PandoraPartyProject

幕間

混沌一周一人めし

関連キャラクター:志屍 志

宵の口、未だ酔わず
 幸せな背景になること。それが、単独行動における肝要だと思うこともある。
 例えばこの――仕事帰りにふらりと入った、逢魔が時の居酒屋でなら。
 自分のあとから間を置いて続々と、明るい飲兵衛たちが次々と入ってきて店を満たしていったことに、そこはかとない優越感を抱くかのような、あるいは招き猫にでもなったかのような、そういう晴れがましい気分になりつつも。
 それらとは全く関係のない自分が、静豊のひとときを過ごす、ということ。
 だから、店の喧騒の中心から離れた窓際が好きで、愛想のいい店員にそこへと通されたときは、気分が上がる。酒瓶を一本余計につけたりもする。
 そして今、半分片付けた蕪の味噌漬けの皿と瑠璃との前にあるこれが、その余計の一本。――紅滑。
「べにすべり」
 知らない銘柄だった。酒の世界は広い。
 名の通り紅く、盃の中でゆらゆらと燦めく半透明は、勧めた店主によれば『稀に良く出回る稀覯酒』とのことで、今一合点がいかないがそういうものだと思うとしよう。
 ついと唇に注ぐと、舌から熱く、蒸と立ち上る酒精が歯根を抜け、清冽なまま喉を遡り、未だ微睡まぬ私に届く。
「……ほう」
 それは言葉でも嘆息でもなく、ならば悲鳴であろうか。嬉しい悲鳴だ。
 一息で飲みきらず、目の先で誘うようにたゆたう紅滑の盃を、少し考えて、今一度テーブルに置いた。
「美味しい……」
 認めたからには、ペース配分を考えよう。このような酒との出会いを、肴の整わぬ卓で未練がましく飲み切るのは、惜しい。
 広げたメニューの絵図と文字とが、見たことのない輝きを放っている。
執筆:君島世界
豊穣産幻想経由茸尽くし
 志屍 瑠璃は眼鏡を曇らせながら、鍋の中を見た。
「なるほど、茸尽くし、と」
 出てきた小型の土鍋には、地元で取れた茸、そして店主が育てた茸がみっしりと入っている。

 店主は豊穣から移住してきたという精霊種であり、様々な茸を育てることに関しては名人だと自負していた。小さな店は凝ったところのない内装で、飾りと言えば一輪の白い野ばらが飾られているのみ。村に住む職人や農夫がやってきては注文し、カウンター席にどんどんと酒や料理が増えていく。
「幻想でこういった豊穣風の味わいを楽しむのもまた一興、というところでしょうか……」
 一口すすれば、しっかりとした出汁に味噌をベースとしたまろやかな味わいが口に広がる。もう二口。
「おや」
 かりこりとした茸の食感に混じるとろっとした感覚と塩味は、チーズだろうか。
「悪くないですね……」
 もっちりとしたチーズと茸は相性がいい。そして茸と味噌の旨味もまた。味噌とチーズは? ――完璧だ。
 そもそも味噌と乳製品の相性がいいのは、味噌バターラーメンの昔から明らかではないか。
「ここの村では牛乳が良く取れましてね、それで貰ったチーズを試しに合わせたところ、これが大正解。あっという間に村の流行ですよ」
 にこにこと笑みながら、整った顔の店主がもう一品どうぞ、と渡す。
「はい、注文の辛茸水餃子です。練達から来た旅人さんに教えてもらった食べ方なんですけどね、これまた大正解。村の流行その二になって」
 瑠璃は餃子を酢につけてから、口に運ぶ。
 ぷりぷりとした生地の中には肉はなく、ただ、みじん切りにされたキャベツに、葱やニンニクをベースにした辛味噌で和えた茸のみじん切りがあるのみ。
 だが、それがめっぽう……いいのであった。
(肉汁ならぬ、茸汁がじんわりとしていますね。歯ごたえも肉とは違って面白いですし、味のある生地にさっぱりとした酢が合わさって、すいすいいけます。そうしているうちに辛味噌の味が後から来て……ふふ、お酒を飲む人でしたらここでごくごくと飲むのでしょうね)
「餃子、揚げたのや焼いたのもいけますよ」
 店主の誘うような声が、瑠璃の耳に心地よく響いた。
執筆:蔭沢 菫
竹藪に、隠れ家
●素朴であり原点
 にぎり飯と言うものは、志屍 瑠璃にとって『都合の良い』食べ物だった。
 片手で食べることが出来、サンドイッチよりも腹持ちがいい。長時間『仕事』をする必要のある拷問吏であった時も、それを口にしていた。その時はただのエネルギー源でしかなかったけれど。

 豊穣の首都、高天京。
 大通りに面した大店は賑わい、活気で溢れている。時刻は昼時。あちらこちらから食べ物の良い香りが漂い、ひと仕事終えた瑠璃もまた触発されるように空腹を覚えていた。
 どこか手頃で美味い飯屋はないものだろうか。大通りから逸れ、狭い路地に入る。サヤサヤと風に揺れる竹藪を眺めながら道を抜けたが、寺社仏閣周辺の水茶屋も昼から酒呑みたちが集う居酒屋も、どこも賑わっている様子だった。
(昼時ですし、そんなものでしょうね)
 さて、どうしたものか。お天道様は天辺。空腹も覚えているし、水分も補給したい。強い日差しによって浮かんだ汗をハンカチで拭い、瑠璃は入れる店を探した。出来れば美味い飯にありつきたいものだが――探し回れるほど、腹は待ってはくれなさそうだ。
「……あら」
 一度通り過ぎ、また戻る。竹藪が広がらぬようにと拵えられた柵。それが僅かに途切れ、人一人が通れそうな道が作られていることに気がついたのだ。そして、足元には小さな行灯が置かれ、張られた和紙には『にぎりめし』とだけ書かれている。正直、これでは気付かない者の方が多いと思う。集客する気の無さを感じ取りながら、けれども瑠璃はその細道へと爪先を向けた。どこもかしこも飯屋は賑わいを見せる時刻、飯にありつけるのならばありがたいことだ。
「ごめんください」
 竹藪を抜けた先――というよりも竹藪の中の小さな広場めいた場所には、こじんまりとした小さな店が建っていた。小道の入り口にあった行灯と同じ物が置かれているのを確認し、瑠璃はからりと引き戸を開けて暖簾をくぐった。
「……」
 店主は無口な老人だった。瑠璃を視認し、ただ顎を引く。
 静かで涼しい店内に客はまばらで、好きな席に座って良いと察した瑠璃はカウンターへと腰掛けた。
「……注文は」
 カウンター越しに冷茶の入った湯呑を置いた店主が口にし、瑠璃は品書きへと目を通す。其れはにぎり飯の具の種類のみが書かれたシンプルなもの。最後に『昼めし』『夕めし』の文字を見つけ、本日のおすすめセットのような物だろうと理解した瑠璃はそれを注文した。
 無言で顎を引いた店主が、板場で米を握り始める。こんなにも米は甘い香りをしただろうかと過去に食べた米を思い出そうと記憶を漁る程度に、柔らかくも優しい米の香りが広がった。米の湯気の向こう、店主は表情を崩さず握り続ける。
 少し待って出された盆には、みっつのにぎり飯が載った皿と味噌汁椀、茶色と白色の漬物らしきものが載っていた。にぎり飯からは具がはみ出ているものがふたつ。ひとつは鮭と思しき魚、もうひとつは葉物……辛子高菜だろう。残るひとつは具が見えないため中身が気になるものの、ひとまず瑠璃は味噌汁椀から蓋を取り除いた。ふわりと立ち上る湯気で眼鏡が薄らと曇り、閉じ込められていた味噌の香りが鼻腔を擽った。
(こちらは赤だし。具は車麩とワカメですね)
 出汁を含みやすい車麩は煮物や焚き物との相性が良い。フーっと湯気を飛ばすように息を吹きかけ、まずは味噌汁を一口。赤味噌の塩分が、汗をかいた体に染み入るようだった。箸を手にして車麩をひと齧り。適度な弾力と、汁を染み込んでいて美味い。
 一度箸を置き、鮭が見えているにぎり飯へと手を伸ばす。つやつやと輝く米の塩加減は、少し抑えめ。その代わり鮭にはよく塩が効いており、口内で米と鮭が混ざりあい丁度良い塩梅となった。大振りな具も嬉しい。魚の身の食感が残され、にぎり飯を食べていると言うよりは鮭定食を口にしているような気持ちになった。
 あっという間に食べきってしまった事に気が付き、箸休めの漬物へと箸先を向ける。二色の漬物は――白いのはべったら漬け、茶色の方は伽羅蕗のようだ。ほのかな甘みと、米や魚とは違う食感が嬉しい。
 ふたつ目のにぎり飯は、具が見えていない方を選んだ。ぱくりと一口食めば、米の白さの向こうに茶色が見える。そして香るのは――。
(……醤油?)
 具にたどり着かなくとも解る、醤油と昆布、鰹節の気配。
 たどり着けば感じる弾力は貝のそれ。
(浅蜊の佃煮、ですか。うん、美味しいです)
 短冊に切られた生姜がシャキっとした食感とピリッとした辛みで、甘めに煮られた佃煮にアクセントをつけてくれているのも嬉しい。
(さて、最後は……)
 味噌汁と伽羅蕗を口にして、最後のひとつへと手を伸ばす。ぴりりと辛い高菜――と思いきや、どうやら焼いた明太子を和えた高菜明太子であった。
 こちらもあっという間に腹へと収まってしまった。
 濃い味付けの具材に、丁寧に炊かれた米。赤だしに漬物。どれもとても美味しかった。
 シンプルであるはずなのに、ひとつひとつの素材を活かせばどこまでも奥が深くなる。
 にぎり飯の印象が、都合の良い食べ物からひとつの完成された料理へと変わった。
「ご主人、具はお任せで持ち帰り分もお願いします」
 具は何になるだろう。
 包みを開くまでの楽しみが、胸を満たした。
執筆:壱花
レモネードとレモンピザ。或いは、海洋のある島で…。
●檸檬農家
「ある男に会ってほしい」
 たったそれだけの奇妙な依頼。
 しかし、報酬の額は法外だった。
 それから数日、志屍 瑠璃は海洋のある小さな島を訪れていた。

 空は快晴、気温は高い。
 しかして空気はからりと乾いて、気持ちの良い風が吹いていた。
 空気には、酸味を孕んだ甘い香りが混じっている。
「酸味が強く……それでいてさっぱりとした味わい」
 檸檬畑を一望できるテラスに座って、瑠璃は供されたレモネードを口に含んだ。
 トパーズ色の香気がぱぁっと口内に飛び散った。それから、少し遅れてはちみつの甘さが酸味をするりと中和する。
 喉を流れる微炭酸の僅かな刺激が、熱に浮かされていた瑠璃の思考を鮮明にさせた。
 
 依頼の通りに島を訪れ、檸檬畑の主に会ったのはほんの数十分ほど前のことだ。
 日に焼けた肌と、優しい目をした白髪の老爺は、瑠璃の訪れを奇妙なほどに喜んだ。
「あぁ、貴女がそうかい。うん、よく来てくれた。ただ、見ての通り、今は檸檬の収穫中でね。貴女も長旅で疲れているだろうし、少し食事でもしながら待っていてくれないか?」
 そんな老爺の提案により、こうして1人、畑の傍の屋敷のテラスでゆっくりと食事を楽しんでいるというわけだ。
「それにしても、よほどに檸檬が好きなのでしょうか」
 レモネードで喉の渇きを癒した次は、空腹を満たすべきだろう。
 大皿に乗ったのは6つに切り分けられた小ぶりなピザである。
 白い生地の上には、薄くスライスされた檸檬と、サワークリーム。それから、ぱっとふりかけられたピンクペッパー。
 ひと切れを手に取り口へと運ぶ。
 摘んでからそう時間の経っていない新鮮な檸檬を使っているのか。フレッシュな酸味と香りが、爽やかなクリームに溶け込んでいる。
「なるほど……ザラメ糖の甘みを、ピンクペッパーの香りが引き立てているのですね」
 複雑な味と香りだ。
 きっと、この味に仕上げるために何度も試行錯誤を繰り返したのだろう。
 あくまでメインは新鮮な檸檬だと、噛む度に意識させられる。ピザ生地が少し薄いのも、レモンの食感を際立たせるための工夫の一環であろう。
「お飲み物はいかがですか?」
 背後から投げかけられた女性の声に、瑠璃は慌てて振り返る。
 立っていたのは、メイド服に身を包んだ若い女性だ。にこやかな笑みを絶やすことなく、ポットを掲げて見せてくれる。
 鼻腔を擽る香りから、ポットの中身が紅茶であることが分かる。
「旦那さまは、紅茶にも檸檬の果汁を垂らしてお飲みになりますよ。もちろん、お好みもございますので、ストレートでも」
「……えぇ、では。せっかくですので、レモンの果汁を少しだけ」
 数瞬、瑠璃は言葉に詰まった。
 それと言うのも、女性の気配があまりにも希薄に過ぎたのだ。
 足音と気配を殺し、何食わぬ顔で瑠璃の背後を取ってみせた。
 きっと、単なるメイドではない。瑠璃と同じく、自然とどこにでも潜り込めるよう訓練を積んだ戦闘職か……きっと、老爺の護衛だろう。
(一見すると、単なる檸檬農家の老人のようではありましたが)
 単なる農家が護衛などを連れているものか。
 供された紅茶で喉を潤しながら、檸檬とサワークリームのピザを口へと運ぶ。視界の端には、穏やかな笑みを浮かべたメイドの姿。瑠璃が彼女を警戒していると見て取って、わざとその位置に移動したのだ。
 きっと、必要以上に瑠璃を警戒させないための配慮だろう。つまり、現段階でメイドが瑠璃に危害を加えることは無いというわけだ。
「ご馳走様でした。すっかり生き返った気分です」
 食事を終えた瑠璃は、ナプキンで口元を拭いながら礼を言う。
「そうかい。それは良かった。今年のは特に出来がいいんだ」
 瑠璃の向いに、収穫作業を終えた老爺がやって来る。
 タオルで汗を拭いながら、水分補給の代わりだろうか、捥ぎたての檸檬をひと齧り。
 檸檬の出来は満足のいくものだったのだろう。
 うん、と1つ頷くと、老爺は瑠璃の対面に座った。
 それから老爺は、顎の下で手を組んで……すぅと瞳を細くする。
「それじゃあ、仕事の話をしようか」
 老爺は既に笑っていない。
 冷静で、冷酷な氷のような眼差しで瑠璃の様子を観察していた。
 なるほど、と。
 内心で瑠璃は呟いた。
 老爺の正体は、海洋マフィアの頭領か、或いは隠居した幹部と言ったところか。
「まったく、檸檬農家をやらしてくれてりゃ満足だってのに……どこにだって、愚かな奴はいるもんだ。貴女もそう思うだろう?」
執筆:病み月
【怪談喫茶ニレンカムイ】瑠璃の喫茶店訪問記
 練達の一区画に作られた場所、希望ヶ浜。
 地球から召喚され、変化を受け入れられなかった旅人(ウォーカー)達による聖域。
 そんな場所に存在する問題。
 つまり夜妖。
 希望ヶ浜という社会の陰に隠れ人を傷つけ、そして命すら奪う事もある存在。
 人々の生活を、命を守る為にローレットも陰ながら活躍している。
 夕暮れ時。
 その夜妖退治の仕事帰りに志屍 瑠璃は一人、町家が立ち並ぶ通りを歩いていた。
 歴史を感じさせる町並みで夕陽に照らし出されたこの風景は綺麗だ。
 俗な言い方をすれば『映える』、と言ったところか。
 そういえばこの建物達はいつ造られたのだろう。
 希望ヶ浜自体そんなに歴史は長くない筈なのだが。まあ、練達の技術ならどうにでもなるか。
 とりあえずお腹も空いた。どこかで食べたいところだ。
「ん?」
 ふと横を見れば一つの看板が目に留まる。
 怪談喫茶ニレンカムイ。
(怪談……喫茶?)
 喫茶店で怪談とはいったい。
 興味も相まって中に入る。
 内装はレトロにまとまり、アンティークな家具が揃えられている。
 その店内も窓から差し込む夕日によって更に趣ある場となっている。
「あ、いらっしゃい!今日は何をご注文ですか?!」
 店員であろう、女の子の元気いっぱいな声が店内に響き席に案内される。
「翠、ちょっと声が大きいよ」
 双子だろうか、別の女の子が歩み寄ってて来た。
「だってぇ、元気な方がいいじゃん!」
「こら!ケンカしないの2人とも」
「「はあい」」
 カウンターの方から声が響く。
 そっちへ見やるとここの店長であろう、女性がいた。
「ごめんなさいね、騒々しくて」
「いえ」
 メニューを手渡され、中身を見る。美味しそうなものばかりだが。
「おばけセット?」
「それはココアとホットサンドのセットだよ」
 チョコとマシュマロを挟んだスモア風ホットサンド、らしい。
「ならそれで」
「結月さん、おばけセットで!」
 改めて店内を見渡すが、そういえば。
「あの、スイさんでしだっけ?怪談って?」
 ああ、それはね。
「このお店、怪談モノの本を集めてるんだ!」
 もう一人の女の子が本棚から一冊の本を持ってきた。
「こういうのだよ」
 タイトルからして怪談のそれだとわかる。
 なるほど、ニッチというか人を選びそうな店ではある。
 が、店内自体は怪談らしさはない為に案外平気なのかもしれない。
 本にさえ触れなければ。
「お待たせしました」
 おばけセットが出来たらしい。
 チョコとココアの匂いが瑠璃の鼻孔をくすぐる食欲をそそる。
 ビターなチョコの苦みがマシュマロの甘さを引き立てている。
 そして熱いココア。最近冷えてきた事もあるのだろうか、なんだかホッとする。
 落ち着く。案外いいお店を見つけたかもしれない。
 そういえば本を手渡されていた。試しに数ページめくってみる。
 その顔に少し緊張が走る。
「お姉さん、どうしたの……?」
 スイと呼ばれた子が瑠璃の顔を覗き込む。
「よ、る……?」
 それは過去に瑠璃が対応した夜妖に関った顛末にそっくりなのだ。
「夜妖を知ってるの?」
「え、えっと……はい」
 戸惑う瑠璃。無理もなかろう、希望ヶ浜の住人は夜妖の存在を否定している。
 聞けば。
 怪談喫茶ニレンカムイは喫茶店をやりつつ夜妖の情報を集め、イレギュラーズに提供している。
 普段依頼を出す時はカフェ・ローレットにこの店に来るように情報を回してもらっているとか。
 そんなニレンカムイの店員からそれぞれ自己紹介があった。
 店長兼姉妹の保護者、結月。
 店員の天真爛漫な姉、翠とこまっしゃくれた妹の蓮。
「縁がありましたらニレンカムイをこれからも宜しくお願いしますね」
 ただ食事に来ただけなのに困ったな、と頬をかきつつ帰路に就く瑠璃であった。
 そういえばなぜあの3人が情報屋などやっているのだろうか。
執筆:アルク
急に気温があがると
 ──暑い。
 混沌に来て何年立ったか。故郷と比べれば、気温差や季節感というものは恐ろしく楽に順応出来ると思っていた。
 そう、思っていた。
「嘘でしょ、なんで急に…………」
 朝に雨が降ったかと思ったらじめじめと湿って蒸し暑くなってしまった。
 しかもこの日はレザーチュニックにスキニーパンツを着ていた。
 このままでは蒸らしと空腹で倒れてしまう。
 瑠璃は気合いを入れ直し、目に入った飲食店へ突撃していく。

 その店は旅人の店だった。
 様々なルーツを持つ旅人が憩えるよう、彼等に話とレシピを聞いて忠実に再現した料理の数々を出す。
 写真入りのメニュー表には瑠璃の故郷でも見たようなものから、全く知らない料理があった。
 外の暑さを忘れて写真の料理達に目移りしてしまう。
「どれもこれも美味しそうですが、暑いのでこれで……!」
 悩みに悩んで選んだ一品はフォーを冷麺風にアレンジしたものだった。
 瑠璃の知るフォーは鶏肉とスパイスなどのふんだんに入れた温かい料理だが、ここはそれとは別に冷麺風に仕上げた物もあったのだ。
「いただきます。……んん、美味しい。手が止まらない」
 ダシを取った優しい風味を残しつつ、香味野菜と鶏肉の旨味が溢れる。
 そこへ生の唐辛子を刻んだふりかけが一層、食欲を引き立てる。
 美しいハーモニーに夢中になって食べ進めて、気付けば器は空だった。
 美味しいかった、そう言おうとしてアイスジャスミンティーを飲んだ瞬間。
 瑠璃はフォーをまとめながらもスッキリ爽快感に完敗したのだった。
「お、美味しかった……! 食後のジャスミンティーを含めて何もかも美味しかったです!!」


執筆:桜蝶 京嵐
里芋。或いは、芋は争いの種に非ず…。
●芋を煮るのにいい季節
 里芋。
 タロイモ類サトイモ科の植物で、主に茎の地下部分を過食する。
 山に自生している芋類を山芋と呼ぶことからも分かるように、里芋は主に里……つまりは、農村部で栽培される。古い昔から人の生活に密接に寄り添ってきた芋であり、それはここ豊穣の地でも変わりない。
 皮をきれいに剥いた里芋。
 それから、薄切りの牛肉としめじ、こんにゃく、ねぎなどを鍋に放り込み、みりんと砂糖、それから水でじっくりと煮込む。
 芋煮と呼ばれる豊穣の郷土料理である。
「僥倖でした」
 仕事の帰りに志屍 瑠璃(p3p000416)が見かけた祭り。芋煮会と呼ばれるそれは、その名の通り「皆で芋煮を作って、皆で芋煮を味わおう」という趣旨の催しである。
 驚くべきことに、芋煮会において芋煮は無料で振る舞われる。酒類や米、茸の煮つけなどのサイドメニューを食べたいのなら別途費用を支払う必要があるが、メインである芋煮自体は無料なのである。
 これ幸いにと、瑠璃は大鍋の前に形成されていた長い列の末尾に並んだ。配布される芋煮を受け取るための列である。
 列の先には、牛でも丸々2、3頭は煮込めそうなほど大きな鍋が2つある。あまりにも大きな鍋なので、掻き混ぜるのにゴーレムなどを利用しているのが面白い。
 列が進む。
 さて、問題はここから先なのだ。
 何ゆえ、鍋が2つも用意されているのか。
 なぜ、この先で列が2つに分かれているのか。
「味噌と醤油……なるほど、これはつまりある種の戦争」
 芋煮を貰うための列であるというのに、どうしてこうも殺気が飛び交っているのかと瑠璃は少し前から疑問に思っていたのだ。
 だが、列が進むにつれて飛び交う殺気の理由が分かった。
 理解できてしまった。
 
 芋煮の味付けには2種類が存在する。
 味噌と、醤油の2つである。
 味付けが味噌であろうと、醤油であろうと、それが“芋煮”であることには変わりない。では、何が違うのかと言えばそれが発祥した地域である。
 それも、遠く離れた土地で発祥したわけではない。
 隣り合う土地同士で、味噌味の芋煮と醤油味の芋煮は、ほぼ同時期に誕生したと伝わっていた。そのような経緯があるからこそ、芋煮は2つの派閥に分かれているのである。
 分かたれてしまったのである。
 それが、遥かな昔から今にまで続く芋煮戦争の始まりだ。

「などと……そんなこと、私には関係ありませんね」
 芋煮会場の片隅には、飲食のためのスペースが設けられていた。ひっそりと気配を殺し、瑠璃はスペースの端に腰を落ち着ける。
 瑠璃の前にはお椀が2つ。
 味噌味の芋煮と、醤油味の芋煮である。
「いただきます」
 指の間に箸を挟んで、両手を合わせて食事前の祝詞を呟く。これからいただく食物に感謝の祈りを捧げているのだ。
 芋煮と同じく、こちらも古くから豊穣に伝わる儀式であると聞いている。
 それから、箸でお椀の中から芋を1つ、摘まみ上げた。
「はふ……ほふ……あちっ」
 まずは醤油味の芋煮から。
 熱々の里芋を丸ごと1つ、口の中へ放り込む。はふはふと熱を冷ますみたいにすぼめた瑠璃の口からは、白い湯気が零れていた。
 じわり、と。
 瑠璃の口内に里芋の旨味が広がった。元々、味の濃い食べ物を好む瑠璃の舌に、醤油味の芋煮はひどく合うのである。
 芋を飲み込んだ後に、水で口の中をゆすいだ。
 次に味噌味の芋煮を食べるためである。口の中に醤油の味が残ったままでは、味噌味の芋煮を十全に楽しむことは出来ない。
 料理を美味しくいただくためには、それなりの工夫や場作りが必要であることを瑠璃は経験から知っていた。口内を水で洗い流すのもその一環だ。
 味噌味の芋を箸で持ち上げる。
 今度は、芋に吐息を吹きかけ少しだけ冷ましたうえで口内に運ぶ。
 里芋に、味噌の滋味がよく染みているではないか。これは技術が無ければ出せない味だ。
 長く研鑽を積んだからこそ出せる味だ。
「あぁ……最近は空気も冷えて来ましたから」
 熱い芋煮が一層美味しく感じるのだと、頬を緩めて瑠璃はそう呟いたのだった。
執筆:病み月

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