あぁ、と真後ろで声がしたかと思えば、『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)がクスッと笑う音であった。
「依頼でも無ければ、そうそう来る機会も有りませんからね」
加えて彷徨う亡霊剣士。しかも変わった武器を振るう。
同じく刀剣を振るう騎士として、良い経験になりそうだ。
横で、この暗闇でも目が冴えるような金色の髪が吹き抜ける風に靡いた。
「狭いだけに、遭遇には気を付けましょう。それに、深夜の学校というのは通常でも怪談が尽きませんし」
興味という点では『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)も同様に、刀術を扱う者として楽しみさえ感じている。
二刀流の彼と逆刃刀の夜妖。果たして得られるものは有るだろうか。
「た、例えば……?」
紐で腰に結ばれたノルンの懐中電灯がこちらを照らし、トールとルーキスは暗所を探れる目を持って互いの顔を見た。
「魔の十三階段」
「動く人体模型」
「私達をずっと見てくる美術室の肖像画とか」
二人が交互に怪談話を持ち出せば、トールの腰辺りで長い黒髪が揺れる。
「誰も居ない筈の音楽室からピアノの音……というのも有りますね。トールさん、そのような音は?」
『悲嘆の呪いを知りし者』蓮杖 綾姫(p3p008658)は彼らの方を向かずにゆったりとした口調で問う。
それが暗に夜妖の事を示していると察したトールは、こちらも綾姫とは別の方角に注意を払いながら答えた。
「いえ、今のところは」
トールの聴覚が捉えているのは、微かな虫の音と通路を撫でる弱い風の唄。
その中に人為的な音色は含まれず、また視界にも彼が警戒を促す影は存在していない。
「熱源にも異常無し……」
「……その亡霊に温度が?」
別の角度から件の老人を探す『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)に対し、『死澱』瀬能・詩織(p3p010861)は彼の顔を見上げて小首を傾げた。
傾げた際に垂れた細絹のような黒髪を手の甲で掬うと、詩織の足は二つ目の教室前を通り過ぎる。
「少なくとも、刀そのものは実在している。亡霊に限らなければ可能性は考えられる」
そして刀は既に実害を出している。
斬り捨て御免の亡霊というだけで笑えない冗談だが、害をなしている以上、冗談では済まされないと一嘉は周囲への警戒を怠らない。
「反響も問題無し。まぁ……」
言いつつ、『新たな可能性』レイテ・コロン(p3p011010)は通り様に崩壊した壁に目を向けた。
夜妖の仕業とは解っているし、彼らの言葉ではないが、状況が状況なだけに気分は学校の怪談だ。
「一部、通常とは違う反響音も有るけどね」
これが一嘉が思うところの実害か。傷の具合は真新しく、恐らく依頼前日に出現した際に出来た傷跡なのだろう。
「聴覚にしても、視覚にしても」
再びトールが口を開く。
「無人の校舎ですから、異常が有ればすぐに感知出来るとは思いますよ。暗い窓から誰かが覗き込んでても……ノルンさん?」
何かに接触したと思えば、ノルンの小さな肩であった。
「……もしかして」
「違います」
『命を抱いて』山本 雄斗(p3p009723)が疑問を呈する前に、ノルンは食い気味に否定した。
そう、決して教室窓から離れようとした訳ではないし、ちょっと怖くなった訳でもない。
ルーキスやトールの言うように暗所での遭遇には気を付けるべき。だから、その対策として淡く身体を発光させているトールに寄るのは……うん、ごく自然な流れで間違いない。暗い場所が不気味に思えたりなど、ありはしない。
「怖いんじゃないですよ?」
本当かなぁ。
しかしながら、不気味という点ではこの場の誰もが一度は思い当たったかもしれない。
静か過ぎるのだ。
妙な居心地の悪さに嫌でも警戒心が高まる。
例えるなら、遅刻してホームルームの最中に入る教室。緊急の全校集会で突然怒り出す学年担当、を待つ空気。提出物を目の前で確認されている手持ち無沙汰の時間。
一体何をしている?
役目を終えた校舎にそう問われているようで、有りもしない湿度さえ感じ取れそうであった。
「体育館……端に在る大きな建物、ですよね?」
昇降口の付近に差し掛かった時、ノルンは壁を見上げて誰にともなく訊ねた。
「……この廊下を曲がった先、のようですね」
詩織も一緒に見上げた先に、校内の見取り図が設置されている。
緊急時に備えて今一度確認しておく事は悪くない。不可思議な事象と相対するのであれば、むしろ重要だとも言えるだろう。
「一度外通路を通るみたいだね」
雄斗が確認の言葉を口にして皆がその先へ動き出す。
その時、トールはハッキリとした違和感に一人足を止めた。
「……皆さん、止まって下さい!」
混じっている。
この八人以外の誰かの足音。
レイテと雄斗は既に止まっている。一嘉にしては間隔が狭く、ノルンにしては広い。
一番近いのはルーキスだが、確実に彼のものでは無い事は判っている。
「背後……か」
ルーキス自身が静かに振り返り、微かな夜目の果てに何かの気配を感じ取った。
「向こうには?」
皆が構える先に両手扉が塞がっているのを見据え、詩織の髪先が風に吹かれたようにフワリと浮く。
先程の校内地図を思い返し、綾姫が答える。
「通路……が続いている筈です。対象で間違い無さそうですか」
「九割九分。距離百メートルを切りましたね」
応えたのはレイテ。片手分の隙間が開いた扉に反響音を通せば、返って来たのは人体構図と周りを浮遊する何か。
まだ充分に間合いは有る。幸いにして目的地までに障害も無し。
「少し、誘ってみますか。何処かへ行かれる前に」
「では……」
綾姫の言葉に、ルーキスは刀の柄に親指の腹を当てると、力を込めて押し上げた。
多少なりとも興味を惹ければ僥倖。相手を欲している者ならば、これは合図代わり。
「抜いたな」
「仕掛けるつもりかな。急ぎましょうか」
一嘉の感知が示した、細長い何かが青から赤に変わる瞬間。同時に、雄斗が声を掛けると全員が目標地点へ動き出す。
その背後で風切り音がしたかと思えば、まるで手で開けたように縦に両断された扉と、詩織の随分背後で巻き起こる轟音。
「詩織さん!」
ノルンが振り返る。
「……問題無く。牽制、のつもりでしょうか」
皆が通り過ぎた角際に、和服姿の老人がぬるりと姿を現した。
見える範囲には既に誰も居ない。早い行動、怯んだ様子も無し。
強者である事は疑う余地も無く、残り香の先にそれらが待ち構えている事に確信は揺るがず。
老人は、刀に手を添えて歩みを進めた。
●静かに吠える、心のみ
奥から現れた足音は、手入れを放棄された床を軋ませる。
「今宵も斬り合いの相手をお探しですか? よければ我々がお相手いたしましょう」
無駄な音を一切立てずに、美と勇を持ち合わせたような優雅な佇まいからトールは剣を抜く。
老人は答えなかった。己の手が添えられた物で返答となるだろう。
代わりに一つ、問うた。
「……鯉口を切ったのは何者か?」
質問に、ルーキスが一歩前に出る。逆さに煌めく刀身に、老爺の口角を上げた顔が映った、気がした。
「それが噂の逆刃刀か」
それぞれに意匠の施された二振りの刀を手に、ルーキスが老爺を見据える。
「実戦で使いこなすとは相当な技量だな。同じ刀使いとして、ぜひお手合わせ願いたいものだ」
館を中心に扇状に八人。一時撤退するなら後方のみ。
「おや、もう逃げる算段ですか?」
挑発的なトールの声が刺さる。
「使い手がこれでは自慢の妖刀もなまくらの烙印を押される事になりそうですね。私の無名の剣にすら劣る」
元より。と再び視線を戻した老人は、その後方に可憐な女性の姿を見た。
「貴方達は何故、この様な真似をなさるのでしょうか? ……何かしら貴方達を愚弄や貶める様な事をされたのですか?」
詩織は着物の袖口を口元に当て、続けて問う。
「もしそうなのでしたら、此処は鎮まって頂けませんか?」
返答に期待はしていない。それが亡霊であるなら尚更。
老爺は一切合切を含めて皴がれた声を唸らせた。
精悍巨漢な男から幼子まで。しかしていずれも強者の闘志。
「……不足無し。問答は果てにて」
それは、老爺からの合図。
「……致し方ありませんね」
詩織が軽く顎を引く。
「安心せい……」
老爺は、今度こそハッキリとその口角を上げた。
「峰打ちじゃ」
最初に動き出したのはトールだった。
一蹴りで後方に跳び、自己強化を施す。入れ違いに黒い影、綾姫が俊敏に詰めながらにこちらも施すは狂イ梅、毒泉。
更に。
来るか、と構える老爺の眼前で彼女は急停止。身を翻した綾姫は緩急を付けて左右乱舞にて老爺に刃を閃かせる。
老爺でなくとも、最初に狙われたのは人魂の方だと錯覚させる程の動き。
「お爺さん。自分の持ってる物が何だか解ってます?」
囲いの中で聞こえたのはレイテの挑発じみた言葉。真っ当な意見である。
だが、それ程までに斬られたいのならば。
「……意外と速いね……!」
向かう他にあるまい。
綾姫の剣舞を抜けた先で、老爺は逆刃の刀をレイテに振り下ろした。
まずは純粋に峰の一振り。
二つ目の動作に入ろうとした時、ノルンの照らした懐中電灯の光の中に、何かが影を落とした。
一嘉の鋼の驟雨が。
狙うは老爺、ではない。その周囲を浮遊している人魂。
「……流石に、一撃で一掃という訳にはいかんか」
だが、纏まっている内に仕掛けられたのは幸先が良い。と一嘉は次を冷静に構える。
雨に打たれた老爺の耳には、聞き馴染みの無い音と声が響いた。
「フォームチェンジ、烈風!」
派手な音と眩い光に、老爺はその場を飛び退かざるを得なかった。
十中八九、彼の生きた時代には無かった音、戦隊もののような効果音と共に、光の中からヒーロースーツに包まれた雄斗が現れる。
学校の怪談としては有り触れてそうな亡霊と刀。だからこそ噂にとして覚え易く、夜妖にもなり易いのだろうか。
ならば、ここで折るしかない。
目の前の人物を傾奇者かと侮れる筈もなく、それを証明するように雄斗が繰り出す無数の残影拳。
綾姫の剣舞とも違う。全ての拳に質量が伴っている。
そのタイミングを見計らったかのように、老爺の懐に閃光が一つ、飛び込んだ。
二つの花の名を冠した刀。なれば、この一閃には白百合を握る手に力も入ろうというもの。
無の境地に達しながらも尚、踏み込む。衝撃で、ルーキスの足元が振動した。通常ならば砕けているだろうが、既に自身で結界は展開済みだ。
良い位置だ。
両腕に渾身の力を込めたルーキスは、ともすれば周囲ごと巻き込まんばかりの剛剣で二刀を振り抜いた。
体勢を崩した老爺が刀でそれを受ける。ただでは済まない事は、受ける直前に理解した。
痺れる腕ではすぐの反撃は叶わず、傷を負わせただろうレイテの周囲には、花吹雪が舞っている。
「すぐに治します……!」
後方で、扇を広げたノルンが白の花弁を仰いで飛ばす。
包まれた者に祝福を。舞い散る花びらが傷に触れれば、軽い太刀など跡も残らず。
癒しの力。あれはあれで厄介だ。
「……貴方達には、無縁のものかもしれませんが」
遠く、着物姿の女性は皆の射線を抜けて一直線に老爺に視線を飛ばす。
「対話も拒まれると言うのなら、これ以上の問い掛けもまた不躾」
一瞬、詩織の視線が床に落ちる。
その一瞬の間に、決して慈悲を持った訳ではないだろう。
この悪しき魂を喰らうかどうか。喰らえるかどうか。
「では死の澱みへと沈んで頂きましょう……残穢……『死切髪』」
蔦のように。鞭のように。
仲間達を器用に避けて伸縮する詩織の絹髪が、素早く老爺と人魂に絡みつく。
成程。これでは人魂も容易に避難できまい。
縛りも強く、これが髪だとは到底思えない。まるで強靭な糸に絡まれたかのようだ。
何よりの誤算だったのが、レイテの存在だっただろう。
何しろ、人魂達がほとんど彼に向かっている。かく言う老爺もそうなのだが。
啖呵を切った洋風剣士、トールは近接に加わらず、一嘉と似た鉛の雨にて撃ち込んで来る。まんまと嵌められた。
唯一の道筋と言えば、レイテと一嘉が盾を入れ替わったこの瞬間にしかない。故に、老爺は。
一度、己の心を静め、刀を持ち替えた。
(……逆手……!?)
何人かは目を疑う。何しろ、逆手持ちなど殆ど利点は無いに等しい。
攻撃の雨は止まず、トール、一嘉、詩織の遠距離部隊によって、既に人魂の半数以上は消え去ってしまった。
遠距離に届きそうな緑、風の人魂が真っ先に潰されたのはかなりの痛手だ。
雄斗、綾姫の手数による乱打で、思う様に身体も反応しない。
ならばこれはどうか、と老爺は後ろ手に刀を構えると、その刀身に炎の魂を取り込んだ。
「炎熱、猛火……いざ征かん」
一振り。巻き上がる、火炎の渦。
一帯の炎の中より、それでも雄斗は英雄然とした空気を崩さずにそれを払った。
「温まってきたね、更にギア上げていくよ!」
●破刀
早い段階で戦いは一方的になったと言って良いだろう。
元から、だったのか。人魂の力は有れど、既に老爺の中の一つを残して消滅している。肝心のそれを使えなければ意味は無い。
気を付けるのは逆手持ちの逆刃刀。
稀有な技だ。お陰で間合いが測りづらいなと、ルーキスは感じながらも刃を交差させる。
振るわれた炎熱には耐えるか避けるしかない。
だが、彼らの中にも炎を生み出せる者が居る事は、予測出来ただろうか。
「一息に……攻めよう」
一嘉の内なる炎が老爺の炎熱を押し返す。
彼の炎の中より、綾姫の姿が舞い込んだ。
「ふるべふるべ。ゆらゆらとふるべ」
綾姫がその場で回転する。
変幻自在の剣戟乱刃。これこそ彼女の剣理。
巫女舞を思わせるような所作、ながらも繰り出されたのは、本来なら対城相手に放つ一撃。
狙いは、刀。
攻め手は止まず、老爺の手数は少なくなる一方。
一嘉が堪えている間にレイテは尋常ではない速度で自身の傷を修復し、それに輪を掛けているのがノルンだ。
既に扇は閉じられ、両の指を印のように組みながら、唄の息吹が皆を癒す。
一人より皆へ。
この戦い、終始回復に徹していたノルンだが、彼のおかげで攻撃と防御に専念出来たと言っても良いだろう。
手数の点では雄斗が最も最多であった。
朧に動く武の片手剣。かと思えば途端、多重の残像が襲い掛かる。
無論、これも詩織の『死切髪』を含めて体勢を立て直す暇が無かったというのが大きい。
構えが解かれる。これまでより一段長い、一瞬の隙。
それを見逃す彼らではない。
「作戦上、後衛に徹していましたが元より近接戦闘が本分……」
これまで、後衛に位置していたトールが、剣に破砕の力を灯して一気に詰め寄った。
受けるか、避けるか。この体勢だ、受けるしかない。
刀を構えた老爺は気付く。
その刀身に入ったヒビ。
先程の綾姫の一撃で流し切れなかった傷。
「その妖刀は破壊させていただきます!」
上段からの一閃。
人一人にはあまりにも強大なトールの剣が、中の人魂と刀ごと老爺の身体を斬り裂いた。
老爺の身体が崩れ落ち、二つになった逆刃が床に転がる。
「これで解決……でしょうか……?」
戦闘後、ノルンは自分達が通った通路を振り返る。
あの向こうには、自分達が来る前の傷跡もまだ残っているのだろう。
「廃校ということは使われないのでしょうけど、戦闘の痕跡は残っちゃって……」
ただ、ルーキスの結界によってこの場は保たれている。被害は最小限に留められた。
床に伏せる老人の横には二振りとなった刀。
それを見て、ルーキスは問うた。
「……遺す言葉が有れば、聞こう」
本体の逆刃刀、供養や封印といった意見もあるだろうが、依頼そのものは破壊が目的だ。欲しがっている者も居るが。
ならば、このまま塵となっていくのを見届けた方が良いのであろう。
同じく霧散する老人を見れば、詩織は何処か残念そうに顔を俯かせた。
「……ザンネンデスガ……どうぞ冥福を」
言葉を聞き届けたように、老人は息を吐く。
「……草壁」
「……え?」
一嘉が発した言葉に、レイテは疑問符を打つ。
「その鍛冶師の名、だ」
この逆刃刀に関する資料らしい資料は発見されなかった。唯一在ったものと言えば、これが飾られていた体育館脇、そのケースの中のプレートのみ。
「下の名は破損して読み取れなかったがな」
「……祈りますか?」
雄斗が問うなら、綾姫は刃を収めて応える。
「満足したなら、不要かと」
「……願わくば」
少し、寂しそうに老人は口を開く。
身体の殆どは消え去っている。
最期に、老人は言葉だけをその場に残した。
「お前達のような強者の刀を、また……打ってみたいものだ」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
依頼完了、お疲れ様でした!
今回はEXAが猛威を振るいましたね。
まぁダイス判定をしているのは私なんですけれども。
今回は敵がほぼ一体という事でそれなりに強くした(と思いたかった)のですが、皆様容赦無かったですね。
そんな貴方達が大好きです。
私は泣きながらダイスを転がしました。
彼は果たして未練を残さず逝けたのか?
それを知るのは彼のみでしょう。
何となく良い勝負が出来たな、と感じて頂ければ幸いです。
有り難う御座いました!
GMコメント
●目標
・亡霊剣士、及び浮遊している人魂の討伐
・亡霊剣士の持つ刀の破壊
●敵情報
<亡霊剣士×1>
廃校と化した校内の深夜、一本の刀を持って現れる。
和服姿、白髪交じりの黒髪は首元まであり、後ろで一本に括っている。
生前は剣士ではなく、無銘の逆刃刀を打った鍛冶師。
・攻撃方法
基本攻撃は逆刃刀による斬撃、打撃。【物】【至】【単】
加えて、周囲の人魂が憑依する事によって攻撃の種類が変わる。
人魂は四種類存在し、各色によって効果も変化する。
『赤の人魂』
刀に炎が宿り、【火炎】のBSを付与する斬撃を行う。
斬撃は【物】【至】【単】と変わらないが、刀を振るう事で【神】【近】【範】の炎を繰り出す。
『青の人魂』
刀に冷気が宿り、【凍結】のBSを付与する斬撃を行う。
斬撃は【神】【至】【単】となる。
『黄の人魂』
刀に雷が宿り、【痺れ】のBSを付与する斬撃を行う。
攻撃は常に【神】【中】【範】となる。
『緑の人魂』
刀に風が宿り、離れた位置を攻撃出来るようになる。
BSは付与されないが、攻撃範囲が【神】【遠】【単】となる。
<人魂×8>
赤×2
青×2
黄×2
緑×2
亡霊の周囲を浮遊している人魂。
赤、青、黄、緑の四色があり、人魂自体に攻撃を加える事も可能。
人魂は1ターンに一度亡霊に憑依する可能性が有る。
人魂自体は自ら攻撃を行わないが、攻撃を受けると上記の各色のBSを伴う【神】【至】【単】の反撃を行う。もしくは亡霊に憑依する事で逃げようとするかもしれない。
亡霊に憑依した人魂は、亡霊がダメージを受けると同じ分のダメージを受ける。
<無銘の刀>
逆刃刀。この刀が原因で亡霊が生み出された。
刀自体に攻撃手段は無く、亡霊の手で振るわれるのみである。
●ロケーション
深夜の廃校。
廃校の校内に侵入する事で、亡霊剣士と遭遇します。
廃校となって日が経っていないという事もあり、戦闘場所は学校に存在するであろう場所(教室、理科室、職員室など)ならプレイングで指定して頂いても大丈夫です。
特に希望が無い場合は適当な場所で戦闘となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
----用語説明----
●夜妖<ヨル>
都市伝説やモンスターの総称。
科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
関わりたくないものです。
完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)
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