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幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

混沌一周一人めし

関連キャラクター:志屍 志

里芋。或いは、芋は争いの種に非ず…。
●芋を煮るのにいい季節
 里芋。
 タロイモ類サトイモ科の植物で、主に茎の地下部分を過食する。
 山に自生している芋類を山芋と呼ぶことからも分かるように、里芋は主に里……つまりは、農村部で栽培される。古い昔から人の生活に密接に寄り添ってきた芋であり、それはここ豊穣の地でも変わりない。
 皮をきれいに剥いた里芋。
 それから、薄切りの牛肉としめじ、こんにゃく、ねぎなどを鍋に放り込み、みりんと砂糖、それから水でじっくりと煮込む。
 芋煮と呼ばれる豊穣の郷土料理である。
「僥倖でした」
 仕事の帰りに志屍 瑠璃(p3p000416)が見かけた祭り。芋煮会と呼ばれるそれは、その名の通り「皆で芋煮を作って、皆で芋煮を味わおう」という趣旨の催しである。
 驚くべきことに、芋煮会において芋煮は無料で振る舞われる。酒類や米、茸の煮つけなどのサイドメニューを食べたいのなら別途費用を支払う必要があるが、メインである芋煮自体は無料なのである。
 これ幸いにと、瑠璃は大鍋の前に形成されていた長い列の末尾に並んだ。配布される芋煮を受け取るための列である。
 列の先には、牛でも丸々2、3頭は煮込めそうなほど大きな鍋が2つある。あまりにも大きな鍋なので、掻き混ぜるのにゴーレムなどを利用しているのが面白い。
 列が進む。
 さて、問題はここから先なのだ。
 何ゆえ、鍋が2つも用意されているのか。
 なぜ、この先で列が2つに分かれているのか。
「味噌と醤油……なるほど、これはつまりある種の戦争」
 芋煮を貰うための列であるというのに、どうしてこうも殺気が飛び交っているのかと瑠璃は少し前から疑問に思っていたのだ。
 だが、列が進むにつれて飛び交う殺気の理由が分かった。
 理解できてしまった。
 
 芋煮の味付けには2種類が存在する。
 味噌と、醤油の2つである。
 味付けが味噌であろうと、醤油であろうと、それが“芋煮”であることには変わりない。では、何が違うのかと言えばそれが発祥した地域である。
 それも、遠く離れた土地で発祥したわけではない。
 隣り合う土地同士で、味噌味の芋煮と醤油味の芋煮は、ほぼ同時期に誕生したと伝わっていた。そのような経緯があるからこそ、芋煮は2つの派閥に分かれているのである。
 分かたれてしまったのである。
 それが、遥かな昔から今にまで続く芋煮戦争の始まりだ。

「などと……そんなこと、私には関係ありませんね」
 芋煮会場の片隅には、飲食のためのスペースが設けられていた。ひっそりと気配を殺し、瑠璃はスペースの端に腰を落ち着ける。
 瑠璃の前にはお椀が2つ。
 味噌味の芋煮と、醤油味の芋煮である。
「いただきます」
 指の間に箸を挟んで、両手を合わせて食事前の祝詞を呟く。これからいただく食物に感謝の祈りを捧げているのだ。
 芋煮と同じく、こちらも古くから豊穣に伝わる儀式であると聞いている。
 それから、箸でお椀の中から芋を1つ、摘まみ上げた。
「はふ……ほふ……あちっ」
 まずは醤油味の芋煮から。
 熱々の里芋を丸ごと1つ、口の中へ放り込む。はふはふと熱を冷ますみたいにすぼめた瑠璃の口からは、白い湯気が零れていた。
 じわり、と。
 瑠璃の口内に里芋の旨味が広がった。元々、味の濃い食べ物を好む瑠璃の舌に、醤油味の芋煮はひどく合うのである。
 芋を飲み込んだ後に、水で口の中をゆすいだ。
 次に味噌味の芋煮を食べるためである。口の中に醤油の味が残ったままでは、味噌味の芋煮を十全に楽しむことは出来ない。
 料理を美味しくいただくためには、それなりの工夫や場作りが必要であることを瑠璃は経験から知っていた。口内を水で洗い流すのもその一環だ。
 味噌味の芋を箸で持ち上げる。
 今度は、芋に吐息を吹きかけ少しだけ冷ましたうえで口内に運ぶ。
 里芋に、味噌の滋味がよく染みているではないか。これは技術が無ければ出せない味だ。
 長く研鑽を積んだからこそ出せる味だ。
「あぁ……最近は空気も冷えて来ましたから」
 熱い芋煮が一層美味しく感じるのだと、頬を緩めて瑠璃はそう呟いたのだった。
執筆:病み月

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