PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ゆっくり眠ろう。或いは、ある日に見た夢…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

 摩訶不思議な島がある。
 イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)に誘われて、“あなた”たちは大海原へ旅立った。
 旅、といっても海洋のとある小港から沖へ半日ほどの短い旅だ。当然、海の旅であるため多少は揺れるし、嵐の海域を一時ではあるが通り抜けることもあった。
 半日の旅だが、楽ではない。
 楽ではないが、一等過酷な航路や海域と比べてしまえば生存率は非常に高い、こう言ってはなんだが“温い”旅であった。
 そして、辿り着いたのはなるほど確かに“摩訶不思議”な島であった。
 まず、その配置がおかしい。
 上から見れば、ひし形を描くように並んだ4つの島だ。
 島と島の間の距離はおよそ100メートルほどと短い。4つの島の規模は同程度。それが、ほぼ等間隔の距離で並んでいるのだから、まるで人為的に造られた島であるかのようにも思える。
 次に気候。
 1つの島は春の陽気で。
 1つの島は南国の気候。
 1つの島は快晴、なれど肌寒く。
 1つの島は雪に覆われていた。
「見た! 来た! やった!」
 春の陽気の島に着くなり、イフタフは拳を突き上げた。
 それから彼女は、上着を脱ぎ捨て島の中央付近へ駆ける。
 青草や、黄色い小さな花の茂った草原だ。その中央には、豊穣でよく見る桜と言う樹によく似た樹木が生えている。
 桜の木の下にいたのは、1匹の獏だ。
 2メートルほどの大きな獏で、ぐぅすかぴぃといびきをかいて眠っているのだ。
 イフタフは“あなた”たちに何の説明も無いままに、獏の腹へ飛び込んだ。大型の犬に対してそうするように、獏の腹へ顔を押し付け、すぅと大きく呼吸を一つ。
「……ぐぅ」
 そして、眠った。
 何十秒の間もおかず、イフタフは眠った。
 日頃の疲れがすっかり溜まっていたのかもしれない。春の陽気が眠気を誘ったのかもしれない。
 “あなた”たちは、最初にそう思ったことだろう。
 けれど、違う。
 嗚呼、違うのだ。
「あぁ……暖かなスープの香りがする。そうだ……帰らなきゃ。皆が待ってるっす」
 にやけた顔で、イフタフが寝言を口にした。
 疲労のせいでも、陽気のせいでも無いのだ。
 島の中央で眠る獏が。
 その存在が、イフタフを……そして“あなた”たちを眠りの縁へと誘うのだ。
 それを理解した時に、島へと至る道中でのイフタフの言葉を思い出す。

「眠り島っす。ぐっすり、眠れる島っすよ。幸せな夢も、楽しい夢も、なんかこう……名状しがたい類の夢も見れる島があるんっすよ」

GMコメント

●ミッション
ゆっくり眠ろう

●島の生き物
・獏
体長2メートルほどの大きな獏。
4つの島それぞれに1匹ずついて、島の中央で眠っている。
ただ、眠っているのだ。
獏が起きることは無いのだ。
獏は島に降り立った者を眠りの縁へと誘って、その者の見たい夢を見せ、そしてその夢を喰うのである。
獏とはそう言うものなのだ。

●4つの島
4つの島が存在している。
4つの島はそれぞれ100メートルほどの距離を開けて、そこにある。
島の大きさは至極小さいものである。ゆっくり歩いても、1周するのに5分とかからぬ島である。
1つは春の陽気の島。
1つは南国気候の島。
1つは快晴、肌寒い島。
1つは雪の積もった島。

●夢を見よう
夢とは自身の体験や、蓄積された記憶が混在し、ランダムに脳内で映像化されることで見るものである。
そのため、基本的には“見たい夢”を見る、夢の内容をコントロールするということは出来ない。
だが、この島でなら出来るのだ。
あなたの見たい夢を、獏が見せてくれるのだ。
ただし、他の睡眠者や獏自身が見ている夢が、あなたの見る夢を混ざり合うこともある。
※夢の内容に指定が無ければ、私の方でなんか考えます。
※先日は、猫に「お前、煩いよ」と罵られる夢を見ました。ご参考になれば幸いです。


島を選ぼう
あなたが眠りに就く島を選んでください。

【1】春の島
生命の息吹に溢れた春の陽気の島です。島の中央にある桜の樹の下で獏が寝ています。

【2】夏の島
南国気候の島です。島全体が、まるで砂浜のようになっています。中央に並んだベンチとヤシの樹の下で獏が寝ています。

【3】秋の島
秋の気候の島です。快晴ですが、少し肌寒いです。島には背の高い草が生い茂っており、その中で獏は寝ています。

【4】冬の島
雪の積もった島です。島の中央にあるかまくらの中で獏が寝ています。人はそれを冬眠と呼ぶ。


夢を見よう
大まかな夢の内容です。
プレイングの内容と合わせて、適当にアレンジします。
また、同じ島で眠った人の夢と混じり合います。

【1】幸せな夢
幸福な夢です。時には現実離れした愉快な体験をすることもあるでしょうが、まぁ所詮は夢です。

【2】不吉な夢
不吉な夢です。陰鬱としており、時として凄惨な体験をすることもあるでしょうが、まぁ所詮は夢です。

【3】混沌とした夢
何やら混沌とした名状しがたい夢であり、あなたはまるで夢に捕らわれた迷い人か囚人のようです。夢ですので、自由に行動することは出来ません。

  • ゆっくり眠ろう。或いは、ある日に見た夢…。完了
  • GM名病み月
  • 種別 通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年08月31日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談0日
  • 参加費100RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)
炎の守護者
ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)
極夜
冬越 弾正(p3p007105)
終音
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
タナトス・ディーラー

リプレイ

●汝、今は安らかに眠れ
 桜の樹の下。
 巨大な獏の腹の上で、安らかに眠るイフタフ・ヤー・シムシムの姿があった。幸せそうな顔をして、この世のどこにも不幸なことなど何も無いのだという風に静かな寝息を立てている。
 きっと疲れていたのだろう。
 日頃の疲れを癒したいと、眠ることで心と体を休めたいと考えることの何が悪いのか。
「のんびり眠るだけで依頼達成ってのは楽でいいねぇ」
 欠伸を噛み殺しながら『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は桜を見上げた。見上げるほどに大きな桜だ。はらはらと舞い散る薄桃色の花弁と、空から降り注ぐ暖かな春の陽気がひどく心地よい。
 そろそろ眠気も限界だ。
 それが仕事と言うのなら、眠ってしまおう。そう考えて、縁は地面に腰を降ろした。
「わっはー! ふっかふかだ! 何の生き物なんだろうね、これ?」
 獏の腹に飛びつきながら『炎の守護者』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)が喜声を上げた。獏の柔らかな腹は、チャロロのダイブをふわりと受け止めた。
 獏は起きない。
 すやすやと眠っている。
「この獏とやらが危険か、そうで無いかを判断する試金石……そう言う依頼なんだろうな」
 足音も立てずチャロロの傍に降り立ったのは『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)だ。桜の樹の上を調べて来たようだが、どうやら何も不審なものは見つからなかったらしい。
 既にうとうとし始めているチャロロを一瞥した弾正は、桜の幹に背中を預けて目を閉じた。不審なものは無かったが、そもそも島の気候も、桜の樹も、獏でさえも不審と言えば不審極まるのだが、まぁその辺りは何の調査をするまでもなく分かり切ったことである。
「夢か」
 『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)は、イフタフへと視線を向けた。幸せそうな顔をして、時々、スープがどうの、シスターがどうの、と寝言を口にしているのだ。
 きっと、幸せだった古い記憶など夢に見ているのだろう。
「夢……ひいては人の脳には不明な点が多い。無数にある情報と記憶が組み合わせられた映像が夢だ。記憶の整理のために見るものという説が有力だが……くぁ、失礼。眠気が、なかなか……」
 ブツブツと何かを呟いていたルブラットだが、やがてゆっくりと言葉が止まった。
 獏の眠気に充てられて、夢の縁へと意識が落ちていったのだ。

 同時刻、夏の島。
 白い砂浜、寄せては返す白波と、空から燦々と降り注ぐ太陽。
 島の中央に眠る獏と、その傍にあるビーチチェア。それから日よけの大きなパラソル。まるでバカンスの一幕だが、さりとて誰が何の目的でこんなものを持ち込んだのかが分からない。
「まぁ、砂の上に寝転がるよりはよほどにマシなんだが」
 ビーチチェアに腰かけて『極夜』ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)は欠伸を零した。すると途端に意識がふわふわとして来るでは無いか。
 異常である。
 島か、それとも獏の仕業か。とにかく「絶対にお前を眠らせてやる」という働きが強すぎるのだ。
 とはいえ、しかし……。
「あぁ、駄目だわ、こりゃ……」
 意識が途切れる。眠りの縁に落ちていく。
 燦々と光を放つ太陽が、端の方からじわじわと黒く染まっていく。

 どうやって生きているのだろう。
 ぐっすり眠る獏を見て、『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)はそう思う。睡眠時というのは、人にせよ何にせよ、それが生き物であるのなら最も無防備になるものだ。
 野生の動物などは、それこそ草木が揺れた程度の物音でさえ危険とみなして跳び起きるほどに。
 だというのに、この獏は違う。
「そんな様じゃ、喰われても文句は言えないぞ」
 指先で獏の頬を突いた。
 獏はむにゃむにゃと口を動かし、モカの指に舌を這わせた。
「まぁ、いい。こんな島に外敵がいるはずもないしな」
 何しろ、秋の島には何も無い。
 土がむき出しになった地面に、涼しい風が吹くだけだ。モカは持参した大きな布を地面に広げ、その上に体を横たえた。
 頭を獏の腹に預けて目を閉じる。
 それから、数十秒も経たないうちにモカはすっかり眠ってしまった。

 眠るように死ぬという言葉がある。
『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)は、確かにそのようにして息絶える者を多く見た。
 けれど、ほとんどの場合、人は苦しみながら死ぬのだ。死にたくないと、生きたいと、苦しいと、痛いと、泣きながら死ぬのだ。
 少なくとも、この世界ではそうだった。あの冬の日の鉄帝国ではそうだった。
 人の一生はそう長くない。
 死の間際には、永遠の眠りの間際には、やり残したことばかりが頭をよぎるだろう。やり残した何かを、後世に伝えられるのなら、託せるのなら良いが、悲しいかな“そうはならない”ケースも多い。
 あの日、ブランシュの前で息を引き取った子供はどうだったか。
 路傍に打ち捨てられていた、哀れな軍人はどうだったか。
「いかんな。どうも、余計なことばかり考え……」
 そんなことを考えるのは、どうにも降り積もった雪と肌を刺す寒波のせいだろう。寒さから逃れるようにして、かまくらの中で身を捩る。
 首と手とを暖かな獏の腹へと寄せて、ほんの少しだけ目を開ける。
 少しだけ瞳に憂いを灯し、ブランシュは眠りの縁へと落ちた。

●夢の中で
 焼け焦げた家屋に、砕けた道路。
 瓦礫の山に混じって、人の遺体が積み上がっている。腕や脚が残っているのはマシな方で、肉の塊のような有様になっているものさえもまともで、酷いものになるともやは人なのか地面の染みなのかさえ区別のつかないものもある。
 まるで地獄のようじゃないか。
 屍山血河という言葉の似合う、あまりにも凄惨な光景では無いか。この世のあらゆる悲劇を煮詰めたような有様では無いか。
 だが、これは現実だ。
 あの日、たしかに存在した光景だ。
「誰か! 誰かこの子を助けてください!」
 血に濡れた手で、頭部のない赤子を抱いた母親が叫ぶ。
 きっと、もう目が見えていないのだ。
「水を貰えませんか。どうか、最後に冷たい水を」
 火傷だらけの身体を引き摺り、そう呟いた老人がいた。
 冷たい水の1杯さえも手渡せない己の無力さを呪った。
「痛い。痛い、痛い痛い痛いぃ!!」
 失った腕を押さえて、泣き喚いている子供がいた。
 滂沱と流れる血は止まらない。きっと、すぐにその子は息絶えるだろう。
「――強くない者は、生きていけない」
 影が囁く。
 荒廃した道を歩くブランシュの影が、嘲るようにそう言った。
「――強くない者は、死ぬしかあるまい」
 嘲りではないのだ。
 影の囁くその言葉は、決して嘲るものではない。
 只の真実。この世の真理。誰もが理解していながら、誰もが目を逸らす残酷な現実を、ブランシュの影は告げているのだ。
「語り掛けないでくれ」
 ブランシュは答える。
 言葉を零す。
「俺はもう救うことなどできない」
 足を止めて、膝を突いた。
 硝煙と血の匂いが鼻腔を擽る。胃の中身がひっくり返りそうになる。
「お前のミームを継ぐものでしかない」
 足元に落ちていた、錆びだらけの剣を手に取った。誰かの血に濡れた、この残酷な世界を戦い抜いた誰かの剣を手に取った。
 冷たい脚に力を入れて、震える手を固く握って、ブランシュはゆっくりと立ち上がる。

「少し、寒いかな」
 窓の外に視線を向けて、モカはそう呟いた。
 空が赤い。Stella Biancaから見える空が燃えている。
「この時期の空はいい。ずっと眺めていても飽きない」
 グラスを磨く手を止めて、モカはカウンターからホールへと移動した。
 1歩ずつ踏み締めるようにして、モカは窓へ近づいていく。赤い夕陽に照らされて、床に落ちたモカの影が長く伸びた。
 昼の営業はつい少し前に終わったばかりだ。
 もうじき、日が暮れれば夜の部の営業が始まる。
 モカに残された時間は少ない。腹を空かせて、アルコールを求める疲れた客へ酒と食事とを提供する準備をしなければいけない。
 だというのに、自然と足が窓の方へと向いていた。その視線は、燃えるような赤い夕陽に向いていた。
 そっと窓を押し開く。
 ひゅぅ、と音がして冷たい風が吹き込んだ。風に乗って枯れ葉が1枚、モカの手元に舞い落ちた。
 枯れ葉を片付けることも忘れて、モカは空を眺めている。燃えるような空をじぃっと眺めている。
「あはははは!」
 モカの耳に、幼い子供の笑い声が届いた。
 夕日を背中に駆けていく子供の姿が見える。きっとこれから、家に帰るところなのだろう。暖かな家に帰って、優しい母親に迎えられて、美味しい夕食を食べて、ふかふかの布団で眠るのだろう。
 そんな幸せな、けれど“当たり前”過ぎて、それが幸せであると気付かない日常の風景。
 少しだけモカは微笑んだ。
 そうだ。それでいい。子供はそうでいい。そうで無くてはいけない。
 戦や飢えに子供が泣いて苦しむ世界などあってはいけない。
「いや、子供に限らない。大人もだ。人はすべからく幸せであるべきだ」
 悲しみも、不安も、孤独も、何もかもを終わらせた。
 後に残ったのは、ささやかな幸いと、それから暖かな日常だけ。
 それでいい。
 それでいいのだ。
「そのために力を尽くしたんだから……あぁ、まったく。いい世の中になったものだよ」
 なんて。
 そう呟いて、モカは窓を閉じるのだった。

 ふざけるな!
 声の限りに叫んだ声は、けれど途中で掻き消えた。
 空が落ちて来る。
 黒い空が落ちて来る。
 夜闇よりも黒い太陽がそこにあって、太陽の黒点が少しずつ、けれど確実に大きくなってくるのが見えた。
 否、黒点ではない。
 黒いそれは、隕石だ。
 黒い空から、夜闇よりもさらに黒い隕石が落ちて来るのだ。地面が揺れて、割れて、大地の奥底の方から、ドロドロとした腐肉染みたマグマが溢れて来て。
 饒舌に振るわれる詭弁のように、次から次からマグマが溢れて、ペッカートの脚を飲み込んだ。
 脚が崩れる。
 溶けた肉が削がれて、骨だけになった細い脚ではピッカートの身体を支えられない。
 上体が傾く。
「に、逃げなくちゃ……!」
 逃げる。だが、どこへ?
 足元は全て溶けた腐肉のようなマグマに飲み込まれている。砂浜に、逃げる場所なんてどこにもなかった。
 肉の腐った匂いがする。
 皮膚の下を蛆が蠢く感覚がする。
 ピッカートは、マグマに体を溶かされながら空に向かって腕を伸ばした。
 見えない糸を掴もうと足掻く、あの世の亡者のような姿で。
「ちくしょう! ふざけるな! ふざけるなよ!」
 溶ける身体はもうどうしようもない。
 だから、せめて落ちて来る隕石をどうにかしようとした。壊そうとした。
 空に向かって衝撃派を放つ。
 放つ、放つ、何度も放つ。
 だが、隕石は壊れない。
『哀れで、惨めな、蟲のような存在だ』
 黒い太陽に腰かけた、黒く不気味な山羊が言う。
 ピッカートを見下している。
 見下されるのは大嫌いだ。誰の許可を得て、この俺を見下しているのだ。
 見下すのは俺だ。
 絶望させるのは俺だ。
 いじめるのは、虐げるのは俺だ。
「俺だ……俺が、絶望させるんだ。俺を、俺をそんな哀れむような目で見るな!!」
 血の涙を流しながら、ピッカートは吠えた。
 喚いた。
 その体はもうドロドロに溶けて、もはや頭しか残っていない。溶けて、溶けて、頭が溶けて、頭蓋が溶けて、脳髄が腐肉のマグマに溶けて、混ざって。
 形のないドロドロになってなお、ピッカートの意識は鮮明だった。

 教会の庭だ。
 小さなテーブルには、焼き立てのマフィンと紅茶のカップ。
「あぁ、いい香りだ」
 カップを手にとり、チャロロは立ち昇る湯気を吸い込む。ふわりと優しいカモミールの香りが肺いっぱいに広がって、心がほっと温かくなる。
「そうでしょう! シスターの淹れる紅茶はすごく美味しいんっすよ!」
 上機嫌なイフタフが、テーブルの上に身を乗り出す。テーブルを囲んでいるのは5人。チャロロとイフタフ、それからルブラットに、大きな獏と、それから巨大な蛭である。
「……蛭?」
 チャロロの表情が凍った。
 薄桃色をした大きな蛭だ。うぞうぞと身体を蠢かせながら、紅茶に頭を寄せている。びっしりと並んだ歯列をもごもごさせながら、蛭は紅茶を啜っている。
 それから、きっと紅茶が美味しかったのだろう。身もだえするように、蛭はぐねぐねと身体を揺らした。
「え……えっと、あれ? オイラ、美味しい紅茶を飲んで、マフィンを食べて……でも、午後のお茶会に蛭が、なんで」
「何を言っているんだ? ヒルデガルドは、私たちの友人だろう?」
 困惑し、血の気の引いた思いさえしているチャロロに向かってそう言ったのはルブラットだ。チャロロの様子を窺いながら、ルブラットはナプキンで蛭(ヒルデガルド)の口を拭いてやっていた。
「ヒルデガルドも、そんなに焦って飲まなくていい。ほら、アシタ君が驚いている」
 親しい友にそうするように、ルブラットはヒルデガルドの肩を叩いた。
 肩……なのだろうか。蛭に肩があるのだろうか。
 ヒルデガルドはじゃれつくみたいに、ルブラットの顔に頬を摺り寄せている。もぞもぞと、まさに蛭そのものの動作であった。
「えっと、そうだ。ヒルデガルドとオイラは友達だったんだっけ? でも、おかしいな。オイラ、蟲はあまり……」
「ヒルデガルドは虫では無いよ。環形動物門ヒル綱に属する生物だ。博士はそう言っていなかったかな?」
「あぁ、うん。そうだ。博士がそう言ってた。博士は、どこだろう?」
「なに、もうすぐ来るさ。博士も、君のご家族も」
 もう1杯、どうだね? 
 そう言ってルブラットは、チャロロとヒルデガルドのカップに紅茶を注いだ。
「そっか。皆、もうすぐ来るんだ。だったら、うん……あぁ、会うのは久しぶりだな。また、皆と会えるなんて、まるで夢みたいな……」
 懐かしい人の顔を思い出して、チャロロはそっと目を閉じる。

●夢の終わり
 笑っている。
 フィルター越しに弟が……秋永 長頼が笑っている。
「「兄さん! 撮れているかい? 僕も、この桜の樹も! それから、この大きな獏も!」
 のそのそと歩く大きな獏の背に乗って、長頼がこちらに手を振っている。
 楽しくて仕方がないという風な笑顔で。
 なんの憂いも、悲しもないというような晴れやかな笑顔で。
 そんな弟の笑顔を見て、何故だか弾正は少しだけ泣いてしまいそうになる。
「「兄さん? どうかした?」」
 兄の様子を訝しんでか、長頼は少し心配そうな顔をした。
 あぁ、いけない。
 どうして泣いてしまいそうになったんだろう。
「何でもないんだ! それより、ちゃんと撮れているぞ!」
 カメラのフィルターから目を離して、弟へ向かって言葉を投げた。
 長頼は笑って、大きく頷く。
「「良かった! こんな大きな獏、そうはいないからね! きっとバズるよ!」」
「あぁ、あぁ。そうだな」
 先日撮影した動画は、実に大きな反響を呼んだ。
 桜の樹の下で紅茶を楽しむ巨大な蛭など、世界に2匹といるものか。
 そして、今日は巨大な獏。
 流れが来ている。兄弟で名を上げろと世界がそう囁いている。
「こうなったらとことん、てっぺん目指そうか!」
 あぁ、まるで。
 まるで、夢のように楽しい日々ではないか。

 はらはらと桜の花びらが散る。
 儚く、その花を散らしていく。
 降って来る花弁を掴もうと、縁は空へ手を伸ばした。
 瞬間、その手がほろりと崩れた。
 鱗に塗れた縁の手が、泡と化して崩れていく。
 指先から、手の平へ、手首から肘へ。
 鱗はまるで沸騰するみたいにして泡となった。泡は形を保てない。伸ばした右腕が崩れ落ちて、肩から首へ、泡が広がる。
 もう剣は握れない。
 自分の脚で立って歩くことも出来ない。
 ただ、海に身を浸し、波に揺られることしかできない。
「腕がなくっちゃ、触れられない」
 誰かを助けることも出来ないし、誰かを抱きしめてやることも出来ない。
 海に溶けて、この身は消える。
 身体はもちろん、命も、心も、泡と化して消えうせる。
 そう言う病だ。そう言う呪いだ。
「これでいい……とは、言わないが」
 口が裂けても、そんな台詞は吐けないけれど。
 それでも、しかし……。
「俺の末路としちゃ、こんなもんが妥当なのかねぇ」
 なんて。
 諦めたように溜め息を零して。
 喉が泡となって崩れて、零す溜め息は途中で途切れた。
 そうして、顎へ、口へ、鼻へ、泡が広がって、溶けて、崩れて。
 痛みは無い。
 ただ、喪失感だけがある。
 それから、最後に、瞳が泡と化して崩れるその瞬間に。
「――――」
 愛しい誰かが、縁の名前を呼んだ気がした。
 愛しい彼女の泣き顔を見た。
 涙を拭いてあげようとしたけれど、あぁ、そうだった。
 その手は既に、泡と化して崩れた後で。
 何も出来ない。
 名前を呼んでやることさえも、もう出来ない。
 死人には、何も出来ることなど――…

 ふと、目を覚ませば満開の桜。
 茜色の空を見て、けっこうな時間、眠っていたことを知る。
「……あぁ、こいつは最悪の目覚めだ」
 なんて。
 そう呟いた縁の傍で、くぁぁとチャロロが欠伸を零す声がした。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
この度はご参加、ありがとうございました! 
私は夢が嫌いじゃありません。
夢は嫌いじゃありませんが、夢を見るメカニズムは「脳味噌怖い」ってなるので嫌いです。
そんなお話でした。

それでは。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM