PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

おいしいはなし

関連キャラクター:ニル

マスリハとレイヤーケーキを君と
●シャークな一日の後で
 鮫好きなフリーパレットを送った翌日のことだった。
「やあ、ニル。昨日はお疲れ様」
 イレギュラーズたちにフリーパレットのことを頼んだ情報屋の男――雨泽が、今日は何をしようかなと三番街(セレニティームーン)を散歩していたニルへと声を掛けた。
 時間帯は、お昼時。
 昨日の話も聞きたいなと言う雨泽にランチを誘われ、断る理由もないニルは「はい」と柔らかに微笑んだ。
「食べたいものはあるかな」
「雨泽様のおすすめが食べたいです」
「それならね……」
 イレギュラーズたちに仕事を紹介する立場の男は、当然だが情報通だ。情報収集のためにシレンツィオ・リゾート内の店々によく顔を出している。
「ニルは魚は食べれたよね。それなら、『マスリハ』はどうかな」
「マスリハ、ですか?」
 首を傾げる。言葉の響きからは全然想像がつかない料理名だ。
「はい。ニルは、それを食べてみたいです」

 三番街にある白壁のレストランは、扉を開けた途端に見を包み込むほどのスパイスの香りがした。
 海が望める大きな窓の嵌った窓際の席を勧められ、向かい合って座る。注文はマスリハをふたつと、食後の紅茶とレイヤーケーキ。昨日のフリーパレットと話したこと、鮫遊びとスイカ割り、それから皆で食べたスイカや魚がとても『おいしい』と思えたこと。楽しげな様子のニルに相槌を打つ雨泽も楽しげに聞き、そうして丁度ニルのお話しが一段落つこうかとした頃、店員がふたり分のマスリハを持ってきた。
「これが、マスリハ……」
 丸みのある白い大きなお皿にはお魚が寝転がっていた。
 お布団はどちらかというと黄色味が強いカレー色。練達で食べられているカレーのようなどろっとした感じはない、スープ。香りもカレーの香りだけれど、どこか甘い匂いもあるような気がした。
「いただきます」
 手を合わせてぺこりとお魚に頭を下げ、スプーンを握ってまずはスープを口にした。
 味は、よくわからない。けれど雨泽がココナッツミルクで作られているからマイルドであること、ぶつ切りにした大きな魚を使うからよく出汁がスープに出ていることを教えてくれる。
「ほら、見てごらん」
 雨泽が視線を向ける先には、ニルの姿よりも小さな男の子が母親と一緒に「おいしいね!」と笑顔を浮かべている。何杯でも食べれそうと口元が汚れるのも構わずに食欲を発揮した子どもに微笑ましい表情をする母親に、美味しそうに食べてくれる姿に嬉しそうな店員の笑顔。
 ――これは、『おいしい』ですね。
 一緒に食べている雨泽はいつも笑顔だけれど、彼は食事が好きなのだろう。「君も気に入ってくれるといいな」と口にする言葉が柔らかい。
 魚にスプーンを押し当てれば、スプーンでも切れる柔らかさ。スープと絡めて口にして、ニルは『おいしい』ひとときを味わった。
「レイヤーケーキはね、『祝い事を重ねる』って意味があるんだよ」
「おいわいごと、ですか?」
「そう。この辺りだと結婚式の引き出物やお土産で喜ばれているんだ」
 マスリハを食べ終えると出てきた小さなケーキは、横から見ると沢山の層が連なっていた。
(おいわいをかさねる……きっとそれは『おいしい』と『しあわせ』ですね)
 添えられた生クリームは教会で降り立つ白鳩のようで、ニルは小さく微笑んでケーキを一口ぱくり。『おいしい』。
 この店で出てきたのはほんのりオレンジの香りのする紅茶風味のレイヤーケーキだが、お土産物屋さんでは日持ちのするものや違う味のものも売られているのだと雨泽が教えてくれる。ニルも友人へのお土産にどう? と。
 他国の友人へのお土産にし、また一緒に食べれば――きっとまた『おいしい』と『しあわせ』なひと時を味わえることだろう。
執筆:壱花

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