PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

混沌一周一人めし

関連キャラクター:志屍 志

レモネードとレモンピザ。或いは、海洋のある島で…。
●檸檬農家
「ある男に会ってほしい」
 たったそれだけの奇妙な依頼。
 しかし、報酬の額は法外だった。
 それから数日、志屍 瑠璃は海洋のある小さな島を訪れていた。

 空は快晴、気温は高い。
 しかして空気はからりと乾いて、気持ちの良い風が吹いていた。
 空気には、酸味を孕んだ甘い香りが混じっている。
「酸味が強く……それでいてさっぱりとした味わい」
 檸檬畑を一望できるテラスに座って、瑠璃は供されたレモネードを口に含んだ。
 トパーズ色の香気がぱぁっと口内に飛び散った。それから、少し遅れてはちみつの甘さが酸味をするりと中和する。
 喉を流れる微炭酸の僅かな刺激が、熱に浮かされていた瑠璃の思考を鮮明にさせた。
 
 依頼の通りに島を訪れ、檸檬畑の主に会ったのはほんの数十分ほど前のことだ。
 日に焼けた肌と、優しい目をした白髪の老爺は、瑠璃の訪れを奇妙なほどに喜んだ。
「あぁ、貴女がそうかい。うん、よく来てくれた。ただ、見ての通り、今は檸檬の収穫中でね。貴女も長旅で疲れているだろうし、少し食事でもしながら待っていてくれないか?」
 そんな老爺の提案により、こうして1人、畑の傍の屋敷のテラスでゆっくりと食事を楽しんでいるというわけだ。
「それにしても、よほどに檸檬が好きなのでしょうか」
 レモネードで喉の渇きを癒した次は、空腹を満たすべきだろう。
 大皿に乗ったのは6つに切り分けられた小ぶりなピザである。
 白い生地の上には、薄くスライスされた檸檬と、サワークリーム。それから、ぱっとふりかけられたピンクペッパー。
 ひと切れを手に取り口へと運ぶ。
 摘んでからそう時間の経っていない新鮮な檸檬を使っているのか。フレッシュな酸味と香りが、爽やかなクリームに溶け込んでいる。
「なるほど……ザラメ糖の甘みを、ピンクペッパーの香りが引き立てているのですね」
 複雑な味と香りだ。
 きっと、この味に仕上げるために何度も試行錯誤を繰り返したのだろう。
 あくまでメインは新鮮な檸檬だと、噛む度に意識させられる。ピザ生地が少し薄いのも、レモンの食感を際立たせるための工夫の一環であろう。
「お飲み物はいかがですか?」
 背後から投げかけられた女性の声に、瑠璃は慌てて振り返る。
 立っていたのは、メイド服に身を包んだ若い女性だ。にこやかな笑みを絶やすことなく、ポットを掲げて見せてくれる。
 鼻腔を擽る香りから、ポットの中身が紅茶であることが分かる。
「旦那さまは、紅茶にも檸檬の果汁を垂らしてお飲みになりますよ。もちろん、お好みもございますので、ストレートでも」
「……えぇ、では。せっかくですので、レモンの果汁を少しだけ」
 数瞬、瑠璃は言葉に詰まった。
 それと言うのも、女性の気配があまりにも希薄に過ぎたのだ。
 足音と気配を殺し、何食わぬ顔で瑠璃の背後を取ってみせた。
 きっと、単なるメイドではない。瑠璃と同じく、自然とどこにでも潜り込めるよう訓練を積んだ戦闘職か……きっと、老爺の護衛だろう。
(一見すると、単なる檸檬農家の老人のようではありましたが)
 単なる農家が護衛などを連れているものか。
 供された紅茶で喉を潤しながら、檸檬とサワークリームのピザを口へと運ぶ。視界の端には、穏やかな笑みを浮かべたメイドの姿。瑠璃が彼女を警戒していると見て取って、わざとその位置に移動したのだ。
 きっと、必要以上に瑠璃を警戒させないための配慮だろう。つまり、現段階でメイドが瑠璃に危害を加えることは無いというわけだ。
「ご馳走様でした。すっかり生き返った気分です」
 食事を終えた瑠璃は、ナプキンで口元を拭いながら礼を言う。
「そうかい。それは良かった。今年のは特に出来がいいんだ」
 瑠璃の向いに、収穫作業を終えた老爺がやって来る。
 タオルで汗を拭いながら、水分補給の代わりだろうか、捥ぎたての檸檬をひと齧り。
 檸檬の出来は満足のいくものだったのだろう。
 うん、と1つ頷くと、老爺は瑠璃の対面に座った。
 それから老爺は、顎の下で手を組んで……すぅと瞳を細くする。
「それじゃあ、仕事の話をしようか」
 老爺は既に笑っていない。
 冷静で、冷酷な氷のような眼差しで瑠璃の様子を観察していた。
 なるほど、と。
 内心で瑠璃は呟いた。
 老爺の正体は、海洋マフィアの頭領か、或いは隠居した幹部と言ったところか。
「まったく、檸檬農家をやらしてくれてりゃ満足だってのに……どこにだって、愚かな奴はいるもんだ。貴女もそう思うだろう?」
執筆:病み月

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