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シナリオ詳細

<信なる凱旋>黒き騎士は廃滅を喚ぶ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ガシャンと音が鳴った。
 思わずハーミル・ロットは首をすくめ、帽子の中でぴょんと飛び出してしまったふかふかの耳を手で押さえて引っ込める。
(まだ落ち着かないんだ)
 音の出処なんて、わざわざ見なくても解る。ナイトプールのあの日から、あの子はずっと荒れていた。凪の時間もあるけれどそうじゃない時の方が多くて、ハーミルは『大変そう』と『仕方がない』を同時に抱いていていた。
(僕も家族に言われたら――)
 見上げてきているコーラスに気がついて、ハーミルはその首に腕を回してぎゅうと抱きしめた。唯一の家族がいなくなるなんて、絶対に嫌だ。
 けれど、とハーミルは顔を上げた。
 ハーミルにとって、この環境も『家族』だ。
(友達、でもいいんだけど)
 でも、家族の方が友達よりも強固な絆だと思う。
 だぁれも怒ってこなくて優しくて、何かあれば心配してくれる人たち。
 『先生』がお父さんで、皆はこどもや親戚。
 みんなでひとつの、大きな家族。
 だから『家族』が増えるのはハーミルは歓迎だ。
(みんな、先生のお誘いを受けてくれればいいのに)
 そうすれば喜ぶ子が何人か居る。
 聖痕が刻まれていない人はみな滅ぶのだ。そう、第二の預言で言われていた。そうしたらやっぱり、彼等は悲しむのだろう。
「ハーミル君」
「先生……!」
 歩いてきた先生――氷聖に気がついてハーミルは駆け寄った。
「申し訳ないのですが、おつかいを頼まれてくれますか?」
「おつかい?」
「ええ。『預言の騎士』の見守りを」
 氷聖はそうハーミルへ頼むと、その場を離れていく。
 あの子を慰めに行くのだろう。先生は優しくて、いつでも僕等を見てくれている。


 海洋王国、首都リッツ・パーク――そこへ帳が降りた。
 帳の範囲はリッツ・パークのみならず、旧絶望の青やアクエリア島付近――そして徐々にシレンツィオへと広がりを見せていた。
 しかしリッツ・パークへ帳が降りる少し前、天義教皇シェアキムは、新たな神託を耳にした。

 ――白き騎士は勝利をもたらし、
   赤き騎士は人々を焔へと変え戦を引き起す。
   黒き騎士は地に芽吹いた命を神の国へ誘い、
   蒼き騎士は選ばれぬものを根絶やしにする。

 遅れは取らぬと天義とイレギュラーズが動き、各地で警戒に当たっていた。
 そのため帳が降りる前に大多数の無辜の民たちの救出が叶っており――然れども逃げ遅れている人というものは往々にしてあるものだ。帳が降りてしまって出る事の出来なくなった一般人を救出すべく、イレギュラーズたちはリッツ・パーク内を探索していた。
「僕は『廃滅病』というものを詳しくは知らないのだけれど」
 顎を伝った汗を手の甲で拭った劉・雨泽(p3n000218)が口を開いた。彼の『詳しくは』は資料では知っているけれど、豊穣育ちのため実際に見たことはない、と言う意味だ。
「おそろしい病と、ニルもきいています」
 絶望の青の時はまだ、ニル(p3p009185)は特異運命座標として目覚めていなかった。おそろしいことは、たくさんの悲しみがあるということだ。それはいやだとニルは思うから、今日もたくさん走り回って人々が悲しくならないようにしたかった。
「雨泽様、近いです。……そこのお家です」
 ファミリアーの小鳥を介して見聞きしたニルが伝えて、雨泽が「ごめんくださーい」ととある家の扉を蹴破った。手洗い訪問だが、仕方がない。ふたりは足早に民家の中を横切って、ファミリアーが窓から見えた部屋まで移動する。
「おばあさん、こんにちは。体調は大丈夫?」
「はい? あれアンタ、じいさんの若い頃に似ているね」
「光栄なことだけど、ここに居ては駄目なんだ。僕とお出かけしてくれる?」
「あらまあお散歩? はいはい、いいですよ」
 きっと一人暮らしが故に逃げねばならなくてはならないことに気付けなかった老女と雨泽が話している間に、ニルは本当に他に人は居ないかをファミリアーを使って確認する。
「雨泽様、大丈夫そうです」
「ありがとう、ニル。行こう」
 老女を背負った雨泽の前をニルが先行する。
 他の場所でも、仲間たちはこうして取り残された人を避難させるべく救助活動をしていのだろう。静まったリッツ・パーク内の空を飛ぶファミリアーらしき姿を見上げたニルはそう思った。
 帳の降りたこの地は、既に『いつも通り』ではないことをイレギュラーズたちは知っていた。廃滅病に詳しい誰かが『廃滅病の気配がする』と口にしたからだ。それはイレギュラーズたちにも害を及ぼしているが、より危険なのはイレギュラーズではない一般人だろう。
(急いで探さないと――)
 リッツ・パーク内をイレギュラーズたちは駆けていた。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 こちらのシナリオは海洋に降りた帳内での活動となり、名声は天義と海洋に入ります。

●目的
 『第三の騎士・黒騎士』の撃破

●失敗条件
 あるターン数までに撃破できない場合
(制限時間に達すると黒騎士は居なくなります)

●シナリオについて
 帳が降りたリッツ・パークへと訪れたあなたたち。逃げ遅れている人たちを探し回っていると、(OP後)不穏な気配が生じたことに勘が良い人なら気付くことでしょう。何か危ないものが、何処かに居ると感じます。
 時を同じくして、家々の屋根を移動するハーミルとコーラスの姿を目撃するかもしれません。呼び止めてもいいし、呼び止めなくても大丈夫です。

 怪しい気配を探していると『黒騎士』と遭遇します。しっかりと探索することで早期発見に繋がります。
 その騎士は人を探して殺す、といった行いはしていません。ただ波止場付近で静かに佇んでいます。――が、周囲の海面に魚の死骸がどんどん浮かび上がってきます。
 騎士は一定時間の経過で姿を消します。別の場所に移動して被害を広げるのか、それとも――。
 このシナリオでは黒騎士の早期発見・撃破が必要になります。イレギュラーズたちは一定時間で敵が姿を消すことは知りませんが、『早く倒して救助の続きをしなくては!』と思っているかと思います。できるだけ早く倒しましょう!

●フィールド:首都リッツ・パーク『帳の青』
 海洋王国に降りた帳内です。この帳は大きく、そして更に広がっていっています。
 この帳内は『廃滅病』の気配が強く、長く居ると廃滅病に罹患する可能性があります。(PCは罹患しませんがモブNPCは罹患します。)
 このフィールド内に居ると『擬似的な廃滅病』状態となります。今回動く範囲では【不運】or【致命】の付与判定が毎ターン生じます。(今回、不運はBS無効可能です。)

●エネミー
・『第三の騎士・黒騎士』ファーブロス
 黒い甲冑に身を包んだ騎士で、ハーミルが接触時には「ファーブロス卿」と呼称します。
 とても禍々しい存在です。大ぶりの剣を所持しているため、基本攻撃はそれが主軸でしょう。範囲攻撃で【呪い】【石化】【怒り】等の付与もするようです。
 EXAは高くありませんが、防御、EXF、体力面は高いです。

・『遂行者』ハーミル・ロット
 先生と慕う遂行者『氷聖』からのおつかいをしに来ています。
 おつかい内容は『黒騎士の見守り』なので、基本的には見守るだけです。……本当は『黒騎士が危なくなれば護るように』が含まれるのですが、ハーミルは素直なので「見守ればいいんだ!」と思っています。
 ですが、ハーミルへの攻撃(【怒り】等の範囲に含まれる、も攻撃に含まれます)がなされた場合は参戦する形となるため、判定はHardになります。制限時間もあるため、困難なものとなることが予想されます。
 基本的に性格が素直なので、移動中に「何してるの?」と問えば「捜し物ー」と返ってきますし、黒騎士の側にいても「お魚が浮かんでるー」と海を覗き込んだりしています。

●一般人 数名
 逃げ遅れて帳内に閉じ込められている一般人がいます。この帳内に居続けると彼等は廃滅病に罹患し、罹患すると『死兆』へと移行し、やがて死に至ります。
 彼等の生死は失敗条件に含まれません。

●劉・雨泽(p3n000218)
 同行しています。
 してほしいことがあればプレイングでご指定ください。
 特になければ黒騎士が出現したとしても一般人の捜索で動きます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時に活用ください。
 関係者は、海洋で活動していて『巻き込まれた』状態であれば可能です。

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • <信なる凱旋>黒き騎士は廃滅を喚ぶ完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月13日 22時50分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
カトルカール(p3p010944)
苦い

サポートNPC一覧(1人)

劉・雨泽(p3n000218)
浮草

リプレイ


 帳の降りたリッツ・パーク内。そこには既に人の影は少ない。
 外に居た多くの者たちは異変に気付き、帳が降り切る前に範囲外へと逃れたからだ。まだ残っている者は気付いていないか、気付くのが遅れて逃れそびれたか、何らかの理由により逃れられない由あってのことだろう。
「……この帳、段々広がっていないか……?」
 広域俯瞰で見渡しても一般人が見つけられなかった『苦い』カトルカール(p3p010944)は空を睨んだ。このまま帳が広がり続けカトルカールの担当(シマ)――シレンツィオ・リゾートまで帳が降りたら、どうなるか。
「……冗談じゃない。絶対に食い止めないと!」
 折角商売だっていい感じなのに、リゾート地に病気が蔓延するだなんて! リゾート地の悪い噂は長い間ついて回るものだ。それを考えれば必ず事前に止めねばならない。
「やっぱり、居るとしたら室内かな。っと、居た」
 帳のせいで高くへ飛べないが屋根の上から辺りを見渡した『鳥種勇者』カイト・シャルラハ(p3p000684)は、『鷹の眼』で要救助者――イレギュラーズ以外の一般人を見つけたようだ。
「祝音」
『うん、カイトさん。その家?』
 空を飛ぶ鳥へと声を掛けるとすぐ、『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)の声が脳に響いた。近くにパタパタと飛ぶ鳥は唯の鳥ではなく、祝音のファミリアーだ。
『いや、隣の蔦が伝っている家だな。ひとり居る』
 わかったの声を返すと同時に、祝音は『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)に有救助者の居る家を知らせた。
「私達はイレギュラーズです!」
 掛け声とともにサクラが家へと立ち入る。
 足が不自由な少女が目を丸くしていたから、断りを入れて抱え上げ、口早に説明しながら家屋から出た。
「わっ……っと、君たちはローレットの人?」
「あなたは海洋軍の人? 敵の影響を受けない為にこの結界から外に出て下さい!」
 家から出てすぐ、サクラは駆けてきた数名の人とぶつかりそうになった。その人物等へサクラはそう言うが、それは『無理』なことである。
 屋根から降りてきたカイトが「ザルツ」と彼の名を呼んだ。
「僕たちも出ようとは試みた。だが、できないんだ」
 どうやらお使いか何かの最中に巻き込まれてしまった彼は帳を出ようと試み、それが無理だと解った今は家々を回って住民たちを集め、救助が来た際にすぐに動けるようにしているようだ。
「うっ」
 ザルツが膝をつく。彼が連れている数名も体調が悪いようだ。
「早く外へと連れて行こう」
 《ホワイト・ウィンド》ではほんの少しの一時しのぎにしかならない。軍人と言えどもこの場では一般人。罹患しきる前にイレギュラーズたちが外へと連れ出さねばならない。

「アタシたちから離れないでね、雨泽。皆元気で帰らないと、意味がないんだから!」
 解っているよと『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)へ応じた雨泽は、既に老婆を背負っている。老婆の体力を考えれば先に外へと連れて行った方が良いだろうが、離れないでねと言われた以上単独行動は出来ない。
「……祝音さんから伝言です」
 ふと空を見上げていた『愛を知った者よ』グリーフ・ロス(p3p008615)は、あちら側へと同行させたファミリアーから得た情報を仲間たちへと告げる。どうやら一般人は自力で脱出ができないようだ、と。つまるところ、イレギュラーズが抱えるなり触れるなりしていないと帳は通過出来ない、ということだろう。
「連れ歩かず、見つけた端から帳の外へと送る必要がありそうですの」
 イレギュラーズたちでさえ、このまとわりつくような空気で体が重い。一般人ならばなおさらのことだろうと『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)が告げる。
 もっと細かく班を分け、都度帳の外へ送り届けた方が良いのでは――そう、告げかけた時だった。イレギュラーズの頭上を、何か大きな影が横切った。
「……ハーミル様?」
 見上げた『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)の瞳に黒豹――コーラスが映って、自然と言葉が転げ落ちた。
「……ん?」
 屋根と屋根との間を飛んだコーラスは通り過ぎてしまったけど、ハーミルも偶然イレギュラーズたちを認識したようだ。通り過ぎても良かったけれど『知った顔』を見つけて引き返し、ひょこんと屋根からミルクティー色の髪を揺らして覗き込んできた。
「ニルだ。何してるの?」
「ハーミル様こそ何をされているのですか?」
「僕は捜し物ー。先生からのおつかい。だから忙しいんだ!」
 また今度遊ぼうねと今にも去りそうなハーミルへジルーシャが問いかける。
「何を捜しているの?」
「うーん、教えたら見つけたよーって教えてくれる?」
「いいわよ。ついでだから、一緒に捜してあげるわ。ここは危ないから、早く帰った方がいいわよ」
 ハーミルのことを知らないグリーフへ、支佐手が密かに「遂行者です」と告げ、グリーフは遂行者に遭遇し、そして彼は何かを探していることをカトルカール等へと知らせた。
「捜してくれるの? やったー! でも、おつかいがあるからまだ帰れないなー」
「おつかい……帳のことですか?」
「たぶんそれはツロ様とかじゃない? 僕は……」
 あっ、と慌ててハーミルは両手で口を塞いだ。おつかいは任務だから言ったらダメな気がしたのだ。内緒!
「それで、捜し物の宛は?」
「わからない!」
「わからないのですか」
「うん。でもたぶん、『死』が多い所?」
「それはもしかして……」
 イレギュラーズたちは顔を見合わせる。ハーミルの捜し物は『預言の騎士』なのではないか、と――。
(小童とはいえあれは氷聖の縁者。良からぬことを企んどるやも知れませんけえ)
 目を離して自由にするよりは良いだろうと、支佐手等はハーミルとハーミルと行動をともにすることとした。

 ――僕はおばあさんを外へ連れて行くよ。
 そう言って離れた雨泽に引き続き一般人の避難をお願いし、イレギュラーズたちは捜索を続ける。元よりふたつに別れて行動しているイレギュラーズたちはファミリアーを飛ばし、要救助者ではなく死の気配のする騎士を捜し回った。
「……息苦しいな」
 死の気配――廃滅病の気配は周囲に満ちていて、吹き飛ばせるものでもなかった。吹き飛ばそうにも、帳内のその場に満ちる全てがそれだからだ。人々の命を護るには、己等の身を護るためには、帳から出るしか無い。
「銀路さんと劉さんも無理していなければいいけど」
 ふうと息を吐いたカイトに続き、祝音が案じるのはファミリアーで見つけた知人のこと。巻き込まれた彼に事情を話し、イレギュラーズである彼に避難活動もお願い済みだ。
「……ん」
「何か見えた?」
「波止場に黒い騎士が居るぞ」
 カトルカールの言葉に、サクラたちは顔を見合わせる。
 すぐにグリーフのファミリアーへと知らせ、イレギュラーズたちは波止場へと急行した。


 ハーミルのコーラスが素早く最短ルートを駆けていったため、彼を追いかけていた支佐手等が先に波止場へ到着した。
 波止場には、黒い騎士が佇んでいる。彼は何かをするわけでもなく、ただ大剣を地面へと突き刺し立っているだけのように見えた。
 だが。
「ニル殿、どうかグリーフ殿の後ろに。あの鎧武者、何やら嫌な予感がします」
 死の気配が、より濃くなっているようだ。
「あ! 居た居た、ファーブロス卿!」
(『卿』? ならばこの方も過去、天義の歴史に消え、なんらかの術で歪に蘇らされた方なのでしょうか)
 明るい声を放つハーミルを背に乗せたコーラスが黒騎士のすぐ近くまでいく姿を見て、グリーフは思った。有象無象の終焉獣ではなく、名があるということはそういうことなのだろう。――しかし、だからといってグリーフが心配りをする必要はない。まずは会話が可能であるかどうか、そして彼等の目的の確認が最優先だろう。
 ファーブロス卿と呼ばれた黒騎士はハーミルを見て僅かに動いた。怪しい動きではない。ただ顎を引いただけだ。
「ハァイ、初めまして。アンタが預言に出てくる騎士……でいいのかしらね」
「名を、目的を伺いたく」
 ジルーシャとグリーフが声を掛ければ、黒騎士はただ「ファーブロス」とだけ名乗った。目的を初見の人間に明かす者など滅多にいないため、敵だろうと味方だろうとそうなることはグリーフも承知の上だ。
「黒い騎士様……ファーブロス様、お魚がぷかぷかしているのは、あなたのせい、ですか?」
 ニルの言葉を聞いて海を覗き込んだハーミルが「わあ、本当だ! お魚が浮かんでるー」と明るい声を上げる。答えてくれないかなと思い始めた頃、ファーブロスから応えがあった。どうやら回答に悩んでいたようだ。
「…………どちらとも言えぬ」
 それは『正しくはないが、間違いでもない』。魚が死んでいる理由は『壊滅病』のせいではあるが、黒騎士が壊滅病の原因ではない。原因は帳にあり、黒騎士はただそこにあるだけで周囲の壊滅病を呼び寄せ――それを吸収しているにすぎないからだ。
 けれどイレギュラーズたちはそれを知らない。敵方が明かすべくもない情報であるから。
 ファーブロスはただ佇んでいるだけで、何もしていない。けれどニルは何故だか『こわい』と感じていた。嫌な気配は支佐手も感じている。気休めにならないかと保護結界を張るニルの姿と周囲をグリーフが窺う――が、依然として魚の死骸は増えていく。
「ハーミル殿の『おつかい』はこれで終わりですかの?」
「んーん、これからー」
「何かをするのですか?」
「内緒!」
「ハーミル、少し離れてもらってもいいかしら?」
「どうして?」
 ハーミルを動かす理由に足りない。「どうしてって……」とジルーシャが口を閉ざした。
「待たせたな!」
 その時、明るい声が空から降ってきた。
 空に目立つ赤い姿は、真っ直ぐに黒騎士とグリーフ等の間へと降り立った。
「天義の聖騎士、サクラ・ロウライト! 推して参る!」
「そいつが敵だな! さっさと退場願おうぜ!」
 カイトのすぐ後に、更に続く仲間たちの姿。
 対話から始めたグリーフたちと違い、彼等は好戦的だ。到着するや否や得物を手に取った。
「っと、民間人か!?」
 カトルカールがハーミルに気付いて声を上げた。
「そんなところに居ると危ないぞ! って、遂行者か?」
「うん、遂行者だよ……!」
 事前に遂行者と遭遇したとの通達は受けている。しかし姿を知らないため、ハーミルに会ったことがある祝音が肯定し、じゃあそのまま倒してもいいのか? とカトルカールはハーミルへと視線を向けた。
 イレギュラーズたちはハーミルの『おつかい』内容を知らない。先に会ったジルーシャたちも内緒だと教えてもらってはいないからだ。
「ハーミル。今日は氷聖にアタシたちを攻撃するよう命じられていないのよね?」
「攻撃してくるのはいつも、異端者たちからだよね?」
 ジルーシャの問いにハーミルの視線が細くなる。
「今日だって、僕を攻撃するなら僕もそうするよ」
 ぴょんっとコーラスから飛び降りたハーミルの手に大鎌が現れる。
「この騎士は倒さねばなりませんが、あなたが手を出さないのなら私達は――!」
 会話中に付与を終えたサクラが刀を手に、踏み込む。
 向かうは真っ直ぐ、黒騎士ファーブロスの元へ。
 二閃三閃と鉄(くろがね)が振るわれる度、ガンッと大剣が火花を散らす。
(こっちが遂行者に手を出さないなら、遂行者も攻撃してこない……?)
 ハーミルがサクラの振るう刀が当たらないようにコーラスとともに少し離れたのを見た祝音は、少しだけ目を丸くする。
「もー、危ないなぁ。もしコーラスに当たったら――」
 ……殺すよ。
 拾えないくらいの小さな声。けれどもその瞬間に放たれた殺気にイレギュラーズたちは得物を握りしめ、ニルも杖を守らんとぎゅうと握り込んだ。
「だったら当たらないように離れていてくれないか?」
「君たちがファーブロス卿を攻撃しなければいいだけの話でしょ?」
 カトルカールがハーミルを巻き込まないよう留意しながら黒騎士の防御を崩さんと攻撃すれば、ハーミルは不思議そうに首を傾げた。黒騎士を攻撃するのはイレギュラーズたちの都合で、ハーミルには関係ない。
 だが、黒騎士が攻撃されても、ハーミルが何もしないことだけはイレギュラーズたちにも解った。ならばハーミルを巻き込まないよう、黒騎士を討つのみ――!
「ニルたちは……この地を守らないといけないのです!」
 ニルはありったけの力を杖へと籠めた。

「おんし、本当に手伝わんでもええんですかの?」
 本当にただハーミルは側にいるだけで、特に何もしなかった。だからこそ支佐手の瞳には不思議に映る。何か、氷聖から指示が出ているのではないか、と。
「うーん、手伝えって言われてないし……」
(此方が陽動で、もしや――)
 戦闘中、非戦闘時に行える行動は疎かとなりがちだ。眼前の敵へと意識を集中させなければならぬ場でファミリアー等に気を向けていればどちらも疎かとなり、倒れているのはイレギュラーズたちであろう。
(今は無事を信じましょう)
 支佐手はカイトが《爆翼》と《緋天歪星》でハーミルから少し距離を取らせたファーブロスへ《三輪の大蛇の天変地災》を叩き込んだ。
 ファーブロスはその見目からも固く、序盤は中々攻撃が通らなかったが、次第に積み重ねたBSが効果を現していく。
 混乱しているファーブロスの範囲にハーミルが入った。ハーミルは難なくそれを躱せる、が――
「っぶねえ!」
 ――ガンッ!
 ハーミルとファーブロスの間に入ったカイトがハーミルをかばった。
「鳥のおじさん、どうして?」
「おじ……」
 若いハーミルから見れば20代はおじさんである。
 ハーミルにとってイレギュラーズたちは異端者で、彼が慕う遂行者『氷聖』を傷つける存在――即ち敵であるという認識はある。だというのに、何故庇ってくれたのだろうと見開かれた丸い瞳は疑問で満ちていた。
「ガキが殴られるのはなんか見てられねえ、それだけだ。あと、お兄さん、な」
「……うん。ありがとう、優しい鳥のお兄さん!」
「もっと離れとけ」
「ふふ、はぁい」
 鳥のお兄さんが心配しちゃうもんね。
 機嫌良くピョンピョンと跳ねてハーミルが更に黒騎士から距離を取った。
「黒き騎士は、地に芽吹いた命を神の国へ誘う――そんなこと、させるもんですか
居場所は自分で決めるわ」
「悪い予感しかしないんだ、一刻も早く倒す……!」
「これ以上、誰も犠牲にはさせないよ!」
 ハーミルが十分な距離さえ取れば、イレギュラーズたちが懸念する要項が減る。
 あとは全力で攻撃を叩き込むのみと――けれども致命状態には気をつけながら、イレギュラーズたちは猛威を振るった。

 黒騎士・ファーブロスは消滅した。
 けれど祝音はハーミルから視線を外さない。
(前のプールの時も、敵の誰かが劉さんを傷つけたんだ……油断しちゃ駄目だ!)
 ハーミルが雨泽へ飲み物を渡したこと。
 その後暫くしてから雨泽が倒れたこと。
 あれが遂行者たちの仕込みではないと、誰が信じられようか。
 ――あの瞬間に覚えた恐怖を、祝音はきっとずっと忘れないことだろう。
「雨泽殿はご無事ですか?」
「はい。えーっと、」
 チラチラとハーミルを見て次の動きに備えていたニルは、雨泽へと付けたファミリアーにチイチイ鳴かせてこちらの状況が終えたと知らせたようだ。
「『ふたりっきりで大変すぎー! なる早で来て!』……だそうです」
「まだ元気が有り余っとるようですの」
 ファミリアーへと意識を向けている間に、ハーミルの姿は消えていた。
「何をされに来たのでしょうか」
 黒騎士からもハーミルからも悪意を受けたという報告を得られなかったグリーフは、寸前までハーミルが居た空白へと向け、そう呟いた。
 黒騎士は消え、ハーミルも去り――然れども以前帳は降りたまま。
 イレギュラーズたちはひとつの命も取りこぼさないよう、要救助者の捜索へと戻るのだった。

成否

成功

MVP

カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽

状態異常

なし

あとがき

ハーミルはおつかいおわったーと元気に帰りました。
おつかいは失敗しているのですが、彼は別段怒られはしません。
MVPはハーミルが「鳥さんやさし~」と言っていたので。

お疲れ様です、イレギュラーズ。

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