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シナリオ詳細

<信なる凱旋>冥き騎士来たりて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「行くの?」
「いいや、様子見」
 庭園の椅子に腰掛けたアドレは『聖女』ルルに首を振った。
「海ってべたべたするからあんまり得意じゃないんだよね。まあ、ツロ様が言うなら行くけれど」
 アドレはテーブルの上に置かれているティーカップを指先でななぞった。ルルは「それ、美味しいわよ」とティーカップを傾ける。
「幻想の苺を使ったなんとかかんとか。まあ、覚えてない」
「ふうん。カロルは何時行くの?」
「……まあ、暫くしたらね」
 ルルは目を伏せてからテーブルをとん、とんと指先で突いた。
 アドレは「僕も、まあ、暫くしたらかなあ」と呟く。アドレは今日という日をルルと紅茶を飲む時間を過ごしたいわけではない。人との『待ち合わせ』を目的としていたのだ。
「誰に頼むの? 御遣い」
「深緑で終焉獣を飼ってた遂行者がいたんだけどね、結構な変質者でさ。
 ……まあ、人の魔力を『喰う』のが好きなんだよね。それを喰って、飲み込んで、咀嚼して、全てを啜り尽くして終るっていう」
「え、キモ」
 思わず呻いたルルにアドレは「ね」と肩を竦めた。
 それでも、その『変質者』は美しい姿を保っている。その外見が幼子であるのは得てきた魔力によるものなのだろう。
 少年の姿をした『遂行者』は「酷い言い草ですね」と呟いた。
「ああ、ルオだったのね」
「やあ、ルオ。おつかいを頼んでも?」
 ひらひらと手を振ったアドレにルオと呼ばれた浅黒い肌をした少年は「はい」と頷いた。


 魔力を喰らう事が好きだった。それを糧にして己の若さを保つのだ。
 ルオは魔法使いや魔女を好んでいた。魔法使いや魔女の魔力を水晶玉に溜め込んで、其れ等全てをじわじわと己のものとするのだ。
 ……それは趣味でしかない。最も、腹を満たすというだけの『つまみ』である。
 どちらかと言えば、溜め込んだ魔力を持って全てを征服するという欲の方が強いと言うべきだ。
 暫くの時間を深緑に棲まう『捨て地の魔女』カトリーン・ファルトと共に過ごしたのは徐々に弱っていく彼女の魔力を喰らう事が楽しかったからに過ぎない。
 最も、それらもイレギュラーズに食い止められ溜め込んだ水晶玉を利用して逃走せざるを得なくなった事は悔しい話である。
(あいつらも美味しそうな魔力だった)
 ルオはふと、思う。故にアドレが海洋王国に降りた帳の元に向かう遂行者を探しているという話に手を上げたのだ。
 預言者ツロも嫌なことを考える。だが、同時にルオは思うのだ。
 廃滅病を自らも取り込んで糧にする事が出来ればそれを使いこなすことができるのではないか――?
 ルオは、否、ルオの様な遂行者は体のつくりが人間とは違う。もしかすれば、それを使いこなせる可能性があるだろう。
 ああ、それならば。
 直ぐに行かねばならないか。
 ルオはアドレより黒き騎士を二人預った。『海渡る馬』と名付けられたそれは廃滅の海を駆け抜けて、それらを飲みくらい天義へと持ち込むらしい。
「さて、行きましょうか。
 折角アドレが降ろした帳なんですから遊びましょう。……ついでに、摘まみ食いをしても宜しいでしょう?」
 囁いたアドレに海渡る馬は『異言』によって返事をした。
 何と云っているかを誰もが分からないだろうが――それが良き返事であることだけはルオにも良く分かった。
「ああ、楽しみだなあ」
 ぐずぐずと崩れ落ちていく滅びの海。
 佇む終焉の気配がルオは好きだ。
 どうして遂行者として動いているかなど簡単な話では無いか。
 大義も何もかもが存在して居るわけではない。ただ――『楽しいから』。これっきりに限るだろう?


「ご機嫌よう、来て下さったのね」
 穏やかに微笑んだのはカヌレ・ジェラート・コンテュール (p3n000127)。コンテュール卿の名代として帳付近へとやって来たのであろう。
「教皇様のお話は聞いておりますの。この帳、海側に徐々に領域を広げておりましたから……周辺の住民の避難誘導は済んでいるのですけれど、内部に入り込んでいる方がいらっしゃる可能性は――『ない』とは言い切れない」
 歯痒そうに呟いたカヌレはすうと息を吐いてから首を振った。
「それは、さて置きですわ。廃滅病に関してはわたくし達だって悔しい思いを為てきましたもの。
 わたくし達は――と、申しましたけれど、我が家門と言った方が宜しいかしら。本当に、本当に苦い思いをしてまいりました」
 カヌレは帳を真っ向から見詰めた。護衛役の軍人達が近付かないようにと彼女へと声を掛ける。
「ですから、それを『外』へ広めるなど許せません。
 況してや、何らかの兵器のように使うだなんて……絶対に許してはなりませんもの。
 海洋は『頭がやわらかぁい』国家ですのよ。ですから、此処に天義騎士団との共同戦線を提案致しますわ」
 カヌレは手をぱちりと撃ち合わせてから意地悪く言った。
「どんな支援だって惜しまないのがコンテュール! お食事でも、装備でも、わたくしが整えて差し上げますもの。
 ……ただ、わたくしには戦う力はありませんの。あの海を越えるときだって、わたくしは見守ることしかできませんでした」
 カヌレはイレギュラーズの顔を見回してから決意したように言った。
「どうぞ、あの苦しみを他の誰にも与えぬように――この海を止めて下さらない?」

GMコメント

●成功条件
・『海渡る馬』の撃破
・『遂行者』ルオの撃退

●『帳の青』
 旧絶望の青(現・静寂の青)です、が、リッツ・パークです。
 海洋王国に降ろされた帳は徐々に大きくなってきており、その内部に遂行者が現れたようです。
 内部には『廃滅病』の気配が濃く、嫌な気配がします。

 この地では長く滞在していると『廃滅病』に似た病(BS)に罹患します。
 ただし、この『領域』のみのスペシャルブレンドです。特別製です。
 出れば解除されます。出ない(領域が消えない限り)は永続です。解除スキルなどでは解除不可となります。

 このBSが付与されると徐々に『最大HP』が減少していきます。この効果でHPが0になる事はありません。また廃滅病と似た症状が身体に発生する事もあるようです。
(異臭が生じる、体の一部が溶けるかのような感覚を味わうなど。これらの要素はステータスの数値には影響しません。またこれらも神の国を出ると解除されます)

●エネミー
 ・『遂行者』ルオ
 聖遺物と思わしき瞳を双眸に押し込んだ浅黒い肌をした少年です。遂行者であり、他者の魔力を喰らう能力を有します。
 基本的には『海渡る馬』の引率を行って居るだけです。
 魔女、魔力を有する存在に対して興味を抱き、それらを『喰らう』事を好んでいます。
 非常に物腰は丁寧です。マリエッタ・エーレイン(p3p010534)さんやセレナ・夜月(p3p010688)さんを魔女として認識しています。
 その他『魔女』『魔法使い』と名乗ったイレギュラーズは全てルオの標的です。

 ・『海渡る馬』2体
 黒き騎士が跨がっている青い馬です。滅病をその体の中に取り込んで天義にばら撒くために産み出された騎士です。
 それぞれがルオに従って動き回ります。体当たりなどを得意としており耐久力に優れています。
 廃滅病の気配を全て飲み込み終って腹が一杯になった時点で撤退していきます。

 ・『影の天使』 5体
 全てが空を飛ぶイルカの形をしている影の天使です。『海渡る馬』をサポートし、広範囲への攻撃や支援行動を行ないます。
 飛行状態である事、密集することを避けていることからそれなりの『知恵』を有しているようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <信なる凱旋>冥き騎士来たりて完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月14日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 志(p3p000416)
天下無双のくノ一
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)
彼方への祈り
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
三鬼 昴(p3p010722)
修羅の如く

リプレイ


 潮風が鼻先を擽った。ただし、その中に孕まれた死臭には『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)も表情を顰めずにいられまい。
 廃滅病とは、海洋王国が遠洋を目指し、新天地を得るが為に掲げた大号令の難敵であった。一度踏み入れれば肉は崩れ落ち、海へと溶ける。悍ましき呪いの海は冠位魔種のフィールドであった――が、それを退ける事が出来たのは特異運命座標にとっての成果に他ならない。
「この地が絶望の青と呼ばれた頃は未だわたくしも混沌世界の旅人ではありませんでしたが……。
 ひとたび平和が訪れた地に再び苦しみを広げようというのは感心しませんね」
 絶望と呼ばれた海は、静寂と名を変え、今や人々の憩いの地として親しまれていると『想光を紡ぐ』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)は耳にしている。
 マグタレーナへと頷いたのは『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)。拳を固め、苛立ちを堪えるように『帳』を睨め付ける。
「廃滅病……わたしは記録でしか知らないけれど、とてもいたましい……。
 再現なんて、絶対させちゃいけないものだってことは分かるの。だから、絶対に持って行かせたりしない。ルオの、遂行者の目論見は絶対に止めてみせるわ!」
『ルオ』――それが遂行者の名前だ。セレナと、そして『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は相対した経験のある少年だ。褐色の肌に、伽藍堂の双眸に聖遺物を押し込んだ不可思議な姿をした彼はアドレと名乗る使徒に導かれるようにしてこの帳にやってきたらしい。
 遂行者達の狙いは『廃滅病』を天義国内へと持ち込むことなのだという。
「まさかまた海洋が狙われるとはな。それも首都を直接攻撃とは……被害が大きくなる前に終わらせなければならない」
 海洋だけではなく天義にも影響が広がっていく。その現状を憂う『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)に案内役であったカヌレ・ジェラート・コンテュール (p3n000127)は頷いた。
「迷惑を掛けますけれど、宜しくお願い致しますわね」
「ああ。……出来うる限りの早期決着を狙いたいとは考えて居る」
 カヌレは廃滅病の恐ろしさを知っているからだろう。出来うる限りイレギュラーズに被害がないようにと願っている。戦う術を持たない海洋貴族筆頭派家門の令嬢。そんな彼女が前線にまで出て来て見送ってくれるのだ。
(それだけの事件、って事だよね)
 歯噛みした『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は聖刀をその掌で撫でた。この帳には覚えがある。自身が内部に入った頃と比べれば随分と大きくなってしまったけれど――
『あの時』に、サクラはアドレと相対した。遂行者アドレ、本来の名前をアドラステイアという彼はこの地に帳を降ろすが為にイレギュラーズと相対した。その結果、敗走を余儀なくされたサクラは眼前の帳は自身の敗北が故であるとも考える。
(……あの時の事を思うと忸怩たる思いを感じずにはいれない。だけど後悔ばかりしていても仕方ないよね。
 これ以上天義にも海洋にも廃滅を広げさせはしない。それが今の私に出来る事だ)
 過去は変わらない。過去を変えたいと願うのは遂行者と同じ事だ。その様な事をサクラは望んでいるわけではない。
 だからこそ、前を向いた。決意をするように帳へと一歩踏込む。死臭が肌を包み込んだ。廃滅病の気配は何時だって気分が悪くなるものだった。
「……病を広めようという輩は公衆の敵、違う土地にとはいえ領地を預かる身としましては到底許容できません。
 しかもそれが、同じ病に永く苦しんだ地域にというのならばなおのこと。様々な意味で長く付き合いたい相手でもありません、ひとつづつ堅実に潰していきましょうか」
 すう、と息を吐いた『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)はゆっくりと顔を上げた。遂行者ルオと、その背後には青い馬に跨がった黒い騎士がいる。
 瑠璃の記憶に寄れば『疫病』を担当する騎士の伝承と似通っているのだ。もしかすれば他の騎士をもした存在も天義国内に見かけられるのだろうか。
「来たんですね」
 にこりと笑った少年は値踏みするようにイレギュラーズを眺めて居る。その視線が獲物の『喰い頃』を確認している視線であることに真っ先に『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)は気付く。
「ルオと言ったか。しかし、悪いぼーいも友人は選んだのが良いと思うがね。
 どう見ても、このぼーいも性質が悪そうだぞ。悪い奴って以上に、たぶんヤな奴だ。何か、僕ときゃらが被ってそうな感じもするし」
「おや、被ってますか? 大丈夫ですよ食べれば腹の中で一つですし、キャラ被りも気にならないかと」
「そういう所だぞ、ぼーい。食事ってのは楽しくするもんだってのは同意するがね」
 肩を竦める愛無にルオは「あはは」と笑みを弾ませた。まあいい、終ればシーフードでも食べれば良いのだから、今は目の前の敵を食べ終わるのみだ。


 廃滅病とは何か。少なくともマリエッタはその詳細を知らない。事細かに調べれば『絶望の青』と呼ばれた海域に存在した滅びそのものであったのだろうが、現在はその模倣としか言えない。
「簡単に言えばこの領域に合せた特異なバッドステータスでよろしいのでしょう? 対策を入れ、場合によっては離脱すれば良いと」
「離脱できるとでも?」
 ルオが眉を吊り上げた。魔女である事を知っている相手を簡単に逃すわけがないとでも言いたげなのだろう。
 少年の姿をまじまじと眺めて居たマリエッタの瞳が細められた。普段のマリエッタとは何処か違う蠱惑的な笑みが浮かべられる。
「しかし……あら、あの子なのねぇ…うふふ、可愛い子――ちょっと、私の思考を遮らないでください」
 マリエッタの中には人格が二つあると言うべきなのだろう。死血の魔女と呼ばれていた女と、記憶を失いイレギュラーズとして活動して居たマリエッタだ。
 その前者がルオを見て心を躍らせているのである。嗜虐心が擽られたのではない。ただ、『同類』を見たならば奇遇だと手を叩いて笑いたくなった程度だ。
「いいじゃないのここまで来て、考えを巡らせれば……すぐわかる……ふふ、同類ね?
 自らの若さの為に他者の魔力を喰らう者。自らの美しさの為に他者の血を奪う者……ああ、奪い合う戦いの勝者はどちらかしら」
「似ている相手が沢山居て嬉しい限りですよ。最も、全部僕の糧になって貰いますけれど」
 ルオが目を伏せた。その背後から影の天使がするりと躍り出る。ルオは『魔女』と呼ぶ存在を狙うだろう。その性質上、魔力を多く求めるはずだ。
(私とセレナを狙うでしょう。……ええ、けれど、死血の魔女から奪おうだなんて思い上がりも甚だしいわ)
 マリエッタの唇が吊り上がった。狙うならばそれを引き受けるのみである。遂行者はセレナとマリエッタが受け止めれば構わない。
 影の天使と思わしきそれは徐々にイルカの姿へと変貌した。イルカ達と共に前へと出て来た騎士は廃滅病の気配を求めるように腕を振り上げる。
 その姿を双眸に映してからサクラはするりと聖刀を引き抜き、朗々と名乗り上げた。
「天義の聖騎士、サクラ・ロウライト。推して参る!」
 決して、それを逃がしてはならない。不幸を振り撒く原因となる事をサクラは知っている。
 天義の聖騎士として、何よりも『祖国を守る』ロウライトの使命として此処でその野望を打ち砕かねばならぬのだ。
 腐った気配のする大地には萎びた海藻が張り付き、赤黒く変色した珊瑚が砕け落ちている。その地を踏み締めてサクラは勢い良く氷華を放った。
 騎士へ向けて叩き込んだ居合いの軌跡。その青褪めた涼やかな刃がぎらりと光を帯びる。続き、影に潜むように至近へと飛び込んだ瑠璃はワイヤーをきりりと鳴らした。
 断片ばかりの未来視。それは敵の前へと滑り込めるという勇気程度に他ならない。だが、それだけで十分だった。圧倒的な速力で騎士の前へと躍り出た瑠璃の射干玉の髪が揺らぐ。
 騎士の振り上げた刃を避け、身を加賀舞えた儘、継ぎに叩き込んだのは『捨石』の中に潜んだ本命。隙へと差し込む鋭き一刺し。
「ふむ。しーふーどが食べたいと言ったら、いるかが出たか。あれはうまいのか」
 愛無は何気なしにそう言ってからすうと息を吸い込んだ。誘うような口ぶりに、腹を空かせた獣がぺろりと舌を覗かせる。周辺の影達を引き込むように一度、サクラ達と距離をとる。彼女達が騎士を狙うならば取り巻きはこの場には不必要だ。
 ファミリアーが空よりその状況を逐一確認している。すうと息を吸ってからアメトリンのコアに集まって行く魔力を感じたニルは同時に突き刺すような視線を浴びて、ぎゅっと杖を握り締めた。
「ルオ様……」
 彼は魔法使いを好むのだという。魔女や魔法使いの魔力を『喰う』のだ。つまりは『おいしい』は魔力だということだ。
(ルオさまが興味を持つ基準は名乗ったら? それとも魔力を使うニルのことも、魔法使いに見えるのでしょうか……?
 ううん、ルオさまにとってはニルも魔法使いのような存在……けれど、先に『おいしい』してしまうのはそう名乗る人なのかもしれない)
 彼が魔女や魔法使いと名乗る相手に何らかの執着をして居るのは確かなのだ。ニル自身は魔法使いであるとは自身を定義していない。
 だからこそ、標的から外れている最中に倒さねばならないのだ。眼前の騎士を。
「じわじわじりじりいやなかんじがする、これが廃滅病なら。これは、広げたりなんかするものじゃありません!
 そんなかなしいことは、させません。確実に倒し切るのですよ!」
「ええ、そう致しましょう。これが『絶望』と呼ぶべき悪夢を呼び出すのであれば」
 自身も魔女とみられても否定できない姿であるとマグタレーナは認識している。美しいローブとヴェールに身を包んでいた淑女は魔力の道筋を示し、廃滅の気配から仲間達を守り抜くべく慈愛の息吹を吹かせ続ける。
(マリエッタさんやセレナさんが第一の標的で、その次がわたくしやニルさんかもしれない。
 いえ……神秘の魔力を司ったイレギュラーズならば『美味しく』頂いてしまうのでしょう。それが、彼の在り方でしょうか)
 そうであるならば、自身こそ最もルオの標的に遠いと昴は自認していた。魔女ではない。ただ、自らの鍛え抜いた肉体こそを武器とするのだ。
「騎士よ。その程度で私の足を止められると思うなよ」
 するりと間合いへと入り込んだ。極限まで来た抜いた肉体は鋼をも上回る。正義の拳を叩き付けたと共に騎士の『視線』が昴へと突き刺さった。
「貴様の相手は私だ!」
 間合いに捉えたならば決して逃がすわけには行かない。自身の耐久力はお墨付。廃滅の気配で削れ行くもの全てをカヴァーするマグタレーナも居る。
「此の儘、押し退けて見せようか」
 昴の拳が騎士へと叩き付けられた。支援するマグタレーナは攻撃の機を狙う。仲間を巻込むかも知れない魔力の波動。叩き付けるタイミングには僅かな迷いも生じよう。
 しかし――「できるだけルオ様たちにこの病を持ち帰らせないように、早く倒さないと!」
 ニルの声に頷いた。
「輝け禍斬!」
 サクラが地を蹴って振り下ろす。騎士の首を叩ききれば、それは灰のように消え失せる。所詮は造り上げられた存在だ。
 嘶く蒼き気配に顔を上げてから「次!」とサクラは叫んだ。


「さて、先ずは魔女と名乗る方から……いいですね?」
 にたりと笑ったルオを前にしてセレナの魔力が周囲を包み込む。
「魔力が欲しいんでしょう。だったら奪ってみなさいよ、この夜守の魔女から!」
 睨め付けるセレナは魔空間を作り出す。敵を串刺し決して逃すまいとセレナはルオを睨め付けた。鋭い音と共に魔力が弾かれる。
「余所見ですか」
 ルオの至近距離にマリエッタが接近する。「マリエッタ!」とセレナがその名を呼んだ。魔力の波動と共に、マリエッタはルオの反撃を更に翻した。
「ああ、大丈夫よ。ふふ……貴方と違ってアタシの魔力に終わりはない……いくらでもお見舞いしてあげますよ、ルオ」
「それは食い出がありそうだ。似たもの同士ですもんね、魔女」
 死血の魔女と名乗った娘と『同じ考えを抱いているのだ』とルオは認識していた。何方も他者の魔力を食い物にしている。
 その様子を見詰め、睨め付ける。悍ましい気配を払い除けながらセレナは思わず口を突き賭けた言葉を飲み込んだ。
 魔力を喰らって若さを保つなんて、そんなのダメだ、と。人でなしとも言う事は出来なかった。どうしようもなくなった言葉の行く先は、攻撃に乗せられる。
「あんたの愉しみの為に好き勝手させるなんて、見過ごす訳が無い――そのいけ好かない眼、抉り出してやるわ!」
 セレナは叫んだ。ルオがダメでマリエッタが良い、なんてことない。そんな考えが揺らいでしまってはいけないのだ。
 それでもマリエッタはルオを引付け、回復だって担ってくれている。徹底的にセレナには攻めの姿勢で居ろと道を示してくれているのだから。
「死血の魔女は此方の方が屹度幸せになりますよ。『遂行者』であれば不老も、不死もどちらも叶えられるでしょうに」
「あら、素晴らしいお誘いね。流石に……似たもの同士だと、分かるのかしら」
 唇が吊り上がる。マリエッタの蠱惑的な笑みを見詰めてからセレナが引き攣ったように「マリエッタ!」とその名を呼んだ。
 魔女は敵なのだろうかと考えることだってあった。それでも、マリエッタ『同士』が共存しているならばそれ以上はない筈なのだ。
 嘶く馬の声に一度後方を振り返ったセレナが「マリエッタ」とその名を呼んだ。
 大地を踏み締めたのは、瑠璃である。騎士の前へと滑り込む。一撃を投じて身を捻る。周囲のイルカを引付けていた愛無が一度後方に下がれば立っていた場所へと魔力の奔流が叩き込まれた。
 マグタレーナがタイミングを合わせ全てを薙ぎ払わんと放ったのだ。その目映さに一寸、目を奪われたルオの頬をマリエッタが切り裂く。
「ですから、余所見は――」
「これはこれは」
 頬から走った一筋の赤。血潮の気配にマリエッタの瞳が細められる。
 ルオが一度後方へと下がれば影の天使達の動きが変化した。それらが攻勢に転じたのだ。騎士を庇うように立ちはだかったそれらをニルは押し退ける為に杖へと魔力を灯す。
「貴様らはここで仕留める。逃がしはしない!」
 叫ぶ昴の声に騎士は無言の抵抗を見せた。振り上げた剣が昴の腕へと突き刺さる。僅かな痛みに苛立ち、眉を顰めたが其の儘勢い良く押し返す。
 此処で倒さなくてはならない。戦って、全てを護る為に。
 ニル奥歯をぎゅうと噛み締めた。鋭い魔力の中をセレナが走り抜けていく。
「騎士の首だけは置いていって貰うわよ!」
「貴方の首も置いていっても良いのよ、ルオ」
 マリエッタの距離が迫った。ルオは「それは嫌だなあ」と囁いて――サクラが騎士の腕を叩ききった事で、崩された身体に昴の拳が叩き付けられる。
 周囲の影の天使を貪る愛無は『メインディッシュ』が居なくなったことに気付いてからゆっくりと振り返る。
 腹はまだまだミタされたとは言えないか。
「ルオだったか、ぼーい。
 実は僕も魔法使いってやつなんだよ。らぶあんどぴーすのために戦う、おとぎ話とかにでてくるたいぷの」
 愛無のその言葉にルオの指先がぴくりと震えた。たまには『共食い』も悪くはないかと挑発した愛無にルオが「それはそれは」と手を叩く。
 その存在を見定めるべく睨め付けていたサクラの視線にルオが笑う。
「そんな目をしないで下さい。僕は只の魔種ですよ」
「魔種……?」
「ちょっと聖遺物の力を借りている、ね」
 確かに、遂行者達の親玉は冠位魔種と想定される。ならば、魔種達も遂行者として存在して居るのか。
 その存在はどうしようもなく分り合えない。それ程に悪辣だ。ルオの瞳に嵌められた聖遺物は何らかの細工がされているのだろう。
 それが何であるのかをハッキリと見抜くことが出来なくてサクラは歯噛みした。ただ、一つ理解出来るのはそれが逃走のために使用される遂行者の『最後の一手』で有ることだ。
 魔力の奔流に瑠璃が思わず眉を顰めた。その気配に構えるマグタレーナに昴は頷いた。深追いはこれ以上は必要ないか。
「ルオ様は遂行者……なら、これがルオ様の思う『正義』なのですか?
 こんなかなしくてひどいことをしようとするのが、正しいことなのですか?
 ニルにはわかりません。どうしてこんなことをしようと思うの……?」
 震えた声音で問うたニルにルオは振り返ってから『幼い少年の姿』でやけに老成した笑みを見せた。
「君には分からないかもしれませんけれどね、誰だって、誰もが幸せになることが幸せな訳がないんです。
 少なくとも、僕にとっては『自身が若く、生き続ける』事こそが幸せの一つだ。その為に誰かを蹴落とさなくてはならなかったならそうるでしょう?」
「で、でも、それでは……不幸になる人が居るのです」
 ニルが不安げに呟けばルオは鼻先を鳴らして笑った。
「大勢の幸せの為にどうして僕が不幸にならなくてはならないの?」
「酷いエゴイズムですね」
 囁くマリエッタの魔力が刃の如く研ぎ澄まされてルオを狙う。弾いたその気配と共に遂行者は消えていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。

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