シナリオ詳細
<信なる凱旋>天の威光よ、遍く人を導きたまえ
オープニング
力無き私達に天主は恵みをくださった。
辱くも天主の似姿を授かった私達はその貌を穢すことなど耐えられぬ。
顔の上げられぬ私に天主はまた恵みをくださった。
そうして何物にも代えがたき恩に報いるため、私達は罪と共に貌を隠す。
与えられた使命を運命と思い、御身の意向を布きましょう。
――――『聖別経典』熾天の告解
●
聖都『フォン・ルーベング』、その一角には高くそびえる美しき時計塔が存在する。
その街区に訪れればどこからでも見える白亜の時計塔は街のシンボルであった。
「綺麗な町だね――だからこそ、こんなものを築くだなんて度し難い」
頂には時を告げる鐘、それを吊るす天井に影が差した。
それは美しき白の翼を以って舞い降りし天の御使い。
貌の無き天使、天主の意向に沿う者。
「……多いな、そんなにも天を衝くこれが立派かな? 厚顔無恥にも時さえも統べるのだと吼える時計塔が」
眼下に見えるは穏やかな街並み。
美しい『正しき』の為に生きる人々の営みの景色。
時計塔の周囲には人々の足が絶えない。
まるで蟻のように足元をうろつく有様である。
ふと気づけば数人がこちらを見上げている。
それは気配を感じ取ったのか、あるいは影でも見たのか――はたまた、ただ鐘の存在に視線を映したか。
「セラフィム様。そろそろ始めないかしら」
極まって目立つ金色の髪を揺らして、修道女が問いかける。
「そうだね――始めようか。蒼の騎士様は?」
「もうご到着よ。むしろ座天の子らを連れてきても良かったのかしら?」
修道女が首をかしげれば、メリッサは微かに空に顔を上げた。
影すらつかぬ遥かなる空には貌のない天使たちと蒼き天馬が時を待っている。
「あの子達は無貌の天使の中でも天主様の目の代わりを為す者だ。
座天の瞳に敵うならば、天主の御座にふさわしい。刻印を刻むに足るだろうからね」
「あらあら、セラフィム様はお優しいのね?
最後通告、頷かねば殺すその瞬間まで、多くの子に救いを与える気なのかしら?
あのお方は刻印なき者に死をと仰せのはずだけれど」
「――もちろん。私達は無貌の天使、天主様の先兵だ。
あの方が天義に死を振りまくと仰せならば、その為の道標を作らなくてはならない。
――死を運ぶのも天使の仕事だからね」
そうだ。神の祝福を与えるのも、神を受け入れぬ者をに罰を与えるのも、全て天使の仕事なのだから。
メリッサは再び視線を下ろす。
神をも畏れぬ時計塔、その下に集う無垢なる子らに神の意向を説くために。
●
剣が払われる、黒炎が迫る。
友人が、代わってそれを受け止める――私の手で、友人が傷ついた。
あれは間違いなく、私だった。
髪の色が同じだけ、私の本名を名乗っていただけ。
剣の挙動が私と同じだっただけ――そう言われればその通りだ。
あれは私に似ていて、ただそれだけの存在。
そうだと分かっていても、それで納得していても。
シンシアの胸の中には、もやもやとした感情が残っていた。
――あれは、有り得た私。
その『もしも』がどういうものなのか、何となく察してしまえた。
きっと、あの私は今ここにいる私なんかよりも、もっともっと過酷な過去を歩んでるのだろう、と。
「……もしかして、私は」
ぽつりと、その感情を言葉に出来そうな気がして、シンシアは声を漏らす。
けれど、その感情はどこまでも失礼な気がして、シンシアは声に漏らすことが出来なかった。
●
「あらあら、流石に聖都だけあってご到着が早い事ね」
極まって目立つ金色の髪をした修道女が笑っている。
イレギュラーズが貌のない天使と修道女の出現に早期に対応できたのは間違いなくそれもあったと言える。
ある情報屋が時計塔を見上げ、そこに無貌の天使の影を見たと通報してきてからすぐ、イレギュラーズはここに訪れていた。
周囲には未だ人々も多く、巡礼者やら観光客の姿も見えようか。
ある者は怯え、ある者は逃げまどい、ある者は呆然とその場に立ち尽くしている。
「てめえは俺の獲物だ、逃がすわけねえだろうが」
啖呵を切るグドルフ・ボイデル(p3p000694)がいえば、くすくすと余裕たっぷりに修道女は笑った。
「シスター」
それを制したのは黒炎を纏う貌のない天使。
「無貌の天使セラフィム……メリッサ。シンシアさんのあったかもしれない姿」
小金井・正純(p3p008000)の言葉に貌のない天使がこちらを向いた。
「……あぁ、彼女も来たんだ」
その視線の先には、シンシア(p3n000249)の姿があるのだろう。
「何をしに来たのさ」
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が愛刀に手を置きながら問えばメリッサが静かにシキと向き合った。
「君達も聞いてるはずだよね。
白き騎士は勝利をもたらし、赤き騎士は人々を焔へと変え戦を引き起す。
黒き騎士は地に芽吹いた命を神の国へ誘い――そして」
メリッサは淡々と天義に齎された新たなる神託を告げる。
「――蒼き騎士は選ばれぬものを根絶やしにする、と」
刹那、時計塔が白く飛び、馬の嘶きが響いた。
「――上です!」
空を見上げた日車・迅(p3p007500)がそう叫び。
「……蒼い、馬?」
続く笹木 花丸(p3p008689)も空を見上げ、小さく呟いた。
「私達は無貌の天使、天主様の先兵。
あの方は私達に仰った、刻印を持たぬものには死を与えよと――なら、それを為すだけだ。
天主の手を煩わせぬよう、その意を為すことが天使の役割なのだから」
アメジスト色の髪をした無貌の天使は黒炎と共に静かに語る。
「――地の子らよ、最終通告だ。
天の威光を見よ、その座の一端を拝する幸運を享受するといい」
降り立つは痩せぎすの蒼き天馬に跨る青き騎士と、無貌の天使たち。
特に日輪の如き輪を描く無数の瞳を背負う貌の無い天使達は初めて見る個体だ。
- <信なる凱旋>天の威光よ、遍く人を導きたまえ完了
- GM名春野紅葉
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年09月24日 23時25分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●天の意向
目の前にいる三枚一対の翼の貌無き天使が怖かった。
『それが私だからこそ』その選択を取る状況が理解できるから、怖かった。
私だったら、そう選択できるかもわからないけど、取るしかない状況だったんだろうと想像できるのが怖かった。
「……シキさん?」
「あは」
シンシア(p3n000249)の手を取った『発展途上の娘』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はぎこちなく笑って。
「もう子供じゃないことくらいわかっているはずなんだけど、どうしてもほっとけなくてさ」
だって、目の前の少女の手は震えていた。
それがどういう感情なのかは分からなくても、シキはその手を取らないではいられなかった。
ぎこちなくシンシアが短く「ありがとう、ございます」とそう微笑んだ。
その声はまだ、普段通りとは言えないだろう。それでも手の震えだけは止まっていて。
「助けが欲しい時は、絶対呼んでね」
シキはそう言って続けるのだ。
目を瞠ったシンシアが少しだけ笑みをこぼしたのを見て、シキも安堵するように笑みをこぼす。
「……確かに人の手では零れ落ちてしまう物もあるかもしれない。
――けど、それでもっ! 私は、こう言わせてもらうよ。『そんなのはお断りだって』!」
静かに『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)は敵の宣言を突っぱねてみせる。
「ねぇ、シンシアさん。やれる?」
そのまま視線を巡らせた先、少女の手の震えは、止まっているように見える。
「目の前のあの人は確かにシンシアさんのもしもの可能性なのかもしれないけど、今は出来ることを精一杯……だよ!
此処には守るべき人達が大勢いるんだから」
「……そう、ですね」
「それでも何か、もやもやしてるものがあるのならいつでも頼ってね。
友達って、そういう物でしょ? ――それじゃ、行くよっ!」
「ありがとうございます――はい、行きましょう!」
こくりと頷いたシンシアが、迷いを振り払うように剣を抜いた。
「――それに、いつまでも恐れていても意味なんてないですよね」
小さく呟いていた言葉は、聞こえないふりをしておこう。
「シンシアさん。未来に思いを馳せるのは子供の特権です。それは、誰にも止められるものでは無い」
合わせて、『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)もまた少女へと声をかけるものだ。
「特権、ですか?」
不思議そうに目を瞬かせた少女へと頷いて見せてから、正純は真剣なままに、静かにその目と視線を交えた。
「でも、自分じゃない自分と今の自分を比較して、己を卑下するのはしちゃだめです」
「……それは」
言い淀むようにシンシアが視線を外す。
正純はその反応にシンシアへともう一歩近づいて。
「貴方は貴方。私がよく知る貴方だから、私はここで貴方の傍で、戦っているのだから。
もしもの貴方とあの青騎士は、私が、私たちで倒しましょう」
「私は、私……そう、ですね。そう、私は――」
何かを言い淀むようにして、視線をあげた。
「んむー、最終通告とかなんかむかつく!」
そう声をあげたのは『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)である。
「天がどうの地がどうのでこっち馬鹿にしてるけど、
命が生まれる大地と、それを育てる天の光があってどっちが上も正しいとかないんだ。
それに、あたしは幸福なんて自分で掴み取るんだから!」
フランは胸を張ってそう告げると、シンシアの方を見た。
「ねっ、シンシアさん! よろしくね! あたしはフラン! 友達の友達なら、シンシアさんは今から友達!」
そう言って手を取って笑いかければ、少しばかり驚いた様子を見せたシンシアが嬉しそうに笑みを作る。
「だから、いこ、シンシアさん! あたしが支えるから大丈夫!」
「ありがとうございます、フランさん」
そう言って、シンシアが深く呼吸を残す。
「シンシア殿。話したいことがあれば、お聞きしますよ。
僕はあんまりそういうのは得意ではないですが、僕じゃなくても花丸殿や正純殿もいますしね」
同じように『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)もまたそう声をかけた。
「メリッサの悩みや苦しみはメリッサのもの。
シンシア殿の悩みや苦しみはシンシア殿のもの。
ただ分かれ道でどちらへ進むか選んだだけで、優劣はありません。
僕は今ここにいるシンシア殿の味方ですので、シンシア殿だけ見て、応援いたします!」
重ねて、迅がそう言ってやれば、シンシアは少し驚いた様子を見せて。
「……そう、ですね。私だけの、ものですよね」
小さく呟いた声は何か腹をくくったような気がした。
「それから……メリッサ。あったかもしれない別のシンシア殿。
君がどのような人生を歩み、如何なる考えで今剣を振るうのか、僕には分かりませんが。
かわいいシンシア殿を狙った君の望む通りには、決してさせません」
ぐっと拳を握る迅は眼前の無貌の天使へと視線を向けた。
「――そう。私も、自分から言いたいような経歴でもないよ」
静かに答えた遂行者の声は何かへの怒りのようなものを帯びていた。
「勝手に与えられる幸福なんかいらんねん。幸せっちゅうのはな、自分でつかみ取るもんや!
お前らの押しつけがましい幸せなんてこっちから願い下げじゃ! 馬鹿ーー!!
啖呵を切ってみせたのは『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)である。
激情を露わに叫ぶ彩陽はハッと我に返ると、小さく首を振って。
(冷静でいよう。冷静で……抑えて抑えて戦闘しような自分……!)
深く、深呼吸を繰り返す。
「予言の騎士とは大仰なことだね。
君たちの騙る歴史に興味はあれど……私が真に知りたいのは、私の立つ『今』に繋がる歴史なのさ。
学者の端くれとしても冒険者としても、君たちに好き勝手されるのは困るんだよねぇ」
「歴史を騙るとは、随分な話だね。それはこれまでの勝者の余裕と受け取ればいいかな?」
銃を抜きながら『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が言えば、メリッサが静かに声をあげる。
「歴史とは常に勝者の紡ぐ物語だよ」
「否定はしない。受け入れがたい話だけどね」
ゼフィラが続ければ、そうメリッサの返答が続いた。
「あれがアドラステイアの実験が実を結んだもしも、なのね。
顔のない天使、辛うじて神だけが個性だとでも?
これがあの都市の最終形だとしたら、シンシアがああならなかったのは幸いね」
「個性なんていらない。私達は神の先兵――兵士は軍を作る部品、そこに個性は不要だよ」
そう呟いたロレイン(p3p006293)に対して、メリッサは静かな答えを残す。
「人の縄張りで散々暴れ散らかしやがって……
いよいよ、心の広すぎるおれさまも我慢が効かなくなってきた所だぜ。
もう火遊びじゃあ済まねえぞ」
ぎらりと睨んで見せた『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)に修道女はくすくすと笑みを浮かべ、その後ろの無貌の天使は無言を貫く。
「山賊さんったら、そんなにこの国の事が好きなのかしら?」
「ハァ? 何言ってやがる。おれさまが気に喰わねえのは、テメェだよ!」
「あらあら」
たおやかに、楽しそうに修道女は笑うばかり。
(敵は僕たちが引き受けます!皆さんは避難に専念してください!)
状況を整理した『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)はファミリアーを飛ばして市民たちへと声をかけておく。
ちらりと視線を向けた先では、イレギュラーズの言葉を受けていた貌の無い天使が立っている。
(アドラステイアの影が、いよいよ実態を伴って僕らの前に立ちはだかったというところだね)
アメジストの髪を流しながら、彼女は何を思い、どんな表情を浮かべているのかはさっぱり分からない。
「しかし……幸福は自らつかみ取るものだ、か。
努力をすれば自ら掴みとれるというのなら、それは傲慢だよ。
君達は強いからそれを望めるんだろうけど、誰もが君達と同じぐらいに強いわけじゃない」
そう答えたメリッサの声は何かを思い起こしたように昏く、苛立ちに影響されたように大剣へ黒炎を纏う。
それが開戦を告げる狼煙だった。
●
「天主の御使い、預言の騎士が何するものぞ。
我らがいる限りそのような世迷言、何一つ成就などいたしませんとも。
全部まとめてこの拳(きば)で打ち砕いてみせましょう!」
圧倒的な速度で迅が飛び出した。
黒衣を纏う神聖なる獣は戦場を貫くように駆け抜ける。
一手を失えども、圧倒的な手数を有す迅にはさほどの問題にもならない。
飛び込んだままに打ち込んだ拳はより速く、鋭く、強く。蒼き騎士へと走り抜ける。
「――パンドラの犬め!」
禍々しいオーラを纏う槍を携える騎士が叫ぶ。
咄嗟の守りなど狼牙の前に意味があろうか。
「――全員、足止めしてやらぁ!」
彩陽は弓を構えた。
剔地夕星、地を剔り、宵の星さえも剔れと祈りの込められた愛弓。
射線はやや空へ。深呼吸して、矢を番えた。
それは天に輝く最も明るい星をも穿つ祈りの矢。
燃え滾るような怒りを矢に籠め、渾身の力で引き絞った。
天を衝く矢が空の果てにまで伸びていく。
きらりと陽射しを反射させて降り注ぐ無数の鏃が戦場へと降り注いでいく。
「ちぃ、目障りだ!」
その中心で蒼き騎士が舌を打った。
「今を否定して、あったかもしれないモノのために人々を選別し、従わぬものを処断する。
どんな理由があろうとも、思うようにならないものを否定し、壊そうとするのは傲慢で、我儘でしょう。
その我儘、叱りつけて止めてさしあげます」
弓を取る正純はその言葉と共に矢を放つ。
放つ弾丸が青き騎士を撃ち抜き、混沌の泥を撃ち込めば、その動きは更に鈍く変わる。
「これがただの傲慢で、我儘だとしても。
叱責されるべきことだとしても――私達は止まるわけにはいかないんだ。
天主の御旗の下に、私達は先兵として生まれたのだから」
メリッサから返ってきた答えにはどこか『もうそれしかない』のだという縋るような声がある。
「シンシアさん、前と同じようにエンジェルの対応をお願い」
視界に絶えずメリッサを収め、花丸はシンシアの隣に立ってそう声をかけながら拳に闘志を纏う。
「今は出来ることを精一杯、ですよね」
シンシアが言う言葉に頷いて、黒衣と共に新調した黒地のグローブに溢れる闘気を集約させ、花丸は渾身の拳打を撃ちだした。
神聖を纏う拳打は真っすぐに戦場を駆け抜け、身動きを封じ込まれた蒼き騎士を撃ち抜いた。
「民衆を狙うのはいただけないよね」
シキは瑞刀を一閃する。
咆哮を立てる神獣の顎が青き騎士へと駆け抜ける。
対応せんとした青騎士が振り払わんと槍を薙ぐが、神獣の顎はそれごと青騎士の身体を呑みこんだ。
「ぐぅ――ふざけた技を!」
ぐるりと槍を振り回した青騎士は顔を上げる。
「なるほど……でもその戦術は前に見た。なら青騎士様にとって面倒なのは――そこだ」
小さくメリッサが言って禍々しい大剣に黒炎を纏う。
凄まじい速度で飛び出したメリッサは迅へと肉薄する。
振り抜かれた剣を躱そうとした迅を追いかけるように剣身の炎が伸びる。
空に鮮やかな光が放たれた。
「目を奪われるな! 私の知るこの国の人々は、決して『選ばれぬ者』であるはずがない。
魔種の騒乱を乗り越え、今まさに新たに歩みだそうという君たちが間違いであるわけがないだろう!」
それはゼフィラの魔獣が照らす輝き。
「なら、あの予言の騎士とやらが本物であるはずもなし。
安心して見ていると良い。私達があれを打ち払ってみせるさ」
そうして、ゼフィラは高らかにそう宣言する。
「そうか、ならあの日、選ばれなかった私達はこの国の民じゃなかったってことだね。
――なら猶のこと。彼らを殺すことに一切の躊躇なんていらないわけだ」
静かにメリッサが告げた刹那、戦場に高密度の魔力が溢れ出す。
「――天の威光あれ」
続け、そう声があった。
次の瞬間、スローンズの方から戦場を直線に焼き付ける砲撃が駆け抜けていく。
「くっ――少しでも離れてくれ! 余裕のあるものは、逃げ遅れた人の事も頼んだよ!」
ゼフィラはすぐさま愛銃に籠めた魔弾を迅に向け撃ち込んだ。
放たれた魔弾は炸裂と共に熾天の天輪を以って彼を包み込む。
穏やかな光が受けたばかりの傷を癒していく。
「騎士といいつつ人形じみたモンスター、せめて騎士なら、名乗りくらいあげなさい」
静かに青騎士へと銃口を向けたロレインは一気に引き金を弾いた。
壮絶極まる絶凍の魔弾が戦場を迸る。
「ふん、貴様らに名乗る名など、ない!」
その行きつく果てに、蒼き騎士はそう言って笑った。
グドルフは腕を回して準備を整え、その勢いのままに斧を振り下ろす。
優れた斬撃は衝撃波を生み、その衝撃が修道女の身体を打ち据え――答えるように修道女が飛び込んでくる。
「ズイブン熱烈な歓迎の仕方じゃねえか、おれさまに惚れちまったかあ?」
振り抜かれた大剣を山刀で何とか逸らすままにグドルフは女に向けて笑ってみせた。
「まぁ、そういう貴方も他の方に目もくれず私に打ち込んでこられたでしょう?」
「しつこいオンナはシュミじゃないんだがねェ!」
対するグドルフはそう答えると共に斧を振り下ろす。
「山賊さんはいけずな方ね!」
笑って答えた修道女の斬撃を受け流しながら、グドルフは彼女の動きを抑え込むように体勢を立て直す。
そこへシンシアがやや遅れて剣から光を放ち、エンジェルたちを焼きつけて誘導していく。
「ここは食い止めるから今の内に逃げて! ルートは仲間の鳥さんが教えてくれるから大丈夫!」
続け、フランは民衆へとそう声をかけながら、芽吹きの種を仲間へと差し出して置く。
「これでガス欠なんて気にしなくて大丈夫! フルスロットルでやっちゃおう!」
ついでにそう応援の言葉を残してから、フランはまたシンシアの方をみた。
「シンシアさんも、頑張ろう!」
眩く輝く加護をシンシアへと降ろしてそう言えば、シンシアからお礼を言われたのだった。
(『青騎士』――アレは明確に僕らへ、この世界へと滅びを齎す存在。絶対に、討ち果たす)
マルクは仲間達の動きがひと段落するそのタイミングを待っていた。
「僕たちはお前達の齎す滅びを、『天の威光』を否定する! これは、そのための一撃だ!」
全身全霊の魔力を籠めたブラウベルクの剣、蒼穹を望む閃光の斬撃。
魔力で構築された剣は鮮やかな眩く光の尾を引いて軌跡を描く。
優れた斬撃は確かに青騎士の身体に傷を立てた。
●
激闘は続いている。
青騎士が最も効率的に動けるように駆け巡るメリッサやスローンズの攻撃により、イレギュラーズの戦列は乱されつつあった。
最初こそ迅を狙ったメリッサは、迅が思いのほか堅かったことを受け、直ぐに狙いを改めている。
「負けられへん、お前らにだけは負けてたまるかぁ!」
彩陽は迫りくるメリッサめがけて矢を構えた。
黒い炎を纏う斬撃が自らの身体を切り刻む――けれど、体の痛みなぞ気にすることではない。
その表情に普段のへらへらとした笑みは既にない。
怒りのままに放った矢は、真っすぐに青騎士を狙う。
「そう簡単には死なへんからなぁ!」
「それは立派だね、簡単に死ねるのなら私は死にたかったよ」
肩で息をしながらも啖呵を切ってみせれば、貌の無い天使は何を思うのか小さな呟きを漏らす。
(さきほどから彼女の言葉を聞いていると……まるでまだ子供のように見える)
矢を番える正純はふとそんな感想を抱いた。
「――なら、なおのこと。私は貴女を叱りましょう」
それが大人の役目だから――放つ魔弾は夜を引いて青騎士を撃ち抜いた。
その直後に放った魔弾はたしかに防御体勢を取り損ねた青騎士を強かに撃ち抜いた。
「……花丸さん」
花丸はシンシアからそう声を掛けられた。
シンシアに釣られて迫ってくるエンジェルの攻撃はその余波を幾つか花丸にも帯びていた。
「今はまだ、いけますから。あの青騎士のことをおねがいします」
「大丈夫?」
念のために聞いてみれば、シンシアがこくりと頷いた。
「それに多分――花丸さんが傍にいてくれる限り、彼女は私を狙いません」
シンシアからの言葉を聞いて、花丸はこくりと頷いた。
メリッサの動きはどこまでも効率的だ。
隙を見せればきっと、シンシアを狙うことも視野に入れるのだろう。
しかし花丸の守りがある限りはそれはない。
青騎士が烙印の無い人々を機械的に殺していくものと同じように。
メリッサも『天主の意向』のための最も効率のいい動きをしようとしているのだと、理解しつつあった。
「それじゃあ、お願い!」
拳を作り直して、花丸は闘志を拳に集めていく。
振り抜いた渾身の拳は真っすぐに撃ち抜かれ、戦場を行く。
「シンシアも……皆も、傷だらけ。あまり時間を掛ける訳にも行かないさな」
シキはその様子を見て、再び刀身に闘志を纏う。
深呼吸すると共に集中すれば、青騎士の方を見る。
その身体は傷だらけで、連撃が黒騎士を追い詰めているのは確かだった。
振り抜く剣にこめる闘志は常にその時の全力だ。
ゆらゆらと揺らめく闘志が刀身を呑みこむころ、シキは再び斬撃を放つ。
走り抜ける瑞兆の獣の顎が青き騎士をまたも呑みこんだ。
「私達は、天主の意向の為にある。
最も効率よく、淡々と――その邪魔になる者全てを退ける者だ」
天へと剣を掲げたメリッサが静かにそう呟いた。
空に浮かぶは漆黒の炎で出来た天輪から無数の炎が槍となって降り注ぐ。
それは中心にいた1人からパンドラの光を生み出し、周囲のイレギュラーズにも傷を増やす。
「言っただろう、好きにはさせないと」
ゼフィラはその瞬間には愛銃に魔弾を籠めていた。
集束させた魔力の限りを弾丸に込め、撃ち込んだ弾丸が大地に陣を描く。
眩い輝きは戦場を照らし、天へと昇る柱となる。
やがて、それに導かれるように周囲へと温かな慈愛の息吹が吹き付ける。
優しい光と癒しの風が一息を吐く余裕を作り出す。
(……とはいえ、このままだと拙いのは事実だ)
押し切るか、押し切られるか。
危ういライン上の攻防に他ならない。
「あれが最高傑作ね……天使っていうのは、慈母の如き笑みを浮かべているものだけど、あれには顔がないわね」
銃口を向けた先、ロレインは静かにメリッサを見やる。
「だとしたら、私と貴女の思い浮かべる天使とは別物だ。天使とは、神の手脚となってその意向を為す者である。
神が人を滅ぼせと仰せなら滅ぼすまで――それとも、その時まで笑みを浮かべた方が良かったのかな」
静かに、淡々とそうメリッサは語った。
「誇りなさいシンシア、貴女の選択は正しかった。あんな天使になるなら、逃げた方が人間らしい」
ロレインはメリッサから視線を外してそう言えば、そのまま引き金を弾いた。
絶凍の輝きを秘めた魔弾が戦場を貫通して走り出す。
壮絶なる魔神の弾丸は青騎士の身体を焼きつける。
「もしも僕らがアドラステイアに介入しなければ、『聖別』によって生まれていたであろう存在。
それがメリッサ、と言うことか」
マルクは改めてメリッサを見る。
「そうその通り。君達が介入しなければ、彼女が選んでいたはずの選択肢。それが私だよ」
静かに語るメリッサがシンシアに目をやったのを感じ取る。
アドラステイアは終焉獣を生み出すための箱舟であった――即ち、『メリッサ』もまた、終焉獣の亜種ともいえるのだろうと。
その上でシンシアと見比べると髪の色や剣に散りばめられたアメジストの宝石辺りにその面影が残る。
少しばかり大人びたようにも見える理由までは定かではないが。
マルクはその推測を横に置いて、青騎士の方へと踏み込んだ。
再度放つブラウベルクの剣が真っすぐに伸びて青騎士の身体を貫いた。
「だ、大丈夫ですか?」
フランはシンシアから心配そうに声をかけられていた。
「へへん! あたしなら大丈夫!」
そう胸を張って言うも、実際厳しいところがないとは言えない。
誰か1人は庇えても、それ以外のところへ攻撃が放たれることが幾度もあった。
その分の傷は着実に増えている。
ぎゅっと握り締めた愛杖に魔力を注ぎ込み、フランは空に祈りを捧ぐ。
それに答えるように、天より降り注ぐ温かな光が戦場を優しく包み込んだ。
「塵も積もれば山となり、雨垂れも岩を穿つもの。この体が動く限り最後まで拳を振るい続けます!」
迅は再び拳を握り締めた。
数多の傷を受けて黒い靄のようなものを零す蒼き騎士へ向けて、身を低くして飛び込んだ。
身体のリミッターを強制的に外すや、速度は更に速く。
極まった拳の嵐撃は翼を得た虎のように。
音速を越えた拳打が空を奔る。
打ち出された拳の1つは致命的な隙を掻い潜り避けられぬ痛撃となって撃ち込まれた。
「がはっ――おのれ!」
天馬から転げ落ちた青騎士が目を血走らせながら舌を打つ。
「そろそろご退場頂きましょうか!」
その勢いのままに、迅は追撃の拳を撃ちだしていく。
乱打は獲物を狩る獣の如き執念と共に突き刺さる。
「燃費は最悪ですが――まだやれますよ!」
全霊の乱撃は再び青騎士の身体を空へと打ち上げた。
「おい、遂行者よ! 戻ってこい! 俺を庇え!」
大地へ叩きつけられた青騎士が叫ぶ。
「させるかぁ!」
追撃となる彩陽の矢が空を撃つ。
天をも撃ち抜く矢は青騎士へと深く、深く吸い込まれていく。
無数に撃ち込まれた弾丸が確かに身体を穿ち、その動きを封じ込める。
穿たれた身体からは黒い靄が多数の線を引いて天へと還っていった。
その頃、グドルフと修道女の戦いも続いていた。
「もうそろそろ死んでくれてもいいのよ?」
表情を険しくして、修道女が視線を向けてくる。
「焦ってんな? そりゃそうだよなあ、こんなにしぶてえとは思わなかっただろ。
余裕ぶっこいてた奴の焦った顔を拝むのは、最高に気分が良いぜえ!」
身体中に浮かぶ傷、流れ出た血を拭ってグドルフは笑う。
「は――その死に体で良くもまぁ吼える賊だこと。良いでしょう、そのまま本当に殺してやるわ!」
修道女が表情を引きつらせながら笑った。
それはお互いにただの虚勢に違いない。グドルフはそれでも笑ってみせる。
命あってものぐさだ――だが、目の前の女にこれ以上舐めた真似はさせられない。
にやりと笑って、力強く、斧を振り上げて撃ち込んでいく。
●
ゼフィラが再び天上より治癒の光を放つ頃、蒼き騎士は致命的なまでの傷に自壊を遂げていく。
「さて、どうやら君の負けのようだ」
「そうだね」
視線をあげて、メリッサへと告げれば、そこに立つ遂行者は静かに肯定する。
「教育で考える力を奪い、断罪で罪悪感に慣らし、人間性さえ失い、最後に顔まで無くす。
人のする所業とは思えないわ。そんなもので何を得られると?」
ロレインは再び銃を構えたままにそう問うた。
「人間性を失い、貌を隠してでも手に入れなければならなかった――それだけだよ。
人のする所業とは思えない? ――それは良かった。私達は人間でいることに耐えられなかったのだから」
メリッサからの返答は静かなものだった。
そのまま彼女は視線を巡らせ、修道女の方を向いた。
「……シスター」
その声が修道女に届いているとは到底思えない。
「てめえのせいで一張羅の毛皮がズタボロだ。
仕方ねえ、代わりにその羽一本残らず毟り取って、羽毛の服でも作るとするかよ。
山賊に二言はねえぜ──覚悟しろよ、クソ女ァ!!」
そう叫んだグドルフは激情を滾らせ、一閃を振り下ろす。
「はっ! 山賊には私の羽根は勿体ないわ!」
返すように剣を振るう修道女。
振り下ろした斧が金属音を立てて打ち合い、大剣が天に打ち上げられる。
その刹那をグドルフの追撃の振り下ろしが一閃する。
「――ッぁ!?」
袈裟に振り下ろされた斬撃、修道女の身体から黒い靄が溢れ出す。
「……はぁ、仕方ないか」
その様子にメリッサが小さく溜め息を吐いて、黒い炎をグドルフめがけて撃ち込んだ。
はっと我に返った様子を見せた修道女が顔を上げる。
「退くよ、シスター」
「――えぇ、分かったわ。でも、もう少しだけ良いかしら? 殿は必要よね」
「……分かった。ラッパを鳴らせ、エンジェル。
――スローンズ、アークエンジェル。
撤退だ。青騎士様を失ったことは天主様に申し開きも出来ないけど」
「顔を見せてもらっても?」
マルクは一気に修道女へと肉薄していた。
「別に隠してないし好きに見ればいいけど……まじまじと女の顔を見る者ではないわよ、魔術師さん。
それとも、また惚れられてしまったかしら!」
「冗談を――」
振り抜いた一閃が眩い輝きを放ちながら修道女の剣と触れあう。
炸裂の瞬間、マルクはブラウベルクの剣を敢えて暴走させた。
炸裂する魔力の塊はそれその物が暴威にほかならぬ。
「やるじゃない、魔術師さん! で、どう? 得られた物はあるかしら!」
修道女はそれを正面から打ち返すように斬り開いてくる。
「少なくとも、見たことは無いね」
「――でしょうね」
短く笑ったままに修道女が剣を払う。
「今度会ったらその顔に変なラクガキしてやるんだから! べーっだ!」
そう声をあげたフランをメリッサがちらりと一瞥したように見えた。
「――この貌は神からの賜ったものだ。流石に穢されるわけにはいかない」
そんな声を聞きながら、フランは仲間を癒すべく術式を展開する。
「メリッサとシンシアさんの関係なんて知らない。
でもあたしは、この戦いの中で色んな表情したシンシアさんの方がずーっと素敵だって思うもん、絶対貴女には負けない!」
真っすぐに、メリッサのつるりとした顔を見据えて宣言すれば、メリッサは何かを思うように沈黙のままフランを見下ろしているように思えた。
「……私も君達には負けられないんだ」
長い沈黙の後、そう告げたメリッサは、そのまま無貌の天使たちを連れてどこかへと消えていく。
フランは警戒をそのままに再び魔力を注ぎ込む。
戦いは、まだ終わっていない。
修道女とのギリギリの攻防を続けてきたグドルフへと、優しい光が包み込む。
「せめて、貴女だけでもここで倒す!」
花丸は一気に肉薄する。
握りしめた拳に纏う聖光は神威を為す最優の攻勢防御。
余力の限りを注ぎ込んで撃ちだした拳に対応せんと剣を構えた修道女の腹部へと、拳がめり込んだ。
「――ッ、やってくれたわね」
「ここからは私も攻撃に回れそうだ」
たたらを踏んだ刹那に続くのはゼフィラである。
義手に魔力を集束させながら、修道女の前へと走り込む。
魔力は義手を包み込み、美しい輝きを引く。
燐光を引きながら踏み込むまま、ゼフィラは揺蕩う魔力を一点に集約させ、修道女めがけて叩きつけた。
「修道女、貴女もアドラステイアの民だったのかしら?」
ライフルから拳銃に変質した魔銃を手に、ロレインは修道女へと問いかけた。
「いいえ? 私はただのしがない修道女よ。
ほら、愚かな人々は天の御使いを前に委縮してしまう子だっているでしょう」
「なるほど、貴女は表に立って交渉に立つ立場ということね」
凄まじい速度で放たれた無数の魔弾は炎の欠片となってその全てが修道女の身体を焼きつけていく。
「グドルフ、お待たせしました!」
続くままにシキは飛び込んでいく。
その手には宵闇の刀あり。
美しき闇色の刀身を、温かな光が包み込む。
(このタイミング――!)
修道女の連撃が途切れた一瞬、踏み込むままにその軌跡は残像を引いていく。
「――どいつもこいつも!」
やっと対応せんとした修道女が剣を構える。
「見えた!」
それは彼女が守るために剣を盾のように構えた刹那。
その動きに合わせて振るう斬撃は神威を為す一閃。
美しくも壮絶なる輝きを残した斬撃は死角から真っすぐに修道女を貫いた。
「かはっ――くぅ……ですが、もうそろそろ良いでしょう」
貫かれて風穴の開いた腹部を抑え、修道女が舞い上がる。
全身から零れる黒い靄は彼女の重傷を示している。
しかし、イレギュラーズには撤退する彼女を追う余力は残されていなかった。
青騎士の撃破までにメリッサとスローンズから受けた攻撃の蓄積は重い。
●
「……花丸さん、シキさん、迅さん――皆さん。少し、良いですか?」
全ての終わった戦場で、逃亡した有り得た自分が飛び去った方角を見つめて少女が小さく呟いた。
「シンシアさん?」
すぐ傍にいた花丸は一息を吐くと、その声に首を傾げた。
「ええ、もちろんですとも」
迅が頷けば、それに続くように他の面々が頷き。
「言ったでしょ? 頼ってって!」
花丸がそう続ければ、安堵したようにシンシアは表情を綻ばせ、深く息を吐く。
「……私は、彼女が怖いんです」
しばらく後、シンシアは言葉を選ぶようにして口を開き始めた。
「……私が、もしも。あんな風に『人ではない』道を選ぶのだとしたら。
多分それは、何もかもを失った時だと、思うから」
小さく、声を漏らす。
「迅さんは私の悩みは私のもので、メリッサの悩みはメリッサのものだと仰いました。
ただ分かれ道でどちらへ進むか選んだだけで、優劣はありません、とも」
目線を向けられた迅はこくりと頷いて見せる。
「でも私は私です。だから……『どういう状況なら、あの道を選ぶのか』――何となく、分かるんです」
「なるほど……」
同一人物だからこそ、どの道を選ぶのかは察してしまえる。
それはどういう感覚なのか、迅には分からないが、シンシアの表情が切なげに伏せられつつあるのはよく分かる。
「友人と言える人は、アドラステイア(あそこ)では出来ませんでした。
それでも、姉と慕った人も――友人とまで行かずとも、同じ場所で学んだ人たちは居ました。
歪な人でしたけど、恩師だっています」
「……うん」
花丸は何人かを思い浮かべて頷くと。
「大切な、人達……そう言った人達の誰一人も救えず、自分だけが生き残って――無力な自分を呪ったら。
……私はきっと、恥ずかしくて2度と自分の顔を見たくも無くなると、思うんです」
「……シンシアさん」
ぽつり、ぽつり、とそう呟く少女を見て、正純は声をかけた。
「正純さん……」
シンシアは正純と目を合わせたかと思うと、僅かに目を伏せて己の手を見下ろした。
「正純さんは、さっき仰いましたね。自分じゃない自分と今の自分を比較して、己を卑下するのはだめですと。
……多分、私は卑下をしたいわけじゃないんです」
「……では、貴女は彼女に何を思っているのですか?」
「多分、これは同情で……疑問なんです」
「疑問……ですか?」
こくりと頷いたシンシアは、そっと自らの手を握り締める。
「あの私はきっと、私が大切な人達を何もかも失って、絶望した先にある。
そこまでしてやっと、私は自分で聖獣になることを受け入れると思うんです。
――何が、私をそこまで絶望させたんでしょう。
……あの私は何と戦っていて――何に負けて、無力な自分を呪ったのか、それが分からないんです」
短く頷いてそう語ったシンシアは力なく首を振った。
「……それは、次に彼女とまみえる時に、問うてみればいい。
言ったでしょう、未来に思いを馳せるのは、子供の特権なのです。
其れと同様に、分からないことを問うてみるのも、子供の特権なのです」
正純がそう言って微笑んでやれば、シンシアは目を瞠って驚いた後、小さく頷いた。
「……シンシア」
シキはその手をそっと取った。
「私達は、シンシアの味方だから、その時も、きっと助けに行くからね」
目を合わせてそう言えば、また、シンシアが小さく笑みを浮かべて、「ありがとうございます」とそう言葉にする。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
辛勝となります。MVPはフランさんへ。
貴女がかばっていなければ失敗の可能性もありました。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
●オーダー
【1】預言の騎士の撃破
【2】『熾天:無貌の天使』メリッサの撃退
【3】『遂行者』修道女の撃破または撃退
●フィールドデータ
聖都『フォン・ルーベング』の一角です。
白亜の時計塔を背にした巡礼地であり観光地です。
植木や花壇などはありますが基本的に遮蔽物と呼べるようなものはありません。
●エネミーデータ
・『熾天:無貌の天使』メリッサ
アメジスト色の髪に顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
六枚の翼と胸元に広がる翼のような聖痕、禍々しさのある大剣が特徴的。
『紫水の誠剣』シンシア(p3n000249)が聖別と呼ばれる聖獣実験を乗り越えたIFの存在。
聖別における最高傑作の評価に違わず強力なエネミーです。
預言の騎士の撃破に伴い撤退します。
青騎士の補助のように立ちまわる他、積極的にシンシアの殺害を試みるようです。
禍々しい大剣を振るう近接戦闘、翼や剣、身体に纏う黒炎を駆使した遠距離戦闘を行うオールレンジアタッカーです。
炎ということもあり、【火炎】系列のBSを用いることは予測できますが、それ以外は詳細不明。
・『遂行者』修道女
遂行者と目される修道服の女。
極まって目立つブロンドの髪と美しい純白の六翼が特徴的。
身の丈を超す大剣を片手でぶん回すパワーファイターです。
物理戦闘を主体として単体、近範、近列、近貫などの範囲攻撃をぶん回してきます。
特段のBSはありませんが、素の攻撃力が非常に高め。
堅実、変幻、多重影、一部スキルの必中を駆使して確実に削り落とすタイプ。
守りはHPや防技、抵抗で補い、回避はさほど高くは無さそうです。
・預言の青騎士
青い痩せぎすの天馬に跨り、禍々しいオーラを放つ槍を握る青い騎士です。
刻印のない存在を機械的に殺害します。
前線で暴れまわり、イレギュラーズや民衆を殺そうと行動します。
物神両面に秀で、非常に強力なアタッカーです。
射程も単体のほか、中距離までであれば範や扇などの範囲攻撃も可能です。
・『座天:無貌の天使』スローンズ×2
背中に日輪と四枚の翼を背負う、つるりとした頭部の天使のような存在です。
背中の日輪はよく見ると瞳のような模様が鎖のように連なり形成されているようにも見えます。
強力な後衛神秘アタッカーです。
背中に背負う瞳から直線を薙ぎ払う魔力のレーザーをぶっ放してきます。
単体や貫通、範囲相当への攻撃を行います。
・『無貌の天使』アークエンジェル×2
顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
身長が成長した人間(160~180cm前後)ほどあり、手に大剣と大盾を持ちます。
HP、物攻、防技などが高め。
スローンズの盾役として庇うなどの行動を行います。
・『無貌の天使』エンジェル×10
顔のないつるりとした頭部を持つ、小さな天使のような聖獣です。
手に角笛を持ち、これを吹いて奏でる音で攻撃します。
その音は【呪縛】、【混乱】、【暗闇】、【呪い】などをもたらすでしょう。
●友軍データ
・『紫水の誠剣』シンシア
アドラステイアの聖銃士を出身とするイレギュラーズです。
皆さんより若干ながら力量不足ではありますが、戦力としては充分信頼できます。
名乗り口上による怒り付与が可能な反タンク、抵抗型or防技型へスイッチできます。
上手く使ってあげましょう。
●NPCデータ
・逃げ遅れた人々×30
未だ現場に居合わせた多数の人々です。
慌てる者、怯える者、逃げまどう者、神秘性に身動きのとれぬものと様々です。
●参考データ
・聖別
ティーチャーアメリと呼ばれる人物によってアドラステイアで行われていた聖獣実験の1つ。
勧誘、順応、教化(教育)、選別、投薬の5段階を経て『自ら聖獣になることを望んだ子供』を聖獣に作り変えていました。
教化過程を経た後は聖獣以外には後述の宣教師となる場合が殆どでした。
・無貌の天使
聖別によって生まれる聖獣の一種。
文字通り貌のない天使のような姿をしており、曰く『天主=冠位傲慢の似姿』とのこと。
上位個体であるほど知性を有し、兵隊のように連携を取り行動します。
・ティーチャーアメリ
アドラステイアのティーチャーの1人、魔種であり故人。
フィクトゥスの聖餐でイレギュラーズの手により倒された後、ファルマコンを強化しないために瀕死の状態のまま生かされ、ファルマコン撃破後にシンシアの手で討ち取られました。
・宣教師
聖別を行う対象となる人物を勧誘し中層へ送り込む実行部隊及びその構成員の事。
一部を除いて『順応、教化』を経て聖獣にならないことを選んだ子供達です。
そのため、多くはティーチャーアメリや天主への強烈な忠誠心を持つ戦士たちでした。
●『歴史修復への誘い』
当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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