PandoraPartyProject

シナリオ詳細

おにくを買いに行こう。或いは、襞々 もつ、奴隷市場へお使いに行く…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ヒューマンショップ
 異様な熱気、というものがある。
 薄暗い地下のホールには、大勢の人の姿があった。誰もが言葉を発さない。しわぶきの1つも零さない。静かな、静かな空間に、けれど渦巻く異様な熱気。
 或いはそれは“欲望”と呼ぶのがふさわしいかも知れない、ほの暗い感情の渦。
「ひーふーみー……おにくが57……おにくが58……」
 チェス盤のようなステージを囲むように、ぐるりと客席が並んでいた。
 雛壇上の客席には都合58の人影。その最奥、一等暗い席に座って人(にく)の数を数えているのは襞々 もつ (p3p007352)だ。
 声を潜めて数を数えるもつの様子を、出入口を塞ぐ黒衣の男がじろりと睨んだ。
 開幕まで静かに待つのが“ここ”のマナーだ。
 とはいえ、直接声をかけて注意しなかったのは英断と言える。もしも、男がもつに声をかけていたなら指の1本や2本は食い千切られていたかもしれないのだから。
 そうなっては、競売どころの話じゃない。
「おにく……おにくの競売……調査依頼って、これ、どうみたって奴隷市じゃないですかやだー。そりゃまぁ奴隷だっておにくに違いはないですけど、私お腹空きました。お腹が空いて空いて、くぅくぅお腹が鳴ってあははははははぁ……食べていいんでしたっけ?」
 にくの空腹はそろそろ限界に近い。
 緑色の目が、ぐるぐると渦を巻いている。

●不確定な依頼
 鉄帝のとある廃墟で、非合法な人身売買組織が活動している。
 そんな噂を襞々 もつが耳にしたのは偶然だ。もつはローレットに得た情報を伝えたが、残念ながら今現在は動かせる人員が足りていないとのことだった。
 だが、もしも噂が本当なら放置しておくことは出来ない。
 噂の真偽を確かめろ……そんな依頼を受けたもつは、奴隷市場の客として廃墟へ忍び込んだのだった。
 まずは人身売買組織の者を捕まえ、拷問の末に正確な場所や開催日時を確認し、やって来る客を襲って入場許可証を獲得し、ついでに何人かローレットの仲間に声をかけた。
 大した休憩を挟むこともなく以上の仕事を片付けたもつの胃袋はすっかり空だ。そして、もつは丸一日おにくを食べなければひどい目眩、飢餓感その他に襲われる。
 つまり、限界が近い。
「とはいえ、せっかくここまで来たんですから競売に参加して、悪事の証拠を掴まないのは損です。ついでに食べられるものを食べておくのもおっと涎が……」
 口元から溢れる涎を拭って、もつは自分の腹を押さえた。
 なんということだろう。お腹と背中がくっつきそうな気配がする。
「警備員が持っているのは暗器の類みたいですね。【封印】と【暗闇】ですかね?」
 警備員の数は10人ほど。
 もつ1人では鎮圧に時間がかかるだろうが、仲間もいるのならどうにかなる。
 奴隷商人の方はよく分からないが、たぶん大した脅威にはならないだろう。
「でも、問題は……」
 奴隷市場に入るまでの間に、もつは少し暴れ過ぎた。
 情報を得るためにもつが襲った相手の中には、近くの街の有力者も混じっていただろう。
 彼を生きて逃がしたことが悔やまれる。きっと今頃、もつには追手がかかっているはずだ。
「いやぁ、軍人さんたちが来そうな気配がひしひしと……人身売買の証拠を掴むまで、軍人さんたちに踏み込まれるわけにはいかないし、かといってこの場を離れるのもなぁって感じですし」
 ブツブツ、ブツブツ。
 ぐるぐる、ぐるぐる。
 考えれば考えるほどカロリーを消費する。お腹が減る。お腹を減らしてまで、考えなくてはいけないことがこの世にあるか? 否、無い(断定)。
「あ。そう言うのは、全部、他の人に任せてしまえばいいのでは?」
 名案である。

GMコメント

●ミッション
人身売買の証拠を掴む(奴隷市場の偉い人を捕まえて帰ろう)

●ターゲット
・奴隷商人×?
鉄帝で人身売買に勤しむ奴隷商人です。
売れ残った奴隷は再利用している……と言う噂があります。
一部の美食家を気取る金持ちたちと懇意にしている模様です。

・警備員×10
奴隷市場を警備する警備員。
黒い衣服を纏った男たちで、おそらくならず者の類だろう。
【暗闇】【封印】を付与する暗器を武器として扱うらしい。

・軍人さんたち×?
もつを追って奴隷市場に接近中の軍人たちです。
ターゲットはもつ1人のため、多くても10人前後と予想されます。
彼らが人身売買組織と繋がっていないという保証はありません。

●フィールド
鉄帝。
先の大戦で廃墟になった都市が舞台。
都市の中央にある地下に埋もれた劇場跡地が奴隷市場になっているらしい。
情報を掴んだもつが強引な手法で潜入方法を確立。
館内は表情が窺えない程度には暗い。チェス盤状のステージと、それを囲むように客席が配置されている。
奴隷市場の開幕まで、後少しだけ時間がある。
現在、58人の客と10人の警備員の姿が見えている。
奴隷商人の人数は不明。
なお、本日は10人の奴隷が競売にかけられるらしい。

※市場は以下のように区分けされている
 客  Iステージ I  客
 席A  L____ I  席C
     客席B

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『鉄帝』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
また、成功した場合は多少Goldが多く貰えます。

  • おにくを買いに行こう。或いは、襞々 もつ、奴隷市場へお使いに行く…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年08月24日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談8日
  • 参加費200RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)
ロクデナシ車椅子探偵
襞々 もつ(p3p007352)
ザクロ
※参加確定済み※
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼
ピエール(p3p011251)
ナマモノ候補
芍灼(p3p011289)
忍者人形

リプレイ

●長い午後の話
 こんなに落ち着かないことは無い。
 暗い客席の隅に座った『ナマモノ候補』ピエール(p3p011251)は内心で冷や汗を流す。腕を組んだまま、どっしりと座したピエールは不動。
 “市場”が開けるのを今か今かと待っているように見える。
「もつさんの目が完全に焦点合わなくなってきてるし、何かさっきからピエールさんの方ずっと見てるけど……大丈夫かい?」
 ひっそりと声を潜めて『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)はそう問うた。その瞳には不安の色が窺える。
 “奴隷市場”という“敵地”に潜り込んだ一行にとって、敵は何も市場の雇った警備員たちだけではないのだ。
「ぐるぐる。ぐるぐる。お腹すきました。牡丹鍋も一緒にいただきたいですね」
『ザクロ』襞々 もつ(p3p007352)も、要注意人物の1人だ。奴隷市場に乗り込むために、少々時間を使い過ぎたのである。もつの空腹は限界だ。
 空腹は良くない。
 空腹は判断力や思考能力を鈍らせる。
「俺は脂身少ないからおいしくないからな? 仕事が終わったら俺も即座に逃げるか……」
「うん。じゃあ早めに終わらせないとね。早めに」
 脱出経路を目で確認し、ピエールと雲雀は少しだけもつから距離を取る。

 入口の扉が開いた。
 ギィ、車輪を軋ませながら入って来たのは車椅子に乗った若い女性だ。
 名を『ロクデナシ車椅子探偵』シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)という。扉を押さえる警備員に手を振りながら、適当な場所へと車椅子の進路を向けた。
 にぃ、と暗がりの中でシャルロッテの口角が、不気味なほどに吊り上がる。
 嗤っているのだ。
 蠱惑的に、嗜虐的に。
「あーあー……こんなに大掛かりに悪事をやるからボク達の様なものが来る。やり方に対しての適切な規模というものがあるのだよ……」
 客席には58人……イレギュラーズを除いた数だ……の客の姿がある。どいつもこいつも、腹の奥に醜く腐った欲望を溜め込んだ、社会の立派なゴミたちだ。
 であればここは、ゴミ処理場か?
 否、廃墟都市の劇場跡地に作られた、人間を売る市場である。
 そして、これから屠殺場になる。

「ここは人間の醜く浅ましい欲望を教えてくれる場所だな」
 そう呟いた『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の耳は、どこかから聞こえる小さな悲鳴や、すすり泣きの声を拾っていた。
「……そこに来て暴れてやろうとする俺も同じ穴の狢か」
 眉をしかめて、拳を握る。
 今すぐにでも暴れてやりたいところだが、それでは捕らわれの奴隷たちを解放できない。助けられない。
 悲鳴と泣き声を聞きながら、ただ待つだけの時間がこんなに辛いものだとは思わなかった。
「段取りは頭に入ってるかな?」
 気を紛らわすように溜め息を零し、イズマは隣に座る女性……正しくは、性別の無い秘宝種であるが……に、そう問うた。
「むむ、悪い人を捕まえればいいのですね!」
 『忍者人形』芍灼(p3p011289)はそう答えると、視線を出入口へと向けた。地下に半ば埋もれた形の劇場跡地だ。見える範囲の出入り口は、客席後方の大扉しか存在しない。
「あぁ、そうだ。奴隷商人も客も、他人を弄びながら己は安全圏に居ると思ってる。その悪意を全て暴き、それは大間違いなのだと思い知らせねばならない」
「あい承りました! この芍灼、全力で悪い人を逃さぬ様に頑張りまする!」
 元気よく、けれど囁くような声音で、芍灼は答えた。
 やる気があるのは良いことだ。
「それでいい。じゃあ俺は、少し“お友達”を作って来るよ」
 好き好んで奴隷を買い漁るような者と仲良く等なりたくないが、それでも彼らは貴重な情報源である。
 腐敗の香りを我慢して、会話をする価値もあるだろう。
 少なくとも、今、この瞬間に限っては。

●おにく解放戦線
 観客席の明かりが消えた。
 代わりに、観客席の中央にあるステージに眩い光が差し込んだ。眩しい光の中に、1人の男が歩み出る。仮面で顔を隠した男だ。
 彼はゆっくり、もったいぶるように深く一礼。
 そして、告げた。
「大変ながらくお待たせしました。これより、オークションを開始いたします!」
 ステージにかけられていた幕が引かれた。
 そして、現れたのは鎖に繋がれた若い女性。つまり、最初の商品だ。
 
 ひっそりと芍灼が席を立つ。
 劇場の外が騒がしい。
「来たみたいだな。とはいえ……ここには軍のお偉いさんもいるわけだが」
 イズマの耳が、外の騒ぎを聞きつける。声から判断するに、6人か7人……やって来たのは軍人たちだ。
 劇場の外にいる警備員と、何やら揉めているらしい。
 大きな声だ。
 観客の一部も騒ぎに気付いて、落ち着かない様子で視線を出入口の方へ向けている。
 彼らにも、表の顔や立場というものがあるのだ。そして、自分たちの行いが“悪徳”であると知っているのだ。
 もっとも、外にいる軍人たちが追って来たのは、奴隷市場の客たちではなくもつなわけだが。市場の場所や潜入方法についての情報を得るために、もつは少し無茶をし過ぎた。
「頃合いですね」
 メイド服のスカートを翻しながら、もつは悠々とステージにあがった。
「お客様。申し訳ありませんが、お席へお戻りいただけますか? オークションの妨げとなりますので」
 ディーラーを務める男性が、いかにも申し訳ないといった様子でそう言った。
 だが、もつは男の声を無視してステージの中央へと向かう。
「失礼。降りていただけます……かぺ」
 コキン、と。
 骨の鳴る音がした。
 白目を剥いて、泡を吹いて、ディーラーの男が膝から崩れる。その頭を蹴り飛ばしたもつは、ステージライトを浴びながら両の腕を身体の前で交差させた。
 ぐるり、と腕を身体の前で回したもつ。右腕をまっすぐ斜めに伸ばす。左の腕は、伸ばした右腕に添えるように構えた。
 なんだ、なんだ、なにごとだ。
 観客席が騒めいた。騒めきの中、もつはにやりとした笑みを浮かべ、そして叫んだ。
「バラ! ヒレ! ロース! ……変身!」
 もつの身体が、どろりと溶けた。
 否、それは錯覚だ。
 もつの身を包む、汚泥のような魔力の渦がそう見せたのだ。
 そして、変身。
「私は此処です、おにく」
 戦鎚のようなミートハンマーを肩に担いだもつがそこに立っていた。

 もつが変身した瞬間、行動を開始した者がいる。
「お仕事の時間でありまする! 効率よく出入り口を塞いでみせましょうぞ!」
 芍灼だ。
 困惑し、悲鳴をあげる観客たちの間を擦り抜けあっという間に扉の前へと辿り着く。芍灼の後ろには、木材を抱えた機械仕掛けの兵隊が続いている。
 兵隊の手から、まずは長い角材を1本取り上げた。
「おい! お前、何をする気だ!」
 芍灼に掴みかかるのは、太い腕をした大男。奴隷商人に雇われた、荒くれ者の警備員だ。
 出入口の番人を任されている辺り、相応に腕は立つのだろう。
 けれど、しかし……。
「何を、とは! それがし、奴隷商人を逃さぬ様に戦場の封鎖を行うつもりでありまする!」
 ぶぉん、と風の唸る音。
 芍灼が容赦なく振るった角材が、男の側頭部を打った。肉の潰れる音がした。角材の端にはべっとりと血が付いている。
 気絶した男の顔面に、蹴りを一撃、叩き込む。
 邪魔だったから、退けたのだ。

 芍灼が扉を封鎖するまで、もう暫くの時間がかかる。
 であれば、必要な時間を稼げばいい。
「しっかしまあ、奴隷市場のこと嗅ぎ回っていたら正規の官憲連中に追われてるってのもヒデェ話だな」
 席を立ったピエールは、逃げ惑い、或いは立ち尽くす客たちを押し退けながらステージへと近づいて行った。
 怒りに狂うオークの姿に、客の誰かが悲鳴を上げた。
「あいつを止めろ!」
 会場にいた誰かが叫ぶ。
 その声に従って、警備員の1人がピエールの進路を塞いだ。その手には斧が握られている。ならず者が持つにしては、よく研がれた上質な斧だ。
 警備員の腕も、斧を十全に振るえるほどには鍛え上げられているように見える。
 だが、無駄なことだ。
「退いてろ!」
 ピエールの殴打が警備員の顔面を打つ。
 鼻の骨は折れただろう。
 場合によっては、顔面の骨全体が損傷している可能性もある。
「きゃ……」
「おっと、黙ってな! そんで、巻き込まれたくなかったら隅っこでじっとしてろ!」
 誰かの悲鳴を遮って、ピエールは怒号を振り撒いた。

「ここは任せて構わないかな? 少し、危険だとは思うが」
 仁王立ちするピエールの背後で、そう囁いたのは雲雀である。
 ピエールは雲雀の方を振り向かないまま首肯した。
「問題ねぇ。婚活中なんだしな。死ぬわけにはいかねーよ」
「そうか。それじゃあ、頼むよ。俺は奴隷たちの収容部屋に向かうから」
 姿勢を低くした雲雀は、力一杯に床を蹴飛ばす。
 そして、加速。
 疾風と見紛うほどの勢いで、ステージの奥へと向かって駆けた。

 雲雀の進路を阻むように、2人の警備員が立つ。
 それから、奴隷商人の一味だろう。上質な衣服に身を包んだ中年の男の姿もあった。
 商人が何かを叫んでいる。
 その声に従い、警備員は巨大な剣を持ち上げた。
「ちっ……やっぱり、その先は警備が厳重か」
 舌打ちを零す。
 雲雀は攻撃の姿勢を取ったが、それより速くに青い閃光がステージを翔けた。
 イズマだ。
 細剣が閃き、警備員の腕を裂く。
 飛び散る鮮血。腕を押さえた警備員が踏鞴を踏んで後ろに下がる。
 そうして空いた空間を、雲雀が真っすぐに駆け抜けた。
「追え! お……ぇ?」
 商人の声。
 ピタリと、途中でそれは途切れた。
 その喉に、イズマの細い剣が突きつけられているからだ。
「逃げ道は潰した。大人しく従うかおにくになるか、選べ」
 赤い瞳が、商人の顔をじろりと一瞥。
 少しの間、イズマは商人の顔を眺めて、眉間に深い皺を刻んだ。
「……ないな。諦めろ」
 商人の思考を読んだことを後悔しながら、イズマは舌打ちを一つ。
 細剣の腹で商人の首を強打して、その意識を刈り取った。

 劇場のステージは、まるでチェス盤のようだった。
 チェス……二人零和有限確定完全情報ゲームにはランダムの要素が存在しない。つまり、観察と思考により“敵駒の動き”は完全に読めるし、捌き切れるということだ。
 無論、駒の動きは多岐にわたる。選択肢は数多くある。それら全てを読み切ることは不可能に近い。近いが、しかしシャルロッテは“こういうゲーム”が苦手じゃなかった。
「4-6……君から見て2マス右を位置取りたまえ」
 まずはイズマに指示を出した。
 その声に従い、イズマは駆ける。雲雀を追いかけようとしていた警備の男が足を止め、イズマへ向かって拳を繰り出す。
 進路を阻まれた腹いせだ。不安定な姿勢から無理矢理繰り出された殴打が、イズマに届くはずもない。
 拳の先から前腕部、そして上腕から肩にかけてをイズマの細剣がなぞった。
 一拍の間を置き血が噴き出して……。
 その後頭部を、もつのハンマーが打ち抜いた。
「んん? チェスに“持ち駒”は無いんだよ」
 次にシャルロッテは、ステージに殺到して来る観客たちに視線を向けた。つまらなそうに唇を尖らせ、ピエールの方に視線を飛ばす。
 シャルロッテの指示を受けて、ピエールは数歩、横に動いた。それだけで、観客たちの進路は塞がれることになる。
「観客たちか。どうすりゃいい?」
「ああ……客ねぇ」
 シャルロッテは顎に手を触れ、首を傾げた。
 ゆらり、ともつは観客の方に視線を向けるとハンマーを引き摺り歩き始めた。
「ぐるぐるします。立ってられません。生でもいいのでいただきます。いただいていいですよね? お腹がくぅくぅ鳴るので、おにくを食べなくてはいけません。ゼシュテルでは常識ですよね?」
 正気とは思えないが、少なくとも敵と味方の区別ぐらいはつくらしい。
「好きにしたまえよ、わざわざ狙いはしないが……逃げる知能も無いなら知らないよボクは」
 呆れたように鼻を鳴らして、シャルロッテは視線を足元へと落とす。
 そこに居るのは、最初に倒れたディーラーの男だ。
 意識を取り戻したようで、呻きながら床で体を震わせている。だが、意識を取り戻しただけで、立ち上がったり、這って逃げたりするだけの元気は無いらしい。
「チェックだよ」
 コツン、と。
 車椅子の手すりを指で叩きながら、シャルロッテは肩を震わせて笑う。

 扉が激しく揺れている。
 軍人たちが、扉を叩いているようだ。芍灼が組んだバリケードも、そろそろ耐久が限界に近い。木材には罅が入り、鉄骨は歪んでしまっていた。
「んん。そろそろ決壊しそうであります!」
 ステージに向け芍灼が叫んだ。
 扉が砕け、外の光が僅かに差し込む。
 バリケードの完全崩壊まで、そう長い時間はかからないだろう。
「撤退してくれて構わないよ」
 とはいえ、商人や警備員のほとんどは既に無力化されている。後は奴隷たちを連れて逃げるだけだ。
 シャルロッテは、迷わずに撤退を告げる。
「了解! ササッと隠れまする!」
 あっという間に、芍灼の姿は掻き消えた。

●お持ち帰り用のおにく
 どう、と軍人たちが激情に雪崩れ込む。
 観客たちが悲鳴を上げて、逃げ惑う。怒号を上げる軍人たちが、銃を構えて観客席に雪崩れ込む。
 喧噪を後目に、芍灼はそっと開いた扉から外に出た。
 それから、転がっている門番を見つけた。銃で撃たれたのか、その体は血で濡れている。血で濡れているが、息はある。
「マスターが聞き出して欲しいと仰っていたので、芍灼は頑張るのです!」
 その脚を無造作に掴むと、芍灼は男を引き摺りながら急いでその場を離れるのだった。

 ステージの上にいるのは3人。
 イズマとピエール、それからシャルロッテである。なお、もつは既に雲雀を追って、奴隷たちの収容場所へと向かった後だ。
「客と警備員は殲滅でいいとして……軍人はどうしようか。そもそも、どう逃げるかって話なんだが」
 幾つかの銃口が3人の方を向いていた。
 きっかけさえあれば、軍人たちの銃は容赦なく火を吹くだろう。
「どうもこうも、チェックメイトだ」
 お手上げ、とシャルロッテは両手をあげた。
 そして、笑う。
 嗤って、告げた。
「チェックメイトの盤面なら……ひっくり返すのがいいに決まってる」

「よし。だが、軍人はヤっちまうと後々が面倒だから殺すなよ」
 まずはピエールが動く。
 構えた戦斧を振り回しながら、ステージから飛び降りた。銃口が一斉にピエールを向いたが、放たれた弾丸の数は少ない。
 幾つかの銃は、イズマの剣で切断されてしまったからだ。
 数発の銃弾を浴びながら、ピエールは吠えた。
 そして、斧の一撃で数人の軍人を薙ぎ倒す。
「大した腕だな。タフガイはモテるんじゃないか?」
「おぉ、俺は無敵だ。しかしところがおかしなことに婚期は来ない」
 なんて。
 軽口を叩き合いながら、3人は出口へ向かうのだった。

 バックヤードにいたのは2人。
 1人は宝石をじゃらじゃらと纏った商人らしい男。もう1人は、背の高い執事らしき男性だ。劇場の方で起きた騒ぎを彼らは知っているのだろう。
「急げ急げ! 急いで、奴隷たちを牢から出せ! 馬車に積みこめ!」
 商人らしき男性が、唾を飛ばして指示を出す。
 執事の方は額に汗をびっしり浮かべて、牢の鍵をじゃらじゃらと鳴らしながらそこらを駆け回っていた。
 商人一味も、護衛に雇った荒くれ者も、ほとんどが表でノびているせいで圧倒的に人手が足りていないのである。
 もっともそれは、雲雀や、そして奴隷たちにとっては果てしなく僥倖であった。
 ひゅう、と冷たい風が吹く。
 鉄帝の山奥で吹くのと同じ極寒の風だ。
「……ぁ?」
 まず最初に、奴隷商人の脚が凍った。
 次に、執事服の男が凍り付く。その拍子に、男の足元に鍵束が落ちた。
「案の定、ステージに手一杯で手薄になっていたな」
 雲雀は鍵の束を広げて、男2人へ視線を向ける。
「待て! 待て待て! は、話をしよう、な!?」
「話すことは無いよ。そんな時間も無い」
 ゴツゴツと鈍い音が、雲雀の背後から聞こえている。ハンマーを引き摺りながら、もつが近づいて来る音だ。
 雲雀は自分の手首をそっと口に寄せると、血管ごと皮膚を噛み千切る。
 鮮血がどろりと溢れた。
 だが、溢れた血が床を濡らすことは無い。
 空中で意思をもつかのように血はうねり、紅色の刃へと変じたのだから。
 そして、蛇かなにかのように血の刃は虚空を這った。
 ゆっくりと、血の刃は2人の男の眼前へ。
 プツリ、と。
 眼球を刺す音がした。

 もつは震える奴隷たちを睥睨している。
 にぃ、と笑って奴隷の1人に手を差し向ける。
「……ぇ」
「奴隷は任せてください。保存……ご主人様の領地にお連れします」
 帰る場所なんて無いんでしょう?
 そう言って笑うもつの手を、奴隷はおそるおそると掴んだ。
 差し伸べられた手を取った。
 それが、救いの手である保証はどこにもないのに。


成否

成功

MVP

シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)
ロクデナシ車椅子探偵

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
奴隷たちは全員無事に救助されました。
また、奴隷市場の客や商人のうち息があった者は捕縛されたようです。
行方不明者は以下↓
あらくれ者の警備員1名
奴隷たち10名

この度はシナリオのリクエストおよびご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM