幕間
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とある魔族の日常
とある魔族の日常
関連キャラクター:ペッカート・D・パッツィーア
- 『真なる神』
- 「はぁ、まいったねぇ、こりゃ」
ペッカートは魔法陣の前で肩をすくめる。
魔法陣のまわりでは正気を失った人々が泡を吹いていた。
そして、魔法陣からは名状しがたい何かが、混沌世界へと進出しようとしていた……。
この事件の発端は、ペッカートがとある教団から「召喚に協力してほしい」と依頼されたことである。
その教団が、とても胡散臭く……あろうことか、「混沌世界に真なる神を降臨させたい」ときたものだ。
しかし、ペッカートは遊び半分で協力することにした。協力してしまった。
その結果が、これである。
「あ、あばぁ~……」
「イヒ、イヒ……」
ペッカートが協力したおかげで教団の曰く『真なる神』とやらの召喚に何故か成功してしまったというのに、その神の姿を直接見ただけで、教団の信徒たちは一時的に発狂し、言葉にならない言葉を垂れ流すのみ。
その『神』が、まだ「指の先しか見せていない」にもかかわらず、である。
どうも、魔法陣が想定より小さすぎて、教団の信奉する『真なる神』は指先を出すだけで身体どころか手を出すことすら出来ないらしい。
「いや、自分たちが召喚する神のサイズくらい把握しておけよ。トイレの詰まりみてぇになってるじゃねぇか」
もちろん、魔族であるペッカートは、この名状しがたき何かを直視したくらいで正気を失うわけがない。
とはいえ、これをこのまま放置するわけにも行くまい。
まだ指先だけとはいえ、これが混沌世界を侵食すればちょっとした世界の危機だし、その過失を自分に問われると言い逃れできないのも事実だ。面白半分で召喚に協力してしまった手前、その責任の一端は自分にある。
「はぁ~あ、トイレの詰まりを直すのは俺の仕事じゃねぇんだけどなぁ。とりあえず真なる神サマとやらにはお帰り願うしかねぇか」
とはいっても、この「トイレの詰まり」、指の先しか出ていないとはいえ、腐っても神。最高威力の魔砲を連発しなければとても歯が立たないだろう。
ペッカートはコキコキと首の骨を鳴らしながら、戦闘態勢に入るのであった。
――結果、なんとか『真なる神』を魔法陣の中に押し戻し、魔法陣もさっさと消して、世界の危機未遂をなかったことにしたのである。
「それにしても、コイツらもどうしたもんかねぇ……」
ペッカートは一時的にとはいえ正気を失っている教団の信徒たちを眺めていた。
「思ってたより面倒なことに首を突っ込んじまったなぁ」
そう言いながらも、一時的発狂を起こしている人間たちを見るのは面白いので、ペッカートの口角はつり上がっていたのである。
一時的なものだ、放置しても勝手に正気を取り戻すだろうし、もう二度と『真なる神』とやらを召喚する気など起こさないだろう。
触らぬ神に祟りなし、召喚して従えようなどもってのほか。
「しかし、まさかマジで神サマが召喚できるとは思わなんだ」
これだから、混沌世界は愉快痛快極まりない。
あの神サマも混沌世界に完全に召喚が成功していたら、LV1の法則が適用されていたのだろうか?
そうなったら、確実に自分よりは弱くなったはず。待てよ、それだったら無理にお帰り願わなくても世界の危機にはならなかったのではないか……?
「……まぁ、いいか。あんな代物、こっちには来ないに越したことはない」
ペッカートは首を横に振って自分の考えを打ち消した。
常人がひと目見ただけで発狂を引き起こすような神サマがイレギュラーズになるなんて、何かのたちの悪い冗談だろう。
とにかく、自分の協力依頼は達成したのだ。もうここに用はない。
ペッカートは依頼料の入った封筒を机からひったくると、鼻歌を歌いながらその場を立ち去ったのだった。 - 執筆:永久保セツナ