PandoraPartyProject

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逃走マントゥール

「はあはあ」
「……」
「ふうふう」
「……………」
 急転直下、フォルデルマンの翻意によって王都を追われたシルク・ド・マントゥールはほうほうの体での逃走を余儀なくされていた。
 サーカス団員達は皆疲れていた。
 特にでっぷりと太ったジャコビニ団長にとってこの強行軍は本意では無かったのだろう。
 汗で額を光らせた彼は荒れた呼吸で来た道を振り返る。
「はあはあ、ふうふう……一先ずここまで来れば大丈夫か」
「だと良いけどね」
 暗い夜の森に追手は無い。
 少しだけ緊迫した表情を緩めた彼に皮肉に言ったのは素顔を晒したピエロ――クラリーチェであった。
「幻想は伏魔殿だ。王の気変わりは予想外だったが、公演は別で続ければいいだろう」
「予想外かー」
 冷笑を浮かべたクラリーチェは続ける。
「予想外、だから。一度あった事がもう無いって?
 例外が出来た時点で――『突然』王サマの目が覚めて? 『あの』貴族達が民衆と結託した時点で――奇跡じゃん。だからこの先はもう読めないんだぜ」
「それに問題は『オーナーだ』」と続けたピエロにジャコビニの表情が曇る。
「オーナーは我侭で自分勝手で執念深くて――思い切り『オンナノコ』で。
 実際、此の世の女子の困った所をジャムにしたみたいな人だからなあ。
『愛しのオニーサマ』に大見得切って――僕達が逃げ出したら、怒られちゃうかも?」
 サーカス団員達は恐怖を語る道化の言葉に思わずざわめく。
 決して考えたくない事だ。終焉(ラスト・ラスト)の鐘が響く時――終末は怖くなくても彼女は別だ。
 原罪の煉獄篇、その冠位においても――彼女は特別『感情的』なのだから。
「とにかく! 態勢を立て直さねば……!」
 大公演以来、初めて劣勢に回った空気にジャコビニは杖を振り上げた。
「幻想の統治レベルなぞ知れておる。上手く立ち回れば、まだまだ『オファー』はばら撒けるとも!
 ……脱出もその隙にすれば良い。まずは状況を整理しなければ……」
 ジャコビニの言葉に頷く団員達を見たクラリーチェは「日和るなあ。まぁ、ご随意に」と肩を竦めた。
 空の月が笑っている。
 笑われているのは幻想か、サーカスか――
「……どっちでもいいや。『面白くなるならね』」

 ――流麗な『少年』はその顔に仮面をつけた。三日月を形作る、笑みの仮面を。

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