幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
日常
日常
関連キャラクター:ヴァールウェル
- 雲間の向こう
- 程度を誤って煮過ぎた粥はぐずぐずだった。米粒は溶け出して殆ど形を保っていない。味は、当然見たから悪いものではないとは思うが、もう少し濃い目につけても良かっただろうか。久しく料理をする機会を逸していたから、こんな簡単な調理さえもままならない。自分は器用な方だと思っていたのだけれど、とヴァールウェルは苦く笑う。
「きっと消化に良いから構わないでしょう。起きたばかりの体に、濃い味付けではくどく感じてしまうかもしれませんし」
誰に向けるでもなく言い訳のように呟いて、ヴァールウェルはうんうんと一人頷く。思えば、彼の献身には助けられてばかりだ。勿論彼なしでは生きられないという訳ではないけれど、あれやこれやと先んじて気を回してくれるから、日々の生活の中での自分の領分が極々狭くなっていた。胡座をかいていた訳ではない。けれど余りにも当たり前になりすぎて、それを一方的に受けすぎていたと思う。彼の立場を考えれば、主であるヴァールウェルはそうする事こそが正しかったのだろうが、ヴァールウェル自身が望む事は少しばかり違う。彼を、ただの従者と捉えるのは、少し寂しい。
「まだ上手く体を動かせないでしょうから、僕が食べさせてあげる事にしましょう」
思えば、幼少の頃より預かった彼を、相応に甘やかしてやる事が出来なかった。あくまで『対価』であるという認識の彼が、それを由としなかったからだ。彼からすればそれが当然なのかもしれなかったが、幼い子供にはどれ程酷な事だったろう。今更遅いかもしれないけれど、こんな時くらいは甘えてほしい。匙に掬った粥を冷ましてやって、適温を口に含ませてやるのだ。素直に聞いてくれるとは思えなかったが、処置を施したばかりの体が重いのは事実だろう。それに彼の事だ、こちらが強行すれば従うほかないのだから。――そう考えて、ぎゅうと胸が痛む。甘やかす事さえ、こちらが強制しなければならないなんて。どこまでも並び立てはしない互いの立場がもどかしい。
盆に粥を盛った皿と匙、薬と白湯を乗せて、ヴァールウェルは彼の元へ向かう。自分は、彼の世話を焼く事が出来てこんなに嬉しいのに。恐縮して縮こまっているだろう彼を思って再び苦々しく笑う。そういうものだとして受け入れてきた彼を、その関係を、歯痒く感じるのは何故なのだろう。彼が『対価』として渡された存在である以上、変化しようのない現状が、取り巻く全てが、どうにも、どうしても。
ふる、と軽く頭を振って、盆をしっかりと握り直したヴァールウェルは足取りを確かに歩く。今はそんな詮無い考えよりも、彼の体の事だ。傷は深い。当分は安静にさせなければいけない。ふっと軽く息を吐いて、穏やかな気持ちを取り戻す。彼の前に立つ自分は、いつだって柔らかでいたいから。 - 執筆:杜ノ門