幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
とある魔族の日常
とある魔族の日常
関連キャラクター:ペッカート・D・パッツィーア
- 悪魔と契約
- 「浮気調査、ねぇ……。ローレットってのは探偵まがいの依頼も来るものなのか?」
ペッカートは椅子に座り、ローレットから回された仕事の依頼書を読みながら脚を組む。
「まぁ、ペットの猫探しよりはマシかね……アレは色々と大変だったからな……」
ファミリアーで猫を使役し、五感を共有してたった一匹の猫を探し出すという地道かつ地味な作業を思い出すに、できれば二度とやりたくないと思う。
何はともあれ、依頼人の元へ向かった。
彼女の話によれば、夫の帰りが遅く、いつも深夜、ときには朝帰りすることもあるという。
そして、夫からは必ず甘ったるい女物の香水の匂いがするのだそうだ。
「……いや、それもう浮気で確定だろ。俺が調査するまでもなくない?」
しかし、依頼人から夫の職業をよくよく聞くと、酒場でバーテンダーをしているそうだ。
そりゃ、酒場で働いているのであれば深夜や朝に帰ってくるのは当たり前だし、香水の匂いがうつることもあるだろう。浮気しているという確証がないのでモヤモヤした毎日を送っているのだそうだ。
「バーテンダー、モテるって言うしなぁ。たしかに微妙なところではあるが……」
そこで、当日の夜、ペッカートは早速その酒場に客として直接潜入した。
依頼人の夫というバーテンダーの男は、相当女遊びが激しいらしい。
客の女性とカウンター越しに手を握りながら口説いたり、店員の女性の腰に手を回したりとかなり親密な様子だ。
(おうおう、何股かけてんだこりゃ……調査報告したあとが見ものだな)
ペッカートはこのとき、他人事だと思って面白がっていたが、事態はペッカート本人にも関わる深刻なものになっていくのである。
数日、浮気男を監視して調査結果をまとめたペッカートは、喫茶店で再び依頼人に会った。
しかし、彼女はなぜかやつれているように見えた。
依頼人によると、浮気男が女を家に連れ込み、妻である依頼人は追い出されてしまったらしいのだ。
家を含めた全財産を巻き上げられたため、ローレットに調査費用を払えなくなってしまったと、彼女は目に涙を浮かべていた。
「おいおい、マジか……」
ローレットとしても、費用が回収できないのは困る。
何より、ペッカート自身が浮気男に腹を立てていた。
「俺がタダ働きなんて冗談じゃねぇぜ。あの野郎、悪魔を敵に回したらどうなるか教えてやる」
こうしてペッカートは依頼人を助けるため……というか自分の腹いせのために立ち上がったのであった。
ペッカートはある作戦を立てた。それは人間の醜さを引き出し、絶望させるには充分なものだ。
依頼人の家――今は浮気男とその浮気相手の女が住んでいる家だ――にやってきたペッカートは、対応に出てきた浮気相手の女に、営業スマイルで契約を持ちかけた。
「わたくし、悪魔のセールスマンでございます。ただいま、魂の買取キャンペーンを実施中です。ご不要な魂がございましたら、お金や寿命、美貌などに替えてみませんか?」
女はコロリと引っかかった。彼女は浮気男を籠絡して家を乗っ取ったあと、邪魔な男を片付けて財産を独り占めしたかったのだ。「ちょうど不要な魂がある」と、浮気男の魂を売ろうとした。
それに気付いた浮気男、「勝手に人の魂を売るな」と女と口論になる。
ペッカートは人間の醜悪さを嘲笑った。
「元の妻を捨てて不貞を働く男にはこの結末がふさわしいだろうよ。どうだ? 自分のパートナーだと信じた相手に裏切られた気分は? 感想を聞かせてくれよ」
そうしてペラリと男の目の前に突き出した契約書には、既に浮気相手の女がサインした、男の魂を売るという文字が踊っている。
真っ青になった浮気男は契約書を奪い取るが、悪魔の契約書は破れないし、燃えない。
とうとう土下座して契約破棄を乞い願った。
「この契約を破棄したいなら、元の妻に家と財産を返すんだな。それから、お前だ、お前」
ペッカートは浮気相手の女を指差す。
「お前、自分は関係ありませんって顔してるけど、慰謝料はきっちり払ってもらうからな。他人の旦那を奪っておいてお咎めなしだとでも思ってたのかよ? 金が払えなけりゃ、それこそお前の魂を売ってもらうから覚悟しておけ」
こうしてペッカートは依頼人から無事に調査費用を回収し、依頼人は穏便に離婚することができたそうな。
「人間の絶望を味わいつつ人助けもできる、勧善懲悪ってのも悪くないもんだな」とは本人の弁である。 - 執筆:永久保セツナ