PandoraPartyProject

シナリオ詳細

人でなし、人殺し、

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●暗殺者の気まぐれ
 ――子供のころから、クソみたいな道を歩んできた。
 俺はふと、そう述懐する。
 生まれはスラム。育ちもスラム。生きるためにとった手段も実にスカムだ。
 騙し、殺し、唆し、奪い、奪われ、傷つけ傷つけられ。
 気づけば、どこぞの闇ギルドで暗殺者なんかになっていた。
 暗殺者、という職についても、やることは変わらなかった。
 騙して、隠れて、傷つけて、殺す。
 誇りをもってそれをやっている奴はいるだろうし、殺しが好きな奴もいるだろう。義賊的な奴もいるに違いない。ただ、俺はそのどれとも違って、生きるために、それを選んでいた。レールに乗った人生、なんて言葉があるらしい。ありきたりな人生、つまり普通に成長して、普通の会社に入り、普通に会社員として給金をもらい、老いて死ぬ。それと同じだ。ただ、俺の乗ったレールが、実にスカムだっただけで。
 どうしてこんなことをふと思い出したのだろう。この、血腥い現場で。
 いつもと同じ仕事場の仕事にすぎなかった。オーダーは、一家の皆殺しである。そのつつましい一家が何をしたのか、俺は知らない。貴族のガキの気まぐれかもしれないし、厄介なギャングに目をつけられたのかもしれない。いずれにしても、俺は闇ギルドからの依頼を受けて、知り合ったばかりの仲間とともに、その一家の殺しに入った。
 夜間、ぐっすりと眠っている男に向かって、仲間は無言でナイフを突き刺した。完璧な一刺しだった。起きる間もなく即死したに違いない。
 もう一人は、そのまま気づかれぬように、隣に寝て居た女を刺し殺した。これも同様。二度と目覚めぬ眠りにご招待だ。
 別に殺しに一家言を持っているわけではないが、鮮やかなものだと思った。きっと、俺よりもずっと、この仕事に取り組んでいるのだろうと思う。さておき、俺もぼうっとしているわけにはいかない。俺は子供部屋に行って、ベットの毛布をゆっくりとめくり上げた。フラッシュバックが起きたのは、その瞬間だった。
 寝て居たのは、女のガキだった。10にも満たない年齢だろう。栗色の髪の、のんびりしていそうなガキだった。その顔を見た瞬間、とても強烈な、狂おしいほどに苦しい気持ちが、胸をしめつけた。
「何をしている」
 と、後ろから声がかかった。同行していた、仲間の暗殺者だった。
 逡巡した。俺はこれから何をするのか、という、酷く他人事の様な思考が頭を駆け抜けた。そうなったら、俺はまるで体から弾かれたみたいに、事態を俯瞰してみているような気持になった。気づいたら、俺の体がナイフを抜き放って、まったく不意打ち気味に、仲間喉笛を掻っ切っていた。酷く鮮血が、男の喉からほとばしった。ひゅう、と悲鳴も上げられずに、男が倒れた。
「何が」
 男が倒れた音を聞いたのだろう、隣から別の仲間の声が聞こえた。俺はガキを抱えると、そのまま窓から飛び出していた。幸いなことに部屋は一階だったから、俺はガキと飛び降り心中する事態を避けられた。
「おじさん?」
 胸の中から声が聞こえる。さすがに、ガキが目覚めたのだろう。
「黙れ」
 俺は静かにそういった。
「黙れ。今は、とにかく」
 俺の希薄に、ガキは怯えるように頷いた。部屋の中から、死体を発見したのだろう男の怒号が響いた。俺はガキを抱きかかえたまま、夜闇に走り出した。

「状況を」
 と、情報屋のファーリナが言う。
「簡潔に伝えますね」
 ローレットの出張所の一つである。そこには、不安げにきょろきょろとあたりを見回す幼い少女と、どこか重い雰囲気を持った様子の男が一人いた。あなたは、緊急の依頼、という事で呼び出されたローレット・イレギュラーズの一人だ。周りには、同様に緊急案件に対応できた仲間たちがいる。
「依頼主は彼です。えーと」
「お前はここにいろ」
 と、ファーリナの言葉にかぶせるように、男が少女に言った。
「名前はない。俺は暗殺者だ。
 状況は簡単だ。あのガキは、闇ギルドの暗殺者に狙われている。ああ、闇ギルドといっても、木っ端のものだ。アーベントロートの息がかかっているような奴らじゃない。そこは安心しろ。
 とにかく、お前たちは、あのガキを、そうだな、この先の教会まで護送してほしい。
 幻想中央教会の影響下なら、あの闇ギルド程度なら手を出せまい」
「子供は」
 と、仲間の一人が言う。
「なぜ狙われている?」
「知らん。俺は理由は聞いていない」
「暗殺者のあなたが、なぜ子供を連れているんです?」
 別の仲間が尋ねた。
「あなたの子供……という言わけではないのでしょう?」
「説明する必要が?」
「心構えに」
 そういうのへ、暗殺者の男は、フムン、と唸った。
「俺のターゲットだった。気まぐれから助けた。両親は殺した後だ。
 何故助けたといえば――そうだな、これはセンチメンタリズム満載のスカムな言い訳だが」
 男は僅かに眉をひそめた。
「幼馴染に似ていた。俺がガキの頃に暮らしていたスラムで、隣のあばら家に住んでいたガキだ。俺も随分、世話になった。友達だったといってもいいだろう。
 栗色の髪の、優しい女だった。スラムじゃ優しい奴から食い物にされて死んでいく。そいつも、気づいたら、ドブ川に浮かんでいた」
 ふん、と、馬鹿々々しそうに、男は鼻を鳴らした。
「生まれ変わりを信じるか? 信じていてもいなくても、あってもなくてもどうでもいい。
 ただ一瞬――信じたくなった。あのどぶ川で、濁った眼で空を見上げて死んでいたガキが、スラムから抜け出した世界に生まれ変わったのじゃないか、と。
 まぁ、両親は――俺達が殺しちまったわけだが。だから俺は善人じゃない。これは俺の、傲慢な思い込みだ。
 その尻拭いを、アンタらは押し付けられたわけだ。災難だな。これでいいか?」
「結構」
 仲間の一人が笑った。
「あなたのその思い込み、私たちが護りましょう。
 それで、あなたは?」
「追手の手練れを何人か相手する」
 男が言った。
「その間に、アンタらは包囲を突破してガキを連れていけ。それで終わりだ。俺のことなど気にするな。以上。
 仕事を奪っちまって悪かったな、情報屋」
「いいえ、楽して仕事が終わってラッキーで」
 ファーリナが笑った。
「というわけです。あの子――ラーナというらしいですが。とにかく、ラーナをお願いします」

 ローレット支部から飛び出して、ラーナの手を引いて、あなた達は夜闇の街路を行く。ふと、ラーナが後ろを振り返った。
「おじさん、大丈夫かな」
「あなたは」
 仲間の一人が言う。
「あのおじさんに助けてもらったの?」
「そうなの。おじさん、お父さんとお母さんを襲った悪いひとから助けてくれたの」
 そう言って笑うラーナに、あなたは優しく頭を撫でてやった。そういうことで、丸め込んだのだろう。彼女が真実を知る必要はあるまい。
「じゃあ、行こうか」
 そう仲間が言うのへ、ラーナも、あなたもうなづいた。
 月は退屈気に、世界を照らしている。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 少女を護送しましょう。

●成功条件
 ラーナが生存している状態で、教会までたどり着く。
  オプション――暗殺者の男の生存。

●状況
 とある一家が、暗殺者に襲われました。
 とある暗殺者が、気まぐれから、殺されるはずだった少女を助けました。
 暗殺者は、皆さんに、少女・ラーナの護送を依頼します。
 皆さんは、夜闇の市街を、教会に向けて出発するのでした。
 作戦決行タイミングは深夜。エリアは、幻想のとある町の、市街地になります。
 明かりや、暗視。敵を索敵するスキルや偵察など、いろいろな準備が必要になるでしょう。
 ローレット支部から教会までは、おおむね十数キロといったところです。

 また、オプションとして、暗殺者の男の生存を目指すことができます。
 暗殺者の男は、追手の一部を足止めするために戦っています。皆さんの作戦行動の時間経過により、暗殺者の男の体力は減っていき、やがては殺害されるでしょう。
 普通に少女を護送するだけならば、確実に暗殺者の男は力尽きて死亡するでしょう。助けるのであれば、相応の工夫が必要となります。
 とはいえ、シナリオの成否に彼の無事は関与しませんので、努力目標くらいで見ておいた方が無難です。

●エネミーデータ
 暗殺者たち ×???
  闇ギルドの暗殺者たちです。アーベントロートに関与する者達ではないため、彼らの様な強力な戦闘能力を持っているわけではありません。が、それなりに警戒に値するでしょう。
  街のあちこちに潜んでいたり、ラーナを探して動き回っています。なるべく戦闘は避けた方が無難です。
  基本的には、中距離~至近距離レンジの物理攻撃を行ってきます。出血系列や毒系列にBS、背水を持つ強力な攻撃などを多用してきます。
  また、気配を殺す手段にもたけており、漠然と進んでいるだけでは奇襲を受ける可能性があります。索敵はしっかりと。

●護衛対象
 ラーナ
  10歳前後ほどの少女です。栗色の髪が特徴。
  戦闘能力は一切ありませんので、しっかり守ってあげてください。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • 人でなし、人殺し、完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年10月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)
極夜
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
もこねこ みーお(p3p009481)
ひだまり猫
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
ピリア(p3p010939)
欠けない月

リプレイ

●闇に潜み、行く
「……」
 少女、ラーナが少しだけ、不安そうな顔を見せた。
 幻想に存在する、とある町の一角だ。ローレット支部から出発した『四人の』イレギュラーズたちとラーナは、闇夜に身をひそめるようにしながら、月からも身を隠すみたいに進んでいる。
「心配か? おじさんは忘れ物を取りに行っただけさ。すぐに戻ってくる」
 『四人』のうち一人――『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)が言う。
「うん。おじさんもだし、皆のお友達も、そう」
 ラーナはそう答えた。おじさん、とは、依頼者である名もなき暗殺者で、皆のお友達、とは『残る四人』のイレギュラーズたちの事だ。
「うーん、心配いらないさ。オレの友達は、みんな強いんだ」
 安心させてや寮に、風牙はラーナの頭を撫でてやった。
「そうよ、それにね」
 『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)がほほ笑んだ。
「おまじないもかけてあげたもの。効果あるわよ。何せわたし、魔女ですもの」
 ふふ、と笑ってあげれば、ラーナは目をキラキラさせた。
「おねえさん、魔女なのね! 素敵! 絵本みたい!」
 物語の登場人物が自分を守ってくれる、と思えば、ラーナもだいぶん安心するのだろう。もちろん、セレナは物語の魔女ではないが、その素敵な勘違いを訂正するつもりは特になかった。
 思い出してみれば、ローレット支部を出発するときの、あの暗殺者についてだ。
「夜を守る魔女より貴方へ。夜の闇に呑まれる事無く、『帰るべき場所へ』帰りつけますように。
 ただのおまじないよ。でも無いよりマシでしょ?」
 そういったのを思い出す。夜守の祝福。貴方が道に迷いませんようにと。
「罪は生きて背負うものよ。忘れないで」
「罪だのなんだのを、償いに行くわけじゃない」
 そう、男は言った。
「これは俺のわがままだ……身勝手な。期待に応えられなくてすまんが」
 皮肉気にそういうのへ、風牙が言葉を返す。
「それでもアンタは、変わろうと思ったんだ」
 ちらりと、視線を移した。少女ラーナへ。
「それが、アンタの傲慢な思い込みであったとしても。
 でも、これまでと変わることを選んだ。
 アンタの言う、スカム(くそみたい)なそれじゃなくてさ。
 だったらオレは、応援してやりたいと思う」
「優先するのは、そっちのガキだ」
 男が応えた。
「だが、考慮はする。礼に、酒……は飲める歳ではなさそうだな。甘い菓子だったら、おすすめを教えてやる。あとでな」
 嘘つきめ、と、風牙は思った。どうせ、死ぬつもりなのだろう、と。それが分らない風牙たちではなかった。でもこれは、男の気遣いなのだろう、とも思った。本当に全く、心まで死んでいるような奴ではない。その手が、血に染まっていても、まだ、心までは、死んではいないのだろうか。
 あるいは、生き返ったのかもしれない。あの、生まれ変わりのように友達ににていたのだという少女と出会って。きっかけは何であれど、彼は今、生きているのだ、とイレギュラーズたちは思う。
「あとで、おじさんにも、みーおたちのお友達にも、会えますにゃ」
 『ひだまり猫』もこねこ みーお(p3p009481)がそういった。フードを目深にかぶって、身を隠して。これから進む暗がりを、闇とともに沈みゆこうとするような格好であった。
「だから、ラーナさんも、すこしだけ、窮屈な思いをするけれど……がんばりましょう、ですにゃ。
 悪いひとたちも、まだたくさんいますにゃ。見つからないように、教会まで行きますにゃ」
「うん。ねこさんも、よろしくね」
 ラーナが笑った。少しだけ、その手が震えているのが、みーおにはわかった。聡明な子なのだな、とイレギュラーズたちは思う。
「いいかいお嬢さん。ここからは無駄な私語は厳禁な、質問は今のうちに済ませておくように」
 『極夜』ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)がおどけるようにそういうのへ、ラーナは手を上げた
「無駄じゃないお話はいいの?」
「無駄じゃない私語は良いに決まってるだろ。
 さ、このマントとフードをしっかり被りな。お月様からも見えないようにさ。
 そうしたら、誰か好きな奴としっかり手をつなげ。ちなみに俺はお勧めしない。冷え性だから、凍えちまうぜ」
「じゃあ、あなたと手をつなぐ!」
「人の話を聞いちゃいねぇ! まぁ、俺は悪魔なんだが。悪魔の話は聞かない方がいいぜ。それじゃあ君の答えは正解か。フン」
 からかうようにそう言いつつ、ペッカートは空を見上げた。月は気だるげにこちらを照らしている。
「……こんなにも全部を救おうとする勇者が多いなんてあいつカワイソウだな。
 俺はどっちに転んでも楽しめるからいいが――契約だ。最善はつくすとも」
 それに、全部終わった後助けたオプション料金として無理難題を吹っ掛ける方が楽しそうだ。たとえば今後のラーナを幸せにするために生きろ、とか。
 胸中でそう呟きながら、ペッカートはラーナの手を握った。そうして、仲間たちへと視線を送る。さて、一行はそのまま、闇の中へと姿をひそめた。今、彼らは『4人』しかいない。つまり、仮に戦闘になった場合は、予定よりも少ない戦力で戦うこととなる。となれば、優先的に考えるべきは、いかに潜み、いかに発見されずに先に進むか、だ。暗殺者を相手にそれをするのは、些か困難といえたが、しかし、それでもやってやろうという決意が、皆の中にあったこともまた事実だ。
 かくして、意を決した仲間たちが、少女とともに一歩を踏み出す。安全地帯へ向けての、決死の潜伏行が始まろうとしていた。

●闇を駆け、行く
 『8人』。それはおおむねの場合において、ローレットが一つの依頼に派遣する基本的なエージェントの数に当たる。
 つまり、一つの依頼というものは、この8人がしっかりと己の役割を達成することで成功するものである、と、この仕事には8人の戦力が必要である、とローレットの情報屋などは判断して、イレギュラーズたちに情報を提供するわけだ。
 つまり、8人。今回の仕事にも、8人の戦力が必要である、と、これは確定的な情報である、といってもいい。
「けれど、護衛、しかも潜伏して進むというのならば、8人というのはむしろ過剰といってもいいと思う」
 と、『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)は、作戦相談の場でそう告げた。
 もともと、暗殺者の男を助けたい、というのは、誰ともなく『そうしたい』という意思のすり合わせがあった。明確に、男からは死の気配がした。きっと、生きて帰ってくるつもりはないのだろう。それは、何度も死地に赴いたイレギュラーズたちだからこそわかる、確信の様なものだった。
「だから、戦力を分けることに、一理あると思うわ」
「その分、仮に戦闘にはいれば、一人一人の負担はかなり重くなるといってもいいでしょう」
 『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)が言う。
「最悪の場合、重傷くらいは覚悟する必要がある。もちろん、そうやすやすと倒れてやるつもりはありませんが。
 その覚悟を、共有したいのです」
 そういって、仲間たちへ視線を巡らす。
「そのうえで――ボクは、彼を、助けたい。
 依頼の成否には、何ら関係ないとしても。
 彼が我儘を通したのなら、ボクも」
「だいじょうぶなの」
 『欠けない月』ピリア(p3p010939)が笑った。
「ピリアも、いっしょーけんめー、がんばるの!
 だから、みんなも、一緒にいっしょーけんめーがんばれば、きっと大丈夫なの!」
 ふふ、と笑うピリアに、『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は頷いた。
「そうだね。これは俺のわがままでもある。
 それに、気にするな……なんていわれて、そうですか、って気にせずにいられる程、残念ながら俺は割り切りが良くないんだよね。
 だから、『ちょっとした負担』くらいなんともないさ」
 おそらくは、彼らの戦いは厳しいものになるだろう。それを、『ちょっとした負担』と笑うくらいには、雲雀の決意は固い。
「……ですって、チェレンチィさん。みんな同じ気持ちよ。ラーナさんの護衛についてくれたみんなも」
 舞花のことばに、
「そうですね。ごめんなさい」
 チェレンチィは少しだけ嬉しそうわらうと、そう言った。
「では、行きましょう。
 あの人には、言いたいことがありますから。
 これを胸に抱えたままで、朝日を迎えたくない」
「そうなの! みんなでお日様に、おはようってしましょ!」
 ピリアの言葉に、皆はうなづいた。
 全員で朝を迎える。8人でも、9人でもない。10人で、だ。ならば今こそ、リスクをとってでも進むべきだった。
「言っては何だけれど、敵のただ中に突っ込むようなものよ。くれぐれも気をつけてね。
 覚悟があることと、警戒を怠らないことは違うから」
 舞花の言葉通りだ。警戒は怠ってはいけない。むしろ、こちらが2チームに分かれた分、警戒は密にすべきだろう。
「なるべく早めに、彼に追いつきたい」
 雲雀が言った。
「早速進もう。あまり時間もないだろうから」
 その言葉に、皆はうなづく。果たして、『四人』は、仲間達とはまったく反対の方角へ、脚を進めた。そこは、逃げるよりもより過酷な、戦いのただ中に違いないかった。

●二つの戦い
 ぎゅ、とラーナが手を握るのを、ペッカートは握り返してやった。
 敵が近くにいる。イレギュラーズたちが息をひそめたのを、ラーナもまた感じ取ったのだろう。
「やっちまうか?」
 小声でそういうのへ、みーおが頷いた。
「ここを抜けるなら、さけてはとおれないです、にゃ……」
 別に積極的に戦いに身を投じたいわけではないが、避けられない戦いというのも弁えてはいる。むしろ、ラーナの命を背負っている以上、自分の恐怖などは押さえておきたいという気持ちもあった。
「ペッカート、ラーナを庇ってあげて」
 セレナが言った。
「風牙、わたしたちで仕留めましょ。
 数の上では不利だけど、ラーナに攻撃がいくよりましだわ」
「オーケイ。たのむぜ、ペッカート。
 ラーナ、少しうるさくなるけど、目を閉じて待っていてくれ。そのまま寝ちゃってもいい。ペッカートがおぶってくれるから」
 優しく、そう言う。ペッカートは肩をすくめた。
「いまなら子守唄もつけるよ」
「至れり尽くせりだ。頼む。みーお、中間で、援護……どっちにも動けるようにしていてくれ」
 風牙の言葉に、みーおが頷いた。
「速攻だ。ファミリアー操作で疲れてるかもしれないが」
 と、風牙が言葉を紡ぐのへ、セレナはうなづく。
「問題なしよ。魔女は子供の期待を裏切らないの」
 笑う。今この瞬間は、正義の絵本の魔女だ。
「いくぜ、1,2,3!」
 たんっ、と風牙が飛び出した。奇襲攻撃。もしそうでなくても、個の暗殺者程度であれば、風牙の反応速度にはついてこれなかっただろう。
 風牙が、思いっきり敵の懐に飛び込んで、その手を突き出した。同時、どんっ、と音が鳴るかのような勢いで、気を爆発させる。不可視のそれが、お男を思いっきり吹き飛ばして、壁に叩きつけた。意識が吹っ飛ぶ。死んだかどうかは知らないが、しばらくは動くまい。
「てめぇ……!」
 のこるもう一人がそう叫ぶのへ、今度はセレナの攻撃が突き刺さった。セレナがその手を掲げると、小さな月が黒紫の光を放った。その光の圧力とでも言うべき力が、残る男の体をえぐらんばかりに押し付けた。ぐえ、と悲鳴を上げて、魔力的な打撃に耐えきれなかった男が意識を手放す。
「くそ! こっちだ! はやくこい!」
 三人目の男の判断は早い。大声をあげて、他の仲間に知らせるつもりだった。ならば、もう一刻の猶予もない。もとより加減などしてやるつもりはなかったが、これで加減などはできなくなった。セレナが視線を送ると、ペッカートは頷いた。ラーナを抱きかかえるようにペッカートが移動する。影から、影へ。みーおが追従して、手を振って頷いた。敵に、ラーナの位置を察知させるわけにはいかない。風牙が一気に近づくと、もう一度気を込めて、男へ叩きつけた。今度はすさまじい音が鳴った。加減する必要はない、と先ほども言ったか。
「仕留めた! すぐに動くぞ! 此処で派手な音がしたんだから、奴らはここに来る!」
 なるほど、逆に戦闘音を囮にできた、と前向きにとらえることもできるだろう。あとはスピード。即断即決。
「走るわ! ペッカート、ラーナをおぶって!」
 セレナの言葉に、ペッカートは頷いた。
「悪魔の背中に乗るのは高いぞ?」
「こんど、隠してたクッキーをあげる!」
 目を閉じながらラーナが言うのへ、ペッカートは笑った。
「楽しみにしておいてやる!
 みーお、後ろを頼む! 最悪、敵をひきつけろ!」
「わかっています、にゃ!」
 みーおが力強くうなづく。果たして一行は、そのまま走り出した。あちこちから足音が聞こえて、それは生きた心地のしないような気持を、ラーナに抱かせていた。

 遠方で派手な音が聞こえたのを、『男』は確認していた。とはいえ、あの位置ならば、教会からはさほど遠くはないな、とも思う。うまくやってくれるだろう。奴らならば。俺とは違うのだ。スカム(くそったれ)な、俺とは。
「馬鹿だな、お前は」
 と、目に前に相対する暗殺者が言う。組織でも、上位の暗殺者だった。勝てないだろうな、と男は思った。自分は、別に、凄腕の暗殺者なんてものじゃない。ただ、成り行きで人を殺しているだけのスカム(くず)だ。
「なんで裏切った。お前は凡庸だが、それ故に安定してたはずだ」
「お前に話してやる義理はない」
 男は言った。
「だが、正義に目覚めたとか、足を洗いたくなったとかじゃないってことだけは言っておくよ。
 俺の性根は、心底の屑だ。それだけは、自覚しないといけない」
「意味は分からんが」
 暗殺者が指を鳴らした。4人の暗殺者が、相次いで現れた。
「ここで死ぬことくらいはわかるだろう」
「そうだな」
 男はうなづいた。
「別に惜しいとは思っていない命だ。もう最後に、充分使った」
 構えた。斬りつけられた腕が痛んだ。とはいえ、それももう、感じなくなるだろう。
 あのラーナというガキは、と、男は思った。これから幸せになれるだろうか。今不幸のどん底に叩き落としたのは俺だから、なんとも気色のわるい思考だが、それでも、そう思わずにはいられなかった。
 しかし笑ってしまうのは、あのガキが、ラーナなんて名前だったことだった。それじゃあ本当に、あの、子供のころの幼馴染のようではないか。でも、俺の知っているラーナは、ドブ川で腐った眼をして空を見上げて死んでいた。今逃げているラーナは、キラキラした瞳で不安げに月を見上げていた……。
「センチメンタルだな」
 馬鹿々々しい。あとは死ぬだけなのだ。
「そうですね。でも、ボクは嫌いじゃない」
 そう、声が上がった。
 何かが飛んだ。
 ――飛ぶ宝石の、きらりと翻す翼から、目を離すことは敵わない。
「ローレットの」
 暗殺者が叫んだ。
「くそ、イレギュラーズか!? 増援に来たのか!?」
 それだけで、一斉に、暗殺者たちは動き出した。反応速度は、さすがに鍛えられているようだった。が、舞花には及ばない程度のそれであった。
「――シッ」
 鋭く呼気を吐く。同時に、刃を振り下ろす。斬撃。暗殺者のうち一人が、斬りつけられてたまらず飛びずさる。
「それにしても、質は兎も角随分と数が多い。
 仕留め損なったターゲットと裏切り者の始末にこれ程の人数を動員するなんて……闇ギルドというのは案外暇なのね」
 挑発するように、舞花が言う。
「向いてないわよ。廃業なさい」
 舞花が、再び踏み込んだ。一足飛び、接近、それからの、鋭い斬撃。暗殺者の一人が、その屍を血にさらした。
「馬鹿な」
 男が言う。
「何故、ここにいる」
「もう! めっ、なの!」
 ピリアが、ぷんぷんと声を上げた。
「おじさんも、めっ、だし、そっちのわるいひとも、めっ、なの!」
「どういうことだ」
 男が困惑するのへ、雲雀が続けた。
「人を助ける、生かすということは、人を殺すことよりよっぽど難しくて責任が伴うことだ。
 それは貴方の方が理解していると思う。

 それでも貴方は生かそうとした――なら、その責任を果たすべきだ。
 つまり――俺達は、貴方を助けに来た。それ以上でも、以下でもない」
 何度かの小競り合いの果てに、イレギュラーズたちも傷ついていたことを、男は気づいた。
 それでもなお、助けに来たのか、と、男は察した。
「何故だ? 俺は、ただの屑だ。チンピラだ。別に正義の心に目覚めたわけじゃないといっただろう。それは本当だ。
 俺の本質は変わっていない。あのドブ川で、ラーナの死体を見たときから、何もだ!」
「自分の都合で助けておいて、俺のことは気にするなですって?
 気に入りませんね。ええ、とても。
 自分なんてどうなってもいいみたいな態度。本当は誰だって死ぬのは怖くて、貴方だって最期は震えながら死ぬくせに」
 チェレンチィが、そう言った。暗殺者たちと、その手のナイフで切り結びながら、そう言葉を紡ぐ。
「ピリアもだれかを守るときにいっぱいがんばるけど、ひとりでがんばりすぎるのよくないの!
 ラーナちゃんは、しんぱいしてたの。
 おともだちのうまれかわり、っておもうなら、目の前からいなくならないであげてほしいの。
 いなくなるのは、さみしいの。
 だから、ちゃんとぶじにかえってあげて」
「あの子が貴方を心配していたので、丁度いいと思ったのは確かね。
 私は別に責任とは言わないけれど……あの子も一人でない方が寂しくないでしょう。
 貴方も今更な話、開けた転機に踏み出してみるのも悪くないと思うけれどもね。
 貴方、レールの上の人生がどうのこうのって言ってたけど。
 外れるなら、今よ」
 舞花が言った。
「あんた、名前は。
 呼ばれていた名前くらいあるだろ」
 チェレンチィが、そう言った。
 男は、
 ゆっくりと頷いた。
「バーンだ」
「意外と勢いのある名前だ」
 雲雀が笑った。
「罪を償えなんてそんな大層なことは言えないよ、俺も同業者だもの。
 俺も正直に言うと嫌いだよ? この仕事。
 貴方と同じで生きる為に選んだのがこれだっただけさ、そういう教育も受けてたし。
 ……でも、今は。俺は、俺として生きることで、きっと誰かを生かせるんだと思ってる。
 今、この瞬間も、そうだ」
「そうか」
 バーンは、笑った。イレギュラーズたちが、はじめて見た笑みだった。
「助けてくれ、お人よしども」
「まかせろ」
 チェレンチィが笑った。
 その胸の奥で、『彼』が笑ったような気がした。


「かくしてめでたしめでたしで。
 あのバーンって奴は聖職者のパシリでもやるのかね?
 ああ、まったく――綺麗な締めだ」
 ペッカートはそういう。
 教会の奥に、ラーナと、バーンが入っていくのが見えた。バーンは、どこかつきものが落ちたような顔をしている。
 依頼は完遂された。
 イレギュラーズたちは、たくさんの傷を代償にして、二人の命を救った。
 先にラーナが教会に送り届けられ、やがて残るメンバーが、決死の覚悟でバーンを送り届けたのだ。
「どうなるのかな、アイツら」
 風牙が言った。
「……いつか、ラーナが本当の事を知って。それからが、本当の、アイツの試練なのかもな」
「ラーナにとっても、きっとそう」
 セレナが頷いた。もう魔女は、手助けをできないのだろう。
「でも、きっと。きっと、大丈夫です、にゃ」
 みーおがそういった。
 それは祈りの様なものだった。
 もしかしたら、つらい別れが彼らに待っているかもしれなかったし、そうでないかもしれなかった。
 ただ、もし今夜命尽きていたならば、その可能性も、存在しなかったのだから。
 イレギュラーズたちが行ったことは、正しかったのだろう。
「おじさんも、ラーナも、どうかおしあわせになの」
 ピリアがそういった。
 幸せになるべきだ、と思った。
 スカム(くそみたい)な夜は終わって。日は昇ったのだから。

成否

成功

MVP

ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)
極夜

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 彼らは、新しい人生を歩んでいくのでしょう。
 きっと、悪いことにはならないはずです。
 皆さんが紡いだ、可能性なのですから。

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