シナリオ詳細
<蠢く蠍>サリューの呼び声
オープニング
●『依頼』
「――よく来てくれた。まぁ、楽にしてくれたまえ」
幻想の商都サリューに招待を受けたイレギュラーズは屋敷の主たる商人――クリスチアン・バダンデールの言葉を受けて口元だけで苦笑をした。
構図こそ、多くのケースと変わらない。有力者から呼び出しを受けて御用聞きを行うのはローレットのイレギュラーズの日常の一つでもあるからだ。しかしながら、本件が幾らか何時もと勝手が違うのは――
「何の用件か聞かせて貰おうか」
――張り詰めたイレギュラーズの不躾とも言える態度が物語る、相手への不信感を根源にする。今日の『依頼人』たるクリスチアンはあのサーカス騒動――幻想蜂起の際にローレットに対して挑発的とも取れるような奇妙な依頼をしてきた人間である。その現場で煮詰めたタールのような彼の悪意を目の当たりにしたイレギュラーズ、それを知るローレットにとってはとても安心して信の置けるような取引相手でない事だけは間違いない。薄笑いを浮かべる彼の傍らに控える和装の剣客の存在が最悪に最悪を掛け合わせる、居心地の悪い空間を作り出しているのも当然原因の一つである。
「ご挨拶だな。何の用か、とは。それは勿論、昨今この国を騒がす蠍騒動についてさ」
「『新生・砂蠍』か」
「そう。彼等は主に田舎を荒らしているようだがね。
彼等も馬鹿じゃあ無いから――この国の貴族が自らの保身を図りたくなる程度には、大きな都市にも牽制を入れている。サリューもその内の一つになった、という訳だ」
「困ったものだ」と大仰に肩を竦めるポーズを取ってみせたクリスチアンはその実、余り困っているような様子が無い。不遜である事をまるで隠さない、故に大不遜。相変わらず、彼の整った顔立ちは周囲全てにぞっとする位の嘲りを湛えているようだった。
「……その対処を任せたいと?」
「そうなるね」
「ご自慢の兵隊や――そこの用心棒が居るだろうに」
「勿論、それも使うさ。だがね、このサリューに砂蠍はご執心らしくてね。
……嫌だよ。全く、何事も加減の出来ない連中はこれだから困る」
――加減、なる言葉が示す意味は何か。
それを敢えてイレギュラーズに言う理由は何か。
決まりきっている、それは――
「ま、兎に角――連中にこの愛するサリューを荒らさせる訳にはいかない。
だからね。今をときめく君達に砂蠍を蹴散らす仕事の一つを任せようかと思って。
サリューの近くには連中の勢力が二つある。
一つは『巨獣』ダーヴィト・ロズグレー率いる『黒獣盗賊団』。例に漏れず蠍の傘下に入っているね。
もう一つは『クルーエル・リッパー』デッドエンド・バーン率いる『死滅旅団』。
サリューは防備も戦力も十分だから、牽制とは言えないような危険なキャストの登壇だ。
結論から言えば、君達にはこのどちらかを処理して貰い、もう片方は」
「わしが始末をつける」
「……と、いう訳だ。正確にはバイセンとサリューの兵隊が、だがね」
自身の言葉に割って入った剣客――死牡丹梅泉にクリスチアンは小さく笑った。
「実際の所、蠍の情報はあくまで『掴んでいる範囲』でしかない。
隠し弾が無いとも限らない以上は、おいそれとは動きにくい事情もあるのさ。
軍を軽挙に動かして、盗賊王率いる砂蠍本隊が出現したりした日には笑えないし」
クリスチアンの語る『依頼』は確かに理に適っている。話としてはこの所の幻想を騒がせる多くの事例と何も変わりはない。受けない理由はない。断る理由もない。
元より、この場を訪れたのは彼の出方を確認する意味もあったのだから……
「ああ、そうそう。担当は君達が選んでも構わないけれど」
複雑な顔をするイレギュラーズにクリスチアンは付け加えた。
「選択も仕事も慎重にね。数は然程でもないが、サリューの相手は他所程優しくないぜ」
――それはそれは楽しそうな顔で云う。
![](https://img.rev1.reversion.jp/illust/scenario/scenario_icon/12686/1dd5a4016c624ef51f0542d4ae60e281.png)
- <蠢く蠍>サリューの呼び声完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年10月22日 21時40分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●浮かない仕事
本当に厄介なのは目に見える悪意より、善良の皮を被ったそれなのかも知れない――
イレギュラーズの仕事は元より様々で、無辜の民衆の願いを聞き届けるものから、権力者の我儘を叶えるものまで多岐に渡る。依頼において善悪は時に最優先するようなものではなく、玉石混交、すいも甘いも噛み分けなければならない彼等は確かに清濁を併せ飲まなければいけない存在だ。それがローレットであるのは参加する者ならば、百も承知である。
しかして――
「……この状況は何が目的で作ったんだろうね?」
――『サイネリア』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の何とも浮かない表情、歯切れの悪い言葉。
「『サリューの街に住む人が怖い思いをするのは嫌。だから討伐のお仕事頑張る』。
……んだけど、何かこう、すっきりしないのはなんでかな。上手く使われているような」
難しい顔をした『遠き光』ルアナ・テルフォード(p3p000291)の複雑な口調が物語る通り。
今日、十人のイレギュラーズが請け負った仕事はその彼等をしても何とも微妙な気持ちにさせるものであった。
依頼の内容は確かに奇をてらったものではない。この所、幻想各地を騒がせ、荒らし回っている盗賊勢力――かの『砂蠍』の戦力を依頼人の街サリューから遠ざけるという内容は、多くの同系の依頼と同じく確かにそこに住まう者、或いは権力者の意に沿うものである。
「サリューの王、過去狂気に囚われたと疑われた人物だが……
今尚この街の自治を務めるのであれば、やはりそれは噂でしか無かったのだろう」
問題は呟いた『軋む守り人』楔 アカツキ(p3p001209)の口元を僅かに皮肉に歪ませた『依頼人』の方である。
「……実際そうだとしたらどれ程良かったか」
溜息に似た調子で漏らした彼の胸をざわつかせる『何か』の正体は知れない。唯、噂以上に――ローレットが把握している『曲者』という情報以上に相対した依頼人――クリスチアン・バダンデールは得体の知れない何かを秘めていた。それがアカツキ個人の感想に根ざした情報であったならばまだしも良かったのだが、何とも言えない顔をする面々の声色、気分から察するにそれは希望的観測が過ぎる考え方になるだろうか。
「……サリューの領主様、あの人は怖い。
人の心がわからない、そういった類とは違う気がします。
あの人の場合、全てわかったうえで、自らの心に忠実に動いているよう――私にはそれがひどく恐ろしいのです」
言うなれば露悪を歓喜に、自覚したサイコパス。
論理的かつ倫理のない唯の天才――『特異運命座標』ミシュリー・キュオー(p3p006159)の言葉に一同に苦笑が浮かんだ。
「討伐対象を受けた側が選べる依頼って珍しいねー。
でも、こっちで選んでる上に大口顧客相手だから責任は重大ー。
例え裏の思惑があるにしてもねー」
今日の仕事は、『黒獣盗賊団』ないしは『死滅旅団』のどちらかに対処する事――
何処か間延びした調子で言う『悪意の蒼い徒花』クロジンデ・エーベルヴァイン(p3p001736)はその愛らしい外見とは裏腹に非常にドライな所を見せていた。勘繰る事は幾らでも出来るが意味が無いのも確かである。
(バダンデールさんは何をしたいのかな。私達を試してる……ううん、鍛えてる……?
正直今のうちに斬った方が良い気がするけど、暗殺令嬢の事もあるし、何よりもあの用心棒がいる限りそうもいかないよね)
成る程、『特異運命座標』サクラ(p3p005004)の考えは非常に正しい。
(死牡丹梅泉、か……いけないいけない! 『戦ってみたい』なんて考えちゃ!)
彼女の思考がどうしても『そちら』に寄ってしまうのは酔狂の一環として。
レオパル様に怒られてしまうような我欲に不正義は首を振って追い払う。
……ともあれ、自信満々に黒幕ですという顔をしたクリスチアンがそう容易く己の牙城を崩させるような生半可な相手では有り得ないのは確実である。政治的にはアーベントロート家の強い後ろ盾と幻想全国的な『名声』。直接武力においては死牡丹梅泉なる用心棒――あのレオンが戦うなと言ったのだ――を備えた彼の立ち位置は完璧である。『その彼が一見に理に適った要求をして、イレギュラーズに仕事を持ちかけた以上は』取れる選択肢は多くはないだろう。
「まー、砂蠍とかラサに居たころから糞だったし。事情に関係なく手は尽くすだろー」
「そうだね。そうある事を祈って――余計な事を考えてる場合じゃないや。
しっかりしなきゃ! 黒獣盗賊団さんを相手に取るよ!」
「森の中でアサシン相手にするには向かない編成だからねー」とクロジンデ。
「死滅旅団と刃を交えてみたいのでもございますが、仕事として引き受ける以上、安請け合いはできませぬ。
とは言え、黒獣も、並の盗賊よりも油断ならぬ相手でございますが――」
厚曇りの空に相応しい場の空気を気を取り直したルアナ、頷いて応じた『朱鬼』鬼桜 雪之丞(p3p002312)の言葉が撹拌した。
「……まだ対処がしやすい方を相手にさせて貰ったが……
こちらですら気の抜けない……実際、頭の痛い話ッスよ……
……それでもクライアントを相手にするよりは相当マシなのですが……
……頼むから何も起こってくれないで下さいよ……」
死を徹底的に厭う性格的に悲観的な所のある『傷だらけのコンダクター』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)が大きく息を吐き出した。
「ああ。黒獣盗賊団、それが俺達が相手する者達の名だ」
アカツキの言葉通り、パーティは事前の意思決定としてサリュー側に黒獣盗賊団の対応を告げていた。
あの梅泉には「何と。譲ってくれるか――案外気前の良い連中じゃな」と何故か感謝されたのはさて置いて。
より危険度の高い死滅旅団を畏れた訳では無いが、元より黒獣盗賊団ですら生半可な相手では無いと聞いている現状においては、妥当な所か。ましてや、本件については『依頼人を全面的に信頼し切る事が難しい』のだから、尚更現実的な判断と言えるだろう。
「馬車でバリケードを用意するのでしたっけ」
「クリスチアンさんも、街の人も協力してくれるそうなので――」
ギフトの効果もあり、人から好感を得やすいスティアはこういった緩い協力を求めるにうってつけの人物である。
「んー、そんな感じでお祈りしつつ行きましょう」
開けた戦場において果たしてどれ位の機能が得られるかは不明瞭であるが、その作戦が機能するようにも祈りつつ、『解華を継ぐ者』ヨハン=レーム(p3p001117)が頷く。
概ね話は纏まった。
サリューの街道に巣食う黒獣共を蹴散らす時間はやって来たという訳だ。
「そういえばまた一緒だね。頑張ろうね! サクラちゃん!
あ、ちゃんって言っちゃった――えへへ!」
「うん、頼りにしてるよスティアちゃん。
ちゃん付けで構わないよ――さんは何だか……ちょっと他人行儀だしね」
曇空の依頼にも時に花は綻ぶ。
スティアとサクラのやり取りに少しだけ緊張が解された気がしていた。
●街道の黒獣I
灰銀の巨影は目を見開く。
より多くの代償(アイ)を求めんと、より多くの衝動(アイ)を果たさんと。
血臭の消えない墓地の獣(しょうじょ)の目は赤く爛々と輝いた。
黒獣を名乗る同胞でその住処を満たさんと――
「こんなにタクサンのヒトたちと『アイしあう』のは、もしかしてハジメテ?
えへ、これがハーレムってやつだよね!」
――数多い敵に微塵も臆する事は無く『アイのミカエラ』ナーガ(p3p000225)は唯、あるがままに歓喜していた。
かくて街道へと歩を進めたパーティは、
「ここから、ッスね……」
難しい表情のクローネの放った斥候(ファミリアー)の活躍もあり、程無く『巨獣』ダーヴィト・ロズグレー率いる盗賊団を補足する事に成功していた。
此方十人のイレギュラーズ、彼方二十余名の盗賊団。
(場所柄、伏兵の隠れる場所もございますまい――)
本件の情報は鵜呑みにするには胡乱が過ぎた。目を細めた雪之丞は決して油断をする事は無い。
数的不利は聞いていた通りで、睨み合う先頭に立つ巨躯の男が存在感を放っているのも、一先ず情報通りだった。
「まぁ、開けた街道だから――」
「――こうなりますよね」
ルアナの言葉をヨハンが繋ぐ。
結論から言えばパーティの企図した『馬車によるバリケードの構築』は無理があった。
第一に『開けた街道』は全方位にスペースがある。崖の間の道を遮蔽するならばまだしも、この場合、精々が遮蔽物にするのが限度であり、有効な構築自体が困難だ。
第二に定点で確実に迎撃する――相手に攻略対象が存在する防衛戦であるならば、機能の目もあったかも知れないが、今回の依頼は『街道を封鎖する黒獣盗賊団を排除する事』。即ち、むしろ敵側の作戦目標は『封鎖』であり、『攻撃』は味方側に与えられた指令である。
偶発的な遭遇戦に事前準備の必要なバリケードの運用は難しいし、何より相手が不利を嫌って移動すればそれまでという事だ。
そこはそれ、クローネのファミリアーで挑発を試みてもみたのだが――
(出来れば、待ち構えて戦いたいですが……誘き寄せがうまくいかなかったら仕方ないですね)
――ミシュリーに小さな苦笑が浮かぶ。
「てめえ等が、イレギュラーズか。性懲りもなく邪魔しに出てきたって寸法だな?」
髭の強面に凶相を貼り付けるダーヴィトが余程の短慮なら微かな望みもあったかも知れないが、彼とて(見た目はそう賢そうにも見えないのだが)盗賊団の首領である。砂蠍に命じられているのか、必要のない突撃をする程、愚かでは無かったらしい。
ダーヴィトの言葉に敵陣がざわめく。
「……遂に来やがったか」
「かかってきやがれ!」
名前の売れた『イレギュラーズ』なる存在は、アウトローの中でも脅威となっているようだった。その出現にめいめいに得物を抜いた盗賊達は口では威勢がいいが、多少動揺した所が見て取れた。
「ガタガタビクビクしてんじゃねえ!」
その彼等がこのダーヴィトの言葉で僅かに落ち着きを取り戻したのは大きい。
(やはり、簡単な相手とは言えんな――)
目を細めたアカツキは視野の広さからその事実を見逃さない。
確かにイレギュラーズが多く相手にしてきた『有象無象の盗賊共』と今回の相手は全く違う。別物だ。
短い時間がジリジリと過ぎる。
引き絞られた弓が開放の時を待つかのような睨み合い。
今にも爆発しそうな戦場の緊張感を、
「来ないなら――こっちからいこうか!
まぁ、ダーヴィトさん。アナタが大人しく投降するなら無駄な血は流れないんだけど」
「バダンデールさんがあなた達の相手は女子供で十分ってさ!」
挑発めいたルアナとサクラの一言が爆発させた。
「かかれ」の一言で咆哮を上げて向かってくる盗賊団をイレギュラーズ達が迎撃した。
敵の先頭はダーヴィト。勿体をつけて後ろに鎮座するボスも居るが、今回はそれが厄介とも言えよう。
「叩き潰してやる――!」
強い殺意を爆発させた巨獣の男に相対するのは、
「――まぁ、そうさせたら壁役(タンク)の意味が無い訳です」
パーティの中でも特に強い防御意識と耐久力を持つヨハンだった。
パーティの作戦は回復能力持ちを最優先に、脆い前衛、後衛、最後にダーヴィトを狙うという優先順位をつけたものだったが、『ダーヴィトの相手を後回しに出来る』というのは希望的観測でもあった。彼への攻撃を集中させるのが後回しには変わらないが、暴れる彼を受け止める役割が必要なのは明白だ。ヨハンはライトニングシールドによる自己防御とアクセラレーションによる全体付与で味方全体の支援をするプランを持っていたが、ダーヴィトの動向にも細心の注意を払っていた。
これが奏功し、辛うじて巨獣の先手を取ったヨハンは最も堅牢な自分がその相手へと収まったのだ。
(お願いしますよ――)
有機的連携とは、状況に応じてその姿を変えるものである。
まずヨハンが壁役となったのは良しとして、首領の邪魔をする彼へ他盗賊の集中攻撃も加われば流石の防御も決壊しかねない。
順序と当面の目的は多少変わったが、パーティは予め防衛に優れたフロント――即ち雪之丞とサクラに攻撃を集める狙いも持っていた。
「さて、その貧しき刃が届くと思わば――いらっしゃいませ」
「言ったでしょ! 梅泉(とらのこ)なんて貴方達には要らないって、さ――!」
麗しき戦場の乙女が二振り。左右両翼に広がる翼のように、雪之丞とサクラの絢爛な名乗りが盗賊達の激情を刺激する。
それはダーヴィトを援護する構えを見せた何人かの盗賊の意識を要(ヨハン)から引き剥がす程度の威力を十分に持っていた。
「死ね――!」
大きく振りかぶられた戦槌の一撃が妨害(ブロック)したヨハンの頭上から降る。
「死にませんてば」
鋭く硬質な音を立て、ゼシュテルの壁(グレートウォール)がその一撃を受け止めた。
彼の愛らしい顔立ちはその一瞬だけ苦痛に歪んだが――『可愛いのに可愛くない』ヨハン・レームはそれを悟らせるような事はしない。
「伊達や酔狂でこんな役割受け持たないですよ。分かってます?」
減らない口で目の前の怪物を煽る彼は――見た目以上に強かである。
「作戦通りに!」
向かってきた盗賊の刃を聖刀でいなしたサクラが鋭く声を張る。
(此度は食い止める事が仕事なれば――)
素晴らしき技量を誇る雪之丞は三人を相手にしながらもその刃さえ『躱して』みせる。
しかしながら三人は専ら防御に出ているからこそ、多勢に無勢、実力の差に耐える健闘を見せているのである。
「回復は任せてね!」
巨獣(ダメージディーラー)を受ける壁(ヨハン)という構図はある意味でスティアを最も活かす状況とも言える。
ダーヴィトとヨハンの実力差は初手合わせで明確に知れていたが、そのダーヴィトとて、スティアに援護されるヨハンを突破するのは容易くない。
「――簡単に、倒させないから!」
「はい! では、頼っちゃいますね!」
高い回復力を持つスティアと耐久力(HP)という『受け』の手段を十全に持ち合わせるヨハンの組み合わせは運否天賦に拠らざるを得ない者よりもこの状況に適している。
そして組み合わせの妙という意味では、残る二翼の壁――雪之丞、サクラとミシュリーの組み合わせも有効だ。
(私はきっと体も心も他の皆さんより強くありません。
それでも、今イレギュラーズとしてここに立っているからには、出来る限りのことを――!)
こちらは相対する敵がダーヴィトではなく盗賊達である事から、一撃の重さは然程でもないが、数が多い。徐々に削られ、蓄積されるダメージとミシュリーの扱う再生能力の付与は同様に相性が良いと言えるだろう。
「これが私の戦い方!」
サクラが気を張る。
されど、耐久(それ)はあくまで時間稼ぎであり、解決の手段足り得ない。手をこまねいていればジリ貧に陥るのは火を見るよりも明らかだ。
そんな状況をみすみす許すイレギュラーズでは無い。
壁役(タンク)が敵の攻撃を捌くなら、その敵を薙ぎ払うのは当然――
「やるしかないなら――やるまでッスよ」
――攻撃側の面々、敵の数が多いならば景気よく毒霧も放てようというものである。
(……どうしたって不利は否めないッスからね……)
クローネは状況を冷静に理解している。
今回の作戦目標が敵の『撃退』である以上は、元より『殲滅』は不可能とも言えよう。
どんな状況で『撃退が為るか』を考えれば答えは簡単だ。こちらが崩れるより先に向こうに嫌気を与える他無い。
「そうそう、数が減らなきゃお話にならない。いくよー!」
「うん、たっぷり――アイしあおうね!」
気を吐き、距離を埋めるオーラキャノンによる光柱を撃ち放ったルアナ。
そして、動き出したその姿がダーヴィトよりも尚、威圧的なるナーガ達――攻め手は次々とこれに続く。
圧倒的な攻撃能力を持つ彼女はしかして酷く打たれ弱い。
自身の特徴を良く把握した彼女はあくまで孤立を避け、飛びかかりたい位の衝動を抑えて――この時を待っていた。
タンクが引き付ける一方で自身から攻撃のターゲットをまず逸らし、
「だいすき!」
場にそぐわぬ台詞、姿にそぐわぬ鈴なる声で――衝撃波を帯びた凶悪な拳を繰り出した。
ルアナの撃った敵を続け様に狙ったナーガはまさに本能的とも言えるセンスで敵を破壊する事に秀でていた。
猛撃にくの字に体を追った盗賊はそれで倒れはしなかったが、血を吐いた彼はよろめく。
「――削らせて貰う」
そこへ冷徹な宣言――姿勢を下げたアカツキが肉薄した。
格闘戦装を纏った彼の破甲の一撃は辛うじて二撃目を耐えた盗賊を早くも地面へ叩き伏せた。
敵陣が怒号を上げるが、彼は何ら取り合わない。
闘技場で舞うスターのように見事な連続性を見せた彼の攻勢は更に別の一人へと次なる一撃を突き刺した。
クロジンデの幻燈が映し出すのは敵が破滅か――虚空を切り裂き、闇の爪痕が傷を刻む。
パーティの動きは相応に理に適っており、先制攻撃と陣営の構築は一定に効果的だった。
しかし。
「面白ぇ、それなら力勝負と行こうじゃねえか――!」
ダーヴィトの声に盗賊達も意気軒昂。
イレギュラーズの名を、力を前に蜘蛛の子を散らす盗賊(ザコ)共と今日の相手は一味違う。
彼等の猛烈な反撃が前衛を、数に頼んで後衛をも襲い出す――!
●街道の黒獣II
「実を言えば、防戦は余り好みませんが――」
身を翻した雪之丞の黒髪が遅れて揺れる。
「攻め手を捌き続ける、というのも、存外。興が乗るものですね。
何より、貴方様らの、思い通りにならない。その顔を見るのも、楽しゅうございます――」
嘯いた彼女の口元には幽かな笑み。
(余裕を見せるのも、意地でございますね。気から折る気は、ありません)
武芸者の、夜叉の意地は柳の如く。押すばかりの力に屈する心算は毛頭ない!
「しっかり――まだまだ、いけます……っ!」
せめて自分の出来る事を、とミシュリーは必死に気と声を張る。
乱戦は支援役の彼女にさえ接敵を許していたが、彼女は傷付いても戦いを辞めない。
前を守る仲間を支える事こそ、己が勤めだと――なけなしの力を振り絞って苦境に相対している。
「あー、もう! メチャクチャだよ!」
危急の状況にルアナまでもが引きつけ役を追加したが、乱戦の根治には到っていない。
――まさに状況は困難を極めていた。
元より数的不利を飲み込まざるを得ないイレギュラーズ側は、難しい状況に晒され続けていた。
ダーヴィトを除く盗賊達はパーティの実力平均値に及ばないまでも、無視出来るような相手では無く。
そのダーヴィトは受け手がヨハンで無ければ、スティアの強い援護が無ければこうも保たなかったに違いない。
整然を望んでも叶わない戦場は徐々に隙を大きくし、状況を一方的に加速させている。
「最悪ッスよ……」
十分に距離を得ながらの戦いを企図していたクローネにとっても状況は歓迎出来るものではなかった。
中距離でも戦いも十分可能な彼女は茨での迎撃を見せるが、疲労の色は隠せない。
「……ッ……!」
唇を噛んだサクラの双眸が敵を捉える。
彼女の柔肌に傷を刻んだのは倒し切れなかった敵のナイフ。
遠くから放たれた矢の一撃に気を取られた彼女はこれを避け切れなかったのである。
「……っ、いっぱいで……うれしいけど……!」
ナーガの一撃が又一人の盗賊を沈めたが、その彼女も既にボロボロだ。
パーティの徹底した防御意識は強靭なフロントによる防御を達成していたが、再三述べた通り元より数の差が大きい。
名乗り口上で引き付けるにも限度はあり、同時に引きつけ過ぎれば前が保たない。
「いたいけど――これがアイなんだよね……!」
必然的に漏れた多勢の敵は受けに優れないこのナーガや、後衛達にも牙を剥く。
パンドラによる加護を持つパーティはこれを駆使する事で辛うじて戦線を維持していたが――『致命的なのは敵を減らす攻撃意識が弱すぎた事』である。敵の寄せ手を早急に減らす事は敵に脅威を与えるという事でもある。黒獣盗賊団の命じられているのはサリューの封鎖であり攻略では無い。彼等に損得計算をさせるならば、個の強さの優位が効いている内に、ダーヴィトに状況を疑わせる必要があったのは確実だ。
「数が多いよっ!」
ルアナがぼやく。
今、彼女が倒したものも含め、倒れた盗賊は六人、傷つけた盗賊はもっと多い。
一方でイレギュラーズ側の限界も近い。死者は居ないが、突き通せば誰かが死ぬ。
最終的な余力の分量はさておいて、見た目に劣勢、危険、或いは損を強く感じさせる状況を作らねば彼等が退かないのも道理だった。
『状況は終始、圧倒的に黒獣盗賊団優位にしか見えていないのだ』。
(――まずいな)
まさかこの上増援等あれば目も当てられまい。
バランスの良い能力で戦場の楔になるアカツキも余力が足りない。
乱戦にクロジンデが倒され、猛烈に暴れたナーガも遂に膝を折る。
「どうした、そろそろ死ぬか!?」
「ですから!」
クロスブレードでの反撃も伺ってきたヨハンだが、ここぞとばかりに奥の手(ぼうぎょむし)を見せるダーヴィトに彼の状況もいよいよ危うい。
「次は此方がお相手仕りましょう」
スイッチの動きは鮮やか。「ごめんなさい!」と退がったヨハンと雪之丞が綺麗に入れ替わる。
状況にフラストレーションを溜めるダーヴィトの眉が釣り上がるが、雪之丞にとってはそれは「我が意を得たり」といった所か。
戦いは続く。
「好き放題――してくれたわね――!」
余力の尽きたサクラが格闘による攻め手に出た。
パーティは更に二人の盗賊を倒し、代わりにミシュリー、ヨハン、アカツキという戦力を喪失した。
「――押し切れ、こっちが十分勝ってる!」
ダーヴィトは全く健在で、それが盗賊達の勝利への強い根拠となっている。
(このままでは――)
スティアが薄い唇を噛む。
敵は意気盛ん。たちどころに退かせる事は難しい。パーティの継戦も限界に近ければ――まさにここが分水嶺だった。
●サリューにて
サリュー、バダンデール邸。
あの豪華な応接間で帰投したパーティを出迎えたのはクリスチアンと不機嫌そうな梅泉だった。
「まぁ、元々難しい仕事だったからね。少なくとも計算の内には入る仕事だったと言える。ご苦労様」
結論から言えば黒獣盗賊団はパーティの奮戦で概ね半壊。
少なくとも手傷を負った団員は過半数を超えており、撃退はならないまでもその戦力を大きく削ぎ落とす事に成功した。
とは言え、パーティの仕事は十分とは言えない。限界まで奮戦したのもまた事実ではあるのだが。
「あー、悔しい!」
「この結果を計算の内と言ってくれるな」
ルアナと苦笑するアカツキにクリスチアンは「ああ」と頷いた。
「嫌味でも皮肉でも無いよ。気に触ったなら謝ろう。
戦術目標は達成出来なかったが、戦略目標は達成出来た――という事だ。
つまりだね、私のオーダーは『黒獣盗賊団を撃退する事』だが、私の目的は『サリューから砂蠍勢力を排除する』だ。
此方の手の者――梅泉とサリューの兵が『死滅旅団』を追い払った時点で、ダメージを受けた黒獣達は分が悪いと考え、退いたという訳だよ。
黒獣にそれだけ手傷を負わせたのは君達なのだから、『依頼内容は兎も角、状況は私の思う通りになった』」
「そういう事かー」
「……嫌な事を」
「些か口惜しくはございますが」
「まぁ、そう言わないでくれたまえ――依頼人が労いの言葉を向ける位、何の不思議もないだろう?」
クロジンデ、クローネ、雪之丞の言葉にクリスチアンが肩を竦める。
(……本当にいい性格してますね)
奮戦が無駄にならなかったのは良い事だが、複雑には変わりない。大きな絆創膏の痛々しいヨハンが苦笑を浮かべた。
知り合いの貴族(おぜうさま)が可愛く見える――目の前の男は何とも言えない筋金入りだ。
「……」
「サクラちゃん?」
「……………聞きたいのだけど」
難しい顔をしたサクラにスティアが視線を送るった。
我関せずといった顔で不機嫌に外を眺めていた梅泉に声を掛けたのはそのサクラである。
「……死滅を、倒した?」
強敵と名高い彼等をサリュー一派がどうしたのかはパーティの興味の及ぶ所であった。
自己を律してはいるものの、剣客に並々ならぬ強い興味を抱いているサクラならば尚更である。
「すぐに逃げたわ。二、三斬ったが――あんなもの、喰ろうた内にも入らんわ」
「ナーちゃんもふたりアイした!」
……ナーガが屈託なく笑ったのはさて置いて、これで梅泉の不機嫌の理由は知れた。
「ローレットに『赤犬』が来たのを知っているか?」
「……ほう?」
そんな梅泉の機嫌はアカツキの言葉ですぐさまに持ち上がる。
そんな有様にクリスチアンは「君は本当にお構いなしだから」と意味深に苦笑した。
「さて、これでサリューの仕事はおしまいだ。
君達とは長い付き合いになるだろうから、又何かを頼む事もあるだろう。
例えば別の蠍事件とか、『悲しい事に幻想に、世界に絶えない危険な事件の始末』とか――」
「嫌だね、この世界には不幸が一杯で」。そう言葉を結んだクリスチアンの目は笑っている。
――やはり、怖い――
感受性が強いから、直感的に感じるものがあったから――
理由は何でも良いが、ミシュリーの顔は青褪めていた。
少女には――見えなかった。
目の前の美しい男が、人間に見えなかった。
それは、人間のなりをした別の何か――
敢えて陳腐な表現をするならば、まるで笑う悪魔のように感じられたのだ。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIっす。
判定理由等は至極分かり易く書いていると思うので特に解説は要らないと思います。
絶対とは言いませんが、アイテム等は『本来用途から酷く外れる使い方』はあんまり出来ないと考えた方が良いです。多少の拡大解釈なり、状況次第では有効なケースもありますが、ウルトラCはリスクが高いと考えた方がやはり無難なのです。
一応結果としては失敗なのですが、本文中にある通り依頼主の望む結果は最終的に導き出されています。今回は若干その辺りを加味した報酬設定になっています。
成功と失敗の中間、でもまぁ失敗寄りなので失敗といった感じです。
MVPは『前に出てきたらやべえ』と考えて、『その場合は初手から』(そう読みました)ダーヴィトブロックを意識していた次善行動が良かったからです。
名乗り口上弾いた彼がいきなり後衛に行ったら大惨事だったと思います。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIです。
蠍事件のサリュー編。
以下、詳細。
●依頼達成条件
・『黒獣盗賊団』か『死滅旅団』のどちらかをサリュー近辺より撃退する。
●サリュー
幻想北部、アーベントロート勢力圏に位置する商都。
代々バダンデール家による実効支配が続いている。
●クリスチアン・バダンデール
依頼人。商都サリューの事実上の自治権を保有する大商人。
アーベントロート派に属し、リーゼロッテからの覚えは最高に良い。
幻想での名声は高く、その手腕から天才政治家と呼ばれている。
●死牡丹梅泉
和装を纏った長い黒髪の剣士。
常に左目を閉じており、右手で刀を構えます。
クリスチアンの護衛です。今回は友軍。
●担当盗賊団
受け持つ盗賊団を選択する必要があります。
プレイングで『黒獣盗賊団』ないしは『死滅旅団』のどちらかを指定して下さい。
受け持つ盗賊団により実質難易度が変化しますのでご注意下さい。実質難易度が上昇した場合、成功時の報酬は調整が行われます。失敗時は通常通りです。
・黒獣盗賊団
『巨獣』ダーヴィト・ロズグレー率いる荒くれ者集団。
極めて凶暴な性質の盗賊が多く、一般的な盗賊団に比べて圧倒的に武闘派です。
ダーヴィト以外に配下の部下が20人程居ますが、部下の戦闘力も高いです。
前衛後衛はバランスが良い編成。全体的に攻撃力重視、HPが高い者が多い反面、命中回避は低めです。(非常に低い訳ではありません)
拠点は不明ですが街道でサリューの封鎖を図っている為、戦いの現場は開けた街道となります。
特筆するべきはダーヴィトの戦闘能力です。デカイ、強い、タフ、イコール危険です。
倒す必要はありませんが、現在のイレギュラーズより強いと考えて下さい。
こちらを選択した場合は実質難易度は変化しません。
・死滅旅団
『クルーエル・リッパー』デッドエンド・バーン率いるアサシン集団です。
組織的に冷徹な仕事をする事で有名な悪名高い盗賊団で、偶発的な盗賊行為より計画立てた仕事を中心に行います。過去には貴族の屋敷を襲撃して兵隊ごと家人を皆殺しにする、という凶悪事件を起こした事もあり幻想では指名手配になっています。
彼等は敏捷性と殺傷力に優れていると言われますが、数は十人程度と思われます。
こちらは近隣の森に潜伏してサリューの隙を伺っていると見られ、サリュー側が『黒獣盗賊団』に討って出難い理由となっています。
場所柄、見晴らしや足場が悪い中での戦いを強いられる事となるでしょう。
デッドエンドについての情報は多くありませんが、基礎性能の高いクリティカル型です。基礎性能の高いクリティカル型というのは所謂……
こちらを選択した場合は実質Hardとなります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
毛色の変わったシナリオですが、今回の判定は厳し目と考えて下さい。
『黒獣盗賊団』を相手にしたとしても簡単ではありません。
以上、宜しければご参加下さいませ。
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