PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

混沌一周一人めし

関連キャラクター:志屍 瑠璃

竹藪に、隠れ家
●素朴であり原点
 にぎり飯と言うものは、志屍 瑠璃にとって『都合の良い』食べ物だった。
 片手で食べることが出来、サンドイッチよりも腹持ちがいい。長時間『仕事』をする必要のある拷問吏であった時も、それを口にしていた。その時はただのエネルギー源でしかなかったけれど。

 豊穣の首都、高天京。
 大通りに面した大店は賑わい、活気で溢れている。時刻は昼時。あちらこちらから食べ物の良い香りが漂い、ひと仕事終えた瑠璃もまた触発されるように空腹を覚えていた。
 どこか手頃で美味い飯屋はないものだろうか。大通りから逸れ、狭い路地に入る。サヤサヤと風に揺れる竹藪を眺めながら道を抜けたが、寺社仏閣周辺の水茶屋も昼から酒呑みたちが集う居酒屋も、どこも賑わっている様子だった。
(昼時ですし、そんなものでしょうね)
 さて、どうしたものか。お天道様は天辺。空腹も覚えているし、水分も補給したい。強い日差しによって浮かんだ汗をハンカチで拭い、瑠璃は入れる店を探した。出来れば美味い飯にありつきたいものだが――探し回れるほど、腹は待ってはくれなさそうだ。
「……あら」
 一度通り過ぎ、また戻る。竹藪が広がらぬようにと拵えられた柵。それが僅かに途切れ、人一人が通れそうな道が作られていることに気がついたのだ。そして、足元には小さな行灯が置かれ、張られた和紙には『にぎりめし』とだけ書かれている。正直、これでは気付かない者の方が多いと思う。集客する気の無さを感じ取りながら、けれども瑠璃はその細道へと爪先を向けた。どこもかしこも飯屋は賑わいを見せる時刻、飯にありつけるのならばありがたいことだ。
「ごめんください」
 竹藪を抜けた先――というよりも竹藪の中の小さな広場めいた場所には、こじんまりとした小さな店が建っていた。小道の入り口にあった行灯と同じ物が置かれているのを確認し、瑠璃はからりと引き戸を開けて暖簾をくぐった。
「……」
 店主は無口な老人だった。瑠璃を視認し、ただ顎を引く。
 静かで涼しい店内に客はまばらで、好きな席に座って良いと察した瑠璃はカウンターへと腰掛けた。
「……注文は」
 カウンター越しに冷茶の入った湯呑を置いた店主が口にし、瑠璃は品書きへと目を通す。其れはにぎり飯の具の種類のみが書かれたシンプルなもの。最後に『昼めし』『夕めし』の文字を見つけ、本日のおすすめセットのような物だろうと理解した瑠璃はそれを注文した。
 無言で顎を引いた店主が、板場で米を握り始める。こんなにも米は甘い香りをしただろうかと過去に食べた米を思い出そうと記憶を漁る程度に、柔らかくも優しい米の香りが広がった。米の湯気の向こう、店主は表情を崩さず握り続ける。
 少し待って出された盆には、みっつのにぎり飯が載った皿と味噌汁椀、茶色と白色の漬物らしきものが載っていた。にぎり飯からは具がはみ出ているものがふたつ。ひとつは鮭と思しき魚、もうひとつは葉物……辛子高菜だろう。残るひとつは具が見えないため中身が気になるものの、ひとまず瑠璃は味噌汁椀から蓋を取り除いた。ふわりと立ち上る湯気で眼鏡が薄らと曇り、閉じ込められていた味噌の香りが鼻腔を擽った。
(こちらは赤だし。具は車麩とワカメですね)
 出汁を含みやすい車麩は煮物や焚き物との相性が良い。フーっと湯気を飛ばすように息を吹きかけ、まずは味噌汁を一口。赤味噌の塩分が、汗をかいた体に染み入るようだった。箸を手にして車麩をひと齧り。適度な弾力と、汁を染み込んでいて美味い。
 一度箸を置き、鮭が見えているにぎり飯へと手を伸ばす。つやつやと輝く米の塩加減は、少し抑えめ。その代わり鮭にはよく塩が効いており、口内で米と鮭が混ざりあい丁度良い塩梅となった。大振りな具も嬉しい。魚の身の食感が残され、にぎり飯を食べていると言うよりは鮭定食を口にしているような気持ちになった。
 あっという間に食べきってしまった事に気が付き、箸休めの漬物へと箸先を向ける。二色の漬物は――白いのはべったら漬け、茶色の方は伽羅蕗のようだ。ほのかな甘みと、米や魚とは違う食感が嬉しい。
 ふたつ目のにぎり飯は、具が見えていない方を選んだ。ぱくりと一口食めば、米の白さの向こうに茶色が見える。そして香るのは――。
(……醤油?)
 具にたどり着かなくとも解る、醤油と昆布、鰹節の気配。
 たどり着けば感じる弾力は貝のそれ。
(浅蜊の佃煮、ですか。うん、美味しいです)
 短冊に切られた生姜がシャキっとした食感とピリッとした辛みで、甘めに煮られた佃煮にアクセントをつけてくれているのも嬉しい。
(さて、最後は……)
 味噌汁と伽羅蕗を口にして、最後のひとつへと手を伸ばす。ぴりりと辛い高菜――と思いきや、どうやら焼いた明太子を和えた高菜明太子であった。
 こちらもあっという間に腹へと収まってしまった。
 濃い味付けの具材に、丁寧に炊かれた米。赤だしに漬物。どれもとても美味しかった。
 シンプルであるはずなのに、ひとつひとつの素材を活かせばどこまでも奥が深くなる。
 にぎり飯の印象が、都合の良い食べ物からひとつの完成された料理へと変わった。
「ご主人、具はお任せで持ち帰り分もお願いします」
 具は何になるだろう。
 包みを開くまでの楽しみが、胸を満たした。
執筆:壱花

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