PandoraPartyProject

シナリオ詳細

Der Wolf

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●餓えた獣
 腹を空かせていた。
 故郷であった鉄帝国から逃げ果せたのは夥しい死に耐えきることが出来なかったからだ。
 近頃は故郷も変わったと聞くが、青年が『現役』であった頃は乏しい資源に耐えかねて肥沃な地を求めるように戦火は広がった。
『アルト』とて鉄帝国の領地を広げ、幻想をも飲み込むことでこれから素晴らしい未来を得られると信じていたのだ。
 幻想国民は力無き貴族が腐敗した政治を行なっている。故に、鉄帝国が武を持って統治し、正しき方向に導くのだと考えて居た。
 時の皇帝の考え方に感銘を受けたのは青年の生活が苦しかったからだ。
『アルト』には家族が居た。小さな弟と妹を支えてやるために、母がパンの欠片を子供に渡して困ったように笑う苦しさを拭うために。
 青年は戦場で戦い続けた。
 ――友が死んだ。
 呆気なかった。彼方とて領土を護る為に懸命だったのだ。
 ――友が死んだ。
 今日は蒼い薔薇が咲いたと聞いた。その言葉だけで、自身等は死の淵に立たされたと気付く。
 ――友が死んだ。
 享楽的な笑い声から遁れるように、茂みへと駆け込んだ。
 死を目の当たりにして、どうしようもなく恐ろしかったのだ。
『アルト』は山岳地帯へと逃げ果せた。それが敵国であろうと、どうでもよかった。もう懲り懲りを見るのは懲り懲りだったのだ。
 洞穴に逃げ込んだ青年に気付いたのはまだ幼い羊の子供だった。
「怪我してるの?」
 怯えた『アルト』を揶揄うように子供は笑い、治療を施して食事をくれた。
 ペットを隠れて飼うような、そんな粗末な世話だったが『アルト』にとってはそれが何よりも喜ばしく感じられたのだ。
 ゆっくりと癒えていく傷に、心を通わせる事の出来た穏やかな時間に。
 青年は喜びを感じていたが――

「内通者め」

 その時は直ぐに崩壊した。向けられた銃口の前に小さな仔羊が飛び込んだのだ。
「アルト」と呼び掛けたその子供の体は地へと横たわる。死。死だ。死を幾つも見てきた。子供は呆気なく死んでしまった。
 その時に青年は何かを聞いた。
 悍ましい声に頭を抱えた。腹が減った。酷く喉が渇いた。
 ぼんやりとした頭をゆっくりと上げてから『暴食の魔種』は全てを蹂躙した。
 目の前の愛おしい子供は何にも変えがたいほどに美味であった。追手の肉は固かったが、それなりに喰えた。
 ああ、だが――まだ、腹が減った。
 羊の匂いがする。『あの子の匂いがする』。どこだ、どこに――

「あら、寂しそうね。ちょっとだけ寄り道しただけなの。
 私? 私はね、聖女って呼ばれているわ。んー、ルルって呼んでちょうだいな。
 なんだか可哀想だから、おもちゃをあげるわね。……どうか、あなたの生命が飢え苦しむことがないように」
 ヴェールを揺らした女が残して言ったそれは、無数の狼となって地を駆けだした。


 幻想王国と鉄帝国の国境沿いでは『戦場』が広がっている。それは肥沃な土地を求めた鉄帝国による侵略行為の象徴とも言える場所だ。
 幻想から見れば北部戦線と呼ばれ、アーベントロート家の力の強いこの戦場は現在膠着状態とも言える。
 幻想国内の暴動や、鉄帝国側の『冠位魔種』の凶行が重なった事で目立った侵略行為は行なわれていないのだ。
 そんな戦場近くの険しい山岳地帯にベルと呼ばれた小さな部族の集落がある。
 季節事に住む場所を変える彼等は羊や山羊、牛といった家畜を飼い、牧畜や毛織物、刺繍細工で生計を立てている。
 丁度今は夏だ。山の中腹にある夏の村(サマー・ベル)に移動を終えて、日々を穏やかに過ごしていることだろう。
 外部との交流はそれ程多くはない。
 それでも、村で作った乳製品や工芸品の交易は盛んに行なわれている為にその存在は周辺集落にも確認されている。
 ――そんな『ベル』に最近は奇妙な出来事が起こり始めたのだ。

「カシュ、から」
 驚いた様子で目を瞠ったのはメイメイ・ルー (p3p004460)だった。
「ああ。『カシュ・ウル』という少年から連絡があったのだそうだ。メイメイの故郷だっただろう。
 ベルの付近で家畜が大量に殺され、村の周辺にも嫌な気配がするという。村人達の体調不良などを考え見ても……」
 魔種が来ている。それも、呼び声を発している。建葉・晴明 (p3n000180)はローレットに連絡を齎した『次期村長』という少年は『危機を見ることが出来る』予知夢のような能力を有していると聞いた。
 此の儘だと、村は悍ましい目に遭うのだという。
「遂行者の、聖遺物が、見つかっていました……が」
「ああ、その余波かも知れない。だが――それを誰かから受け取っただけの『魔種』が活動して居る可能性だってある」
 晴明は其処まで告げてからカシュの言葉をメイメイへと伝えた。
「『この予知』は、『この危険』は、メイメイを村から追い出した理由そのものだった。
 メイメイはこの『危険』……いいや、魔種に何らかの因縁があるらしい。カシュが言うには、メイメイの祖先に命を落とした子供が居る。
 その血筋が影響している可能性がある、と。もしも、メイメイが村に帰れば魔種は必ず狙いを定めてくるはずだと」
「わたしが……」
 標的になることは分かって居ても、それは家族だって同じだ。
「見過ごせ、ません。
 それに……その魔種を、野放しにすればベルだけじゃない。もっと、広い範囲で被害が、でるかもしれません」
 メイメイはぎゅう、と指先に力を込めた。
 旅立ちの真実はカシュから細かく聞くことが出来るだろうか。『村を追い出されたときから変わらない外見』は、止まってしまった成長は、僅かな変化を感じ始める。
「行きま、しょう」
 ――救う為に。もう、逃げ出してはならないと知っているから。

GMコメント

●成功条件
『魔種』アルトの撃破

●フィールド情報
 ベルと呼ばれる幻想の集落程近く。ベルはメイメイさんの故郷です。
 南部戦線(北部戦線)の付近に存在する山岳地帯です。
 最近のベルでは家畜が襲われる他、集配人が襲われるなど様々な事件が起こっているようです。
 近頃では天義を騒がせる遂行者が『魔種』に接触し、幻想国内にも『呼び声を広げる聖遺物』を設置しようとする動きが見られました(イレギュラーズによってその聖遺物は破壊されています)
 ですが、その影響を受けたままの魔種は『ベル』の住民を喰らうべく動き始めたようです。
 周辺の獣の死骸などから異変を感じた『ベル』の次期村長である『導き手』カシュ・ウルから連絡がありました。

●『魔種』アルト
 シナリオ『<烈日の焦土>Ring a Ding Dong』で遂行者が鉄帝国南部戦線に置いていった聖遺物を手にして幻想にやってきた青年。
 元々は鉄帝国の軍人です。特殊部隊に配属され、幾重もの死を見てきたことにより心が擦り切れて幻想へと逃げ果せました。
 国家への忠誠も、矜持もかなぐり捨てた青年は、幻想である『仔羊』に拾われ、心を通わせますが――
 内通者と疑われ、追っ手によって『始末』されんと為たときに優しい羊の子供はアルトを庇って死亡してしまいます。

 それを切欠に反転した暴食の魔種。羊の子を喰らったことで愛おしさが倍増し、腹を満たすために無数のものを喰らいます。
 その『羊と血の繋がっている』メイメイさんへと執着して居るほか『獣種』及び『食材適性』を有するイレギュラーズに心を惹かれる傾向があります。
 遂行者の聖遺物の影響を受け続けたのか自我が徐々に消失していっていますが、辛うじての対話が可能です。
 なお、どんな遂行者だった?と聞くとふわふわとしたヴェールの娘と答えます。何処かに居たな。聖女……。

●『滅びの獣』 5体
 遂行者達の置き土産としか言いようがないでしょう。アルトが連れていた『南部戦線で発見してそのまま幻想に持ち込まれた』影の天使が狼の姿をしたものです。
 アルトと同調している様子ですが、アルトが居なくなったとてそれが滅びのアークから作り出された獣であるのは確かです。

●同行NPC
 建葉晴明が参ります。前衛タイプ。侍のように戦います。何かありましたらご指示下さいませ。

 それでは、宜しくお願いします。

  • Der Wolf完了
  • GM名夏あかね
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年09月15日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

グドルフ・ボイデル(p3p000694)
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
※参加確定済み※
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル
セシル・アーネット(p3p010940)
雪花の星剣

サポートNPC一覧(1人)

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿

リプレイ


 もしも、貴方が孤独であったならば。
 わたしには、何が出来るのだろうか。貴方にとっての光にはなれやしないけれど、わたしは――

「カシュの――」
 唇を震わせた『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は眼前に立っていた『中務卿』建葉・晴明(p3n000180)を、『暁月夜』十夜 蜻蛉(p3p002599)を見た。
 意味も分からず故郷を追われ、涙ながらに山を下った。その最中に、特異運命座標になったのは偶然だった。
 きっと、その偶然がなければ真実だって識る事も無かったのだ。巡る思いが、足を竦ませる。けれど――
「わたしはもう、逃げません。蜻蛉さま、グドルフさま、ゼファーさま、セシルさま、ハリエットさま、ミザリィさま、ルナさま……そして、晴さま。皆さまのお力、お借りします……!」
 真っ直ぐに向き合って『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)はメイメイの肩を叩いた。真っ直ぐにベルを、己の故郷を見据えたメイメイの傍に居ることが出来た事を蜻蛉は何よりも感謝している。
(メイメイちゃんの身も、メイメイちゃんの生まれた故郷も……守れるように頑張りましょ)
 果たして、それがどう言う意味なのか。彼女が故郷を追われた理由が、そこに絡むのであればしっかりと耳にして置きたかったのだ。
「メイメイさん。貴方の思う通りに動けばいい。私はそれを援護する」
 斯うしたときにどの様な言葉を紡ぐべきなのか『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)には分からなかった。交流に長けている人間は、例えば『彼』なら、どんな風に言葉を掛けるのだろう。他人が人様の事情に立ち入るだなんて、と一線引いていた自分は思ったよりも簡素な言葉しか紡げずに居た。
 途惑いを覚えて居た儘のハリエットの傍を『氷雪剣舞』セシル・アーネット(p3p010940)が一歩踏み出した。その傍にはマーシーが小さな尾を揺らし立っている。
「詳しい事情は僕には分からない。ローレットの報告書を読む限りのことしか。
 ……でもね、これだけははっきりしてるんだ。僕はメイメイさんの助けになりたくてここまで来たんだよ。同じローレットの仲間として一緒に戦うよ!」
「ありがとう、ございます」
 メイメイはこくりと頷いた。セシルにとって、細かな事情はこの際必要は無かった。
 困っている人が居て、助けを求める人が居て、それに差し伸べる手があるならば何も臆する事は無いと考えて居たからだ。
 故郷へと一歩踏み入れたメイメイを次期里長であるカシュが緊張した面持ちで見詰めている。あの頃よりも幾分も伸びた背丈に、大人びた幼馴染みは『あの時から姿が同じ』メイメイとは対照的にも思えた。
「メイメ――」
「ただいま、を言うのはまだ、です。……えと、カシュ……? ……大きくなってて、気付かなかった……。
 ごめんね、帰ってきちゃって……ベルを守りにきた、よ」
 傷付いた顔をしたのはカシュの方だった。メイメイはやけに晴れた表情で、『イレギュラーズの一人として』向き合っている。
 カシュの顔を見て『駆ける黒影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)はがしがしと己の頭を掻いた。
「細かい話は分からねぇ。わかってんのは、村に危険が迫ってる、その危険にメイメイの血筋が関わってるっつー予知情報くらいかよ。
 ただ、聖遺物が見つかって実被害も出てるっつーとな。連中ラサにもちょっかい出しやがったからな。
 ……放っとくと面倒だ。落としもんの掃除くらい、手伝ってやるよ。いいな?」
「はい。有り難うございます。メイメイも、イレギュラーズの皆さんも」
 聖遺物の影響を受けて活発化した魔種。遂行者の忘れ物だとしては其れは其れで見逃せないとルナが渋い表情を見せる。
 集落の人間を一カ所に集めること、家畜を小屋の中に避難させる事を。そうした指示を行なうメイメイに従うカシュが走り出す。
 彼は言って居た――狼の気配がするのだ、と。家畜を喰う獣の気配。カシュや集落の人々はその気配を過敏に感じ取っていたのだろう。
「”暴食”の”狼”ですか……。……他人事ではありませんね」
 腹の底が冷えた気が『無情なる御伽話』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)はして居たのだ。自らはまだ『ヒト』と呼ばれる存在を食べたことはない。いや、正確には未遂だっただけだ。
「ヒトを喰らうのは倫理的にも許されることはない。ええ、けれど……食べかけた私は、よく知っているのです。
 その欲求を一度でも抱けば逆らうことは出来ない。ましてやそれが原罪の呼び声によって性質を反転させたものならば――」
 その男を哀れには思う。無情にも、抗うことの出来ない欲求を抱いてしまっているのであれば安らかな終わりを与えてやりたい。
 夏風は涼やかだ。吹く風に煽られながらも目を伏せったミザリィの傍で、そっと煽られた髪を抑えた『猛き者の意志』ゼファー(p3p007625)は忙しなく動く人々を見て回る。
「随分と長閑な風景ね……こうして見ると、北部戦線の一部だなんて信じられないくらいだわ」
 鉄帝国の動乱の際に『南部戦線』として見た戦場は荒れていた。鉄帝国は肥沃な土地を求め幻想へと攻め入り、幻想は領地を奪われまいと抵抗する。
 その痛ましささえ感じさせぬ長閑な風景は、戦いなど遠い過去のことのように思えてならない。少し進めば、戦場は無情にも広がっているというのに。
「……獲物は何処にいるのやら。家畜なんかをやたら襲うあたり、質の悪い狼そのものね。
 だったら、エサがほっつき歩いてりゃ向こうから姿を現してくれるんじゃないかしら」
 鼻先に感じる獣の薫りは、こんなにも近付いて来ているのだから――


 獣の気配を察知するようにルナは周辺地形の確認をしていた。カシュから確認した家畜が襲撃された場所や魔種の気配の残渣、そして血の臭いなども察知しておくことで襲撃に備える事が出来るはずだ。
 マーシーと共に耳を欹てていたセシルは「マーシー、何かに気付いたら教えてね」と優しく声を掛けた。トナカイのマーシーは愛らしい緑色のリボンに飾った星をきらめかせこくりと頷く。
「それじゃあ、うちは……狼さんが居たら教えて頂戴。よろしくね?」
 カラスへと優しく声を掛けた蜻蛉は村人達への危険が及ばぬようにとサポートを行なうとも決めて居た。急ぎ脚で避難場所を決定したメイメイは「晴さま」と晴明へと声を掛ける。
「カシュ達を、守って頂きたいの、です」
「任せてくれ。ただ、メイメイもどうか――いや、此れは言わないでおこう。気をつけて」
 メイメイはこくりと頷いた。自らが狙われるのは分かって居る。『あの子と同じ』と、『彼』が言って居た――その気配が己を狙い、喰らわんとするならば家族を護る為には囮になる事が一番であると理解していたのだ。それを無茶だと言われても、無理を押し通しに来たのだ。
「さて、と」
 ゼファーが身の丈ほどの槍をゆっくりと構えた。気配が濃くなってくる。ひしひしと肌に感じるのは『悍ましさ』だ。滅びの気配を宿した使徒は、腹を空かせてやってくる。
「来るよ」と囁くハリエットの声音は硬質な気配をさせていた。此処で押し止めれば良い――それだけで護る事が出来る。
「……大丈夫だよ。私達は此処で全てを押し止めるから」
 ハリエットが顔を曲げた。呼び声に当てられる可能性を見越し、防衛線と村人達との距離は開いている。
 自らは獣一匹見逃すまいと感覚を研ぎ澄ませたルナは唇と吊り上げた。ほら、目の前に姿を見せたではないか。
「やれやれ、帰れって忠告してやったハズなんだがねェ……ま、仕方ねえ。
 人里に降りてきた獣の結末がどうなるか──身をもって知ってもらうとするかよ」
 無骨な山刀を担ぎ上げたグドルフが嘆息した。眼前には姿を見た『魔種』が立っている。餓えた獣と言うべきだ。
 唇を引き結んだ狼の姿を見詰めてからゼファーはやれやれと言わんばかりに肩を竦めて見せた。
「もうちょっと可愛いのを連れてても、罰は当たらなくてよ」
 地を蹴った。咲き誇る大輪の花の如く。槍を薙ぐ。身を捻り上げ、軽やかに、涼しげな風が吹き荒ぶように周辺を包み込む。
 前線へと飛び出すゼファーをその双眸に映してからハリエットは構えたライフルの引き金に指先をかける
「この先には行かせないよ」
 この先には護りたい人が居る。周辺の獣を睨め付け弾丸は雨の如く降り注ぐ。
 メイメイにとっての家族を狼の餌になど出来る訳があるまい。弾丸の雨の下を走り抜けて行くルナは『骨董品』であったそれを構えた。ウッドストックライフルは古びているが手に馴染む。弾の詰まりも無く無数の弾丸が周辺の獣へと叩き付けられるのだ。
 獣の唸る声が響く。その不協和音ともとれる声音にミザリィは不愉快だと鋭い視線を投げ付けた。
「来なさい、姿だけを真似た紛い物たち。本物の狼が相手をして差し上げましょう」
 ミザリィの繰り出す直死の一撃は魔性の気配をさせていた。相手が喰らわんとするならば『狼』は更に大顎を開けて食らい付くのみだ。
 寓話の狼がそうするように。ミザリィは喰らう事を臆さない。
「ケッ……てめえらの毛皮なんぞ剥いでも、カネになりゃしねえがなあ。おらあ、掛かって来いよ気色悪ィクソ狼ども!」
 声を張り上げたグドルフに頷いてからハリエットが弾丸を放つ。ルナは一匹たりとも逃がさぬと素早く地を駆けた。
「殆ど正気を失って、届く言葉があるのかだって定かじゃないわね。けれど――」
 そう分かって居ても当人の口から聞きたい物がある。少なくとも、メイメイは彼が何者であるかを識りたがっている。その一助は出来る筈なのだ。
「さあて、美味しい獲物をお望みなら、其れなりに自信はあってよ。尤も、大人しく喰われる気もありませんけどね?」
 アルトを引付けるゼファーの槍が男の振り上げた腕にぶつかった。ぎしりと音を立て軋む。
 腕に力を込めて押し返してから「全く強引だ事」とゼファーは囁いた。後方から支える蜻蛉の花弁を象る毒の魔石はアルトの動きを食い止める為に叩き付けられる。
「マーシー、聞いて。メイメイさんはきっとあの人と話したいことがあるんだと思う。
 ……だから、僕は負けないよ! さあ、こっちだよ!」
 セシルは声を張り上げた。眩い光の星が、降り注ぐ。氷の刃が閃いて、獣を切り裂き進む。
 マーシーがいれば、セシルは強くなれる。耳を、尾を揺れ動かしてからセシルは自らも『餌』で有るように振る舞った。
「ほら、よく見てご覧よ、僕は美味しそうでしょ?」
 ぴょこりと耳を揺れ動かすセシルの笑みが深くなる。ゼファーとセシルは自らを『餌』であるように見せかけてメイメイを苦難から守るのだ。
「でも命まではあげないよ。僕はまだまだやりたいことが沢山あるんだから」
 大切な友人達と出掛けたい。これから成したいことは山ほどある。その為ならば、ここで負ける気なんてしないのだ。
「前に逢うた時……あの子と同じ匂いだと確かに聞きました。もしかして、違う誰かを重ねているのかしら」
「誰を……? あの子は、あの子だ」
 蜻蛉は眉を顰めた。ああ、屹度彼には『メイメイ』と『他の誰か』の区別が付いていない。探している当人が目の前に居るとでも言いたげなのだ。
「きっと、そうなんでしょうね……やからって、うちの大切なお友達は渡せません!」
 アルトはそれでもと目を見開いた。その笑顔にグドルフが刀を構える。一歩だけ踏み出してからメイメイは緊張したように声を掛けた。
「また、会いました、ね」
「ああ……やっと会えた」
 メイメイはいくらかの言葉を重ねた。どうして、自身を狙うのか。そればかりを疑問に思っていたが合点が言ったのだ。
 R.O.Oで小さな小さなメイメイが見付けて、心を交したやさしいおおかみがいた。その出自も耳にしている。あれが本当の出来事で、メイメイにとっては『ご先祖様』の話だったなら。
「……あなたは、絶望を抱えて……生きてきたのです、ね」
 あの時であったアルトの話を口にすれば、セシルが痛ましいと眉を寄せる。
 鉄帝国で見た無数の屍から遁れ、羊の子供に匿われたが結局、その子供が殺されてしまった狼の話。暴食に身を窶し、其の儘、欲の儘に食らい尽くした苦しみに言葉でない。
「わたしをお望みです、か?」
「おいで、早く――」
 アルトが手招いた。メイメイの傍で蜻蛉が構える。メイメイを決して渡すわけには行かないと、そう考えて居たからだ。
「もう誰も傷つかないのなら、食べられたって、いい。
 けれど、貴方の心が傷つくばかりで、満たされる事はないので、しょう? ……わたしは『あの子』じゃない、から」
 メイメイはぽつりと呟いた。ただ、それだけでも、話せただけで満足だった。
 腹を空かせたアルトが飛び掛からんとする。
「へっ。なんだあ、腹が減って仕方ねえかい。ならその腹ァかっさばいて、胃袋に石ッコロでも詰め込んでやろうか。
 知ってるか? ……悪ィ狼ってえのは、そうやって退治されてきたんだとよ!」
 グドルフは、アルトの過去にも、『お涙頂戴ストーリー』にも構うつもりは無かった。ただ、気に入らないことをする奴を気に入らないと殴る。
 それが山賊の在り方だからだ。
 それでも、それが救いであるとメイメイは知っていた。
(可哀想なおおかみさん。聖女の行いが『救い』なのかもしれなくても、貴方が『あの子』を忘れてしまう前に……!)
 失った命は二度とは戻らない。
 ただ、それを理解するにはどれ程の苦しみを乗り越えなくてはならないのだろう。
 アルトはそれ以上は話さなかった。ただ、それ以上の苦しみを続ける事は無いとグドルフは叩ききる。
『暴食の狼』は気に食わない。此処に居るのは、心優しい元軍人の男で、それだけでいいのだ。


 歌声が聞こえる。村に伝わる子守歌だ。アルトは虚ろに瞼を押し上げてから唇を動かした。
 聞き慣れない名前だ。羊の子供の名前。呼ぶ事が出来なくなった其れをやっとの事で思い出す。メイメイに抱き締められて、同じ薫りを感じても今は腹が鳴ることは無かった。
「おやすみなさい、アルトさま」
 ――おやすみ、アルト。明日は屹度元気になるよ。
 幼い羊の越を思い出してから狼はメイメイをぎゅっと抱き締めた。腕が震えている。やっとの事で抱き締めたその身体に男は一筋の涙をこぼした。
 ああ、何時もあの子は歌ってくれていた。
 優しい羊の子。君は、きっと、もっともっと幸せになれたのに。ああ、だから、どうか『今回こそ』――
 アルトの腕から力が抜けていく。だらりと降ろされた腕に、止まってしまった呼吸に、冷えていくその身体をメイメイはずっと抱き締めていた。
「……悪ィ狼は退治されました、めでたしめでたし──とまでは言えねえだろうよ。
 あの狼野郎は魔種にこそなっちゃいたが、まだ自制は効いてた。……それをああさせちまった、元凶のクソ遂行者をブチのめさねえ限りはな」
 そう呟いたグドルフにメイメイは「そう、ですね」と呟く。
 遂行者。その人がいなければ、彼とももっと対話をすることが出来たのだろうか。1人佇むメイメイの傍に駆け寄ろうとしてから蜻蛉はぐっと堪えた。
「さ、この子を弔いましょうか。屹度、こんな終わりは望んじゃいないわ」
 ゼファーはアルトを見下ろしてからその頬の泥を拭う。ハリエットはこくりと頷いた。飽くなき欲求はこれでお終いか。
「どんなに愛しくても、腹に収めてしまえば二度と会えなくなるんだけどな」
「ええ、けれど、止まらなかったんでしょうね。何と云ったって腹が空いたら、人間は苦しむことになるのだもの」
 ゼファーの言うとおりだとハリエットは思う。どうしようもなくなるからこそ彼は『暴食』だったのだ。
(……良い夢を見られますように)
 安らかに眠ることが出来るのはどの場所だろうか。セシルは「アルトさんは何処に埋葬しましょうか」とくるりと振り返った。
 少し悩ましげであったミザリィは「集落の方に聞いてみましょうか。せめて、愛しい人が居た場所にでも」と辺りを見回す。
 慈しんだのは、自身を守ってくれた羊だったのだろう。ミザリィもセシルもアルトの生い立ちについては詳しくは知らない。ただ、分かるのは彼が狼であり羊や山羊を喰らったと言うことだけだ。それが御伽噺の一端に語られるよくある話である事には違いない。
(ええ、御伽噺ならばよくあることだった――ただ……反転して暴食に目覚めただけ。本来の彼はそうでは無かったのでしょう)
 羊の子供が助けようと願うほどに心優しい人物であったのならば。
「ええ、そうやね。次に生まれて来るときは、幸せな生でありますように、と願ってあげましょ。
 魔種と相対したとき、うちは……願わずにはいられません。この人達は、きっと何も望んでやってたんやないんですもの」
 蜻蛉の唇が震えた。メイメイに声を掛けられておずおずとやってきたカシュが羊たちの埋葬場所を教えてくれる。
 その地で彼の安寧を祈らんとした蜻蛉はふと、俯いているメイメイとその傍に立つ晴明の姿に気付いてから首を振った。
「カシュ」
 おずおずと名前を呼ぶメイメイにカシュは罰が悪そうに俯いた。其の儘、無言の時間が続く。ルナは嘆息してから「おい」とカシュの肩を叩いた。
「次期村長様よ。口下手か? 予知なんてもんで追い出しといて、今更ローレットに連絡いれて、メイメイに伝わると想定してなかったのか?
 ……それも織り込み済か? いや、こいつが特異運命座標だと知らなかったのかもしれねぇがよ」
「知らなかった。けれど……」
 もしも、メイメイに話が届いたならば彼女は直ぐにでも飛んで帰ってくるとは思って居たとカシュは言った。
「なぁ、メイメイ。ケジメに一発ぶん殴っといていいんじゃねぇか? ”他人”なら捨て置きゃいいが。”家族”に戻るなら、よ」
「な、殴る、ですか」
 驚いた様子でルナと晴明を見比べてからメイメイは「ふふ、じゃあ」と一歩だけ踏み出してからカシュの頬を掌でぺちりと叩いた。叩く、というよりも優しく触れたと言うべきなのだろう。
「ただいま、カシュ」
「……おかえり、メイメイ」
 メイメイの瞳が潤む。伝えたいことは沢山あった。沢山の仲間が出来た事、此処で戦ってくれた『友人』達の事。それから――
 言葉を詰らせたメイメイを眺めてからルナは嘆息する。
「……ったく。勝手に託されて生き残らされる側も、肩身が狭ぇんだぜ」
「……何か?」
「なんでもねぇよ」
 首を振ったルナに晴明は不思議そうな顔をしてから頷いた。誰だって重たい荷物を背負いながら生きている。
 メイメイにとってはその荷を降ろすのが今だっただけの話だ。
 夏を孕んだ風がふわりと吹いて通り過ぎて行く。
 これから、沢山の話をしよう。それで――最後は「めでたし、めでたし」で綴じるのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 故郷へ、おかえりなさい。

PAGETOPPAGEBOTTOM