シナリオ詳細
<英雄譚の始まり>『冒険者』アイオン
オープニング
●
プーレルジールの野を一人の青年が駆けて行く。
手には錆びたロングソードを握り締め、近隣の村を襲ったゴブリンの討伐を行って居るのだ。
「なあ、話し合いをしよう」
青年はゴブリンへとそう告げた。ギャアギャアと騒ぎ立てるだけで対話の気配もないモンスターに対して青年は肩を竦める。
「――って言って話す事が出来ればどれ程良かったんだろうな」
青年はモンスターを斃す事に対して特別な思想は存在しない。生きる為には犠牲が必要であると知っている。
『この世界の』彼の実家は牧畜をしていた。それ故に動物たちとの別れを早く経験し、命の尊さを翌々理解していたのだ。
目の前のモンスターは生活を脅かす。だからこそ、討伐しなくてはならない。
仕方が無い事なのだ。
(まあ、話せたところでさ、其処まで変わりないんだろうけど……俺は頼まれたら断れないんだよな)
村人がお願いしてきたから「分かった」と受けた。その依頼を反故にすることはない。
「さ、そろそろお終いにしようか」
ぎゃあぎゃあとゴブリン達は騒ぎ立てた。青年は困り切った様子で目尻を下げてから「ごめんよ」と囁いた。
――それはよくある風景だ。イレギュラーズならばローレットを通して受けた依頼にてモンスターの討伐経験は日常的にあることだろう。
だが、この時代には冒険者は余り多くはない。
ゼロ・クールと呼ばれる『しもべ人形』達がそうした荒事を熟してくれるからだ。
『ゼロ・クールにばっかり働かせるのは可哀想だとは思うよ』
と、そんなこの時代の人間らしからぬ倫理観と型破りな常識を持った青年は敢て冒険者として活動して居た。
人出なくては解決できない荒事へと対処するためだ。
青年は名をアイオンという。この周辺で活動する冒険者だ。
冒険者、と言っても遠方に遙々出掛けて未知を知るわけでは無い。近郊トラブルを解決する何でも屋のような存在だ。
彼は特別、剣の腕が立つわけではない。
彼は特別、何かに恵まれているわけではない。
ただ、人よりも少しだけ『お人好し』なだけだった。
「それが勇者の原点と皆様の世界で呼ばれる青年の『IFの姿(ありえたかもしれないかたち)』でございます。」
アトリエ・コンフィーで『Guide05(ギーコ)』は静かにそう言った。
無辜なる混沌とプーレルジールは本当の過去というわけではない。何処かズレが生じている場所だ。
例えば、R.O.Oのようにネクストが独自的に発展進歩と遂げたとは訳が違う。どうしたわけかこの世界は無辜なる混沌の過去を再現し、そしてその正史からズレている。
何らかの理由があるのだろうがギーコは知らないという。
そも、ギーコは『心なし(ゼロ・クール)』だ。魔法使い(作者)に設定された以上は話せない為、仕方が無いのだろうが。
「彼は皆さんの過ごす無辜なる混沌なであれば魔王イルドゼギアを打ち倒したことでしょう。
ええ……尊大たる彼は天空島サハイェルにて『勇者』と呼ばれるようになったアイオンに打ち倒される『筈』です。
ですが、プーレルジールではその片鱗はなく、アイオンという青年は勇者ではなく冒険者として過ごしております」
ギーコはプーレルジール近郊の地図をテーブルに広げてからとん、と指差した。
「この村に彼が居ります。どうぞ、興味がございましたら見に行ってみては如何でしょう?」
ある青年が勇者と呼ばれていない理由も、冒険者の儘で燻っている理由も、それらを一度確かめに行こう。
敢て言うならばとある青年の物語は『まだ』始まっていないのかも知れない。
●
青年アイオンの暮らしている村はプーレルジールと呼ばれる草原にぽつねんと存在した。
涼やかな風の吹く穏やかな村だ。ティルーの村と呼ばれるその地は放し飼いにされた羊たちが日を浴びて転た寝をする平和な場所だ。
「アイオン、ちょっと手伝っておくれよ」
「はいはい」
村に住む女が声を掛ければアイオンは気易く返事をする。冒険者を名乗っては居るが、彼は夜になると決まってこの村に帰ってきた。
そう、彼はティルーの村を離れられない理由があるのだ。
『本来の彼がどうであったかはさておいて』、アイオンの母は病に伏せっている。その病状は悪化し、先は長くはない。
故に、直ぐにでも冒険の旅に飛びださんとする青年は母の死の際まで共に在ると誓ったのだ。
――さて、此処でその病の名を聞けば混沌世界では在り来たりなものだろうと気付くだろう。
此処はイレギュラーズがローレットで活動するよりもずっと過去である。当然ながら病の治療薬なども確立されていない。
簡単な薬草を煎じれば彼の母親の病状は良くなる筈だ。だが、それをアイオンは知る由もないのだ。
この世界のアイオンは母の身を優先するが為に、冒険の旅に出ず日銭を稼ぐためのなんちゃって冒険者の立場に甘んじている。
「最近はどうなんだい?」
「まあ、それなりに」
アイオンは肩を竦めた。
母の病を治すことが出来たならば何をしようか。最近は村の周辺も騒がしくなった。
(『魔王』イルドゼギア、か……)
ある旅人の男がサハイェルという地を拠点にしている。彼はこの世界を統治する為に動いているらしい。
大陸各地の集落では彼の元に降ったと場所もあると聞く。その侵略の手はプーレルジールにも近付いて来ているか。
(まあ、ただの冒険者紛いの俺じゃどうしようもないけどさ。
……この村だけは、守りたいよな。イルドゼギアが何を考えて居るのかは知らないけど)
アイオンは嘆息した。
『誰かが世界を導かなければ終る』と考えて居るという『魔王』の思想にはアイオンは意を唱えたい。
そもそも、独りの統治者によって治められた世界は何ら面白みもなくなるだろう。各地に棲まう民俗の権利を阻害し、その文化をも衰退させる。何となく気に入らない相手ではあるが今現在のアイオンにそれを阻む力も無く思うだけはタダといった調子だ。
ロングソードを片手に薬草摘みへとやってきた青年はふと、黒い影を見かける。
それは黒い靄を纏ったモンスターのようだった。
「……何だ?」
――イレギュラーズであればそれを『終焉獣』と呼んだのだろう。
しかし、アイオンは知る由もない。
この場所には魔種という者は存在しておらず、それは『魔王の配下』であると考えられていたからだ。
『エサ……オマエ……エサ……クウ……』
じりじりと近付いてくるそれをアイオンは青褪めた儘、見詰めていた。
此処で逃がせば村に行くのだろうか。
母が、幼馴染みが、皆が――
冷や汗が伝う。青年はそれ程戦い慣れているわけじゃない。ただの『冒険者かぶれ』だ。
しかし、誰かが犠牲になるところなど見たくはない。剣を手にした彼の未来は『何もなければ此処で終ってしまうはず』だった。
――そう、けれど。
この場には、あなたがいたのだ。
- <英雄譚の始まり>『冒険者』アイオン完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年09月05日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
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剣を携えた青年が前へと飛び出した。
地を踏み締め、終焉獣を前に怖じ気付く事も無い。だが、戦い方は粗削り。戦い慣れているわけではない青年には荷が重い相手だ。
青年――アイオンは、一介の冒険者『もどき』だ。
魔王の配下を容易に倒せるだけも実力なんざ持っちゃいない。
だからこそ、彼は。
「おやまあ、サンディ・カ……失敬、知人の顔によぉく似ている」
何処からか、声が聞こえた。『闇之雲』武器商人(p3p001107)が「ヒヒヒ」と笑う声が聞こえる。
ぴたりと動きを止めたアイオンの前へと滑り込んだのはカソックに身を包んだ小さな娘。ゼロ・クールだろうか、それにしては表情が豊かだ。
柔らかに揺らぐ薄桃に染まった白髪と、紅玉を思わせる瞳がちらりとアイオンを見た。
『山吹の孫娘』ンクルス・クー(p3p007660)は指を組み合わせ、祈りを捧げるが如く青年を終焉獣から庇う。
「君! 其処に居ては危ない!」
アイオンが叫ぶ。だが、終焉獣など敵ではないとでも言う様に少女は表情を変えなかった。
「プーレルジール……うーん、見れば見るほど長閑。個人的には異世界て感じがしないんだよね……」
ぽつりと呟いた。困っている青年を助けるのはシスターさんの役目なのだ。「皆に創造神様の加護がありますように!」とお決まりのように心に含んだ少女がモンスターから自身を庇って犠牲になる。それはアイオンにとっての『最悪』だった。
「君!」
アイオンがもう一度叫んだ。その声を遮るように奇妙な気配が周囲へと発された。ンクルスではなく、武器商人へと狙い定めた終焉獣達。
驚きへたり込む青年の傍に走り寄り「アイオンさんですね」と声を掛けたのは『華蓮の大好きな人』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)であった。
未だ勇者に非ず。冒険者と言う称号は万人に与えられるお決まりの言葉だ。故に、彼には普通の青年として接するのだとココロは決めて居た。
「あ、ああ……」
「わたしはココロ。『医術士』です。ある機関より派遣されてあなたのお母さんを診るよう遣わされました」
ぱちくりと瞬くアイオンに「説明は、また」とココロはすくりと立ち上がった。
終焉獣は浅く息をする。黒い靄を身に纏った獣達はそれなりに数が多いか。
「アイオンさん、助太刀するよ!」
黒き気配が周囲へと広がった。だが、それは不思議なことに『気持ち悪い気配』はない。アイオンが驚愕に目を見開けば『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は魔術を持って終焉獣達の注意を『乱入者』たるイレギュラーズへと引付けた。
「間に合ったようじゃな! ワシはオウェード! 単なる冒険者の一人じゃよ!」
幻想の建国王であれど、今は普通の青年だ。『黒鉄守護』オウェード=ランドマスター(p3p009184)は片手斧を振り上げ、終焉獣達を引き寄せる。
「な、何……」
「だ、大丈夫です、か?」
そろそろと近寄ってから未だ座り込んだままのアイオンに『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は穏やかに告げた。
「君も、母を見に来た医術士……?」
「いえ、その……突然で吃驚しました、よね。えと、わたしは、メイメイ、と申します。冒険者、でしょうか」
穏やかに、それでいて何処か確かめるような声音でメイメイは告げた。『勇者』になる前の『冒険者』――何処からどう見たって、普通の青年が目の前に居る。
戦うことにも未だ慣れていないのであろう彼を支えるべく、メイメイは魔術を施してから「立てます、か」と問うた。
「……君達は、あれを倒せるのか?」
「そうだね。倒せる――と言ってしまった方が良いかな。アイオンも手を貸してくれるかな?」
魔術の気配をその身に纏わせた『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)にアイオンは頷いた。
勇者になる前のアイオンは、それでも『勇者になる素質』を有しているように見えた。負けん気が強く、何処かでも一直線だ。
イレギュラーズが倒せるならば自分は見ていると選択することも出来よう。イレギュラーズから見て終焉獣でも、アイオンから見れば未知の敵だ。
「俺が役に立てるのかは分からないが」
「……アイオンさん。役に立つかどうかは些細なことなのです。たった一つ、問います。――護りたいものは、ありますか?」
静かに『ただの人のように』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は問うた。
これは『もしも』を辿った世界だ。何かが違っていれば、混沌世界のように未来が待ち受けていたのだろうか。
アイオンが勇者ではない世界線。彼が仲間を集め、世界を救わない世界線。それでも、『伝説』のもしもに触れられることが嬉しくてリンディスは緩む頬を抑えたままゆっくりと青年に向き合った。
「……ある」
そっと手を差し伸べる。喪った腕があれど、片腕でも手を繋ぐことが出来るのだ。
リンディスの手をぎゅっと握り締めたアイオンは小さく頷いてから前線へと走り出す。
「ええ。でしたら、力をお貸ししましょう。大丈夫。護りたいという気持ちがあれば、戦えます」
リンディスの淡い笑み、そして――ひょっこりと顔を出したのはアイオンから見ればまだほんの子供。
「えとえと、アイオンさん! メイたちもお手伝いするです! 一緒に戦おうなのです!」
「君も!?」
えいえいおーと拳を上げた『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)。小さな彼女を見て驚愕に目を見開いてからアイオンは「そういう事もあるか!」と納得した。
伝承の勇者より戦いに不慣れて、伝承の勇者よりまだ未知にも慣れておらず。伝承の勇者より――『面白い経験をする』事になる。
そんな青年をメイは『勇者さまのたまご』と称した。メイが、そして――
「みんなして楽しそうなコトしてんじゃーん! 私ちゃんは秋奈ちゃん! 通りすがりのかわいいおねーさんさ!
えーと……挨拶ってこーんなもんでいいかな? んじゃま、張り切って『倒す』ぜい! イエイイエイ!」
『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)が力を貸せば、世界を救える『かも』しれないのだから。
●
勇者王アイオン。
その伝承をマルクはよく知っている。後世に伝わる彼の逸話では『魔王イルドゼギアとて、誰かを救いたかっただけなのかも知れないね』とどうとでもとれるようなコメントを残している。
彼と腐れ縁であった『神官』は訳の分からない存在だと語り、『魔法使い』は面白い人なのだと褒め称えた。
僧侶は悔しいけれど負けさせられた気になるとも言った。精霊使いは不思議な魅力があると褒め称え、戦士は彼こそが勇者だと褒めた。
盗賊は暇潰しにはうってつけだと『らしい』評価を下し、共に冒険した聖獣は素敵な人だったと彼の人となりを褒めたという。
掴み所の無い青年だ。評価は人によって変わり、その存在さえ疑われることのあるような『伝説の勇者』。
そんな彼が、イレギュラーズを目に為て驚愕に目を見開いている。苛烈な戦い方に、恐れなど捨て去ったかのような痛烈な振る舞い。
ああ、実に――
――実に、『面白い』ではないか!
アイオンは『IF』だろうが『異なる世界線』だろうが性格までは其処まで変わっていないのだろう。
「メイメイと言った?」
「は、はい」
「サポート、頼むよ!」
アイオンが地を蹴った。オウェードが引付ける終焉獣の前へと躍り出る。剣を振り下ろす、が、浅い。まだ戦慣れして居ないことをウィリアムは実感する。
突如として前線に走り出した彼に驚きを隠しきれぬメイメイが「あ、メイさま!」と呼び掛けた。癒やし手でもある娘は己に魔力を弾く加護障壁を展開してから小さく頷く。
「アイオンさん、メイが支えるです! 後ろ!」
「ああ!」
大地を勢い良く踏み締めた。僅かに体を浮かせたかと思えば剣を後方へと勢い良く突き刺す。終焉獣の額を突き刺したその一撃を見てから秋奈が一瞬呆気にとられた。
「あれ、私ちゃんじゃね」
「真似させて貰った。ええと……『秋奈ちゃん』!」
秋奈が大声を上げて笑った。ああ、いい性格をしている。人の技を模倣して、人を真似て戦う。それだけではない。粗削りだが徐々に戦いに『適応』しているのだ。
「やー、こいつらいつかぶり。って覚えてねーわ! ぶっはっは! 私ちゃんも負けらんねーな!
へいへい、アイアイ。うっかり転ばないように、足元が見えるように。明るく照らすのです。これから勇者を導くから太陽ってか! ぶははっ!」
「勇者? 秋奈ちゃんがか?」
「いーや、アイアイもそうだぜ。人間は皆、勇者だ!」
勇者という言葉を噛み締めてからアイオンの唇がついと吊り上がった。その言葉が自然と体に馴染んだ気がしたのだ。
にいと笑ったアイオンはまだ隙が多い。するりと滑り込んでから「アイオンさん、右だよ!」とンクルスが滑り込んだ。紅玉の瞳が終焉獣を見据えている。受け止める娘に「君、大丈夫か!」とアイオンが呼びかけるが――「ゼロ・クール……?」
『鋼』のシスターさんは終焉獣の牙程度では怯まない。アイオンがゼロ・クールと呼んだとおりにンクルスはコアを有する秘宝種だ。
彼女自身ももしかすれば自身のルーツはこの世界なのではないかと疑っているところがある。果たして、どのような結末が待っているかは分からないがアイオンは彼女を『戦士型のゼロ・クールと同等である』と認識したのだろう。無駄な心配は止めたように吹っ切れた顔をして居る。
リンディスは片腕で宙へと文字を描き終焉獣を薙ぎ払う。逢わせるようにマルクは終焉獣を吹き寄せて一閃した。ブラウベルクの剣は暁と黎明のあわいをも求めるものだ。
「さて、どうかな。『アイオン』。そろそろ終いのようだけれど」
「ああ、こう答えるのかが正解かは分からないが……『楽しい』!」
武器商人は実に勇者的な青年だと彼を認識した。勇者と呼び掛ければ返事をするならば彼のような存在なのだろうとさえ思えたのだ。
終焉獣が靄として消えていく。静寂が帰ってきた野を見詰めてからアイオンがぐしりと己の額から滴った汗を拭った。
「ウィリアムだったか、君は魔法使いなのかい? 素晴らしい威力だった! あの魔法は俺には真似できない。
それに、サポート役ではあったがココロ……医術の心得というのは戦闘にも役立つんだな。俺も学べば応急処置などはできるだろうか?」
ずいずいと近付いてくるアイオンにココロは「ええ、できます」と頷いた。ウィリアムと言えば勢い良くイレギュラーズと話すことを求めるアイオンにやや面食らった様子でもある。
「さ、アイオン『殿』」
――彼はまだ冒険者だ。ただの青年だ。アイオン『様』と呼ぶときではないとオウェードは認識している。
「オウェードだったか。君も敵を引付ける役割は立派だ! 戦士と呼ぶに相応しいね。俺は切ることばかりで仲間の盾になることは考えたことが無かったな。
ゼロ・クール――ではないのかな、ンクルスも受け止め支えるのは凄かった。メイだったかい? 君は精霊魔術の心得でも?」
まだ興奮冷め切らぬ様子のアイオンにメイとンクルスは顔を見合わせた。彼が興味を持っている話を総括すれば伝承の勇者王パーティーの面々が浮かぶものである。
『賢者』ロン・ロッツ・フェネストに『魔法使い』の原点とされたマナセ・セレーナ・ムーンキー。
『嵐の王』という大精霊を鎮める『精霊使い』ライエルに『聖女』フィナリィ・ロンドベル。
『戦士』ポチトリ・ウィツィロに『聖翼』ハイペリオン、そして『盗賊』スケアクロウと個性豊かな面々を集めたのもこの押しの強さであったのかもしれない。
「アイオン殿」
オウェードはもう一度窘めるようにアイオンへと声を掛けた。
「ココロ殿が言って居った通り……」
「はっ、そうです! んと。おかあさんの治療を仰せつかっているのです!」
メイがぴょんと跳ねればアイオンははっとした顔で『医術士』ココロに向き直った。白衣を着用し医師を思わせる少女に「母を見てくれるのだったか」と緊張したように問う。
「はい。アイオンさんのお母さんの症状が近隣の村でもよく見られているものではないかと聞きました。それが流行性であれば他の村人に伝染(うつ)る可能性もありますから」
「確かに。感染が広がるのはあまり喜ばしくはない。
……けれど、どんな医者が診ても治らなかったんだ。戦闘に対しては俺は君達を信頼したよ。でも……」
アイオンが不安視するのは理解出来る。ココロは医術士ではあるがアイオンから見れば『村に突然現れた存在』でしかないのだ。
「その……。一度、診せて頂く、のは……?」
おずおずとアイオンに問うたメイメイに青年は渋い表情を見せた。それが『伝染する可能性』を考慮してのものなのだろうとウィリアムとて理解は出来る。
「んと。薬草の知識もあるのです。ですから……」
「はい。ですから、一度診せて下さい。医療とは患者を診なければ始まりませんから」
堂々と、そして静かに告げたココロにアイオンは一度ぐうと息を呑んだが頷いた。真剣な彼女を見ていれば、強情に突っぱねるのも可笑しな気がしたからだ。
メイメイは改めての皆の自己紹介とココロの診療を受けて欲しいのだとアイオンに告げた。
アイオンは難しい表情を幾分か和らげてから小さく頷く。
「村に案内する。着いてきて欲しい」
立ち上がったアイオンが持っていた籠を「持つよ」と受け取ってからウィリアムとマルクはしずしずとそれを見遣った。薬草の質は余り良くない。
(……終焉獣のせいかな……?)
(もしかするとそうした物も育ちにくくなっているのかも知れないね)
世界が滅びに向かっている影響とは斯うした部分にも出るのだろうか。前を行くアイオンの背中は、想像よりもずっと頼りなく見えた。
●
ティルーの村へと足を踏み入れてからンクルスは「ここがアイオンさんの村かあ」と呟いた。
さあさあと吹く風に撫でられて心地良さそうに羊たちが体を寄せ合っている。一行を見詰める村人の奇異の瞳に何とも言えぬ居心地の悪さを感じてメイがおずおずとマルクの背後へと隠れた。
「羊……」
ぱちくりと瞬いてからメイメイはティルーの村には懐かしさを感じていた。
「わたしの故郷も、牧畜をしていました、ので」
「へえ。なら、この村のことも良く分かるのかも知れないな」
アイオンは羊たちの頭を撫でながら「可愛い奴らだよ」と屈託なく笑う。幼い子供の様な笑みを浮かべている『勇者のたまご』は「あ、羊に構ってる場合じゃなかった」と顔を上げ――「アイオン!」
呼び掛けられてからアイオンは「メリッサさん」と手を振った。アイオンの隣人である女性は二匹の犬を連れて洗濯に行く途中だったのだろう。
「村の奴らがアンタが何か連れてきたって噂してたよ。誰だい? どこで拾ったんだい」
「違う違う。聞いたらギャルリ・ド・プリエから派遣された医術士なんだってさ。流行病の様子を見て回ってるらしい。
この子が医術士のココロで……それから冒険者の人達だ。俺のことも助けてくれたんだぜ」
明るい笑みを浮かべたアイオンにメリッサは「へえ」と呟いてまじまじとイレギュラーズの姿を見た。
唇を吊り上げてから「やあ、ご婦人」と恭しい一礼をした武器商人は「騒がせて悪いねェ」と袖口でそっと口元を覆い隠す。
「いやいや、こんな田舎に来るから驚いたんだよ。それにしても流行病ねェ……リっちゃんがそうだって?」
「かもしれないって。……ああ、リっちゃんってのはうちの母さんだ」
此方の世界のアイオンの母親はリーリアと言うらしい。父親はゾーエというのだとアイオンは教えてくれた。
「リっちゃんは治るのかい?」
「診せて頂いたならば、屹度。必ずとは言いません。それが、医者ですから」
ココロがはっきりと言い切ればメリッサは「頼りになる子だねえ」と朗らかに笑った。「あとで何かご馳走しようか」と提案してくれた彼女に武器商人は「アイオンの母君に滋養のある食事を作りたいのだけれど食材を頂いても?」と問うた。
きょとんとしたメリッサは「勿論だ!」と武器商人の腕を掴んでずんずんと歩いて行く。慌てて追掛けたメイメイは「行ってきます」と籠を手に食材を求める。
その様子をぽかんとしながら見送ったリンディスは「お元気なお方なのですね」とアイオンを見遣った。
「いい人だろう。あの人が居なかったら、母さんも……まあ、暗い話は置いておこう。もうすぐ俺の家だ」
アイオンの自宅に足を踏み入れてからメイは「お邪魔します」とゆっくりと顔を出した。ベッドに横たわっていたリーリアがゆっくりと体を起こす。
病人が居る部屋の薫りだ。独特な気配を感じ取ってオウェードは「空気が悪いのう……」と呟いた。
「ええ。あまり良い空気だとは言えませんね。ココロさんの診察後にでも可能であれば一度換気をしましょう。
お母様を移せる部屋はありますか? お身体を冷やすのは余り良いとは言えませんでしょうから」
「あ、ああ。俺の部屋でよければ」
リンディスはちらりとココロを見た。ココロは頷いてから、一先ずは其の儘診察をしようとリーリアへと近付いていく。
自らが医術士であること、その診察に訪れた事を告げるココロにリーリアは驚いた様子ではあったが「宜しくお願いします」と快く受け入れてくれた。
「……」
暫くののち、ココロが断定したのは混沌世界ではよく見られる季節風邪である。
ただ、それが季節風邪と呼ばれるようになったのその症状を研究し、押さえ込む方法が断定されたからだ。プーレルジールでは土地特有の病のように扱われているのだろう。
「分かりました。マルクさん、お願いしても宜しいですか?」
「ああ。薬草を煎じるんだね。どれにしようか」
「それでは……こちらと、それからこちらを。アイオンさん、余り質が良いものには思えないのですが、薬草はいつもあそこで?」
アイオンが摘んでいた薬草を仕分けながらココロは眉を顰める。マルクの目から見ても薬草は萎れかかっているものが多く思えた。
「ああ。……最近はどこもこんな感じなんだ。どれが大事なものなんだ?」
「んと。これは病気によく効く薬草なのです! この村の近くに……あの場所以外で、似たような草はありませんか?」
今回は持ち込んだ薬草を使用しようかとメイはバッグから同じ薬草をとりだした。混沌から持ち込んだモノを利用すれば母の調子も直ぐに良くなるだろう。
自生している場所では質が悪いというならば他にはないだろうかとメイが悩ましげな表情をする。
「大事な物が分かったらティルーの村で栽培できるかも知れないが」
「ああ、それが良いかもしれないね。この薬草は成長が早いし、村で育てた方が良いかもしれない」
マルクは羊に食べられないことだけを注意しないと行けないかと揶揄うように笑って見せた。アイオンは「育て方を教えて貰えるだろうか」と診察を続けるココロではなくマルクへと声を掛ける。
薬草の見分け方を教えるマルクと共に「この薬草なら、日当たりの良いところに」と説明を行なうウィリアムはその知識を生かして、薬草栽培に適した場所を指示していた。ついでのように、持ち込まれた薬草を煎じて茶を入れてリーリアに手渡す。
少しでも体を温めた方が良いというココロの判断に合せてウィリアムが用意したものだ。薬草用に必要だろうと考えて道具を持ち込んでいた秋奈は「じゃあ植えるんだ? 私ちゃん、耕す?」と問い掛ける。
「『秋奈ちゃん』は耕せるのか?」
「秋奈でいいぜぃ。分からん! 私ちゃんに出来る事があればなーって話だし」
「成程。……俺もあまり得意じゃないかもしれないな。ウィリアムに教わろう、秋奈」
「えっ」
「……教わろう、秋奈」
突如として学ぶことを強要された秋奈の困惑にンクルスが思わず吹き出した。薬草を栽培するならば場所が必要だ。ウィリアムが望んだ日当たりの良い場所を探すためにンクルスは村人達と話をしてくるとその場を後にする。
「こんにちは。此の辺りで薬草を育てたくて――」
ンクルスが説明をすればメイメイと武器商人を連れていたメリッサが「いいねえ!」と手を叩いて喜んだ。『ついで』の話ではあるのだが、崩れた塀や柵を修理して欲しいと請われたンクルスは「それもやろうね!」と微笑んだ。
ティルーの村はアイオンの故郷だ。つまり、彼にとっては弱点ではある。この地をしっかりと護る事こそが重要であるとンクルスも知っているのだ。
ンクルスが柵の修理をするという話を聞き、ついでに必要な素材などを運搬していたオウェードは「大丈夫かね」と問うた。
「結構大変かも知れないね! 手伝って貰っても良い?」
「ああ……ワシも手伝おう……」
準備を続ける二人を眺めてからメイは「あ、ご飯も来たのですよ!」とにんまりと微笑んだ。食事の前に身を清めて置こうかとリンディスは温めておいたアイオンの部屋にリーリアを移し、その体を手拭いで拭った。
それまでの間にはアイオンの持っていた本などの薬草情報を確認し、混沌世界との違いをチェックしておいたのだ。その情報を共有しておけば『これから』『もしも』にも活かせて行ける筈だ。
「大丈夫でしょうか?」
「……ありがとうございます」
目を伏せたリーリアから感じるアイオンの面影に親子なのだと改めて感じてからリンディスは「良い息子さんですね」と微笑んだ。
「そうでしょう。あの子は屹度、私のことがなかったら冒険の旅にでも出掛けると思うのです。随分と苦労をさせてしまって……」
「……リーリアさん……」
母であるからこそ、息子の思いを一番に分って居るとリーリアは困ったように目を細めて笑った。メイが水を汲んで持ってきた事に礼を良いながらリーリアは小さく息を吐く。
「私は、これで治るのでしょうか。もし、治るのなら……あの子は私の事なんて気にせず、走って行って欲しいと願っているのだけれど」
扉の影で聞いていたアイオンが俯いた。そろそろと顔を上げてからメイメイは彼が『本当は冒険に出掛けたい』ということを痛いほどに感じる。
食事だと持ち込んだ武器商人にリーリアは「ありがとう」と微笑み、煎じられた薬草を飲んでからゆっくりと眠りに就いた。
普段よりも顔色が良く、明るい彼女を見ながらアイオンは「少し休憩しようか」とイレギュラーズを呼び寄せた。
●
「有り難う。母さんの調子も随分良さそうだ」
「このまま毎朝、煎じた薬草を飲ませてあげて下さい。それで治るはずですよ。お父様はよく家を留守にされるのですか?」
「ああ、でもメリッサさんもいるから」
ココロは成程と頷いた。アイオンがもしも不在になったならば病に罹らないように自己回復力を上げるために体温を保つことが大事なのだと説明したのだ。
温かい食事や部屋をメリッサは用意してくれるだろう。もしも、アイオンが旅に出たならば母の世話を買って出てくれるのもあの明るい婦人なのだろうとさえ感じていた。
「……それより、皆は冒険者なんだろう? どんな冒険をしてきたのか聞いても?」
「そうですね。……島より大きい巨大な海竜や、強大な怪竜の一団との戦いの話とかはどうでしょうか。
街がすっぽり入るほど大きい大樹や、百年以上空に浮かんでいてまだ人も住んでいる島に向かった時の話。
そして、永遠の命と聖なる身体を得られると子供達を拐かす宗教団体に潜入した事もありますよ」
「結構な場数を踏んでるんだな」
まだ幼い少女に見えたのにと驚いた様子でココロを見遣ったアイオンにココロはくすくすと笑って見せた。
「この広大な大陸、その周りに広がる海。
――そんな海の先に、別の国があったらなんだかわくわくしませんか?」
リンディスは立ちはだかった自然の脅威であった嵐を越えた事を話した。気が遠くなるほどの時間を舟で過ごしその先に現れた新天地。
それが『豊穣』と呼ばれていた場所だ。
「この場所とは違う文化が根付いた場所。
その場所で生きる方々、鬼人種さんや精霊種さんたち。そして起きた歪められた神と、四神の加護を其々に受けて戦った仲間たちのお話です」
物語を語るようにリンディスはひとつひとつ、確かめるように語る。
「新天地、か。いいな。そんな場所があれば俺も行ってみたい」
「なら、僕の故郷に近い場所がこの世界にもあるんだ。其処はどうかな」
「ウィリアムの故郷って?」
アイオンに問われてからウィリアムはその地はアルティオ=エルムというのだと説明した。
「大いなる大樹と深い森に抱かれ、悠久の時を生きる長命種たち。不思議な動植物と謎に満ちた遺跡群。
あちこちに隠された『門』を越えた先には妖精たちが戯れる常春の妖精郷。
……幾千幾万の夜を越えても、この世は未知でいっぱいだ。誰にも知られず、あるいは忘れ去られた歴史や神秘の数々。一緒に見に行ってみない?」
「いいな。屹度、楽しい事が多くある」
誰にも知られない場所に踏み入れるその素晴らしさをアイオンは何よりも知っているのだ。
「真実かどうか以前に冒険と言う物は小さい物から大きい物まであるからのう……さておきワシも話しておこうかね……」
姿勢を正したオウェードはスラム街で孤児を救ったことや奴隷商人を討伐した事。
それから、災害級の雨の中で山に行って遭難者を探したり海でも遭難船を探したりした事を話す。
「これが山の時の感謝状じゃ!」
「へえ。いいね」
アイオンが頷いた。彼が『幻想の建国王』であることを思い出すとどうしても脳裏に浮かんだのはミーミルンド男爵だった。
彼はイミルの民の血を引いているという。この血では彼の先祖に当たる存在も居るのだろうか。
「私が知ってる冒険譚? 聞いちゃうそれ聞いちゃう? 話、めっちゃ長くなるけどいい? うーんそりゃ沢山あるよ」
「沢山あるのう」
「ねー。でもね、好きなみんなのことばっか考えてたら、そんなのぜーんぶ忘れちゃうんだなーふっはっはっはー!
でも、全部が大事な思い出だもん、一つも取りこぼしたくないな。
だって、私ちゃんが何かを書き残すとしたら、それはきっと……なーんつって! うははー! で、神翼獣ハイペリオンの話、聞くぅ?
羽持ってんのよね羽!」
にんまりと笑う秋奈と共にオウェードもハイペリオンの羽を見せた。ハイペリオンとその名を何度も繰返したアイオンは「強いのかな」と呟く。
「え、戦うつもり?」
「いやあ」
アイオンが肩を竦めれば秋奈は「やべーやつじゃん」と腹を抱えて笑う。
「そうじゃなあ。動乱ではノルダインの戦闘民族の長と一騎打ち気味もありアドラステイアで子供を助けたりもしたしのう……。
最後は信じにくいとは思うが金嶺竜と呼ばれる竜と戦った……人生の中で心に大きく残る戦いじゃった……その後も竜と戦った……」
「竜」
呟いたアイオンにメイメイは「竜、です」と頷いた。
「わたしからは、竜の話を。険しい山々の先で出会った、大きくて、強くて、美しいその姿。
勿論、戦い合う事もありましたが、彼らには『心』がありました……わかり合う事も出来るのです」
「竜か。俺も友達になってみたいと思う」
「じゃあ、僕は”独立島アーカーシュ”の話を」
マルクは話す。空へと浮かぶアーカーシュ。それは前人未踏の地であったとされている。
ある時、憤怒の化身のような男が新皇帝を名乗り、国は危機に陥ったのだ。
「……そのアーカーシュに集まった僕ら非主流派と呼ばれた寄せ集めだった。
けれど新皇帝に抗う内に徐々に結束していく。古代遺跡に住まう精霊達の力も借りて、僕らは『独立島アーカーシュ』という一つの軍となった。
最後は無限に襲い来る敵を退け、『ラトラナジュの火』と呼ばれる天からの火で新皇帝を撃ったんだ」
ほんの一部しか語られないとそう言ったマルクは鋼の英雄伝をアイオンへと手渡した。
「じゃあ私は別の派閥の話をしようかな。私が深く関わった話だけれど、氷の狼と、世界を良くしようとして居た人達と、それから……」
一人の『魔女』の話だった。憤怒の化身であった男と同じように二度とは誰も奪われぬようにと願った女は、自らの死をも顧みず手を貸してくれた。
彼女は今も深く氷の狼と眠りに就いている。おばあちゃんと名乗り、愛をくれたその人は、今だって目覚めの時を待っているだろう。
「だから私はおばあちゃんが安心して起きれる世界にしたいなぁって思ってるんだ! 頑張る!」
「すごいな。ンクルスは。俺も、村の為に何かできるかな……」
「出来るよ! 村の皆を守るために一生懸命なのは勇者とか関係なく素晴らしい事だね! 偉い!」
取りあえず握手をするとアイオンは可笑しそうに笑った。ンクルスは楽しげな彼に小さく頷く。
「それじゃあ、最後は我だね。ある国の話をしよう。
勇者が興した国が新世代の『勇者』を求めて『選挙』を行った話。愉快な話だろう? 票を集めさせて『勇者』を選挙で決めるなんてさ」
「不思議だな。まあ、勇者って……誰かが呼ぶモノだし」
自称することでもあるのかもしれないと武器商人に向き直ってアイオンは不思議そうに行った。
「まあ、蓋を開ければ一騎当千の『勇者』揃いだった。それが救いかな。
キミは『勇者』という存在に憧れるかい、アイオンの旦那」
「どうだろう」
アイオンは呟いた。
混沌で語られるアイオンは『明るい母親に元気いっぱいに育てられた』。
その結果、彼はよく躾られており『僕』と自身の事を表し、非常に穏やかで柔らかな口調で話す青年であったと後世には伝えられている。
――『魔王』でも『勇者』でもそんなものは他称だろう?
僕も君も唯の人間に過ぎないのに、君はそれ以上の役割を背負いたがる――
同情出来なくも無いが、するような関係でもない。『頼んでも居ないお節介』は好かれないものだよ、イルドゼギア。
『本来』のアイオンならばそう言った。だが、この世界のアイオンは――
「俺は只の人間に過ぎないけれど、君達を見ているともっと広い世界を見て見たいと思ってしまったよ。
誰かの役に立たなくってもさ、俺がこの目で広い世界を見ることが出来れば、勇者なんて呼ばれてもいいのかもしれないね」
それが、彼の変化だ。
母の病に戦うことも冒険の旅も諦めた青年は冒険の旅に憧れている。
(ま、何かを成し遂げたから『勇者』なのだろうけど……キミの足跡が、どこかに残るといいねぇ……ヒヒ)
にんまりと笑った武器商人にマルクは頷いてから一冊の本を取り出した。
「それから、これは僕らの国に伝わる伝説なんだけど。
一介の冒険者だった青年がいつしか勇者と呼ばれて魔王を倒し、千年続く王国を建国したんだ」
「勇者王……はは、不思議なネーミングだな……アイ、オン? 俺と同じ名前だ」
ぱちくりと瞬くアイオンにマルクはくすりと笑った。
「あの、メイには冒険のお話は難しいです。が、メイをかわいがってくれた人の遺した言葉を伝えるですよ。
人は生まれたときに、その人だけの星を持つそうです。その星は、運命を手繰り寄せる力を持つ……と」
「運命、か」
メイにとっての『ねーさま』は、自身を置いて逝ってしまったけれど大切な存在であったことには違いなかった。
彼女は自分の全てを賭ける場所が分かって仕舞ったのだ。それを否定なんてしない。運命が、其処に煌めいたのならば仕方が無い。
「村の外に出てみませんか。運命の星を探しに行きませんか。きっと、アイオンさんだけの運命に巡り合えるですよ」
「俺の、運命……」
そう、これで終ってしまうなんて勿体ないのだ。
「沢山の辛いこと、悲しいこと、喪うもの――冒険譚の裏側には、そんな出来事も沢山重なっていきます。
だけど、一歩踏み出すことで。知らなかった光たちに、きっと沢山出会えますよ」
踏み出す勇気をリンディスは彼に持って欲しかった。
彼の母親は、彼が燻っているばかりでは悲しいとそう感じていたのだから。母も、彼も、想いは一つだと理解してしまったから。
「私は人々を無意味な死から遠ざけ、心に新しい物語を加え、倖せの意味を知る為に冒険しています。
目指す『大医術士』となるべく。でもどうやったらなれるのか解らないのですけどね」
「ココロならきっとなれるよ。俺は少なくとも君と出会えて幸せだ」
あっけらかんと告げるアイオンにココロはぱちくりと瞬いてから笑う。
メイメイは「冒険の話は、これでお終いです」と告げ、ゆっくりと顔を上げる。
「世界は、広いです……とても、とても。もし貴方が、少しでも心に奮い立つ何かを感じたのなら。共に冒険の旅に出ません、か?」
「俺は――」
青年はゆっくりと顔を上げて、微笑んだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
MVPは各種気を配って下さった貴女に。
GMコメント
●目的
『冒険者』アイオンと接触し、彼を冒険の旅に連れ出す約束をすること
・アイオンは皆さんの冒険譚を教えて欲しいと言う事でしょう
・アイオンは母親の病状が良くなれば冒険に出るでしょう。
●『プーレルジール』
これは混沌の過去の話……ですが地続きではありません。
何故ならば『勇者アイオン』が勇者ではないというIF――捨てられた世界線のはなしだからです。
ですが、何か様子がおかしいため、皆さんは勇者パーティーと接触をし魔王イルドゼギアのもとに向かわねばならないのです。
そう『この世界の様子はどこかおかしい』のです。その違和感は徐々に大きくなることでしょう。
……例えば、敵対する対象に終焉獣(滅びのアーク)が多すぎる、とか。
●ティルーの村
アイオンの棲まう村です。終焉獣らしき存在の気配が近く、暫くののちに本当に村に攻めこんできます。
アイオンはたまたま村に棲まうレイラ夫人の依頼で薬草摘みを行って居たため終焉獣の付近に居ます。
なんちゃって冒険者の彼は其の儘放置すれば終焉獣に撃破されてしまうでしょう。
一先ずはアイオンを助け、ティルーの村へと向かって下さい。
●『冒険者』アイオン
特別な勇者でも何でも無い冒険者の青年です。年齢は大凡10代後半。
赤毛に使い古した装備の青年です。手にしているのはロングソード。鍛冶屋のおやっさんが作ってくれました。
正義感が強く、曲がったことが嫌い。意見ははっきりと言うタイプです。
冒険者を夢に見ていますが母親の看護(と看取り)の為にティルーの村で過ごしているようです。
アイオンは皆さんに「冒険の話」を求める事でしょう。そしてその冒険譚で心を躍らせます。
(信頼を勝ち得ることも重要です。出来る限り彼と友達になって下さい)
そして、母親の病状が良くなれば『皆さんの求める事を何でも叶える』と口にするはずです。
彼が『勇者』となることは『魔王』を倒せるかはさて置いて『魔王の居場所』を見付けられるヒントになる筈です。
サハイェルが何処であるのかを誰も知りません。ですが、彼ならば直感的に察知出来る可能性があります。
何故ならば勇者と魔王は引き合うからです。
●アイオンの母
ティルーの村に棲まう女性です。アイオンの父とアイオンと三人暮らし。
季節風邪に罹患しています。プーレルジールの医学では治りませんが、無辜なる混沌の医術であれば快方に向かうことでしょう。
薬草なども混沌から持ち込むことが可能です。彼女さえ持ち直せばアイオンは冒険の旅に出るはずです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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