シナリオ詳細
再現性東京202X:『従者竜の休日』、または『二人の最も奇妙な冒険』
オープニング
●ある日の従者竜
「なんだい、ニンゲンの郷愁の念ってのは大したものだね」
そう、ムラデン(p3n000334)はストローで炭酸飲料を飲みながら言った。
再現性東京、希望ヶ浜は、とあるカフェの一角だ。皿に乗ったサンドイッチとやらをキラキラとした目で見つめるストイシャ(p3n000335)に向けてそういったわけだが、当のストイシャは、見た目通りにサンドイッチとやらにご執心のようだった。
前述したとおり、とあるカフェの一角だ。ある日、主人であるザビーネ=ザビアボロスから「おこづかい」をもらった二人は、「お疲れでしょう。たまには遊んでくるといいですよ」と、休暇をもらった。休暇というか、なんというのだろうか。別に休日であろうと、二人はザビーネのもとから離れるつもりはなかったのだが、それがザビーネからの心遣いであることを知っていたから、しっかり堪能してあげるべきなのだろうな、という思いもあって、ふらりと外に出かけたわけである。
再現性東京とやらに行きたいといったのは、珍しくもストイシャからだった。最近できた友人の影響であるが、これには、二人が伸び伸びと過ごすには、逆にこの街の特異な価値観が丁度いいという所もあった。この街の人間は、常識から目を逸らす。二人は竜という、人間と同等の姿をとってなお非日常の権化のような存在だが、この街の人間は「完成度の高いコスプレの二人組が歩いている。アニメイベントの帰りか?」くらいに『思い込む』わけだ。これがまた、皮肉なことにちょうどいい。まぁ、ちょっと痛い子、くらいの視線を受けるが、ぎゃあぎゃあと騒がれるよりはいいだろう。
「思い出の中にある故郷の街を再現したんだろ? すごい執念だ」
ストイシャが聞いていないことを知っていながら、ムラデンはつぶやいた。割と本心から感心していたのだ。つくづく、ニンゲンというのはバイタリティがある――ま? 竜も? ヘスペリデスとか作ったけどね? とか若干の対抗心を抱きつつ。
「でー……今度は何買うんだ? えーと、ナイフを買ったんだろう? 本当にいるの? 爪で斬った方が早くない?」
「ムラデンは雑」
ストイシャが、むー、と口を尖らせた。
「このサンドイッチ見て。切り口がいい。爪だったら、もっとこう、ぐちゃってなっちゃう」
「食べられればいいじゃん。ストイシャがこれまで作ってたのも、不格好だったけどおいしかったぜ?」
「見た目もこだわりたい」
ストイシャが言った。
「この間のパーティで、たくさん食べ物あったでしょ? 私も、ああいうの作りたいの。ムラデンだって、なんか綺麗なお菓子持ってるじゃない」
「あれは貰ったんだけどな……いや、さておき。オーブンとか言うの買うんだっけ?
此処は電気? ってのが必要な道具しかないんだろ?
魔力式のやつとかなら、外の、練達の方がよくない?」
「オーブンはレイと買いに行くからいい。ここのはかわいい小物があるから、そう言うの買う」
「それで、その、泡だて器を何本も買ったの? かわいいから?」
「使うときが違うの。これは、生クリームを作るときに使う。こっちのは、小麦粉とかを」
「クレイジー。全部爪でやろうぜ」
「ムラデンは雑」
わかってくれない弟に口を尖らせながら、ストイシャははちみつラテとか言う飲み物を口に含んだ。ふんわりとした甘さが口中を駆け抜ける。
「ニンゲン、たまにずるい。こういうの、作れる」
「はちみつなんかちまちまとらないからな……」
ストイシャも随分と、ニンゲンを怖がらなくなったものだ、と思うものもいるかもしれない。いや、まぁ、まだ怖がっているのではあるが。それはそれとして、前よりは、フレンドリーである。良くも悪くも、先の戦いは、いろいろなものを変えたのだろう。
「ま、いいよ。僕も――なんか買うか。お土産」
「誰に?」
「秘密。ま、僕も友達がそれなりに――」
その言葉は途中で、紡がれることはなかった。ストイシャとムラデンは、同時に身構える。
なにか、異様な気配があった。二人から言わせてもらえれば、酷く異常な――魔物のような気配。少なくとも、ここに『敵意を持った何か』がいるのは確実だった。
(まずいな)
と、ムラデンは思う。同時、ストイシャもこう思う。
(何かあった時、今の自分たちじゃ、万全に対処できない)
と。二人は、先の戦いの影響で、酷く弱体化している。竜の全力を出すことはできないのだ。それでも、ローレット・イレギュラーズたちクラスの戦闘能力は維持しているものの、
(いつもなら一人で対処はできる。でも、今は『ムラデンを』/『ストイシャを』守りながら戦えない)
そう、判断せざるを得ないのだ。
二人はお互いを妹/弟だと思っている。守るべき対象であるのだ。であるならば、それができない今の力はもどかしい。
いざとなったら、相方を逃がすしかない。身構える。店の中の客たちも、どこか『おどろおどろしい雰囲気』を戦えないものながら感じ取ったらしく、不安げな表情と、どよめきを上げていた。
ふと、カフェの中心に、酷くどろどろとした、怨念のようなものが集まっていくのを、ムラデンとストイシャは感じた。ゴーストタイプか、と、とっさに判断した。世界であり不正解である。それは、この再現性東京特有の怪異、『夜妖』であったのだから。
その夜妖は、男とも、女ともとれぬ姿をとっていた。おそらく、そう言った『人間の負の感情』の集合体なのだろう、と二人は判断した。別にあっても不思議ではない。そういうものである。問題は、こいつらはどのような負の感情を抱いているのかという事だ。それによっては、恐ろしい相手になるに違ない、と判断していた。
「おお……」
それ、が声を上げた。見た目通り、男とも女ともつかぬ声であった。
「お、おお……!」
それが、明確な、意思、方向性をもって、声をあげようとしていた。
「男の子はメイド服を着て 女の子は執事服を着て 給仕をすればいいと思うの――――!!!」
なんかそういった。
イレギュラーズたちが、学園から『夜妖発生』の知らせを受け、とあるカフェに突入したのは、その十数分ほど後である。イレギュラーズたちが店内で見たものは、『メイド服を着たムラデン』と、『執事服を着たストイシャ』であった。
「何やってんの??????????????」
思わず声を上げるあなたたちへ、ムラデンとストイシャは、恥ずかしそうに、同時に声を上げた。
『私
が聞きたい!!』
『僕
そう、これはそういう依頼である――!!
- 再現性東京202X:『従者竜の休日』、または『二人の最も奇妙な冒険』完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年10月17日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●騒々しい休日の冒険
というわけで、ムラデンはミニスカメイド服を着ていたし、ストイシャは執事服を着ていた。
それは、今回の事態の収拾に呼び出されたイレギュラーズ――。
『恋揺れる天華』零・K・メルヴィル(p3p000277)。
『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)。
『ささやかな祈り』Lily Aileen Lane(p3p002187)。
『ネクロフィリア』物部・ねねこ(p3p007217)。
『従業員は褒めて伸ばす主義な店長』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)。
『正義の味方』ルビー・アールオース(p3p009378)と、ルビーの幼馴染の少年であるスピネル。
『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)。
『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)。
『心よ、友に届いているか』水天宮 妙見子(p3p010644)。
『欠けない月』ピリア(p3p010939)。
彼らもまた同様の格好をしており、そして問題なのは、ムラデンとストイシャと同様に、『男性はメイド服、女性は執事服』を着ていたということである――!
「見んな!!!!!!!!」
ムラデンが、珍しく焦った様子で言う。当然のことながら顔は真っ赤だ。対照的に、ストイシャは困惑顔。まぁ、ストイシャは、自分が着ても恥ずかしい格好をしているわけではないので、ミニスカをはいているムラデンに比べればずいぶんとマシであろうが。
「ムラデン……」
温かい目でムサシがそういうのへ、ムラデンは珍しく、がーっと威嚇した。
「なんだその目! やめろよ! 僕は竜だぞ!!」
「もはや竜ということをアピールすることでしか、なけなしのプライドを維持できないのでありますね……」
ムサシが温かい目で言った。
「いや、あまりいじってやるな」
マカライトがうんうんとうなづく。
「初々しい反応といえるだろうからな。夜妖の相手は初めてか? 力を抜いたほうがいいぞ。
……というか、主従含めて妙なトラブルに巻き込まれているようだな。
なんというか……そういう星のもとに生まれてしまったというかな」
「ほ、星……?」
ストイシャが小首をかしげた。
「って、いうか。マカライトも、落ち着いてる……?」
「いや、困惑はしてるんだが」
マカライトが言う。確かに、夜妖を退治しに来たら、モダンなメイド服を着せられている。困惑はする。が、こういう話は、ローレットではよくあることである。
「覚えておけ二人とも、こういう状況は指定された服装や事柄やらないと進展しねえんだ。
しねえんだよ……」
諦観の表情を浮かべるマカライトに、さすがのムラデンも何も言えなかった……。
「ストイシャさんとってもかっこいいの! ピリアもいっしょに、しつじ服なの♪」
と、困惑気味のメンバーとは対照的といってもいいだろう、ニコニコ楽しげなのはぴリアである。ストイシャの手を取って、にこにこと笑うのへ、ストイシャはへたくそに笑った。
「ふ、ふひひ、いっしょ……」
ストイシャも、ずいぶんとニンゲン(というか、ローレットのイレギュラーズ)に慣れたものである。ピリアはそのまま、ムラデンの手も握って、
「ムラデンさんもメイド服すてきなの♪」
と、屈託なく笑う。ムラデンも、そのキラキラしたまなざしには悪態もつけず、しかしメイド服は嫌なので眉をひそめていると、
「……いやなの? ピリア、おんなのこだけどしつじ服きてるの! だからだいじょうぶなの! いっしょにがんばろうなの! お~!」
と、ストイシャと一緒に手を持ち上げられてしまったので、
「お、お~……」
と力なく声を上げるわけである。
「おやおやおやおやおや~~~~~? 今日のムラデンはおとなしいですね~~~~~!?」
と、妙見子がめっちゃニコニコでそういうので、ムラデンががーって威嚇した。
「くそ! 調子に乗りやがって! つねるぞ!」
「ムラデンっていつもそれですよね! たみこのほっぺのことなんだと思ってるんですか!?
ふふふ、しかし今日は何も怖くありませんとも。
見てくださいこれ、最新のaPhoneとか」
盗撮用の静かなカメラとか、と小声で続けて、
「用意してますからね~~~~~! 思い出にしましょうね~~~~!?」
「くそっ!? どうなってるんだ! おいムサシ! たみこを何とかしろ!!」
「自分に言われてもなー」
肩をすくめるムサシ。ちなみに、ムサシの彼女からメイド服の写真を撮ってくるようにお願いされているので、この後ムサシもめちゃくちゃメイド服で写真を撮られます。
「あ、あんまりいじらないであげたほうが」
スピネルが苦笑する。彼もまたミニスカメイド服である。
「恥ずかしい気持ちはわかるからね……」
「だろ!? わかるだろキミも!」
食い気味にムラデンにそういわれるので、スピネルがうなづいた。
「まぁまぁ。でも、変に命にかかわるような奴じゃなくてよかったじゃない」
と、ルビーがそういうので、ストイシャがこくこくとうなづいた。
「ふ、服を着せられた、だけだものね……」
「そうそう、滅多にない機会とでも思って割り切ろう!
ほらほらムラデンもストイシャも、今日はいつもと違う事をしてるのを楽しむつもりでいればいいと思うよ。
衣装交換なんてしないでしょ? 人と竜が一緒にお仕事、それもドンパチじゃないなんて珍しいんだから」
ルビーの言う通りだろう。竜が、人と歩む。吟遊詩人であったら垂涎のシチュといえるだろう。サーガも一つや二つでは事足らず、大量のインスピレーションがわくに違いない。まぁ、その発露が、ミニスカメイド服と執事服なので、別の意味で頭を抱えるだろうが。
「そう、めったにありません」
Lilyがうんうんとうなづいた。それから、ムラデンと、ストイシャを、ゆっくり拝む。
「ストイシャさんが可愛い(吐血)
ムラデンさんが可愛い(拝む)」
「ナニコレ、竜だから畏怖られてるの?」
ムラデンが訪ねるのへ、ストイシャがかぶりを振った。
「リリーはたまによくわからない」
「はっ」
Lilyが正気に戻る。それから、ぐっ、と力を込めたようにこぶしを握ると、
「いけないいけない、ちょっとテンションが。めったにないことなので。
胸がはち切れそうなくらいにドキドキしています」
「それは、そうだとおもうけど……」
ストイシャが、胸のあたりを見つめながらそう言った。自分の胸をなだらかに撫でてみる。Lilyのそれに比べたらずいぶんと小ぶりである。
「えっ? ストイシャさん、ナイフとか使います?」
と、ねねこがそういうので、ストイシャがにっこりと笑った。
「な、なぜか殺意が……」
Lilyが困り顔をしてみせた。お胸は乙女のプライドである。
「それはいいんだけどさー。ねねこ、絶対おひいさまには言うなよ?」
ムラデンが言う。
「あ、ストイシャのことも言うの禁止な。話の流れで絶対こっちに被弾するから。
この事件のこと一切口外禁止!」
ムラデンがそういうので、ねねこはうんうんとうなづいた。
「ええ、ええ。『私は』いいませんよ。絶対に」
にこにこと笑う。まぁ、この依頼もローレットに報告書として保管されて映像から音声から閲覧可能になるのだが。それに、ほかのメンバーが記念に残した映像や写真などが、どこぞに流出しないという確約もない。
ねねこは言わない。絶対に。まぁ、流出すると思うけどね。そういう笑み。
「それより――面白系の夜妖でよかったですね。その、あまり公言しづらいバイトをしている身としては、ザビーネさんが悲しむような事態にならなかったのはよかったです」
「まぁ、今回の夜妖も、方向性が変とはいえ、これだけの強制力を持ったタイプだ」
モカが言う。モカはメイド服である。あれ?
「強力なのは確かだろう……変なのも確かだとして」
「そ、それはいいとして、なんでアナタはメイド服なの……?」
ストイシャが訪ねるのへ、モカは笑った。
「なんか……夜妖に『執事服は違うな……』って言われてね。
私もそう思ったので、『そうだな』って言ったらこうなった」
「妙な意思の疎通を図るなよ……」
ムラデンが肩を落とした。まぁ、モカは普段から、こういった服はあまり着ないタイプだ。となれば、普段よりギャップがあったほうが良い。
「ギャップ……」
祝音が言った。当然のごとく、祝音もメイド服である。ミニスカではなくロングスカートだが。
「猫耳とか付けます、にゃ?」
「いや……」
ムラデンが頭を押さえた。はずかしい。一方、ストイシャは何となくうなづいた。
「つける……ふひひ」
ストイシャは、割と猫が好きなタイプである。ドラネコさんもそうだ。まぁ、ヘスペリデスのあたりではさすがに飼えなかったわけだが。
「髪の色と同じのが、似合うと思います、にゃ。
ムラデンさんも、つけますか、にゃ?」
「遠慮しとく」
ぶるんぶるん顔を振った。さておき。
「レイもつける?」
ストイシャがそういうのへ、零はかぶりを振った。
「いや、俺はいいかな……?」
こほん、と咳払い。
「それはさておき、一応ここからはお仕事なわけで。
ストイシャは、まぁ、普段通りに、ザビーネの世話をする感じでいいと思うぞ。
こういうのは、まじめにしっかりやったほうが、逆にダメージが少なかったりするんだ」
うんうん、と零が言う。ストイシャが、まじめそうにうなづいた。
「レイが言うなら、きっとそう」
「まぁ、こういう事態には僕らも慣れてないからな……」
ムラデンがうなづく。
「悪霊の類なんだろ? 祓うのにルールを押し付けてくるタイプの。
そのくらいの認識はあるよ。あってるかい?」
「その通りだ。
だから、恥ずかしいかもしれないが」
と、零が自分の姿を見下ろした。
ヴィクトリアンなメイド服である。
「やるしかない」
「やるしかないかぁ……」
ムラデンが肩を落とした。ストイシャは、しかしどこか目を輝かせているようだ。
「ちょうどいいから、レイ、またなにか、お菓子の作り方とか教えて。
喫茶店で、出すような奴」
「まかせな。ちょっと特殊なオムライスの作り方も教えるよ」
そう言って笑う。
さて、準備はこの辺にして、お店を開店させよう。
とにもかくにも――お給仕をしなければ、この話は終わらないのだ!
●お給仕大作戦
「まぁ! 折角皆でお店開くなら盛り上げませんとね!
まずは……メイド・執事カフェって事なら大事なのは人。
皆の集合写真撮って外に張り出しておきましょう!」
と、ねねこがそういうので、おおむねの男衆が一斉に声を上げた。
『いやだが????』
「えーっ!? みんな、一緒にお写真撮るの~!」
と、ピリアが純真無垢な表情でそういう。ムラデンは困った顔をした。
「なんか……断りづらいな……」
というのも、ピリアが本当に、心から楽しげに写真を撮りたそうにしているからである。こういう場合、まっすぐ純粋な奴が一番強いのだ。
「ま~、もう取ってあげたらどうですか? 皆さん。
この仕事に巻き込まれた時点でもう終わりですよ」
と、妙見子が言う。マカライトが苦笑した。
「もうちょっと、言い方というものを……」
「でもでも、みんなでお写真撮るの、たのしいの!」
ピリアがぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ムラデンさんともとりたいし、ストイシャさんともとりたいの! ほかのみんなとも……いっぱいいっぱい、お写真撮りたいの!」
こういう場合、まっすぐ純粋な奴が一番強いのである。
「う、うん。写真くらいなら、いいと思う……」
ストイシャが折れたのを見て、ムラデンも肩を落とした。
「まぁ、いいよ。とろうか、写真……。
ムサシもマカライトも零もスピネルもにげんなよ!? 祝音は……祝音は、なんか似合うんだよな……」
「そうですか、にゃー?」
小首をかしげる。
「まぁ、さておき、撮ろうじゃないか、写真を。みんなでね」
モカがそういうので、みんなは一列に並んだ。タイマーをセットして、店の前に並ぶ。気づいたら、よくある喫茶店だったはずの店構えが、露骨なメイド・執事喫茶に代わっていた。夜妖の仕業である。
「ムラデン……共に……『メイド服接客』と行こうじゃないか」
ムサシがそういうので、ムラデンは疲れた顔をした。
「キミと強敵に挑むときは、こんな格好だとは思わなかったよ」
「えとえと、みんなにっこりなの! お写真、とりますよ~!」
ピリアがニコニコでカメラのタイマーをセットしたので、みんな思い思いの表情を浮かべた。笑っていたり、きりっとしていたり、恥ずかしそうだったり。
とにかく、そんな写真が店先に飾られていた。そういうわけでオープンした臨時のメイド・執事喫茶なのだが、夜妖の力もあってのことなのか、妙に大繁盛している。
「っで! 集合写真見てお店に来てくれた人を接客するならやっぱり、指名システムとかイメージドリンクとかポラロイド写真とか撮れるシステムとかあると良いですよね~」
とはねねこの言なのであるが、そのようなシステムを導入したおかげで、あちこちでポラロイド写真の指名や、イメージドリンクの注文が飛び交っていた。「ねねこ詳しいな……経験者か?」とムラデンが訝しんでいたがさておき。
「ストイシャさん、タイが曲がっていますよ」
と、Lilyが言うので、ストイシャは、ん、といって首元を差し出してみた。
「かわいい……」
なんかLilyが鼻を押さえながらタイを治す。
「ふたりは、えーと。接客か?」
零が言うのへ、ストイシャはぷるぷると首を振った。
「調理」
「断言するじゃん。あー、まぁ、まだ人前は得意じゃないか……」
苦笑する。
「僕も調理がいいんだけど????」
ムラデンがそういうのへ、ムサシがかぶりを振った。
「ダメでありますよ……その、爪で調理するような子は……」
「は? ドラゴンの爪だけど? そこら辺のなまくらより鋭いけど?」
「雑……かな……(精一杯のオブラートに包んだ表現」
「なんかムサシにそう言われるとショックだな……同じくらいだと思ってた友達に先に行かれていた感じ……」
「ムラデンくん……爪で調理するのは衛生上良くないから、道具を使ってね。
まぁ、運営方面は私が面倒をみよう」
モカが言う。
「店長なのでね。そこは任せてくれ給えよ」
「たすかります、にゃ」
祝音がうなづいた。実際のところ、モカがしっかりと店を回しているため、トラブルは発生していないといえる。当然ながら、(なぜか)ほかのイレギュラーズたちもてきぱきと仕事をしているため、もたついているのは、こういったことに慣れていないムラデンとストイシャくらいともいえる。
「まぁ、ムラデン。いつも通りでいいんですよ、いつも通りで」
妙見子がそういうので、ムラデンが困ったような顔をした。
「いや、おひいさまはこう、妙な注文とかしてこないからな……。
なに、あの、ポラロイド写真ていうの?」
「これも立派なサービスといいますか。あ、妙見子ちゃんも注文したので、後でお願いしますね。サイン付きで」
「いや、キミが注文すんなよ! 店員だろう!?
なんだよもう、じゃあ、僕もキミのポラロイド写真注文するぞ!?」
「あらまぁ、妙見子ちゃんの写真が欲しいなんて、かわいい♪
あ、胸元がとんでもなくきつくてボタンがはじけてしまいました! こんな時に写真が欲しいなんて~? ボタンいります?」
「くそっ! なんか今日のたみこ強いな!? ボタンはいらないよ、持って帰りなよ!!」
ムラデンががうがう言いながら妙見子とやりあっている様子も、お店のある種の名物となっているようだ。推しが仲良くしてるの、お客さんにとっては尊いのだと思う。
「僕は……オレンジジュースとパンケーキでお願いします。みゃ」
と、祝音がテーブルについてムラデンにそういうのへ、ムラデンは肩を落とした。
「キミもか……まぁ、いいけど。こうなったら、とことんみんな、好きにふるまえばいいさ」
あきらめとも、楽しさとも。何かそういった感情が、ムラデンの中にあったのは確かだ。
「そういえば、イメージドリンクとかあっただろう?
生クリームのココアとか、あのかわいいやつだ。あれじゃなくていいの?」
「えっと、試作の時に何回かのんでます。にゃ」
「なるほどね。ほら、たみこ! キミもポラロイド写真の列に並んでないで手伝ってよ!
ムサシを見なよ、ほら!」
「サー! ご注文はお決まりでしょうか! サー!
サー! こちらのお料理をお持ちしました! サー!
サー! 僭越ながら自分が愛を込めさせていただきます! サー!
燃え!!!!!! 燃え!!!!!! キュン!!!!!!!」
「あれはちょっとやりすぎでは?」
妙見子がそういうのへ、
「かもしれない」
とムラデンはうなづいた。
厨房では、零の言葉に、ストイシャが真剣なまなざしを向けている。
「ストイシャ、覚えておくと良い。
仕事には責任が伴う、お金貰う類なら尚の事な。
だからこそお客様には誠実に、って訳さ。
まぁ色々料理あるし、気になる事は聞いてくれ」
まじめな商売の話だ。メイド服であることを除いて。とはいえ、スケスケアオザイとか着せられたことを思い出せば、このくらいは何ということもあるまい。え、スケスケアオザイ着たことあるの?
「さておき!」
夜妖からの邪悪な視線を感じた零が、こほん、と咳払い。
「とにかく、頑張ろう。まずは、オムライス」
「オムライス」
うん、とストイシャが言う。
「作り方はオーソドックスだ。はやりの半熟のやつでもない、固焼きの卵焼きでいい。
問題は、ケチャップで、こう、ハートを書いたり、萌え萌えしたりする」
「萌え萌え」
ストイシャがうなづいた。
「それに、何の、意味が……?」
真顔で尋ねるので、零は目をそらした。
「……おいしくなるんだ」
「すごい」
ストイシャが目を輝かせた。
「味を変える魔法、初めて聞いた……萌え萌え……こんどお姉さまにやってみる……」
悪いことを教えてしまったかもしれない、と零が天を仰いだ。
「スピネルもやってみる? 萌え萌え~」
ルビーがからかうように言うのへ、スピネルが顔を赤らめる。
「やらないけど!?」
「えー、私はスピネルにやってほしいけど。ふふ。
あ、お客さんになってもいいんだよね? 注文しちゃおっかな!」
ルビーがくすくすと笑うのへ、スピネルもなんともたじたじである。
「す、スピネルも、魔法ならう?」
ストイシャが言った。
「る、ルビーも、喜んでくれると思う」
「そ! 喜んじゃうよ!」
楽しげに笑うルビーに、小悪魔め、というような視線をスピネルは送った。助けてほしい、と視線をさまよわせるが、その先には黙々と仕事をしているマカライトしかいない。
「お客様。おさわりとかそういったものは。個人情報も聞きださないでください。
ああ、地獄巡りのチケットをお受け取りになるか、裏庭に居る番犬の遊び相手になるかお選び下さいませ」
淡々と告げるメイドさんはかっこいい。中身はマカライトで、男なのであるが。迷惑客をつまみ出してから、マカライトはスピネルに告げた。
「あきらめろ。なるようになるしかない」
目が死んでいる。
「ストイシャ、表に出てくれ。客が、その、ご指名だ」
「え、ええ……?」
ストイシャが困惑するのへ、Lilyがその手を握って見せた。
「大丈夫です。私が、護りますから」
ぎゅっ、とストイシャを胸元に引き寄せる格好で、Lilyがそういう。ストイシャがわたわたしていると、ピリアが飛びこんできて、
「ピリアもまもってあげるの~!」
と、ぎゅっ、とストイシャを抱きかかえるような恰好をして見せた。
「一緒に、いめーじどりんく? をお給仕しましょ!
ピリアのは、青くて海みたいで、うみちゃんなの!
ストイシャさんのは、氷みたいで、ひやひや~ってかんじなの!」
「う、うん。リリーのは、イチゴミルク、だったよね?」
「そうなのです。三人で、一緒に、注文を取りにいきましょう?」
そういって、三人が楽し気に表に出ていくのを、零が苦笑して見送っていた。
「なんだ、友達ができた娘を見る心境か?」
マカライトがからかうように言うのへ、零は苦笑した。
「結婚はしてるけど、あんな年齢の子はいないよ。
それに……あっちのほうが『お姉ちゃん』なんだってさ」
ふふ、と楽しげに笑う零に、マカライトもまた、ふ、と笑った。
「それはさておき――零もご指名だ。ポラロイド写真、衣装チェンジをご要望。
衣装チェンジサービスは、言い出しっぺだったな。責任はとれよ?」
そう言って笑うマカライトに、零は虚を突かれたような表情をして、それから肩を落とした。
「……ストイシャにびっくりされないだろうか」
「それもまた、楽しんでくれるだろうさ」
マカライトがそういう。きっと、そうなのだろう。なんだかんだ、二人の従者竜も、そしてイレギュラーズたちも、今の状況を楽しんでいるようにみえる。
「竜と、人か。この光景が、一時的な神の気まぐれでないことを祈るよ」
マカライトの言葉に、零はそういった。
きっかけは、奇妙なことであっても。
この光景は、きっと悪いものではないはずだから。
●閉店!
「つ、つかれた~」
ぐで、とムラデンがテーブルに突っ伏した。
日が暮れて、すこし。なんだかんだで一日が過ぎて、怒涛の接客業体験は今終わりを告げた。
「ふふ、おつかれさま」
ねねこが笑う。
「ムラデンさんもストイシャさんも、ザビーネさんのお仕えしてるから、慣れたものかと思っていたけれど……」
「たみこにも言ったけど、そりゃおひいさまのお世話とこっちの仕事は全然違うよ」
ムラデンが苦笑する。
「レイはメイドもできる。すごい」
キラキラした瞳でストイシャがそういうのへ、零が乾いた笑いを上げた。
「……色々する機会あって鍛えられてんのよな俺……」
「かわいそうに……」
ムサシが遠い目をしていった。とはいえ、イレギュラーズはだれしも、そういう経験を持ち合わせているものなのかもしれないが。
「それより、いい具合に売り上げが出たなぁ」
モカが言う。
「売り上げは……まぁ、ローレットに預けるとして。
なかなかいい企画だったよ。うちの店でも定期的に開こうかな? なぁ、ムラデン、ストイシャ?」
「勘弁して」
「た、たまになら、ちょっと、手伝ってもいい」
二人の反応は正反対であった。ははは、と楽しげにモカが笑う。
一方で、祝音は、なにか胸のあたりをペタペタと触って、ぎゅっ、と力を入れたりしている。本日、何名か胸の関係で胸元のボタンがはじけたりしたのだが、それを見ていた祝音が、なにか、気になっていたようで。しかし、当然ながらボタンははじけない。
「か……帰ったら腕立て伏せとか頑張る、みゃー……」
趣旨が変わっているような気がするが、さておき。
「あの、ストイシャさん、たみこママと、一緒に、写真を撮りたいのです」
Lilyがそういうのへ、ストイシャがうなづいた。
「う、うん。また、みんなで写真撮ろう」
「何枚とるんだよ~」
ムラデンが疲れたように言うのへ、
「ふふん、何枚とっても楽しいものだよ、こういうのは」
ルビーが笑う。
「そうなの! ピリアも、たくさんお写真、ほしいの!」
ピリアも笑った。
そう言われてみれば、ムラデンも思わず吹き出していた。一日を一緒に戦った仲間だ。なんとも……奇妙な感じだった。
「ねぇ、ムラデン。私は、あの時――手を伸ばしたことを。そして、あなたが手を取ってくれたことを、うれしく思います」
妙見子が、そういった。
「そのつないだ手の先に――きっと、この景色があったのだから」
そういう。
『そうだね。尊いよね。きっとこれが、みんなへの報酬だから――』
なんか、夜妖が、そういった。
「ムラデン」
妙見子が笑った。
「鉄扇、お貸ししますね」
「ありがと」
ムラデンが笑った。
「みんなももう、思い思いにしていいと思うよ。
終わったら、そうだね。写真撮ろうか」
そう言って、みんながにこりと笑って。
全力で――夜妖をていやーしたのでした。
めでたしめでたし。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
奇妙な休日、奇妙な冒険。
それから、素敵な思い出。
GMコメント
洗井落雲です。
かかったな! キミ達にはメイド服と執事服を着てもらう!!!!
●成功条件
男性はメイド服を、
女性は執事服を、
性別不明な人はどっちか好きな方を着て、
一生懸命カフェで働いた後、夜妖をていやーする。
●希望ヶ浜学園
再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。
●夜妖<ヨル>
都市伝説やモンスターの総称。
科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
関わりたくないものです。
完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●状況
主人であるザビーネさんからお小遣いをもらった(なんでも、この間ローレットの支部に行ってちょっと働いて得たお金らしい)をもらい、再現性東京、希望ヶ浜へとやってきていた、ムラデンとストイシャ。
二人はそこで買い物をし、休日を満喫していたわけですが、そのカフェに突然邪悪な気配が渦巻きます。
残念だったな、再現性東京には夜妖がいるのだ。
夜妖は、メイド喫茶や執事喫茶に渦巻くおにいさんおねえさんの負の感情が集まって生まれたタイプの夜妖であり、『男の子にはメイド服を着せて、女の子には執事服を着せて、御給仕をさせたい……』という邪悪な思いを発露させ、『男の子にはメイド服を、女の子には執事服を着せるビーム』を放ちました。
残念だったな、再現性東京には夜妖がいるのだ。
この夜妖を倒すには、夜妖の求めるまま、メイド服とか執事服を着て、一日喫茶店で御給仕するしかありません!!!
というわけです!!!! 皆さんも道連れだ!!! メイド服とか執事服を着て御給仕してください!!!!
みんなで仲良く働いたり、ムラデンを煽って遊んだり、ストイシャを煽って遊んだり、皆で仲良く働いたりするといいと思います。
ムラデンとストイシャに御給仕してもらったり、逆にしてあげたりしても構いません。
参加者様と二人で御給仕しあったりしても構いません。
カフェ内で完結するなら割と何しても大丈夫です。そういうのを、夜妖は「あらー^^」っておいしくいただいています。
●エネミーデータ
『男の子にはメイド服を着せて、女の子には執事服を着せて、御給仕をさせたい……』夜妖 ×1
邪悪の化身。しっかりメイド服と執事服を着て一日働くと、ていやーして倒せる。
●味方NPC
レグルス・ムラデン
偉大なるレグルス竜が一つ。赤毛の少年竜。
今はミニスカメイド服を着て膝小僧を惜しげもなく披露している。顔は真っ赤で恥ずかしい。
レグルス・ストイシャ
偉大なるレグルス竜が一つ。青毛の少女竜。
今は短パン執事服を着て膝小僧を惜しげもなく披露している。なんとなく着慣れなくて恥ずかしい。
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