PandoraPartyProject

シナリオ詳細

芸術はストレスだ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●発端

「おまえ絶対銭ゲバもってるだろ!!!」

 ベルナルド=ヴァレンティーノ (p3p002941)はおもわず絶叫した。
 なんか、あの、ど忘れしたんだけど、籠? ええっと、あ、ザル? のでかいやつな、あれあれ。あれの下に小銭を置くという古典的スタイルもう様式美と呼んでいい罠にかかる遂行者がいる?
 いるんだな、これが。
「なんで君が僕の非戦知ってんの」
「ほんとに持ってるのかよ! もうちょっと立ち絵に見合った行動を取ってくれ、このドリンクバー5時間野郎! 小銭握りしめてんな!」
「最近致命者という名の部下が増えたから、食費がエライことになってんだよ! EMAちゃんちょっと食いすぎだろ! なんで太らないんだよ! うらやましいよ! 男の子は全然食わないし心配だよ!」
「そんな理由!」
 ダアンってベルナルドは道を舗装するタイルを両の拳で叩いた。
「そんなことはどうでもいい、結果だ。結果がすべてだ。俺たちは遂行者をゲットした……」
 ふらりと『七色Alex』小昏泰助が前へ出る。テレピン油の匂いをさせた、絵の具まみれの男だ。抽象画を得意としており、天義のとある雑誌において「今年の聖なる100人」に選ばれるくらいには売れている画家だったりする。神絵師というやつだ。泰助はふらふらとアーノルドへ近づいていく。
「師匠、危険です! こいつはこう見えて、戦うとチートスペックっていうフツーにヤなやつで!」
「すばらしいじゃないかあ~~~!」
 今度は泰助が絶叫した。絶叫癖でもあるんだろうか、この師弟。ともかく、ガンギマリな目で泰助はアーノルドへ迫る。
「アルバートとか言ったな! 遂行者!」
「アーノルドだよ、アしかあってないよ」
「ぜひとも仕事を頼みたい!」
「は?」
 これにはアーノルドも度肝を抜かれたようだ。がっしりとアーノルドの肩を掴み、泰助はヘラヘラ笑いだした。
「もうすぐ個展があるんだ……」
「へー」
「けど、オニーサン、スランプなんだ……」
「察し、逃げていい?」
「そう言わずに俺へインスピレーションをくれよぉ!!! 金は払うからぁ!!!」
「くわしく」
 こいつ風見鶏かよ。ベルナルドはそう思った。

 依頼より前に、小昏泰助について説明しなくてはならないだろう。
 泰助は、画家ベルナルドの師匠だ。くりかえしになるが得意は抽象画。不安、焦燥、その先に見える希望、そういった人間の心の機微をキャンバスへ落としこむために生まれてきたような男で、作品はどれも傑作との呼び名が高い。そしてその創作活動には、欠かせないものがある。
 ストレスだ。
 不愉快、ネガティブ、イライラ、ムカムカ、そういったもので自分を追いつめ、追いつめ、追いつめきったはて、一気にキャンバスへぶつける。泰助はそういう画家だ。だから描くのは速いんだけど、とりかかるまでがクッソ遅いという画商泣かせの画家だった。
 個展へ向けて泰助は、はりきっていた。なので、無駄に暑いこの夏、炎天下を水分補給せずに歩きまわり(いいこはぜったいにまねしちゃだめだぞ)、自宅から練達製のエアコンを撤去し、食事は一日に一度、それもゴーヤチャンプルろくに下処理してないやつに変え、照明をガンガンにきかせた中で眠りにつき、大嫌いな筋トレも始めた。
 なのに、なんかピンとこない。こう、グッとこない。キャンバスは白いまま。もういっそ「虚無」っていうタイトルでだすのもありだなってくらい、泰助は迷走していた。

「つらいんだよぉ! 創作活動はしたいのに、何も思い浮かばないんだよぉ! 締切はそんなの知ったこっちゃないし、肝心の弟子は最近丸くなっちゃって俺の役にたってくれない! もうなんでもいいからすがれるものにすがりたいんだよっ!」
「締切かあ、締切はしょうがないやね、僕らも締切に追われながら『帳』おろしてるよ」
 呆れた顔のアーノルドが、青いリンゴを取り出した。星型の聖痕がついたやつだ。
「これあげる。食べてみ?」
「よしきた!」
「師匠ー!? やめてくださーい!」
 ベルナルドが止めるひまもなく、泰助は青リンゴを丸かじりした。
「……お?」
 禍々しい気配が泰助の周りに集まっていく。翼がぶわりとふくらみ、鋭い槍と矢が羽の間からのぞく。肌の色は死人のような青になり、はばたきもしていないのに泰助は宙へ浮かび上がった。
「どう? 神の威光をその身に宿した気分は?」
 泰助は静かに笑うと、急降下してアーノルドをぶっとばした。
「いったあい!」
「馬鹿!? 馬鹿なの!? 俺を、ストレス源にしてどうするんだよ! 俺が! ストレスにやられないと意味がないんだっ!」
 うわ、メンドクサ。たまたま通りかかったあなたはそう思った。泰助は半泣きの顔であなたを見た。
「チクショウ! こうなったらみんなして俺を痛めつけろ! アードベックは回復役! 俺が死ぬかな? 死ぬかも? あ、死ぬわこれ、って時は回復させてくれ!」
 えー、って顔のアーノルド。
「報酬を増やす!」
「うーん、もう一声」
「うちで買ったきり眠っている『もやしでカサ増しまんぷくレシピ』をやる!」
「いいだろう」
「だからさあ、遂行者ァ!」
 ベルナルドが再び崩れ落ちた。泰助は巨大な翼をはためかせ、中空へ昇った。そして言い放った。
「右手はだめだ! 絵が描けなくなるからな! それ以外はやっちまっていい!」
 逆に右手だけ残して焼肉にしたら、俺も神絵師になれるのでは? あなたはそう思った。

GMコメント

みどりです! ご指名ありがとうございます!

やること
1)小昏泰助をボコる
2)泰助んちで飲み食いする ※リゾートホテル並の設備があり、立派なキッチンもワインセラーもあります。本人は使ったことがないそうです。あるけど使えないという状況に自分を追い込むためだそうです。

おまけ)アーノルドくんと話すあるいは殴る
アーノルドくんは冷気バリアはりながら『もやしでカサ増しまんぷくレシピ』を読んでいます。接触しなければ何もせず帰っていきます。

●エネミー
『七色Alex』小昏泰助
 ヨウムの飛行種。現代美術のカリスマとして名が広く知れ渡っている画家で、彼の描く作品は永遠に色褪せないと評されている。ベルナルドさんのお師匠さん。弟子にした理由は「子どもが嫌いだから」、そういう人。
 回避反応特化型。翼から広範囲へ槍や矢をバラまき、物理攻撃をしかけます。また、近扇へ神秘の七色フラッシュをかまします。ダメージは有りませんが、1Tくらくらして何もできなくなるという封殺に似た効果を持ちます。
 飛行ペナルティの影響を受けません。いまチョーシこいて、すっげー高いところにいるので、まずは叩き落とす必要があります。不殺を用意する必要はありません。右手以外は殴っていいそうです。

●戦場
泰助ズ豪邸イン中庭
 だいじょうぶ? ここ天義だよ? っていいたくなるくらい魔改造を重ねた巨大な建造物の中庭。メタ的に言うと、飛んだりはねたりする足場がたくさんある。広さは戦うのに問題なく十分ある。
 炎天下だけどアーノルドくんのせいで、チョト涼しい。ただし、あなたはこの暑さでイライラしていてよい。
 名声は天義へ入ります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 芸術はストレスだ完了
  • 飛行もってこい!簡易飛行でもいいぞ!
  • GM名赤白みどり
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年10月14日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
※参加確定済み※
彼者誰(p3p004449)
決別せし過去
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

リプレイ


 上空にたたずむ泰助はでかい声を出した。
「俺は右利きじゃなくて左利きだ! だから右手じゃなくて左手を残してくれ! この場を借りて訂正する!」
「えっ、それリプレイの字数使ってまで言及するところ?」
『恋揺れる天華』零・K・メルヴィル(p3p000277)はおもわず反応してしまった。
「莫迦か。貴様は莫迦なのか。ヤグサハ、申し訳ない。莫迦に失礼だった!」
『せんせー』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)が細長い腕を広げ、高らかに哄笑する。
「利き手がどちらなのかはキャラ付け上の重要事項。其のような初歩の初歩を違えるな。仮にも芸術家を名乗るなら、子鹿のように慎重に動け」
「おおよくわかんないけど、ロジャーズが言うとなんかすごい高尚に聞こえる」
 すなおに納得する零。そういうところ、好きです。
「芸術家て大変なんだなぁ。いやまぁお弟子さんも苦労するわけだ……」
 ちらりと後ろへ目をやった零は、銀糸の前髪越しに『闇之雲』武器商人(p3p001107)と目があった……気がした。
「イヤイヤ、アオザイノコトネニモッテマセンヨ?」
「ヒヒ、よろしい。身の程をわきまえている教え子には10点追加だ」
「というかだな」
 げっそりしているのは『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)。
「普通はさ、身内と戦わなきゃいけないシチュエーションってシリアスにしかならんだろ? 何だこの状況」
「見た目だけならラスボスの風格があるんですがね」
『決別せし過去』彼者誰(p3p004449)は泰助を見上げたのち、視線を横へやった。そこにはスケッチブックを持った愛くるしい少女が立っている。
「……アーティストって変人が多いんですか? もしかして」
「ひどいです、お兄様。作品へ全力で取り組む泰助様のお気持ちもわからないなんて、なんて無粋なんです? 我が兄ながら悲しいです……」
「いや、その、なんていうか。そもシズクも、どうして筋肉を描きたがるのですか」
「聞きます?」
 とたんに乙女の顔になったシズクに、彼者誰の中、アラームが鳴り響いた。
「いえ、後日にしましょう。幸い、ここには、正統派ファイター零殿、美少年細マッチョアーマデル殿、デッサン力がもりもり上昇しそうなロジャーズ殿、鍛え上げられた体と精神を誇るイズマ殿、とにかく顔がいい深き叡智殿、女体を描くならこのお方牡丹殿と、俺以外にもたくさんのモデルがいます。戦闘シーンがスイスイかけるようになれば画家として一人前と申します。シズク、いい機会ですから、彼彼女らをスケッチしては?」
「最初からそのつもりです」
 うっとりと微笑む彼女へ、ふらふら近づいていくのは闃ク陦灘ョカ(赤城ゆい)。白すぎて土気色の肌を抜けば、美少女と言えよう。彼女はにちゃあとふにゃあの中間の笑みを浮かべ、自分もスケッチブックを取り出した。……妙にべたべたしているそれを抱きしめたまま、シズクの隣へ。
「にゃはは! 絵を描くの? 絵を描くの? 絵の具は足りる? 赤が足りてないんじゃない? 赤だよ? 赤が足りてないよ? まず赤で下地を塗らないと?」
「赤城!」
 ロジャーズの声が鋭く飛ぶ。
「芸術は人の数だけある。が! あの泰助のようにはなるなよ。アレは悪い例だ、反面教師としても最悪な類だ。愉しむ事だ。面白いと思う事だ。折角だ、貴様の芸術と謂うものを奴に魅せ付けると良い、重要なのは柔軟な思考、粘土」
 長広舌を聞いたゆいは「はぁい」と返事。そこから一歩離れたところに立っていたチョウカイが怪訝な顔をした。
「……粘土? 柔軟な思考はわかるけど、粘土? ベルナルドおにーさん、どういう意味~?」
「おっとそれ以上はSANチェックだ」
「SANチェックってなに~?」
「後で教えてやるからいい子にしてろチョウカイ」
 そのやりとりを聞いていた『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が「あー」と声をこぼした。
「そろそろ本筋に戻っていいかな」
 イズマは疲れた視線をアーノルドへ向けた。
「今どきそんな罠につかまるなんて逆に芸術点が高い」
「そりゃどうも」
 しゃくり。本人は涼しい顔で青林檎をかじっている。
「銭ゲバはともかく、ドリンクバー5時間って、オフの日の過ごし方に問題があると思う。ていうか食費が足りない遂行者なんて初めて見たぞ。世界を変えたいわりにやたら今の社会に順応してて、良いのかそれで?」
「どうせぜんぶ壊れちゃうんだから、楽しんだって良いじゃん。最後の花火みたいなもんだよ」
「了解、俺から提案だ」
 眉をはねあげたアーノルドへ、イズマがふこふこの饅頭を差し出す。
「アーノルドさんも手伝うよな?」
「いいだろう」
「はああ!?」
 あっさり受け入れた遂行者に、『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)がすっとんきょうな声をあげた。
「馬鹿だろ!? いや、馬鹿だろ!? なんでこうなってんだよ!」
 とても、もっともである。
「見え見えの罠にかかった上に買収されてる遂行者に、知らない人から食べ物をもらってはいけませんな画家! 馬鹿は高いところが好きって空を飛ぶってことじゃねえだろ!? あーくそ! つっこみが追いつかねえ!」
「牡丹殿」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)がそっと彼女の肩へ両手を乗せる。
「すべてにつっこむと体力が減る。ときにはスルーする勇気も必要だ」
「いらんわ、そんな勇気!」
「すばらしいな、そのツッコミ気質。ぜひその調子で頑張って欲しい。俺はイシュミルが居る時点で諦めている」
「……あんたも苦労してんだな」
「苦労か」
 しばらく、うーん、と考え込んでいたアーマデルは首を傾げてみせた。
「苦労というほどの苦労はしていない気がする」
「不憫なやつほどそういうんだ」
 牡丹にそう返されたアーマデルは、やっぱり、うーん、と首を傾げた。
「まあ、泰助がそろそろ『まだ?』って顔してるから、ぶんなぐってやろうぜ!」
「そうしようか牡丹殿。ちなみに俺は……」
 風が吹いた。アーマデルの衣装が背後からくる風を受けてはためく。
「夏休みの課題は新学期にやる派だ」


 泰助はびびった。自分より速いやつが居るとは思わなかったのだ。文字通りあっというまに肉薄した牡丹に、あわてて迎撃体制を取る。
「ハッハー! やっぱオレの読みが当たったな、小昏泰助! あんたの動きなんぞわかりやすすぎてバレバレなんだよ!」
 炎が踊り狂う、ゆらめく焔が泰助へつきささった。輝かしい聖なるかなが降臨するがごとく。
「ワンモアセッ!」
 利き手で円を描くと、その軌跡に炎が伝わっていく。猛獣が飛び込む火の輪のようだ。牡丹はそれを従え、泰助へ追撃した。怒りに血走った泰助の視線を受けたまま、牡丹は急降下する。風を裂く音が耳元でうずまいた。
「さて、オレと一曲踊ってもらうぜ、こっちへこいよ馬鹿!」
「芸術馬鹿なのは認めよう! だからそこはもっと、罵詈雑言を並べてくれ!」
「なんなのこいつ!?」
 うちの師匠が申し訳ない。ベルナルドは胃をキリキリさせたままチョウカイへ目配せをした。
「OK、ベルナルドおにーさん」
 得意な距離へ入ったチョウカイがクロスボウをかまえる。泰助を狙ったチョウカイの一撃。
「なんのぉ!」
 泰助がそれを回避する。からくもはずれた矢、それに注意を取られた瞬間。
「そっちは陽動だ」
 死角からアーマデルが空を足場に、回し蹴りをいれた。巨大な翼の骨部分へ蹴りがヒットする。羽毛が舞い散り、泰助が大きく姿勢を崩した。
「左手は自分でがんばってかばってくれ。なるべく避けるが、戦闘に絶対はないからな」
 淡々と述べるアーマデルに、泰助はしぶい顔をして左手を背中へまわした。泰助とアーマデルが空中で対峙する。
「……意外とタフだな。アーノルドの林檎で強化されているのか」
「その無遠慮な目つきはエネミースキャンだな、用意周到なことだ」
「ベルナルド殿の師だからな、遠慮はする」
 間髪入れず泰助が光りだし、視界をレインボーが埋め尽くす。だが、そのときにはアーマデルは後退し、範囲の外にいいた。
「七色フラッシュ……か、だが1680万色に敵うかな? こちとらカラフルに光るのも見るのも慣れてるんだよ!」
「え、いたわしい」
「なぜ同情されるのかよくわからない」
 しごく真面目な顔でそう言ったアーマデルに、泰助はさらにかわいそうなものを見る目になった。
 ベルナルドがその隙に泰助の上空をとる。見上げた先に投網があった。上から降ってきたそれを泰助は片方だけの翼をはばたかせて避ける。
「どういうつもりだベルナルド、ただの投網だなんて! せめて有刺鉄線で編むくらいの心意気を見せろ!」
「師匠……」
 なんかもう交渉とかそういう次元ではないことをベルナルドはあらためて思い知った。いまの言い方から察するに、師匠の気に入らない攻撃はぜんぶ避けられるのだ。
「なら師匠のお望み通り痛めつけますかね!」
 思考を澄み渡らせ、妖精の群れを召喚する。棍棒を持った妖精の群れが泰助へたかり、ぽこぽこと叩いていく。1ダメが滝のように流れる。総数はかなりの数になるはずだ。だが、フェアリーたちの攻撃は泰助のお気に召さなかったようだ。
「ふん!」
 大きく回転した泰助は幻想の妖精たちを薙ぎ払った。小さな悲鳴と共に消えていく妖精。泰助がベルナルドへびっと人差し指を突きつける。
「痛いのは痛い、そこは褒めてやる。だが、きれいでかわいくて美しいもので俺を包むな!」
「そんな理由?」
 拗らせ芸術家の審美眼は厳しい。
「ところで、これほんとに不殺気にしなくていいんだよな? 俺、うっかり人殺しとか嫌だぞ!!!」
 風に乗った零がわめくと、武器商人が答えた。
「そのへんは大丈夫じゃないかね、零。執事のコとアーノルドの旦那がさっきからちょくちょく回復とばしてくれてるし」
 我(アタシ)にまで飛ばさなくていいんだけどね。と、武器商人はにやにやしているアーノルドを冷たい視線で見やった。
「だから安心してつっこんでおいで」
「わかりました師匠!」
 キンと耳鳴りがする。天才数学者のごとく最適化された頭脳でもって、零は、連撃を泰助へ叩き込んだ。ちりぢりになる羽、ちぎれた服の切れ端。残像が見えるほどの速さで、零は拳を泰助の顔へ向かってねじこむ。
「ぶふぁっ! くっ、やるな、零とやら」
「あのさ、さっきから気になってんだけど」
「なんだ」
「あえて、回避してなくない?」
「そりゃ、俺のストレスを貯めるのが目的だからな」
「一方的にボコってるみたいで気が引けるっていうか」
「何を言う。いまの連撃は非常によかった。空間に隙間なく埋め込まれる拳、心が躍る。ぜひもういちど!」
「師匠! このひとなんかコワイ!」
「難儀なコだなァ、小昏の旦那」
 かるく肩をすくめてみせたそのモノは、ゆらりと手を前へ突き出した。あふれだす禍々しさは、味方ですら戦慄するほどだ。泰助はというと、逆に見惚れている。
「……息抜きに人物画やろうかな」
「ヒヒ、この我(アタシ)を画家の目は、どう観測するのだろうね。たしか小昏の旦那は空気を描くのが得意だったよねぇ。我(アタシ)のまとうコレも描いてくれるかな?」
 青い、蒼い焔が槍となって泰助の残った翼を貫く。ぐえっと声をひねりだした泰助、じんわりと冷や汗が滲んでいる。
「いいねえ、じつにいいよお。この不快感、身を焼かれるような苦痛。俺が求めていたものに近づいてる。すばらしい、すばらしい!」
「拗らせがどんどんひどくなってる気がするね」
 武器商人は口元を袖で隠し、くすくすと嗤っている。
「両の翼をやられて、なお浮いているのは、なにか別の力が働いているのでしょうか。どちらにせよ……」
 これまで補佐に回っていた彼者誰が防御力を攻撃へ変えて泰助へ打ち込んだ。
「空中戦は得意ではありませんので、早々に落ちていただけるとありがたいのですが!」
 地面まであと数メートル。彼者誰は背おいなげの要領で泰助をつかむと、地面へ向かって投げつけた。重い音がし、泰助の体が大地へ固定される。べっとりとしたものが全身へ張り付いて、家庭内害虫捕獲装置に捕まったGみたいになっている。
「ん? んん!? ま、まて、なんだこれ、からい! ヒリヒリする!」
「牡丹さんの案だよ」
 トリモチをしかけていたイズマがにいと微笑んだ。
「ただのトリモチじゃなまぬるいってことで、キャロライナ・リーパーの粉をふんだんにしこんでみた」
「ぐうっ! さすがだ! あでで、ヒリヒリ通り越して痛い! が……」
 ベリベリと泰助がトリモチから体を剥がす。イズマはちょっと引いた。
「まだそんな力が残っていたか」
「降りてこないんだ。ネタが、着想が……。それがないかぎり、俺は何度でも蘇る!」
「ええい、しつこい! 手加減しないからな! 覚悟しろよ!」
 両手が球体を撫でるように動き、光の玉が生まれる。イズマはそれを利き手でつかむと、大きく踏み込んで投げつけた。殲光砲魔神の輝きが、泰助へ吸い込まれていく。爆発音がたち、地面を舗装していたレンガが砕けて飛び散った。が、土煙の向こうに立つ泰助の姿に、イズマは目をむいた。
「なっ! いまのを食らって平然としているとは……」
「まだだ、まだ足りない! ストレスが、閃きが! インスピレーションが!」
 わめきたてる泰助。ロジャーズがぐちゃりと輪郭を失う。
「ざれ言もたわ言もそこまでにせよ、芸術性を求めるならば体調管理も要なのだ。貴様は初心者ですらない。素人ですらない。トーティス!」
「ああ、たまにはいい」
 すぐに事態を飲み込んだイズマがメロディア・コンダクターをかまえる。複雑な軌道を描く鋼のきっさきは、スピリトーゾ。幻の譜面がつかのま空間へ漂い、それが粉々になるほどの衝撃波が、イズマから発せられる。時を同じくして、ロジャーズが泰助と距離を詰める。
「貴様、気分最悪が大好きならば手伝うとも! 恐れを貪りながら平衡感覚を狂わされ、挙句の果てにはエチケットも無しだ。物足りないとは言わせない!」
 ちゃかぽこちゃかぽこ。めっためた。ロジャーズの遠慮の容赦もない攻撃に、イズマはそこまでせんでも、という顔をしていた。


「泰助さん、生きてる?」
「生きてるよ」
「アーノルドさんには聞いてないんだよなあ」
 イズマが、そっと四角い器を取り出した。
「なにそれ」
「練達で使用されている蓋付き食品保存容器だよ」
「へー、もらえるものはもらっとく」
 器を受け取ったアーノルドは、物珍しそうに蓋を開けしめしている。
「てか、地味に回復使えるんだねアーノルドさん」
「うん」
 周りがアタッカーばっかだからね、などとつぶやいているアーノルドへ、ベルナルドが餅をさしだす。
「せっかくだからその容器にいれて部下へ持ち帰ってやるといい」
「ありがとうと言っておくよ」
 妙にすなおだな、こいつ。ベルナルドは不気味なものを感じた。場の空気が奇妙にひんやりしているのは、アーノルドのせいだろう。
 彼者誰は襟をかき寄せ、ジト目でアーノルドを見据えた。
(アホとはいえ、遂行者。生け捕りにしたいところですが、いまの疲弊した状態で正面からやり合うのは得策ではありませんね)
「では」
 彼者誰が芝居がかった仕草で、めためたのくねぷふぇになってる泰助の腕を取って引っ張り上げた。
「このお方の今後について知恵を出し合いましょうか。そうですね、私めの案としては……」
 彼者誰の視線がロジャーズへ縫い留められる。
「『もつ』、とか、どうでしょう」
「ホルモンは好きだけど?」
 きょとんとしている泰助に、彼者誰は首を振ってみせた。
「いえ、びちびちしてるにくです。ホイップクリームを添えます」
「食べてみせよう」
 泰助は、アク抜きしてないゴーヤチャンプルを食う男である。あんまり食生活の方向から攻めるのは効果が薄いかもしれませんねと、彼者誰は感じた。
「赤城」
「なぁに、せんせ」
「前段階として小昏は腹を満たすべきだ。質のいい食事とホイップクリーム、蜂蜜入りのスムージーでな。トリップからは下賤な発想しか得られない、アルコールは抜きで。手伝え、赤城」
「はぁい!」
 ちゃっちゃと白いエプロンを着たゆいとロジャーズ。意外にも名状できるうまそうなものを作ってのけるロジャーズ、その隣でひたすら、まな板の上で赤いなにかをこねくりまわしているゆい。
「美味しそうだ」
 テーブルの上へならぶメニューに、心底びっくりしたのか、アーマデルが口を半開きにしている。
「勿論狂気は半熟の目玉焼きに似てナイフを入れた時にドロリと溢れ出るものであるから、『型にはまった』料理もまた私は得意なのだよ。さあ、飲み、喰らい、戯れろ。飢餓と満足は表裏一体、腹がくちたならば、くねぷふぇの追加注文といこう。よって先に喰らい尽くせ、小昏」
 泰助の腹がぐうと鳴った。向かいには牡丹がみごとな焼き魚へ、つけあわせの野菜を添えて皿へ盛っている。
「はあ、茶も出してやるよ。とりあえず腹一杯になれよ。てか、あんたの場合、作品が未完成ってのが最大のストレスじゃないのか?」
「それを言われるとつらい」
 重苦しいためいきをついた泰助に、いいことを思いついたとばかりにイズマが笑顔を浮かべる。
「完成するまで缶詰にして、進捗を聞き続けるとかどうだろう」
「ア、ア、ア」
「どうせ締切から現実逃避してるだけだろ? だからこれが一番きくとおもうんだ」
「ア、ア、ア」
「ショックのあまり師匠が、ちいさくてかわいいものになってる」
 そういったベルナルドは食事を終えた泰助をむんずと捕まえると、四つん這いにさせてその上に腰を下ろした。
「ベルナルドおにーさん、何してるの~?」
「ああ、いい機会だ。チョウカイに俺の師匠を紹介しよう」
「人間椅子してるのがお師匠さま~?」
「そうだ。こんなタイミングですまない……それ以前にコレが俺の師匠で申し訳ねぇ」
 だがしかし、とベルナルドは言葉を切った。
「方向性は抽象画だし性格もこんなだが、絵の才能だけはたしかだ」
 ベルナルドは大きく息を吐いた。
「『最近丸くなって俺の役に立ってくれない』なんて言われましたけど、やりすぎない為に離れてるだけですからね? 師匠の元を離れた後に俺、色々な拷問を受けてますし。再現しろと言われたらドリームシアターで好きなだけやりますよ。だからほら、遂行者とか……危険な奴らとツルむのはナシですからね! せめてローレットに依頼してください」
 彼者誰の背後から、シズクが顔を見せる。もじもじしている姿は可憐だ。
「あ、あの、あなた様が小昏泰助様ですか?!」
「そ、そうだが?」
「感激です、こんな誰もが知る現代の巨匠にご挨拶できる日が来るなんて!! お兄様、ありがとうございます。このような機会を頂けて。私、とっても嬉しいです! 改めまして、小昏泰助様。私はシズク、幻想の美大にて画家を志す者です」
「専攻は?」
「筋肉です。あの、スケッチを見ていただいても?」
「才能ある芸術家の卵の添削指導は心が曇る。引き受けた!」
「ありがとうございます!」
 頭を下げるシズク。だがイズマが会話へ割り込んだ。
「また現実逃避してるね、個展まであと……」
「うああ! 描く! 描くから!!!」
 たぶん今日初めての泰助の、心からの悲鳴だった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

おまたせしましたー!!!!!

ほんとうにごめんなさい。

泰助さん、いいキャラですね。大好きです。

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