幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
希望が浜日常記
希望が浜日常記
関連キャラクター:山本 雄斗
- 無貌のヒーロー
- 「キャアアアッ!」
学校帰り、女性のつんざくような悲鳴が、雄斗の耳に届いた。
ただごとではない声の聞こえたほうへ駆けつけると、工事用の巨大な鉄骨に下敷きになっている男性が……。
どうやら通りかかったビルの工事現場から落下してきたものらしい。
「お兄ちゃんしっかりして! お兄ちゃん!」
事故に巻き込まれた男性の妹と思われる女性が、必死の形相で鉄骨を持ち上げようとするが、もちろん重量のあるそれは女の細腕ではびくともしない。
「お兄ちゃん、死んじゃやだぁ!」
ボロボロと涙をこぼし、人目もはばからず泣きじゃくる女性。
下敷きになった男性は苦しそうにうめいている。とりあえず息はあるということだ。
周りの誰かが救急車を呼んでいるはずだが、まだ到着する気配がない。
雄斗はすぐに物陰に隠れた。
「――変身!」
彼の全身をナノメタル粒子が包み込み、ヒーロースーツが形成される。
それから、雄斗は兄妹のもとへと駆け寄った。
「大丈夫だよ、今助ける!」
雄斗が大きく重い鉄骨を片手で軽々と持ち上げ、下敷きになっていた男性をもう片方の手で引き上げると、被害者の妹は泣くのも忘れてぽかんとしている。
「あ、あなたは……?」
「名乗るほどのものじゃない。それよりも、早くお兄さんの手当てを!」
そこへ救急車も到着し、これで事故は解決かと思われた。
だが……。
救急車に男性が乗せられ、妹も付き添いで一緒に乗り込もうとしたところ、それを見守っていた雄斗の頭上で何かが崩れ落ちるような音がした。
バッと上を見上げると、突然工事現場からさらに他の鉄骨も次々と落ちてきたのである。
「まずい……!」
兄妹と雄斗のまわりには野次馬が集まっている。彼らにも鉄骨が降り注げば辺りはあわや大惨事になることだろう。
既に鉄骨に気付いた野次馬の一部がパニックになっている。
雄斗は彼らを守るため、ナノメタル粒子を両手に集める。
「ナノメタルソード! ファルケ! アードラー!」
鷹と鷲の名を冠した片手剣を両手に構え、ヒーロースーツ・烈風の機動力を活かして、野次馬に向かって落ちてきた鉄骨の前に立ちはだかって切り刻む。
鉄骨は救急車にも襲いかかっていた。雄斗の疾走はまさしく突風のごとく、鉄骨が救急車に接触する前に蹴り飛ばしていた。
「こ……っのぉ!」
吹っ飛ばした鉄骨はビルにめり込んでしまったが、正当防衛なので仕方あるまい。
雄斗の活躍を目の当たりにした野次馬たちは「お~」と気の抜けた声を上げて拍手している。おそらく、彼らにはことの重大さが分かっていないのだ。
(こんなに鉄骨が次々と落ちてくるなんて流石におかしい。これは誰かが起こしている『事件』なのでは……?)
雄斗はヒーロースーツを身にまとったまま、ビルの中に足を踏み入れた。
ビルは廃墟と化していて、建て替え工事のために鉄骨を積んでいたようだった。
当然ながらエレベーターは機能していなかったため、十階ほど階段で昇る羽目になったが、若く体力のある雄斗にとっては苦ではない。
――ビルの最上階。
(おそらく、この先に真犯人がいる……)
屋上の扉を開けると、キィ……と錆びた耳障りな金属音がする。
その音を聞いてか、ビクリと肩を震わせて雄斗を怯えた目で見る者がいる。女だった。
「鉄骨を落としたのは君?」
雄斗は穏やかな口調を心がけたが、女は「来ないで! それ以上近寄ると飛び降りるわよ!」と自らの命を人質に、ヒステリックな態度だった。
「わかった、君が飛び降りようとしない限りは近寄らない」
雄斗はうなずき、「どうしてこんなことをしたの?」と女に尋ねる。
犯人の言うことを要約すると、例の兄妹の兄の方に片思いしていたが相手にしてもらえず、最近彼女が出来たのを知って逆恨みから犯行に及んだようだった。
「あの人は今日、妹を連れてこのビルの下を通って恋人へのプレゼントを買うつもりだったの。許せなかった。この手で葬ってやろうと思ったの」
……兄妹のスケジュールを把握している様子を見るに、どうやらこの女にはストーカー気質があるらしい。
「ああ、でも……彼の心が手に入らないなら私は生きていても仕方ないわ……」
犯人の女は屋上の手すりに手をかけ、身を投げようとする。
しかし、ヒーロースーツ・烈風をまとっている雄斗はそれよりも素早く犯人を捕らえていた。
「放して! 近寄らないでって言ったでしょ!」
「君が飛び降りようとしない限りは近寄らない、って言ったんだ。罪はちゃんと償ってほしい」
そうして、雄斗は「ああ、でもまた階段を降りていくのは少し面倒かな」と犯人を横抱きしたままビルから飛び降りた。
「きゃああああああ!?」
「さっきまで飛び降りようとしてたのに元気だね。しっかりつかまっててね」
雄斗は地上にズシン……と着地した。ナノメタル粒子がしっかりと雄斗を守ってくれている。
かくして、事件は解決。
雄斗は警察に犯人の身柄を引き渡したのであった。
しかし、犯人は惚れっぽい性格で、今度は雄斗に惚れ込んだらしい。
雄斗は寒気を覚えながら、「ヒーロースーツのまま顔を出さなくてよかった」と心の底から安堵したという。 - 執筆:永久保セツナ