PandoraPartyProject

幕間

おいしいはなし

関連キャラクター:ニル

あなたとフルーツサンド
「もう間も無く、ご注文カウンターへご案内出来ますので。こちらのメニューをご覧になってお待ちください」
 とっても道が混んでいるのです。ぽかぽかの陽気に誘われて出歩く人も多い季節ですからね、と深く考えずに歩いていたニルである。まさか、知らないうちに何かの店の行列に紛れ込んでいるだなんて。鮮やかな色が躍る紙と手渡してきた女性とを交互に見て、思わず「はい、ありがとうございます」と答えてしまったのは次から次へと浮かぶ疑問符に押し流されてしまったせいだった。
「買えてよかったぁ!」
 列の先の方から聞こえた声が、抜けようか迷う足を止める。うれしい。大事そうに両手で持った紙袋。何かを食べながら歩く人の笑顔。どれもキラキラと輝いていて見えた。
 ——もし、ナヴァン様が食べたら?
 ふと思い出した顔がどんなふうに変わるのか、興味が湧いたニルは真剣にメニューとのにらめっこを始めた。

 厳選された旬の果物とこだわりのクリームを自家製食パンに挟み、いろんな味が楽しめるようにと1/4カットにして箱に詰めてくれる。ニルが並んでいたのはそんなフルーツサンドのテイクアウト専門店だった。
 ホワイト・ピンク・ルビーのグラデーションが綺麗なグレープフルーツはほろ苦かったり甘みが強かったり、少しずつ違う味を生クリームの甘さがしっとり包む。
 夏蜜柑や八朔、オレンジなどの柑橘類をたくさんサンドしたものは粒の食感もそれぞれで、さっぱりとしたクリームにはマーマレードが混ぜ込んである。
 ごろっと大きなメロンはみずみずしく、濃厚で上品な果汁を味わえるよう、甘さ控えめで酸味のあるヨーグルト風味のクリーム。
 まあるい橙色は珍しいびわのサンドで、柑橘と比べてやわらかい果肉と優しい甘さにほんのり酸味。隠し味のカスタードクリームで満足感はタルトのよう。
 店員さんから聞いたオススメはどれも華やかで、いざショーケースを前にしたらそれだけで心が躍る。『おいしい』はまだわからないことが多いけれど、行列に並んでも欲しい気持ちには少しだけ納得してしまったニルである。
 研究所へ向かう道すがら、取り出したのは飾り切りで咲いたチューリップがかわいらしい苺とキウイのサンド。ケースの中で一番にニルの目に留まったものだった。
 「美味しい」「甘いね」とベンチで頬張るお母さんと小さな女の子の横を通り抜け、ほわほわ、ワクワク。春の陽気に駆け出しそうな気持ちとフルーツサンドを抱えてニルは行く。自然な笑みと真っ白なクリームを頬に添えて——
執筆:氷雀
飴細工師と月下香
 黒髪の女が、屋台で気だるげに扇をあおいでる。
 夕方になって涼しい風が吹き込んできたが、それでも一足早い夏の気配は豊穣特有の湿った暑さをもたらしていた。あまりにも暑いので、女が髪にさしている白い造花が、ニルには萎れて見えるほどであった。
「お嬢ちゃん、買っていくかい?」
 見れば、女の広げている店には、華奢な飴細工がいくつも並んでいる。兎、小鳥、蝶といった小型のものから、大輪の花や翼持つ馬といった大型のものまで。
「これ以外にも、欲しければ作るよ」
 ニルは考え込む。
「それなら、お花は出来ますか? その、髪にさした花みたいな、花びらの多い、白い花」
 女が髪にさした大輪の白い花をニルはじっと見つめる。女は居心地悪そうに少し顔をそむけた。
「あー、花ねぇ。花に関してはあいつの方が作るのは十倍は上手いんだけどさ」
「どんな方なんですか?」
「腐れ縁の、まあ、『いい人』さ……あいつめ、ちょっと晩飯買ってくるといって……どこまで行ったんだか……」
 女は、屋台に備え付けてある飲食用の椅子に、ニルを誘うように手招いた。
「ま、お茶くらいは出すよ。あいつが来るまでちょっと待ってくれないかい?」

 月下香、と女は造花をさしていった。
「夜になるとそりゃあいい香りを出す花でさ。あたしが身に着けていたのを見て、あいつが飴細工の花を作って渡したのがことの始まりだ」
 女の出した茶は変わったもので、湯の中で乾燥された花の蕾がふわりとほころんでいくものであった。
「もうこれは作って時間が立つからさ、タダでいいよ」
 渡されたのは小鳥型の飴。それを舐めながら、ニルは女の話を聞く。
 飴の味。そして、女の身の上話の苦さ。何度も女の話に姿を現す『あいつ』は、女の語りに光の様なアクセントを残す。
「この世なんて滅茶苦茶になればいいといってたあたしに、あいつは沢山の飴細工を渡してくれた。あいつと会うまで、飴細工が好きだったことを思い出すことすらなかったっていうのに」
「幸せをくれたのです?」
「ああ、最初はかご一杯の飴細工。そしてそれを一緒に食べる時間。売り歩く時間。段々あたしも飴の作り方を覚えていってさ」
「それが、この味ですか」
 小鳥は女が作ったものだという。
「そうだ。幸せなものだといいけどねえ……ああ、あいつめ、ようやく帰ってきた!」
 立ち上がって手を振る女に、食べ物の包みを抱えた善良そうな年下の若者が駆け寄っていった。
 彼女の人生は苦く、しかし、その後に手にした幸せは甘く、確かに彼女の飴はニルにとって愛おしく「おいしい」ものであった。
執筆:蔭沢 菫
マスリハとレイヤーケーキを君と
●シャークな一日の後で
 鮫好きなフリーパレットを送った翌日のことだった。
「やあ、ニル。昨日はお疲れ様」
 イレギュラーズたちにフリーパレットのことを頼んだ情報屋の男――雨泽が、今日は何をしようかなと三番街(セレニティームーン)を散歩していたニルへと声を掛けた。
 時間帯は、お昼時。
 昨日の話も聞きたいなと言う雨泽にランチを誘われ、断る理由もないニルは「はい」と柔らかに微笑んだ。
「食べたいものはあるかな」
「雨泽様のおすすめが食べたいです」
「それならね……」
 イレギュラーズたちに仕事を紹介する立場の男は、当然だが情報通だ。情報収集のためにシレンツィオ・リゾート内の店々によく顔を出している。
「ニルは魚は食べれたよね。それなら、『マスリハ』はどうかな」
「マスリハ、ですか?」
 首を傾げる。言葉の響きからは全然想像がつかない料理名だ。
「はい。ニルは、それを食べてみたいです」

 三番街にある白壁のレストランは、扉を開けた途端に見を包み込むほどのスパイスの香りがした。
 海が望める大きな窓の嵌った窓際の席を勧められ、向かい合って座る。注文はマスリハをふたつと、食後の紅茶とレイヤーケーキ。昨日のフリーパレットと話したこと、鮫遊びとスイカ割り、それから皆で食べたスイカや魚がとても『おいしい』と思えたこと。楽しげな様子のニルに相槌を打つ雨泽も楽しげに聞き、そうして丁度ニルのお話しが一段落つこうかとした頃、店員がふたり分のマスリハを持ってきた。
「これが、マスリハ……」
 丸みのある白い大きなお皿にはお魚が寝転がっていた。
 お布団はどちらかというと黄色味が強いカレー色。練達で食べられているカレーのようなどろっとした感じはない、スープ。香りもカレーの香りだけれど、どこか甘い匂いもあるような気がした。
「いただきます」
 手を合わせてぺこりとお魚に頭を下げ、スプーンを握ってまずはスープを口にした。
 味は、よくわからない。けれど雨泽がココナッツミルクで作られているからマイルドであること、ぶつ切りにした大きな魚を使うからよく出汁がスープに出ていることを教えてくれる。
「ほら、見てごらん」
 雨泽が視線を向ける先には、ニルの姿よりも小さな男の子が母親と一緒に「おいしいね!」と笑顔を浮かべている。何杯でも食べれそうと口元が汚れるのも構わずに食欲を発揮した子どもに微笑ましい表情をする母親に、美味しそうに食べてくれる姿に嬉しそうな店員の笑顔。
 ――これは、『おいしい』ですね。
 一緒に食べている雨泽はいつも笑顔だけれど、彼は食事が好きなのだろう。「君も気に入ってくれるといいな」と口にする言葉が柔らかい。
 魚にスプーンを押し当てれば、スプーンでも切れる柔らかさ。スープと絡めて口にして、ニルは『おいしい』ひとときを味わった。
「レイヤーケーキはね、『祝い事を重ねる』って意味があるんだよ」
「おいわいごと、ですか?」
「そう。この辺りだと結婚式の引き出物やお土産で喜ばれているんだ」
 マスリハを食べ終えると出てきた小さなケーキは、横から見ると沢山の層が連なっていた。
(おいわいをかさねる……きっとそれは『おいしい』と『しあわせ』ですね)
 添えられた生クリームは教会で降り立つ白鳩のようで、ニルは小さく微笑んでケーキを一口ぱくり。『おいしい』。
 この店で出てきたのはほんのりオレンジの香りのする紅茶風味のレイヤーケーキだが、お土産物屋さんでは日持ちのするものや違う味のものも売られているのだと雨泽が教えてくれる。ニルも友人へのお土産にどう? と。
 他国の友人へのお土産にし、また一緒に食べれば――きっとまた『おいしい』と『しあわせ』なひと時を味わえることだろう。
執筆:壱花
大切なものだから
 それは街中で迷子の子を見つけたのがきっかけだった。大切そうに鞄を抱えて泣きべそをかきながら歩いているその子をニルは見過ごせなかった。
 手を差し出し、声をかけて両親を探しに行く。ニルの見た目もあってかその子は素直についてきてくれた。

「ありがとうございました!」
 迷子の子の両親は思ってたよりあっさり見つかった。そこまで離れていない公園で声を上げて探す大人の男女の姿かあったからだ。
「無事にお父さんとお母さんに会えてよかったです」
「あの、えっと、おにいちゃん? おねえちゃん?」
 ぎゅっと母親に泣きついていた子供が顔を上げて改めてニルを見て問うた。
「ニルはニルでいいですよ」
「じゃあ、ニル。これ、あげる」
 ごそごそとずっと大切そうに抱えていた鞄からその子が取り出したのはお菓子だった。丸い形の中にアイシングでかわいい見た目のデコレーションのされた大きめのクッキーだ。
 それを見て両親が不思議そうに首を傾げた。
「それはお前が帰ったら大事に食べるんだと言っていたクッキーじゃないか。いいのかい?」
「いいの、ニルは助けてくれたから」
「そう、だったら私たちは何も言わないわ。ニルさん、受け取ってくださる?」
 ここまで言われてしまえば大事なものだとしてもいらないとは言いにくかった。差し出されたクッキーを受け取る。
 食べてと目で訴える子供。少しだけ迷ってから袋を開けてニルはそれを口にした。サクッとした触感が伝わってくる。ほんのりと甘い、だがそれはあくまでもクッキーの情報でしかなく。
 それよりなによりニルにとって大事だったのは、
「おいしい?」
 心配と期待を込めた目で自分を見る迷子だった子の視線。それを微笑ましい目で見るその子の両親。クッキーが感謝の気持ちを込めて自分に与えられたのだということ。
「ああ、これは……『おいしい』のです」
 やったー! と喜ぶ子供を見て感じるあたたかかなもの。
 ふわりとニルの顔に浮かんだ微笑みは喜びと幸せで満ちていた。
執筆:心音マリ

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