幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
ブルービート・ダイアリー
ブルービート・ダイアリー
関連キャラクター:イズマ・トーティス
- 歌おう、高らかに
- 「楽曲制作の依頼……か」
ローレットから斡旋された任務の内容は、たしかにイズマにはぴったりのものだった。
まず、海洋の彼の領地にある孤児院からの申し入れであること。
そして、イズマ・トーティスが音楽に携わる人物であることだ。
彼は、「まずその孤児院の様子が見たい」と、領内のその施設にやってきた。
門に着くと、孤児院の子どもたちが笑いながら駆け回っているのが見て取れた。
その笑い声は、自分たちに親がいない寂しさを感じさせない、心の底から人生の子供時代を楽しんでいる「音」だ。
キィ、と錆びついた門を開けると、イズマの存在に気づいた子どもたちがそれぞれの反応を見せる。
興味深そうに遠巻きに観察する子供、少し不安そうな様子を見せるのは人見知りの子供だろうか。
しかし、大多数は見知らぬイズマに駆け寄って、「こんにちは!」と元気に挨拶してくれた。
「お兄さん、だぁれ?」
「俺はイズマ。ここの院長さんに用があってやってきたんだ」
「じゃあ、いんちょー先生のとこまで案内してあげる!」
そこからは、たくさんの子どもたちに囲まれ、腕や服の裾を引っ張られながら院長室まで連れて行ってもらった。
「ここまでご苦労でしたな。子どもたちは元気すぎて大変でしたでしょう」
孤児院の院長は穏やかな態度で、イズマにお茶を出してくれた。
「いや、元気なのはいいことだ。人懐っこくていい子たちだな」
院長には言わないが、正直なところ、孤児院がもしも子どもたちになにか酷いことをしているようなら依頼を断ろうと思っていたのだ。
「ところで、なぜ楽曲制作の依頼を?」
「我が孤児院にはピアノがありまして、子どもたちに歌や音楽を教えております。将来、音楽や歌、踊りの道に進んでそれで生活する子もいるでしょう。特に歌や踊りは初期投資がなくてもできますからな」
孤児院を出た子供が自立した生活を送るための、そういった教育の一環らしかった。
「ただ……子どもたちがあまりにも熱心に音楽にのめり込んでしまって、わたくしどもの知っている限りの音楽は一通り覚えてしまったのです。音楽教師を雇っても良いのですが、ローレットは格安で依頼を引き受けてくださるので……」
「それで俺に楽曲を作って欲しい、と? しかし、その曲も覚えられてしまっては終わりだろう」
「もうひとつ、理由がございます」
院長はお茶を口に含んで喉を湿らせた。
「今月で、孤児院を出ることになった子どもたちがおります。その子達の思い出づくりのために、門出の祝いとして歌をプレゼントしたいのです」
「ふむ……だいたい事情はわかった。依頼は受けるが、その前に……」
「なんでしょう?」
「少しピアノを見せてもらえないだろうか」
院長や部屋の外に待機していた子どもたちに連れられてピアノのある部屋に行くと、思った通り、ピアノは調律されていなかった。
おそらく、調律師を雇うお金もないのだろう。
イズマがピアノの調子を見ている間、子どもたちは不思議そうに彼を見つめていた。
「――うん、これでよし」
イズマはおもむろにピアノを弾き始める。
さらに、ギフトの響音変転で足を踏み鳴らすと、そこからはドラムの音が流れてきた。
「すっごーい!」
「え! お兄ちゃん、それ、どうやってるの?」
「細かいことは気にしなくていい。まずは君たちの歌声を聞かせてほしい」
そうして、孤児院の中からは歌声が響き渡った。
ピアノの旋律に合わせて歌う子どもたちの、楽しい「音」。
それをイズマは好ましく思った。
後日、完成した新曲の楽譜を孤児院に送ると、お礼として子どもたちの描いた絵が届いた。
イズマはそれを時折見返しては微笑んでいるという。 - 執筆:永久保セツナ