幕間
忘都譚
忘都譚
関連キャラクター:エルシア・クレンオータ
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- 忘都譚Ⅰ:開明的なひと
- 「忘都先生は開明的なお人だねぇ」
それが、某日に忘都――と名乗る月人(幻想種をこの土地ではこう呼ぶ)に向けられた評価だった。
忘都はしばらくきょとんとしたような顔をして、それから困ったように笑う。
「そ、そうかい蔵人(くらんど)さん? 僕はそんな風に思ったことはないけれど……」
けど、似たようなことを言われた覚えはあった。
「アスター、君は先を見すぎるな」
そんなふうに、故郷の……ユーリオータ村では言われたものだったが。
故郷ではある種の諫言だったそれは、新天地では褒め言葉として使われている。その事実に、忘都(または、アスターという)は逡巡を覚えたのである。
「だってよう、先生。ここに来てから何年になるか数えちゃいねぇが、あんたは俺達が知ってる薬草を俺達の知らねえ調合でお出しするじゃねえか。どころか『新しく出来てしまって』なんて自分でも知らねえうちに新しいものを作っちまう。ここ数年で先生は何人助けたんだい? わからねえよ」
「僕にとっては当たり前のことをしているだけだよ。それに自然は好きだし」
……自然に触れて、植物と向き合い、自分が幻想種であることを再確認していなければ気が狂ってしまいそうになる。
……蔵人さん、何人助けてもそれは他人なんだよ。僕は大事なものを助けられなかった愚か者だ。
「……好きこそものの上手なれ、はこの国の諺だったろう? 月人は只でさえ形見が狭いんだから、働かなきゃね」
『アスター』として溢れかえった幾つかの本音を飲み込み、『忘都』は蔵人ににっこりと笑う。
あと何年、生きるだろうか。
あと幾人、救えるだろうか。
あと何回、救えなかった後悔が肌身を灼くのだろうか。
アスター・ユーリオータがこの思索を巡らせたのは、ちょうど。
……高天京が風雲急を告げた、数年前の夏の日のことである。 - 執筆:ふみの
- 忘都譚Ⅱ:まつろわぬゆえに
- 豊穣に、というか高天京にて大きな政変(と表向き称される)『神逐』があってから数ヶ月経つだろうか。
地方の小村である忘都の所在地にとって、その報はかなり縁遠い――なにしろ報が届くまで一ヶ月を要したのだ――出来事は、現実味の薄い話として話の種となった。
そも、長らく隠れておられた霞帝が再び人々の前に姿を表し、そして執政を立て直そうとしているというのは多くの者にとっては喜ばしい話であるのだ。
あるのだが、『神逐』に於いて起きたもうひとつの『変化』は豊穣にじわじわと手を伸ばしていたのも確かである。例えば。
「忘都先生、一体……これは……?」
「あはは、僕もちょっと分からないな。けど、少し――手遅れだったようでね」
呆然とした顔で問いかける八百万の男、吉志津(よしづ)は地面に倒れ込んだ異様な集団に視線を向け、そしてその連中を無表情で見下ろす忘都の姿に呆然と問いかけた。当の忘都は、こめかみをトントンと叩いて表現した。要は、『彼等の思考または知性が手遅れであった』という直接表現である。彼がそのような揶揄をするとは知らず、吉志津は顔を顰める。なにより、ここは領主の屋敷の敷地内である。徒に刃傷沙汰を起こされるのは喜ばしくない。
「高天京の動きで『八百万と獄人は等価値であるべき』という言説を声高に唱える人達がいるみたいだね。それは間違ってないと思う。でも、だからといって急に領主の首を挿げ替えよう、獄人が立つべきという考えは違うね。吉志津さんのお父上も立派な人だったし、君もそうだ。拙いながらも善くあろうとしていた。少し高圧的且つ差別的だったけどね。彼等はナントカという宗教にかぶれた人達だよ。何人かが倒れて、残りは驚いて逃げ出したよ。暫くこないだろうね」
「……殺したのか?」
「血管に氷が詰まって死んだよ。『勝手に死んだ』。海向こうの慣習に倣って死体を捌いてもいいけど、見つかっても内出血だよ。血圧が高かったんじゃないかな」
『ちょっと分からない』が『内出血』で『勝手に死んだ』。忘都は『たまたま』来ていて宗教家達だと『理解して』一連の流れを見ていたのだという。
「あなたは私や八百万の為政者を嫌っていると思っていた」
「僕は徒に獄人だ八百万だ月人だで括って締め付けるやり方は苦手だけど、政は言葉を尽くすべきだよ。暴力に任せるべきじゃない。ナントカという宗教が暴力を肯定してるなら、それは蛮族の原始宗教と変わらない」
だから二度と関わりたくないものだね。肩を竦めた忘都の表情の端に、某かの『鬱憤』と『無力感』を湛えた影を吉志津は見た。なので、真実にうすうす気付いた。
だが、彼は墓までもっていくことを決意した。彼と自分のどちらが先に命を落とすのか、わかったものではなかったから。 - 執筆:ふみの
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