幕間
暖かな日々
暖かな日々
関連キャラクター:ヴェルグリーズ
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- 悪夢を拭う
- 共に風呂をあがった。滴る水を拭いてやる。白く柔らかな項。ほんのり濡れる唇だとかに。彼女を感じていた。
あの悪夢の刻から解放された星穹を、娘よりも息子よりも拘束しているのは、他ならぬヴェルグリーズであるという自負があった。大人げないとは解っていたが、精霊たる彼らも主の結びつきを大事にしてくれるらしい。寂しいのだと言われた覚えは今のところはなかった。
いつかのとき。彼女を、星穹を失うという想像をしてしまった直後。星穹に触れられない幾ばくかの日々を過ごした後、戻ってきた星穹を誰よりも近くで支え、見守ってきたのはヴェルグリーズそのひとであった。それは独占欲のようなものでもあろう。子供たちが生まれる前でも後であっても。腕をなくしている彼女は風呂に入るときは片腕。最初こそ風呂を別にしていたのだけれど別にするのも面倒ということで、二人で風呂に入ることも少なくはなかった。そして、その後のドライヤーや下着の着用に至るまでも、彼女を見続けてきたのだ。
「ねえ、星穹」
「はい。どうしましたか?」
「……此処。傷になってる」
つぅ、と。指先でなぞる。それは恐らく裂傷か。かの竜と時の狭間にて行われた戦闘。セナ曰く時を『合わせた』後の彼女には、見るも耐えない傷がいくつも。俺の居ない戦場で。俺が居ない戦闘で。俺の知らない間に、他の武器につけられた傷が、彼女の背を、四肢を、顔を飾っていた。
「そうでしたか。何分背面だと見えないものでして……」
「ううん。頑張った証だからね。仕方ないよ」
キスを落とす。触れる。その傷に。唇で。まだネグリジェも纏う前であったというのに。柔い、甘い肌を吸って。傷口に舌を這わせた。
「……っ、もう……」
「他のがつけた傷だ。俺じゃない、他の武器が」
「そうですけれど……」
「なんだか、妬けるね。俺のほうが君を愛しているのに、他の武器の傷なんてつけて帰ってくるんだから」
「だって盾ですもの。素敵な戦いのお誘いには、馳せ参じるのが礼儀というものですわ」
「それは、そうだね。……でも、ずるいや。俺はこんなに君を見てるのに」
柔らかな肌も。君が見せるのをためらう羽のような傷跡も。何もかもを見て、口付けて。
「…………ヴェル、グリーズ」
服は、着れそうになかった。思考を逡巡させども解らない。彼の意図なんて。
ただ。
(……貴方に、触れたい。欲しい。欲しがって欲しい)
そう思う気持ちが。恋であれば、どれほど良かったのだろうと。そう思った。
今や互いが互いへ向ける心は美しさだけでは形容できない。どろどろして、おぞましささえ感じさせるのだ。
それを受け入れているお互いのことも、どうかとは思うけれど。
ぼんやりしていた思考を形作るのは冷たい彼の手が頬に触れてから。
「俺。君に、触れたい。良いかな」
「それが貴方の望みなら」
「違うよ。君も、俺を求めて欲しいんだ」
「…………もう。言わせないでくださいな」
その行為の意味など解っている。大人であるから。ハニートラップをしていたから。いずれにせよ互いに、心からの相手とするのは、はじめてだ。
「でもその方が、俺が、嬉しいんだよ」
微睡を共にしたベッドへと彼女を落とす。アロマキャンドルがやけに眩しい。消された明かりは目下に広がる夜行のネオンと、室内を揺れるアロマしかなくて。
求められている意味が、普段とは違うのだ。
邪な感情を向けられている。向けている。その状況に、喉が鳴った。
「貴方が欲しいのです。……ヴェルグリーズ」
「うん。うん。ありがとう。星穹――じゃあ、触れるね」
それは酷く臆病な誘いだった。それでいて、欲しがりな目をしていた。
触れることは酷く辛かった。彼女のすべては、やはり傷だらけだったからだ。
けれど彼女は傷つくことを恐れなかった。その姿が、美しいと思ったのだ。
好きをいうようも先に、何度でも口づけて。求めて。あいしてると、呟いた。
子供たちを起こさないように気遣った。
けれど。離れていたぶん。心を理解したぶん。一層、振りほどくことを許せない。
絡みついて。求めあって。此処に居て。感じて。この身体の熱を。
二度。三度。熱が弾けた。
白い手首を抑えつけた。細い首に赤い花を咲かせた。
そして彼女は今、人よりも長い眠りについている。
「あ、お父さん」
「ママは?」
「お母さんは疲れてるんだって。もう少しだけ、休ませてあげても良い?」
「うん! 心結、おかあさんの心が伝わってくるの幸せだって気持ちがいっぱいだから!」
「俺達のことは大丈夫。父さんは、母さんを見ててあげて」
「うん……ふたりともごめんね。ありがとう」
キッチンから見送りまで。ヴェルグリーズは星穹の日課を済ませ、二人の寝室へと戻る。
「……もう、こんなにするなんて!」
「つい、歯止めが効かなくて」
「できちゃったら、どうするんですか」
「その時は……結婚しよう。正しい意味で。家族になろう」
「…………まぁ、もう、今更ですものね。構いませんわ」
子供の教育には悪い姿で、星穹は身体をベッドから起こした。昨夜の後は咲いていた。
なんてことないように髪を撫でるヴェルグリーズの頭を引いて、無理矢理キスをする。
「ん……」
「積極的、だね」
「だって、これくらいしてやらないと、不公平でしょう」
「はは、そうかもしれないね」
だから、きっと。繋がったすべてで、貴方を感じたいのだ。これからも。 - 執筆:染
- 膝上抱っこは良い文明
- 現在。膝の上に座らされた星穹は逃げ場がない。
否。腹に腕を回されて逃げられないという方が適切である。
(流石にいろいろとこう……まずい気がするのですが)
昨晩の睦言だとか、甘ったるい声だとか。よくよく見れば逞しい身体だとか。自分を真っ直ぐに見つめる目だとか。そういうのを思い出さないでいられるほど、星穹は大人ではない。ので、非常に困っている。
だというのに当の本人は知ってか知らずか背中から離れるつもりはないようで。
「星穹」
「はい」
「愛してる」
「はい……」
本日何度目かのやりとりを交わしているというわけだ。耳まで赤くなっているのがわかるが、こうも包み隠さず好意を向けられると恥ずかしくなってしまう。両手で顔を覆う星穹のその手をやんわりと外しながら、ヴェルグリーズはからかうように笑った。
「どうして逃げるの?」
「あのですね、急にこう……甘くなられるとですね、こちらとしても困るというか」
「でも俺のこと、好きだろう?」
「それはまあ、そうですけども……」
「じゃあ何を恥ずかしがる必要があるんだろう。もしかしてまだ愛情表現が足りなかったのかな」
「いえ、あの、そんなことは」
「ううん。キミは控えめというか、我慢しすぎるきらいがあるからね。俺もしっかり愛情表現をしなくちゃね」
ぐるりと視界が動く。何が起こったのかと理解するころには視界はヴェルグリーズと天井で埋め尽くされていた。
「ああもう、お好きになさったら良いんじゃないですか……」
「ふふ、可愛いね。愛してるよ」
「もう勘弁してくださいませんか」
「どうして?」
「どうしても、です」
「じゃあ星穹からキスしてくれたら考えようかな」
「貴方ねえ……!」 - 執筆:染
- 誕生日の夜明けに
- 「俺の勝ちだったみたいだけど?」
「だって貴方最近手加減しないじゃないですかぁ……」
か細い声で鳴いた星穹は現在姫抱きをされている最中である。のぼせたのだ。
本当ならば浴衣も着れなかったところをなんとか着たところなのである。てごわい。
「ふふ。煽った星穹が悪いよ」
混浴。酔っ払った相棒。うまい誘い文句。欲を抑えることを捨てたヴェルグリーズにためらいなどあるはずもなく。
なんか最近そういうの多いのである。ご不満ではないけれど、やっぱり好きな人の新たな一面にはどきどきしてしまうものだ、と星穹は呟いた。
「でもじゃんけんとかゲームでだってよかったのに」
「俺だって男なんだけどなあ……都合よく解釈するよ」
「でも、でも……まだ負けてないかもしれませんわ?」
「本当? プレゼントも貰ったのに?」
「だって納得が……こう! 私だって勝ち目はあったはずですもの」
「ふふ、そっか。元々朝まで付き合ってもらうつもりだったけれど、それなら遠慮はいらなさそうだ」
「え?」
「星穹だって勝ちたいんだもんね? じゃあやっぱりリベンジの機会は必要だよね」
「ヴェルグリーズ、貴方、」
「そう焦らないで。大丈夫、まだ空も心結も寝てるから」
「そういうことではないのですが!!」
あいしてる。その言葉には未だなれないらしい星穹は、ややシラフとも言える程度には回復していた。が、しかし。これ以上となると別である。
酔わせるか。戦うか。あるいは先程の続きか。どちらにせよ姫抱きをとかせないかぎりは逃げられそうにもない。
夜明け。温泉に行ったはずなのに二人してあまりにも疲弊している姿を見た空と心結が起こすのをやめたのは、未だ知る由もない。 - 執筆:染
- 明けまして、これからも
- 「年越し、だね」
「そうですね。この一年も気が付けばあっという間だったような気がします」
「ふふ、そうだね。思い返せばずっと戦っていたような気がするよ」
「貴方と戦いは切っても切れませんから仕方ありませんわ。怪我をせずに帰ってきてくれたなら、より良いのですけれど」
「それは……キミだって人のことを言えないんじゃないかな? だってほら、キミは盾だから」
「うふふ。剣の貴方よりは怪我をするのに正当性があるかもしれませんね?」
依頼が重なることがなければどうしてできた傷なのかもわからない。この間だっていくつも傷をつけて帰ってきた。その度に寝台でその身を包む布を丁寧に一枚一枚剥きながら、「今日はどこを怪我して帰ってきたの」「今日は少ない方ですよ」「じゃあ隠さなくたっていいよね」「あら、嫁入り前の女ですのに」「結婚指輪だってしてるのに?」「だって貴方、怒るじゃありませんか!」「キミが隠すから」なんてやりとりを重ねては、傷ひとつひとつに甘く深いキスを落とすのを繰り返していた。
重傷を重ねたときなんて傷口に布がへばりついているから、むしろ隠させる方が治りを遅くしそうで嫌だった(ただし、これはお互いに)。
当事者になれば心配させたくないと隠してしまうのに、傷を暴く側になったのなら隠すことを許さないなんてあんまりにも都合がいいのではないか。なんて理性的に考えられる段階だったのならば、二人が寝室を共にすることもなくて。ボクサーとバックレースをベッドの外に投げ捨てて、明日の洗濯当番がやや気まずい思いをするのを横目に睦言を重ねるのだ。
「新しい一年はどうしましょうね」
「心結におせちを食べさせてあげたいな。あとは空が餅つきをしてみたいって」
「あら、案外忙しくなりそうですね」
「そうだね。七五三とかも考えた方が良いのかな?」
「ああ、確かに。落ち着くなんてきっとまだまだ先ですわね」
「そうだね、子育ては奥が深いや」
「本当に」
ちくたくと秒針が動いていく。すっかり寝落ちてしまった子供たちはもう布団の中で、薪ストーブがぱちぱちと音を立てるのを聞きながら悪だくみをするように語らって。
「あ、日付が変わった。明けましておめでとう、星穹」
「本当ですね。明けましておめでとうございます、ヴェルグリーズ。今年もいい一年になるといいですね」
「ならないならそうなるように運命を切り拓くんだよ」
「貴方がそういうとなんだか深いですね」
くすくす笑う星穹の唇をヴェルグリーズが塞いだ。仄かにコーヒーの苦みがする。
「どうしてキスをすると、舌を絡めていないのに味がわかるんでしょうね」
「どうしてだろう。そういう星穹の唇は甘いね」
「だって私はミルクティーですもの」
持ち上げたコップの中で柔らかく揺れる紅茶色の水面。そういえば、と思い出すようにヴェルグリーズが呟いた。
「俺、まだシャイネンナハトの贈り物を返していないよね?」
「ああ……別に、構いませんのに。どうせなくったって、こうやってするでしょうし」
「はは、それもそうか。したくなったときの口実に良いと思ったんだけどな」
「今更口実なんて不要な仲では?」
「それもそうかも。じゃあ、星穹」
「はい?」
「新年二回目のキス、しようか」
「ふふ、構いませんよ」 - 執筆:染
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