シナリオ詳細
<神の門>どうか燃やし尽くしたはずの夢を
オープニング
●燃えよ夢のように
心とは、なんだろう。夢とは、なんだろう。
それは為すべきことを否定していい理由になるのだろうか。
――それは、違うはずだ、と。
そう言い切れないのは為すべきことよりも、為したいことを優先した者を知っているからだ。
この身体の理由たる聖女が何よりもそうだったと、マルティーヌだって知っている。
『遂行者がどうとか予言がどうとか、聖女だって関係ない。貴女が本当にしたい事って何なの?』
そう問いかけられた。心に従ってみなさいとも。
多くの言葉を重ねられた。その言葉をうれしいと思うのも、手を取りたいと思ってしまったのも、それが可能性というものの力なのだろうか。
実のところ、信仰心があるかと問われたら、マルティーヌにはそれらしいものはないのかもしれなかった。
それでも遂行者である限りは、神の言葉は、その予言は絶対だ。
それは違えることなんてできやしない。
それなのに、せめて、出来る範囲でやれることを、やってみたいとそう思ってしまった。
ぱさりと、掌を離れた遂行者の軍服が大理石に落ちて行く。
「……一度ぐらい、誰かに祝福してほしかった」
自然と漏れたその言葉は、マルティーヌ自身さえも気づかない本音だったのかもしれない。
聖女マルティーヌの母は、亡命先たるこの国に骨を埋めた。
後ろ指をさされながらも、少なくとも夫にだけは愛を囁いて、囁かれて――マルティーヌと呼ばれる少女を、彼女の弟妹達を生んだはずだ。
そんな人がいたから、マルティーヌと呼ばれた少女は騎士であろうとすることができたはずだから。
(私は、あなたのようには生きることができないのだとしても……
じんわりと感じるこの思いぐらいは、晴らしてあげてもいいのかしらね)
そっと、腹部に手を添えた。そこには彼女が眠っている。
(……思えば、私は――どうしてあの町を攻めたのかしら)
気づけば、足がその町に向かっていた。
遂行者として、あのお方の予言のために突き進む、そのために向かった町。
迎え撃ってきた赤毛の騎士は、私とよく似ていた。
それもそのはずだ、あの騎士はマルティーヌの子孫にあたるはずだから。
(……貴女が見たかった母の故郷を見て、繋がっていた貴女の裔を見れて、満足だった?)
それは自問自答である。
思い起こせば、そのために動いていたような気がして――目を伏せた。
●
大神殿を行くイレギュラーズはその道のりの中、あるフロアへと足を踏み入れた。
優しい陽の光が内部を優しく照らしていた。
礼拝堂の1つであろうか、周囲にはドレスやタキシードに身を包んだ影の天使たちの姿が見える。
フロアの中央あたり、そこに立っていた2人組が振り返る。
「……ようこそ、でいいのかしら」
純白の衣装に身を包んだ女性は、閉じていた瞳を開いて声をかけてくる。
「……それがあんたの選択?」
「――そうね、そうかも」
そう問うた煉・朱華(p3p010458)に視線の先で彼女は小さく微笑んでみせる。
「……ふむ」
恋屍・愛無(p3p007296)は陽射しに照らされる彼女の衣装を見て目を細めた。
それは何もまぶしかったからではない。
陽射しを反射する白は、遂行者たちのそれにも似ている。
しかしよく見れば似て異なるものにもみえよう。
「マルティーヌ、その衣装は……遂行者の物ではありませんね」
リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は彼女の衣装を見て同じようにそう呟いた。
「そうね……柄じゃないと笑うかしら?」
静かにマルティーヌは首を傾げた。
「私は滅びのアークの塊、滅びに突き進むべき存在。
私自身、それを求めてないのだとしても、そこはもう、変えようがない。
――それでも、『私』がやりたくてもできなかったことをするぐらいの猶予はあるわ、多分ね」
「……マルティーヌ様。ニルは、これ以上のかなしいことを止めたいのです」
ニル(p3p009185)はもう一度そう告げる。
マルティーヌがそのために突き進むしかないのなら、ニルはそれを止めるしかない。
「でも、その前に。マルティーヌ様がしたかったことって……?」
そう問うたニルに、マルティーヌが静かな微笑のままに、短くそれを告げる。
「――私は、遂行者。でも聖女だとか、遂行者だとか、そういうの全部に目をつぶったら。
私は――あの子は、ただ1人の女の子だった。一度でいいから、誰かを愛してみたかった。
恋も愛もする前に、『私』は騎士として死んだから」
そう告げたマルティーヌが剣を薙いだ刹那、その手に握られていた剣が綻び燃え上がる。
紅蓮の炎と化した剣を手に、マルティーヌが顔を上げた。
「……始めましょう、地の国の英雄たち。
聖女であることを辞めるとしたら……最期ぐらい自分のやってみたかったことをするわ」
静かに遂行者は剣をこちらへと向けた。
- <神の門>どうか燃やし尽くしたはずの夢を完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年10月27日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
寄り添うようにワールドイーターがマルティーヌの傍に立つ。
前に立とうとするワールドイーターと隣り合うようにして、マルティーヌが剣を動かした。
「聖女の勤めってのは、どうしてこうも乙女を縛るもんかね」
その姿を見た『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)は静かに声にする。
脳裏に浮かぶのは彼女のことだ。自由を求め、今も苦しんでいるであろう彼女。
「敵ではあるが、アンタの覚悟を肯定しよう」
刹那にも満たぬ時間、思いを馳せた鳥籠の聖女から、目の前で藻掻こうとする剣の聖女へ見るべきものを切り替えて、ベルナルドは筆を走らせた。
「……ありがとう、でいいのかしらね」
不思議そうに首を傾げるマルティーヌはベルナルドの動きを見てどこか眩しそうに目を細めた気がした。
蒼穹の絵筆が空に描いた術式が爆発的な燃料となってベルナルドを包み込む。
(そして俺は、俺に出来る事を)
握りしめた筆で、何をするのかは決めていた。
「結婚式は、たいせつなひとと家族になるためのもの。しあわせで、だいじな時間だって教わりました。
マルティーヌ様がほしいものは、やりたいことは……これ、だったのですね」
ミラベル・ワンドを握りしめ、『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は改めてそう声をかける。
「ふふ、改めて言われると、そうね」
笑みをこぼして答えたマルティーヌがどこか照れたように見えたのは、きっと間違いじゃなかった。
「気恥ずかしいさもあるけれど、私も女の子だったみたい」
「……ニルは、良いことだと思うのです」
きゅっと杖を握り締めてニルは言う。それだけは、言葉にしたかった。
「――そう言ってもらえるのなら、して良かったわ」
そう答えるマルティーヌの表情は晴れやかにさえ見えた。
「――ええ、悪くないんじゃないかしら。
聖女だとか、遂行者だとか、そんなものよりとっても素敵よ」
重ねるように『未来を背負う者』煉・朱華(p3p010458)は剣を握る。
「嫌な点を挙げるとするならば、私達が今から貴女の願いを斬り捨てて、先に進まないといけないってトコかしら。
こんな関係じゃなくて、普通の参列者として加われていたらってつくづく思うもの」
「……そうね、本当に私も、そう思うわ――行かせる気はないけれど」
「――それでこそよ。始めましょうか!」
応じた朱華が炎の剣を振りぬけば、斬撃は炎の息吹となって戦場に恐怖の劇を作り出す。
「先程の話ですが」
紅蓮の剣を手に動き出そうとするマルティーヌへ『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は声をかける。
「柄じゃない等とは言いませんよ。心残りを成したいと願うのは、人として当然の事ですから」
「……人として当然のこと、そうよね……きっと」
雷光の輝きが撃った一閃に、マルティーヌが痺れたように険しさを表情に浮かべて小さな言葉を残す。
「むしろ……そうですね。
アークに定められた使命とは別に、貴女が己のやりたい事としてそうした心残りを叶えようとしているのは、喜ばしい事なのだと思います。
それが他者を害するものでないのなら、尚更です」
「それなら、私も考えた甲斐はあったかしら」
そう言った彼女の声が少しだけ柔らかくなったのは、きっときのせいではないのだろう。
「マルティーヌさん、すっごく綺麗」
動き出さんとする戦場で、『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は自然とそう声に出していた。
「ありがとう」
フランの言葉に気付いたらしいマルティーヌが柔らかに笑った。
(もし遂行者じゃなかったなら、普通に友達として出会って、恋バナして……)
その様子は、普通の女の子のように見えて、フランはきゅっと杖を握る。
「……それで、いつかマルティーヌさんがほんとに純白のドレスを着て誰かの隣に立った時、わんわん泣いちゃうんだろうなぁ」
自然と声に漏らしていた言葉に、マルティーヌが目を瞠って、そのまま、少しだけ笑った。
「そうしてくれるのなら、きっと――」
そう呟く声を聞きながら、もっと見えるように前へ進み出る。後悔なんて、残らないように。
「……遂行者って、なんなんだろうね。
言葉も通じないモンスターなら悩まなかったのにね」
「そうね……でも、きっと。そうであったのなら、こんな風にドレスを着ることもなかっただろうから」
その言葉は短く、切ない色を持っていた。
「世界が滅びるというなら、それは滅ぶべくして滅ぶのだろう。
マルティーヌ君が如何した所で、それは変わらないだろうさ。もちろん何をしなくてもね。
好きにするというなら、それがいい――それが人間というものだ」
粘膜上に作られた魔眼の眼差しをワールドイーターへと向け、『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)はそうマルティーヌへと声をかける。
「そう、私も人間、なのかしらね」
そう呟いたマルティーヌに、愛無は視線を向けた。
「そう悩めるのなら、君はきっと人間だ。あ、でも、その衣装は不正義だと思うよ」
改めてマルティーヌの全体像を見て言えば、一瞬だけマルティーヌがきょとんとした顔を浮かべた。
「青少年には目の毒だ。天義でなくてもね」
「――そうだったのね……あの子がちょっとだけ言い淀んでいたのも、そのせいかしら」
零すようにマルティーヌが笑って、不思議そうにつぶやいていた。
「遂行者の皆様の中でも大目的は一致しててもそれぞれ感情があったりするというのは、わたしもお聞きしていたけれども……こういう人もいるのねぇ」
動き出す戦場で『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)は小さくそう呟いた。
「とはいえ、ここは先へ進まねばならぬわけで、わたしとしても、燃やす事しかできぬのよね」
「――えぇ、それでいいわ。私は滅びの塊なのだから」
静かに、穏やかな微笑みとともにマルティーヌがそう頷く声を聞いた。
纏う蒼き狐火を滾らせ、胡桃は静かに戦場を見やる。
効率を度外視した瞬間火力、片手に集約させた蒼炎を打ち出せば、炎は会場を踊る影の天使へと炸裂する。
(案外早くまた会うことになりましたね……あの子が見たなら、何て言ったでしょうか?
何であれ、拙に出来るのはいつも通りの事ですが)
剣を構築しながら、『夜を裂く星』橋場・ステラ(p3p008617)はこの戦場にはいない人狼に思いを馳せる。
特にマルティーヌを気に掛けていたあの子は、預言者ツロによるオファーによって薔薇庭園に運ばれたらしい。
「ひとつだけ、宜しいですか?」
「ええ」
「リュコスさんが居なくなりましたが、貴女が何か……する感じでは、ないでしょうけれど」
「あの子のことを気に掛けてたから……多少なりとも、私に責任はあるわね」
ステラの言葉にマルティーヌは少しだけ悔やむように語る。
「……そうですか。これは拙の勝手な我儘ですけど……何というか、頑張ってここを最後にしないで下さいね」
言いつつも、静かに剣の出力を上げて、ステラは一閃する。
戦場を駆け巡る剣閃は舞い踊る招待客たちを逃さず蹂躙する。
「――本当に、強いわね貴女達」
そう呟いたマルティーヌが剣を掲げ、宙に浮かぶ剣が戦場を駆け巡る。
●
「……これで、最後ですね!」
ステラはその様子を見つつも渾身の魔力を籠めた砲撃の如き斬撃を振り払った。
青く赤く輝く斬撃は戦場に最後の太刀を入れ、式を終わりに向かわせた。
「自分のすべきことと、したいことが全く違ってしまうことって人にはよくあることらしいのよね」
繰り広げられる戦闘の最中、胡桃は小さく呟いた。
「……そうみたいね。私も驚いているけれど」
そう答えるマルティーヌは滅びのために突き進むことが為すべきことのはずだ。
「無関係な外野の勘繰りだけれども……そなたはここで出し尽くして燃え尽きたいようにしか見えぬのよね」
だからこそ、胡桃はそうマルティーヌを見据えて思ったことを口にしてみた。
積極的な攻勢は確かに存在する。
それでも、どこか悲壮にも聞こえるマルティーヌの語りからはその欲求が見え隠れする。
「……それは」
言いよどむマルティーヌの表情を見れば、その『外野の勘繰り』があながち間違いではないことは容易にわかる。
狐火は燃える。この先に進むために、彼女を、彼女の夢を焼き尽くすために。
「ね、マルティーヌさん。たくさん話をしよう」
フランはマルティーヌの眼前にてそう声をかける。
温かな風光が傷を負った仲間を癒していく中で、まっすぐに向けた視線の先、マルティーヌがどこか不思議そうな目を向けてくる。
「マルティーヌさん、どんな人が好み? あ、これは元の記憶とかじゃなく、今のマルティーヌさんに質問ね!
やっぱりこうやって傍に居てくれるワールドイーターなタイプかなぁ?」
「そうね、少なくとも、こうして私と一緒にいてくれる人がいいわ。
よく分かりもしない状況で目覚めて、誰も私と一緒に歩めないのは……寂しいものよ、意外と」
剣を振るい、魔術を放って牽制しながら静かに告げられたのは仄かな孤独。
似たような存在はいても、その者たちが寄り添いあう相手というわけでもない。
それに気づいたときの寂しいを何となく想像して、フランは内心でふるりと震えていた。
「この世に大切なモノは欲だよ。欲こそが己のあり様を決める。
自身の欲望を『他者』なんぞに委ねるのはつまらんぞ。もっと望めばいいさ」
粘膜の尻尾を揺らめかせ、愛無は改めてマルティーヌへとそう声をかける。
「……もっと、望む、か」
驚いたように、自分に言い聞かせるように、マルティーヌがその言葉を復唱する。
「私の欲……」
ぽつりと、マルティーヌが悩まし気に呟いた。
「さて、マルティーヌ君たちは、どんな答えを出すのかな。それまで邪魔はさせないさ。君は僕と遊んでいよう」
その様子を横目に、改めてワールドイーターを見る。
「遂行者マルティーヌは随分と貴方達と仲がよろしいようですね。
私の好物は、炎……彼女の炎の味は悩ましい味。それは貴方達の手によるものでしたか」
柔らかく語るワールドイーターへと尻尾を薙ぎ払えば、強かに撃ち据える。
「素敵な演奏をありがとう、貴方、多才なのね」
マルティーヌが小さくそう告げるのをベルナルドは確かに聞いた。
「褒められて嫌な気はしないな」
演奏の終わりに絵筆の描いた混沌たる絵画が戦場に反映され、汚泥となって踊る人々を絡めとる。
「マルティーヌ様。ニルは愛も恋もわかりません。
でも聖女でも、遂行者でも、滅びのアークの塊でもなく、マルティーヌ様のことが、ニルは……好きです。
それだけは、覚えていてほしいのです」
ニルはアメトリンの輝きを増した杖を握りしめた。
「ニル……」
煌くアメトリンの一撃がマルティーヌの身体をうがち、数歩の後ずさる。
滅びのアークを零しながら、一度は片膝を着き、それでも立ち上がったマルティーヌと視線を合わせれば、マルティーヌが微笑んだ。
「ありがとう。滅びの使徒が言うのはどうかと思うけど……ええ、親愛を向けられるのは……心地いいわね。
それはそれとして、滅ぼすことが私の使命だけど」
「……なら、ニルはせめて、ニルのありったけの力をぶつけるのです!」
握りしめた杖に魔力を注ぎ込む。それでいいのよと、マルティーヌはもう一度微笑んだ。
「マルティーヌの隣にいる誰かがこんな紛い物じゃなくて、本当にアンタを大事にしてくれる誰かなら良かったのにね」
朱華はワールドイーターへと斬撃を見舞うままに、思わずそう言葉にしていた。
「こんな選択を見せられたんだもの。私だってそんなもしも位は考えちゃっても仕方がないってモノでしょう?」
そう告げながらマルティーヌに視線を向ければ、驚いた様子のマルティーヌが微笑んで。
「……そうね、でも。そう願っても望みはしないわ」
「どうして?」
「……こんな私を愛せるような素敵な人を、滅びの道に連れ込みたくなんてないものね」
そう言ってマルティーヌが微笑んでみせた。
それに答える前、剣を薙ごうとしたマルティーヌの身体が炎に絡め取られた。
「私は冠位傲慢のやり口が気に入りません」
マルティーヌを絡めとる魔焔レヴァティアを制御しながらリースリットはふとそう声に漏らす。
出力を緩めはしない。制御の手を緩めたら、その刹那の内に食い破ろうとしているのだから。
「正しい歴史とやらを主張するために権能を用いて都合のいい歴史を生み出し、そこから人々を駆り出して駒とするのも。
想いを遺して亡くなった方を利用して、手駒としている事もです」
マルティーヌの表情は変わらなかった。
ただ、つづけた一言に初めてマルティーヌが目を瞠る。
「……ですが、貴女を見ていると必ずしも悪い事ばかりで無いのだとは思いました
こうでもなければ、貴女の……聖女マルティーヌの心残りが僅かでも叶う奇蹟は無かったでしょうから」
「あの方の意志をどうこう言う立場ではないけれど……いえ、どうかしら。
この心残りを形にするのは……あの方にとって気分が良い物なのかしらね」
目を伏せたマルティーヌは首を傾げていた。
●
「ねえ、フラン。貴女にはきっと、大切な人、いるんでしょう? そんな風に聞いてくるんだから」
不思議そうにそう言ったマルティーヌに、フランは少しだけ顔に熱を帯びる。
深呼吸と共に、天上の光を降ろせば、照らされるマルティーヌが黒い靄だらけの身体で眩しそうに目を細めた。
「……私のこれは、自分で作ったようなもので、どこか空虚だけど。きっと、貴女のは祝福されるって祈っているわ」
表情を綻ばせてそう言ったマルティーヌは、どこか寂しそうに見えた。
「さて、僕の分が残ってるかなぁ。背負ってる物が大きい程、強いからなぁ。強いは旨いからなぁ。さて。さて。
どんな味になったかな。どんな味になるかな。そんじゃ、いただきまーす」
「ごめんなさいね……まだ、食べられるわけにもいかないの」
粘膜の口を開く愛無に、マルティーヌが腹部を抑えながらいう。
芯を斬り裂かれるまえに後退すれば、マルティーヌはふと小さく息をついた。
「アンタとっても綺麗だぜ。遂行者じゃなく、アンタの最期を俺達が描いてやる。
宿命に囚われ続けるなら、せめて幸せな花嫁らしくいられるうちに、終わりという祝福を」
「それは……光栄ね――きっと。
描いてくれるのなら、それは本来あるはずのない絵画なのだから……素敵なものになるでしょうね」
ベルナルドの言葉にマルティーヌが小さく笑って答えた。
「……あぁ、でも。それを私は見ることができないでしょうから……それが少しだけ心残りになるわね?」
微笑むマルティーヌはそう言ってから半歩後ろへと下がっていく。
「……参ったな」
苦笑しつつも、改めて気持ちを入れなおし、ベルナルドは筆を執る。
「ウェディングドレス姿、とってもとってもきれいなのです。
ニルは……マルティーヌ様の本当の結婚式を、お祝いしたかったです」
「ニル……ありがとう。そうね、ほんの形だけしか、できないけれど。
そう言ってもらえるのなら、やって良かったわ」
ニルの言葉に、マルティーヌが緩く笑みをこぼす。
(彼女と剣を交わして、手を取る事だって出来ない事は分かってる――けど、その選択を、今の彼女の姿を目に焼き付けておく位は悪くはないわよね)
朱華は改めてマルティーヌの姿を見た。
今はまだ見ることが出来ても、次がきっと最後だから。
「――マルティーヌ。とっても綺麗よ」
これだけは、忘れないで言っておこうと。
「ありがとう、朱華……似た者同士だから、貴女の晴れ姿も見たかったけれど、さすがに望みすぎかしらね」
目を伏せたマルティーヌはそう答えて肩をすくめた。
「……今の貴女のその姿。先日の彼、ローラン卿に見せてみたかったですね」
リースリットは今更なれども、そう告げていた。
「……ふふ、遠い昔の先祖を模った存在の晴れ着なんて、彼に見せても、困らせるだけな気もするわね?」
どこか冗談めかして、マルティーヌがそう答えた。
「ステラ……だったかしら」
その柔らかな表情のまま目を伏せたマルティーヌは、そっと視線をステラに向けて声をかけた。
「……何か?」
「貴女の言う通りね、ここは退くわ。あの子が戻ってくるって、貴女も信じてるでしょうし、私も信じてみるから」
「……そうですか」
ステラは剣を構えるままに視線を交えた。
「あの子、いい子よね」
目を細めて、マルティーヌが笑う。
「……ええ、そうでしょう」
ステラの答えを聞いて、少しの沈黙があった。
(……なんだか心境の変化がある気がするのよね)
胡桃はその沈黙のうちにマルティーヌの炎の剣を見た。
燃え盛る剣にはさらなる熱意が籠っている。
それは明らかに燃え尽きることを望むようなそれには見えなかった。
「――本当は、この技を貴女達に向けて撃った方が良いのでしょうけれど」
そうマルティーヌが言った。
宙に浮かぶ5つの炎剣がマルティーヌの握る1本へと重なり、束ねられていく。
「――躱してくれると、うれしいわ」
明らかに出力を増した炎の剣を斬り上げるように一閃、熱線を思わす薙ぎ払いが天井の装飾品を斬り落とす。
粉塵が舞い、それが収まるころにはマルティーヌはどこかに消えていた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
●オーダー
【1】『剣の聖女』マルティーヌの撃退
●フィールドデータ
テュリム大神殿の一角。礼拝堂を思わせるフロアとなります。
眩いばかりの暖かな光に包まれ、戦場の中心に立つ遂行者を祝福するかのように思えます。
●エネミーデータ
・『剣の聖女』マルティーヌ
灼髪を1つに結んだ灼眼の少女、遂行者の1人です。
正確には魔種ではなく、『聖遺物となった本物のマルティーヌの肋骨』に滅びのアークが蓄積して生じた滅びのアークの塊。
実質的なスペックは魔種相当です。
それまでの遂行者の軍服と冒険者風衣装を脱ぎ、どこかウェディングドレスにも似た服を纏います。
かつての聖女マルティーヌが身に纏うことの出来なかったもの、心のどこかで望んでいたちっぽけな夢を再現したともいいます。
神秘型のトータルファイター、高い身体能力を持ちます。
炎へと変質した5つの長剣を自在に操り、近接戦闘を主体とします。
とはいえ、宙に浮かぶ炎の長剣は射出や投擲による遠距離攻撃も可能と思われます。
【火炎】系列、【乱れ】系列、【足止め】系列、【呪い】のBSを付与して攻撃してきます。
・ワールドイーター×1
騎士を思わす立ち振る舞いをする人間種の男性を思わせます。
マルティーヌを支えるように行動します。
・影の天使×8
オーソドックスな天使の姿にタキシードやドレスを着こんでいます。
結婚パーティの参加者、催し物のダンスパーティに参加するように舞うように戦います。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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