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シナリオ詳細

<クロトの災禍>明日はアナタとパンが食べたい

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ボクの世界
「ねぇ親方、今日は随分と元気がないね? また依頼にでも失敗した?」
 食卓の向こう側。
 糸の切れた人形のごとくうなだれる冴えない中年親父が、もう何度目かも分からないため息を漏らし続ける。
 そんな彼を見かねた少年は、読書を中断すると話でも聞いてやろうと言わんばかりに声をかけた。
「依頼の失敗、か。そんなんで済んだらどんだけマシだったか……ウーアン。わりぃがコーヒー淹れてもらえるか?」
「はいはい」
 少年は立ち上がると、頭の上にあったメガネをかけ直し、テキパキと2人分の飲み物を用意していく。
 水に火をかけ、カップや器具やらを用意し、ついでにクッキーなんかも置いてみて。
 暫しの静寂。対する2人の視線は交錯しないまま、その時が来るのを待ち続ける。
 お湯がふつふつと沸き始めた頃。沸騰した泡が破裂する音よりも少しゆったりとしたペースで、親方と呼ばれた男は言葉を紡ぎだした。
「明日、世界が滅亡しますです。……って言われたらどうする?」
「滅亡? 滅亡ねー……。まぁ別にしたくはないかなー。それって絶対?」
「らしい」
「この世界が滅亡するとして、他の世界に行けたりは? なんかそういう人達、親方が通うギルドには一杯いるんでしょ?」
「無理だとさ」
「へぇー。でもさ、それって親方が最初に言われた言葉でしょ? それから何日も経ってるじゃん」
「まぁ、世界の危機ってやつは何度も救われてんじゃないか? ローレットの若い奴らに。でも今回は本気でまずいらしい」
「じゃあやっぱり精一杯抗うしかないんじゃない? そういう仕事なんでしょ、特異運命座標(イレギュラーズ)って」
「やっぱそうなる、よな。でも、俺は――」
 ピィー!
 かん高いやかんの悲鳴に遮られて、男は続く言葉を飲み込んだ。
 そんな彼を尻目に、少年は立ち上がる。
「例えばボクがこのやかんを無視してさ、火も止めないままだったら水は蒸発するでしょ? なんならやかん自体もいずれ焦げ付いてダメになる」
 でもこうしたら、と続けて少年は火を止めた。
「火が止まって、やかんは鳴き止んで、中のお湯はいずれ冷めて水に戻っていく。冷める前にこの粉達とお湯が出会えたなら、おいしいコーヒーの出来上がりさ」
 フィルターに湯が注がれるにつれて、部屋中に豆の芳醇な香りが広がっていく。
「ボク達は何なんだろうね。火を止めるこの手かな? じゃあ世界は? 滅びそうって意味ならやかん? それともこうしてボク達がだらりと過ごす時間そのもの?」
「今日はいつにも増して話が難解だな。頭の悪い中年の脳細胞をこれ以上破壊するんじゃねぇよ、めんどくせぇやつめ」
 悪態をつきながらも、渡されたカップに手を伸ばす彼の仕草には、普段の穏やかさが戻っていた。
「だからさ、好きにしたらいいんじゃない?」
「ん?」
「やかんの音が気になるなら、火を止めればいい。気にならないなら、そんなの無視して賭場で酒でも煽ればいい。仮にやかんが破裂したって親方には影響ないし。影響あるくらいの滅亡なら、サイコロの目を見てる内に終わりが来てくれるよ」
「俺がこんなに頭を悩ましてるっていうのに、お前って奴は……他人事だと思いやがって」
「どうかな? 世界の危機に立ち向かう実力なんて欠片もないくせに、知っちゃった以上は何とかしないとなーって思う人くらいには考えてるつもりだけど」
「けっ、うるせいやい」
「そうすねないでよ親方。取りあえずさ、滅亡して死ぬにしたって、無事に世界が守られるにしたって、やりたいことは早い内に済ませた方がいいんじゃないの?」
「やりたいこと、やりたいことねぇ~……」
「じゃあさ、ボクに付き合ってよ」
「付き合うって、何をだ?」
「買い物。明日はパンが食べたいからさ」

GMコメント

●概要
 世の中が大変なことになっていたとして、皆様にはそれに抗う力があったとしても、その特別な戦いの裏にある日常からは逃れられません。
 力無き人々は明日の食事に想いを馳せ、知性無き生き物たちは生命活動を淡々と続けていきます。
 というわけで、大きな戦いが近づいている今だからこそ、日常で済ませておきたいことを後悔のないよう済ませておきましょうね、というお話です。
PCが日常生活においてやりたいことを自由に指定して下さい。
 訓練するもよし、簡単な事件に巻き込まれるもよし、海で溺れるも愛の告白を行うもよし!
 是非、皆様らしい時間を過ごして頂ければと思います。

●場所と日時
 キャラクターがそこに行こうと思えばいける場所、時間帯であれば大体OKです。
 描写される時間は短い程濃いめに描写できると思いますが、長くても1日くらいに納めて頂く方が、キャラクターの日常感が出やすいと思います。
 基本的には参加者を1名ずつ章分けして描写する想定ですが、参加者同士で共通の思い出にしたい場合は、双方その旨明記頂ければ、複合して描写致します!

●NPC
 親方はローレット所属のカオスシード(人間種)、戦う力のほぼない中年男性です。
 大工として仕事をしていましたが、ある争いで現場を襲われ弟子は今はいません。
 イレギュラーズとなってからは一応責任感で活動に参加するよう心がけていますが、
 歴戦の猛者の皆さんが幾度となくローレットに出入りしていても印象に残らないくらい、影が薄い活躍しかしていません。
 ウーアンはウォーカー(旅人)です。
 すったもんだで今は二人で暮らしていますが、自身がウォーカーであることは親方には隠しています。
 二人は幻想の商店街でのんびり買い物をしています。
 基本的に描写する予定はありませんが、何か困っている人がほしいなど、キャラクターに直接関係のない人手がほしい場合には、指定頂ければ自由に使えます。

●プレイングに際して
 今回は最大6作まで、指定頂いたリプレイを確認してから執筆致します。
 キャラクターページから確認に行きますので、ご希望の場合は「ページ数」と「シナリオの個別名称の頭文字3文字」を記載下さい。
 例)自身のシナリオ一覧、3ページ目にある【<日常イベ>明日はアナタとパンが食べたい】を指定する場合
 「P3、明日は~」
 ※イベントシナリオの場合、<>の部分を省いた頭文字3文字でお願い致します。
 ※3文字で判別できない場合等は、判別できるよう文字数を増やしたり抜き出す場所を変えたりして下さい。

●その他マスタリング
 オープニング登場以外のネームドNPCは今回のリプレイ上では登場できないため、共通の思い出にはなりません。
 NPCを思ってこっそり何かをする、くらいの描写になります。

●その他
 死亡なし、情報確度A(基本的に、皆様が希望する状況の舞台が用意されます)

  • <クロトの災禍>明日はアナタとパンが食べたい完了
  • GM名pnkjynp
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2023年10月15日 22時15分
  • 参加人数6/8人
  • 相談4日
  • 参加費100RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋
玄野 壱和(p3p010806)
ねこ
大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)
マリオン・エイム(p3p010866)
晴夜の魔法(砲)戦士
ピリア(p3p010939)
欠けない月
レイテ・コロン(p3p011010)
武蔵を護る盾

リプレイ

●紡がれる日々
「こんにちはにゃー!」
「いらっしゃい」
 淡い青銀色の猫耳を立てた『見習い情報屋』杜里 ちぐさ(p3p010035)の明るい挨拶に、店主も笑顔で返す。
 ここは表通りから少し離れた幻想のとあるカフェ。
 昼時をやや過ぎた今頃には客もまばらになるが、中の雰囲気や味は絶品で、知る人ぞ知る店といったところ。
 ちぐさお気に入りの『情報』の一つだ。
「ご注文は?」
「Bセット下さいにゃ! あ、今日はお仕事もしたいんだけど~……いいかにゃ?」
「いいよ。いつもの仕事席使って」
「ありがとにゃ!」
 持ち前の天真爛漫さですっかり店主と打ち解けているちぐさはペコリと一礼。
 店の奥、西日が優しく入り込む窓際の指定席へと一目散。
「昨日寝落ちしちゃったところから再開にゃ」
 そしてテーブルに資料を広げると、内容を精査しては報告書へまとめていく。
(正しい情報があればあるだけ、依頼の成功率は上がるのにゃ!)
 情報を制する者は全てを制す。
 他愛ない話から危険に飛び込まなければ得られぬものまで、千差万別の情報から情報屋によって適切に選りすぐられたそれは、必ずイレギュラーズ達の支えとなる。
 ちぐさはそんな情報屋達と親交を深め、いつしか仕事に協力するようになっていた。
「Bセット、お待たせ」
 ハムと卵のサンドイッチにベーコンエピが乗ったワンプレートと、オータムナルのダージリンで淹れたミルクティー。食欲がそそられる香りが鼻に届く。
「マスター、いただきますなのにゃ!」
 頑張った後は暫しの休息。おいしさと甘さの再充電。

~~~

「うーん~! 今日はこのくらいだにゃ」
 窓から夕日が差し込む頃。
 再び資料と向き合っていたちぐさは、大きく伸びをし席を立つ。
「マスター、ごちそうさまにゃ!」
 会計を済ました帰り際、突然飴を渡された。
「これ僕が好きなやつにゃ! どうしたにゃ?」
 その問いに店主はポケットから手紙を取り出し読み上げる。
「彼が仕事に来た時はこのAPが回復しそうな飴を……」
「へ!? 貸してにゃ!」
 半ば強引に奪うと、そこには見覚えのある字で彼を気遣う言葉の数々が並んでいた。
 『休む鍛錬にももっと挑戦してみてほしいと、こっそり伝えてほしい』
「……ズルいにゃ」
 資料と報告書が詰め込まれたメッセンジャーバッグ。
 少し体格より大きいそれを肩へかけなおすと、彼は意気揚々と店を飛び出した。
「そこまで言うなら、今からお菓子を買って行って、ショウ達も僕と休憩するにゃー! って甘えちゃうのにゃ!」
 自分を笑顔で迎え入れてくれる大切な人達の元へ。

~~~

 手紙を読み終えたほんの一瞬。
 かつてまどろみの中で聞こえた声が、浮かんでは消えた気がした。

 また沢山の情報集めてくれたんだね。
 それはとても嬉しい事だけれど、まだ時折頑張り過ぎてしまうみたいだね。

 オレはいつも側にいてあげられない。
 離れている時何ができるか考えてみるけど中々良い案が浮かばなくて。
 ちぐさのためにできる事、か。
 オレはもっとキミの事を知らないといけないね。

 離れていてもオレはちぐさを見守っているって。
 ちぐさが笑顔だと嬉しいって伝わるだろうか。

~~~

 2人の覚悟によって強く紡がれた想いの糸。
 それは限られた日々を、永遠に彩るであろう記憶の残滓。
 かけがえのない日常に、想いの結びがまた一つ。


●パンのエニシ
「きみ達客なの? うちのシェフは裏で猫の相手してるから、戻ってくるまで適当にしてていいよ」
 鬱蒼とした森の中にポツンと佇む廃屋のような古屋敷。
 辛うじてそこに生気を与える気怠げな猫耳少女は、定位置であろう日差しに照らされた座布団に寝転がったまま、視線と言葉だけを向けた。
「どうする親方?」
「シェフがいんなら茶屋なのは間違いねぇだろ。腹も減ったし待つか」
 親方と呼んだ中年の男に了解と答えた少年ノーアンは、一番奥の席に座ると店内を観察する。
(……奇妙な所だね。どこからともなく猫の声が聞こえる気がするよ)
 待つこと数分。
「戻ったゾー。今日のまかないは魚にするカ」
「おかえりイツワ。ポテチ買ってきて」
「いきなりだナ」
「だってなくなったの」
「そりゃ朝から食えば無くなるダロ。たまには自分で行けヨ」
「ねこ店番したよ? ご褒美くらいあってもいいじゃないの」
「店番って、客を案内したりするのが店番ダ。ずっと寝てるのを店番とは言わないゾ?」
「だからしたってば。ほらあそこ」
 少女が示す先、こちらを見つめる視線に気づいた『惑わす怪猫』玄野 壱和(p3p010806)は、思わず声が大きくなる。
「客が来たなら早く言エ!」

~~~

「悪いナ。あれはエイリス。ダラけるために生きているような性格デナ」
 注文を受けた料理の仕込みを終え、仕上げの工程。
 待ち時間の間、火加減を自堕落の擬人化……もといエイリス・リデルに任せ、壱和は久しぶりの昼の客と会話を楽しむ。
 『茶屋:猫乃森』は気まぐれに始めた店であり、壱和が依頼で不在の間は休業。
 おまけに立地もあってこうした『一見さん』は貴重であった。
「まさか7軒回ってパンが買えないとはな。臨時休業に器具の故障、貴族の戯れ大人買いでどこも今日は閉店って……呪われた気分だぜ」
「最後に街外れの食品店に行ったら、店主がパンを黒猫に取られたみたいでね。親方が取り戻したらパン分けてくれよ! なんて血迷った事を言って追いかけてる内に、ここに迷い込んだわけ」
「……アー。そういう事カ」
「ところでよ。パン料理を頼んだのになんか海鮮の匂いがする気が――」
 そこへ可愛らしい猫の顔が目を引く手袋をしたエイリスが、湯気立つ鍋を運んでくる。
「お待ちどおさま。"パン"の煮付けよ。はぁ疲れた」
「……これ魚じゃねぇか?」
「料理人の中じゃコイツをパンって呼ぶヤツもいてナ。タイの一種なんダガ、丁度新鮮なのが手に入ったんでコレの事カト……」
「食べられれば良いじゃないの。あ、骨とお頭はねこの分よ。食べたら罰金ポテチだから」
「客の料理にたかるなヨ!? ったく親の顔が見てみテェ――ってオレが親みてえなもんカ? ハァ~」
「……パンは明日までお預けだね」

~~~

 食事と暫し談笑。
 会計を済ませた2人は店を出た。
「色々すまなかったナ。これはお詫びダ」
「クッキーか、わりぃな。飯はうまかったしまた来るぜ」
 親方達を見送りながら、壱和はふと談笑中の話題についてエイリスへ尋ねる。
「明日世界が滅亡するならどうスル?」
「今ポテチがない世界を壊すかな」
「今日はポテチで頭一杯ダナ」
「だって、滅亡なんて『ねこ』にはあんまり関係ないし」
「まぁそうカ。……そろそろ夜の仕込みダナ」
 昼と夜の境――夕暮れを背に、2匹の『ねこ』は店内へと消えて行くのであった。


●宿す命、宿る命
(やったあぁぁぁ! 遂に武蔵とお出かけ! え、これってデート? 逢引き?!)
 練達のとある待ち合わせスポットに『新たな可能性』レイテ・コロン(p3p011010)が到着して早一時間。
 約束の時間が近づくにつれ、周囲が距離を取るほどに彼はソワソワしていた。
 それはとある九尾が見れば恐らく笑いを堪えきれず。
 事実やってきた大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)を困惑させる程度ではあった。
「……レイテ。待たせてすまぬ」
「おわぁ武蔵?! ぼ、ボクも今来たところでさ~」
「そうか。ところで今日はどういった趣だ? この武蔵が必要となるならば……戦か?」
「ち、違うよ! 武蔵この頃、激しい戦い多かったでしょ? だから艤装も損耗してると思ってさ。良かったら見させてくれないかな」
「ふむ、我の艤装を……」
 『艦姫』である武蔵にとって、艤装は肉体そのもの、もしくはそれ以上に重要だと言えよう。
 だが共通の知人を介して知り合い、友人となっていく過程で見知った彼の性格や技術に不満はなかった。
「別に構わぬが……」
「ありがとう! じゃあまず修理に必要そうなパーツ探しへ出発だ!」
 デートか否か。
 それは横に置くとして、ともかくこれが2人で並び行く初めての一歩となった。

~~~

 生まれも育ちも練達でジャンク屋の父の影響を受けてきたレイテ。
 彼の人脈や情報量は凄まじく、店を巡り終える頃には武蔵の意見や考えに合いそうな部品を多く集める事ができた。
 その足で彼のジャンク工房へ向かった2人は早速調整に取りかかる。
「おおお!? なんだこれ、技術のレトロ具合を補って余りある加工の精密さ! この砲身なんてオーパーツ級の神業じゃん!?」
 レイテに身(艤装)を委ね、思案する武蔵。
(この武蔵の艤装に興味を持っていた事は承知していたが……部品選びでの意見に対する提案の早さ。修復の手際。異なる世界の知見といえど、これ程適合させられるとはな)
 感心されているとはつゆ知らぬレイテは、次々作業を進めていく。
「……できたっ!」
「うむ、手間をかけたな」
「まだ終わりじゃないよ。実践で使う物だし試射しないとね。海の兵装実験区画借りてあるから、行ってみよう!」
「そうか。ならば早速――」
「あ、その前に武蔵と一緒にやりたい事があるんだ!」

~~~

 数十分後。
 海の戦艦たる武蔵は空を航行していた。
「レイテ! 過積載の不具合はないか!」
「大丈夫、君はちっとも重くないよ! それよりほら、風で冷めちゃう前に早く食べて!」
 それはレイテが自身の翼で艤装ごと彼女を運搬していたからであった。 
 ちなみに今の武蔵は所謂お姫様抱っこ状態である。
「わ、分かった」
 促されるまま、抱きかかえていたピクニック用バスケットの蓋を開く。
 中身はハムカツ玉子サンド。
 レイテの提案で先程一緒に作った物だ。
 落とさないよう気を付けながら一口。
 カツの衣とレタスの食感が口内を楽しませ。
 揚げたてのハムの肉汁は、卵焼きと溶け合ってまろやかながら濃厚な味わいとなって広がっていく。
(旨い。料理か……何事もやってみるものだな)
 一緒に作った、といっても武蔵はレイテの料理した具材を挟んだだけなのだが。
「ところでレイテ、このままでは貴公が補給を行う前に冷めてしまう。口を開け。私が入れてやろう」
 突如訪れたあ~んチャンス。 しかもよく見れば武蔵の顔がこんなにも近くにあるではないか。
「えええ!? だだ、大丈夫だって! ボクまだお腹減ってないからぁ?!!」
 一気に熱くなった頬の火照りを吹き飛ばさんと、レイテは速度を上げるのであった。

~~~

「九四式四六糎三連装砲改、最終試射用意! ――打ち方始める!」
 轟音が轟き、やがて遠く離れた海上に波飛沫が立ち上る。
 破裂し夕日に照らされた水は、まるで赤い雨となって再び海へ沈んでいく。
「お疲れ様! どうだった?」
「うむ。伝達効率や駆動系統の調子がかなり戻った。ギア交換の成果だろう」
「なら良かった! 他の調整案はメモったから、次までに検討しておくね!」
 迫る区画の利用終了時刻、2人は片付けながら今日を振り返る。
「ありがとね武蔵! おかげ様でもの凄く楽しい一日だった!」
「……礼を言うのはこちらの方だ。武蔵にとっても有意義な一日であった」
 少し迷ったが、武蔵は感じた疑問を口にする。
「レイテ。貴公に一つ尋ねてもよいか?」
「何?」
「今日を共に過ごしたが若者が行くような場所で遊んだ訳でもない。貴公にとって忙しないだけだったろうに楽しいとは、やはり艤装への興味故か?」
 その問いに少し戸惑いを見せたレイテ。
 一目惚れをしたから? 否。 未知なる技術への興味? 否。
 それはただのきっかけ。今の心を正しく表わすものではない。
「上手く伝えられそうにないんだけど……」
 彼女の瞳を真っ直ぐに見据え。
「武蔵といられるだけでボクは楽しくてさ。だから守りたいんだ、君との時間を」
「守る? 守るのは私の使命だ。この命に替えても――」
「違うんだ! 武蔵が正義の守護者で、人を守るのが使命で、命がけで戦ってくれているのも知ってる! それが武蔵の素敵なところで、ボクも応援したいと思ってる!」
 ただ、想いのままに。
「でも武蔵が倒れちゃうならダメなんだ! 君が傷つくくらいなら、この身を盾にしてでも絶対に守りたいって、どうしようもなく思っちゃうんだよ!!」
 誰に命じられたでもない、ただ心に芽生え、宿った。
「……例え貴公が命を失うとしてもか?」
 形容し難いながら純粋で。確実にそこにあると言える何かが、彼の頬を雫となって伝う。
「そうか……この武蔵を守ると言ったヒトは、初めてだ」
 何か。知らなかった熱を感じた。
「……すまないがこれで失礼させてほしい」
「うん……分かった」
「今日の事は本当に感謝している。その……また見て貰えるか?」
「……もちろん!」
 別れの挨拶を済ませ、レイテの視線を背に武蔵は一人海を征く。

(艦姫はヒトを守る。例え己が滅ぼうとも必ず正義の為に敵を滅する。そこに一切の迷いなどない。なのに)

 私は私です。お姉さま。――そんな私を殺せるのでしょう!? 正しい、使命なんてものに縛られて――

 あの時私は、敢えて対話を選んだ。
 殲滅ではなく。

 ――絶対に守りたいって、どうしようもなく思っちゃうんだよ!!

 あの時私は、嬉しく感じた。
 守られるなどあってはならぬのに。

(レイテは友人だ。姉妹や同胞……信濃と同じ大切な。いや、"ヒト"は彼だけか)

 使命を持って生まれた武蔵。
 だが、彼女の心には使命だけでは説明できない何かがある。
 彼女の中に宿る『命』は。
 大切な『ヒト』達によって今、更なる熱を帯びていく。


●二つで一つの空と月
「とうちゃくなの~!」
「ピリア。受付済ませたら追いかけるから、遠くには行かないでね」
 幻想のとある果樹園入口。
『双影の魔法(砲)戦士』マリオン・エイム(p3p010866)の言葉に「はーい!」と答え『欠けない月』ピリア(p3p010939)が駆け出していく。
 ピリアの肩に乗るカラクサ・フロシキウサギの『うみちゃん』も、自分が居るから大丈夫と言いたげにプゥと鼻を鳴らした。
「うみちゃんは気配り上手な兎さんだね」
 マリオンは係員から説明を受けた後、果実採取用のカゴと地図を受け取る。
「シーズンオフ前でお客さんも他にいませんし、妹さんと貸し切りだと思って果物狩りを楽しんで下さい」
「ありがとうございます」
 今日のマリオンは男性体。兄妹と勘違いされているようだがわざわざ説明する必要もないだろう。
「さて、ピリアは――」
「マリオンさーん! たいへんなのー!」
 探し始めるとほぼ同時、遠くでぴょんぴょん跳ねる彼女の元へ向かう。
「どうしたの?」
「イモムシさんなの! みんな食べられちゃうの~!」
 示された先は大きなみかん樹に茂る葉の一枚。
 そこには小さな緑色がいて、うみちゃんも彼女を守らんと手を広げている。
「確かにイモムシさんだね。でも平気だよ」
 それはピリアがうみちゃんと一緒の旅を始める少し前。
 とある依頼で彼女達は芋虫と戦ったが、あれは全長7mの巨大種。
 見た目や生息場所から推測し、これはアゲハの幼虫だろうと伝えた。
「今はこのままにして、春にまた会いに来ようか」
「わかったの! おしえてくれてありがとなの!」
「ピリアも前にマリオンさんに泳ぎ方を教えてくれたよね。あれと同じ。お互い教え合って、一緒に色々な事を知っていこうね」
「うん!」
「さ、係員さんに兎が食べられて収穫OKな果物を聞いたから、手を繋いでいこうか」
「はーい!」
 そうしてやってきたのは梨の栽培地。
 数は多いが、その実はどれも大人が手を伸ばしてやっと届く高さに生っていた。
「……これじゃあピリアはとれないの。マリオンさん、お願いしますなの!」
「なら、こうしようか」
「はわっ?!」
 ピリアの一瞬の落胆を見逃さなかったマリオンは、彼女を抱き上げた。
「折角果物狩りに来たんだから、ピリアも取ってみたいよね」
「マリオンさん……! えへへ、ありがとうなの!」
 ピリアは目を輝かせると次々と梨を収穫した。
 その後も秋の味覚を集める2人。
 途中ラズベリーの収穫ではピリアはうみちゃんを抱き上げ、自分同様に実を収穫させてあげた。
 どうやらまたピリアの母性が深まったようだ。

~~~

 園内の休憩施設。係員の勧めで梨以外はジャムにしてもらい持ち帰る事に。
 係員は梨も皮を剥いて提供しようとしたが、2人のために皮をむきたいというピリアの要望を受け、包丁やタオルを貸し出してくれた。
「ピリア、もう11さいだからきれいに皮むけるの! むんっ!」
 綺麗に洗った手でしっかり実を押さえて、包丁を降ろす。
 種を取り、皮をむき、うみちゃんも食べやすいサイズに切り分けて、皿へ盛り付ける。
 新鮮な梨からは瑞々しい果汁が滴っていた。
「できたの~! まずうみちゃんにピリアがあ~んしてあげるね!」
「待ってピリア。あーんの前に御手をどうぞだね」
 マリオンは彼女の手を掴むと、タオルで優しく水気を拭う。
「その服、お気に入りだったよね。気を付けないと汚れちゃうかも知れないね」 
「えへへ……ピリアあせっちゃった、ありがとなの♪」
「どういたしまして。じゃあ、マリオンさんも美味しく頂きますだね」
 ピリアの餌付けを見守りながら、彼も梨を手で一口。
 旬な時期だけあって、噛むほどに旨味が広がっていく。
「マリオンさん! おてをどうぞ、なの!」
「あはは、言葉の使い方が少し違くなってしまったね?」
 完食後、差し出されたタオルを受け取りながら彼はそう苦笑いをした。

~~~

 暗い山道を、マリオンはピリアを背負いながら歩く。
 ピリアはフルムーンのベタの海種。
 人間状態で一日中遊び、しかも不慣れな靴を履いて走り回った事も相まって疲れた様子の彼女を気遣った彼からの提案だった。
 ちなみにうみちゃんはマリオンが持つカゴの中でジャムを守るようにして眠っている。
「ごめんなさいなの」
「気にしないで。それに今日は前に靴を買ったお出かけより沢山歩いたよ。でもここまで頑張れた。これはピリアが成長してる証だね」
「うん……」
 俯くピリアに柔らかな白が降り注ぐ。
「あ、おつきさまなの!」
 それは途切れた雲間から差し込む月光。
「ピリアはおつきさまのおさかなさんだから、おともだちのおつきさまを見るのすきなの♪」
 淡く美しい光は心も視線も引き上げる。
「あとねあとね、おつきさまにはウサギさんがいるんだよ! マリオンさんしってた?」
「そうなんだね。ならお空のお月様と兎さんは、きっとピリアとうみちゃんみたいに仲良しさんだ」
「えへへ、そうだったらすてきなの♪」
 しかし再び、月に雲が重なる。
「あう……また隠れちゃったの」
「大丈夫。マリオンさんは青空の精霊種だからね。お空にお願いして、ぴゅーと風を吹かせちゃおうか」
 宣言通り、雲は風で流れて再び月が現れる。
 風向きと風速を把握した上での言葉だったが、彼女を驚かせるには十分だ。
「わー!」
「うんうん。青空さんもお月様と仲良しさんだから、助けてあげたんだって」
「やさしいの! あれ? でもでも、青いおそらさんはよるはいないの」
「暗くて見えないだけで、夜でも空はお月様が輝くのをずっと見守っているんだよ。そして朝になったら頑張ったお月様を寝かしてあげるんだ。青いお布団になってね」
「おふとん! ピリアもあったかいおふとん好き――はわ?! じゃあじゃあ、おひるにおつきさまが見えたら、しーってしなきゃ!」
「そうだね、そっとしておいてあげようか」
 訪れる静寂。
(青いおそらさんがいるから、おつきさまはさむくないのかな)
 秋風の冷たさがもたらすさざなみに、怖くなって呟く。
「ピリアね、ねむれないときは、ひとりでおうたをうたうの。でもやっぱりちょっとさみしくて……そういうとき、ピリア……」
 服を握る小さな感触の強まりに、かつて見たあの人の言葉が。
 自分の気持ちとなって口をつく。
「大丈夫。そんな時は眠れるまでずっと――傍にいるからね」
 肩越しに向けた笑顔が、ウォーターオパールの海に溶け込んで。
「あのお空とお月様みたいに」
「……うん♪」

 かつて羨むほど見つめ続けた優しさという温もり。
 その熱は時や場所を超えた今も確かに繋がっていて。
 雲を払う青空となって月へ寄り添っている。

 欠けない光が照らす先、日常へと続く馬車乗り場が見えてきた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

冒険お疲れ様でした!

この混沌の世界で様々な時間を過ごしてきた皆様。
約束された滅亡が近づく中で運命との戦いに忙しいかとは思いますが、
そんな中でも失われてはいけない日常の1ページを彩るお手伝いが出来ましたこと、嬉しく思います!

文字数の都合上描写できなかった箇所も多々あるのがとても心苦しく……。
(一旦全部書いてから削る執筆スタイルなのですが、大体いつも規定の倍くらいから削ってます)
その代わりと言ってはなんですが、精一杯の気持ちを込めて各所描写させて頂きました。
少しでもこれからの皆様の冒険の支えとなる日常となっておりましたら幸いです!

それでは、またどこかでお会いできることを願いまして。
ご参加ありがとうございました!

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