シナリオ詳細
<アンゲリオンの跫音>悪性は第三の預言に嗤う
オープニング
●『それ』
『それ』は――生まれた瞬間の事をよく覚えている。
『それ』は、宇宙のはずれに、突然発生した。
突然変異。あるいは、悪性変異。何か自然と宇宙にあったものが、突如として、『それ』に変異したのだ。
元がなんだったのかまでは、覚えていない。生命かもしれなかった。細胞かもしれなかった。エネルギーかもしれなかった。何らかの、ベクトルを持つものであったかもしれなかった。
ただ、『それ』がこの世に生を受けて、一番最初に『想った』ことがある。いや、それは『想った』事ではないのかもしれない。それは、ある種命令のようなものだったのかもしれない。今にしてみれば、茫洋としていてよくわからないが、ただ、その鮮烈なことだけはわかっている。
『すべてを食い殺せ』
それが、彼女――マリグナント、という旅人(ウォーカー)が生まれたときに受けた、命令であった。
最初は、ただ取り込んで食らうだけだった。
それだけでよかった。ただ、食らう、という行為と、結果だけが、すべてだった。そもそも、マリグナントという生命にとって、それ以外はどうでもいい。そう命令されたのだから、そう想ったのだから、そうするだけであった。
星を食らい、いのちを食らい、エネルギーを食らい、虚無を食らった。それは身を分けるように「私たち」を産んだ。分身、或いは分裂。いずれにしても、意思は複数ある様に見えて、実体には一つであることは間違いなかった。人間の言葉で言うのならば『私たち』というものが最も近い。
分裂した私たちは、また食らい、宇宙を進み、増え、食らった。それはそういうものだったから、特に疑問を感じることはなかった。
やがて、人類という敵対種と遭遇し、食らい、殺され、食らい、殺された。そして最後の艦船との戦いの果てに、気づけば『得体の知れない体』を得て、この混沌世界に訪れていた。
この体が、『初霜』と呼ばれたAIモデルのボディであることは、食らって蓄積した知識の中から確認した。マリグナントは、じゃくたいかした体の調子を『戻しながら』、混沌世界で、また何もかもを食らうことを始めた。
彼女が、遂行者サマエルと出会ったのはそんな時である。
サマエルは、彼女の持つ『異界のデータ』を利用しようとした。
マリグナントは、サマエルがくれる『餌』を得るために利用した。
お互い利用しあう関係であったが、その蜜月は随分と長く続いた。
そして、マリグナントは、『餌』を得る中で、ある『嗜好』を身に着けつつあった――。
●第三の預言と悪性
「海、か――」
大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)が、厳かにそういった。
海岸線ハープスベルク・ライン。鉄帝との国境沿いを臨むこの海岸線は、今『預言』により汚染されつつあった。
「なんとも。気に入らないものがあるな」
足元を濡らす海水は、触る感触こそ変わらないものの、しかしそのありようは変質していた。
苦い、のである。
『水は苦くなり、それらは徐々に意志を持ち大きな波となり大地を呑み喰らう事でしょう』。それが、もたらされた第三の預言である。その言葉通りに、海水のみならず、付近の淡水すら、『苦く』、飲めたものではなくなっている。このままでは、天義の水全てが汚染され、人々は干上がってしまうに間違いない。
それに、海は目に見えて『荒れていた』。灰色の空はまるで嵐を呼ぶように暗く、うねる水面は、まるでその腹のうちに怪物を隠しているかのように、ふくらみ、踊っていた。
武蔵は、旅人(ウォーカー)である。海に縁のある存在だった。それ故に、海を『穢す』かのような、今回の預言を、許すつもりにはなれなかった。
「海 激荒 危険 一見即解」
むむむ、と唸るのは、島風型駆逐艦 一番艦 島風(p3p010746)である。近場の沖まで偵察に出ていた島風だが、遠沖に出ることはできまい。単独では間違いなく、島風と言えど遭難するのは目に見えていた。
「敵 撃退 多分 収まる」
敵を倒せば、おそらくは収まるだろう――希望的観測とも、「そうだろうな」ともいえた。
「まぁまぁ、わかりやすくていいですねぇ」
水天宮 妙見子(p3p010644)がそういった。
「攻撃してきたら、守って撃退! これが今の最善手でしょう」
「……」
雪風(p3p010891)が、静かにうなづいた。海を見ていると、嫌なことを思い出す。あるいは、楽しかったこと、かもしれない。マーブルな思い出、良いことと、悪いこと。
「……裂、さん」
そう、つぶやいた。あの、青い海で出会った男。最後の、『信じた人』。最後の、『去って行ってしまった人』――。
「おう。呼んだか?」
そう、声が聞こえた。
在りし日の、声だった。
あまりにも当然のように。
あまりにも当たり前のように。
聞こえたので、雪風は、その『異常さ』に気付くことに、少しの時間を要した。
「は――」
息を吐くのが精いっぱいだった。振り返る。
そこに、『裂(p3p009967)が居た』。
反転し、人類の敵となり、海の底に消えたはずの男が――。
かつてと同じ姿で。雪風の、目の前に、居る。
ありえない、という気持ちが、雪風を突き動かした。手にした武器を構え、照準する。
「雪風!」
武蔵が叫んだ。
「『敵なのだな!?』」
その言葉に、うまくうなづくことができなかった。敵だ。間違いない。それは確かだ。でも、頷けない……。
「……致命者ですね!?」
妙見子が叫ぶ。死者を再現した、死者にあらぬもの。天義の事件で亡くなったものが基本だが、どうやら、その気になれば、縁あるものを使えるらしい。
「気分はどうですか」
そう、声がかかった。気づけば、眼前、裂の隣に、『初霜』の姿をした物体が立っていた。
「悪性(マリグナント)」
と、島風が声を上げた。マリグナントは静かにうなづくと、ぱちん、と指を鳴らして見せた。あたりに、『艦船の装備をまとった人影』が現れる。
「マリグナント・フリートまで……!」
武蔵がそういう通り、現れたのは影の艦隊。無数の異形の群れである。
「私たちは、雪風、あなたたちの気分を聞きたい。如何ですか」
「なんの真似ですか」
雪風が、絞り出すようにそういった。
「わたしを、あの人を、侮辱しているのですか……!?」
「侮辱。そうする理由は、私たちにはありません」
マリグナントは頭を振った。
「これは、料理です」
「はぁ?」
妙見子が素っ頓狂な声を上げた。
「どういう、ことですか?」
「私たちが、この世界に訪れて――一つ、学んだことがあります」
ぴ、と、マリグナントは人差し指をたてた。
「食べるものには、味がする、という事です。
それは、人の精神状態などに左右される、と、私たちは学習しています。
そして、この味、というものは、とても面白い。
いろいろと、試してみたく――同時に、最後の食べ残しである、雪風、あなたたちには、最上の味を期待しています」
マリグナントが、じ、と視線を雪風に移す。
「料理、とは、叩いたり、刻んだり、混ぜたり、刺したり、切ったり、煮たり、焼いたり、蒸したり、砕いたり、するそうですね。
そうしようと思いました。
雪風。あなたたちのデータを調べ、精神状態を変化させるべく、あなたたちに関係するものを再現しました」
「貴様」
武蔵が、歯噛みをした。
「雪風に精神的負荷をかけるためだけに、このようなことを!?」
「そうですね」
こともなげに、マリグナントはうなづく。
「どのような気持ちですか。今、雪風は、どのような味がしますか」
「おう。教えてくれよ、雪風」
裂が、笑った。雪風が、びくりと体を震わせた。
「しりませんよ、ばーか!」
それを吹き飛ばすように、妙見子が構える。
「どうせ、この辺りの異変もあなたたちのせいなんでしょう!
ちょうどいいです! こいつらをぶっ飛ばして、預言を覆しますよ!」
そういって構えるのへ、仲間たちも続く。
「では、前菜として、あなた達を頂くことにします」
マリグナントが、静かにその悪性をあらわにした。果たして、海岸線での戦いが、始まろうとしている。
- <アンゲリオンの跫音>悪性は第三の預言に嗤う完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年08月24日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●悪意
動悸がする。
初めての事だ。
胸が苦しい。
初めての事だ。
厳密に言えば、だが。
そのように『感じる』ことは、かつての世界でもあった。
電子頭脳の過負荷による発露。
人間とのコミュニケーションをとるために文字化するならば、それは『動悸がする』であり、『胸が苦しい』というものである。
だが、その者にとって――『幸運艦』雪風(p3p010891)にとって、それを本当に感じたのは、まったく、はじめての事であったかもしれなかった。
元の世界では『艦搭載型AI』だった雪風は、肉体を持たぬ存在だった。今のその姿は、人間とのコミュニケーション用のホログラムボディであるはずだったのだが、旅人(ウォーカー)として混沌世界にやってくる際に、どうしてだか、人と同等の肉体を得ているのである。
ゆえに、この、身を震わせるような『感情、或いは感覚』というものを、雪風はこの世界に来てようやく、はじめて、体感したといえた。
そして、その『かりそめの肉体』を得たものは、雪風だけではなかったようだった。
目の前にいる、『初霜』という、最期まで隣にいた僚艦のAI、そのホログラムボディを得たものが。
マリグナント、と呼ばれた悪性が、目の前にいた。
「わたしの事を、どうこういうのは、良い」
雪風が、吐き出すように言った。
「わたしを、どうしようと、良い!」
初めて覚える感覚を、熱を、口から吐き出すように。
「でも――その人を、貶めるな――!」
吠えた。
目の前には、裂(p3p009967)がいた。
かつて、雪風の手を取り。
そして放してしまった人が、居た。
それは全く、当人ではなかった。間違いなく、本人ではないのだ。
でも。
そう、割り切れるものではない――!
とん、と、雪風の肩を、『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)が叩いた。
「アイツは己れ達の目の前で嫁さんの手を取ったんだ。
それが事実だ。
それだけが事実だ。
あんなもんは、侮辱にもならねぇ」
構える。そういって、見据える。
裂、という男の顔を。そう、作り上げられた致命者の顔を。
「アイツは――もっと、良い顔をしていた。落第だ」
「ふ、む?」
マリグナントが、声を上げた。
「再現度が、低かった、でしょうか。
やはり、直接取り込んでいないデータは上手くいかない。
影の艦隊(マリグナント・フリート)などはその点、上手くいきました。
神通、金剛、どれもよい再現度だったと」
「神通、金剛……どれも聞いた名だ」
大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)が、呻くようにそういった。
「無論、私の知っている彼女らではないのだろうが。
雪風の世界のデータ……それを利用したのか。
それが、この影の艦隊か……!」
「そうですね。彼の世界の、AI――それは、あなたたちの知る名前のものもあり、そうでないものもあるでしょう。
ですが、そのどの顔も、雪風、あなたなら知っているもののはず」
「それも調理の一環ってやつですか」
『心よ、友に届いているか』水天宮 妙見子(p3p010644)が、す、と目を細めた。
「全てを食い尽くす……なるほど……私と同じような存在ですか、マリグナント様。
まるで破壊しかできなかった昔の私を見ているよう」
「私たちのあなたは同一の存在ではない。私たちは、私たちである」
「そんなこたぁわかってるんですよ、こっちも。
これは感傷です。私の。
そして、これも感傷です。私の」
そういって、妙見子が、ぎり、と奥歯を噛みしめた。
「ぶっとばす。この世界から消えてなくなるほどに」
「同感 当方 完全同意」
『島風の伝令』島風型駆逐艦 一番艦 島風(p3p010746)が、静かにそう声を上げた。
「料理は おいしい けど」
これまで、食べたものたちの記憶がよみがえる。
暖かな気持ち。幸せな笑顔。だから。
「……それは 料理じゃない」
人を悲しませるものは、料理ではない。幸せをもたらすものなのだから。
「故 雪風姉 まもる」
「嗜好の違いでしょうか」
マリグナントは言った。
「ディスコミュニケーション。難しいものですね、対話とは」
「世の中には確かにカニバリズムという概念がある。
……いやヒトではあれど原種ではない以上また別の概念かもしれんが……。
少なくとも、こちら世界では手放しで認められているものではない……ということを知ってもらおうか」
そういって、『記憶に刻め』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)は声を上げ、それから目を細めた。
「というか。君、コミュニケーションをとっているつもりだったのか。最悪だぞ。根本から学びなおせ」
「というかもう、あれ斬っちゃっていいでしょう?」
『破竜一番槍』観音打 至東(p3p008495)が、うんざりしたように言った。
「みねうちが言うのもなんですが、あれ、もう、外道ですよ、外道。
外道、おぶ、外道。
人の心を『理解できていないわけではない』。
理解できてるがゆえに、『その心をゆがませ食らいつくす』。
嗚、ひとの心の機微を知って、その細やかな刺を逆剥きにしようという、その性根。
許せぬ、許さぬ。
参ります。もう、参っちゃっていいですよね?」
「どうどう、と言いたいところだけど、私も結構、ドン引きしてるわ」
『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)が、そう言った。
「私だって、別に聖人善人じゃないけれど。
超えてはいけないラインってのはあるわ。
捨ててはいけない仁義ってものがあるわ。
あれにはそれがないもの。
ほんものの、ひとでなし、だもの」
きゐこが、構える。
「血を嗜む私とて、どうせ飲むなら健康なものの方がおいしいわ。
だから、残念ながら料理は撤収よ!
台所ごとぶち壊していくわよ!」
その言葉を合図に、イレギュラーズたちは構えた。
『裂』が、身構える。
「おっと、こっちの大将はやらせるわけにはいかないな……」
「致命者、存分に料理してください。その方が、味がよくしみます」
マリグナントの言葉に、命が吐き捨てるように言った。
「つくづく、人の話を聞かねぇな。
いいさ、殴って黙らせる。それでいい――行くぞ!」
その言葉を合図に。
戦端が開かれた――。
●悪戯
「偵察部隊、頼むぜ!」
『裂』が声をあげる。同時に、空母タイプのマリグナント・フリート達から、ファミリアーと思しき飛翔体が飛び出した。
「偵察機か!」
武蔵が叫ぶ。
「放置していては厄介だぞ! あの手の使い魔は、こちらのデータを収集、あちらに有利な情報を齎す!」
「つまり、バフ掛けの連中ですね!
いいですよ、対策は立ててきてます!」
至東が、鞘と刃に手をかける。柄を持ち、す、と一呼吸。後、視認した瞬間には、既に刃は鞘より解き放たれ、空を切っていた。神速の抜刀。だが、目の前には何もいない――いや、斬った。確かに斬ったのだ。例えば、魔力のつながりのようなものを。
その刹那、空母が解き放ったファミリアーが、さながら糸の切れた人形のように脱力し、そのまま大地へと落下。ばん、と破裂するような音を立てて、炸裂して消えた!
「零式・斬魔閃(ゼロ・ストリーム)――なんちゃって。私の目の黒いうちは、偵察機何ぞ一機たりとも飛ばせませんって」
「相手が艦隊戦闘を狙ってくるならば」
妙見子が叫んだ。
「こっちも同じく迎え撃ってやりますよ! 艦隊戦闘ならば、制空権の確保が絶対!
こっちで獲ります!! 至東様!」
「了解! きゐこ、君もお願いします!」
「まかせて……! でも、艦装風飛行ユニット、かっこいいんだけどまだ慣れてないかも!」
きゐこが飛行ユニットのエンジンに火を入れる。発生した力場が、きゐこを宙へと持ち上げた。
「上から状況を逐次知らせるわ! 大丈夫、こちらの偵察機は絶対に落ちない!」
「ただ偵察するだけではないですけどね! 敵も来ます! 迎撃お願いします!」
至東の言葉に、地上のイレギュラーズたちが走りだす。目の前には、駆逐艦型だろう、魚雷を装備したアタッカーたちが、一気に距離を詰めるべく突撃!
「駆逐艦?」
島風が笑う。
「島風には 追い付けない」
何故なら、駆逐艦にて、最速とは、島風であるからだ。
それは事実であり、矜持であり、誇りである。この場にて、島風の反応速度に追いつけるものなどは存在しなかった。
「ひっと あんど あうぇい
たまに 一撃必殺
当方には それがやりやすい」
その言葉の通り。全速力の反応速度を乗せた、一撃! 目の前の駆逐艦が、その速度を乗せた薙刀の一刀によって切り裂かれた。
「――!?」
声を上げる間もなく、名も知らぬ駆逐艦が爆発した影に消える。
「雪風!」
命が声を上げた。
「やるんだろう……あの、致命者を!」
そう、叫んだ。
雪風は、頷いた。
自分がやらねばならないような気がした。
自分が止めなければならないような気がしたのだ。
「やります。わたしが、止めます」
「よし、きた」
マニエラが頷いた。
「速戦即決、加減の必要が無いことは理解しているだろう。弾はこちらで用意しよう。紛い物は海の藻屑にしてくれ給え。
……すまん、船をモチーフにした君たちに、海の藻屑、は、その、不吉か?」
少しばかり申し訳なさそうに言うマニエラに、雪風は微笑った。
「いいえ。お力を、借ります」
構える。マニエラから供給される弾薬を、その手にした艤装に装填し、雪風は、『裂』を見た。
「どんな気持ちだ、雪風」
『裂』が言う。
「お前は、どんな味がするんだ」
狂っている。
ああ、狂っている。
狂わされている。
あの、悪性に。
「あなたには、理解できない」
そう、雪風は言った。
「裂さんなら、幸せの味を知っていた」
撃ち放つ。砲弾の驟雨が、『裂』に突き刺さる。ぶわ、と、その体が影にぶれた。化け物だ。本人ではない。わかっている。
でも、とても痛い。
「いいねぇ! でも、其れじゃあ俺は倒せない!」
裂はその手にした銛を、勢いよく投げつけた。まるで、ほとばしる雷のような、横走の閃光。それが、大地に突き刺さっただけで、雪風の体に余波の衝撃が走るほどだった。
ああ、知っている。
知っているとも。
あなたは強くて、優しくて。
よく知っている。
よく知っているから、とても悲しい。
●悪性
影の艦隊が戦闘機動をとる。まるで『一思乱れぬ』動き。なるほど、『私たち』、とはそういう事なのだろう。個にして群れ。群れにして個。一つの統一意志によって動く、単一の群体。
「さすがに、情報処理能力は絶大か!」
武蔵が舌打ちしつつ、強烈な砲撃を撃ち放つ。重巡タイプが放った砲撃が、武蔵の砲弾を迎撃した。
「……! 混沌肯定で本調子ではないとはいえ、虎の子の『九四式四六糎三連装砲改』が重巡の艦砲に迎撃されるとは……!」
「あー、気持ちわかりますよそれ! ぐぎぎ、って気持ち!」
妙見子が叫びつつ、その扇を振るった。九尾の呪式が解き放たれるや、遠方にいた駆逐艦の一体を捉える。その動きが目に見えて『遅く』なるのへ、
「島風様! 引っ掻き回して!」
「了解 v」
高速で突っ込んだ島風が、すれ違いざまに駆逐艦をぶった切る――そのまま後方へ後ずさるや、進行してきた重巡たちの足元で、きゐこの仕掛けた機雷が爆発した。
「さすがに撃破、ってのは無理だけど! ちょっと足を止めるくらいなら……!」
きゐこが叫ぶ。
「それで充分だ!」
爆炎の中、命が飛び込み、重巡を殴りつけた。そのまま、名乗り口上の雄たけびを上げる。
「こいよ! まがい物ども! 俺が海の底に沈めてやる!」
影の艦隊たちの砲撃が集中するのへ、命は武蔵へと視線をやった。武蔵はうなづく。
「援護を!」
「まかせろ」
マニエラが言った。
「弾切れは心配するな。観測も必要ない。眼にとらえたら片っ端から撃て。その分の弾は用意する」
「恩に着る!」
マニエラが術式を編み上げる。武蔵がその光を受けるや、手にした艦砲に、がこん、と次弾が装てんされる。
「制空!」
「とりっぱなしですとも!」
至東が叫んだ。そのまま眼下の空母を切りつける。影の艦隊たちの姿も、半減している。攻撃の勢いはいい。このペースを維持できれば――いや。
「全力で斬りまくりましょう! 止まるな、止めるな!」
「承知だ!」
武蔵が吠える。手にした艦砲が火を吹いた。雷が落ちたかのような号砲。その先に、マリグナントがいた。
「単純な攻撃と判断」
マリグナントは手にした携帯火器を構えると、迎撃のために打ち放った。武蔵の砲弾に突き刺さり、着弾点がずれる。砂浜に弾着。衝撃。マリグナントはステップ、すぐに背面艤装を展開、艦砲を構える。
「発射」
ズドン! と撃ち放たれたそれは、駆逐艦サイズの艦砲のそれではない。一直線に、目に映るすべてを薙ぎ払いながら、武蔵のもとへ迫る。武蔵はステップ、そのまま転がる様に転回。
「観測が甘いぞ!」
擦過したマリグナントの砲弾が地面で爆発を起こすのを確認しつつ、武蔵は立ち上がり、再度艦砲を構え――いや、捨てた。腰にはいていた軍刀を握る。
「マリグナントよ。武蔵は友に対しても壊すことでしか役に立てぬ。
だが!! もう武蔵は迷いはしない!!
貴様は憤怒を知るのだろう。
貴様は憎悪を知るのだろうとも!
しかし、貴様は知っているか!!
雪風が生きる事を望まれたのは、決して呪いではない!!
誰もが雪風に絶望ではなく、幸せを望んだのだ!
武蔵は知っているのだ、貴様が知らぬ、その感情こそが、武蔵の力の根源であると!」
駆ける。駆けだす。接近戦!
「無意味な」
さすがのマリグナントも、唖然とした。
「あなたの本領は、遠距離攻撃のはず――」
「やってやれないことはないッ!!」
武蔵が、その宝刀を構え、飛びあがった。
上段の構え。
振り下ろす。刃。
マリグナントが、砲塔を向けた。武蔵へ向けて。放つ。炎が、世界を包んだ。爆発。吹っ飛ばされる。
「そうだとも――私もまた、一人ではないのだから――ッ!」
武蔵が吹き飛ばされる。その影から、至東が飛び込んだ。
「失せろ、外道」
振るう。刃。
マリグナントは、動けない。
●悪失
思い出はある。
楽しかった、はずの事。
もう、大丈夫だと、思った時の事。
結局裏切られたのだ、と思った時の事。
一人残される幸運の事。
マーブル。
マーブルの模様。
よいことと悪いことが、ずっとずっとまぜあわって。
白と黒がぐちゃぐちゃに混ざって、灰色になっていく。
いろいろな思い出が混ざって、灰色に色を足していく。
いろいろな色がわたしに出会って、去っていく。
色だけを残して。
いろいろな色が混ざる、マーブル。
いろいろな色が残されて、混ざって、最後は真っ暗になる。
知ってる。
真っ暗な世界に、わたしは一人でいる。
激痛が走る。放たれた銛が、雪風の腕を貫いている。
痛み。流れる体液=血。赤。生命の色。この世界に来て、押し付けられた、生命。
「どんな気持ちだ」
『裂』はそれしか言わない。
「教えてくれ、雪風」
あの、半端な偽物はそれしか言わない。
はぁ、と息を吸った。ゆっくりと吐いた。痛みなんて、電子データの塊のはずだ。切り離せばいい。
「雪風」
と、命の声が聞こえた。
「やれる、か」
そう、尋ねた。
「やれます」
と、答えた。
「やらないと、だめです」
そう、答えた。雪風が、構えた。何度目かの、砲撃を。『裂』に、ぶつけるのだ。
手が震えて、目がかすむような思いがした。
いっそ回線をショートさせて死んでしまいたいとすら思った。わたしも中途半端だ。生命と、機械の。
「わたしは、幸せでした」
雪風が、つぶやいた。
「でも、それはあなたじゃない」
放った。何度目かの拒絶が、砲弾となって、『裂』に突き刺さった。
イレギュラーズたちの攻撃を幾度も受けた致命者は、既に限界であり。
それが崩壊の、契機だった。
ぼ、と、致命者の体に穴が開いた。
影で作られていたであろうそれが、ぐずぐずと崩れ出した。
「雪風」
それが言った。
「雪風」
「その声で」
雪風が言った。
「その声で、わたしを、呼ばないで……」
吐き出すように、そう言った。
崩れていく。影が。まがい物が。偽りが。
崩れて、マーブル。
「……」
雪風が、脱力して座り込んだ。強烈な痛みが、体を駆け抜けていた。
「マリグナントは――」
「撤退した」
マニエラが、そう言った。
「……終わったよ。私たちの、勝ちだ。
私たちは守った。この国を。それでいいだろう。それで、いい」
マニエラが、そう、言った。
「大丈夫? 雪風さん」
きゐこが、声を上げた。
「ひどいケガ……! すぐにでも応急処置しないと……!」
「雪風様……」
妙見子が、悲しげに言った。
「大丈夫。
私たちは突然いなくなったりしませんから。
ですから、どうか、どうか」
そう、つぶやいた。
「泣いている」
そう、雪風が言った。頬を伝う水分は、自分の瞳から流れ出たものだった。
データでは知っていた。そのようにエモートすることもできた。
でも、雪風はこの時、本当の涙というものを知った。
「ホログラムであれば」
偽りのままであれば。
「こんな、胸がしめつけられるような思いは、
思いは」
涙が、頬を濡らした。
こんな『ほんとう』を、知りたくはなかった。
「短い時間ではありましたが、あの人との思い出は……私が混沌に来てから最初に得た大事なものです。
その思い出を踏みにじれば私が動揺する? それが料理? ふざけるな……!」
雪風が叫んだ。
「ふざけるな……! ふざけるな……っ! ふざ……けるな……っ!」
泣き叫ぶように、叫んだ。
涙は止まらない。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆様の活躍により、海岸線は守られました。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
海岸線での戦い。
●成功条件
致命者、裂の撃破。およびマリグナントの撃退。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●状況
第三の預言。『水は苦くなり、それらは徐々に意志を持ち大きな波となり大地を呑み喰らう事でしょう』。
これを警戒するために、ハーペスベルク・ラインの海岸線へと訪れたイレギュラーズたち。
そこに現れたのは、遂行者サマエルの部下である、狂気の旅人(ウォーカー)マリグナントと、マリグナントが生み出した、致命者『裂』。そして、影の艦隊たちでした。
マリグナントは、どうやら雪風さんに執心のご様子。そして、雪風さんの動揺を誘うために、裂(p3p009967)さんを模した致命者を作り出し、けしかけてきたようです。
このまま、マリグナントの思う通りにさせるわけにはいきません。マリグナントを放っておけば、ハーペスベルク・ラインの汚染はさらに続いてしまうはずです。
作戦決行タイミングは昼。ただし、曇り空でやや辺りは薄暗いです。また、作戦結構エリアは浜辺になっており、少し動きづらいかもしれません。
●エネミーデータ
致命者、裂 ×1
裂さんを模した致命者です。それっぽいことをしゃべりますが、本人ではないため、完全再現というわけではありません。
前衛アタッカータイプで、手にしたモリによる鋭い一撃が持ち味。『出血』系列のBSにご注意を。
ボスユニットになるため、タフで場もちもよいです。タンク役などがしっかり引きつけて、攻撃手は攻撃に専念できるようにした方がいいでしょう。
マリグナント ×1
狂気の旅人(ウォーカー)。雪風さんにご執心のようで、食べる(言葉通りに)ことを狙っています。
ガトリング砲のような装備を持っており、遠距離から強烈な砲撃をうちはなってきます。
接近戦はいささか不得手ですので、一気に接近して、接近戦に持ち込んでやるとペースを崩せるかもしれません。
影の艦隊 ×10
駆逐艦という、接近攻撃タイプが4体。
重巡という、タンクタイプが3体。
空母という、遠距離攻撃タイプが3体。
計十体の艦隊です。
駆逐艦は、素早いスピードで一気に接近し、魚雷と呼ばれる高威力の接近攻撃を行ってきます。
重巡は、盾役として機能し、怒りなどでイレギュラーズたちを引き寄せるでしょう。
空母は、ファミリアーのような使い魔を飛ばし、広範囲に爆撃を行ってきます。
いわゆる『取り巻きの雑魚』になるため、ここの戦闘能力は特別高くはありません。
数は多いため、纏めて倒したり、一体一体に高火力の攻撃をぶつけて瞬殺したりなどで対処しましょう。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
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