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幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

混沌一周一人めし

関連キャラクター:志屍 志

宵の口、未だ酔わず
 幸せな背景になること。それが、単独行動における肝要だと思うこともある。
 例えばこの――仕事帰りにふらりと入った、逢魔が時の居酒屋でなら。
 自分のあとから間を置いて続々と、明るい飲兵衛たちが次々と入ってきて店を満たしていったことに、そこはかとない優越感を抱くかのような、あるいは招き猫にでもなったかのような、そういう晴れがましい気分になりつつも。
 それらとは全く関係のない自分が、静豊のひとときを過ごす、ということ。
 だから、店の喧騒の中心から離れた窓際が好きで、愛想のいい店員にそこへと通されたときは、気分が上がる。酒瓶を一本余計につけたりもする。
 そして今、半分片付けた蕪の味噌漬けの皿と瑠璃との前にあるこれが、その余計の一本。――紅滑。
「べにすべり」
 知らない銘柄だった。酒の世界は広い。
 名の通り紅く、盃の中でゆらゆらと燦めく半透明は、勧めた店主によれば『稀に良く出回る稀覯酒』とのことで、今一合点がいかないがそういうものだと思うとしよう。
 ついと唇に注ぐと、舌から熱く、蒸と立ち上る酒精が歯根を抜け、清冽なまま喉を遡り、未だ微睡まぬ私に届く。
「……ほう」
 それは言葉でも嘆息でもなく、ならば悲鳴であろうか。嬉しい悲鳴だ。
 一息で飲みきらず、目の先で誘うようにたゆたう紅滑の盃を、少し考えて、今一度テーブルに置いた。
「美味しい……」
 認めたからには、ペース配分を考えよう。このような酒との出会いを、肴の整わぬ卓で未練がましく飲み切るのは、惜しい。
 広げたメニューの絵図と文字とが、見たことのない輝きを放っている。
執筆:君島世界

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