PandoraPartyProject

幕間

とある魔族の日常

関連キャラクター:ペッカート・D・パッツィーア

魔族流暇潰し
 ある街で雑踏の中をペッカートは歩いていた。
 なんて事はない。暇潰しに散歩していたのだ。
「――!? ――!!」
「あん?」
 適当にぶらぶらしていると、ある時ペッカートの耳に僅かだが不穏な音が聞こえてきた。
 退屈していたペッカートは、音のする方へ足を向けることにする。

 表通りから裏通りへ移動すると、思った通り"面白い光景"が広がっていた。
 そこにいたのは一組の男女。女は上等な服を身に纏い、それなりに裕福だという事が分かる。
 いや、裕福だったというべきかか。
 今は、首が深々と切り裂かれて鮮血が溢れている。既に事切れていると見ていいだろう。
 一方で男の方はというと、薄汚いぼろを纏い、赤く染まったナイフを握りしめながら、浅ましく女の鞄を漁っていた。
「……なるほどねぇ」
「っ!? てめぇ!!」
「まぁ、落ち着けって。邪魔はしないから好きにすればいいさ」
「だったら、この女みたいになる前にどっかに消えろ!」
 男は目を血走らせながらナイフを突きつける。
 が、ペッカートは冷静だ。素人であることは明白。怖くはない。
 両手を挙げて男を落ち着かせようとするが、男は聞く耳を持たず今にも切りかかって来そうだ。
「別に邪魔はしないけどさ、少し俺の遊びに付き合ってくれよ?」
「遊びだと? ふざけんな!!」
 一転して放たれた挑発的な言葉に激昂し、男はペッカートを刺そうとナイフを突きつけたまま走り出し、ペッカートはにやりと不敵な笑みを浮かべながら待ち構える。
 ナイフの切っ先が触れようとしたその瞬間。
 男の足が止まった。
「なん、だ!? 体が動かねぇ!!」
「あー、オッサン。俺と遊ぶのは決定事項なんだぜ。拒否権なんて初めからねぇよ」
「てめぇの仕業か! なんだか知らねぇが離しやがれ! ぶっ殺してやる!!」
 男の足が止まったのは、ペッカートの指先から伸びる目に見えぬほどに細い魔力糸に縛られた為だが、戦闘経験などない男にそれが分かるはずもない。
 ただ、ペッカートが何か仕掛けたらしい事はその口振りから理解したらしく、殺意を激しく迸らせながら口汚く罵ってきた。
「うらせぇなぁ。ほら、口閉じてその辺で踊れって。せいぜい俺を楽しませろよ?」
「んぐぅ!?」
 ペッカートが十指を踊らせると、男はまるで操り人形のように踊り始める。
 操り手の技量のせいか、奇妙で滑稽で意味不明な踊りを。
「ハハハハハ! ……はぁ、もう飽きたしいいや」
「んん~っ!!」
 暫く男を弄んでいると、不意にペッカートはこの男がどうでもよくなった。
 用が済んだ玩具は捨てるだけだ。
 糸をすっと動かすと、男の右腕が雑巾のように捻られ、取り落としたナイフが乾いた音を響かせる。
 これまでに募らせていた恐怖とこの痛みによって男は酷い恐慌状態へと陥り、解放された瞬間にその場から脱兎の如く逃げ出した。
「だ、誰か! 誰か助けてくれぇ!!」
 そう叫びながら逃げる男の背中を眺めながら、ペッカートはやはり嗤う。
「ばーか。逃がすわけねぇだろ?」
 腕を前に伸ばし広げた手を閉じると――捉えた。
 その手に握られていた揺らめく炎のようなものはあの男の魂。
 それを顔の近くまでに持ってくると、ゆっくりと握り潰していく。
 まるで、果実を搾るように。
「…………」
 果汁の代わりに零れてきた、どす黒くて粘りけのある液体のようなナニカ。それを大きく開けた口で受け止め嚥下していけば、ペッカートの頭の中に記憶がちらつく。
 それはあの男の記憶。
 ごくごく普通の家庭に生まれ、普通に育ち、普通に仕事をしていた。ちょっとした不運が積み重なって、それまでの全てを失い浮浪者にまで落ちぶれた、ありふれた不幸の記憶。
「ん~、あんま美味くなかったな」
 だが、そんなものに興味はない。重要なのは味だ。
 もともとそれほど質のいい魂ではなかったのだろう。強い恐怖に彩られてもなお、食えないことはないといったところか。
 口元を拭うと、その場を離れ表通りの雑踏の中へと消えていく。その頃にはもう、男の事などペッカートの記憶の中から消えていた。
執筆:東雲東
『真なる神』
「はぁ、まいったねぇ、こりゃ」

 ペッカートは魔法陣の前で肩をすくめる。
 魔法陣のまわりでは正気を失った人々が泡を吹いていた。
 そして、魔法陣からは名状しがたい何かが、混沌世界へと進出しようとしていた……。

 この事件の発端は、ペッカートがとある教団から「召喚に協力してほしい」と依頼されたことである。
 その教団が、とても胡散臭く……あろうことか、「混沌世界に真なる神を降臨させたい」ときたものだ。
 しかし、ペッカートは遊び半分で協力することにした。協力してしまった。

 その結果が、これである。

「あ、あばぁ~……」

「イヒ、イヒ……」

 ペッカートが協力したおかげで教団の曰く『真なる神』とやらの召喚に何故か成功してしまったというのに、その神の姿を直接見ただけで、教団の信徒たちは一時的に発狂し、言葉にならない言葉を垂れ流すのみ。
 その『神』が、まだ「指の先しか見せていない」にもかかわらず、である。
 どうも、魔法陣が想定より小さすぎて、教団の信奉する『真なる神』は指先を出すだけで身体どころか手を出すことすら出来ないらしい。

「いや、自分たちが召喚する神のサイズくらい把握しておけよ。トイレの詰まりみてぇになってるじゃねぇか」

 もちろん、魔族であるペッカートは、この名状しがたき何かを直視したくらいで正気を失うわけがない。
 とはいえ、これをこのまま放置するわけにも行くまい。
 まだ指先だけとはいえ、これが混沌世界を侵食すればちょっとした世界の危機だし、その過失を自分に問われると言い逃れできないのも事実だ。面白半分で召喚に協力してしまった手前、その責任の一端は自分にある。

「はぁ~あ、トイレの詰まりを直すのは俺の仕事じゃねぇんだけどなぁ。とりあえず真なる神サマとやらにはお帰り願うしかねぇか」

 とはいっても、この「トイレの詰まり」、指の先しか出ていないとはいえ、腐っても神。最高威力の魔砲を連発しなければとても歯が立たないだろう。
 ペッカートはコキコキと首の骨を鳴らしながら、戦闘態勢に入るのであった。

 ――結果、なんとか『真なる神』を魔法陣の中に押し戻し、魔法陣もさっさと消して、世界の危機未遂をなかったことにしたのである。

「それにしても、コイツらもどうしたもんかねぇ……」

 ペッカートは一時的にとはいえ正気を失っている教団の信徒たちを眺めていた。

「思ってたより面倒なことに首を突っ込んじまったなぁ」

 そう言いながらも、一時的発狂を起こしている人間たちを見るのは面白いので、ペッカートの口角はつり上がっていたのである。
 一時的なものだ、放置しても勝手に正気を取り戻すだろうし、もう二度と『真なる神』とやらを召喚する気など起こさないだろう。
 触らぬ神に祟りなし、召喚して従えようなどもってのほか。

「しかし、まさかマジで神サマが召喚できるとは思わなんだ」

 これだから、混沌世界は愉快痛快極まりない。
 あの神サマも混沌世界に完全に召喚が成功していたら、LV1の法則が適用されていたのだろうか?
 そうなったら、確実に自分よりは弱くなったはず。待てよ、それだったら無理にお帰り願わなくても世界の危機にはならなかったのではないか……?

「……まぁ、いいか。あんな代物、こっちには来ないに越したことはない」

 ペッカートは首を横に振って自分の考えを打ち消した。
 常人がひと目見ただけで発狂を引き起こすような神サマがイレギュラーズになるなんて、何かのたちの悪い冗談だろう。
 とにかく、自分の協力依頼は達成したのだ。もうここに用はない。
 ペッカートは依頼料の入った封筒を机からひったくると、鼻歌を歌いながらその場を立ち去ったのだった。
デビル・ロール
 サイコロを投げて何度も何度もファンブルを垂れ流す。
 運のひどく悪い日だって楽しかったら擁せる筈だ。
 筈だったのだ、オマエは籤運も奈落らしく、只、結果として嘲りの的で在った。
「……なあ」
 科学の力は凄まじいし、魔法の便利さは途轍もない、そんな事は悪魔にとって当たり前の事だし、何も今更、驚く必要のない沙汰だ。
 きっと何処かの莫迦が現状を、現象を引き起こした所為でロクでもない無様に晒されているのだろう。
「……おい」
 日常的な話だ。非日常的な御伽噺だ。
 まるで、境界、物語の中に迷い込んだヒューマンの錯乱。
 それに等しい、似たような困惑に巻き込まれている。
 精神的な状況ではない、物理的な状態だ。もぞもぞと芋虫めいて身体を動かしてみた、蠢かせてみた。
「……クソッタレ、聞いてんのかよ」
 予定調和に喰われた悪役めいていた。酩酊したご都合主義な天使様に騙された。
 そんな、反吐が出るような思いに苛まれつつ、改めて、今を反芻する。
 カーペットだ。
 レッド・カーペットに包まっている。
 ふざけているのか、この世界の不在証明とやらは何処に失せた。
「チクショウが……こんな事になったのも全部※※の所為じゃねえか。ええ? おい、いくら面白ければ良いって言っても限度があんだよ? 友達にしてやろうか」
 俎板の上の鯉とでも描写すべきか。
 ピチピチと溌溂なオマエは、ペッカートは、己が思っているよりも憤懣としているらしい。
 最低下衆と称されたフリークスも転がしてしまえば赤子同然に愛おしいと謂うワケだ。
「……ところで、いつになったら解放されるんだよ」
 それは勿論、オマエをカーペット巻きにした誰かさんの愉悦が腹十分目になるまでだ。
 おくすりを燃やして吸い込んでグッスリだったオマエが悪い。
「あの胡散臭い※※の奴、今度は直に燃やしてやるぜ……」
 彼方からの哄笑が耳朶を弄ってくる、怒髪天、漸くオマエは抜け出せた。
執筆:にゃあら
悪魔と契約
「浮気調査、ねぇ……。ローレットってのは探偵まがいの依頼も来るものなのか?」

 ペッカートは椅子に座り、ローレットから回された仕事の依頼書を読みながら脚を組む。

「まぁ、ペットの猫探しよりはマシかね……アレは色々と大変だったからな……」

 ファミリアーで猫を使役し、五感を共有してたった一匹の猫を探し出すという地道かつ地味な作業を思い出すに、できれば二度とやりたくないと思う。

 何はともあれ、依頼人の元へ向かった。
 彼女の話によれば、夫の帰りが遅く、いつも深夜、ときには朝帰りすることもあるという。
 そして、夫からは必ず甘ったるい女物の香水の匂いがするのだそうだ。

「……いや、それもう浮気で確定だろ。俺が調査するまでもなくない?」

 しかし、依頼人から夫の職業をよくよく聞くと、酒場でバーテンダーをしているそうだ。
 そりゃ、酒場で働いているのであれば深夜や朝に帰ってくるのは当たり前だし、香水の匂いがうつることもあるだろう。浮気しているという確証がないのでモヤモヤした毎日を送っているのだそうだ。

「バーテンダー、モテるって言うしなぁ。たしかに微妙なところではあるが……」

 そこで、当日の夜、ペッカートは早速その酒場に客として直接潜入した。
 依頼人の夫というバーテンダーの男は、相当女遊びが激しいらしい。
 客の女性とカウンター越しに手を握りながら口説いたり、店員の女性の腰に手を回したりとかなり親密な様子だ。

(おうおう、何股かけてんだこりゃ……調査報告したあとが見ものだな)

 ペッカートはこのとき、他人事だと思って面白がっていたが、事態はペッカート本人にも関わる深刻なものになっていくのである。

 数日、浮気男を監視して調査結果をまとめたペッカートは、喫茶店で再び依頼人に会った。
 しかし、彼女はなぜかやつれているように見えた。
 依頼人によると、浮気男が女を家に連れ込み、妻である依頼人は追い出されてしまったらしいのだ。
 家を含めた全財産を巻き上げられたため、ローレットに調査費用を払えなくなってしまったと、彼女は目に涙を浮かべていた。

「おいおい、マジか……」

 ローレットとしても、費用が回収できないのは困る。
 何より、ペッカート自身が浮気男に腹を立てていた。

「俺がタダ働きなんて冗談じゃねぇぜ。あの野郎、悪魔を敵に回したらどうなるか教えてやる」

 こうしてペッカートは依頼人を助けるため……というか自分の腹いせのために立ち上がったのであった。

 ペッカートはある作戦を立てた。それは人間の醜さを引き出し、絶望させるには充分なものだ。
 依頼人の家――今は浮気男とその浮気相手の女が住んでいる家だ――にやってきたペッカートは、対応に出てきた浮気相手の女に、営業スマイルで契約を持ちかけた。

「わたくし、悪魔のセールスマンでございます。ただいま、魂の買取キャンペーンを実施中です。ご不要な魂がございましたら、お金や寿命、美貌などに替えてみませんか?」

 女はコロリと引っかかった。彼女は浮気男を籠絡して家を乗っ取ったあと、邪魔な男を片付けて財産を独り占めしたかったのだ。「ちょうど不要な魂がある」と、浮気男の魂を売ろうとした。
 それに気付いた浮気男、「勝手に人の魂を売るな」と女と口論になる。
 ペッカートは人間の醜悪さを嘲笑った。

「元の妻を捨てて不貞を働く男にはこの結末がふさわしいだろうよ。どうだ? 自分のパートナーだと信じた相手に裏切られた気分は? 感想を聞かせてくれよ」

 そうしてペラリと男の目の前に突き出した契約書には、既に浮気相手の女がサインした、男の魂を売るという文字が踊っている。
 真っ青になった浮気男は契約書を奪い取るが、悪魔の契約書は破れないし、燃えない。
 とうとう土下座して契約破棄を乞い願った。

「この契約を破棄したいなら、元の妻に家と財産を返すんだな。それから、お前だ、お前」

 ペッカートは浮気相手の女を指差す。

「お前、自分は関係ありませんって顔してるけど、慰謝料はきっちり払ってもらうからな。他人の旦那を奪っておいてお咎めなしだとでも思ってたのかよ? 金が払えなけりゃ、それこそお前の魂を売ってもらうから覚悟しておけ」

 こうしてペッカートは依頼人から無事に調査費用を回収し、依頼人は穏便に離婚することができたそうな。

「人間の絶望を味わいつつ人助けもできる、勧善懲悪ってのも悪くないもんだな」とは本人の弁である。

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